2025年11月16日

【25年JCJ賞受賞者スピーチ】大賞 地域・社会も壊す虐殺 一貫して排外・差別の日本 ノンフィクションライター 安田浩一さん

 
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 きょう、ここにお並びの受賞者の方々と私に共通しているのは「畜生、やりやがったな」という感覚だと思います。
世の中の理不尽を目の当たりにしたとき、やられっぱなしでいられるか。なめられてたまるかと怒る。これはメディアにとり一番大切な感覚です。それを失ったら権力の広報機関か、ただ大衆に媚びるだけの存在になる。

 私はそのどちらにもなりたくない。そうした姿勢を評価していただいたことを嬉しく思います。
 JCJ賞は2度目の受賞です。2012年、『ネットと愛国』という本を書きました。当時は在日コリアンに対する差別が露骨になってきた時期で、在特会(在日特権を許さない会=後の日本第一党)とかが特定の民族をやり玉にあげ、「殺せ」「叩き出せ」と町を練り歩いていました。
 これが私には許せませんでした。むかついた。だから彼らが何を考えているのか。社会はどう向き合うべきなのか。きっちりと取材しようと思った。

 本は評価されたようでしたが、気になることもありました。ある在日コリアンのおばあちゃんに言われたのです。「安田さん、全然新しくないんです。『死ね』とか『殺せ』とか『出ていけ』とか、そうした言葉が在日コリアンに向けられるのは何も新しくない」って。
 ドキッとしました。その通りです。思えばこの国が排外主義とか差別と無縁だったことが、一度でもあっただろうかと。102年前には「殺せ」と叫ぶだけでなく実際に殺している。関東大震災のときの朝鮮人虐殺です。これを取材しようと考えた。しかし、なかなか手がつきませんでした。
 102年前の事件で、証言者がいるわけではない。どうやってノンフィクションとして成立させるか。10年悩みました。そして10年目。やはり現場しかないと足を運んだのが、荒川の河川敷でした。

 1923年秋にここで多くの朝鮮人が刀や槍や鳶口で殺された。昭和の喜劇人・伴淳三郎は目撃した虐殺の様子を自伝に書いています。「日本人は朝鮮人をめちゃくちゃに壊している」と。プロレタリア作家の佐多稲子は「私は鳶口を抱えて一晩中、家の中に閉じこもった」と書きました。

 私は鳶口を見たことがなく、四谷の消防博物館まで見に行きました。鳶口は昔の破壊消防の道具でした。そう、虐殺は、人を殺す、傷つけるだけでなく、壊すんですね。人間を、地域を、社会を壊すんです。
 差別の標的は変わり、今はクルド人です。彼らがなぜ急に差別の対象となり始めたのか。理由は目立ってきたからです。難民申請をしても認められず抗議した。その姿が報じられて“発見”されたのです。日本社会の中で物を言う社会的弱者は叩かれる。私はそうした風潮がたまらなく嫌です。
 これ以上、社会を壊されてたまるか。そういう気持ちで、取材活動を続けていきます。
         JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年10月25日号  
posted by JCJ at 02:00 | TrackBack(0) | 25年JCJ賞受賞者スピーチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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