2020年09月28日

【おすすめ本】 木内みどり『またね。 木内みどりの「発熱中!」 』─あっという間に逝った著者のステキな文章に「さよなら」=鈴木耕 

 表紙を見ただけで胸がつまり、普通の書評のように平静な気分では書けません。これは昨年急逝した木内みどりさんの「遺稿集」のような本。 私は木内さんとはほんの少しの友人でした。だから書評が「さよなら」の 文章になってしまうのは悲しすぎるのです。
 私たちが運営しているウェブサイト「マガジン9」は今年、創刊15年になる小さなネット週刊誌です。その「マガ9」連 載の木内さんのコラムを編集したのが本書です。帯に「世の中を本気で変えようとした女優がつづったひとりの人間としての『生』の記録」とある 通り、まさに木内さんの本気が溢れています。
 反原発集会で司会を務め、改憲反対のデモを歩き、自分がいいと思った候補者の選挙運動に参加する。なぜその人を推薦するのかを、じっくりと勉強した上で、コラムに書く。
 芸能界では政治に関わったら損だよ、などと言われても、そんなことを言う人とは疎遠になってもかまわないわ、フフフ…と笑顔を浮かべて先頭に立ち続けたのです。
 私は、そんな木内さんが大好きでした。だから「マガ9」への連載をお願いしたのです。「私は 中卒だし、知識なんかまったくないのだけど、それでいいのかしら」。い いんですよ、もちろん。 だってこんなステキな文章を書ける人、そんじょそこらにはいませんよ。
 ここに収められた文章は多岐にわたります。原発、政治、憲法、環境、そして旅や親しい人たち。自由奔放にして優しさに満ちた文章。文は人を表します。その通りの生き方をした木内さんでし た。あっという間に去っていった大切な友人に、私が書けるのは、やっぱり「さよなら」と淋しさ だけでした。(岩波書店1800円)
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2020年09月18日

【おすすめ本】水島久光『戦争をいかに語り継ぐか 「映像」と「証言」から考える戦後史』─もどかしい戦争報道の歩み、語り部と対話し問答する大切さ=菅原正伯

 戦争体験を語るさい、「あの戦争」とよぶ人が少なくないのはなぜか。本書はそんな疑問を手がかりに、NHKやTBSのドキュメンタリー番組を主な素材にして、戦争体験を語り継ぐことのもどかしさや難しさの要因を考察している。
 戦後60年(二〇〇五年)、戦後70年(二〇一五年)に、テレビ各局は競って百を超える戦争番組を作った。だが語り部は自分の言葉が聞き手に届かない悩みを、抱えていた。
それは戦後、知識人と大衆、語り手と聞き手に加え、「知る者と知らざ る者」の分断によって、戦争に関わる語り(テレビ報道)が「一方向性」に傾斜したからだと、著者は言う。
 第二章は「戦争を知らない子供たち」と戦争体験者とのコミュニケーションの「断絶」を、フォークソングや戦争マンガの考察から文化的に明らかにし、示唆に富む内容がいっぱいである。
断絶があるがゆえに「問答」や「対話」による克服が大切になるが、原爆など「なぜこんな悲惨なことが…」という聞き手の問いかけは、話し手との圧倒的な情報量の差を前にして、「だから 戦争はいけない」という結論に短絡しがちだったと、著者は指摘する。厳しい批判だが、その底には戦後第一世代の努力にたいし、大いなるエールが込められている。
 語り部が高齢化し「語り手なき時代」の到来が迫っている。それだけに著者はテレビ各局が製作した膨大なドキュメンタリーのアーカイブ化を図って活用することや、この間、戦前のニュース映画や映像の新たな発掘が続いていることに期待を寄せている。(NHK出版1500円)
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2020年08月29日

【おすすめ本】野田正彰『社会と精神のゆらぎから』─権威や偏見に抗い、苦しむ人々に寄り添う精神医学を築く=山田寿彦(元毎日新聞記者)

社会と人間の精神を物理的にゆらぎ合う共振の関係としてとらえた本書は、精神病理学的分析手法による、社会の歪みを徹底的に批判する精神医学を切り開いた、その到達点を示唆している。著者の出身地高知県の地元紙に寄稿した連載をまとめた回想記である。
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著者は社会と人間への洞察を欠いた既成の精神医学・医療を根底から否定し、その作り直しをライフワークとしてきた。
 15年間の臨床現場における医療改革の闘い、それに続く評論・執筆活動から生まれた、ノンフィクション文学の形態を取った社会批評は権力を痛打するだけではなく、市民の側の思考停止にも厳しい批判を向けてきた。
「野田精神医学」(勝手に呼ばせてもらう)は、文献の渉猟と徹底した取材、時にはニューギニア現地人の精神分析にまで足を運ぶ知力と行動力を基礎として確立された。
 人間の精神とは何か。答えを求める思索の旅路を縦糸に、社会問題との格闘、悲哀を抱える人々への寄り添いを横糸に回想が織りあげられる。
 1944年生まれ。 北大医学部で医学連・青医連の活動家として批判力のインフラを鍛えながら、苦しむ人々に寄り添う精神医学の在り方を考え始める。野田精神医学が、支配層の育成を目的とした旧帝大の中にあって、「自由・平等・博愛」のクラーク精神を持つ稀有な学府から始まったのは偶然ではないだろう。
 一人の精神科医が「自分はこう生きてきた」と振り返る書物が、さて、あなたはどう生きてきた(いる)のか、どう社会のことを考えてきたのかと問いかけているように思えるのは、本書が哲学の書となりえていることが大きな理由だろう。(講談社1600円)


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2020年08月24日

【‘20緑陰図書─私のおすすめ】 大地の上に立つ民衆の一人として生きる=渡辺一枝(作家)

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1990年代から「グローバル化」がしきりに言われ、一方でナショナリズムに喚起された国民国家論が声高に叫ばれるようになってきている。その危険性がコロナ禍で一層鮮明になった時に読んだ3冊を通し私は「国家」は虚構であり日本政府発行の旅券を私が持つのは、便宜上のことでしかないと改めて思う。
 奥野克巳『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(亜紀書房)は、ボルネオ島サラワク州をフィールドにした著者のエッセイだ。マレーシアは小学校が義務教育だが、プナン人は学校の存在意義を感じず学校教育は定着しない。それは我々の社会での「不登校」とは次元の違う話だ。剥き出しの自然に向き合う中で、困難を乗り越え知恵を紡ぎ、物の見方ややり方を築いてきた森の民は、私たちに異なる生の可能性を示唆しているのではないか。
 熱帯の森で狩猟を生業にするプナン人と長期にわたり継続的に交流してきた著者は、プナン人は私たちには「あって当たり前」の反省や感謝の念が無いが、それは単に彼らの生き方が私たちと異なるからということでしかないという。
 原発事故後の福島を伝える本は数多いが、自分史を交えての飯館村の歴史、事故で破壊された暮らし、国や行政、東電との闘い、避難生活と生活再建の道を、地に足がついた著者の言葉で克明に丁寧に記録した菅野晢『全村避難を生きる』(言叢社)は「農の本質」は種を蒔き、収穫して喜びを分かちあうことで、そのためには土地がなければならないと、国家の論理ではなく民衆の論理として強く説く。
 もう一冊、本橋成一『世界はたくさん、人類はみな他人』(かもがわ出版)は、5歳の時に東京大空襲を体験し、長じて筑豊や賭場など日本の市井の人々を、またチェルノブイリやイラクなど世界を写し撮ってきた写真家による、笹川良一が喧伝した「世界は一家、人類はみな兄弟」に対する強烈なアンチテーゼだ。
 私は、大地の上に立つ民衆の一人として生きていきたい。
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2020年08月20日

【おすすめ本】 籠池泰典+赤澤竜也『国策不捜査 「森友事件」の全貌』─国家によるカゴイケ切り捨て、裏で公文書改ざんの暴挙=河野慎二

 森友事件の被告席に立たされた籠池氏が事件の全貌をまとめた。その中で彼は「本物の首謀者が国家の中枢で未だに権勢を振るっている」と、安倍首相に最大級の非難の言葉を浴びせる。
 その原因は安倍首相の「手のひら返し」にある。首相は園児に教育勅語を暗唱させる籠池氏の特異な幼稚園教育に共鳴し、国有地買収計画「神風」を吹かせたが、国会で追及されると一転「国家によるカゴイケ切り捨て」の挙に出た。
 籠池氏は「手のひら返しと決裁文書改ざんは一体のもの」と喝破。「安倍官邸は公文書を改ざんさせ、官僚に国会でウソをつかせ、議会を毀損した」と首相の罪状≠告発する。
 彼は「国家は言葉で成り立つ」との考えのもとで「憲法、法令、統計、決済文書など、公的な言葉に信頼を置くがゆえ、議員に権限を付託する」と指摘。「言葉をないがしろにする人間に、国家にとって最も崇高な言葉である『憲法』を語る資格があるのか」と、安倍改憲をこき下ろす。
 また,検察にも厳しい批判の目を向ける。検察内部には、立件すべき理由があるのに、政治的思惑に基づき、「不起訴ありき」という前提で立件を見送る「国策不捜査」方針がまかり通っていると指摘する。
 実際、森友事件は籠池氏の詐欺事件に矮小化され、国の背任容疑や公文書改ざん問題は闇に葬られた。彼は「公訴権を濫用し、政治権力の犬に成り下がった特捜部は即刻廃止すべきだ」とも、主張している。
 さらに「この国の報道機関のあり方が、いまほど問われている時はない」と指摘しつつ、「希望は捨てていない」と述べ、メディアへの批判と期待に力を込める。(文藝春秋1700円)
                           
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2020年08月07日

【‘20緑陰図書─私のおすすめ】 いま取材過程の実際を開示する大切さ=澤 康臣(専修大学教授)

澤康臣.jpg 捜査・司法当局幹部たちとの間に記者が築いた人脈、深夜早朝の訪問や電話、グラス片手の会話、リークされる情報─賭け麻雀問題で論じられた取材手法のことではない。ニクソン米大統領を辞任に追い込んだ調査報道、ウォーターゲート事件取材でワシントン・ポストの記者たちが取り組んだことだ。
 ボブ・ウッドワード&カール・バーンスタイン『[新版]大統領の陰謀』(ハヤカワノンフィクション文庫)は、取材過程を詳細に書き、今も版を重ねる。
 権力の不正に迫る彼らは、悪を一喝するヒーローとは異なり、情報が集まる当の権力の圏内に無作法な侵入をする。本書には「ここまで手の内を書くのか」の思いを禁じ得ない。だがここまで公開するからジャーナリズムが信頼される。
 今、いくつもの米メディアが倫理規定を公表する。ニューヨーク・タイムズの規定は取材源との私的しつらえでの人間関係づくりを肯定しつつ、その危険にも釘を刺し、規定全文もネット公開している。
 取材過程の秘密が神秘性めいて尊重された時代は終わっている。オープンに語ってこそ市民の支持を得る、という40年前の米報道界の実践を本書は示している。

 日本の取材現場の息づかいと息苦しさを感じさせるのは、神奈川新聞取材班『やまゆり園事件』(幻冬舎)だ。重度障害者19人を殺した植松聖の実像に、37回の接見で迫る。犠牲になった人たちの姿と家族の思い、障害者の権利を求める闘い、障害ある家族と今を生きる人々の肉声、植松の命もまた奪おうとしている死刑制度、いささか目まぐるしいほどに多くの焦点を提供する。
 「ジャーナリズムは歴史の第一稿」(ワシントン・ポスト元社主フィリップ・グレアム)のはずなのに、名前が語られない「19人」。取材で名前を把握しながら書けない、書かないでいる矛盾に、痛苦の表情で向きあう報道人の姿もまた、静かに浮かびあがる。
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2020年07月24日

【おすすめ本】後藤逸郎『オリンピック・マネー 誰も知らない東京五輪の裏側』─巨大ビジネスに翻弄される実態を暴き意義を問う=薗田碩哉(スポーツジャーナリスト)

 平和の祭典「オリンピック」という錦の御旗はすでにボロボロに劣化し、金と醜聞にまみれた巨大ビジネスになり果てている。本書はその実態を、丹念な取材とデータ分析から詳述している。
 クーベルタンが理想を掲げて再興した近代オリンピックだが、1980年のモスクワやそれに次ぐ84年のロサンゼルス大会でのボイコット騒ぎに見るように、オリンピックは常に政治に翻弄され続けてきた。
 オリンピックを主宰するIOCは年間1500億円もの収入を挙げる。その73%はテレビ放送権料、次いでトップ・スポンサー料が18%を占める。IOCはテレビとの癒着、グローバル企業の抱え込みに邁進する。

 その結果、オリンピックは世界のスポーツ興行界の歯車に組み込まれ、身動きが取れなくなっている。開催費用は増す一方で、いまや開催都市に名乗り出るのも二の足を踏む状況だ。トップ・スポンサーのマクドナルドの撤退も大きな話題となっている。
 日本は「アンダーコントロール」との嘘までついて開催を勝ち取った。だが開催の決定以前から競技場の拡張を画策し、隣接の都営アパートを追い出す計画まで進められていた。その狙いは、オリンピックにかこつけて神宮外苑地区の再開発をもくろむ衝撃の事実も、本書で明かされる。
 コロナ禍による延期は天の配剤と言うべきだろう。これを機にオリンピックそのものを根底から見直す必要がある。本書は歯切れのよい文章で、その理由を明示してくれる。(文春新書800円)
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2020年07月21日

【おすすめ本】伊東順子『韓国 現地からの報告 セウォル号事件から文在寅政権まで』─いっさいの偏見を捨てて、韓国社会のリアルな姿に深く迫る=洪 相鉉(ソウル在住ジャーナリスト)

 本書の著者は、韓国語だけでなく、韓国の政治ㆍ経済ㆍ社会ㆍ文化に対する幅広い知識を兼ね備え、かつ長年にわたって韓国各地にあるネットワークまでも活用し、充実したルポルタージュを完成させた。
 本書の始まりが2014年4月のセウォル号事件であることは意味深い。リーマンㆍショック以後、急速なグローバル化の渦に巻き込まれた韓国社会は、非正規の船員を雇用し、船の安全点検すら外部委託し、コスト削減への暴走を続けてきた。
 ところが春のある日、324人の高校生を乗せて済州に向かっていたセウォル号が珍島郡の海上で沈没したこの事故は、結局、韓国社会の暴走に歯止めをかけた事件であると同時に、光化門のロウソク集会と朴槿恵政権の退陣、そして文在寅政権の成立まで続く「1987年以降最大の激変期」の始まりだった。

 さらに「異邦人」の著者が、韓国で生まれ育ち、教育を受け、今の社会の主流となっている40代50代の韓国人以上に、韓国社会に対する認識の深さと思考の地平を示していることだ。
 いま韓国の現状は、産業化世代と民主化世代に象徴される保守ㆍ革新の対立を超えて、新しい時代を切り開くための陣痛期にある。
 最も自信に満ちていながらも、最も不安定に見える今日の韓国ㆍ韓国人を理解することは重要である。 こうした目的に本書ほど、有用な本が他にあるだろうか。
 韓国と日本が共生する未来を築く上で、現実を認識することから始めるためにも、本書は日韓双方の必読書にならなければならない。(ちくま新書880円)
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2020年06月25日

【おすすめ本】上西充子『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』─デタラメが横行する政府答弁、「安倍話法」の本質を加視化する=鈴木耕(編集者)

 国会を国民の手に取り戻そうという画期的な試みが2つあった。ひとつは小原美由紀さんが始めた「コッカイオンドク(国会音読)」。国会審議をそのまま書き起こし、みんなで音読する。言葉にして読み上げ、それを実際に聞いてみると、漫才にもならないほどのバカラしさ(ことに政府答弁)が実感できると、ちょっとしたブームになった。
 そして、もうひとつが「国会パブリックビューイング」という運動である。音読は耳で確かめるということだが、こちらは国会審議そのものの映像を街角に設置したスクリーンに投射して、みんなで実際に国会の在り方を確認する取り組み。政府答弁のひどさに失笑が漏れることもしばしばだという。もっと言えば、NHKニュースなどで編集された安倍首相らの“すっきり答弁”が、いかに実際の答弁の切り取り編集であるかが確認できる。

 この試みを始めたのが法政大学の上西教授。あの名高い「ご飯論法」の名付け親だ。「ご飯は食べたか?」と問われ「ご飯は食べていない(パンは食ったが)」とごまかす「安倍話法」の本質を突いて、流行語大賞のトップ10にも選ばれた。デタラメが横行する答弁のありさまを、誰でもが気軽に見られる方法はないかと考え、夕方の暗くなったころから街角にスクリーンを設置、路上を政治空間に変えたのだ。その顛末がとても素敵だ。
 コロナ禍で在宅勤務の人たちが多くなり、国会審議を自宅で生で見る人が増え、国会が身近になった。その嚆矢となった本である。(集英社クリエイティブ1600円)
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2020年05月22日

【おすすめ本】毎日新聞「桜を見る会」取材班『汚れた桜 「桜を見る会」疑惑に迫った49日』─人びとの怒りの声を背に数々の疑惑を追い続けた記録=藤沢忠明(しんぶん赤旗記者)

 本書は日本共産党の田村智子参院議員の質問に端を発した「桜を見る会」疑惑を、記者自身が怒りや危機感を持って追い続けた生々しい記録です。
 安倍政権の政治モラル崩壊が凝縮された「桜を見る会」は毎年、開かれ、多くのメディアが取材してきました。それが、なぜ問題にされてこなかったのか―。
 本書も紹介しているように、この安倍首相の私物化疑惑をスクープしたのは、赤旗日曜版の昨年10月13日号です。『世界』1月号の「メディア批評」は、「赤旗にあって大手メディアにないものは『追及する意思』ではないか」と書いています。実際、田村質問の扱いは、「毎日」を含め、目立つものではありませんでした。

 毎日新聞・統合デジタル取材センターの記者らが、ことの重大性に気づいたのは、ツイッターにあふれる「モリカケと同じ、税金の私物化だ!」などの怒りの声です。
 一方で、「これほどの問題をなぜ報道しない」とのメディア批判もあり、結成された取材班が「桜を見る会」で何が起きたのか、何が問題なのか―と報道機関への叱咤激励の熱量の大きさも感じながら模索する姿が率直に記述されています。
 その結果、「いつまでやっているのか」というSNS上の批判について、「その批判は違う。桜を見る会には日本という国の根幹に関わる問題が凝縮されていることが、本書を読めばわかっていただけると取材班は信じている」と述べています。
 注目したのは、疑惑追及のさなかに首相側が呼びかけた会食を「毎日」は欠席したことです。メディアはどちらを向いて仕事をするのか、いうまでもないことです。(毎日新聞出版1200円)
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2020年04月22日

【好書耕読】「食なき国」への危機が迫る!=伊藤洋子(JCJ賞選考委員)

 近い将来、食糧危機の時代が必ずくる。先進国中最低の食料自給率はいまや37%、大半の食料を他国に依存する異常さが常態化している。
 1月、安倍首相の施政方針演説でガクンときた。自給どころか農産物輸出を声高に叫ぶばかり。軍事に前のめりになるものの、命を支える食の安全保障への配慮は、この宰相には関心外であるらしい。
 農地の大規模化で競争に強い農業を目指すとするが、本当に強い農業とは補助金に頼らず生業として営々と続けてきた家族農業=小規模農業だと、農民作家の山下惣一は自著『日本人は「食なき国」を望むのか―誤解だらけの農業問題』(家の光協会)で吼える。しかも誤解を拡散してきたのはメディアであり、これに洗脳された消費者だとも言う。

 輸出型農産物に精を出すのは大規模な企業型農業である。安倍が重視するのは世界市場を相手にする農業。行きつく先は農業はあれど「食なき国」への道だと山下は言う。
 安倍の演説文を読めば読むほど総花的で中身=具体策がなく、不都合な事実には蓋をしたままなど、指摘すべきことは満載だけど、メディアも野党もスルーの感の食と農の問題が気になって、本書の読み返しとなった。
 超高額兵器で重武装したその陰で、餓死者続出、医療崩壊なんて悪夢はまっぴらだ。
 新型コロナウイルス禍で世界が大騒動する中、アフリカで異常発生したバッタが間もなく中国に達するという。世界食糧危機は現実なのだ。

 本書が発行された2014年を、国連は「国際家族農業年」と定めた。以来、家族農業=小規模農業は持続可能な農業と飢餓及び環境問題への軸とされてきた。切り捨てられ続けてきた日本の伝統的農業こそ、その見本である。
 「強い農業が生き残るのではない、生き残った農業が強いのだ。」その農業は自給自足を原理とし、あまたの食を支えてきた。山下の持論が突き刺さる。
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2020年04月15日

【おすすめ本】中川一徳『二重らせん 欲望と喧噪のメディア』─フジテレビとテレビ朝日を巡るマネーゲームの裏面史=河野慎二

 著者は、公共の電波をメディア一族が私し、政官財報で分け合い、マネーゲームの具と化していった姿を、フジテレビとテレビ朝日の裏面史を通じて克明に追う。
 1959年の両局開局時、出資した旺文社の赤尾好夫の一族が90年代、マネーゲームに奔った。
 著者は、フジを巡るマネーゲームと最高権力者日枝久・フジサンケイグループ代表の経営姿勢に多くのページを割く。
 日枝は92年、創業者一族の鹿内宏明を追放し、以後30年近く経営のトップに君臨する。だが2005年、ライブドアの堀江貴文がニッポン放送株を50%確保して、フジ支配を謀るという危機の瀬戸際に、日枝は立たせられる。彼は堀江との和解で危機をしのぐが、翌年1月の堀江逮捕でライブドア株は暴落、フジの経営は深傷を負う。

 著者は、一連のメディア買収戦が「日枝だけでなく、キー局の経営者や放送行政当局の発想を内向きのベクトルに導いた」と分析する。総務省は認定放送持株会社制度を新設し「放送業界を守ることに価値を置く新秩序が定まった」。
 18年7月のカジノ法成立は「日枝にとって最大の障壁だった法整備が決着した」と、著者は指摘した上で「収益向上を歪んだ形で表出」しようとする日枝の計略を厳しく批判する。
 テレビ朝日は、赤尾一族のマネーゲームによる被害の最大化は阻止したものの、安倍首相と親密な会長の早河洋のもとで「権力監視機能は弱体化する方向へ向かうだろう」と、著者は強い懸念を示す。(講談社2400円)
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2020年03月14日

【おすすめ本】古川隆久『建国神話の社会史  史実と虚偽の境界』国民教化の手段として使われた歴史=上丸洋一(ジャーナリスト)

 「2千年にわたって同じ民族が、同じ言語で、一つの王朝を保ち続けている国など世界に日本しかない」─閣僚の一人がそう発言して<おわび>に追いこまれたことは記憶に新しい。
 もちろん「日本」という国号をもつ統一国家も天皇も、2千年前には存在しなかった。だが建国神話をそのまま歴史に接続させて「世界に冠たる日本」を誇る思考は、保守派の間で今なお生き続けている。
 本書は、8世紀初め、権力の正統性を語るために書かれた古事記、日本書紀の建国神話が、江戸時代の国学者によって再発見されたのち、帝国憲法下の日本で国民教化の手段として使われた歴史を平明な文章でたどる。

 興味深いのは、天皇の神格性が強調された戦時中の学校で、子どもたちが建国神話を半信半疑で受け止めていたという事実である。
 太平洋戦争下の茨城県の国民学校で、「国史」の時間に「天孫降臨」の掛け図を見せられた児童の一人が言った。
「先生そんなのウソだっぺ」
 教員は教員で、想像上の神話を歴史事実として語る矛盾に苦心したという。著者はこう述べる。
「建国神話を事実とみなす考え方は……人々を戦争に駆り立てる方向に作用しました」「(戦後になって)建国神話が日本という国家の正当化の根拠や教育から排除されたのは当然すぎるほど当然なことでした」
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2020年01月17日

【`19読書回顧─私のいちおし】組織に抗う個人の姿が日常の風景になれ=尾崎孝史(写真家)

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 組織と個人のあり方について考えさせられた年だった。鮮明に記憶しているのは、れいわ新選組の街頭演説会で耳にした言葉だ。「世の中の構造と同じことが創価学会の中でも起こってるよ」。
 参院選の3日前、新橋駅SL広場で声をあげたのは創価学会婦人部の女性。公明党の山口代表に「ガチンコ勝負」を挑んだ学会員、野原善正氏に寄せた応援演説だった。この日の野原氏の演説は、山本太郎『#あなたを幸せにしたいんだ』(集英社)に掲載されている。
 「池田先生が作った公明党さえ守っていれば安全だと教えられているみんな。違うよ!」。応援演説の女性は、濃密な人間関係で構築された組織に身を置きながら、内部告発を続けた。
 駅のホームで雑居ビルの前で、思わず振り返る金曜日の夜のサラリーマン。少なからぬ人が、選挙や個別団体の問題にとどまらぬ何かを感じたようだ。こんな化学反応が起きたのは、「空気を読まない、流されない。這いずり回ってでも体を張ってでも抵抗を続ける」という、山本氏の野良犬魂あってのことだろう。

 米誌タイムが選んだ今年の人は、スウェーデンの16歳だった。『グレタ たったひとりのストライキ』(海と月社)の主人公、グレタ・トゥーンベリ。本はオペラ歌手の母、マレーナが家族の物語から書きはじめる。「歌に対する私の愛は無限大で、ひとつのジャンルや組織に縛られたくなかった。常に主流に反していて、いつも独りだった」
 グレタの父、スヴァンテは舞台俳優だったが、妻の妊娠を機に主夫になる。家族はマレーナの公演にあわせて、欧州の都市を点々とする。「ほかの家族とは違う、あまりにも素晴らしい」日常が、若き環境活動家を生んだのだと納得させられる。
 「誰もかれもがグレタ、グレタ、グレタ」という状況に、「どうにかしているよ」と苦笑する妹のベアタ。来年こそ、組織に抗う個人の姿が、どこにでもある日常の風景になればよいのに、と思う。
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2019年12月19日

【おすすめ本】安田純平+危険地報道を考えるジャーナリストの会『自己検証・危険地報道』─「危険な取材」が担う役割と教訓=鵜塚健(毎日新聞)

 2014年4月、シリアで拘束されていた4人のフランス人ジャーナリストを空港で出迎えたのは、当時のオランド大統領だった。だが日本では必ず「自己責任論」が出て、政府がジャーナリストに旅券返納を命じるなど介入の動きが目立つ。
「危険を冒さないと得られないような情報はいらない」「外国メディアの情報で十分」との声も少なくないのが現実だ。

フリージャーナリスト・安田純平さんが3年4カ月、シリアで武装勢力に拘束後、解放されて1年が経過。本書で安田さんが自身の取材の歩みを詳細に報告。また中東や北朝鮮、アフリカなどの現場で取材するフリーや元新聞記者で作る「危険地報道を考えるジャーナリストの会」のメンバーが、今回の拘束事案での課題と今後の教訓を徹底的に討議。

 熱量の高い議論の裏には、遠い国の現実を伝える重要性、ジャーナリストの役割が軽視される危機感と苦悩がある。
 2015年にシリアでフリーの後藤健二さんと知人の湯川遙菜さんが殺害された直後、世論調査の内閣支持率は上昇した。2004年にイラクで旅行者の香田証生さんが拘束、殺害された際にも、政府の姿勢を巡っての議論は起きなかった。
 会のメンバー、綿井健陽氏は「彼らを処刑した実行犯は過激派組織だが、それを容認したのは誰だったか」と命題を投げかける。危険地報道というテーマを通じて問うているのは、政府やメディアのあり方だけでなく、社会を構成する私たち一人一人の意識だ。(集英社新書860円)
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2019年11月15日

【おすすめ本】斎藤貴男『驕る権力、煽るメディア』─市民の主権者意識がジャーナリズムを育てる基盤=河野慎二

 著者は、2015年4月から4年間のメディアと安倍政権の動きを、報道内容を中心に辿って見すえ、どうすればよいのかを、読者と共に考えようと本書をまとめた。
 この時期、驕り高ぶった安倍政権は安全保障関連法(戦争法)の成立をはじめ、森友・加計問題での文書改ざんや隠蔽など、悪政を恣(ほしいまま)にした。

 著者の疑問は、09年に自民党を下野させた有権者が、なぜ「呆れるほど従順」になったのかという点だ。疑問を解くカギはメディアの劣化にある。新聞に対する消費税軽減税率適用がメディア劣化の一因と指摘。新聞協会は政権への陳情(オネダリ)を重ね、軽減税率の適用を手に入れた。
「借りを返せ」と恫喝された新聞界の対応が無残。「消費税の報道は絶望の極み。オネダリの見返りとしてのプロパガンダを報道とは呼ばない」と、大手紙の報道を痛烈に批判する。
 劣化は新聞だけではない。雑誌ジャーナリズムも、反権力・反拝金の姿勢が攻撃される中で劣化し、このままでは「確実に滅びる。新聞も、単行本も」と警鐘を鳴らす。
 その上で「知性の灯を絶やすな」として「オール出版界による『ノンフィクション再生プロジェクト』の立ち上げ」を提唱する。

 著者は、ジャーナリズムは滅んではならないと強調する。ジャーナリズムが機能しなければ、民主主義は成立しないからだ。「ペンは剣よりも強し」は市民の主権者意識があってこそ成り立つ。
 最終ページに森友文書改ざんをスクープした朝日の写真を掲載している。ジャーナリズムを滅ぼしてはならないという著者の信念と気概が伝わってくる。(新日本出版社1900円)
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2019年10月24日

【おすすめ本】田島泰彦『表現の自由とメディアの現代史 統制される言論とジャーナリズムから遠ざかるメディア』─浮かび上がるメディアの劣化と民主主義の衰退=丸山重威(ジャーナリズム研究者)

 「この国の表現の自由はどこまで来ていて、これから先どこに向かうか。メディアはその任務と役割どう果たし、どこに進もうとするのか」―。
 冒頭にある通り、研究者の立場で、常にメディアの実態に関わりながら発言を続けてきた著者の2007年以来の論考である。その時々、法律雑誌や「週刊金曜日」「世界」などの寄稿原稿を元に、編年的にたどり、問題点を指摘している。

 時代をともにし、メディアのあるべき姿とジャーナリズムを考えてきた立場から言えば、まさに「継続は力」で、新しい状況が展開しているだけに、その都度、問題を落とさず記録することの意味は非常に大きい。
 例えば、私たちも著者も一緒に取り組んだ個人情報保護法の問題は、その後マイナンバー制度が生まれ、最近では企業が就活生の個人情報を材料に、リクナビの閲覧履歴などで人工知能による辞退率が取得される仕組みが生まれ、厚労省が「指導」した。
表題の「表現の自由」は、「表現の不自由展」の中止が大問題になっている。こうした「現在史」は過去の問題ではなく、「今の問題」そのものだ。

 この間、露骨に進んだのが、メディアの「劣化」であり、民主主義の「衰退」。本当に日本は大丈夫なのだろうか。
昔、メディアへの圧力や干渉について取り上げると、「知りたいのは、メディアへの『被害届』ではなく、どうしたら問題が起きないようにするかだ」と、よく言われた。
 しかし、昔も今も、「特効薬」はないだろう。大事なのは、一つ一つの問題をごまかさないで、忘れないで、問題提起していくこと。それが、民主主義社会のジャーナリズムの基礎だろうと思う。
(日本評論社2200円)
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2019年08月23日

【おすすめ本】巣内尚子『奴隷労働 ベトナム人技能実習生の実態』─安い労働力として使い捨てにする現場の生々しい実態をルポ=栩木 誠

 「移民政策はとらない」─この安倍発言を反故にするような、日本の「移民大国化」が進む。
国内に住む外国人の数は約267万人、総人口の2%を超えた。中でも目立つのが、農水産業や製造業などで働く外国人技能実習生と留学生で、合わせて60万人を超える。コンビニや外食、建設、介護、農水産業など、過酷な労働条件下で底辺を支える、彼らの存在なくしては「持続不可能」な産業も数多い。

 今年4月から施行された改正入国管理法の国会審議では、「低賃金の単純労働に従事され、技能が実習できない」実習生の劣悪な環境、人権軽視の問題点が赤裸々にされた。この利害と差別の複雑な結合が生み出す問題点を、急増するベトナム人実習生に焦点を当て、浮き彫りにしたのが本書だ。
 「送り手」のベトナム、そして「受け手」である日本の両国で、技能実習生の実態に迫る。その多角的な取材は労働組合などの支援者や仲介業者など、140人を超える。
低賃金に長時間労働、多額の借金、暴力、パワハラ、セクハラ、劣悪な住環境、除染などの危険業務…その一方で、隆盛を極める“実習生ビジネス”。

 現代日本の様々な社会問題の実態が、実習生などの発言から鮮明にされる。著者の五感で得た迫真のルポは、その実態を生々しく伝える。
 著者は「都合のよい労働力として使い捨てにする─この認識を捨ててこそ、移住労働者を社会が受け入れる必須条件なのだ」と、強調する。しかし、「特定技能」という新たな衣をまとった改正入管法下で、「奴隷労働」は、さらに“再生産”されようとしている。それを許さない「私たち」の取組みが、重要になっている。(花伝社2000円)
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2019年08月16日

【緑陰図書─私のおすすめ】「資本主義」でつながる世界と私たちの現実を問う=工藤律子(ジャーナリスト)

 最近、メキシコや中米の移民、また若者ギャングについて、その背景にある格差や貧困に目を向けた報道が多くなってきた。だが私たちとの関係にまで、筆が及ぶには至ってない。
拙著『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社文庫)や『マフィア国家』(岩波書店)に目を通し、彼らの現実が私たちとどうつながっているか、共に考えていただけるとうれしい。

 さて経済のグローバル化が進むなか、格差や不平等は、一国・一地域での問題ではなく、国際的な「資本主義」のありよう、そのものに関わっている。今やこの事実は自明の理となった。その「資本主義」とは何か。京都大学経済研究所附属先端政策分析研究センター編『資本主義と倫理』(東洋経済)は、その問いを考えるのに、格好の本だ。
 シンポジウムをまとめた本書は、「資本主義」を経済だけでなく、社会や教育など、多様な角度から解く。特に注目したいのは「資本主義の中核には倫理が存在する」という点だ。現代世界の大きな問題は、支配的な資本主義から倫理が失われていることだろう。

 では、私たちはこの先どんな世界を築いていけばいいのか。同じく「資本主義」を軸に考えるには、伊藤誠『入門 資本主義経済』(平凡社新書)が役立つ。その最終章「資本主義はのりこえられるか」では、21世紀型社会主義の可能性が考察されている。
 そこではベーシックインカム、私もスペインで取材している地域通貨、さらには労働者協同組合など、「社会的連帯経済」の取り組みが考察されている。これはメキシコや中米を含む、世界各地で進んでいる動きだ。

「労働力の商品化を廃止」し「働く人々の自由、平等、人権を主体的に実現する社会経済」を模索している。いま私たちは、こうした発想と取り組みが求められている。
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2019年07月13日

【おすすめ本】川本裕司『変容するNHK 「忖度」とモラル崩壊の現場 』─政治に翻弄される公共放送、危ういニュース報道への信頼=河野慎二

 受信料制度を合憲とした最高裁判決を梃子に、NHKの2018年度受信料収入が初の7千億円を超え、5月には改正放送法の成立で番組のネット同時常時配信が認められ、NHKは新たな受信料収入の手段を手に入れた。
 これで上田会長率いるNHKは盤石か?
 問題は官邸にひれ伏すNHKの報道姿勢だ。著者はNHKの政治報道について「政権との一体化」という見方が増えていると指摘する。
 87年から足かけ30年、NHKを取材してきた著者は「その残像は、『政治』に翻弄される公共放送の経営」であり、「とりわけ報道のニュースに、その痕跡が深く刻まれてきた」と振り返る。
 2001年1月、慰安婦問題を取り上げたNHKの番組について、安倍官房副長官が放送総局長らに「公正、公平な番組になるべきだ」と述べ、NHKは番組を改変。
 安倍氏が政権を握ると、官邸に対するNHKの忖度の度合いが強まり、政権に不都合な事実はニュースに載らないようになる。著者は「加計学園問題を取材する社会部に対し、ある幹部は『君たちは倒閣運動をしているのか』と告げた」事実を明らかにする。
 NHKと政治の関係については昨今、NHKの「政府広報機関化」が懸念されるほど、危機は深刻になっている。
 著者は「自壊しかねない不安要素を抱えながら、肥大化していく公共放送の未来が明るい、とはとても言えない」と強調。視聴者の怒りが限度を超えれば「公共放送への信頼は瓦解する」と警鐘を鳴らす。
(花伝社1500円)
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