今月の出版界の話題は、何と言っても、ジャーナリズム・評論・書評を三本柱に据える雑誌『地平』創刊号(2024年7月号)の登場であろう。ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』が新潮文庫版で出ることも評判にはなっているが、『地平』編集人・発行人の熊谷伸一郎氏の勇気の前に霞む。
地平社は、『地平』の前に、内田聖子著『デジタル・デモクラシー』、南彰著『絶望からの新聞論』、東海林智著『ルポ 低賃金』、長井暁著『NHKは誰のものか』、島薗進・井原聰・海渡雄一・坂本雅子・天笠啓祐著『経済安保が社会を壊す』、三宅芳夫著『世界史の中の戦後思想』の6点を同時刊行し、さらにアーティフ・アブー・サイフ著、中野真紀子訳『ガザ日記――ジェノサイドの記録』を加える念の入れようである。
「リベラル論壇誌創刊 勝算は?」との『地平』の熊谷編集長を取材した毎日新聞6月3日付東京夕刊2面の特集ワイド、千葉紀和記者の記事が詳しい。1946年創刊の雑誌『世界』(岩波書店)が95年に公称12万部で、現在は4万部だから、新たな雑誌創刊の困難さがわかる。
『地平』の編集スタッフは4人。そのうち1人は、TBS「ニュース23」元ディレクターの工藤剛史氏だと「毎日」記事が紹介している。大手出版社を辞めたとされる他の3人も腕利きの編集者であろう。それは創刊号の内容に表現されている。筆者が興味深く読んだのは、酒井隆史氏「過激な中道≠ノ抗して」、吉田千亜氏「言葉と原発(上)」、尾崎孝史氏「ウクライナ通信 ドンバスの風に吹かれて 第1回 ウクライナ報道の現在地」、小林美穂子氏「桐生市事件」、樫田秀樹氏「会社をどう罰するか 第1回 ネクスコ中日本 笹子トンネル天井板崩落事故」だった。編集長の人脈の広さを示すが、論壇の動向紹介や地に足の着いたルポなどは大変読み応えがある。
もう一つ注目したいのは、週刊誌『サンデー毎日』6月16日・23日合併号「倉重篤郎のニュース最前線」の「寺島実郎渾身の『日本再生構想』 日米同盟のパラダイム転換へ」である。『21世紀未来圏―日本再生の構想』(岩波書店)の著者、寺島氏へのインタビュー記事だ。寺島氏は敗戦後80年を経過しても外国軍隊を受け容れている日本の異常さに着目し、米軍基地・施設の段階的縮小を提言している。この視点は現今の論壇の弱点を突いたものだろう。米国追随型出版の自己点検が必要な時だ。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年6月25日号
2024年06月27日
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