2008年05月09日

国防総省が軍事アナリストをテレビに送り込んだ世論操作疑惑=隅井孝雄

―ニューヨークタイムスとPBSテレビが報道

 イラク戦争以来、退役将校たちがテレビで軍事アナリスト、コメンテーターとしてテレビに引っ張りだこである。ところがこうした軍事アナリストたちがペンタゴンのひも付きだったのではないかという疑惑が浮上している。4月20日にニューヨークタイムスが、23日PBSテレビ(ジム・レーラー、ニュースアワー)が相次いで報道したところをまとめると、以下のようなストーリーとなる。

 国防総省はテレビ局がよく使う評論家、アナリスト(元高級将校)を集めた会合(ブリーフィング)を頻繁に開いていた。なかにはチェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官が出席した会もあったという。

 彼らは国防総省や軍の招待でイラクやガンタナモ基地などを訪れたれたこともある。
 機密情報の閲覧も許可され、その見返りに政府の主張をそのまま口にすることがほとんどだった。アブグレイブ捕虜虐待など国防総省に不利な報道の火消し役の役割も果たした、とPBSやニューヨークタイムスは伝えている。

 PBS自体イラク戦争やその後のイラク情勢の解説のため5人の元軍人とコンサルタント契約を結んでいたが、この5人はペンタゴンのブリーフィングには出ていない、とPBSは番組の中で説明している。ペンタゴンの会合に出席した軍出身の軍事アナリストは75人であったことが確認されている。

 「粉飾戦争」などの著書があるNPOメディア民主センター事務局長のジョン・ストーバー氏は「75人のほとんどは単なる評論家、コメンテーターではなく、軍事関連企業のロビイストやコンサルタントをしている。イラク戦争開戦前から、ラムズフェルト国防長官やクラーク広報担当官の指示でネットワークテレビに送り込まれ、世論の地ならしを行った。彼らの活動がなければ、イラク開戦はなかったかもしない。このような宣伝工作は今も続いている」と発言した。

 そしてPBSの番組への出演依頼に「テレビネットワーク各局が応じなかったのは恥ずべきことだ」と主張、テレビ側の責任を追及する構えである。

 一方ABCの元国防省記者であるボストン大学ジャーナリズム科教授のロバート・ゼルニック氏は「退役将校たちが国防省と極めて密接な関係を持っていること、彼らの多くが軍事企業とかかわりを持っていることはテレビネットワークも十分承知の上、情報源にしている。今回の場合、国防総省との特別な関係がある、あるいは軍需企業コンサルタントであるのに、そのことを放送で明らかにしなかったことは問題として指摘できる」としてややテレビ局に同情的な見方をしている。

 ちなみにアメリカのテレビでのコンサルタント料は、出演一回で500ドルから1000ドルが相場である。
 ニューヨークタイムスの記事は7,580にもわたる長文の記事。Fox News、CNNその他の主要な軍事解説者たちが一つ一つの状況でどのように政権のプロパガンダに近い解説をしたかを克明にあとづけている。

 イラク開戦時の腕利きの広報官であったビクトリア・クラーク国防次官補(イラク戦の従軍取材を推進したことで知られる)が27人の元将校解説者を、政府にとって有用な広報手段になるとして、頻繁にブリーフィングの機会を与え、資料提供したことも明らかになっている。そしてたとえばフォックスニュースのコンサルタントであった元空軍元帥がペンタゴンに対して「これはいい情報だ、使える」という返信メールを出したなどの事実が明らかにされている。

 しかし国防総省がはたしてこの27人を雇った、つまり報酬を支払ったかどうかという事実は出てきていない。
 有利な報道が行われることを期待して取材の便宜を図り、資料を提供したことがあったにしても、あるいは元将校らの発言、解説の多くが国防総省寄りであった、にしても、ネットワークの側もそれを承知の上で、綱渡りしながら情報源として使うことはありうるが、それが直ちに偏向とは言えないという見方もある。

 Foxニュース、NBC、CNNの一部番組での解説がかなり国防総省寄りであったという事実もあるが、ABCやCBSが報道に手心を加えたという形跡は希薄だったようだ。むしろ、国防総省やイラクでの米軍の行動にきわめて批判的な報道が大部分だったともいえる。

 微妙な関係で成り立つ取材と取材源とのバランスは存在していたのではないかと私は思う。その意味でニューヨークタイムスの記事は世論操作の状況証拠を提供しているが、決定的な事実を提起しきれていないのではないか。

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隅井孝雄 
メディアウオッチ
http://mediawatchblog.seesaa.net/
No. 0804 (通算164)
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posted by JCJ at 15:41 | TrackBack(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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