2025年05月22日

【オピニオン】トランプ関税の誤り 経済学からの視点 金融危機の道 毅然と望め=志田義寧

 トランプ米大統領は9日、同日発動したばかりの相互関税の上乗せ分について、報復措置を取らない国・地域に対しては90日間効力を停止すると発表した。足元では株だけでなく、米国債が急落(利回りは急上昇)するなど、金融危機に発展しかねない状況だっただけに、軌道修正を余儀なくされた可能性が高い。日本はこれから本格交渉に入るが、標準的な経済学とは相入れない誤った関税政策に対して、毅然とした態度で臨むべきだ。脅かせば屈する国という印象を与えれば、将来に禍根を残す。本稿では経済学の観点からあらためてこの問題を整理したい。

2国間の不均等は当然

 「完全に狂っている」。ノーベル経済学賞を受賞した著名経済学者であるポール・クルーグマン氏は自身のニュースレターで、トランプ大統領の関税政策を痛烈に批判した。クルーグマン氏に限らず、今回の関税政策を前向きに評価する経済学者はほとんどいない。経済学の観点からポイントを4つ紹介する。
 まず、2国間の貿易不均衡の是非についてだ。トランプ大統領は2国間の貿易不均衡を問題視しているが、国際分業の観点でみれば不均衡があるのが当然で、国別にバランスさせることにまったく意味はない。貿易は多国間で行われるものであり、特定の国だけを切り取って黒字や赤字を論じるのは本質を見誤っている。日本はサウジアラビアから原油を輸入しているため、同国との貿易収支は赤字だが、これを不公平だと思う人はいないだろう。

貿易赤字だけは無意味

 次に貯蓄・投資バランスの観点から見てみよう。一国の経済は(GDP―租税―消費)+(租税―政府支出)―投資=(輸出―輸入)と表すことができる。ここで(GDP―租税―消費)は民間貯蓄、(租税―政府支出)は政府貯蓄なので、これらを合わせて貯蓄とすると、(貯蓄―投資)=(輸出―輸入)と変換できる。この式が意味するところは、投資が貯蓄を上回っている場合、貿易収支は必然的に赤字になるということだ。米国の経済構造について触れず、貿易赤字だけを取り上げて議論することに意味はない。

【関税収入超す余剰消失】
 3つ目に、余剰(市場取引によって得られる便益)の観点から検討する。一般的に関税をかければ、余剰の一部が消失する。これを死荷重という。関税により、仮に生産者の余剰が増えたとしても、死荷重が発生して国全体で見れば余剰は減少する。トランプ大統領は関税収入が1日20億jにのぼると胸を張ったが、それ以上に余剰が減少している可能性から目を背けてはならない。

双方の利益の貿易崩す

 最後に比較優位の観点から眺めてみる。貿易のメリットを説く理論に比較優位という考え方がある。英国の経済学者デビッド・リカードが打ち立てた理論で、各国は得意な財を輸出することで、輸入する側も含めた双方に利益をもたらすというものだ。第2次世界大戦後の世界はこの考えに基づいた自由貿易の枠組みの中で成長してきた。
 以上、経済学の観点から整理したが、どの点から見ても今回の措置は正当化できない。グローバル化が進む現代において、経済の持続的な発展には開かれた市場と健全な競争が不可欠だ。輸入制限で競争がなくなれば、米企業のイノベーションが停滞し、経済の活力が失われる。中国のように相手国が報復関税を課せば、輸出産業にも影響が及ぶ。貿易戦争に勝者はいないことを肝に銘じるべきだ。

日本は米国依存下げよ

 トランプ大統領によると、交渉に向けてすでに75カ国超から接触があったという。日本もこれから本格交渉に入るが、拙速な妥協は避けるべきだ。90日という期限も意識すべきではない。持久戦になれば、米経済も負の影響が無視できなくなるだろう。中間選挙が近づいてくれば尚更だ。日本は欧州やアジア等と連携しながら米国と粘り強く交渉する一方で、これを好機と捉え産業構造の転換に着手し、米国依存度を下げていくことが求められる。  
        JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年4月25日号
posted by JCJ at 01:00 | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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