2024年08月24日
【鹿児島県警不祥事事件】 報道の自由脅かす異様な事態 小メディア見せしめ 無視された公益通報者保護法=横田 宗太郎(JCJ会員)
鹿児島県警による福岡市の調査報道ニュースサイト「ハンター」への家宅捜査が大きな波紋を広げている。それは「内部通報者保護制度」や「取材源秘匿」というジャーナリストの倫理にかかわる問題だからだ。日本ペンクラブ、新聞労連に続きJCJ福岡支部も抗議声明を発した。この問題についてネットメディアで活動する会員の横田 宗一郎さんが報告する。
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正義のための内部告発者を逮捕し、内部告発を受けた報道機関を不当捜索して報道の自由を脅かす。鹿児島県警が女性盗撮事件という警察官の不祥事隠蔽を図り、報道機関の家宅捜査で判明した情報から公益通報者に該当する同県警前生活安全部長の本田尚志さんを逮捕。この異様な事態に発展したことについてネットニュースメディア「SlowNews」が6月24日、事件の問題点を議論するイベントを急遽開催した。
事件の「発端」
巡査部長の盗撮
一連の事件の「発端」は、県警が枕崎警察署地域課巡査部長の鳥越勇貴被告が行った盗撮行為を隠蔽したことだ。2023年12月、盗撮の事実を掴んだ本田さんから報告を受けた野川明輝本部長は「(鳥越容疑者)泳がせよう」と、事件の隠蔽を図った。
盗撮事件隠蔽が、あってはならない行為であることは言うまでもない。本田さんは、2024年3月28日に、札幌市在住のジャーナリスト小笠原淳さん宛てに告発文を投函。「公益通報」の告発文は4月3日、小笠原さんのもとに届いた。
告発文を読んだ小笠原さんは「空想では書けない詳細な告発内容で本物だと確信。何度も記事を執筆した福岡市を拠点とする調査報道メディア『ハンター』の運営代表の中願寺隆さんに相談し、告発文を共有した。これが事件の前段だ。
だが、県警が隠蔽した事件はほかにも存在した。2021年の8月から9月にかけ、新型コロナの宿泊療養施設で起きた県医師会の男性職員(当時。現在は退職)の女性看護士への強制性交事件である。県警は、男性職員の父親が鹿児島中央署の警察官であることから、事件を隠蔽しようとしたが、藤井光樹巡査長が告発。『ハンター』はこれを報じて県警と医師会の事件への不適切な対応を暴いた。
県警の『ハンター』の家宅捜索の名目は、強制性交事件に関する資料を探し出すことで、本田さんの告発内容の捜索ではなかった。県警は捜索する中で押収した中願寺さんのパソコンから本田さんの告発文を発見。これが本田さん逮捕につながったのである。
送られた告発文
「闇をあばいて」
「SlowNews」のイベントにはこうした経緯を踏まえ、家宅捜索を受けた『ハンター』の中願寺さんに加え、調査報道メディア『フロントライン』を運営するジャーナリストの高田益幸さん、朝日新聞出身のジャーナリスト奥山俊宏さんが登壇。本田さんの告発文を中願寺さんに提供したが家宅捜索を免れたジャーナリスト小笠原さんも札幌からオンライン参加し、フリージャーナリスト長野智子さんの司会で、鹿児島県警の『ハンター』への家宅捜索の異様さや、「公益通報者」本田さんの逮捕がはらむ問題点などについて多様な議論が展開された。
小笠原さんは、「闇をあばいてください」と書かれた本田さんの告発文を札幌からのオンライン画面越しに示す一方、入手や中願寺さんとの共有の経過を説明。中願寺さんは事務所の家宅捜索状況を語り、「捜査に訪れた10人は、『上がるな』と言っても勝手に部屋に上がってきた」「令状を見せるよう要求したが、掲げられただけで中身を確認できなかった。だが、罪状に「地方公務員法違反」とあるのは見えた」と証言。弁護士に連絡しようとしたら携帯電話を取り上げられ、捜索中は常に監視下に置かれていたことなどを明かした。さらに、「家宅捜索は警察庁の指示ではないか」「大手の新聞、テレビと違い『ハンター』が比較的規模の小さいネットメディアなので狙われたのでは」。「他の報道機関が内部告発報道できなくする『見せしめに最適だ』と思われたのでは」とも述べた。
報道機関捜索は
警察庁許可事項
また奥山さんは今回の事件についてさまざまなメディアでも解説。法解釈や過去の類似事件との比較から、「捜査機関による内部通報者本田さん逮捕は甚大な悪影響を及ぼし、内部告発が行われなくなる可能性がある。報道の自由を脅かしている」と警鐘を鳴らした。
今回の県警の『ハンター』への捜索は「きわめて異例」。「悪事を働いたわけでもないのに、秘密情報が含まれる告発文の届いた関係先として報道機関が捜索されることはあってはならない」と指摘した。
報道関係者が公益通報で逮捕された事件は1971年に発生した西山事件のみ。「報道関係社の家宅捜索は警察庁の許可がないと実行できない」と解説。今回の家宅捜索は警察権力が本田さんを「違法な」内部通報者として見せしめにし、「タレコミのありそうな報道機関は取り締まれます」としているということだと批判した。
また『ハンター』への捜索は、、藤井巡査長が逮捕され事実関係を自白して告発に関連する物証が押収されたことを踏まえると、本来必要がない。
本田さんの内部通報に関しては、警察不祥事の報道に実績のある小笠原さんに情報を提供すれば県警の不祥事も明るみに出してくれると判断し、機密性を遵守した上での情報提供であり公益通報者保護法に該当すると解説した。実際、今回の通報で巡査部長が逮捕され、盗撮事件が闇に葬られることは免れた。本田さんは真っ当な公益通報者で、公益通報者保護法が適用されてしかるべきだと語った。
大手メディア
操作される側
高田さんは現在の報道機関の体制を批判し、本来のあるべき姿勢について述べた。自身が北海道新聞在籍時、北海道警裏金事件の調査報道を指揮して、徹底的に取材・調査を行い、裏金の存在を認めさせた。「地元最大の報道機関が『おかしい』と思い執念を持って報道を続けた」からこそ裏金の実態を暴くことに成功した。反対に、鹿児島県の報道機関は「警察からすれば『コントロールできる』報道機関である」と、その姿勢に疑問を投げかけた。
全国紙や大手報道機関が警察の不祥事を追及しないことについて、「大手の記者は警察と仲間だから」と述べ、報道機関は一次情報を提供される側で、警察が「操作する側」になり、警察の下僕になり下がっていると指摘。本来は大手メディアだから重要な役割を果たせるのであり、権力に問い詰めることができる場所にいるからこそ「警察庁長官に何度でも問いかけるべきだ」と訴えた。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年7月25日号
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