佐高信は対談の名手である。軽妙な語り口で相手の気持ちを解きほぐし、いつの間にか本質に迫っていく。しかし本書はいつもの佐高節ではない。のっけから正攻法の質問を繰り出す。あの「沖縄密約スクープ」の西山太吉ががっしりと受け止め真剣な言葉が飛び交う中身の濃い対談となった。
西山は1956年、毎日新聞入社、やがて政治記者となり自民党「宏池会」を担当、宏池会の懐の深さに惚れ込む。今の岸田首相が所属する派閥である。派閥の力学と闘争の凄まじさを西山は淡々と語る。池田勇人元首相や、とくに大平正芳元首相としきりに酒席を共にして胸襟を開き、さまざまなスクープをものにしていく過程は、いわゆる旧い政治記者そのものだが、そこに平和への希求という裏付けが仄見えるので、納得させられてしまう。
この辺りはまさに、戦後政治史、それも自民党派閥史だ。しかしスクープ記者としての西山が最後の光を放ったのは、「沖縄密約」問題スクープであった。本書の「第六章・沖縄密約、その構図を多面的に分析する」で政治に翻弄されるジャーナリストの厳しい闘いに触れる。1972年の沖縄返還に伴う裏金400万ドルを日本側が負担するという密約を暴き、佐藤栄作内閣を震撼させる。だがそれは一転、西山が女性事務官と情を通じ#髢ァ文書を持ち出させたというスキャンダルに転じる。政治と司法が組んだ図式にメディアはまんまと乗せられていく。佐高は「国家のウソを暴いた記者は残念ながら西山だけである」と嘆くのだ。
まさに「西山太吉の最後の告白」とのタイトルに相応しい新書である。
2023年03月14日
【おすすめ本】北海道放送報道部 道警ヤジ排除問題取材班『ヤジと民主主義』―事件の全容、マスメディアの自覚問う=高田正基(北海道支部)
あのとき現場で何が起きていたのか、北海道警察の対応にどんな問題があったのか、裁判所は道警の何を裁いたのか―。「言論の自由」「表現の自由」が脅かされた事件は、だれもが手にできる記録として残さなければならないものだった。その全容が一冊の本にまとめられた意義はそこにある。
2019年7月15日、札幌で参院選の街頭演説をしていた安倍晋三首相に「安倍やめろ」「増税反対」などとヤジを飛ばしたりプラカードを掲げたりした市民が、警察に強制的に排除された。
この事件を最初に大きく報じ、問題を指摘したのは朝日新聞だった。現場には多くの記者たちがいたが反応しなかった。「首相の警護ならこれくらい当然」と受け止める記者もいた。
記者をしていれば、抜かれることはある。大切なのは抜かれた後だ。北海道放送(HBC)の記者たちはその大切なことを貫いた。現場の映像を集め、関係者の声を聞き、言論弾圧の歴史をひもとき、道外で起きた同種の事件も取材した(本書のベースとなったドキュメンタリ―番組はJCJ賞を受賞している)。
本書は価値ある事件記録であると同時に、優れたジャーナリズム論の書でもある。ヤジ排除はメディアの目の前で行われた。HBCの取材を受けた元道警幹部の原田宏二さん(21年死去)が「あなたたち(警察に)無視されたんですよ」と語った言葉を忘れてはいけない。
一連の取材の責任者であるHBC報道部の山ア裕侍氏はこう書く。「一人ひとりの記者は民主主義の最前線にいる」。その自覚があるメディアを信じたいと思う。
一審で完全敗訴した道警側は控訴した。事件はまだ終わっていないのだ。
(ころから1800円)
2019年7月15日、札幌で参院選の街頭演説をしていた安倍晋三首相に「安倍やめろ」「増税反対」などとヤジを飛ばしたりプラカードを掲げたりした市民が、警察に強制的に排除された。
この事件を最初に大きく報じ、問題を指摘したのは朝日新聞だった。現場には多くの記者たちがいたが反応しなかった。「首相の警護ならこれくらい当然」と受け止める記者もいた。
記者をしていれば、抜かれることはある。大切なのは抜かれた後だ。北海道放送(HBC)の記者たちはその大切なことを貫いた。現場の映像を集め、関係者の声を聞き、言論弾圧の歴史をひもとき、道外で起きた同種の事件も取材した(本書のベースとなったドキュメンタリ―番組はJCJ賞を受賞している)。
本書は価値ある事件記録であると同時に、優れたジャーナリズム論の書でもある。ヤジ排除はメディアの目の前で行われた。HBCの取材を受けた元道警幹部の原田宏二さん(21年死去)が「あなたたち(警察に)無視されたんですよ」と語った言葉を忘れてはいけない。
一連の取材の責任者であるHBC報道部の山ア裕侍氏はこう書く。「一人ひとりの記者は民主主義の最前線にいる」。その自覚があるメディアを信じたいと思う。
一審で完全敗訴した道警側は控訴した。事件はまだ終わっていないのだ。
(ころから1800円)
2023年03月09日
【おすすめ本】森永康平『国の借金は問題ないって本当ですか?』―レベルが「高い」経済書 中央銀行の役割を的確に示す=藤井 聡(京大大学院教授)
本書は新進気鋭の経済アナリスト、森永康平氏による、一般の国民に向けて書かれた経済書だ。
この本が特に着目しているのは「国の借金は問題ないのか」という点なのだが、実を言うとこの一点こそ、今、政府が何をなすべきなのかを占う上で最も¥d要な論点なのだ。そして本書はそんな重大な問題について、一般のサラリーマンは言うに及ばず、中高生でも苦も無く最後まで読み通す事ができる極めて秀逸な一冊だ。
しかしだからといって、論じられている内容のレベルが低いというわけではない。
世間には経済書が山ほど出回っているが、それらよりも本書の方が圧倒的に内容のレベルが「高い」。だから経済学部の学生は言うに及ばず、学者や評論家、そして何より経済政策に関わる政治家・官僚こそが、精読すべき一書でもある。なぜなら、多くの『専門家』達が信じて疑わない一般的な経済政策論は、銀行≠ニりわけ中央銀行≠ェどの様な役割を担っているのかを(驚くべき事に)『完全に無視』した上で作られたものである一方で、その点を明らかにした上で的確に論ずるものこそ、本書だからだ。
ちなみに本書は、現代貨幣理論(MMT)を様々に活用しながら、最新かつ豊富なデータと実例を紹介しつつ論じたものである。その意味において本書はMMT入門書としても極めて秀逸なものとなっている。
ついては是非、立場や思想信条の別を超え、あらゆる国民に読んでもらいたい。本書がベストセラーになれば日本人の経済政策についての認識が一変し、日本の歴史は確実に変わる――そう確信できる一書なのだ。(技術評論社1600円)
この本が特に着目しているのは「国の借金は問題ないのか」という点なのだが、実を言うとこの一点こそ、今、政府が何をなすべきなのかを占う上で最も¥d要な論点なのだ。そして本書はそんな重大な問題について、一般のサラリーマンは言うに及ばず、中高生でも苦も無く最後まで読み通す事ができる極めて秀逸な一冊だ。
しかしだからといって、論じられている内容のレベルが低いというわけではない。
世間には経済書が山ほど出回っているが、それらよりも本書の方が圧倒的に内容のレベルが「高い」。だから経済学部の学生は言うに及ばず、学者や評論家、そして何より経済政策に関わる政治家・官僚こそが、精読すべき一書でもある。なぜなら、多くの『専門家』達が信じて疑わない一般的な経済政策論は、銀行≠ニりわけ中央銀行≠ェどの様な役割を担っているのかを(驚くべき事に)『完全に無視』した上で作られたものである一方で、その点を明らかにした上で的確に論ずるものこそ、本書だからだ。
ちなみに本書は、現代貨幣理論(MMT)を様々に活用しながら、最新かつ豊富なデータと実例を紹介しつつ論じたものである。その意味において本書はMMT入門書としても極めて秀逸なものとなっている。
ついては是非、立場や思想信条の別を超え、あらゆる国民に読んでもらいたい。本書がベストセラーになれば日本人の経済政策についての認識が一変し、日本の歴史は確実に変わる――そう確信できる一書なのだ。(技術評論社1600円)
2023年03月01日
【おすすめ本】吉原 康和『歴史を拓いた明治のドレス』―日本近代化の陰の力 皇后洋装化に映る明治=新堀浩朗(共同通信編集委員)
本書は、日本で初めてドレスを着た皇族である明治天皇の后「昭憲皇太后」が、女性の洋装を通じて日本近代化の陰の推進力となったことを、華やかなドレスの写真と共に浮かび上がらせる。
東京新聞で宮内庁を長く担当している筆者が、同紙で連載した特集に大幅に加筆した。
初の洋服着用は1886(明治19)年7月。2日後には洋装で外出している。背景には、維新の元勲伊藤博文の宮中方針があった。日本が西洋諸国と対等であると示すため「衣装問題は日本では政治問題」と語ったという伊藤が、皇后の洋装化を周到に進めた様子が解き明かされる。
殖産興業の観点を持っていた皇太后は洋装と併せて国産服地の使用を奨励する一方、活動的な洋服で文化、福祉施設を訪問。その姿が国民に伝わり、近代の皇后像が確立された経緯もわかる。
皇太后着用の「マント・ド・クール(大礼服)をはじめ、皇族、華族が着用した数々のドレスを鮮やかなカラー写真で掲載しているのも魅力。
各ドレスについて関係者への丹念なインタビューを重ね、史料や文献を渉猟、新たにわかった事実も盛り込んでいる。当時の国内事情や国際情勢との関係も考察され、逸話を読み進めると、華麗なドレスが宮中で精細を放った明治という時代の空気が伝わってくる。
皇太后の大礼服の修復・研究プロジェクトと上皇后美智子さまとの関係も紹介され興味深い。
明治のお雇い外国人は女性の和装を好む傾向があったという。日本のこれからの装いはどうなるのだろうと、考えさせられもする。(GB1980円)
東京新聞で宮内庁を長く担当している筆者が、同紙で連載した特集に大幅に加筆した。
初の洋服着用は1886(明治19)年7月。2日後には洋装で外出している。背景には、維新の元勲伊藤博文の宮中方針があった。日本が西洋諸国と対等であると示すため「衣装問題は日本では政治問題」と語ったという伊藤が、皇后の洋装化を周到に進めた様子が解き明かされる。
殖産興業の観点を持っていた皇太后は洋装と併せて国産服地の使用を奨励する一方、活動的な洋服で文化、福祉施設を訪問。その姿が国民に伝わり、近代の皇后像が確立された経緯もわかる。
皇太后着用の「マント・ド・クール(大礼服)をはじめ、皇族、華族が着用した数々のドレスを鮮やかなカラー写真で掲載しているのも魅力。
各ドレスについて関係者への丹念なインタビューを重ね、史料や文献を渉猟、新たにわかった事実も盛り込んでいる。当時の国内事情や国際情勢との関係も考察され、逸話を読み進めると、華麗なドレスが宮中で精細を放った明治という時代の空気が伝わってくる。
皇太后の大礼服の修復・研究プロジェクトと上皇后美智子さまとの関係も紹介され興味深い。
明治のお雇い外国人は女性の和装を好む傾向があったという。日本のこれからの装いはどうなるのだろうと、考えさせられもする。(GB1980円)
2023年02月27日
【おすすめ本】豊田恭子『闘う図書館 アメリカのライブアリランショップ』―地域社会を楽しむ新たな図書館像=西村 央(ジャーナリスト)
ワシントン駐在記者として米国で仕事をしていた頃、連邦議会図書館や大学の図書館整が利用しやすいと感じた。本書で紹介されているのは、公共図書館の姿だ。
そこは、本の貸し出しや情報提供にとどまらず、地域の人々が気軽に参加できる無料セミナー、音楽会、映画会などが開催される場である。格差社会、米国にあって、文化、知識の共有を、という視点を貫く実践がある。
専門家からは、次のような提言もある。「利用者のニーズをくみ取り、適切なサービスをきめ細かく提供する」ことにより、すべての人が地域社会を楽しむことができるようになる。「その実現を目指すのが図書館の仕事」であると、新たな図書館像が示されている。
米国の公共図書館は、公的資金のバックアップや図書館協会などによる研修があり、これらが発展の土台となっている。著者は、日本の公共図書館をこれと対比し、業際的な議論の不足とともに、「良いサービス事例が生じても、それを持続していくための体制が整えられていない」と指摘する。
米国の公共図書館が政治に翻弄されることもある。トランプ政権下、国防や国境警備予算が増額される一方で、「図書館サービス機構」(IMLS)や博物館を含む18の連邦組織を閉鎖する予算案方針が示された。これに対し、図書館を支援する議員、全米の図書館利用者による運動が繰り広げられ、共和党議員のなかにもIMLSの存続と予算増への賛同者を広げていったことを本書は紹介している。文化的公共財を守り、発展させることは、闘いなのである。
(筑摩書房1600円)
そこは、本の貸し出しや情報提供にとどまらず、地域の人々が気軽に参加できる無料セミナー、音楽会、映画会などが開催される場である。格差社会、米国にあって、文化、知識の共有を、という視点を貫く実践がある。
専門家からは、次のような提言もある。「利用者のニーズをくみ取り、適切なサービスをきめ細かく提供する」ことにより、すべての人が地域社会を楽しむことができるようになる。「その実現を目指すのが図書館の仕事」であると、新たな図書館像が示されている。
米国の公共図書館は、公的資金のバックアップや図書館協会などによる研修があり、これらが発展の土台となっている。著者は、日本の公共図書館をこれと対比し、業際的な議論の不足とともに、「良いサービス事例が生じても、それを持続していくための体制が整えられていない」と指摘する。
米国の公共図書館が政治に翻弄されることもある。トランプ政権下、国防や国境警備予算が増額される一方で、「図書館サービス機構」(IMLS)や博物館を含む18の連邦組織を閉鎖する予算案方針が示された。これに対し、図書館を支援する議員、全米の図書館利用者による運動が繰り広げられ、共和党議員のなかにもIMLSの存続と予算増への賛同者を広げていったことを本書は紹介している。文化的公共財を守り、発展させることは、闘いなのである。
(筑摩書房1600円)
2023年02月21日
【おすすめ本】及川 順『非科学主義信仰 揺れるアメリカ社会の現場から』―扇動がもたらす分断 なぜ人は陰謀論に走るのか=鈴木 耕(編集者)
よくまとまった現代アメリカ社会論である。国民分断が叫ばれるアメリカだが、これはアメリカだけの問題ではない。読んでいくと「日本も同じことじゃないか」という気もしてくる。ある極端な意見、一見もっともらしい言説だが少し検討してみれば全くのフェイクだと分かる煽動が一定の層に浸透し、それが次第に科学そのものを歪んだ形に変えていく。「ワクチンは人体にカプセルを埋め込むもの」などに代表される陰謀論。
だが受け入れ易いものだけを信じ込む人々もいる。著者はそれを「非科学主義信仰」と呼ぶ。その傾向が政治に及ぶとき、国家の分断が発生する。トランプ登場がその象徴だった。SNS上で陰謀論を拡散させたのが「Qアノン」などだ。草の根の不満の集積が政治に影響し、トランプという異形の煽動家を大統領に押し上げた。
著者はNHKロサンゼルス支局長などを歴任、アメリカのさまざまな現場を取材し、克明な報告を本書に綴った。興味深いのが「第二章 政治を突き動かす非科学主義」「第三章 なぜ非科学主義に走るのか」だ。政治家がいかにQアノンなどの陰謀論を利用したか。そのツールとしてのSNS。国民の分断は先進国内に第三世界を現出させる。いわゆる「上級国民」に対する反発が不満層の銃規制反対に結びつき、人種差別という暴力を伴い、「トーク・ラジオ」のスピーカーが差別を助長する。それを拒否すべき教会が差別に加担した例も示される。
アメリカという大国の病巣が摘出されるのだが、果たしてこれがアメリカだけの問題か。我々の国も同じことではないかと、著者は問いかけてくる。
だが受け入れ易いものだけを信じ込む人々もいる。著者はそれを「非科学主義信仰」と呼ぶ。その傾向が政治に及ぶとき、国家の分断が発生する。トランプ登場がその象徴だった。SNS上で陰謀論を拡散させたのが「Qアノン」などだ。草の根の不満の集積が政治に影響し、トランプという異形の煽動家を大統領に押し上げた。
著者はNHKロサンゼルス支局長などを歴任、アメリカのさまざまな現場を取材し、克明な報告を本書に綴った。興味深いのが「第二章 政治を突き動かす非科学主義」「第三章 なぜ非科学主義に走るのか」だ。政治家がいかにQアノンなどの陰謀論を利用したか。そのツールとしてのSNS。国民の分断は先進国内に第三世界を現出させる。いわゆる「上級国民」に対する反発が不満層の銃規制反対に結びつき、人種差別という暴力を伴い、「トーク・ラジオ」のスピーカーが差別を助長する。それを拒否すべき教会が差別に加担した例も示される。
アメリカという大国の病巣が摘出されるのだが、果たしてこれがアメリカだけの問題か。我々の国も同じことではないかと、著者は問いかけてくる。
2023年02月15日
【おすすめ本】飯出 敏夫『温泉百名山』―自ら登って入湯し選んだ 100座の魅力がいっぱい=三浦佑之(古代文学研究者)
登山歴60年、温泉紀行ライターに特化して40年という、山と温泉の専門家が、おのれの足と肌と五感を総動員して書き上げた著作が、おもしろくないわけがない。
深田久弥『日本百名山』に敬意を表しつつ、品格・歴史・個性を備えた温泉付きの百名山を選定し、自ら登り入湯した記録を写真とともに紹介する。取りあげたすべての山にはルートや難易度、温泉には泉質や宿の情報も抜かりなく、写真も美しい。紀行文&旅行ガイド&写真集の三位一体、一冊で三つの味が楽しめる。
著者が百の名山と温泉を組み合わせて紹介しようと思い立ったのが、難病の悪性リンパ腫を克服し古希を迎えてからだというから驚いた。そして、脊柱管狭窄症や変形性膝関節症といった登山家には致命的な病も乗り越えて最後に残した北岳に登頂したと知った時には、思わずバカかと呟いた。
しかし、本人には悲壮感など欠片もなく、山を楽しみ温泉を楽しんでいる。同じ悪性リンパ腫を克服し車を住み処に山登りを続ける老齢男性との邂逅や若い温泉仲間たちとの交流を語り、時には専門家らしく湯づかいへの苦言も呈している。
この本には、人懐っこく飄々として、がまん強い飯出君の人柄と山と温泉への愛情が溢れており、読むだけで癒される。そして思うのだが、家族の献身的な支えがなければこの本は完成しなかったに違いない。その点でも売れて当然の本だと、昔一緒に知床半島を縦走した私はしみじみと思う。
近く、写真をすべてカラー化した電子版が出るというから、文字とともに拡大して楽しみたい。
(集英社インターナショナル2200円)
深田久弥『日本百名山』に敬意を表しつつ、品格・歴史・個性を備えた温泉付きの百名山を選定し、自ら登り入湯した記録を写真とともに紹介する。取りあげたすべての山にはルートや難易度、温泉には泉質や宿の情報も抜かりなく、写真も美しい。紀行文&旅行ガイド&写真集の三位一体、一冊で三つの味が楽しめる。
著者が百の名山と温泉を組み合わせて紹介しようと思い立ったのが、難病の悪性リンパ腫を克服し古希を迎えてからだというから驚いた。そして、脊柱管狭窄症や変形性膝関節症といった登山家には致命的な病も乗り越えて最後に残した北岳に登頂したと知った時には、思わずバカかと呟いた。
しかし、本人には悲壮感など欠片もなく、山を楽しみ温泉を楽しんでいる。同じ悪性リンパ腫を克服し車を住み処に山登りを続ける老齢男性との邂逅や若い温泉仲間たちとの交流を語り、時には専門家らしく湯づかいへの苦言も呈している。
この本には、人懐っこく飄々として、がまん強い飯出君の人柄と山と温泉への愛情が溢れており、読むだけで癒される。そして思うのだが、家族の献身的な支えがなければこの本は完成しなかったに違いない。その点でも売れて当然の本だと、昔一緒に知床半島を縦走した私はしみじみと思う。
近く、写真をすべてカラー化した電子版が出るというから、文字とともに拡大して楽しみたい。
(集英社インターナショナル2200円)
2023年01月31日
【おすすめ本】平野久美子『異状死 日本人の5人に1人は死んだら警察の世話になる』―人生の最期が異状死となる現在 その実態と背景に迫る=久保 真一(福岡大学教授)
本書のタイトルである「異状死」をご存知だろうか。法医学の定義では、「明らかな病死以外の全ての死」であるが、一般的なイメージとしては「変死」、「犯罪死」に近いものではないだろうか。表紙にある「日本人の5人に1人は死んだら警察の世話になる」は、私が著者の取材に答えた内容の一部である。超高齢社会となった現在、異状死が身近な死となっている。にも関わらず、異状死は未だ社会的に認知されてはいない。
著者は、自らの両親が異状死となった経験から、異状死の問題に直面することとなった。元気に日々を過ごし、自宅で亡くなった父親は、死因が不明ということで異状死の扱いとなった。長患いすることなく、家族と暮らし自宅で亡くなる、大往生で理想の死とも思える人生の最期が異状死となり、警察の犯罪捜査の対象となる。そして家族の死を悼むはずの遺族は、警察の事情聴取を受け、時には死体解剖となる。どうして異状死となるのか、どうしたら異状死とならないのか。著者は、異状死となった遺族の心情から、日本の死因究明制度、異状死の取扱い制度、在宅医療、かかりつけ医のあり方まで、異状死を取り巻く諸問題を多角的に取材している。
令和2年死因究明等推進基本法が施行され、死因究明の充実が期待される。一方で、変死、犯罪死でない死亡が異状死となる現状を改善するには、法律だけでなく、異状死問題への社会的理解が欠かせない。
普通の死、在宅死が異状死になる現状の認識が社会に広がることが、人生の最期を、警察による捜査ではなく、医療として診とる制度作りに繋がることが期待される。本書は、日本の異状死の課題と現状を知る最良の書と考える。多くの人に本書を読んでもらいたい。
(小学館新書900円)
著者は、自らの両親が異状死となった経験から、異状死の問題に直面することとなった。元気に日々を過ごし、自宅で亡くなった父親は、死因が不明ということで異状死の扱いとなった。長患いすることなく、家族と暮らし自宅で亡くなる、大往生で理想の死とも思える人生の最期が異状死となり、警察の犯罪捜査の対象となる。そして家族の死を悼むはずの遺族は、警察の事情聴取を受け、時には死体解剖となる。どうして異状死となるのか、どうしたら異状死とならないのか。著者は、異状死となった遺族の心情から、日本の死因究明制度、異状死の取扱い制度、在宅医療、かかりつけ医のあり方まで、異状死を取り巻く諸問題を多角的に取材している。
令和2年死因究明等推進基本法が施行され、死因究明の充実が期待される。一方で、変死、犯罪死でない死亡が異状死となる現状を改善するには、法律だけでなく、異状死問題への社会的理解が欠かせない。
普通の死、在宅死が異状死になる現状の認識が社会に広がることが、人生の最期を、警察による捜査ではなく、医療として診とる制度作りに繋がることが期待される。本書は、日本の異状死の課題と現状を知る最良の書と考える。多くの人に本書を読んでもらいたい。
(小学館新書900円)
2023年01月28日
【22読書回顧】―私のいちおし 助力者としての男性像とは=谷岡 里香(メディア総合研究所所長)
『新しい声を聞くぼくたち』(講談社)の著者河野真太郎氏は、異性愛者の男性で、大学教員で健康な肉体を持つマジョリティの一人である。そうした自身の社会的階層を自覚した上で、男性間にある階級や障害等の横断的な交差性(インターセクショナリティ)を多くの事例を基に解説する。
新自由主義とグローバル化の中で社会の至る所で分断が見られる現在、マジョリティである「ぼくたち」はどういう声に耳を傾けると良いのか。筆者は国内外の映画を題材に男性性の生き残り戦略として「助力者」という言葉をあげる。この点は自身の弱さを認め仲間の力を得て成長する男性像に共感が集まることと呼応している。
「イクメン」の危険性にも言及する。子育てに熱心な父親は女性差別意識が高い。「イクメン」は自己管理能力を重視する新自由主義の申し子という側面も持つのである。
筆者はゴールに「ケアする社会」を置く。超高齢社会にあって他者への正しい依存も許されず、市場からの脱落は「自己責任」と烙印を押される時代にあって、「助力者」や「ケアする社会」は成熟を思わせる。マジョリティの男性が男性性を考えることは社会を変えることに繋がっている。
山口智美・齋藤正美・荻上チキ著『社会運動の戸惑い フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(勁草書房)が発行されたのは2012年であるが、今年電子書籍版が出た。本書は、フェミニスト側の著者たちが、反フェミニズム運動(世界日報社は最も恐れられた組織である)の複数の中心人物に直接会って対話をした記録である。
21世紀初頭のバックラッシュ時、ジェンダーを敵視する側の運動を、組織的犯行と筆者も思い込み恐怖を感じていた。しかし実際は、地域で誠実に活動し信頼を得た上で反対運動をしている人物が複数いた。保守の地道な草の根運動に対して、フェミニズムのそれはどうであったか。
改めてジェンダー問題の足元を批判的に見る機会を与えてくれる一冊。
2023年01月23日
【22読書回顧】―私のいちおし 沖縄問題を固定化するもの、その正体に迫る 黒島美奈子(沖縄タイムス論説副委員長)
在日米軍基地が集中し、事件・事故など基地問題の解決は遅々として進まない。沖縄の子どもの3人に1人は相対的貧困で、その割合は全国に比べ多い。
沖縄が日本に復帰して50年がたっても変わらぬ二つの景色。その理由のすべては「本土優先―沖縄劣後」の構造から発生する「自由の不平等」にあった―。
安里長従さんと志賀信夫さんの共著「なぜ基地と貧困は沖縄に集中するのか?」(堀之内出版)は、琉球処分から現代まで沖縄を取り巻く事象が、なぜ、どのように発生し、どんな影響を沖縄に与えたのかを紐解く一冊である。
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著者2人の出会いが面白い。安里さんは石垣市出身で那覇市在住の司法書士。志賀さんは宮崎県出身で県立広島大学の准教授。2人を結びつけたのは貧困問題だった。
司法書士として多重債務問題の解決に取り組んできた安里さんは、貧困問題にもまなざしを向けるようになる。そこで出合ったのが志賀さんの提唱する「貧困理論」だ。
「沖縄の深刻な貧困問題は、基地問題を避けては説明ができないのではないか」と考えていた安里さんは、貧困の背景に社会的排除があるとする理論の中に、沖縄の基地問題と貧困問題を一体的に解決する道筋を見いだしていく。
貧困理論が沖縄の基地問題の構造を明らかにするという視点は、志賀さんにとっては新たな挑戦であったようだ。
沖縄振興、沖縄ヘイト、沖縄論など、沖縄の基地問題や貧困問題を巡って派生するさまざまな事象についても解説。どんな構造の下で、何を目的に生まれてきたのか、さまざまな理論を用いて丁寧にほどいていく。
復帰50年の節目の年はもうすぐ終わる。ポスト復帰の時代、次の50年ではきっと違う景色を見たい。「沖縄問題」の解決を阻む正体を知り、挑むため読むべき一冊である。
2023年01月21日
【22読書回顧】―私のいちおし 風間直樹(『週刊東洋経済』編集長)妻の介護と精神医療の現実を報告
この数年間、日本の精神医療の抱える現実の取材を重ね、現場では長期入院や身体拘束など人権上の問題が山積している実態をリポートしてきた(本年3月『ルポ・収容所列島』として上梓)。このテーマを患者家族の立場から描き出した一書が、永田豊隆『妻はサバイバー』(朝日新聞出版)だ。
本書は精神疾患を抱えた妻の介護と新聞記者の仕事を両立させてきた、実に20年にわたる日々がつづられている。患者を閉じ込め、薬でおとなしくさせて終わりという精神医療のお寒い現状、その一方で地域で支える医療や福祉の資源があまりに乏しいゆえに強制入院に頼らざるを得ない家族の厳しい現実があることを、客観的に描いた貴重なリポートだ。
朝日新聞記者として生活保護や国保滞納問題などで当事者の立場に深く寄り添い、かつ鋭い問題提起を重ねる筆者の記事の数々を畏敬の念をもってみていたが、こうした環境下での仕事だったとは思いもしなかった。
終わらぬ疫病に侵略戦争、そしてテロ…。生と死を考えさせられる事の多い陰鬱な現下で手に取った一冊が、山本文緒『無人島のふたり』(新潮社)。直木賞作家の筆者が突然すい臓がんと診断され、その時すでにステージは4b。抗がん剤治療はせずに緩和ケアに進むことを決めたとの記載から始まり、亡くなる直前までほぼ毎日書き続けられた日記だ。
闘病の苦しさを描きつつも時にユーモアを交え、最後の日々を書き連ねる筆者の姿勢に、自らの人生をしっかりと生き抜く覚悟を教えられた。
最後は専門の経済分野から一冊、高橋篤史『亀裂 創業家の悲劇』(講談社)を挙げたい。企業・経済取材は多くの場合、合理的な判断や方針によって生じる事柄が対象となる。例外的にそれとまったく異なるのが、同書で扱った創業一族による骨肉の争いだ。
経済事件を扱うノンフィクションにおいて、当代随一の書き手である筆者が、世間を騒がせたお家騒動を緻密に調べ上げ、結果、人間の持つ「業」を描き切った一作だ。
2023年01月16日
【おすすめ本】川井 龍介『数奇な航海 私は第五福龍丸』―死の灰を浴びて捨てられ 復活したある船の物語=嶋沢 裕志(ジャーナリスト)
「原水爆の被害者はわたしを最後にしてほしい」。夢の島公園(東京・江東)の第五福竜丸展示館の一画に、核兵器への怒りを訴えた久保山愛吉さん(享年40)の言葉を刻んだ石碑が立っている。
1954年3月、静岡県焼津市が母港のマグロ漁船「第五福龍丸」は、ビキニ環礁での操業中にアメリカの核実験の灰を浴び、23人の船員が被曝。無線長だった久保山さんは同年9月、被ばくで亡くなった。
ロシアのウクライナ侵攻、北朝鮮による相次ぐ弾道ミサイル発射などを背景に、米国の核の傘を前提にした「核抑止論」が勢いづき、軍拡のきな臭さが漂う。68年前、反核運動のうねりを起こした第五福龍丸事件の教訓を忘れていないか。そんな問題意識を立て、船を擬人化し、数奇な運命を描いたのが本書だ。
前身は47年に和歌山で建造されたカツオ漁船。マグロ漁船に改造後、53年に焼津市の船主に譲渡され「第五福龍丸」となり、5回目の遠洋航海で水爆実験に遭遇する。
疫病神扱いされた船は、文部省が引き取って東京水産大学(現・東京海洋大学)の練習船「はやぶさ丸」となった。67年に廃船が決まるとエンジンは業者に取り外され、船体は夢の島に捨てられた。
一度は歴史から消えた船が修復・保存され、76年に都立の展示館が誕生。後にエンジンも回収、展示された経緯が、元船員や関係者の肉声と共に綴られる。戦前、戦中、戦後を繋ぐ船と人のドラマを、漁業史、造船史の視点を踏まえて描いた点もユニークだ。
筆者は元毎日新聞記者。静岡支局時代にビキニデー30周年企画を手掛けて以来、取材を重ねた。(旬報社1600円)
1954年3月、静岡県焼津市が母港のマグロ漁船「第五福龍丸」は、ビキニ環礁での操業中にアメリカの核実験の灰を浴び、23人の船員が被曝。無線長だった久保山さんは同年9月、被ばくで亡くなった。
ロシアのウクライナ侵攻、北朝鮮による相次ぐ弾道ミサイル発射などを背景に、米国の核の傘を前提にした「核抑止論」が勢いづき、軍拡のきな臭さが漂う。68年前、反核運動のうねりを起こした第五福龍丸事件の教訓を忘れていないか。そんな問題意識を立て、船を擬人化し、数奇な運命を描いたのが本書だ。
前身は47年に和歌山で建造されたカツオ漁船。マグロ漁船に改造後、53年に焼津市の船主に譲渡され「第五福龍丸」となり、5回目の遠洋航海で水爆実験に遭遇する。
疫病神扱いされた船は、文部省が引き取って東京水産大学(現・東京海洋大学)の練習船「はやぶさ丸」となった。67年に廃船が決まるとエンジンは業者に取り外され、船体は夢の島に捨てられた。
一度は歴史から消えた船が修復・保存され、76年に都立の展示館が誕生。後にエンジンも回収、展示された経緯が、元船員や関係者の肉声と共に綴られる。戦前、戦中、戦後を繋ぐ船と人のドラマを、漁業史、造船史の視点を踏まえて描いた点もユニークだ。
筆者は元毎日新聞記者。静岡支局時代にビキニデー30周年企画を手掛けて以来、取材を重ねた。(旬報社1600円)
2023年01月10日
【おすすめ本】増田 剛『ヒトラーに傾倒した男 A級戦犯・大島浩の告白』―国を誤った道に導く失敗を犯す 贖罪の気持ちは希薄だった=南雲 智 (東京都立大学名誉教授)
第二次世界大戦戦中、駐ドイツ大使を二度にわたって務め、日独伊三国同盟の立案者であり、締結の立役者だった大島浩は、日本の敗戦後、「平和に対する罪」を犯したA級戦犯として逮捕された。
極東国際軍事裁判で終身刑の判決を受け、巣鴨拘置所で服役していたとき、彼は「獄中デ獨逸ノ領袖坐罪スト聴ク」と題する漢詩を書いた。彼の盟友だったナチス・ドイツの外相リッベントロップが国際軍事裁判で裁かれ、処刑されたことを知らされた際に「冤枉」「殉難」という文字を使い、無実の罪で犠牲となったと嘆き悲しんでいたのである。
大島はこの詩にみずからの当時の境涯を重ね、彼の心象風景を投影させていたに違いない。1955年12月仮釈放されて以降、終生、隠棲生活を送り、公の場に出ることはなく、講演や執筆依頼も断り続けた。しかし彼の脳裏を去来し続けたのは、独裁者ヒトラーとの親交であり、ドイツ大使として活躍していたみずからのいちばん華やかな時代だったはずである。なぜなら本書が刊行されるきっかけになった12時間に及ぶ駐ドイツ大使時代の日々を語った音声を残しているからである。
この音声記録はけっして公開するなと記録者に厳命しながら、大島はなぜ証言音声記録を残したのか。それは<大島浩>という人間の存在証明を残すことにほかならなかった。国を誤った方向に導くという失敗を犯した人間とみずからを認めながら、しかし、応接間にヒトラーと対面している写真を飾り、終生、ヒトラーに傾倒していた大島にはナチスドイツは輝き続け、失敗感は抱いても贖罪意識は希薄だったのである。
(論創社2000円)
極東国際軍事裁判で終身刑の判決を受け、巣鴨拘置所で服役していたとき、彼は「獄中デ獨逸ノ領袖坐罪スト聴ク」と題する漢詩を書いた。彼の盟友だったナチス・ドイツの外相リッベントロップが国際軍事裁判で裁かれ、処刑されたことを知らされた際に「冤枉」「殉難」という文字を使い、無実の罪で犠牲となったと嘆き悲しんでいたのである。
大島はこの詩にみずからの当時の境涯を重ね、彼の心象風景を投影させていたに違いない。1955年12月仮釈放されて以降、終生、隠棲生活を送り、公の場に出ることはなく、講演や執筆依頼も断り続けた。しかし彼の脳裏を去来し続けたのは、独裁者ヒトラーとの親交であり、ドイツ大使として活躍していたみずからのいちばん華やかな時代だったはずである。なぜなら本書が刊行されるきっかけになった12時間に及ぶ駐ドイツ大使時代の日々を語った音声を残しているからである。
この音声記録はけっして公開するなと記録者に厳命しながら、大島はなぜ証言音声記録を残したのか。それは<大島浩>という人間の存在証明を残すことにほかならなかった。国を誤った方向に導くという失敗を犯した人間とみずからを認めながら、しかし、応接間にヒトラーと対面している写真を飾り、終生、ヒトラーに傾倒していた大島にはナチスドイツは輝き続け、失敗感は抱いても贖罪意識は希薄だったのである。
(論創社2000円)
2023年01月02日
【おすすめ本】金子 勝『日本国憲法と鈴木安蔵 日本憲法の間接的起草者の肖像』―憲法生んだ在野の日本人学者 歴史の闇に光を当てる=坂本充孝(東京新聞編集委員)
反骨の憲法学者鈴木安蔵は終戦直後、高野岩三郎らと発足した憲法研究会で、「日本国ノ統治権ハ日本国民ヨリ発ス」とする「憲法草案要綱」をまとめ上げた。同要綱は日本国憲法の基礎となった「マッカーサー憲法草案」に大きな影響を与えたとされ、よって鈴木は「日本国憲法の間接的起草者」と呼ばれる。
筆者の金子勝氏は、愛知大学大学院で教員だった鈴木に直接薫陶を受けた数少ない憲法学者。鈴木憲法学を継承すると同時に、「憲法草案要綱」の価値を世に伝える活動に力を注いできた。
福島県南相馬市小高区(現)に生まれた鈴木は、京都帝国大学に進むも治安維持法違反で逮捕され、自主退学を余儀なくされる。その後も在野で研究に励み、明治の自由民権運動などを参考に新憲法の構想を練った。本書は、そうした経緯を資料と取材から明らかにしている。
「憲法草案要綱」がGHQの目にとまった下りが興味深い。ラウエル統治局法規課長がホイットニー同局長に提出した「私的グループが提案した憲法改正についての論評」という文章が丸々掲載されている。これを読むと、GHQが「憲法草案要綱」の条文を逐一、詳細に検討した様子がよくわかる。
鈴木安蔵の故郷である小高は二〇一一年三月の福島第一原発の事故で、一時は全住民が避難を強いられた。町の中心部にあった鈴木の生家は、縁者が避難したために朽ち果てる寸前となっていたが、二年前に地元有志で「鈴木安蔵を讃える会」が発足、記念館にして保存する計画が進んでいる。金子氏も学術顧問として支援している。(八朔社1200円)
筆者の金子勝氏は、愛知大学大学院で教員だった鈴木に直接薫陶を受けた数少ない憲法学者。鈴木憲法学を継承すると同時に、「憲法草案要綱」の価値を世に伝える活動に力を注いできた。
福島県南相馬市小高区(現)に生まれた鈴木は、京都帝国大学に進むも治安維持法違反で逮捕され、自主退学を余儀なくされる。その後も在野で研究に励み、明治の自由民権運動などを参考に新憲法の構想を練った。本書は、そうした経緯を資料と取材から明らかにしている。
「憲法草案要綱」がGHQの目にとまった下りが興味深い。ラウエル統治局法規課長がホイットニー同局長に提出した「私的グループが提案した憲法改正についての論評」という文章が丸々掲載されている。これを読むと、GHQが「憲法草案要綱」の条文を逐一、詳細に検討した様子がよくわかる。
鈴木安蔵の故郷である小高は二〇一一年三月の福島第一原発の事故で、一時は全住民が避難を強いられた。町の中心部にあった鈴木の生家は、縁者が避難したために朽ち果てる寸前となっていたが、二年前に地元有志で「鈴木安蔵を讃える会」が発足、記念館にして保存する計画が進んでいる。金子氏も学術顧問として支援している。(八朔社1200円)
2022年12月29日
【おすすめ本】鈴木エイト『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』―大手メディアはなぜ目を背けた 重い課題を突き付ける一冊=藤倉善郎(ジャーナリスト)
官房長官だった安倍晋三元首相が統一教会関連イベントへの祝電で批判されたのは、小泉政権時代の2006年。以降、統一教会と政治家の関わりが一般メディアで報道される場面は激減した。
そんな中、09年創刊のウェブメディア『やや日刊カルト新聞』で統一教会問題の取材・報道活動を始めたのが、本書の著者、鈴木エイト氏だ。
政界方面の取材を本格させる転機となったのは、第二次安倍政権発足後。13年参院選で、鈴木氏は首相官邸と統一教会の裏取引を示す文書を入手する。以降、政治家と統一教会や関連団体との接触情報を得てはイベントに足を運び、関係者に話を聞き、議員自身にも接触して事実確認を試みる。取材を拒まれたり、時には警察を呼ばれたことも。
取材成果は、やや日刊カルト新聞のほか、扶桑社の『ハーバー・ビジネス・オンライン』(すでに新規記事の配信は停止)でも連載。それが本書のベースになっている。
鈴木氏の記事は、自民党に批判的な左派やリベラル方面からの評価が高かった。しかし自身は自民党に限らず立憲民主党などの野党議員も別け隔てなく取材して記事にした。結果的に、統一教会と接点を持つ議員の数が圧倒的に多かったのが自民党だった。
本書は、安倍氏暗殺から3カ月足らず、国葬前日の発売というスピード出版。それでいて、精密なデータやエピソードで満ち溢れている。大手メディアが取り上げないテーマを9年にもわたり取材し蓄積してきた結果だ。
自民党の問題だけではない。長年、これほどの問題から大手メディアが目を背け続けてきたという現実も、私たちに突きつけてくる。ジャーナリズムが保つ本来の役割やその力を思い知らされる一冊だ。(小学館1600円)藤倉善郎・ジャーナリスト
そんな中、09年創刊のウェブメディア『やや日刊カルト新聞』で統一教会問題の取材・報道活動を始めたのが、本書の著者、鈴木エイト氏だ。
政界方面の取材を本格させる転機となったのは、第二次安倍政権発足後。13年参院選で、鈴木氏は首相官邸と統一教会の裏取引を示す文書を入手する。以降、政治家と統一教会や関連団体との接触情報を得てはイベントに足を運び、関係者に話を聞き、議員自身にも接触して事実確認を試みる。取材を拒まれたり、時には警察を呼ばれたことも。
取材成果は、やや日刊カルト新聞のほか、扶桑社の『ハーバー・ビジネス・オンライン』(すでに新規記事の配信は停止)でも連載。それが本書のベースになっている。
鈴木氏の記事は、自民党に批判的な左派やリベラル方面からの評価が高かった。しかし自身は自民党に限らず立憲民主党などの野党議員も別け隔てなく取材して記事にした。結果的に、統一教会と接点を持つ議員の数が圧倒的に多かったのが自民党だった。
本書は、安倍氏暗殺から3カ月足らず、国葬前日の発売というスピード出版。それでいて、精密なデータやエピソードで満ち溢れている。大手メディアが取り上げないテーマを9年にもわたり取材し蓄積してきた結果だ。
自民党の問題だけではない。長年、これほどの問題から大手メディアが目を背け続けてきたという現実も、私たちに突きつけてくる。ジャーナリズムが保つ本来の役割やその力を思い知らされる一冊だ。(小学館1600円)藤倉善郎・ジャーナリスト
2022年12月20日
【おすすめ本】有田芳生『北朝鮮拉致問題 極秘文書から見える真実』―帰国5人の聞き取り報告初公開=高世 仁(ジャーナリスト)
拉致問題は小泉総理の訪朝以来目に見える進展がないまま、被害者家族が次々に鬼籍に入っている。ジャーナリストとしても国会議員としても拉致問題に関わり続けてきた著者は本書で、拉致問題が進展してこなかったのはなぜかを問い、採るべき方策を提起する。本書に登場する「極秘文書」は、帰国した拉致被害者5人に政府が聞き取り調査をした報告書で、公開されるのは本書が初めて。スクープである。ここには、拉致被害者らしい「久我よしこ」なる人物、また40代の二人の男性の存在など、北朝鮮との交渉で利用すべき情報が満載だ。だが圧力一辺倒の安倍政権によりこの貴重な文書は死蔵されてきた。
2014年5月、日朝はストックホルム合意を結び、北朝鮮は拉致被害者らの再調査を約束。これを受け北朝鮮は拉致被害者、田中実さんら二人が北朝鮮で生存しているとの重大情報を日本政府に伝えてきたのに、政府はこの報告の受け取りを拒否した。今年9月、当時の外務事務次官だった斎木昭隆氏が「新しい内容がなかったので報告書は受け取りませんでした」と朝日新聞に認め、この事実は確認された。横田めぐみさんなど有名な被害者の「新しい」情報がなければ「得点」にならないとの判断だろう。こうした拉致問題の政治利用が「やってる感」だけの安倍外交の特徴だった。
著者は、北東アジアの平和という大きな構図を描きながら、地道に交渉を積み上げるまっとうな外交への復帰を訴える。なんとか事態を動かしたいとの思いがほとばしり出る渾身の書である。(集英社新書820円)
2014年5月、日朝はストックホルム合意を結び、北朝鮮は拉致被害者らの再調査を約束。これを受け北朝鮮は拉致被害者、田中実さんら二人が北朝鮮で生存しているとの重大情報を日本政府に伝えてきたのに、政府はこの報告の受け取りを拒否した。今年9月、当時の外務事務次官だった斎木昭隆氏が「新しい内容がなかったので報告書は受け取りませんでした」と朝日新聞に認め、この事実は確認された。横田めぐみさんなど有名な被害者の「新しい」情報がなければ「得点」にならないとの判断だろう。こうした拉致問題の政治利用が「やってる感」だけの安倍外交の特徴だった。
著者は、北東アジアの平和という大きな構図を描きながら、地道に交渉を積み上げるまっとうな外交への復帰を訴える。なんとか事態を動かしたいとの思いがほとばしり出る渾身の書である。(集英社新書820円)
2022年12月13日
【おすすめ本】角 茂樹『ウクライナ侵攻とロシア正教会 この攻防は宗教対立でもある』ー長い歴史の中で醸成された宗教への重層的な考察=高橋沙奈美(九州大学講師)
今般のウクライナ戦争には、正教会が深く関わっていると指摘されている。しかし、わが国では 東方正教会の存在自体が知られていないうえ、ロシアとウクライナが同じ信仰を共有するという複雑な事情から、宗教ファクターがこの戦争に及ぼす影響について、なかなか理解が進んでいない。
そうした中、正教会の成り立ちから現代政治に至るまでの両国の歴史を叙述する本書が現れたことの意義は大きい。特に現代のウクライナ政治と正教会独立問題については、著者自身の立場を活かし、カトリック教会の動向も視野に入れた重層的な記述となっている。
ただし、歴史に関する記述と、ロシア正教会が一種の鎖国状態の中で純粋培養されてきたという点に関しては、いくつかの留保が必要だ。
第一は、現状を過去に投影してはならないということ。ウクライナが現在の形で国家形成されたのは20世紀初頭であり、現在のウクライナ/ロシアという二項対立的な民族意識が形成されたのも19世紀以降で、地域によっては、その差が大きい。こうした点を捨象してウクライナ史を描きだすことは危険である。
第二に巨大な組織を一枚岩的に捉えてはいけないということ。ロシア正教会はビザンツやイタリアとの交流の歴史を持ち18世紀以降のロシア正教会指導者の多くは、ウクライナやベラルーシ地域出身である事実も忘れてはならない。
ロシア正教会をハンチントン流の異質文明として捉えるのではなく、西側社会と複雑に絡み合う過去と現在を持つ経緯を認識して捉えることが、確実な理解への道と言えよう。(KAWADE夢新書890円)
そうした中、正教会の成り立ちから現代政治に至るまでの両国の歴史を叙述する本書が現れたことの意義は大きい。特に現代のウクライナ政治と正教会独立問題については、著者自身の立場を活かし、カトリック教会の動向も視野に入れた重層的な記述となっている。
ただし、歴史に関する記述と、ロシア正教会が一種の鎖国状態の中で純粋培養されてきたという点に関しては、いくつかの留保が必要だ。
第一は、現状を過去に投影してはならないということ。ウクライナが現在の形で国家形成されたのは20世紀初頭であり、現在のウクライナ/ロシアという二項対立的な民族意識が形成されたのも19世紀以降で、地域によっては、その差が大きい。こうした点を捨象してウクライナ史を描きだすことは危険である。
第二に巨大な組織を一枚岩的に捉えてはいけないということ。ロシア正教会はビザンツやイタリアとの交流の歴史を持ち18世紀以降のロシア正教会指導者の多くは、ウクライナやベラルーシ地域出身である事実も忘れてはならない。
ロシア正教会をハンチントン流の異質文明として捉えるのではなく、西側社会と複雑に絡み合う過去と現在を持つ経緯を認識して捉えることが、確実な理解への道と言えよう。(KAWADE夢新書890円)
2022年12月06日
【おすすめ本】白井 聡『長期腐敗体制』―アベノミクス 対外外交 破綻した一強腐敗体制の罪=鈴木耕(編集者)
前著『国体論』(集英社新書)で、天皇とアメリカという「国体の正体」を見事に腑分けしてみせた著者が、本書では現在の「体制」を考察する。タイトルが内容をズバリと表している。意味するところは安倍長期政権がこの国にもたらしたもの、である。著者はそれを「二〇一二年体制」と名づけ、安倍政権下でいかに政治が捻じ曲げられていったかを丁寧に検証する。いわゆる「安倍一強腐敗体制」が出来上がっていく過程を、細部にわたって読み解いていくのだ。
例えば安倍の経済政策としてのアベノミクスという虚構。「三本の矢」なる政策は、何の成果ももたらさず、残されたのは惨憺たる庶民の暮らしの崩壊だったということを、数字を挙げて実証する。
では、「外交の安倍」などと呼ばれた外交面で、日本が得たものはあったのか。安保政策の要として対米従属路線をとった外交が、結局すべての足を引っ張ることになる。岸信介から中曽根康弘へ受け継がれながら、対米交渉のカードそのものを放棄していくという無様な様相を呈していく。冷戦秩序の崩壊後も変わらぬ、ひたすらな対米従属路線は、言ってみれば米国にすべてを捧げる朝貢外交の延長で、それが安倍外交の本質だった。
安倍外交の失敗の極めつけは「対ロ外交」だ。プーチンに手玉に取られ、不気味な情緒的つき合いに終始した安倍は、結局、北方4島すべてを差し出すことになる。それが「安倍外交」の実態だった。
安倍から菅、岸田へと受け継がれた「長期腐敗体制」は、安倍の死後にどうなるのか。統一教会問題で揺れる日本政治が新たな道へ踏み出せるかどうかを、著者は次の課題とするだろう。(角川新書920円)
例えば安倍の経済政策としてのアベノミクスという虚構。「三本の矢」なる政策は、何の成果ももたらさず、残されたのは惨憺たる庶民の暮らしの崩壊だったということを、数字を挙げて実証する。
では、「外交の安倍」などと呼ばれた外交面で、日本が得たものはあったのか。安保政策の要として対米従属路線をとった外交が、結局すべての足を引っ張ることになる。岸信介から中曽根康弘へ受け継がれながら、対米交渉のカードそのものを放棄していくという無様な様相を呈していく。冷戦秩序の崩壊後も変わらぬ、ひたすらな対米従属路線は、言ってみれば米国にすべてを捧げる朝貢外交の延長で、それが安倍外交の本質だった。
安倍外交の失敗の極めつけは「対ロ外交」だ。プーチンに手玉に取られ、不気味な情緒的つき合いに終始した安倍は、結局、北方4島すべてを差し出すことになる。それが「安倍外交」の実態だった。
安倍から菅、岸田へと受け継がれた「長期腐敗体制」は、安倍の死後にどうなるのか。統一教会問題で揺れる日本政治が新たな道へ踏み出せるかどうかを、著者は次の課題とするだろう。(角川新書920円)
2022年12月03日
【おすすめ本】菊池真理子『「神様」のいる家で育ちました 宗教2世な私たち』─親の信仰で苦しむ子供、助長する宗教タブーの怖さ=永江 朗(ライター)
本書は、宗教2世の苦悩をテーマにした漫画である。信仰を持つ親による深刻な人権侵害が描かれている。親に宗教行事への参加を強制され、恋愛はおろか友達をつくることすら禁じられ、適切な医療も受けられないことがある。周囲からは特異な目で見られ、孤立している。
扱われている宗教団体はさまざまだ。教団名は明示されていないが、描写からは統一教会、エホバの証人、真光系諸教団、福音派プロテスタント等だと推測される。それぞれ教義は違うが、親が強制して子供が苦しむという点は共通している。
この作品そのものが翻弄されてきた。当初は集英社のウェブメディア「よみタイ」に連載されていたのだが、22年1月26日に公開された第5話が2月10日で公開終了になった。そして3月17日には連載そのものを集英社が終了し、全話の公開を中止した。
本書のあとがきには、「5話までアップされた後ある宗教団体から出版社あてに抗議を受けた」と書かれている。ちなみに第5話は幸福の科学を扱ったものと思われる。3月22日、共同通信がこの問題を配信し、広く知られるところとなった。
その直後、文藝春秋が著者に声をかけ、10月10日、本書の発売につながるのだが、安倍晋三銃撃事件がきっかけで宗教二世の状況が、にわかに注目されることになる。
本書刊行の経緯を振り返って痛感するのは、大手出版社に蔓延する事なかれ主義であり、宗教タブーの根強さである。宗教団体の怒りを買うと、しつこく抗議活動をされて面倒だから、そのテーマは避けようという空気だ。その空気が宗教2世たちを孤立させ、苦しめてきたのである。(文藝春秋1000円)
扱われている宗教団体はさまざまだ。教団名は明示されていないが、描写からは統一教会、エホバの証人、真光系諸教団、福音派プロテスタント等だと推測される。それぞれ教義は違うが、親が強制して子供が苦しむという点は共通している。
この作品そのものが翻弄されてきた。当初は集英社のウェブメディア「よみタイ」に連載されていたのだが、22年1月26日に公開された第5話が2月10日で公開終了になった。そして3月17日には連載そのものを集英社が終了し、全話の公開を中止した。
本書のあとがきには、「5話までアップされた後ある宗教団体から出版社あてに抗議を受けた」と書かれている。ちなみに第5話は幸福の科学を扱ったものと思われる。3月22日、共同通信がこの問題を配信し、広く知られるところとなった。
その直後、文藝春秋が著者に声をかけ、10月10日、本書の発売につながるのだが、安倍晋三銃撃事件がきっかけで宗教二世の状況が、にわかに注目されることになる。
本書刊行の経緯を振り返って痛感するのは、大手出版社に蔓延する事なかれ主義であり、宗教タブーの根強さである。宗教団体の怒りを買うと、しつこく抗議活動をされて面倒だから、そのテーマは避けようという空気だ。その空気が宗教2世たちを孤立させ、苦しめてきたのである。(文藝春秋1000円)
2022年11月25日
【おすすめ本】日野行介『調査報道記者 国策の闇を暴く仕事』―権力を監視し理不尽を伝えるノウハウ=栗原俊雄(毎日新聞編集委員)
権力を監視すること。そして権力に理不尽に苦しめられている人たちの存在を世に伝えること。評者はそれがジャーナリズム・ジャーナリストの存在価値だと思っている。新聞記者ら表現者は世の中にたくさんいるが、この役割を果たせる者は多くない。著者はこの点、まさにジャーナリストだ。
報道に「調査」はつきもの。しかし筆者がしているそれは独特で、<捜査当局が個人の刑事責任を追及するには複雑難解すぎる問題で、役所や企業による自浄作用が望めない場合に独自の調査で切り込むもの>だ。誰も逮捕されない。しかし社会正義上、許されないこと。権力が闇に葬ろうとすることを、白日のもとにさらす。それが筆者のいう「調査報道」である。
今は組織に所属しない著者が、毎日新聞在籍中からテーマとしているのは原発だ。福島第1原発事故の被害を小さくみせようとする。起きるかもしれない大規模災害の可能性は不当に低く評価する。そのためには議事録を改ざんする。著者は行政のそうした不正を明らかにし、「何が何でも原発を動かす」という国のテーゼ=命題をあぶり出す。その手法は@公表資料の分析A情報公開請求B関係者の聞き取りであり、著者は<職業記者としての基本作業>という。だが中身が凡百の記者の「基本」とは違う。たとえばB。正面からいったら取材に応じないであろう者の口をこじあける過程には、すごみを感じる。
調査報道のノウハウが具体的に記される。ジャーナリストを志す者にとってかっこうのテキストになろう。(明石書店2000円)
報道に「調査」はつきもの。しかし筆者がしているそれは独特で、<捜査当局が個人の刑事責任を追及するには複雑難解すぎる問題で、役所や企業による自浄作用が望めない場合に独自の調査で切り込むもの>だ。誰も逮捕されない。しかし社会正義上、許されないこと。権力が闇に葬ろうとすることを、白日のもとにさらす。それが筆者のいう「調査報道」である。
今は組織に所属しない著者が、毎日新聞在籍中からテーマとしているのは原発だ。福島第1原発事故の被害を小さくみせようとする。起きるかもしれない大規模災害の可能性は不当に低く評価する。そのためには議事録を改ざんする。著者は行政のそうした不正を明らかにし、「何が何でも原発を動かす」という国のテーゼ=命題をあぶり出す。その手法は@公表資料の分析A情報公開請求B関係者の聞き取りであり、著者は<職業記者としての基本作業>という。だが中身が凡百の記者の「基本」とは違う。たとえばB。正面からいったら取材に応じないであろう者の口をこじあける過程には、すごみを感じる。
調査報道のノウハウが具体的に記される。ジャーナリストを志す者にとってかっこうのテキストになろう。(明石書店2000円)