だだっ広い殺風景な部屋に簡易ベッドが10余り。素泊まり専用のロンドンの安宿だ。その日の客は、青い目の白人青年と日本人学生の二人だけだった。
日本人が「どこの国から来たの?」と聞くと、相手は「ユークレイン」と答えた。え、どこだって?と聞き直すが、長身の青年は遠くを見る目で、「ユークレイン!」と繰り返した。英語力の貧しい日本人学生は「ウクライナ」の英語読みだとその時は分からなかった。
50年余り前の筆者の経験だ。
ウクライナは当時はソ連の一部。青年が答えに込めたのは、民族としての誇りだった。彼らは古くからウクライナ語を話し、ロシア帝国やソ連の下でも自らの文化を守ってきた。ロシア革命の直後に独立を求めたが、敗北。ソ連崩壊の1991年にようやく念願の独立を果たす。
そのウクライナに2022年、ロシアが全面侵攻して3年が過ぎた。狙いは属国化だ。
懸命に抗戦するウクライナ人は「3日も持たないと思ったが、3年も持ちこたえた」と自負する。だが、領土の2割は占領され、ウクライナ兵の死者は4万6千人超。ロシアの執拗なインフラ攻撃によって、国力に劣るウクライナは追い詰められつつある。
キーウ国際社会学研究所の世論調査では、「いかなる状況であれ、領土を諦めるべきではない」と答える人が3年前は82%だったが、昨年末は51%に減少。「できるだけ早く平和を達成し、独立を維持するため、領土の一部を諦めても仕方がない」と答える人が38%に増えた。
領土を守り抜く信念と、日々命が失われる痛みに、ウクライナ国民は引き裂かれている。
降ってわいたのが有力な支援国アメリカでのトランプ政権の登場だ。バイデン政権から一転、ロシアにすり寄り、「ボス交」の停戦交渉に走り出した。
20世紀以来の「侵略の否定」は、2つの核超大国に無視され始めた。まるで、帝国主義の19世紀に世界が逆戻りするかのようだ。
国連総会は今年2月24日、「ロシア軍即時撤退」決議を日本や欧州など93か国の賛成で採択した。だが、米国は反対に回り、その顔色を見るように賛成は23年から、50か国近く減った。
たとえていえば、自分勝手にいじめを続けるジャイアンAの肩を、ジャイアンBがたたいてやり、それにへつらうスネ夫のような連中が悪行を傍観する。醜悪な図だ。
しかし、侵略者が罰されなければ、ウクライナ人はたまったものではない。次の犠牲者も出るだろう。あいまいな現状追認の「解決」ではなく、有志連合など正気の皆が団結して、「間違ってるぞ」とジャイアンAをちゃんととっちめるほかに、正義を実現する道はないと私は思う。まず、日本政府の姿勢を厳しく注視したい。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年3月25日号
2025年04月04日
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