「満蒙開拓」と呼ばれ た国策によって、約27万人が満洲国へ開拓民として送り出された。
そのうち3万3000人を送り出したのが長野県。全国最多である。しかも、その数は突出していた。熱狂と混迷が絡み合いながら進められた送出、敗戦時の集団自決と引揚の悲劇、さらには戦後の再入植から中国残留日本人の帰国問題にいたるまで、県内では満蒙開拓にまつわる歴史が、そこかしこ至る所に刻まれている。
しかし、その長野県でも満蒙開拓の記憶の風化が著しい。生き残った元開拓団員も激減、残留孤児ですら80歳を超える現在、これからあの歴史にどう向き合っていけばいいのだろうか。
戦後80年を前に出版された本書からは、長年にわたり満蒙開拓の歴史に向き合ってきた「信濃毎日新聞」の危機感と未来への意思が、ひしひしと伝わってくる。
バランス良く配置された、さまざまな体験者の証言を基に、過去の歴史から現在なお残る問題、そして未来の課題と通時的に満蒙開拓を理解できる点で、最良のテキストとなっている。
とはいえ、証言を積み重ねるだけで、満蒙開拓の実像が解明されるわけではない。
あれほどの国策がどうやって推進され、人びとはどのように巻き込まれていったのか。それを解明するには文字に残された記録しかない。
戦後80年は、満蒙開拓の歴史を明らかにし、後世へ伝えるものが、証言から記録へと変わる転機となろう。未だ各地には満蒙開拓の記録が眠っている。
これらをいかにして後世へ伝えていくか。ジャーナリズムにとって新しい課題である。(信濃毎日新聞社1800円)
(追記・編集部):本書は、2024年「第30回平和・協同ジャーナリスト基金賞」の大賞に選ばれた。反核や平和、人権擁護を推進する報道に贈られ、12月7日に贈賞式が行われた。
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