懐かしい街をゆったりと歩いているような小説に出会う。寝っ転がって時折ふふふと頬を緩めながら読む。ごく普通の暮らしのようでいて、でもそれぞれに何かを抱えている人たちが、なんとなく知り合う。
長いアメリカ生活から離婚を機に帰国し、母校の女子大で講座を持った沙希が主人公。彼女が暮らすのは伯父の家。伯父は認知症になり施設に入所した。その家がある街が「うらはぐさ」という東京の西の穏やかな街。うらはぐさとは風知草のことで花言葉は未来…。
伯父の友人だった足袋屋の主人とその妻、沙希に懐くちょっと変わった女子大生2人組、大学教師の同僚とゲイのパートナー、沙希が幼いころに通った小学校の校長先生や、そして妙に気になるのが芝居をやっていた頃の仲間の影。
こんな人たちが現れては、沙希との不思議な交流を重ねていく。突然の別れた夫の出現には読者も息をのむが、それも快いエピソードのひとつ。
この著者の作品の素敵なところは、やさしい物語の裏に現代社会が持つ厳しい現実が見え隠れする部分で、この小説にもそれが反映される。沙希が通う静かだが活気のある「あけびの商店街」に道路拡張計画が持ち上がり、商店主たちが立ち退きを迫られ、それに対する抗議の住民運動が起きる。LGBT問題とパートナーシップ制度、さらには空き家問題も絡むのだから、著者の社会を見る目の確かさが伝わる。そして、ほんとうに心温まる結末が待っている。私がこの著者が大好きな理由がここにある。
(集英社1700円)
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