2025年12月30日
【JCJ沖縄】沖縄大と公開学習会共催 沖縄戦下の記者と戦後80年ジャーナリズム 歴史反省踏まえて 戦争加担に警鐘=黒島 美奈子
日本ジャーナリスト会議(JCJ)沖縄と、沖縄大学の島袋隆志合同ゼミは10月25日、公開学習会「沖縄戦下の記者と戦後80年ジャーナリズム」を那覇市の同大学で開いた。元NHKディレクターで立教大学大学院客員教授の宮本聖二さんらが、沖縄戦のさなかに発行された新聞「沖縄新報」を題材にメディアの戦争責任と、現代につながる報道の課題について考えた=写真=。
壕内で沖縄新報
宮本さんはNHK沖縄放送局勤務時代の1993年、沖縄新報の存在を知り、番組「一枚の新聞〜沖縄戦下の記者たち」を手がけた。
公開学習会には学生や一般など約60人が参加。同番組を視聴した上で、琉球新報の小那覇安剛論説委員会参与と沖縄タイムスの森田美奈子論説委員長を交え意見交換した。
沖縄新報は40年、戦前の「一県一紙」政策により、県内3紙が統合されてできた。戦時下も日本軍第32軍が司令部壕を捨てて本島南部に撤退する45年5月下旬まで、留魂壕(りゅうこんごう)の中で印刷・発行された。
宮本さんは「激しい地上戦の中で新聞が発行され、しかも壕に避難する住民たちに配られていたことに驚いた」と振り返る。
生き残った記者や新聞を配った元少年兵たちへの取材で明らかになったのは「メディアへの検閲と戦争プロパガンダの姿だった」と宮本さん。
検閲を内面化
戦前、政府と軍は新聞やニュース映画、通信社への検閲を強めた。メディアの側も検閲を内面化し積極的に戦争に加担していった。
その結果、街中が灰じんと化した状況を目の当たりにしても多くの国民が勝利を盲信するように。宮本さんは「繰り返し情報を受け続けることで信じ込まされる。報道にはそれだけの強さがある」とメディアの責任の重さを指摘した。
戦後も続く圧力
一方、メディアへの圧力は戦後も続いているという。
93年には、テレビ朝日の報道局長が非自民政権誕生を歓迎する発言をしたとして、郵政省(当時)が放送免許の取り消しを検討。2000年には安倍晋三氏らが、戦時性暴力をテーマにしたETV特集について、NHK側に改変の圧力をかけた疑惑も浮上した。高市早苗首相は総務相時代の2016年に、「放送法に違反すれば業務停止できる」と発言している。
萎縮する報道
こうした圧力が繰り返された結果「各局の報道は萎縮している」と宮本さん。メディアがネット上のデマやフェイクニュースの検証に後ろ向きな要因にもなっているとし「権力を監視する役割が重要だ。ネット上の情報混乱もメディアは無視してはいけない」と呼び掛けた。
新聞の役割とは
小那覇さんは現在の新聞の役割について「一言でいえば戦争を止めるための報道が必要」と説明。自衛隊の南西シフトや政府の防衛強化政策などを挙げ「今こそ戦前・戦中に報道人がやってきたことを振り返らないといけない」と話した。
森田さんは「戦争は始まれば止められない」とし、新聞の役割は戦争の前史の段階で警鐘を鳴らすことという。「中国やロシアの動きに危機感を感じて軍備増強を肯定する声が強くなっているが、対話を欠いた抑止力は緊張を高め軍拡を招くリスクがある。そういう動きに絶えず警鐘を鳴らしていくのが戦後80年の私たちに課せられた課題」と結んだ。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年11月25日号
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