中川七海氏撮影
衝撃的な数値結果
全国で初の公費によるPFAS(ピーファス)の血中濃度を調べる検査を実施した岡山県吉備中央町での住民709人の結果は、衝撃的な数値だった。1月28日の町の発表によれば、PFASの一種でWHO(世界保健機関)が「発がん性は確実」と認定したPFOA(ピーフォア)の血中濃度は最大値の人で1ミリgあたり718・8ナノc。環境省が2020年6月に公表したPFOA曝露の全国平均値2・2ナノc/mLの328倍もの値だ。平均値も62倍の135・6ナノc/mL。今回の検査はPFOAやPFOS(ピーフォス)を含む7種のPFASを調べたもので、米国のガイドラインでは7つの合算値が20ナノc/mLを超えると「腎臓がん、精巣がん、潰瘍性大腸炎、甲状腺疾患などのリスクを考慮した処置が必要」としている。検査を受けた町民のうち87%に上る619人がその合算値を上回った。
中川七海氏撮影
3年間汚染水飲む
吉備中央町のPFOA汚染騒動は、町の人口約1万のうち1000人に給水していた円城浄水場から1400ナノc/mLのPFOAが23年10月に検出されたのが発端。PFOAとPFOSを合算した国の暫定目標値50ナノc/mLの28倍の値だった。町は20年から高濃度のPFOAが水道水から検出されていたことを知っていながら対策を取らなかった。円城地区住民は何も知らず3年間PFOA汚染の水道水を飲んでいた。
汚染発覚後、「円城浄水場PFAS問題有志の会」を立ち上げた町民は、町費による全町民の血液検査の実施と過去3年間の水道料金の返還を町に求めたが、町は応じなかった。そこで有志の会は京都大学研究チームに血液検査を依頼し、27人が検査を受けた。PFOAの平均値は171・2ナノc/mLと全国平均2・2ナノc/mLの78倍。
有志の会から血液検査実施と水道料金返還を求める1038人の署名を23年11月に提出を受けた山本雅則町長は、24年11月から12月に町費による血液検査を実施。山本町長は5年後にも血液検査を行うと28日の記者会見で明言した。
有毒物質を吸収
吉備中央町にはPFAS汚染源と指摘されている米軍基地や自衛隊駐屯地もPFAS製造工場もない。汚染源はどこか。それは袋型の合成繊維製の大型容器に入れられた使用済み活性炭だった。活性炭は水中の化学物質を吸収するので、浄水場やPFOAを扱う工場などで重宝されている。『終わらないPFOA汚染』(旬報社)の著者の中川七海氏は「PFOAなど有毒物質を吸着した活性炭の多くは、高温処理してリサイクルされる」と1月13日JCJオンライン講演会で語った。
吉備中央町では、円城浄水場の水源である河平ダムの上流の資材置き場にリサイクルされるはずの活性炭入り容器が長年放置されていた。活性炭から溶け出したPFOAが破れた袋から土中に浸透し、ダムの水を汚染した。大量に容器を放置していた会社は、吉備中央町に本社を構える活性炭リサイクルメーカー満栄工業だ。同社はリサイクルを依頼した企業について10数年以上前のことで不明だという。
組成の内訳が一致
中川氏は「満栄が放置した活性炭の組成と、ダイキン工業淀川製鋼所が使っていた活性炭の組成を分析した京都大学の原田浩二准教授は『内訳が一致した』と話しています」と報告した。
大阪府から岡山県にダイキンのPFOA汚染が飛び火≠オたのだろうか。中川氏は早晩、モラルに欠ける満栄工業に取材するそうだ。
1月28日の吉備中央町の記者会見に出席した中川氏は、自分の質問と山本町長の答えを『週刊金曜日2月7日号
』にこう書いている。
「(町民の)医療費を町が負担するのかと尋ねたが、自己負担とし、それ以上のことは決めていないという」「満栄工業や、活性炭を引き渡した排出企業に費用負担を求めるのか。『満栄工業さんにはきちっと請求させていただこうと思っています』」
半導体工場続々と
PFOAやPFOSを含むPFASは、半導体の基板に塗る感光材や製造装置内部の配管、バルブといった部品の表面加工など幅広い用途に利用されている。半導体、化学物質などの製造工場には欠かせない材料だ。政府は30年度までに半導体分野に10兆円以上の公的支援を行う。台湾積体電路製造(TSMC)は熊本県菊陽町、キオクシアは三重県四日市市、米マイクロン・テクノロジーは広島県東広島市、ラピダスが北海道千歳市にそれぞれ大規模半導体工場を建設、本格稼働させた工場もある。各企業は補助金を当て込んで進出した。
すでに高濃度PFASを検出した自治体がある。国の暫定目標値より2・6倍の四日市市の河川の汚染源は、キオクシア工場とみられている。PFAS不使用の感光材は開発されているが、代替品の開発が難しいものも少なくない。
EUは廃止案提出
中川氏は「日本は1万種以上のあるPFASのうちPFOA、PFOS、PFHxSの3種類だけを規制している。半導体製造を経済成長の重要な産業と位置付ける政府は、規制に弱腰です」と批判した。国はPFOSとPFOAの合算暫定目標値50ナノc/mLの暫定を外し、確定値にする方針だ。それに比べ米国はPFOSもPFOAも4ナノc/mLと日本よりはるかに規制が厳しい。米マクドナルドは食品包装でのPFAS使用を25年末までにやめる。
EU(欧州連合)では、ドイツやデンマークなど5カ国はPFAS製造・使用を一括で廃止を求める規制案を欧州化学品庁(ECHA)に提出。欧州議会で採択されたら27年ころから規制が始まる見込み。
「フォーエバー・ケミカル(永遠の化学物質)」と呼ばれるPFASは残留性が高く、体内に入り込んだら蓄積する。放っておけば済む問題ではない。しかし日本は抜本的な対策に消極的だ。「昭和の凄惨な化学物質公害の歴史をなぞるような事件が起きるのではないか」と中川氏は恐れる。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年3月25日号
2025年04月05日
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