衆院山口2区補欠選挙は、福田政権発足後初の国政選挙だった。民主党の候補は、前衆院議員平岡秀夫氏で、社民党が推薦した。共産党は自主投票の姿勢を打ち出したため、実質的に野党陣営対自公与党のたたかいとなった。(JCJふらっしゅ:Y記者の「ニュースの検証」)
選挙戦では国民新党や新党日本の首脳も応援に入った。
一方、自民党は、「政局の流れを大きく変える選挙」、「勝利によって再可決の『信任』を取り付ける戦い」(各紙)と位置づけ、民主党の勢いをそぐ格好の機会だと総力戦で臨んだ。安倍前首相、麻生自民前幹事長、福田首相、伊吹自民党幹事長らも応援に入った。地元の政治も企業も巻き込んだ。
この補選は、福田良彦氏が2月の岩国市長選に出馬したのに伴うもの。自民党側の候補者は、国土交通省での経歴や内閣官房地域活性化統合事務局長を務めた実績を訴え、「地域活性化が最大の争点」と主張して「後期高齢者医療制度」などへの渦巻く批判にはふれずに争点をそらし、米軍岩国基地の軍民共用化による民間空港の早期再開など地域振興策を訴えた。岩国市長選では通用した(はずの)戦術だった。
投票率は69.00%(前回総選挙72.45%)。岩国市市民は、政府のアメとムチのやり方に対して、与党候補を市長に当選させて政府と慎重に対峙する道を選択した(この点でも衆院の多勢に驕り硬直した自公政治家より市民のほうがはるかに政治センスがある)が、衆院補選では民主党の平岡候補が、その自民党新人で公明党推薦の元内閣審議官を破って勝利した。票差は2万票という大差がついた。
朝日新聞社の出口調査によると、道路・ガソリン税問題で暫定税率復活の賛否を尋ねると、全体の7割が復活に反対、自民・公明の支持層も5割強が反対と答えている。民主支持層は約9割が反対だった。また投票先を年齢層別にみると、30代から50代までは6割強、20代と60代では5割強が平岡氏に投票(ただし、70歳以上は山本氏に投票した人が多かった)したという。さらに共産支持層の9割以上が平岡氏に投票したという。(→朝日新聞「ガソリン税率、7割が復活に反対 衆院補選出口調査」)。 共産党の「自主投票」の決断は、野党陣営の動きにダイナミズムをもたらし、政治に深みをつけ加えたといえよう。
当116,348平岡 秀夫=民前
94,404山本繁太郎=自新
この一騎打ちに敗れた自公与党は、さらに激しいダッチロールの局面にはいる。与党内部から福田政権への批判が噴出することも必至。75歳以上の高齢者を対象とする後期高齢者(長寿)医療制度が国民からそうすかんを食らう中での選挙となり、世代を超えた批判がモロに政府・与党を直撃した。
町村官房長官は、補選の結果をうけて「国民全体の判断を山口2区の人に委ねるべき性質ではない」「30日に再可決する方針に何ら変わりはない」(各紙)と語って、衆院で圧倒的多数をほこる自民が採用してはばからない「強気」の姿勢を示したが、(1)年金制度を底なしに崩壊させていたうえに、(2)高齢者を「姥捨て山」に追い込む制度の強行、(3)さらには「09年度から一般財源化」としながらも、ガソリン税収をこんご10年間道路整備にあてる特例法改正案を強行・成立させる方針を打ち出すなど、口では「対話」とかいいつ、反対勢力徹底無視の姿勢は、野党に対するだけでなく、完全に国民すべてに対しても貫くつもりのようだ。
政治崩壊の責任を国民になすりつけようというのだから、ひどい話である。当選さえしてしまえば権力は自分たちのもの。国民など関係ない。自殺でも、戦争でも、権力者の思うがままで、強い者には民衆は従うものだと思い込んでふんぞりかえっているのだ。 自公政権はそれを小泉内閣以降、脈々と続けている。
この補選敗北の結果も、町村官房長官の「30日に再可決する方針に何ら変わりはない」の発言に象徴されるように、自民党の強行軍路線を止めることはないのだろう。ここまでくると、民意との乖離ははなはだしく、もはや福田首相も自公政党幹部も裸の王様で、足元に火がついていることにさえ気付かないでいるのではないだろうか。すっかり「権力者」「支配者」のつもりになっているから、多少の「痛み」はたがいに正当化しあってすませてしまうのだろうか。
衆院で絶対多数を占める彼らにとっては、どんなことがあろうと現在の日本は、自公王国なのだろう。だから、もはや自民党支持者も他党支持者もなくなっているのだろう。国民は、「痛み」に耐えよ。「国づくり」のために必死で耐えて働け、自分たちは「痛み」を与える側で、「痛み」を受ける側ではない、というわけなのである。
そういう精神状態にいる人や集団は、往々にして、多少党内で不安の声をあげるような者がいると、「そんな弱気でどうする」と突っ張ってみせる。自公与党もおそらくそんな状態に陥っているに違いない。これまでの経緯からして、そうとしか考えにくい。ブッシュの戦争への追従、かつそのネオコン路線の弱肉強食主義を象徴するもののひとつである「後期高齢者(長寿)医療制度」。それへの反省よりも、その路線への布石を打ち直し、強化・実現にむけた足取りを強めていくほかに道はないと、たがいに意思を固めあうほかに選択肢はなくなっているのだ。
追い込まれれば追い込まれるほど、たがいの紐帯の硬さを確かめ合い、裏切り者が出ないようにたがいをしばりあうのだ。自分たちは衆院絶対多数を握る絶対権力なのだ。それでもいま弱気をみせれば、一気に城は崩落する。だから、強気を貫くほかないのである。それを表立って口にはしなくとも、腹のなかはいっしょだと、いつも目配せして確かめ合おうとし、疑い深い顔つきばかりを並べている。だから、よけいに疑心暗鬼が永田町を飛び交い、蔓延することになる。
結局、「強気を貫いているかぎり、だいじょうぶだ。国民は弱い。弱くないやつらも弱体化させるために「痛み」の注射を打ってある。やつらは必ず強いものになびいてついてくるもんだ」とたかをくくって対応することが、最高善とされるに至っているのである。
独りよがりの「強さ」ほど脆い。逆に人間の「弱さ」こそが創造力の源泉である。人と人を結びつけ、次代を切り開く力を生み出す。そのことを、彼らは知らないか、理解しようとしないのである。だからあらゆる意味で脆い。力ずくの政治は亡国をまねきよせるだけなのである。
ましていまは、戦国時代でもなければ、幕藩体制の時代でもない。いまは国民が選挙で政治家を選ぶ民主主義の時代なのだ。おそろしく時代ズレした、おろかな「権力者」どもとしかいいようがないわけだが、政治家や政党に、「絶対権力」などあたえていないことを、しっかりとわからせねばならない。その面倒を、日本の国民の誰もが背負い込んでいるというわけだ。
だがそれを面倒がっていては、政治家の誰よりもえらい日本国憲法を無視して、無責任政治を突っ走る政治家どもに、罰せられ「痛み」を与えられるのは国民の側ではなく、政治を仕事として選んだきみたちのほうなんだということを教えることなど到底できない。
ここで彼らにそれをわからせておかないと、いま以上に、もっとたいへんなことになる。そのことに、今度の「後期高齢者」医療制度でだれもが気がついた。それをやった人間たちのほうは、そのことがわからない。強い文句が出たので、真意は違うなどといい始めて、多少の修正などをほのめかしているが、それなら最初からやらなければよかったのだ。文句が出たら、うまくごまかして「国民のみなさまは勘違いしていらっしゃる。いい制度なのだ、みんなの役に立つのだ」と言い訳に走り出している。
後期高齢者(長寿)医療制度はやめようとしないし、 来年からは一般財源化すると首相がいったはずのガソリン税をこれからも10年間続けるとした法案を無理やり成立させようとしている。多少の「お灸」ではすまないところまで彼らが「行って」しまっているのは明らかだ。市民の手で断罪し、市民の手で民主主義を教え込むほかないのである。 こういう時代に表現者が目先の利益ばかりに終始し、研鑽を怠り、いま伝え、語ることをおろそかにすることもまた無責任のそしりを逃れない。
市民の手で、やめさせてあげる―政権からおろしてさしあげるしかないと言い換えてもよい。もう、日本国中、みんながわかっていることだと思う。総選挙では、国民はなにもたがいに目配せしあうことなど必要ない。ただ淡々とそれぞれに投票を済ませる。それだけだ。それだけで少しだけ日本がよくなるのは、目に見えている。だれもがわかっていることなのだ。
「自分たちの自堕落な政治の失敗を、国民になすりつけて済ませようとする人間たちに、政治家の資格はない」のである(これは私のつたない体験からくる直感のたぐいだから、読み飛ばしていただいてもいい話なのだが、私が指摘するまでもなく、昨夜、電車の中で私の目の前の席に並んで座る妙齢の女性お三方が、「なにが高齢者よ。それも後期高齢者とはなにごとよ。まともに払いもしない年金から天引っていうんだから、ねえ。あたしたちは中期高齢者よ、中期高齢者」と怒りをこめて高らかに笑いあっておられた。人間、こういうときが一番怖いことをだれもが知っている、それだった。微笑で覆いくるんだ壮絶な怒りである。笑い飛ばすしかないところまで我慢に我慢を重ねた結果としての憤慨である。深い深い慈悲と確信に満ち溢れた、民主主義社会における生活者のきっちりとした決断。それがこれからどんどん広がって全国を覆いつくすであろうことは疑いがないだろう。着々と日本国憲法違反の政治家たちを「断罪」する日が近づいていることを、私は素直に感じ取るほかなかったのである)。
それでも絶対権力を握ってブッシュとともに戦争政治に走ってきた(つもりの)彼らは、次なる手を用意しようとしている。もっと戦争政治の時代を続けるための法案を通そうとする策略である。
24日、自民党の山崎拓外交調査会長は、自衛隊海外派遣恒久法案の今国会提出を断念、次期臨時国会提出を目指すとする方針を表明した。
自衛隊海外派遣恒久法案については、海上自衛隊のイージス艦衝突事故を受けて公明党内に「時期尚早論」が強まり、提出は難しいと判断したと伝えられている(→共同通信)。
だが政府・与党は来年1月までに恒久法を制定したい考えを崩していない。インド洋上での給油活動の根拠である「新テロ対策特措法」の期限が切れるからだ。
この「恒久法」をめぐって自民党は、2月下旬に与党プロジェクトチームを立ち上げる予定だったが「恒久法制定」を打ち出すタイミングをはかりきれないまま時間が経過していた。10日に、「国際平和協力活動の一般法に関するプロジェクトチーム(PT)」の初会合を党本部で開き、山崎拓前副総裁らが作業を「見切り発車」させ、連休明けの5月中に与党プロジェクトチームの立ち上げを打ち出した。
23日には、超党派の議員連盟「新世紀の安全保障体制を確立する若手議員の会」が衆院議員会館で総会を開いた。約30人が出席。約3年ぶりに活動再開のきざしを示した。自衛隊の海外派遣を随時可能にする「恒久法制定に向けた論議」の促進を狙いとする動きで、メンバーは自民党の中谷元・元防衛庁長官や民主党の前原誠司副代表ら自民、民主、公明、国民新党にまたがって存在する。
9月をめどに提言案をまとめる方針という。読売新聞、産経新聞といった応援団メディアも、これにあわせてさまざまに、後ろ向きのキャンペーンをはりつつある。中国によるチベット自治拡大の声弾圧を、「中国は敵」「中国大きらい」キャンペーンのチャンス到来と足が浮ついている気配もある。
昨年夏の参院選大敗北、そして安倍自主退陣と読売新聞や産経新聞の社説などが唱える復古改憲国家主義のトーンは世間からすっかり見放されているが、その「復活」を虎視眈々と狙おうという寸法だ。米軍さまさまのこの滅私奉公路線(=政治家は米屈従、国民にすべての犠牲を押し付ける)には、巨大なスポンサーでもついているのだろうかと疑いたくなるほど、ご熱心、ご執心だ。
そのためにも、読売新聞の営業の自由を守り、憲法逸脱路線を正当化をはかるための「言論表現の自由」の隙間確保に動いている。産経新聞は映画「靖国」をめぐって文化庁に「助成金支出の適否について再検証」を求める主張をかかげるほどに、「言論表現の自由」にさえ懐疑的ともとれる姿勢を繰り出している。いよいよ両紙の露骨な「役割分担」の時代に突入なのか。
米国の米軍再編に対応した日本の復古改憲靖国賛美国家主義路線。政党・政治家と結託し指南役をきどり、ちょうちんをもってやまないメディアもまた、ブッシュの戦争への支持をあおり、「ひるむな」と自衛隊のイラク派兵を先導した反省を微塵もみせようとしない。メディア企業としての「したたかさ」を発揮して、その路線をこっそり修正してくるのはいつの日のことになるのか。しっかりとチェックしていく必要があろう。
いや、もしかするとそんな時代はやってこないのかもしれない。社説を担当するえらいひとたちが、いさぎよしとしないかもしれないし、読者のほうがみはなすかもしれないからだ。絶対権力にはまり、絶対権力を手放せなくなっているおろかな政治家たちと同様、メディアの盛衰がはっきりとその潮目をかえる姿を私たちが目撃する日が近づいているのかもしれない。そして、それを近づけるスピードは私たちの手にゆだねられているに違いない。
民主・平岡氏が当選確実 衆院山口2区補選、自民に勝つ(共同通信)27日(日)20:38
ガソリン税率、7割が復活に反対 衆院補選出口調査(朝日新聞)28日02時08分
暫定税率法案:補選・民主勝利でも政府「30日に再可決」(毎日新聞)28日 0時32分
海外派遣恒久法は急務 超党派議連が活動再開(共同通信)4月23日(水)12:13
超党派安保議連が再始動=恒久法制定目指す−中谷、前原氏ら(時事通信)23日(水)14:30
自民が恒久法提出見送り 公明党に時期尚早論(共同通信)24日(木)19:49
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JCJふらっしゅ
Y記者の「ニュースの検証」=小鷲順造
http://archive.mag2.com/0000102032/index.html
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想像しよう。想像に金は少しもかからない。みんなで想像しよう、少しだけいい国になった日本を。少しだけよくなった世界を。想像できればそれは必ず実現できる。みんなが想像しているのだから、実現できない理由をみつけるほうが困難なのは当然のことではないか。






