沖縄県民の4人に1人が命を落とした沖縄戦から80年。「二度と沖縄を戦場にしない」と県民が改めて誓ったその年に、あろうことか、就任間もない高市早苗首相の「台湾有事は存立危機事態」という国会答弁や「非核三原則見直し」発言が、一挙に戦争を引き寄せてしまった。
1972年の日中共同声明をはじめ、日中間の基本文書で繰り返し確認されてきた過去の戦争への日本の反省と、「台湾問題は中国の内政問題である」という認識を覆した高市発言に対する中国側の反応は、極めて厳しい。
「台湾有事は日本有事」となれば、真っ先に犠牲を被るのは沖縄住民だ。「ノーモア沖縄戦・命どぅ宝の会」など、沖縄の16市民団体が11月23日、県庁前で開いた緊急抗議集会には150人が参加した。
集会では、「戦場にさせられる私たちにとって到底受け入れられるものではない」として高市発言の撤回と辞任を求めた。「高市氏に代わり、私達は日本国民として改めて深くお詫びを申し上げ、中国と争う気は毛頭ないこと、これからも日中間の平和を保っていくことを宣言します」と表明。参加者からは「早苗いなければ憂いなし」と唄うラップや、全県的な県民集会を求める声も出た。
沖縄高校生平和ゼミナールは同日、沖縄の高校生の中国との交流事業が中止になるなど既に影響が出ているとして、高市発言に対する緊急ステイトメントを発表した。
沖縄戦では14〜17歳の少年少女たちが、学徒隊・看護隊・護郷隊(という名のゲリラ隊)として動員され、多くが命を落とし、生き残った人々もPTSDに苦しめられた。
戦争になれば、真っ先に狙われ、戦場に送られるのは若者たちだ。
「子どもが『核反対、戦争反対』と言えるのに、政府はなぜその一言も言えないのか、なぜ戦争をそそのかすような発言をするのか、全く理解できません」「もっと自分の発言に責任を持ち、国の代表なら口撃ではなく、私たちの人権や平和な生活を守る外交をして下さい」
子どもたちの素朴で当たり前の声を、高市氏は聞くべきだ。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年12月25日号
2026年01月22日
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