2022年12月06日

【おすすめ本】白井 聡『長期腐敗体制』―アベノミクス 対外外交  破綻した一強腐敗体制の罪=鈴木耕(編集者)

 前著『国体論』(集英社新書)で、天皇とアメリカという「国体の正体」を見事に腑分けしてみせた著者が、本書では現在の「体制」を考察する。タイトルが内容をズバリと表している。意味するところは安倍長期政権がこの国にもたらしたもの、である。著者はそれを「二〇一二年体制」と名づけ、安倍政権下でいかに政治が捻じ曲げられていったかを丁寧に検証する。いわゆる「安倍一強腐敗体制」が出来上がっていく過程を、細部にわたって読み解いていくのだ。

 例えば安倍の経済政策としてのアベノミクスという虚構。「三本の矢」なる政策は、何の成果ももたらさず、残されたのは惨憺たる庶民の暮らしの崩壊だったということを、数字を挙げて実証する。

 では、「外交の安倍」などと呼ばれた外交面で、日本が得たものはあったのか。安保政策の要として対米従属路線をとった外交が、結局すべての足を引っ張ることになる。岸信介から中曽根康弘へ受け継がれながら、対米交渉のカードそのものを放棄していくという無様な様相を呈していく。冷戦秩序の崩壊後も変わらぬ、ひたすらな対米従属路線は、言ってみれば米国にすべてを捧げる朝貢外交の延長で、それが安倍外交の本質だった。

 安倍外交の失敗の極めつけは「対ロ外交」だ。プーチンに手玉に取られ、不気味な情緒的つき合いに終始した安倍は、結局、北方4島すべてを差し出すことになる。それが「安倍外交」の実態だった。
 安倍から菅、岸田へと受け継がれた「長期腐敗体制」は、安倍の死後にどうなるのか。統一教会問題で揺れる日本政治が新たな道へ踏み出せるかどうかを、著者は次の課題とするだろう。(角川新書920円)
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2022年12月03日

【おすすめ本】菊池真理子『「神様」のいる家で育ちました 宗教2世な私たち』─親の信仰で苦しむ子供、助長する宗教タブーの怖さ=永江 朗(ライター)

 本書は、宗教2世の苦悩をテーマにした漫画である。信仰を持つ親による深刻な人権侵害が描かれている。親に宗教行事への参加を強制され、恋愛はおろか友達をつくることすら禁じられ、適切な医療も受けられないことがある。周囲からは特異な目で見られ、孤立している。
 扱われている宗教団体はさまざまだ。教団名は明示されていないが、描写からは統一教会、エホバの証人、真光系諸教団、福音派プロテスタント等だと推測される。それぞれ教義は違うが、親が強制して子供が苦しむという点は共通している。

 この作品そのものが翻弄されてきた。当初は集英社のウェブメディア「よみタイ」に連載されていたのだが、22年1月26日に公開された第5話が2月10日で公開終了になった。そして3月17日には連載そのものを集英社が終了し、全話の公開を中止した。
 本書のあとがきには、「5話までアップされた後ある宗教団体から出版社あてに抗議を受けた」と書かれている。ちなみに第5話は幸福の科学を扱ったものと思われる。3月22日、共同通信がこの問題を配信し、広く知られるところとなった。

 その直後、文藝春秋が著者に声をかけ、10月10日、本書の発売につながるのだが、安倍晋三銃撃事件がきっかけで宗教二世の状況が、にわかに注目されることになる。
 本書刊行の経緯を振り返って痛感するのは、大手出版社に蔓延する事なかれ主義であり、宗教タブーの根強さである。宗教団体の怒りを買うと、しつこく抗議活動をされて面倒だから、そのテーマは避けようという空気だ。その空気が宗教2世たちを孤立させ、苦しめてきたのである。(文藝春秋1000円)
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2022年11月25日

【おすすめ本】日野行介『調査報道記者 国策の闇を暴く仕事』―権力を監視し理不尽を伝えるノウハウ=栗原俊雄(毎日新聞編集委員)

 権力を監視すること。そして権力に理不尽に苦しめられている人たちの存在を世に伝えること。評者はそれがジャーナリズム・ジャーナリストの存在価値だと思っている。新聞記者ら表現者は世の中にたくさんいるが、この役割を果たせる者は多くない。著者はこの点、まさにジャーナリストだ。
 報道に「調査」はつきもの。しかし筆者がしているそれは独特で、<捜査当局が個人の刑事責任を追及するには複雑難解すぎる問題で、役所や企業による自浄作用が望めない場合に独自の調査で切り込むもの>だ。誰も逮捕されない。しかし社会正義上、許されないこと。権力が闇に葬ろうとすることを、白日のもとにさらす。それが筆者のいう「調査報道」である。

 今は組織に所属しない著者が、毎日新聞在籍中からテーマとしているのは原発だ。福島第1原発事故の被害を小さくみせようとする。起きるかもしれない大規模災害の可能性は不当に低く評価する。そのためには議事録を改ざんする。著者は行政のそうした不正を明らかにし、「何が何でも原発を動かす」という国のテーゼ=命題をあぶり出す。その手法は@公表資料の分析A情報公開請求B関係者の聞き取りであり、著者は<職業記者としての基本作業>という。だが中身が凡百の記者の「基本」とは違う。たとえばB。正面からいったら取材に応じないであろう者の口をこじあける過程には、すごみを感じる。
 調査報道のノウハウが具体的に記される。ジャーナリストを志す者にとってかっこうのテキストになろう。(明石書店2000円)
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2022年11月19日

【おすすめ本】永田豊隆「妻はサバイバー」―「底つき体験」は死を招く 精神科医療の無力告発=松本俊彦(精神科医師)

 これを書く前にAmazonの書評に目を通したら気になるコメントが目に入った。曰く、「著者は振り回されている。イネイブリング(尻拭い行動)をやめて離婚し、奥さんに底つき体験をさせるべきだった……云々」。
 アホか、と思った。本書でも、「精神科に最も偏見が強いのは精神科以外の医療者」とあったが、このコメントもその類いだ。ハンパな知識に知ったかぶりは有害だ。
 確かに一昔前まで、「底つき体験」は依存症支援のキーワードだった。本人を突き放して痛い目に遭わせるのが断酒の第一歩――もちろん、それでうまくいく人もいるが、突き放したら死んでしまう人もいるのだ。生きるための断酒なのに、死んでしまうなんて、まさに本末転倒ではないか。
 なかでもトラウマを抱えている人は難しい。幼少時の虐待や性暴力被害は、人に無力感と、底が抜けたような自己無価値感を植えつける。そのような人にとって、大酒や過食・嘔吐は、短期的には延命効果がある。一時的に苦痛から意識を逸らし、「鎮痛」し、正気を取り戻させてくれる。だから、誰もその行動の良し悪しを裁けない。
 依存症治療に携わる者で、本書を読んで胸が痛まない人などいないはずだ。強制入院は本人には外傷的な体験となるが、さりとて苦悩する家族を見過ごすこともできない。本人の納得と家族の安寧――どちらのための医療なのか。そもそも、「心の医療」を謳う精神科医療には、患者のトラウマの傷を癒やせるだけの術があるのか。
 本書は、単なる夫婦愛の物語ではない。精神科医療の無力を告発し、叱咤激励する書なのだ。(朝日新聞出版1400円)

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2022年11月07日

【おすすめ本】又吉直樹+ヨシタケシンスケ『その本は』ー芥川賞作家と絵本作家がコラボして紡いだ本の凄さ!=萩山 拓(ライター)

 『その本は』、大人が 読むべき類い稀な「本」 だ。子ども向けの絵本と軽くみてはならない。
 ある国の本好きな王様は視力も衰え、本が読めなくなってきたので、二人の男に世界をまわり「めずらしい本」の話を聞き出し、内容を語ってほしいと依頼する。
 振り分け髪の男(又吉直樹)は左回りで、スキ ンヘッドの男(ヨシタケシンスケ)は右回りで、 本探しの旅に出る。1年後に帰国した二人は一夜ごとに交代し、様々な本の話を王様に聞かせる。
 13夜にわたって語った「その本」の数は51冊、長髪男が33冊、光頭男が18冊に及ぶ。満足した王様は、二人の話を1冊の本に纏めよと指示してこの世を去った。

 完成した『その本は』長髪男が1ページ1話を文章で、光頭男が見開き2ページにイラストと手書きの短い文章を添えて1話を、それぞれ紡いで構成されていた。
 とりわけ長髪男が、第 7夜に紡いだ物語は感動ものだ。ここだけ39ページも使って小学校5年生の男女が交換日記を介して成長していくストーリーだ。まさに又吉直樹の自画像である。
 光頭男が語る話は、第12夜の「その本は、評判が悪かった。」がいい。 本が持つメッセージの深さに、絶大な信頼を寄せるヨシタケシンスケの心意気が伝わってくる。

 さてさて『その本は』、 これで終わりではない。刊行半年後に事件が起きる。その展開は読んでのお楽しみ。ただし最終ページの中央に1行書かれた「その本は…」の、 …に当てはまる文字は、裁判の際に発せられる嬉しい響きの2文字熟語が、評者には浮かぶのだが。(ポプラ社1500円)
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2022年11月04日

【おすすめ本】岩倉 博『吉野源三郎の生涯 平和の意志 編集の力』─「激動の真相 見抜く眼を」─JCJ初代議長の足跡を辿る=坂巻克巳(元岩波書店編集委員)

 吉野源三郎の名は、名著『君たちはどう生きるか』(新潮社1937年 刊、岩波文庫1982年刊ほか)と共に広く知られている。五年前には、その漫画版(画・羽賀翔 一、マガジンハウス2017年刊)が、ミリオン セラーとなり、話題を呼んだのも記憶に新しい。
 他方で、ほかならぬJCJの初代議長(1955〜59年)であり、死去の前年の本紙(1980年8月号)には、その絶筆「激動の真相 見抜く眼を」が載った。
 だが、少年少女向けの読み物作家、そしてジャーナリスト団体のリーダーという顔は、その82年の生涯のわずか一部を照らすに過ぎない。では、 吉野源三郎はどのように育ち、何を学び、何と闘い、何をめざして生きてきたのか。それを丹念な資料探索にもとづいて描き出したのが本書 である。

 すでに著者は『ある哲学者の軌跡―古在由重と仲間たち』(花伝社2012年刊)を刊行している。 その古在由重が「生涯の親友」と評したのが吉野源三郎である。著者が吉野源三郎の生き方に迫るのは、ごく自然なことだったであろう。
 吉野源三郎が治安維持法違反で三度検挙された30代前半、岩波書店に入って岩波新書創刊に携わったその後半、そして40代半ばの雑誌『世界』創刊・初代編集長へと続く活躍の足跡を辿る。
 編集者として論壇をリードしたが、その活躍は言論の領域にとどまらない。原水禁、日米安保、 ベトナム反戦など、戦争と平和を巡る諸運動の推進に最後まで尽力した。その多彩な行動とそれを支えた深い思索の軌跡を丁寧に辿った本書の一読を強く勧めたい。(花伝 社2000円)

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2022年10月28日

【おすすめ本】森達也『千代田区一番一号のラビリンス』―天皇夫妻が乗り出す冒険の旅 問題小説の問題とは何か=鈴木耕(編集者)

 この日本に、ファミリーネーム(姓)のない人々が存在する。国民の誰もそれを不思議に思わない。だがそこに触れることはタブー視されている。それが天皇一家という存在である。彼らが何を考え、どんな暮らしをしているのか、本書がおそらくエンターテインメント小説としては初めて、そこに踏み込んだ。だから本書の帯には「戦後日本の表現における臨界に挑む問題小説」と書かれている。
 だが、これは「問題小説」か? 静かな生活を送る老夫婦(現上皇夫妻)の淡々とした日常を描いた小説のようである。ただ「明仁と美智子」と敬称抜きで現れるから、読み手はギョッとする。ギョッとさせることが作家の意図であることは明白だが、その流れに語り手たる森克也が介入して、物語はがぜんファンタジー色を帯びる。
 始まりはフジテレビが「憲法」についてのノンフィクション番組を企画したことだ。フリーディレクターの克也は第一章「天皇」の部分を担当しようとして、天皇へのインタビューを提案する。当然ながらテレビ局は怖気づき、二の足を踏む。だが諦めない克也は手段を尽くして天皇夫妻との接触に成功、その過程で皇居(それがタイトルの「千代田区一番一号」である)の地下に、不思議なラビリンス(迷宮)があることに気づく。興味を持った天皇夫妻は、克也とその恋人桜子とともに、ラビリンスの「冒険」に乗り出していく。
 淡々とした老夫婦の生活が、冒険譚に変化していく。見事な作家の仕掛けである。その仕掛けに乗せられて、読者は「問題小説」の「問題」とは何かを考えざるを得なくなるのだ。

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2022年10月24日

【好書耕読】45年前に統一教会を告発!=守屋龍一(JCJ出版部会)

  おそらく初めて系統的に、統一協会・原理運動・勝共連合の関係について、一書として告発されたのが、茶本繁正『原理運動の研究』(晩聲社 1977年刊)だと思う。
 統一協会の指導下にある学生組織「原理研究会」の内幕を、詳細に追究した画期的なルポである。1978年にJCJ賞奨励賞を受賞。入手が困難であれば図書館で借り出し精読してほしい。
 1970年代、文鮮明が始めた統一協会の信者となった多くの青年が、大学内に「原理研究会」を作り、カルト宗教である事実を隠して学生たちを勧誘・布教する活動が広がった。あげくに学業放棄や家出などが頻発し社会問題となった。
 本書は、この「原理運動」の奇怪な実態と布教・洗脳の狂気を克明に暴いただけでなく、文鮮明の正体やA級戦犯・岸信介と勝共連合の関係、霊感商法や合同結婚式の実態を詳細に調査し、当事者からの検証も加えた労作である。
 統一協会には、数多くのダミー組織がある。「原理研究 会」も「CARP」と姿かたちを変え、今でもなお東京大学を初め、全国70の大学に浸透している。

 「JAPAN Guardians」なる団体は、安保法制に反対する学生団体SEALDsに対抗すべく立ち上げ、改憲を促進する自民党と連携し活動している。これまでの国際勝共連合の学生部隊「勝共UNITE」や「国際勝共連合オピニオンサイトRASINBAN」の別働隊だ。「原理運 動」を軽視してはならない。
 さて筆者が「週刊現代」の新入編集部員だった頃、「週 刊現代」のアンカーを務めていたのが茶本さん。親しく取材の方法など貴重なアドバイスをいただいた。その後JCJ代表委員を務められた。
 2006年3月76歳で逝去。その半年後、小泉内閣で官房長官を務めた安倍晋三氏が政権を握る。冥途の茶本さん、どんなにか慨嘆し国の先行きを心配したことだろう。
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2022年10月20日

【好書耕読】 日本で起きた戦後最大の「墜落疑惑」に迫る必読のルポ=森永卓郎(獨協大学教授)

 本欄で青山透子『日航123便 墜落の新事実』(河出文庫)を取りあげるのは、どうしてもジャーナリストに読んで欲しいからだ。
 1985年8月12日、御巣鷹の尾根に墜落した日航123便を巡っては、当時から不可思議な事態が起き続けた。123便は午後7時前に墜落したが、現場が特定されたのは翌朝だった。だが墜落直後に米軍の輸送機が現場を特定し、その後救援ヘリも飛ばそうとしたのに、なぜか日本政府は断っている。
また墜落直前まで自衛隊のファントム2機が、123便を追尾していたという複数の証言がある。つまり政府は最初から墜落現場を特定していたことになる。

 「発見」までの間に何が行われたのか。本書によると、機体前部の遺体は完全炭化するほど燃え尽き、現場にはガソリンとタールを混ぜたような異臭が漂っていたという。自衛隊が使う火炎発射機は、ガソリンとタールを混合したゲル状燃料を用いている。
 本書はファントム機とは別に、123便を追尾していた赤い飛行体の存在を指摘し、地上から目撃され、乗客が機内から撮った写真にも写っている。自衛隊が使う炸薬非搭載の訓練用ミサイルはオレンジ色に塗られている。それが尾翼破壊の原因になった可能性が高い。
 もしそうだとすれば、修理ミスを認めたボーイング社は、身代わりを務めたことになり、日本政府は大きな借りを作ったことになる。現実に事故の翌月には、プラザ合意による急激な円高がもたらされた。日本の完全な米国隷属化である。

 実は遺族が日航にボイスレコーダーの開示を求める裁判は今も続いている。だが報じる大手メディアはない。私自身、この20年間、報道番組や雑誌に真実を追求する特集を組んでほしいと懇願してきた。実現寸前までいっても最終段階で不思議な圧力がかかり葬られてきた。私には打つ手がない。ぜひ戦後最大の疑獄解明に手を貸してほしい。
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2022年10月13日

【おすすめ本】小山美沙『黒い雨 なぜ被爆者たちは切り捨てられたのか』―援護法の根本精神に反する「歯止め論」=菅原正伯

 原爆による放射性物質をふくむ「黒い雨」を浴びた被爆者が、なぜ戦後70年以上も救済されず放置されてきたのか。本書は志をもった若き記者が為政者の責任を追及したドキュメントだ。
 たとえば、黒い雨被爆者であると認定されるには黒い雨の降った雨域を確定する必要がある。最初の卵形をした宇田雨域(1953年)は行政区の境界線で「線引き」したため不正確で、区域外から不満が続出していた。2度目は気象学者の増田善信だ。原爆の後の大火災に伴う降雨が、きれいな「卵形」で降ることはありえない。再調査に乗り出した増田は、約2年かけて30編59冊の手記と体験記集を読み、アメーバ形の増田雨域(89年)を完成させた。宇田雨域の約4倍もの広さだった。
 3度目は08年に広島市がおこなった黒い雨体験に関する大規模アンケート。2万7000人から有効回答を得て、大瀧雨域(10年)を発表した。被爆者に認定される宇田大雨雨域より5〜6倍広いと報道された。
 ところが、増田雨域や大瀧雨域にもとづき援護区域の拡大を申請したところ、国からはともに拒否される。理由は、被爆者援護行政を見直す基本懇報告書(80年)に盛られた「被爆地域の指定は、科学的・合理的な根拠のある場合に限定」という一文。「科学的・合理的な根拠」の具体的な内容は示さず、基準もない。鬼に金棒だ。
 黒い雨被爆者はついに提訴した(15年)。だが、一審、二審とも原告の全面勝訴となった。「根拠」云々は結局、被爆者拡大の「歯止め」とすることであり、被爆者援護法の根本精神に反するものだと断罪された。(集英社新書960円) 
                           
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2022年10月01日

【おすすめ本】石田耕一郎『台湾がめざす民主主義 強権中国への対立軸』─「異なる立場の人の心情を理解する努力」が鍵=長岡義博(ニュ ーズウィーク日本版編集長)

 台湾ほど複雑な「国」はない。事実上の独立国なのに、国際社会では国家として扱われない。これほど平和的な国民も珍しいのに、米中という対立軸の最前線で、戦争の危機にさらされている。
 台湾を見る世界の目もまた込み入っている。日本の保守派は反共産党の盟友として熱い視線を送り、リベラル派は女性議員クオータ制や同性婚の容認という先進性に、日本の後進ぶりを重ねる。

 著者は現在、朝日新聞台北支局長として、米中対立の狭間にある台湾を取材している。新聞記者の本らしく、本書は台湾の生の声がよく伝わる内容・構成になっている。
 書名は「台湾がめざす民主主義」だが、実は日 本がめざすべき政治の姿が、いまの台湾にあることが分かる。本書はその象徴であるデジタル担当相オードリー・タン氏の個人史と思想を本人・家族の取材から明らかにしながら、「台湾的民主主 義」の核心を提示する。 それは権力と市民の相互信頼である。

 新型コロナの流行開始直後、タン氏が民間プログラマーと協力してネットの無料マスク供給地図を作った逸話や、市民からの指摘でワクチン予約プログラムを素早く手直しした実例は、タン氏自らが言う「異なる立場の人の心情を理解する努力」が、いかにテクノロジーと相まって台湾の民主主義を進めたかを物語る。
 いじめや不登校、そしてトランスジェンダーの告白という経験を経て、タン氏が体現する相互信頼のための「他者を理解しようとする努力」が台湾にあって日本に決定的に欠けているものだと本書は気づかせてくれる。(大月書店1800円)
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2022年09月27日

【おすすめ本】島田雅彦―『パンとサーカス』テロ、暗殺、爆弾、世直し 明日への夢を描き出す政治小説=鈴木耕(編集者)

著者が帯に「私の暴走 にどうかお付き合い下さ い」と書いているくらい だから、その暴走ぶりは ハンパじゃない。なにし ろ「主な登場人物」のペ ージを見るだけで胸が躍 るほど、多彩な人物が登 場する。主人公は2人、 広域暴力団組長の息子と、 その幼な友達の東大出の 秀才でCIAエージェン ト。彼らは高校時代に2 人きりの秘密結社「コン トラ・ムンディ」を結成 する。この設定がすでに ぶっ飛んでいるが、そこ に聖なる娼婦、伝説のホ ームレス詩人、老右翼の 超大物フィクサー、典型 的な二世議員の凡庸な売 国奴総理やリベラル野党 の党首、人権派弁護士、 警視庁警部、更にはCI Aや中国諜報機関が絡ん で、テロは起きるわ拷問 や暗殺も頻発するのだか ら、もうページを繰る手 が止まらない。読者は著 者の暴走に目まぐるしく翻弄されるしかない。

私が著者にインタビュ ーした際、「就活小説とし ても読めるはず」と言っ ていた。なるほど、CI Aの採用試験の様子が面 白い。微に入り細にわた って不思議な試験の内容 が紹介される。あっけに とられながら読み進める のだが、その度に読者の 予想は裏切られる。

これは地方新聞4紙に 掲載された小説だ。だか らとにかく、1日に1回 は山場を作るという著者 の才気が迸る。エンタメ 小説であるけれど、徹底 した日本政治への鋭い批 判、いわゆるポリティカ ル・ノベルなのだ。いま 世間を騒がせている統一 教会と政治家の癒着を予 感させる記述もある。そ こが小説家の想像力のす ごさ。主人公は囚われる が、なかなかの結末が待 っている。ああ、面白かった!である。(講談社2 750円)      
                           
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2022年09月24日

【おすすめ本】徳田靖之『感染症と差別』―患者は危険で迷惑な存在か 差別を自分事として直視する=藤森 研(JCJ代表委員)

 感染症の患者を、社会は往々にして危険で迷惑な存在として差別・排除する。しかし感染者は、最善の治療が必要な、社会が挙げて守るべき存在ではなか。
 それがハンセン病国賠訴訟や薬害エイズ訴訟で感染者側代理人となった筆者の信念だ。何故そう考えるに至ったのか、差別はどのように起こるのか、克服の道は何か。実践的に「感染者差別」を考える書だ。
 ハンセン病差別は、戦前は「国辱」論、「民族浄化」論、戦後は「公共の福 祉」論で正当化された。差別に関わったのは、隔離を推進した国だけではない。医師や教師、住民(隣人)が、患者をあぶりだした「無らい県運動」。あるいは、感染者の子の小学校通学にPTAが反対運動を起こした熊本の竜田寮事件(1954年)……。

 らい菌の感染力は弱く、まして子供を排除する非科学性は明らかだが、社会にも偏見の根は深く下りている。
 弁護士として間近に見たエイズ差別の分析も鋭い。行政の情報操作とメディアの喧伝で起きた高知パニックなどにより、血友病薬害の被害者である感染者は、逆に危険な加害者として指弾される側にされた。
 被差別部落、朝鮮人虐殺へと筆者は視野を広げる。コロナ禍での感染者や家族、医療従事者への差別にも触れるが、ここは序説的な筆にとどめている。
 評者はハンセン病問題検証会議のメンバーだった時、徳田さんと一緒に韓国のハンセン病療養所などを歩いた。徳田さんは、差別を糾弾するというより自分たちの問題でもあることを見つめる誠実な人柄だった。その姿勢は本書にも随所ににじむ。 (かもがわ出版3800円)
                         
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2022年09月19日

【おすすめ本】布施祐仁『日米同盟・最後のリスク なぜ米軍のミサイルが日本に配備されるのか』─対中ミサイル網が誘発する危機=吉田敏浩(ジャーナリスト)

 台湾をめぐり米中対立が緊張の度を増すなか、日本政府は対米追随で日米同盟強化の一点張り。だが、それは台湾有事への米軍の軍事介入と連動して、日本が戦火にさらされ、最悪の場合、核戦争の戦場とも化す巨大なリスクを孕んでいる。
 著者は情報公開制度を駆使して外務省内部文書を分析し、安全保障専門家にも取材、かつ自衛隊ミサイル部隊が置かれた奄美・沖縄を踏査した結果、警鐘を鳴らす。
 著者が強調するのは、水面下で進む米軍の新型中距離ミサイルの日本配備計画の危険性である。中国を睨んで配備されるこのミサイルは、核弾頭も搭載可能だ。当然、中国は警戒心を強め、核弾頭つきミサイルの照準を日本に合わせてくる。

 日本も中国本土を射程に収める自衛隊の中距離ミサイルを開発中だ。米軍と自衛隊は対中国ミサイル網を日本列島に築こうとしている。
 それは東アジアでの軍拡競争を激化させる。日米両政府は抑止力の向上を叫ぶが、軍拡一辺倒では逆に戦争を誘発するリスクが高まるばかりだ。戦場となって被害を受けるのは日本で、米国まで戦火が及ぶ事態は想定されていない。日本は米国の世界戦略の捨て駒とも位置づけられている。
 日本は軍拡一辺倒ではなく、紛争の平和的解決を原則とするASEAN(東南アジア諸国連合)を手本に、米中間の緊張緩和と信頼醸成に向けた仲介外交を実践し、東アジアで覇権なき地域安全保障機構づくりに外交努力すべきだ。そう著者は訴える。刮目すべき警世の書である。(創元社1500円)
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2022年09月08日

【おすすめ本】中澤雄大『狂伝 佐藤泰志  無垢と修羅』―悲運、無頼の作家に肉薄 足と執念で刻んだ評伝=鈴木伸幸(東京新聞編集委員)

  社会の底辺にスポットを当てた私小説で1980年代に芥川賞の候補に5回選ばれながら賞には手が届かず、売れない実力派として困窮して精神を病み、90年に41歳で自殺した佐藤泰志。そんな作家に肉薄する評伝だ。
 元毎日新聞記者で新潟県長岡市出身の著者が佐藤を知ったのは、東京の大学に進学して1年半後の87年秋。バブル景気に浮かれる空虚な都会生活になじめなかった時に偶然、手にした文芸誌に「大きなハードルと小さなハードル」があった。「アルコール依存症の夫と、娘を連れて実家に帰ろうとする妻。いさかいと和解を繰り返す2人に手触り感のある現実を感じた」。
 評伝に本格着手したのは2007年。佐藤の作品が再評価されて異例の復刊を果たし、さらに5作品は映画化された。記者稼業の傍ら、休日に資料を集め、佐藤の郷里、函館などゆかりの地に足しげく通った。親族にはもちろん恩師に同級生、さらには元恋人と取材を重ねた。佐藤の夫人からは段ボール箱四箱分ほどの手紙や手帳などを借りてデータベース化し、クロスチェックを徹底した。
  取材を進めれば、また疑問がわいて取材と雪だるま式に取材ノートは増えた。「片手間では、いつ終わるか分からない」と、20年3月に同新聞を52歳で辞め、その後の2年で608nの大作を一気に書き上げた。
  佐藤の祖母は置き屋稼業で、両親は闇米のかつぎ屋で一家を支えた。裏社会を知る、そんな男の私小説をつぶさに解きほぐす。佐藤を自殺に追い込んだ芥川賞の選考過程も明らかに。純粋に文学に身を奉じる一方、自由奔放に不倫に走り、気に入らない編集者とは殴り合う無頼派の佐藤が浮かび上がる。(中央公論新社・4180円)
                     
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2022年09月03日

【おすすめ本】斉加尚代『何が記者を殺すのか 大阪発ドキュメンタリーの現場から』―政治の扇動、ネットの暴走 メディアの危機に立ち向かう=河野慎二

 2021年1月、米国ワシントンの連邦議会に雪崩れ込む人たち。トランプ大統領のツイッターに扇動される民衆の姿は、著者自身のさまざまな取材体験と通底する。とうとうここまで来たか。著者は身体が凍り付いて動けない自分に気づく。
 「命は取られなくとも記者として殺される」。そんな物騒な言葉が聞こえる取材・報道の現場はデマやヘイト、バッシングと隣り合わせだ。
 著者は「なぜペンをとるのか〜沖縄の新聞記者たち」(15年)、「バッシング〜その発信源の背後に何が」(18年)など4本のドキュメンタリー番組と映画「教育と愛国」(22年)を世に送り出した。
著者は「インタビューこそ、ドキュメンタリーを左右する」という基本を貫くが、取材拒否との闘いが待ち受ける。
 「バッシング〜その発信源…」でも、ネットでデマやヘイトを繰り返すブログ主宰者の電話インタビューが難航の末、放送5日前に実現した。
 主宰者の発言は、差別感情による誇大妄想の極みだが、彼らは「ボット」と呼ばれる自動投稿プログラムで大量にリツイートする。
 民族間の復讐を駆り立てる人物にネットメディアという恐ろしい武器を与えてしまった現実に改めて慄然とする。
 「記者が殺される」と は、現場に立つ記者だけでなく、その背後にいる人びとを「標的」にする。そして、政治の暴走を容認する未来を引き寄せることにつながる。
 著者は「テレビジャーナリズムの激流を肌で感じ、一緒に考えてくれる人たちとつながることこそが、この危機に立ち向かう道だ」と本書を締めくくる。著者のメッセージに共感が広がる。(集英社新書940円)
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2022年08月27日

【22緑陰図書―私のおすすめ】ハーレムの闘う本屋の幸せ=落合恵子(作家)

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 子どもの本の専門店クレヨンハウスを開いて46年。「子どもの本」とは、子どもから楽しめる、年齢制限のない本のことである。そんな本が並ぶフロアから一冊の本を抜いてきた。『ハーレムの闘う本屋、ルイス・ミショーの生涯』(ヴォーンダ・ミショー・ネルソン著、原田勝訳、あすなろ書房)。
 専門書店をやっているものとしては素通りできない一冊であり、差別に反対するひとりとしても、目を逸らすことのできない本である。
 1938年、ニューヨーク7番街に風変わりな書店が誕生する。「ナショナル・メモリアル・アフリカン・ブックストア」。当時のことばで云うなら「黒人」が書いた「黒人」についての本を集めた書店である。
 むろんわたしたちは反省と悔いをこめて、あるいは、歴史には蓋をし、単に習慣化した言葉として「アフリカ系アメリカ人」と呼んではいるが。「ニグロは本を読まない」と言われていたあの時代、ルイス(44才)は、この書店をオープンした。ブッカー・T・ワシントンの『奴隷より身を起こして』の他にあるのは、4冊と現金100ドル。「明日はいよいよ開店だ」。

 この本の中に、ハリエット・ダブマンやソジャーナ・トゥルース等、アフリカ系アメリカ人の解放運動に、見事な思想と姿勢を貫いた女性たちの名が見えるのも、わたしにはうれしい。
 時は流れて1975年。病を得、当局からの立ち退き要求と戦い続けることに困難を見つけたルイスは,店を閉じる決意する。
 自分の人生は何だったのか…、そう考える彼に、ひとりの男が歩み寄って告げた。子どもの頃、あなたの書店で父に医学の本を買ってもらった、そしていま医師になった、と。
 これだから本屋はやめられない!
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2022年08月25日

【22緑陰図書―私のおすすめ】大国間の覇権闘争が世界を動かす=斎藤貴男(ジャーナリスト)

                            
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 何をするにも、アメリカと中国の状況を知らないと話にならない時代になってきた。手当たり次第に読書するべき必要を感じるが、特に心惹かれた2冊をまず紹介しよう。
 イアン・ブレマー『自由市場の終焉─国家資本主義とどう闘うか』(有賀裕子訳、日本経済新聞出版)。そして矢吹晋『中国の夢─電脳社会主義の可能性』(花伝社)だ。
 ブレマー本は10年以上も前に出版されている。だが、たとえばロシアのウクライナ侵攻を機にやたら叫ばれる「専制主義VS民主主義」なる新冷戦構造の深層が、まざまざと描出されていた。
 著者は世界最大の政治リスク専門コンサルティング企業の創業社長。アメリカの覇権を護持し、その“マニフェスト・デスティニー(明白な運命)を信ずる立場から、中国やロシア、湾岸諸国などによる政府主導の資本主義の実像と、近い将来における世界への悪影響を批判的に論じていく。
 読み方次第で有益にも害毒にもなり得る。私にとっては、現在進行中の諸々が、詰まるところ大国間の覇権闘争でしかないのでは、という直感の裏付けになってくれた。
 一方、IT革命からET(エネルギー・テクノロジー)革命へと移行しつつある中国の実態と未来を考察したのが矢吹本だ。デジタル・リヴァィアサンと呼ばれる怪物を飼い馴らすことは可能か。あるいはオーウェルの危惧した超管理社会に堕していくのか。
 壮大な試みの原動力は習近平体制による、かつて欧米列強や日本に主権を侵害された屈辱の歴史ら脱却し、誇りを取り戻さんとする根源的目標「中国の夢」にある。この点の深堀りは同じ著者の『習近平の夢』や、その他の書籍で補いたい。
 翻って日本。米中のダイナミズムに圧倒され、いかにもカルいのは、国の規模というより劣悪な政治家たちのせいか。
 先ごろ65歳で亡くなったコラムニスト・小田嶋隆の『日本語を、取り戻す』(亜紀書房)の快刀乱麻がしっくり来た。安倍晋三政権の8年間で日本語は意味を失った、との指摘に心から共感。
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2022年08月19日

【22緑陰図書―私のおすすめ】教育への政治介入に警鐘を鳴らす=前川喜平(現代教育行政研究会代表)

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 斉加尚代監督のドキュメンタリー映画「教育と愛国」は、すでに見たという人も多いだろう。2017年にギャラクシー賞を受賞したテレビ番組に「表現の不自由展・その後」や日本学術会議の会員任命拒否問題など、その後の取材を加えて映画化したものだ。この映画に合わせて読むといいのが、斉加尚代・毎日放送映像取材班『教育と愛国 誰が教室を窒息させるのか』(岩波書店)だ。
 第T部はテレビ番組の内容をより詳しく描く。育鵬社教科書の執筆者伊藤隆東大名誉教授の、映像では割愛された発言が興味深い。たとえば日本学術会議会員への任命を拒否された加藤陽子東大教授については、「彼女はぼくが指導した」「あれは本性を隠してたな」などと語る。
 第U部は橋下徹大阪府知事(当時)ら大阪維新の会が学校現場に対して行った数々の強権的な介入の様子が描かれる。大阪では教員志望者が減少し、「僕は本を読まないんです」と言う国語教師まで出現したという。吉村洋文大阪市長(当時)の意向により、学力テストの結果が校長のボーナスに反映されることになった。悪しき成果主義の最たるものだ。
 ジェリー・Z・ミュラー(松本裕訳)『測りすぎ―なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』(みすず書房)は、測定基準(メトリクス)による実績の測定に執着することが引き起こす弊害を、ふんだんな事例を挙げて説明する。「学業成績の測定結果に応じた報酬が良いと主張する側の自己満足は、本当に子どもたちを教育しようと努力する人々を犠牲にする」。まさに大阪で起きていることだ。原題は「The Tyranny of Metrics」。ところどころ誤訳があるので、原書と照らし合わせて読むといい。ただし、著者が諜報活動において透明性は致命的だとして、E・スノーデンの行動を批判しているのには賛同できない。
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2022年08月08日

【おすすめ本】琉球新報社+安田浩一―編著『沖縄発 記者コラム 沖縄の新聞記者』―沖縄の状況を照らし出す 記者の等身大のメッセージ=吉原康和(東京新聞編集委員)

 本書は、琉球新報社のデジタル版に2020年11月から1年余、不定期に連載されてきた記者コラムを編集して、単行本化したものだ。
 コラムに登場するのは、中堅からベテラン記者14人と編者でノンフィクションライターの安田浩一。今年5月、沖縄の施政権が返還されてから50年の節目を迎えたが、沖縄の記者たちは、現場で何を感じ、何を思い悩み、ニュースの核心にどう迫ろうとしたのか。「記者コラム」と銘打つことで、取材の内幕や記者個人の思いを形にしたのが琉球新報デジタルで発信した「沖縄発」だった。
 日米両政府に異を唱える沖縄の新聞記者というと、眼をぎらつかせ、眉間にしわをよせて、沖縄への蔑視や差別と闘っているイメージをもたれがちだが、一人ひとりの記者にプライベートがあり、配偶者でもあり、子を持つ親でもある。取材時には喜怒哀楽の感情もわき上がる。時には私生活をなげうったり、逆にプライベートの中で大切なことに気付かされたりするそんなふつうの人間たちだ。
 基地問題に横たわる不条理、沖縄に過重な負担を押しつけつつ、その核心をはぐらし続ける為政者と大手メディアの報道姿勢、沖縄戦の継承の在り方、ジェンダー平等と程遠い沖縄社会の病弊。コラムのそれぞれのテーマは、今の沖縄が置かれた状況を照らし出している。
 「沖縄の等身大の記者たちの息づかいを、肩肘張らずに感じていただければ」。琉球新報社編集局長の松元剛は、本書に寄せている一文で、こう訴える。編者の安田のコメントも、沖縄の新聞記者たちに彩り濃くエールを贈っている。(高文研1980円)
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