政府は11月29日、経済対策の裏付けとなる補正予算案を閣議決定した。一般会計の歳出は13・9兆円にのぼり、その規模は昨年度の13・2兆円を上回る。景気が回復を続ける中で、なぜ東日本大震災後の対策に匹敵するレベルの財政出動が必要か。巨額な財政出動を打ち出したことで市場からノーを突きつけられた英トラス政権の悲劇(トラス・ショック)を繰り返してはならない。
財政法第29条は補正予算について「緊要性」のある経費に対する支出であることを要件としている。緊急な対応が必要というのは、裏返せば本予算の成立後に景気にとって想定外のマイナスの出来事が発生した場合に限ると解釈することもできる。しかし、今年度予算が成立した3月以降、巨額な財政出動を正当化するほどのマイナスの出来事はあっただろうか。政府はこの間、景気判断を「このところ足踏みもみられるが、緩やかに回復している」から「一部に足踏みが残るものの、緩やかに回復している」へと、むしろ上方修正している。需給ギャップも改善傾向を示しており、このタイミングで補正予算を組む必要性は皆無と言って良い。
平成以降の補正予算は政策的経費の追加が常態化しており、財政悪化の一因になっている。足元では日銀の金融政策の正常化も始まっており、今後は「金利のある世界」に入っていく。過度な金融緩和に頼った放漫財政はもはや許されないことを肝に銘じるべきだ。
10月の衆院選では、所得税の支払いが発生する「103万円の壁」の引き上げを公約に掲げた国民民主党が躍進した。それ以降、政治家の討論会等では財源を無視した議論が目立つようになっている。危険な兆候であると言わざるを得ない。
英国では、2022年9月に首相に就任したリズ・トラス氏が財政の裏付けがないまま大型減税を発表したことで市場が混乱。長期金利は急上昇(国債価格は急落)し、英イングランド銀行(中央銀行)は緊急の国債買い入れを実施せざるを得ない状況に追い込まれた。インフレを抑制するために金融を引き締めているにもかかわらず、インフレにつながりかねない財政拡大を無責任に打ち出した政権に市場が不信任を突きつけた格好だ。結局、トラス首相は就任後わずか1ヶ月半で辞任した。
日本は英国とは異なり純債権国だから大丈夫と楽観する声もある。しかし、この先、高齢化がさらに進んで民間部門の貯蓄超過が縮小していけば、経常収支の赤字が視野に入ってくる。そうなれば、資金不足を海外投資家に依存せざるを得なくなり、国家財政を支えられなくなるリスクが現実味を帯びてくる。
日本はこれまで、安定化政策や再分配政策を重視して、票につながりにくい成長戦略を疎かにしてきた。その結果、日本の借金は日本版トラス・ショックがいつ起きてもおかしくないレベルまで膨れ上がった。世界有数の借金大国である日本でトラス・ショックが起きた場合は、英国よりもはるかに大きな代償を払う可能性があることを忘れてはならない。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年12月25日号
2025年01月16日
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