日本では中南米についての報道が極めて少ない。あってもマイナス・イメージを植え付ける情報がほとんどである。ベネズエラはその典型だ。日本のメディアが同国を報道するとき、必ず「反米独裁国家」という枕言葉が付く。その国で「下からの民主主義」確立を目指す住民運動=「コムーナ運動」が拡がっている。
長い間、米国の支配下にあって植民地同様の状態であった同国は、1999年の革命によって独自の道を歩み始めた。憲法が改正され地域住民の自治、政治参加による地域課題解決などが国の基本と定められた。同時に新政権は「教育:成人のリテラシー向上」「低価格の基本的食料の供給」「医療の届いていない地域へのヘルスケア」「土地改良―貧困者への土地返還」「低コスト住宅建設」などの「ミッシオン」を掲げた。これら社会政策は当面、政府が実施するのだが、チャベス大統領は、改正憲法の精神に基づき地域住民自身が実現していくものと展望していたと思われる。全国にコムーナ(地域住民組織)創設を呼びかけるからである。
コムュナル評議会法(06年)、コムーナ法(10年)が制定され、コムーナ運動の法的な整備が整う。評議会はコムーナの基礎組織であり、それらが集まってコムーナが構成される。評議会が担当地域の調査を行い住民の取り組むべき解決課題の優先順位を住民集会で決定する。コムーナは評議会で決定された解決課題を調整してコムーナとしての優先順位を決め住民投票によって取り組む課題を決める。決められた課題について国家予算が割り当てられる。という仕組みである。
チャベス大統領が死亡した2013年にコムーナ数は13であったが現在は全国で3万6千を超え、評議会は4万1千も設立されているという急成長ぶりだ。
「南は存在する」という名称を持つコムーナの活動ぶりを見てみよう。この名称は「帝国主義・ネオリベ・グローバリゼーションに抗するという意味が込められているという。首都カラカスの北100マイルに位置するこのコムーナには27の評議会が結集し、放棄された元競馬場の訓練場・牛舎の管理権を取得、縫製工場(5000校の制服生産)、食料雑貨店・文具店(地域で生産、連帯価格で販売)などを運営している。
コムーナでは課題設定から管理運営、生産、販売などすべてを住民参加で行っており、自らの必要のみならず近隣住民の必要を満たす活動を行っているわけで、デモクラットとして成長する場にもなっているといえよう。コムーナそのものが「民主主義の学校」なのである。
日本を含めた西洋(オクシダント)は、今浮足立っている。地域紛争や経済戦争があちこちに飛び火して抑止力という名の戦争準備に余念がない。西洋型民主主義が音を立てて崩壊過程に入ったといっていいだろう。ジャーナリズムがその名に恥じない活動をするためには、少なくともコムーナ運動のような試みを積極的に報道する必要があると思う。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年5月25日号
2025年06月01日
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