2025年02月08日

 【おすすめ本】田中優子『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』─女性の国・吉原という活きた悪所への思い=渡辺憲司(立教大学名誉教授)

 編集者・蔦屋重三郎を育てた磁場吉原を、サブカルチャーの悪所としての牙城と著者は位置づける。活きた悪所の行く先を編集という企画力で守り通す体現者が蔦(つた)重(じゅう)だ。
 十二章のうち「W 洒 落本を編集する」が殊に面白い。その一節、蔦重の盟友・朋誠堂(めいせいどう)喜三二(きみじ)こと道陀楼麻阿(どうだろうまあ)が著した 『娼(しょう)妃(ひ)地理記』(1777年刊)への視線だ。
 これは蔦重が喜三二と洒落本出版に乗り出した最初の作品。見立てとうがちの諧謔は、第一級と評価されてきた作品を著者はさばく。
 吉原創生はイザナギ・イザナミが日本国を作った経緯から始まる。朝鮮の人・弘慶子が「一つ里」を作る。この名が朝鮮通信使の名で、人気の行商人・飴売りの名であることを著者は見逃さない。

 しかも吉原が日本国に似せた「月(がつ)本(ほん)国」であるとし、日本国の創生説話との類似を指摘し、日本国は鉾(ほこ)の滴(したた)りから出来たので「武」を好み男性 を尊び、月本国は蒲鉾(ガマほこ)の滴りから出来たので女性を尊ぶと記し、著者はその視点に「素晴らしい」 と嘆息する。
 衣紋海(衣紋坂)・大門灘(大門)・中の潮(仲之町)・揚屋満池(揚屋町)と吉原の地理を述べ「男をいやしめ女を尊んでいる」との見立てを紹介する。
 その上で男性中心社会の現代を批判し、吉原と日本の基本構造の近似にメスを入れ、日本を神の国などと思っていると、所詮は𠮷原と同じではないかとの指摘に加え、吉原には<別世>ゆえにサブカルチャーの力が内在していたと述べる。
 本書を読みながら、NHK大河ドラマ「べらぼう」を見るならば、女性 の国「吉原」の新たなジ ャポニズム創出の源が見えてくるだろう。(文春新書1000円)
     
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posted by JCJ at 02:00 | TrackBack(0) | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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