毎年、締め切り近くの5月になると、JCJ事務局の部屋に、JCJ賞応募作品が、どさっと積みあがる。選考委員会には、候補作品に価すると判断した作品を絞って、提案する。その絞り込み作業は、推薦委員を中心に、何人かで下読みし回覧し議論する。昨2024年の新聞メディアでの議論は簡単だった。
「大賞は赤旗スクープの裏金。これだけ政治を動かした報道は、田中金脈以来か…」と、議論は一致して、選考委委員会に推薦した。
連載をまとめ大幅加筆した本書によると、取材の端緒は2021年12月、自民党議員の政治資金パーティを取材した記者の「あんなの全然パーティじゃない。席に座って挨拶を聞いてお開き。飲食どころか水も出ない。…あれで会費2万円はボッタクリ」という「違和感」だったという。
それから3年余。問題は今国会まで続き、その後の参院予算委では、世耕弘成・前参院幹事長の参考人証言が迫る。東京都議会でも政治資金パーティの報告書不記載が問題になっている。石破首相の新人議員への10万円商品券も問題となり、内閣官房機密費からの支出まで疑われる始末。
自民党政治の本質は「カネ」で国の「政策」を支配し、同じ構図が地方にも浸透しているという明瞭な事実だ。
企業や業界団体の意向が、自然と国土を壊す開発や、軍備拡大、海外進出の産業政策につながり、結局、日本の政治が歪められていく。
本書は、こうした「政治とカネ」がもたらす歪みを暴いた、貴重な「一里塚」だ。続編を期待したい。(新日本出版社1400円)
2025年04月26日
【好書耕読】 地獄から6万人を救った男=鈴木伸幸(東京新聞編集委員)
ちょうど80年前、太平洋戦争終結の1945年8月15日、日本の降伏で無法地帯となった朝鮮半島に思いをはせてみる。米軍が入った北緯38度線の南は早期に落ち着き、在留邦人は帰還の途につけた。問題は北だ。
日ソ中立条約を破棄してソ連軍が侵攻し、南北間を封鎖。残された約25万人の在留邦人を待ち受けたのは、国際法無視のソ連兵による暴力、略奪、そして陵辱だった。食料はない。故郷に帰れる見込みもない。何万人もが飢えと疫病コレラに倒れた。
この生き地獄に手を差し伸べた男がいた。進駐したソ連軍司令部の嘱託職員・松村義士男だ。終戦3カ月前に33歳で日本軍に召集され、一時はソ連軍の捕虜となるも脱走。朝鮮での建設会社勤務が長く朝鮮語と中国語を使えたことから、混乱に紛れてソ連軍に潜りこんだ。
その松村が「日本人が死に絶える」とソ連軍や朝鮮側と粘り強く交渉し、南へ集団脱出させようとした。自らの命を危険にさらしながらルートを切り開き、多額の借金までして約6万人を送り出した。
城内康伸『奪還─日本人難民6万人を救った男』(新潮社)は、後に「引き揚げの神様」と呼ばれるようになった松村の評伝である。北朝鮮報道で世界的スクープを連発した元東京新聞記者の著者が、元避難民や文献を捜し出し、埋もれていた事実を明らかにした力作である。
単純な比較はできないが、避難民といえば約6千人のユダヤ人に「命のビザ」を発給した外交官・杉原千畝が知られる。松村は、その十倍もの命を救いながら、あまりにも無名だ。「義士討ち入り」の12月14日に生まれ、義士男と名付けられた松村は戦前、労働運動に参加したことで弾圧され「アカ」と白眼視された。
帰国後は集団脱出で使った借金返済に苦しみ、失踪して55歳で病死。戦後80年、日韓国交正常化60年の今年、本書は「究極の利他」を実践した松村への供養にもなる。
日ソ中立条約を破棄してソ連軍が侵攻し、南北間を封鎖。残された約25万人の在留邦人を待ち受けたのは、国際法無視のソ連兵による暴力、略奪、そして陵辱だった。食料はない。故郷に帰れる見込みもない。何万人もが飢えと疫病コレラに倒れた。
この生き地獄に手を差し伸べた男がいた。進駐したソ連軍司令部の嘱託職員・松村義士男だ。終戦3カ月前に33歳で日本軍に召集され、一時はソ連軍の捕虜となるも脱走。朝鮮での建設会社勤務が長く朝鮮語と中国語を使えたことから、混乱に紛れてソ連軍に潜りこんだ。
その松村が「日本人が死に絶える」とソ連軍や朝鮮側と粘り強く交渉し、南へ集団脱出させようとした。自らの命を危険にさらしながらルートを切り開き、多額の借金までして約6万人を送り出した。
城内康伸『奪還─日本人難民6万人を救った男』(新潮社)は、後に「引き揚げの神様」と呼ばれるようになった松村の評伝である。北朝鮮報道で世界的スクープを連発した元東京新聞記者の著者が、元避難民や文献を捜し出し、埋もれていた事実を明らかにした力作である。
単純な比較はできないが、避難民といえば約6千人のユダヤ人に「命のビザ」を発給した外交官・杉原千畝が知られる。松村は、その十倍もの命を救いながら、あまりにも無名だ。「義士討ち入り」の12月14日に生まれ、義士男と名付けられた松村は戦前、労働運動に参加したことで弾圧され「アカ」と白眼視された。
帰国後は集団脱出で使った借金返済に苦しみ、失踪して55歳で病死。戦後80年、日韓国交正常化60年の今年、本書は「究極の利他」を実践した松村への供養にもなる。
2025年04月17日
【Bookガイド】4月の“推し本”紹介=萩山 拓(ライター)
ノンフィクション・ジャンルからチョイスした気になる本の紹介です(刊行順・販価は税別)
◆木村草太『幸福の憲法学』集英社インターナショナル新書 4/7刊 880円
「幸福の憲法学」.jpg 日本国憲法は国民の「幸福を追求する権利」を保障する。しかし、幸福とは個人が自ら追求するものであり、外部から与えられるものではない。では、憲法は幸福に対して、どのような姿勢をとっているのか。気鋭の憲法学者が、同性婚やプライバシー権、選択的夫婦別姓などに絡む問題を、憲法に書かれた言葉と向き合い解きほぐしていく。
著者は1980年神奈川県生まれ。憲法学者、東京都立大学教授。著書に『憲法という希望』(講談社現代新書)、『憲法』(東京大学出版会)など。
◆藤原帰一『世界の炎上─戦争・独裁・帝国』朝日新書 4/11刊 900円
「世界の炎上」.jpg 第2期トランプ政権に戦々恐々とする各国指導者たち。世界各国に一方的な関税を強いるだけでなく、ガザ「所有」やカナダ、メキシコに経済的脅しをかけるなど、トランプ氏の論理は「強者の支配と弱者の従属」でしかない。同盟国をはじめ、日本を含む国際秩序はどう構築されるのか。不確実さに覆われた世界を国際政治学者が読み解く。『朝日新聞』のコラム「時事小言」に執筆してきた文章を再構成してまとめた時宜にかなう新書。
著者は日本の政治学者。順天堂大学特任教授、東京大学未来ビジョン研究センター客員教授。
◆飯田一史『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか─知られざる戦後書店抗争史』平凡社新書 4/17刊 1200円
「町の本屋は…」.jpg 出版社・取次・書店をめぐる出版流通の基本構造を整理した上で、戦後の書店が歩んだ闘争の歴史をテーマごとにたどる。公正取引委員会との攻防、郊外型複合書店からモール内大型書店への移り変わり、鉄道会社系書店の登場、図書館での新刊書籍の貸出、ネット書店の台頭――。膨大なデータの分析から、書店が直面してきた苦境と、それに抗い続けた闘争の歴史が見えてくる。「書店がつぶれていく」という問題の根幹を明らかにする一冊。
著者は1982年青森県生まれ。中央大学卒。出版社の編集者を経てフリーライターとして独立。著書に『いま、子どもの本が売れる理由』『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。
◆大鶴倫宣『ニッポン縦断 ほろ酔い鉄道紀行』イカロス出版 4/22刊 2000円
「ほろ酔い鉄道紀行」.jpg NHK<六角精児の呑み鉄本線・日本旅>が高視聴率を挙げている。そこには鉄道の旅に潜む楽しさ、魅力があふれているからだろう。せっかく遠くへテツ旅するなら、それだけで帰ってくるのはもったいない。行った先にはさまざまな美味しいもの、旨いお酒がたくさんある。それを味わってこそ、撮る絵柄にもその地域の優しさや厳しさがおのずと表れる。撮って楽しめ乗って極楽、食べて美味しく呑んでホロ酔いな、極上の呑み鉄の旅を紹介する一冊。
著者は1974年福岡県生まれ。立命館大学卒業。会社員を経て、2006年よりフリーカメラマン。鉄道と料理を中心にキャリアを重ねる。隔月刊『旅と鉄道』(イカロス出版)で「鉄道美食旅」を連載中。
◆いとうせいこう『「国境なき医師団」をそれでも見に行く─戦争とバングラデシュ編』講談社 4/24刊 1800円
「国境なき医師団」.jpg マルチクリエイターとして幅広く活動する著者が、「国境なき医師団」に同行して、世界各地の活動現場を訪ねる、『「国境なき医師団」を見に行く』シリーズの最新版! 世界で戦争が続く時代、いっそう困難を増す人道支援の最前線を、バングラデシュにあるアジア最大のロヒンギャ難民キャンプからレポート。作家の目がとらえた世界のリアルと、日本へのメッセージ。群像WEBの好評連載を書籍化。改めて著者の目線の鋭さに気づかされる。
◆前川貴行『ボノボ─最後の類人猿』新日本出版社 4/24刊 1900円
「ボノボ」.jpg アフリカ・コンゴ盆地の熱帯雨林だけに棲むボノボ。新種と認められてから100年も満たない。最後の類人猿と呼ばれる理由だ。密林の奥深く、平和でおだやかな暮らしを営んでいるようだ。いまだ謎に満ちたボノボの生態を紹介する日本初の写真絵本。子供さんと一緒に頁をめくって、ボノボの表情など味わってほしい。、
著者は1969年東京都生まれ。動物写真家。97年より動物写真家・田中光常氏の助手をつとめ、2000年からフリーの動物写真家として活動。著書に『オランウータン 森のさとりびと』、『火の山にすむゴリラ』などがある。
◆萩原 健『ガザ、戦下の人道医療援助』ホーム社 4/25刊 2000円
「ガザ、戦下の人道医療援助」.jpg 国境なき医師団(MSF)の緊急対応コーディネーターを務める著者が、戦時下のガザで、人道医療援助活動に携わった6週間の貴重な記録を公開。至近距離での空爆、戦車による砲撃、繰り返される退避要求……。集団的懲罰のような状況の中、必死で医療に携わり、少しでも多くの命を救おうとする人々や、疲弊しながらも希望を失わないガザの住民や子どもたちの姿。活動責任者として、スタッフの安全を確保しつつ、地域住民との交渉などにも奔走する著者が、さまざまな背景も交えながら、戦下のガザの現実を活写する。
◆木村草太『幸福の憲法学』集英社インターナショナル新書 4/7刊 880円
「幸福の憲法学」.jpg 日本国憲法は国民の「幸福を追求する権利」を保障する。しかし、幸福とは個人が自ら追求するものであり、外部から与えられるものではない。では、憲法は幸福に対して、どのような姿勢をとっているのか。気鋭の憲法学者が、同性婚やプライバシー権、選択的夫婦別姓などに絡む問題を、憲法に書かれた言葉と向き合い解きほぐしていく。
著者は1980年神奈川県生まれ。憲法学者、東京都立大学教授。著書に『憲法という希望』(講談社現代新書)、『憲法』(東京大学出版会)など。
◆藤原帰一『世界の炎上─戦争・独裁・帝国』朝日新書 4/11刊 900円
「世界の炎上」.jpg 第2期トランプ政権に戦々恐々とする各国指導者たち。世界各国に一方的な関税を強いるだけでなく、ガザ「所有」やカナダ、メキシコに経済的脅しをかけるなど、トランプ氏の論理は「強者の支配と弱者の従属」でしかない。同盟国をはじめ、日本を含む国際秩序はどう構築されるのか。不確実さに覆われた世界を国際政治学者が読み解く。『朝日新聞』のコラム「時事小言」に執筆してきた文章を再構成してまとめた時宜にかなう新書。
著者は日本の政治学者。順天堂大学特任教授、東京大学未来ビジョン研究センター客員教授。
◆飯田一史『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか─知られざる戦後書店抗争史』平凡社新書 4/17刊 1200円
「町の本屋は…」.jpg 出版社・取次・書店をめぐる出版流通の基本構造を整理した上で、戦後の書店が歩んだ闘争の歴史をテーマごとにたどる。公正取引委員会との攻防、郊外型複合書店からモール内大型書店への移り変わり、鉄道会社系書店の登場、図書館での新刊書籍の貸出、ネット書店の台頭――。膨大なデータの分析から、書店が直面してきた苦境と、それに抗い続けた闘争の歴史が見えてくる。「書店がつぶれていく」という問題の根幹を明らかにする一冊。
著者は1982年青森県生まれ。中央大学卒。出版社の編集者を経てフリーライターとして独立。著書に『いま、子どもの本が売れる理由』『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。
◆大鶴倫宣『ニッポン縦断 ほろ酔い鉄道紀行』イカロス出版 4/22刊 2000円
「ほろ酔い鉄道紀行」.jpg NHK<六角精児の呑み鉄本線・日本旅>が高視聴率を挙げている。そこには鉄道の旅に潜む楽しさ、魅力があふれているからだろう。せっかく遠くへテツ旅するなら、それだけで帰ってくるのはもったいない。行った先にはさまざまな美味しいもの、旨いお酒がたくさんある。それを味わってこそ、撮る絵柄にもその地域の優しさや厳しさがおのずと表れる。撮って楽しめ乗って極楽、食べて美味しく呑んでホロ酔いな、極上の呑み鉄の旅を紹介する一冊。
著者は1974年福岡県生まれ。立命館大学卒業。会社員を経て、2006年よりフリーカメラマン。鉄道と料理を中心にキャリアを重ねる。隔月刊『旅と鉄道』(イカロス出版)で「鉄道美食旅」を連載中。
◆いとうせいこう『「国境なき医師団」をそれでも見に行く─戦争とバングラデシュ編』講談社 4/24刊 1800円
「国境なき医師団」.jpg マルチクリエイターとして幅広く活動する著者が、「国境なき医師団」に同行して、世界各地の活動現場を訪ねる、『「国境なき医師団」を見に行く』シリーズの最新版! 世界で戦争が続く時代、いっそう困難を増す人道支援の最前線を、バングラデシュにあるアジア最大のロヒンギャ難民キャンプからレポート。作家の目がとらえた世界のリアルと、日本へのメッセージ。群像WEBの好評連載を書籍化。改めて著者の目線の鋭さに気づかされる。
◆前川貴行『ボノボ─最後の類人猿』新日本出版社 4/24刊 1900円
「ボノボ」.jpg アフリカ・コンゴ盆地の熱帯雨林だけに棲むボノボ。新種と認められてから100年も満たない。最後の類人猿と呼ばれる理由だ。密林の奥深く、平和でおだやかな暮らしを営んでいるようだ。いまだ謎に満ちたボノボの生態を紹介する日本初の写真絵本。子供さんと一緒に頁をめくって、ボノボの表情など味わってほしい。、
著者は1969年東京都生まれ。動物写真家。97年より動物写真家・田中光常氏の助手をつとめ、2000年からフリーの動物写真家として活動。著書に『オランウータン 森のさとりびと』、『火の山にすむゴリラ』などがある。
◆萩原 健『ガザ、戦下の人道医療援助』ホーム社 4/25刊 2000円
「ガザ、戦下の人道医療援助」.jpg 国境なき医師団(MSF)の緊急対応コーディネーターを務める著者が、戦時下のガザで、人道医療援助活動に携わった6週間の貴重な記録を公開。至近距離での空爆、戦車による砲撃、繰り返される退避要求……。集団的懲罰のような状況の中、必死で医療に携わり、少しでも多くの命を救おうとする人々や、疲弊しながらも希望を失わないガザの住民や子どもたちの姿。活動責任者として、スタッフの安全を確保しつつ、地域住民との交渉などにも奔走する著者が、さまざまな背景も交えながら、戦下のガザの現実を活写する。
2025年04月14日
【好書耕読】原爆はソ連占領阻止が目的=船津 靖(広島修道大学教授)
「日本の降伏と原爆投下、ソ連参戦の関係では決定版」―米国の著名な研究者からこう聞いたのが長谷川毅著『暗闘 スターリン、トルーマンと日本降伏』[新版](2023年5月みすず書房)を手にしたきっかけだ。原著は英語。ハーバード大学出版。ロシア語、フランス語、韓国語にも翻訳されている。大戦後80年の今年読むのにふさわしい。
日本占領に向けた米ソ間の駆け引き、米政府内の天皇制容認派と「無条件降伏」強要派の対立、日本の終戦派と本土決戦派の角遂。六百頁を超える大著だが、読み耽った。
原爆が日本降伏の最大の要因とする通説を否定した。原爆投下を正当化する米歴史家から批判されたが、8月6、9日の原爆投下と8日のソ連軍侵攻への天皇・政府首脳の反応を比べれば、日ソ中立条約破棄の衝撃が極めて大きく「国体護持」「皇統維持」のため、共産主義のソ連に占領されるより、ポツダム宣言を受諾して米国の占領に賭けるしかないと決断するに至った過程が無理なく理解できる。
天皇は米軍に打撃を与え有利な終戦条件を得る「一撃和平論」の信奉者だったという。国民を道ずれにした沖縄戦を支えた論理だ。だが本土決戦の前提はソ連の中立。それが突如、崩れ去った。
情報不足で見通しの甘い日本は、対米交渉の仲介をソ連に期待し、日ソ軍協力といった「夢物語」を提案した。ソ連は日本を欺いて時間稼ぎをし、対日開戦準備を急いだ。42
スターリンは原爆で日本がソ連参戦前に降伏するのを心配した。ヤルタ密約の範囲を超え、北海道や東北、東京の分割占領も狙っていた。北方領土の占領完了は9月6日だ。ソ連の野望はトルーマンに阻まれた。原爆投下は米の対日単独占領を確実にするのが主目的だった。52
神がかった国体論やソ連仲介の幻想に惑わされず、早期に終戦していたら数十万人が死なずにすんだろう。
冷酷に国益を追求するプーチン露大統領や異様に対露宥和的なトランプ米大統領を思い浮かべる箇所もあった。
日本占領に向けた米ソ間の駆け引き、米政府内の天皇制容認派と「無条件降伏」強要派の対立、日本の終戦派と本土決戦派の角遂。六百頁を超える大著だが、読み耽った。
原爆が日本降伏の最大の要因とする通説を否定した。原爆投下を正当化する米歴史家から批判されたが、8月6、9日の原爆投下と8日のソ連軍侵攻への天皇・政府首脳の反応を比べれば、日ソ中立条約破棄の衝撃が極めて大きく「国体護持」「皇統維持」のため、共産主義のソ連に占領されるより、ポツダム宣言を受諾して米国の占領に賭けるしかないと決断するに至った過程が無理なく理解できる。
天皇は米軍に打撃を与え有利な終戦条件を得る「一撃和平論」の信奉者だったという。国民を道ずれにした沖縄戦を支えた論理だ。だが本土決戦の前提はソ連の中立。それが突如、崩れ去った。
情報不足で見通しの甘い日本は、対米交渉の仲介をソ連に期待し、日ソ軍協力といった「夢物語」を提案した。ソ連は日本を欺いて時間稼ぎをし、対日開戦準備を急いだ。42
スターリンは原爆で日本がソ連参戦前に降伏するのを心配した。ヤルタ密約の範囲を超え、北海道や東北、東京の分割占領も狙っていた。北方領土の占領完了は9月6日だ。ソ連の野望はトルーマンに阻まれた。原爆投下は米の対日単独占領を確実にするのが主目的だった。52
神がかった国体論やソ連仲介の幻想に惑わされず、早期に終戦していたら数十万人が死なずにすんだろう。
冷酷に国益を追求するプーチン露大統領や異様に対露宥和的なトランプ米大統領を思い浮かべる箇所もあった。
2025年04月02日
【おすすめ本】朝日新聞取材班『ルポ 大阪・関西万博の深層 迷走する維新政治』―国家的イベント─失敗の構図=栩木 誠(元日経新聞編集委員)
積み上がる建設費に運営費、チケット売り上げ絶不調、汚染まみれで超不便な立地など、問題山積で「不要論」が国民の 圧倒的多数派を占める。
しかし「IR(カジノな ど統合型リゾート)との二兎」を追い、4月13日の開催に向け、突き進んできた大阪・関西万博。「人類共通の課題解決を目指し、人類の英知を結集する」との理想が、空しいほど惨憺たる国際イベントは、2021年の東京五輪と双璧だ。
同万博が本格実現に動いた一大転機は、本書も指摘するように、日本政治史に“負の足跡”を遺 してきた、安倍晋三・菅 義偉元首相、橋下徹・松 井一郎元大阪府知事という、4人組による2015年12月の夜の談合だった。「時の政局から生 み出され、その政局の変遷によって移ろい、準備段階で大きく迷走した万博」の動きを、本書は丹 念に追っている。
「大阪の負の遺産」である夢(ゆめ)洲(しま)が、なぜ選定されたのか。その経緯や際限なく膨張し続けてきた費用、遅れる海外パビリオンの建設など、大阪維新や政府、経済界のお家の事情も絡みあい、間断なく噴出し続けてきた万博「失敗の縮図」の要因を辿る上で本書は最適だ。
「万博の成否にかかわらず、本書が国家プロジェクトを検証する一助になれば」と、本書の「お わり」で記す。だが万博 の延長線上、否、本丸で ある夢洲で建設中の「IRプロジェクト」との関連や決定への深層解明など「検証」としては物足りなさも感じる。取材班には開催後も問題噴出が必至の“歴史的負の遺産” の実態追究、明快な分析を期待したい。(朝日新書840円)
しかし「IR(カジノな ど統合型リゾート)との二兎」を追い、4月13日の開催に向け、突き進んできた大阪・関西万博。「人類共通の課題解決を目指し、人類の英知を結集する」との理想が、空しいほど惨憺たる国際イベントは、2021年の東京五輪と双璧だ。
同万博が本格実現に動いた一大転機は、本書も指摘するように、日本政治史に“負の足跡”を遺 してきた、安倍晋三・菅 義偉元首相、橋下徹・松 井一郎元大阪府知事という、4人組による2015年12月の夜の談合だった。「時の政局から生 み出され、その政局の変遷によって移ろい、準備段階で大きく迷走した万博」の動きを、本書は丹 念に追っている。
「大阪の負の遺産」である夢(ゆめ)洲(しま)が、なぜ選定されたのか。その経緯や際限なく膨張し続けてきた費用、遅れる海外パビリオンの建設など、大阪維新や政府、経済界のお家の事情も絡みあい、間断なく噴出し続けてきた万博「失敗の縮図」の要因を辿る上で本書は最適だ。
「万博の成否にかかわらず、本書が国家プロジェクトを検証する一助になれば」と、本書の「お わり」で記す。だが万博 の延長線上、否、本丸で ある夢洲で建設中の「IRプロジェクト」との関連や決定への深層解明など「検証」としては物足りなさも感じる。取材班には開催後も問題噴出が必至の“歴史的負の遺産” の実態追究、明快な分析を期待したい。(朝日新書840円)
2025年03月06日
【おすすめ本】藤原 聡『姉と弟 捏造の闇「袴田事件」の58年』─真に裁かれるべきは警察官・検事・裁判官・記者だ=藤森 研(ジャーナリスト)
「ゆがんだ全能感」─郷原信郎元検事は、相次ぐ検察不祥事の原因を、そう表現した。日本の刑事司法には、そうした人物が、あちこちにいる。
共同通信の記者である著者は、冤罪「袴田事件」を作り上げた人たちの所業を実名入りで書いた。
猛暑の中、19日間も否認を続けた末、意識もうろうとなった袴田さんに「自白調書」の指印を強引に押させたのは、松本久次郎警部だ。
吉村英三検事は、「認めないなら認めるまで2年でも、3年でも勾留」すると迫った。典型的な「人質司法」である。
判決で捏造と認定された「5点の衣類」については、さすがに実行行為者の名はない。今も誰かが隠している。
最初の一審判決は、捜査を強く批判しながらも結論は有罪だった。覆るかと思われた二審は、意外にも、またしても有罪判決。裁判長はリベラル派で著名な横川敏雄判事だった。
逮捕より1か月余りも前に「従業員『H』浮かぶ」と、特ダネ風に報じ たのは、毎日新聞だ。
「殺人犯の家族」とされた一家は、息を潜めて生きた。末っ子の巌さんを可愛がっていた母が逝った後、姉ひで子さんが「母親の無念を晴らすため」、弟の支援にその後 の半生を捧げる。
評者は、大学教員であったとき、学生と一緒にひで子さんに会った。笑顔を絶やさぬ温かみに、多くの学生が彼女を慕った。人柄は支援を広げる核だった。
再審無罪判決は、みそ漬けの衣類など三つの事柄を「捏造」としたが、 不可解な点は、その三つに止まらない。本書を読んで知るのは、くり小刀を始めバスの遺失物、 焼けた紙幣……、いまだ捏造の闇は深い。(岩波書 店2000円)
共同通信の記者である著者は、冤罪「袴田事件」を作り上げた人たちの所業を実名入りで書いた。
猛暑の中、19日間も否認を続けた末、意識もうろうとなった袴田さんに「自白調書」の指印を強引に押させたのは、松本久次郎警部だ。
吉村英三検事は、「認めないなら認めるまで2年でも、3年でも勾留」すると迫った。典型的な「人質司法」である。
判決で捏造と認定された「5点の衣類」については、さすがに実行行為者の名はない。今も誰かが隠している。
最初の一審判決は、捜査を強く批判しながらも結論は有罪だった。覆るかと思われた二審は、意外にも、またしても有罪判決。裁判長はリベラル派で著名な横川敏雄判事だった。
逮捕より1か月余りも前に「従業員『H』浮かぶ」と、特ダネ風に報じ たのは、毎日新聞だ。
「殺人犯の家族」とされた一家は、息を潜めて生きた。末っ子の巌さんを可愛がっていた母が逝った後、姉ひで子さんが「母親の無念を晴らすため」、弟の支援にその後 の半生を捧げる。
評者は、大学教員であったとき、学生と一緒にひで子さんに会った。笑顔を絶やさぬ温かみに、多くの学生が彼女を慕った。人柄は支援を広げる核だった。
再審無罪判決は、みそ漬けの衣類など三つの事柄を「捏造」としたが、 不可解な点は、その三つに止まらない。本書を読んで知るのは、くり小刀を始めバスの遺失物、 焼けた紙幣……、いまだ捏造の闇は深い。(岩波書 店2000円)
2025年02月28日
【おすすめ本】河原 仁志『異端 記者たちはなぜそれを書いたか』―スクープを検証する勇気 読者が知るべきことを報じる=谷 定文(公益財団法人ニッポンドットコム顧問)
新聞の「常識」から外れた、「異端」の記者と編集者の苦悩を鮮やかに描いた。取り上げたのは福岡、沖縄、秋田、岩手、兵庫、広島に本社を置く6地方紙と朝日新聞。新聞協会賞に輝いた記事もあるが、成功譚ではない。
西日本新聞の章を紹介しよう。1992年2月、福岡県内の山中で小学生の女児2人が絞殺体で発見された。同紙は8月、「重要参考人浮かぶ DNA鑑定で判明」とスクープ、さらに福岡県警が2年後の94年9月にその男性参考人を逮捕する前日にも特報した。その後、男は死刑が確定し、2008年10月に執行された。
物語は9年もたった17年、事件当時の報道に関わった記者の一人が取締役編集局長に就任して動き出す。彼は、逮捕の決め手となった当時最新だったDNA鑑定の証拠能力が08年に否定され、悔恨にも似た気持ちを引きずっていた。冤罪だったのではないかと。そして、既に確定した裁判を検証する企画記事の連載を提案したのだ。
それは、自らのスクープの否定を意味する。当然、社内の反発は強かったのだが―。
「異端」は「正統」の作法を逸脱していると批判される。しかし、本書に登場する記者たちこそ、むしろ正統なのではないか。そこにあるのは、読者が知りたいこと、知るべきことを伝えたいという一念。SNS上にフェイクニュースがあふれ、既存メディアの信頼が揺らいでいる今、著者は「読者に対して誠実に」という原点の必要性を訴えたかったのだろう。(旬報社1700円)
西日本新聞の章を紹介しよう。1992年2月、福岡県内の山中で小学生の女児2人が絞殺体で発見された。同紙は8月、「重要参考人浮かぶ DNA鑑定で判明」とスクープ、さらに福岡県警が2年後の94年9月にその男性参考人を逮捕する前日にも特報した。その後、男は死刑が確定し、2008年10月に執行された。
物語は9年もたった17年、事件当時の報道に関わった記者の一人が取締役編集局長に就任して動き出す。彼は、逮捕の決め手となった当時最新だったDNA鑑定の証拠能力が08年に否定され、悔恨にも似た気持ちを引きずっていた。冤罪だったのではないかと。そして、既に確定した裁判を検証する企画記事の連載を提案したのだ。
それは、自らのスクープの否定を意味する。当然、社内の反発は強かったのだが―。
「異端」は「正統」の作法を逸脱していると批判される。しかし、本書に登場する記者たちこそ、むしろ正統なのではないか。そこにあるのは、読者が知りたいこと、知るべきことを伝えたいという一念。SNS上にフェイクニュースがあふれ、既存メディアの信頼が揺らいでいる今、著者は「読者に対して誠実に」という原点の必要性を訴えたかったのだろう。(旬報社1700円)
2025年02月22日
【おすすめ本】木原育子『服罪 無期判決を受けたある男の記録』─35年服役してきた男、彼はどう生き直したか=坂本充孝(ジャーナリスト)
二人の命を奪う事件を起し、35年間も服役した男性と出会い、「社会のために、ぜひ僕の話を聞いてほしい」との願いを受け、語られた男の人生に著者は息を呑んだ。そこから紡ぎだされた記録が本書である。
男は北海道の漁村に生まれ、アイヌの血を引いているため、差別と貧困に苦しんだ。さらに不仲だった兄が殺され、犯罪被害者の身内となる。落胆した母は病死し、この理不尽な日々を歯ぎしりしながら過ごしてきた。
町を彷徨するうちに覚せい剤に手を出し、やがて前後不覚の状態で、名も知らぬ二人を殺害してしまう。
ここから35年の獄中生活が始まった。塀の中にあっても差別やいじめがあり、社会のねじれや歪みに思いを巡らすようになった。生きなおしたいと渇望し、模範囚となるよう勤めてきた。その結果、無期懲役囚としては、極めて異例の仮釈放を勝ち取った。
著者が男性と出会ったのは、刑務所関連のイベント会場だったという。著者は現役の新聞記者でありながら、社会福祉士の資格を持ち、ソーシャルワーカーとしても活動している。最初の関心は男が罪を犯すまでに、福祉関係者と連絡が取れなかったのか。日本の福祉行政の是弱性が気になっていたからだ。
そして次第に「悲しい事件を、悲しい被害者を二度と生み出さないために」「教訓は社会で共有していいのではないか」との思いに行きつく。まさに新聞記者の視点だ。
著者は長くアイヌ民族の差別問題も取材してきた。常に社会の片隅に生きる人々を見据える姿勢が結実した一冊。(論創社1800円)
男は北海道の漁村に生まれ、アイヌの血を引いているため、差別と貧困に苦しんだ。さらに不仲だった兄が殺され、犯罪被害者の身内となる。落胆した母は病死し、この理不尽な日々を歯ぎしりしながら過ごしてきた。
町を彷徨するうちに覚せい剤に手を出し、やがて前後不覚の状態で、名も知らぬ二人を殺害してしまう。
ここから35年の獄中生活が始まった。塀の中にあっても差別やいじめがあり、社会のねじれや歪みに思いを巡らすようになった。生きなおしたいと渇望し、模範囚となるよう勤めてきた。その結果、無期懲役囚としては、極めて異例の仮釈放を勝ち取った。
著者が男性と出会ったのは、刑務所関連のイベント会場だったという。著者は現役の新聞記者でありながら、社会福祉士の資格を持ち、ソーシャルワーカーとしても活動している。最初の関心は男が罪を犯すまでに、福祉関係者と連絡が取れなかったのか。日本の福祉行政の是弱性が気になっていたからだ。
そして次第に「悲しい事件を、悲しい被害者を二度と生み出さないために」「教訓は社会で共有していいのではないか」との思いに行きつく。まさに新聞記者の視点だ。
著者は長くアイヌ民族の差別問題も取材してきた。常に社会の片隅に生きる人々を見据える姿勢が結実した一冊。(論創社1800円)
2025年02月08日
【おすすめ本】田中優子『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』─女性の国・吉原という活きた悪所への思い=渡辺憲司(立教大学名誉教授)
編集者・蔦屋重三郎を育てた磁場吉原を、サブカルチャーの悪所としての牙城と著者は位置づける。活きた悪所の行く先を編集という企画力で守り通す体現者が蔦(つた)重(じゅう)だ。
十二章のうち「W 洒 落本を編集する」が殊に面白い。その一節、蔦重の盟友・朋誠堂(めいせいどう)喜三二(きみじ)こと道陀楼麻阿(どうだろうまあ)が著した 『娼(しょう)妃(ひ)地理記』(1777年刊)への視線だ。
これは蔦重が喜三二と洒落本出版に乗り出した最初の作品。見立てとうがちの諧謔は、第一級と評価されてきた作品を著者はさばく。
吉原創生はイザナギ・イザナミが日本国を作った経緯から始まる。朝鮮の人・弘慶子が「一つ里」を作る。この名が朝鮮通信使の名で、人気の行商人・飴売りの名であることを著者は見逃さない。
しかも吉原が日本国に似せた「月(がつ)本(ほん)国」であるとし、日本国の創生説話との類似を指摘し、日本国は鉾(ほこ)の滴(したた)りから出来たので「武」を好み男性 を尊び、月本国は蒲鉾(ガマほこ)の滴りから出来たので女性を尊ぶと記し、著者はその視点に「素晴らしい」 と嘆息する。
衣紋海(衣紋坂)・大門灘(大門)・中の潮(仲之町)・揚屋満池(揚屋町)と吉原の地理を述べ「男をいやしめ女を尊んでいる」との見立てを紹介する。
その上で男性中心社会の現代を批判し、吉原と日本の基本構造の近似にメスを入れ、日本を神の国などと思っていると、所詮は𠮷原と同じではないかとの指摘に加え、吉原には<別世>ゆえにサブカルチャーの力が内在していたと述べる。
本書を読みながら、NHK大河ドラマ「べらぼう」を見るならば、女性 の国「吉原」の新たなジ ャポニズム創出の源が見えてくるだろう。(文春新書1000円)
十二章のうち「W 洒 落本を編集する」が殊に面白い。その一節、蔦重の盟友・朋誠堂(めいせいどう)喜三二(きみじ)こと道陀楼麻阿(どうだろうまあ)が著した 『娼(しょう)妃(ひ)地理記』(1777年刊)への視線だ。
これは蔦重が喜三二と洒落本出版に乗り出した最初の作品。見立てとうがちの諧謔は、第一級と評価されてきた作品を著者はさばく。
吉原創生はイザナギ・イザナミが日本国を作った経緯から始まる。朝鮮の人・弘慶子が「一つ里」を作る。この名が朝鮮通信使の名で、人気の行商人・飴売りの名であることを著者は見逃さない。
しかも吉原が日本国に似せた「月(がつ)本(ほん)国」であるとし、日本国の創生説話との類似を指摘し、日本国は鉾(ほこ)の滴(したた)りから出来たので「武」を好み男性 を尊び、月本国は蒲鉾(ガマほこ)の滴りから出来たので女性を尊ぶと記し、著者はその視点に「素晴らしい」 と嘆息する。
衣紋海(衣紋坂)・大門灘(大門)・中の潮(仲之町)・揚屋満池(揚屋町)と吉原の地理を述べ「男をいやしめ女を尊んでいる」との見立てを紹介する。
その上で男性中心社会の現代を批判し、吉原と日本の基本構造の近似にメスを入れ、日本を神の国などと思っていると、所詮は𠮷原と同じではないかとの指摘に加え、吉原には<別世>ゆえにサブカルチャーの力が内在していたと述べる。
本書を読みながら、NHK大河ドラマ「べらぼう」を見るならば、女性 の国「吉原」の新たなジ ャポニズム創出の源が見えてくるだろう。(文春新書1000円)
2025年01月29日
【おすすめ本】 中川七海『終わらないPFOA汚染』―汚染にシラを切るダイキン 気鋭のジャーナリストが肉薄=小泉昭夫(京都大学名誉教授)
著者は、探査報道(調 査報道)に特化したジャーナリズム組織「Tansa」を主宰する渡辺周氏の弟子で、新進気鋭のジャーナリストである。
本書で追及する(株)ダイキン工業は、大阪に本社を置き、世界42か国に拠点を持つ空調機、化学製品メーカーである。このダイキンが、摂津工場で有機フッ素化合物PFOAの汚染を引き起こしているにも関わらず、「健康障害の証拠 がない」(=無害だ)と 24年間も言い続けている。
その間、WHOの専門機関であるIARCがヒトへの発がん性を認定。米国や欧州は厳しい基準を導入。日本でも「胎内 曝露で胎児の染色体異常が起こる」(2024年環境省エコチル調査)をはじめ、健康影響の証拠が出ている。大阪府が注目した遮水壁もダイキンは失敗。まさに「権威」の失墜に対して「嘲笑」が最 も痛打である(ハンナ・アーレント)。
しかし、「由らしむべ し、知らしむべからず」 と信じる風のダイキンには効果なく、頑なに態度を変えない。
そこで著者は、精力的に民に広く「知らしめ」 ているのである。ダイキンへの取材は中枢部にも及ぶ。不誠実なダイキンの広報は、応答の矛盾を突かれ「17秒の沈黙」に入った。秒数を数えた著者に、観察者に徹する姿勢が見えた。研究者に対しても徹底して観察者の立場を取る。常に仮説と検証方法と結果の説明を求め著者が確認する。まさにAuditor(監査人)だ。
戦前から続く「国家関連」(加藤陽子) 企業と 官の闇は複雑だ。特にダイキンが「指導を受けている」(神崎川PF OA対策会議議事抄録)経産省との闇は未解明だ。著者の今後の「知らしめ」 に期待したい。(旬報社1700)
本書で追及する(株)ダイキン工業は、大阪に本社を置き、世界42か国に拠点を持つ空調機、化学製品メーカーである。このダイキンが、摂津工場で有機フッ素化合物PFOAの汚染を引き起こしているにも関わらず、「健康障害の証拠 がない」(=無害だ)と 24年間も言い続けている。
その間、WHOの専門機関であるIARCがヒトへの発がん性を認定。米国や欧州は厳しい基準を導入。日本でも「胎内 曝露で胎児の染色体異常が起こる」(2024年環境省エコチル調査)をはじめ、健康影響の証拠が出ている。大阪府が注目した遮水壁もダイキンは失敗。まさに「権威」の失墜に対して「嘲笑」が最 も痛打である(ハンナ・アーレント)。
しかし、「由らしむべ し、知らしむべからず」 と信じる風のダイキンには効果なく、頑なに態度を変えない。
そこで著者は、精力的に民に広く「知らしめ」 ているのである。ダイキンへの取材は中枢部にも及ぶ。不誠実なダイキンの広報は、応答の矛盾を突かれ「17秒の沈黙」に入った。秒数を数えた著者に、観察者に徹する姿勢が見えた。研究者に対しても徹底して観察者の立場を取る。常に仮説と検証方法と結果の説明を求め著者が確認する。まさにAuditor(監査人)だ。
戦前から続く「国家関連」(加藤陽子) 企業と 官の闇は複雑だ。特にダイキンが「指導を受けている」(神崎川PF OA対策会議議事抄録)経産省との闇は未解明だ。著者の今後の「知らしめ」 に期待したい。(旬報社1700)
2025年01月25日
【おすすめ本】日向咲嗣『「黒塗り公文書」の闇を暴く』─公共事業の民間委託に絡む「黒塗りの闇」を剥がす=関口威人(ジャーナリスト)
【おすすめ本】日向咲嗣『「黒塗り公文書」の闇を暴く』─公共事業の民間委託に絡む「黒塗りの闇」を剥がす=関口威人(ジャーナリスト)
大いにうなずき、共感しながら読んだ。
起こっているのは、日本のどの自治体でも大なり小なり同じようなことだろう。しかし、それを明るみに出すのに、どれだけの時間と労力がかかるものかと、心寒くなる。
著者が主に取り上げるのは、和歌山市民図書館を運営するため、民間委託を受けた蔦屋書店を巡る不透明な手続きや契約である。
情報公開を求めて出された計画策定時の会議資料一式、コンペの提案書や選定委員会の議事録、開館後の図書館併設カフェの賃料が、募集要項の10分の1に引き下げられた根拠を示す文書などが、当初は9割以上も「黒塗り」だったり、「不存在」とされたりした。
評者の私も愛知県の新体育館建設の不透明な入札に情報公開を駆使して迫ったが、何度も黒塗りに泣かされた。「PFI」「官民連携」の名の下、役所が企業の利益確保や秘密保持を優先し、市民への説明責任をないがしろにする場面に何度も出くわした。
しかも和歌山の「ツタヤ図書館」は、事業自体が民間の駅前再開発(市は駅ビルの一部に図書館を移転する計画)に隠れてしまう。 そのうえ著者は市外在住なので、情報公開のハードルは何重にも高かったはず。それを一つ一つ乗り越え、まさに「黒塗りの闇」をはがしていった執念には、脱帽せざるを得ない。
特筆すべきは、著者がこうした公共事業について「学ぶ会」や「よくする会」といった市民団体と協働したことだ。問題が明るみになっても地元のマスコミは動きが鈍く、当局情報を無批判に記事化する新聞社もあったという。民意が読めなくなったといわれる既存メディアの人間こそ、心して読むべき一冊だ。(朝日新書990円)
大いにうなずき、共感しながら読んだ。
起こっているのは、日本のどの自治体でも大なり小なり同じようなことだろう。しかし、それを明るみに出すのに、どれだけの時間と労力がかかるものかと、心寒くなる。
著者が主に取り上げるのは、和歌山市民図書館を運営するため、民間委託を受けた蔦屋書店を巡る不透明な手続きや契約である。
情報公開を求めて出された計画策定時の会議資料一式、コンペの提案書や選定委員会の議事録、開館後の図書館併設カフェの賃料が、募集要項の10分の1に引き下げられた根拠を示す文書などが、当初は9割以上も「黒塗り」だったり、「不存在」とされたりした。
評者の私も愛知県の新体育館建設の不透明な入札に情報公開を駆使して迫ったが、何度も黒塗りに泣かされた。「PFI」「官民連携」の名の下、役所が企業の利益確保や秘密保持を優先し、市民への説明責任をないがしろにする場面に何度も出くわした。
しかも和歌山の「ツタヤ図書館」は、事業自体が民間の駅前再開発(市は駅ビルの一部に図書館を移転する計画)に隠れてしまう。 そのうえ著者は市外在住なので、情報公開のハードルは何重にも高かったはず。それを一つ一つ乗り越え、まさに「黒塗りの闇」をはがしていった執念には、脱帽せざるを得ない。
特筆すべきは、著者がこうした公共事業について「学ぶ会」や「よくする会」といった市民団体と協働したことだ。問題が明るみになっても地元のマスコミは動きが鈍く、当局情報を無批判に記事化する新聞社もあったという。民意が読めなくなったといわれる既存メディアの人間こそ、心して読むべき一冊だ。(朝日新書990円)
2025年01月09日
【24読書回顧―私のいちおし】報道の信頼は現実への潜入から=澤 康臣(早稲田大学教授)
2024年の東京都知事選や衆院選、兵庫県知事選で、SNSが既存の報道メディアを凌駕したと指摘される。
特に兵庫県知事選では報道メディアは攻めの姿勢を欠いた。「選挙結果 に影響を与えない」ためなどの理由は、米国などでは成り立たない。投票に影響を与えないとは、有権者の判断に役立たないという意味しかない。
頼られる報道はどうあるべきか。まずフリージャーナリストの横田増生『潜入取材、全手法』(角川新書)を挙げたい。身 分を隠して取材対象に入り込む潜入取材は英BBCの得意技だが、日本での名手が横田氏である。アマゾンやユニクロを始め、米国トランプ選挙まで潜入した。
本書は題名から想像するノウハウ本ではなく、ジャーナリズムの基本、すなわち批判精神と取材姿勢、記者が知るべきメディア法、日常の情報収集術などを伝える好著。
中国新聞「決別 金権政治」取材班『ばらまき 選挙と裏金』(集英社文 庫)は、広島の中国新聞 が河井克行・案里夫妻の選挙買収事件を追い、関係者多数に食い下がって真実に迫ろうともがくドキュメントだ。
ハイライトは文庫化で新収録された「総理2800 すがっち500 幹事長3300 甘利100」というメモ。だが 見逃せないのは、買収された地方議員の親族が、地盤を継ぎ立候補したと記事に記すと「選挙妨害じゃろう」と非難されても、中国新聞は「事件に 一切触れず」にいることが「『公正公平な選挙報 道』とは思えない」と言 い切ることだ。
津田正太郎『ネットはなぜいつも揉めているのか』(ちくまプリマー新 書)は、公共、寛容、分 断、マスメディア批判、民主主義について研究を紹介・分析する。まさにメ ディア学のエッセンス。
他者への接触が「迷惑」とされる個人化社会で、そもそも取材は迷惑だとされる前提に立てという指摘は評者も共有する。
報道の信頼は「行儀良さ」より戦闘的ジャーナリズムにこそあるのだ。
2025年01月06日
【24読書回顧―私のいちおし】精神医療に風穴をあけるために 木原育子(東京新聞記者)
変わらぬ精神医療に風穴をあけるべく今秋、一冊の書籍が刊行された。大熊由紀子編著『精神病院・認知症の「闇」に九 人のジャーナリストが迫る』(ぶどう社)だ。年 代も活躍する媒体も違うが、それぞれの視点で精神医療の現在地と未来を語っている。
私も記者のかたわら、社会福祉士と精神保健福祉士の資格を持ち、福祉ジャーナリズムを志している。幸い共著者のひとりに加えてもらった。
本書には、40年間精神科病院に入院していた伊藤時男さんと2人のジャーナリストによる鼎談も収載された。岩盤のような社会課題を打ち破るためには、職域を超え同じ問題意識を持つ者が協同するのは大切だと思う。
どうすれば身体拘束がなくなるか、社会のスティグマ(負の烙印)が消 えるのか。その問いに本気で向き合うべき時期に来ている。多くの人々が是非、手に取 ってほしい至極の1冊だ。
次に私の読書から心に残るのは、写真絵本「は たらく」シリーズ (創元社)。「はたらく本屋」 「はたらく中華料理店」など、職場で働くひとりの一日を写真と文字で表現している。職場紹介ではなく、いかに「はたら く」ことが尊いかを繊細な筆致と躍動感ある写真で伝えてくれる。
それはくしくもスウェーデン発祥のLLブックを彷彿とさせる。知的障害や発達障害など、文章を読むのが苦手な人に、大きな写真と端的な文章は、誰もが平等に情報を得る権利、それを保障している本づくりがいい。
最後は政治学の分野から山本圭『嫉妬論』(光 文社新書)を挙げたい。 嫉妬というやっかいな感情が、いかに社会に交錯し、政治に深く関与してきたか、明快に書き綴っている。誰もが少なからず持つ嫉妬、その人間らしい感情を軸に、少し難解に思える政治思想の分野も、筆者特有のユーモアで切り取る思考は、読むに値する一冊だ。
2025年01月03日
【おすすめ本】佐滝剛弘『観光消滅 観光立国の実像と虚像』─人の暮らしが消える観光、その弊害と対策への警鐘=栩木誠(元日経新聞編集委員)
今やインバウンドが一般語化し、各地にあふれる外国人観光客の話題が連日、テレビや新聞をにぎわせ、日本礼賛が連発される。まさに「観光立国」日本。2024年上期の訪日観光客数は、1778万人で過去最高を更新した。暗い話題が満載の世に、あたかも一筋の光明であるかのようだ。
その反面、京都や東京をはじめ訪日客の増加により、物価高騰や公共輸送機関の混乱など、市民生活を脅かすオーバーツーリズムの弊害が、顕在化している。表面的には外国人であふれかえる京都市は、実際は人口減が全国の都市でも最大規模で、「京都人が京都に住 めなくなる」事態すら生じている。
ジャーナリズム出身の観光学研究者による本書は、豊富な具体例を示し「魅力的だから賑わっているわけではない」観光立国の負の側面に切り込む、“警醒”の1冊。
特に「観光立国とは、言い換えれば『観光に頼らざるを得ない国』というニュアンスが含まれる」との指摘は、半導体分野での後退が著しい、日本の現状を端的に示す。
全国の観光地を直撃する自然災害の頻発、輸送やサービスに暗い影を落とす人手不足など、「頼らざるを得ない」観光を消滅しかねない難題が山積する。しかし、政府の対応は鈍いままだ。
中国の四書五経の一つ「易経」にある「観国之光」が表すように、その地に住む人が誇りを持ち、幸せに暮らせてこそ、訪れる人も喜びを感じるのである。「人の暮らしが消えて観光資源だけが残っても、そこはもはや観光地ではない」。本書の警鐘が現実化しない取り組みが、喫緊の課題となっている。(中公新書ラクレ900円)
その反面、京都や東京をはじめ訪日客の増加により、物価高騰や公共輸送機関の混乱など、市民生活を脅かすオーバーツーリズムの弊害が、顕在化している。表面的には外国人であふれかえる京都市は、実際は人口減が全国の都市でも最大規模で、「京都人が京都に住 めなくなる」事態すら生じている。
ジャーナリズム出身の観光学研究者による本書は、豊富な具体例を示し「魅力的だから賑わっているわけではない」観光立国の負の側面に切り込む、“警醒”の1冊。
特に「観光立国とは、言い換えれば『観光に頼らざるを得ない国』というニュアンスが含まれる」との指摘は、半導体分野での後退が著しい、日本の現状を端的に示す。
全国の観光地を直撃する自然災害の頻発、輸送やサービスに暗い影を落とす人手不足など、「頼らざるを得ない」観光を消滅しかねない難題が山積する。しかし、政府の対応は鈍いままだ。
中国の四書五経の一つ「易経」にある「観国之光」が表すように、その地に住む人が誇りを持ち、幸せに暮らせてこそ、訪れる人も喜びを感じるのである。「人の暮らしが消えて観光資源だけが残っても、そこはもはや観光地ではない」。本書の警鐘が現実化しない取り組みが、喫緊の課題となっている。(中公新書ラクレ900円)
2024年12月30日
24読書回顧―私のおちおし 穏やかな日常が一瞬に奪われて=後藤秀典(24年JCJ賞受賞者)
福島第一原発事故と司法に関する本をひたすら読んだ一年だった。まずは馬場靖子撮影・著『あの日あのとき ふるさとアルバム 私たちの浪江町津島』(東京印書館)。
集落のみんなが集まっての田植え、合間にお茶を飲みながら笑う、孫と散歩する女性、地元の高校生が仮装して町を練り歩く、カメラに向かって笑いかける老夫婦…そこには、日々の変わらぬ暮らしを営む人々の素顔を写っている。
やさしさに包まれた写真だが、私は、とてつもない恐怖を感じてしまった。写されたのは、東京電力福島第一原発事故前の福島県浪江町津島地区の人々の暮らしだ。撮ったのは、アマチュアカメラマンの馬場靖子さん。浪江小、津島小で22年間も先生を務め、退職後に写真を始めたという。
福島第一原発事故で津島は全住民避難を強いられた。私が津島の人々を取材したのは、彼らが起こした「ふるさとを返せ 津島原発事故訴訟」を通じてだった。津島の人々は、国と東電にふるさとに戻れることを求めている。私は、この写真を見て、穏やかな日常が本当にあったこと、そしてそれが一瞬にして奪われたことを実感し恐怖した。
長島安治編集代表『日本のローファームの誕生と発展』(商事法務)この一年間で最も繰り返し読んだ本だ。本の上と横にはたくさん付箋が貼られ、本文には赤と青の線がびっしり引いてある。
今年の最大のテーマは、最高裁、電力会社、国と巨大法律事務所の結びつきをより明らかにすることだった。その主役の一人、巨大法律事務所が日本でどのように生まれ成長してきたのか。設立した本人たちがその過程を記したのがこの本だ。
戦後、日本人の若手弁護士がアメリカに留学し大法律事務所で経験を積み日本で巨大法律事務所の礎を築く。そしてバブル崩壊後金融機関が次々に破綻していく中で、急成長していく。日本経済の危機の中で巨大法律事務所がいかに肥大化してきたか、初めて知った。
2024年12月25日
【おすすめ本】立岩陽一郎『NHK 日本的メディアの内幕』─続く不祥事,生々しい証言 公共放送の再生をめざして=高野真光(月刊「マスコミ市民」発行人・編集委員)
「NHKは大事なんだよ」という田原総一朗氏の言葉が印象的なオビ。だが、その中身は読む者に「NHKは本当に必要なのか」という重い問いを突きつけてくる。
著者は、NHKで社会部や国際部の記者として数々の調査報道の特ダネを書いた実績を持つジャーナリストである。この著書を際立たせているのは、NHK在籍中に自らが体験した出来事だけでなく、NHKをめぐる不祥事について、NHKのOBを始めとする関係者から、直接取材をして生々しい証言を得ていることである。
著者はNHKの各組織が抱える様々な問題にメスを入れる。森元首相の「神の国」発言への指南書問題の内実、NHKという巨大放送組織の実態や権力構造、さらには佐戸美和さんの過労死をめぐるNHKの不可解で冷淡な対応にも話は及ぶ。
そこで明らかにされたのは、NHKと政治の距離の近さ、時の政権への忖度、視聴者に対する閉ざされた対応、自らの不祥事に誠実に向き合おうとしない官僚体質など、公共放送NHKが抱える病理の深刻さである。
著者は、NHKが生まれ変わるために、過去の不祥事をウヤムヤにせず組織として真摯に向き合必要性を説く。「巨大さ を追及した官僚機構としてのNHKに終止符を打つこと」だとも。
現役の役職員は、この指摘を、どのように受け止めるのだろう。NHK放送センター内の書店では、本書が1カ月以上、一般書のベストセラー1位の座に留まっている。来年は放送開始から100年。それを意識して多くの職員が手に取っているなら、それは公共放送再生に向けて一筋の光となるかもしれない。(地平社2000円)
著者は、NHKで社会部や国際部の記者として数々の調査報道の特ダネを書いた実績を持つジャーナリストである。この著書を際立たせているのは、NHK在籍中に自らが体験した出来事だけでなく、NHKをめぐる不祥事について、NHKのOBを始めとする関係者から、直接取材をして生々しい証言を得ていることである。
著者はNHKの各組織が抱える様々な問題にメスを入れる。森元首相の「神の国」発言への指南書問題の内実、NHKという巨大放送組織の実態や権力構造、さらには佐戸美和さんの過労死をめぐるNHKの不可解で冷淡な対応にも話は及ぶ。
そこで明らかにされたのは、NHKと政治の距離の近さ、時の政権への忖度、視聴者に対する閉ざされた対応、自らの不祥事に誠実に向き合おうとしない官僚体質など、公共放送NHKが抱える病理の深刻さである。
著者は、NHKが生まれ変わるために、過去の不祥事をウヤムヤにせず組織として真摯に向き合必要性を説く。「巨大さ を追及した官僚機構としてのNHKに終止符を打つこと」だとも。
現役の役職員は、この指摘を、どのように受け止めるのだろう。NHK放送センター内の書店では、本書が1カ月以上、一般書のベストセラー1位の座に留まっている。来年は放送開始から100年。それを意識して多くの職員が手に取っているなら、それは公共放送再生に向けて一筋の光となるかもしれない。(地平社2000円)
2024年12月16日
【おすすめ本】樋口健二『新版「原発崩壊」』原発の不条理は変わらない 草わけ的写真集の再刊=坂本充孝(ジャーナリスト)
筆者の原発取材歴は1972年ごろから。50年以上も一貫して原発労働の過酷な実態、事故の悲惨さを写真と文で記録し続けてきた。
前著の「原発崩壊」(合同出版)が絶版となり、写真を入れ替えての再刊。それでも色褪せた感じがしないのは、原発の問題自体が解決の糸口すら見いだせず、むしろ状況悪化の一途をたどっているからにちがいない。
2011年3月の福島第一原発の事故により日本人は原発の恐ろしさを肌で知った。 だが、それは遅すぎた。日米原子力協定が仮調印された1955年以後、この国は有り余る難題を承知の上で強引に原子力政策を進めてきた。白を黒と嘘を重ねた結果として、幾多の事故があり、そ
の延長線上で福島第一原発は爆発したのだ。
筆者が一番力を入れて伝えているのは、原発労働者の悲劇である。ろくな知識も与えられぬままに、高線量の発電所で下請け仕事をさせられ、体調を崩して働けなくなると「原発ぶらぶら病」などと揶揄された人々。「(原発企業は)社会的弱者を徹底的に使役し、搾取し、病気になればボロ雑巾のように捨てたのである」
彼らの証言を発表しようとすると、兄弟や家族が原発で働いているからと拒否されたことが多々あったという。そうして悲劇は闇へと葬られた。闇の上に胡坐をかき、原発は増殖したのだ。
福島第一原発の核燃料デブリの取り出しが始まった。高線量下で時間に追われ、危険な作業を担うのは、また下請け作業員だ。事故はいつ起きてもおかしくない。(現代思潮新社2800円)
前著の「原発崩壊」(合同出版)が絶版となり、写真を入れ替えての再刊。それでも色褪せた感じがしないのは、原発の問題自体が解決の糸口すら見いだせず、むしろ状況悪化の一途をたどっているからにちがいない。
2011年3月の福島第一原発の事故により日本人は原発の恐ろしさを肌で知った。 だが、それは遅すぎた。日米原子力協定が仮調印された1955年以後、この国は有り余る難題を承知の上で強引に原子力政策を進めてきた。白を黒と嘘を重ねた結果として、幾多の事故があり、そ
の延長線上で福島第一原発は爆発したのだ。
筆者が一番力を入れて伝えているのは、原発労働者の悲劇である。ろくな知識も与えられぬままに、高線量の発電所で下請け仕事をさせられ、体調を崩して働けなくなると「原発ぶらぶら病」などと揶揄された人々。「(原発企業は)社会的弱者を徹底的に使役し、搾取し、病気になればボロ雑巾のように捨てたのである」
彼らの証言を発表しようとすると、兄弟や家族が原発で働いているからと拒否されたことが多々あったという。そうして悲劇は闇へと葬られた。闇の上に胡坐をかき、原発は増殖したのだ。
福島第一原発の核燃料デブリの取り出しが始まった。高線量下で時間に追われ、危険な作業を担うのは、また下請け作業員だ。事故はいつ起きてもおかしくない。(現代思潮新社2800円)
2024年12月10日
【おすすめ本】信濃毎日新聞社編集局 編『鍬を握る 満蒙開拓からの問い』─国策が招いた悲劇の証言そして記録の継承へ=加藤聖文(駒澤大学教授)
「満蒙開拓」と呼ばれ た国策によって、約27万人が満洲国へ開拓民として送り出された。
そのうち3万3000人を送り出したのが長野県。全国最多である。しかも、その数は突出していた。熱狂と混迷が絡み合いながら進められた送出、敗戦時の集団自決と引揚の悲劇、さらには戦後の再入植から中国残留日本人の帰国問題にいたるまで、県内では満蒙開拓にまつわる歴史が、そこかしこ至る所に刻まれている。
しかし、その長野県でも満蒙開拓の記憶の風化が著しい。生き残った元開拓団員も激減、残留孤児ですら80歳を超える現在、これからあの歴史にどう向き合っていけばいいのだろうか。
戦後80年を前に出版された本書からは、長年にわたり満蒙開拓の歴史に向き合ってきた「信濃毎日新聞」の危機感と未来への意思が、ひしひしと伝わってくる。
バランス良く配置された、さまざまな体験者の証言を基に、過去の歴史から現在なお残る問題、そして未来の課題と通時的に満蒙開拓を理解できる点で、最良のテキストとなっている。
とはいえ、証言を積み重ねるだけで、満蒙開拓の実像が解明されるわけではない。
あれほどの国策がどうやって推進され、人びとはどのように巻き込まれていったのか。それを解明するには文字に残された記録しかない。
戦後80年は、満蒙開拓の歴史を明らかにし、後世へ伝えるものが、証言から記録へと変わる転機となろう。未だ各地には満蒙開拓の記録が眠っている。
これらをいかにして後世へ伝えていくか。ジャーナリズムにとって新しい課題である。(信濃毎日新聞社1800円)
(追記・編集部):本書は、2024年「第30回平和・協同ジャーナリスト基金賞」の大賞に選ばれた。反核や平和、人権擁護を推進する報道に贈られ、12月7日に贈賞式が行われた。
そのうち3万3000人を送り出したのが長野県。全国最多である。しかも、その数は突出していた。熱狂と混迷が絡み合いながら進められた送出、敗戦時の集団自決と引揚の悲劇、さらには戦後の再入植から中国残留日本人の帰国問題にいたるまで、県内では満蒙開拓にまつわる歴史が、そこかしこ至る所に刻まれている。
しかし、その長野県でも満蒙開拓の記憶の風化が著しい。生き残った元開拓団員も激減、残留孤児ですら80歳を超える現在、これからあの歴史にどう向き合っていけばいいのだろうか。
戦後80年を前に出版された本書からは、長年にわたり満蒙開拓の歴史に向き合ってきた「信濃毎日新聞」の危機感と未来への意思が、ひしひしと伝わってくる。
バランス良く配置された、さまざまな体験者の証言を基に、過去の歴史から現在なお残る問題、そして未来の課題と通時的に満蒙開拓を理解できる点で、最良のテキストとなっている。
とはいえ、証言を積み重ねるだけで、満蒙開拓の実像が解明されるわけではない。
あれほどの国策がどうやって推進され、人びとはどのように巻き込まれていったのか。それを解明するには文字に残された記録しかない。
戦後80年は、満蒙開拓の歴史を明らかにし、後世へ伝えるものが、証言から記録へと変わる転機となろう。未だ各地には満蒙開拓の記録が眠っている。
これらをいかにして後世へ伝えていくか。ジャーナリズムにとって新しい課題である。(信濃毎日新聞社1800円)
(追記・編集部):本書は、2024年「第30回平和・協同ジャーナリスト基金賞」の大賞に選ばれた。反核や平和、人権擁護を推進する報道に贈られ、12月7日に贈賞式が行われた。
2024年12月03日
【おすすめ本】佐々木寛『市民エネルギーと地域主権 新潟「おらって」10年の挑戦』─水力発電への挑戦から政治改革へ=鈴木耕(編集者)
元気が出る本です!読んでいると、よし、オレもいっちょやってみるか!という気分になってくるから不思議だ。本書は「おらって」(新潟地方の方言で「私たち」と いう意味)にちなみ<おらってにいがた市民エネルギー協議会>と名付けたグループの活動を、やわらかくそして面白く記述したもの。
著者は新潟国際情報大学教授であり、国際政治学の研究者。あの2011年の福島原発事故の衝撃(それを著者は「第二の敗戦」と呼ぶ)から、エネルギーの民主化と地域主権を深く考えるようになり、地域循環共生圏という思想に行き着く。
その考えを共有する人びとが集まり、やがて小水力発電への挑戦が始まる。そして「おらって発電所」は40カ所を超えるまでに拡大し、地域市民エネルギーとしては、例のない成功を収める。
だが著者たちは、そこで立ち止まらない。エネルギー問題も含め、すべては「せいじ」と結びついていることに気づき、政治改革こそが根底にあるのだと思考は膨らんでいく。コロナ禍での文明転換、平和の希求にまで考えは及ぶ。
こんな経過が易しく語られ、読むうちに、よしオレも頑張らなくっちゃ!となるのは必然だ。第5章「次世代とともに」に登場する若者たちが描く、希望に心が揺さぶられる。学問と運動がコラボした稀有な成功例といえる。
今回の総選挙で、新潟の4選挙区は全て自民党が敗北した。その背景には、こんな市民たちの熱っぽい精神のエネルギーがあったことを思い知らされる本である。(大月書店1800円)
著者は新潟国際情報大学教授であり、国際政治学の研究者。あの2011年の福島原発事故の衝撃(それを著者は「第二の敗戦」と呼ぶ)から、エネルギーの民主化と地域主権を深く考えるようになり、地域循環共生圏という思想に行き着く。
その考えを共有する人びとが集まり、やがて小水力発電への挑戦が始まる。そして「おらって発電所」は40カ所を超えるまでに拡大し、地域市民エネルギーとしては、例のない成功を収める。
だが著者たちは、そこで立ち止まらない。エネルギー問題も含め、すべては「せいじ」と結びついていることに気づき、政治改革こそが根底にあるのだと思考は膨らんでいく。コロナ禍での文明転換、平和の希求にまで考えは及ぶ。
こんな経過が易しく語られ、読むうちに、よしオレも頑張らなくっちゃ!となるのは必然だ。第5章「次世代とともに」に登場する若者たちが描く、希望に心が揺さぶられる。学問と運動がコラボした稀有な成功例といえる。
今回の総選挙で、新潟の4選挙区は全て自民党が敗北した。その背景には、こんな市民たちの熱っぽい精神のエネルギーがあったことを思い知らされる本である。(大月書店1800円)
2024年11月26日
【おすすめ本】川上泰徳『ハマスの実像』テロ組織か 答えは「ノー」 民衆に支えられ壊滅は不可能=平井文子(中東研究家)
帯の文言―「本当に残酷な『テロ組織』なのか?」が衝撃的だ。思わず手に取って読んでみれば、答えは「ノー」である。著者は長年朝日新聞特派員として中東各地での取材活動の実績を持つ。本書はその蓄積と緻密なデータに裏付けられた納得のいく読み物になっている。
ハマスの誕生は1987年、第1次インティファ―ダと同時であるが、英植民地下でのパレスチナ解放闘争の流れをくむ。ハマスは、パレスチナ解放機構(PLO)の傘下に入らず、貧しい人々への社会慈善運動と対イスラエル闘争の両立という姿勢を堅持した。ハマスは93年にPLOがイスラエル政府と締結したオスロ合意の欺瞞(パレスチ自治政府がイスラエル警察を助けて,占領体制に抵抗するパレスチナ人を取り締まることになる)を見抜き、合意に反対した。
著者はそれを「ハマスの先見の明」と評価する。ハマスは2007年の民主的選挙で選ばれた「政権」政党である。創設時にはパレスチナ全域の解放を目標にしていたが、2107年の新政策文書では、占領地からのイスラエルの撤退と、そこでのパレチチナ国家樹立を求め、イスラエルとの共存を認めるという現実主義に変わった。
現在のイスラエルの戦争目的はハマス壊滅であり、米国も日本もそれを支持しているが、著者は軍事的にも政治的にもそれは不可能と思われるという。理由はハマスがファタハのように腐敗しておらず、パレスチナ民衆とつながり、民衆に支えられているからだ。実際、イスラエル軍報道官も「ハマスの壊滅は不可能」と語っている。(集英社新書1050円)
ハマスの誕生は1987年、第1次インティファ―ダと同時であるが、英植民地下でのパレスチナ解放闘争の流れをくむ。ハマスは、パレスチナ解放機構(PLO)の傘下に入らず、貧しい人々への社会慈善運動と対イスラエル闘争の両立という姿勢を堅持した。ハマスは93年にPLOがイスラエル政府と締結したオスロ合意の欺瞞(パレスチ自治政府がイスラエル警察を助けて,占領体制に抵抗するパレスチナ人を取り締まることになる)を見抜き、合意に反対した。
著者はそれを「ハマスの先見の明」と評価する。ハマスは2007年の民主的選挙で選ばれた「政権」政党である。創設時にはパレスチナ全域の解放を目標にしていたが、2107年の新政策文書では、占領地からのイスラエルの撤退と、そこでのパレチチナ国家樹立を求め、イスラエルとの共存を認めるという現実主義に変わった。
現在のイスラエルの戦争目的はハマス壊滅であり、米国も日本もそれを支持しているが、著者は軍事的にも政治的にもそれは不可能と思われるという。理由はハマスがファタハのように腐敗しておらず、パレスチナ民衆とつながり、民衆に支えられているからだ。実際、イスラエル軍報道官も「ハマスの壊滅は不可能」と語っている。(集英社新書1050円)