2025年11月12日

【25年JCJ賞講評】差別・戦争・権力に抗う ネットメディアに注目=藤森 研

 戦後80年。いま日本が直面する危険への、熱のこもった警鐘に、ジャーナリストの本気の危機感が感じられた。
今年のJCJ賞の応募は新聞、出版、放送、ネット、映画の5ジャンル合わせて80点。推薦委員会を経て、JCJ賞選考委員会で議論した作品は16点だった。大きな紛糾はなく6点が賞に決まったが、受賞しなかった作品にも優れたものが多くあった。

 そこで、最終選考に残った16点の全てを、五つの作品群に位置づけて、今の時代状況と、ジャーナリズム活動を考えていきたい。
第一の作品群は、外国人差別に立ち向かったものだ。
 JCJ大賞の安田浩一氏の著書『地震と虐殺 1923−2024』は、関東大震災の際の軍や自警団による朝鮮人らの虐殺を調査した、力のこもったルポルタージュだ。
 102年前の惨事は今に「地続き」だ、というメッセージがひしひしと伝わってくる本だ。追悼文送付をあえてやめた小池都知事、ヘイト・デマを叫ぶ集団。今夏には、排外的主張が選挙で一定の支持を得た。総裁選でもそうだ。
 荒川沿いの追悼碑を守り、今も虐殺の史実を問い続ける在日コリアン2世は、「なぜそこまで熱心に?」という著者の問いに即答した。「私を殺さない人を増やすため」

 賞には至らなかったが、NHKのETV特集「フェイクとリアル 川口 クルド人真相」も排外主義を問う番組だった。SNSでのクルド人ヘイトの推移を分析し、背景を取材した。川口市内を勝手にパトロールしていたある男性は、自らを「川口自警団」と名乗った。ぞっとするような「地続き」がいま埼玉県南部にある。

 第二の作品群は、日本が直面する戦争への流れを、どう阻むかに取り組んだ報道だ。
 JCJ賞になった琉球新報のキャンペーンのタイトルは、「沖縄戦80年 新しい戦前にしない」。その直截さに、戦争は絶対にいやだという必死な思いが伝わる。
 対馬丸だけではなかった避難船沈没の悲劇の検証は、いま進む、先島住民の九州・山口避難計画の意味を考えさせずにおかない。新しい戦前にしないためには何が必要か? 「日米中の友好」「琉球列島の非軍事化」「健全な言論空間」「やっぱり選挙」など、識者たちの声も紹介している。

 今年は核被爆80年でもある。中国新聞はJCJ賞になった「ヒロシマドキュメント」を昨年8月から始めた。
 被爆当初はやけどや外傷による死だったが、8月20日ごろからは放射線での血液障害の死亡数が顕著になった、という「ふた山」型の事実を、私は初めて知った。
 核保有国のロシア、イスラエルは国際法を踏み躙り、いま人類は核危機に近づく。広島の発信の意味は重い。
受賞はしなかったが最終選考に残った3点も紹介する。
 吉田敏浩氏の著書『ルポ軍事優先社会−−暮らしの中の「戦争準備」』は、自衛隊への若者名簿の提供、軍事費の拡大の弊害、特定利用空港・港湾の指定など、日本の「新しい戦前」の現状を、過不足なくまとめている。
「沖縄タイムス」は、連載「悲(なちか)しや沖縄(うちなー)、戦争と心の傷」と「西田発言、神谷氏の『ひめゆり』発言に対する一連の報道」をエントリーした。応募締め切り後の、6月23日前後に大型の特集を展開した。
 テレビ朝日のテレメンタリーPlus「彷徨い続ける同胞」は、戦争の傷の長さを考えさせる。フィリピンで戦争により家族が離散し、迫害を恐れて現地で日本人であることを隠して生きてきた80代、90代の老人たち。「戦後80年」を、こうして生きてきた人たちもいる。

 第三の作品群は、いま現に、世界で起きている戦争を報じたものだ。
 「国境なき医師団」のメンバー萩原健氏の著書『ガザ、戦下の人道医療援助』は、悲惨なガザの実態を報告した。
 ほとんどの外国人ジャーナリストがガザに入れない中、萩原氏は空爆下の現地での、人道医療援助活動で見たことを克明に描く。地元民の争いに、「武装グループが威嚇射撃をした」と現地の仲間から萩原氏に連絡が来る。それは誰?と聞くと、「“政府”だよ」とだけ、お茶を濁すような答え。はっと思い当たり、問い詰めるのをやめた。そんなディテールが、たまらなく興味深い。ハマスのガザでの存在の仕方、住民との関係がほの見えた気がする。
 職業ジャーナリストの筆とは異なるが、たいへん貴重なジャーナリズム活動である。特別賞を贈るゆえんだ。
 ウクライナを描いたのは『移民・難民たちの新世界地図―ウクライナ発「地殻変動」1000日の記録』(村山祐介著)だ。ブチャのルポのほか、モルドバ、沿ドニエストルにも入り、ジョージアではロシアから避難してきた人たちの肩身の狭さを描いて考えさせる。賞は逃したが力作だ。

 第四に、警察という権力を監視した作品群がある。
 JCJ賞になったKTS鹿児島テレビ放送の「一連の鹿児島県警情報漏洩事件の報道 ドキュメンタリー『警察官の告白』」は、ウェブメディア「ハンター」の報道で明るみに出た鹿児島県警の隠蔽問題を、堂々と追いかけ、深い取材を重ねた力作だ。隠蔽された事件の被害者や、加害者とされる当事者にも、直接会っている。
 遠藤浩二氏の著書『追跡 公安捜査』は、警視庁公安部が見込み捜査をした末に、惨めに失敗した「国松警察庁長官狙撃事件」と「大川原化工機事件」を追った本だ。
 閉鎖的な公安警察にメスを入れた意味は大きい。日本の刑事司法の病いは、メディアが奮起しない限り治らない。
 やはり賞を逃したが、NHKスペシャル「法医学者の告白」は法医学にメスを入れた珍しい作品だった。検察、弁護双方の対立に、法医学が悪用される苦悩も描いている。

 第五の作品群は、ネットメディアの活発なジャーナリズム活動である。 
 JCJ賞となった「選挙運動費用・政治資金をめぐる一連の報道と、『選挙運動費用データベース』の構築」は、調査報道グループ・フロントラインプレスとスローニュースらによる地道な努力の成果だ。
 選挙運動費用収支報告書や領収書をこつこつと入力し、データベースを構築した。国会議員と企業の関係などが浮かび上がる。データベースをオープンにして、他のメディアや研究者、市民との共有を図る姿勢にも頷かされる。
 Tansa編集部による「自民支えた企業の半世紀」は、政治資金収支報告書のデータベースなどを基に、現在の諸課題にアタックしている。今回、賞は譲ったが、Tansaの探査報道には定評があり、活躍を期待したい。
 鹿児島県警の闇の告発で知られたニュースサイト「ハンター」の応募もあった。捜査資料を情報公開請求したが墨塗りだらけだったという報告だ。変わらず頑張っている。

 以上が15作品で、一つ足りない。
ETV特集「“法”の下の沈黙 優生保護法の罪1948−2024」は障害者への強制不妊手術がテーマで、上記五つの作品群には入らなかった。最高裁の違憲判決後も、ほとんどの当事者は沈黙している。その「沈黙」に焦点を当て、家族の複雑な思いなどを丹念に探っている。受賞とはならなかったが大事な視点だと思う。

 以上振り返ると、ネットメディアが構築した素材は、マスメディアにも開かれている。鹿児島県警の闇には、ハンターとKTSが結果的に轡を並べて挑んだ。
 媒体や社は違っても、切磋琢磨し、時には連帯してジャーナリズムが前進する可能性は開けている。今後へ、熱を込めてエールを送りたい。
        JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年10月25日号
posted by JCJ at 01:00 | TrackBack(0) | JCJ賞情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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