2025年06月15日

【月刊マスコミ評・放送】非難に屈しなかったクルド取材番組=諸川麻衣

 4月5日にNHKが放送した『ETV特集 フェイクとリアル 川口 クルド人 真相』は、ヘイト言説を素材としながらジャーナリズムとSNSのあり方について深く考えさせる力作だった。

 埼玉県川口市とその周辺に約2000人が住むクルド人をめぐっては、2年前からSNS上で「治安悪化」「テロリスト」「偽装難民」「追い出せ」等の攻撃的な投稿が急増している。その数は累計2500万を超え、ヘイト・デモや脅迫、全くの虚偽の情報発信など、現実の人権侵害にもつながっている。
 NHKは専門家と協力して、投稿が盛り上がった話題を時系列で抽出、情報の真偽を検証した。そして、投稿急増のきっかけが23年4月の入管法「改正」問題だったこと、川崎市でヘイト宣伝が禁止された結果、そこで活動していた団体が川口を新たな活動場所にしたらしいこと、仮放免中の難民と在留資格を持つ人が混同されて非難されていること、「クルド人少女の万引」とされた動画が虚偽だったこと等を明らかにした。そして、真偽不明や虚偽の情報を発信する背景に、事実か否かよりも閲覧数が評価される「アテンション・エコノミー」(E・マスクのXの路線)、既成の組織ジャーナリズムへの不信から「自分こそ真のジャーナリスト」とする心理があることを指摘した。  

 番組は初回放送後、予定の再放送が見送られ、見逃し配信も中止された。NHKはその理由を明らかにしていないが、番組中でヘイト活動が放送された地元市議は「自分の動画をNHKが無断使用したので抗議し、再放送を中止させた」とSNSで豪語した。また産経新聞も、『産経ニュース』の画像が番組内で無断使用されたとネットで報じた(正当な引用の範囲内だったが)。さらに国会では、「NHKから国民を守る党」の浜田聡参院議員が、番組内容はクルド人寄りだと批判した。これに対しNHK側は「論争となっている問題は多角的に問題点を明らかにするように取り組んでいきたい」と答弁、記者会見でも「より取材を深めた上で、改めて伝えたい」と修正を示唆した。

 番組は結局5月1日に再放送された。数か所で説明が補強されたものの、ほぼ元の内容での再放送だった。これはNHKとして「番組に問題なし」と判断したということだろう。もし不当な非難に屈して大幅改変していたら、SNSの差別的言説にジャーナリズムが敗北する破滅的な事件になっていたところだった。   
      JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年5月25日号
posted by JCJ at 01:00 | TrackBack(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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