トランプ米大統領の関税政策を受けて大混乱に陥ったマーケット。その後、トランプ氏が柔軟姿勢を見せたことで落ち着きを取り戻したが、マーケットはその破壊的な手法に不信感を拭えずにいる。その不安が如実に現れたのが、連邦準備制度理事会(FRB)議長の解任騒ぎだ。トランプ氏が“禁じ手”をちらつかせたことで、米市場は株安・債券安・ドル安の「トリプル安」となった。
ドル安は米国経済にとって必ずしも悪いことではない。ドル安で輸出増・輸入減になれば、貿易収支は改善する。実際、トランプ氏はかねてより米国の製造業に不利なドル高の動きに不満を募らせており、政権にとってドル高是正が隠れた政策目標であることは間違いない。しかし、今回のような「米国売り」は米国の繁栄を支えてきたドルの基軸通貨体制を揺さぶりかねないリスクをはらんでいる。筆者はドル基軸体制の維持とドル安志向は両立し得ないとみており、トランプ政権はいずれ、ドル基軸体制を維持するために、現実路線への修正を迫られるだろう。
前号で筆者は、米国は貯蓄・投資バランスからみると投資超過(資金不足)であり、国の経済構造について触れず、貿易収支(経常収支)だけを取り上げて議論することに意味はないと指摘した。米国の貿易赤字の背景には、政府部門の赤字と民間部門の貯蓄率の低さがある。トランプ政権は政府効率化省(DOGE)を設置するなど財政赤字の削減に取り組んでおり、これは方向性としては正しい。しかし、やりすぎが米国の弱体化を招きかねない上、誤った関税政策や教育への締め付け、多様性の否定、SDGs(持続可能な開発目標)の後退など、米国離れにつながる政策も次々と打ち出しており、全体としてはまったく評価できない。
トランプ氏が関税政策の理論的支柱にしているとみられるのが、大統領経済諮問委員会(CEA)委員長であるスティーブン・ミラン氏が2024年に発表した論文『国際貿易システム再構築に関するユーザーガイド』である。ミラン氏はこの論文で、ドルの過大評価が貿易不均衡の主因であるとし、関税政策とドル高是正で不均衡を解消する案を示している。
確かにドルは国際決済に用いられる基軸通貨ゆえに需要が旺盛で、ドル高圧力がかかりやすい。ドル高は輸出減・輸入増に寄与するため、貿易収支は赤字になりがちだ。ただ、輸出国が受け取ったドルは米国に還流している。米国はこれで資金不足を解消しており、一概に悪いとは言えない。貯蓄超過国から投資超過国に資金が流れるのは当然であり、その資金は米国の力強い成長を支えている。
ミラン氏らはドル高を是正するために、日本など輸出国が持つ米国債を100年満期の割引債に転換する奇策を披露した。これは一方的な条件変更であり、デフォルト(債務不履行)に他ならない。現状のような過激な政策は、ドルの信認を傷つけ、米国の繁栄を支えてきた資金流入を崩す可能性が高い。
今の政策を推し進めれば、その先に待っているのはかつて栄華を極めた大英帝国と同じ末路だ。筆者はそうなる前に米国は軌道修正するとみているが、日本にとっては米国依存から脱却する良い機会でもある。金融政策や財政政策に過度に寄りかかった経済運営から成長政策への転換を図り、ゼロ%台にとどまっている潜在成長率を引き上げるべきだ。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年5月25日号
2025年06月16日
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