2025年01月09日

【24読書回顧―私のいちおし】報道の信頼は現実への潜入から=澤 康臣(早稲田大学教授)

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 2024年の東京都知事選や衆院選、兵庫県知事選で、SNSが既存の報道メディアを凌駕したと指摘される。
 特に兵庫県知事選では報道メディアは攻めの姿勢を欠いた。「選挙結果 に影響を与えない」ためなどの理由は、米国などでは成り立たない。投票に影響を与えないとは、有権者の判断に役立たないという意味しかない。

 頼られる報道はどうあるべきか。まずフリージャーナリストの横田増生『潜入取材、全手法』(角川新書)を挙げたい。身 分を隠して取材対象に入り込む潜入取材は英BBCの得意技だが、日本での名手が横田氏である。アマゾンやユニクロを始め、米国トランプ選挙まで潜入した。
 本書は題名から想像するノウハウ本ではなく、ジャーナリズムの基本、すなわち批判精神と取材姿勢、記者が知るべきメディア法、日常の情報収集術などを伝える好著。
      
「潜入取材、全手法」澤 康臣・本文収載.jpg

           

 中国新聞「決別 金権政治」取材班『ばらまき 選挙と裏金』(集英社文 庫)は、広島の中国新聞 が河井克行・案里夫妻の選挙買収事件を追い、関係者多数に食い下がって真実に迫ろうともがくドキュメントだ。
 ハイライトは文庫化で新収録された「総理2800 すがっち500 幹事長3300 甘利100」というメモ。だが 見逃せないのは、買収された地方議員の親族が、地盤を継ぎ立候補したと記事に記すと「選挙妨害じゃろう」と非難されても、中国新聞は「事件に 一切触れず」にいることが「『公正公平な選挙報 道』とは思えない」と言 い切ることだ。

 津田正太郎『ネットはなぜいつも揉めているのか』(ちくまプリマー新 書)は、公共、寛容、分 断、マスメディア批判、民主主義について研究を紹介・分析する。まさにメ ディア学のエッセンス。
 他者への接触が「迷惑」とされる個人化社会で、そもそも取材は迷惑だとされる前提に立てという指摘は評者も共有する。
 報道の信頼は「行儀良さ」より戦闘的ジャーナリズムにこそあるのだ。
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2025年01月06日

【24読書回顧―私のいちおし】精神医療に風穴をあけるために 木原育子(東京新聞記者)

 
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 変わらぬ精神医療に風穴をあけるべく今秋、一冊の書籍が刊行された。大熊由紀子編著『精神病院・認知症の「闇」に九 人のジャーナリストが迫る』(ぶどう社)だ。年 代も活躍する媒体も違うが、それぞれの視点で精神医療の現在地と未来を語っている。
 私も記者のかたわら、社会福祉士と精神保健福祉士の資格を持ち、福祉ジャーナリズムを志している。幸い共著者のひとりに加えてもらった。
 本書には、40年間精神科病院に入院していた伊藤時男さんと2人のジャーナリストによる鼎談も収載された。岩盤のような社会課題を打ち破るためには、職域を超え同じ問題意識を持つ者が協同するのは大切だと思う。
 どうすれば身体拘束がなくなるか、社会のスティグマ(負の烙印)が消 えるのか。その問いに本気で向き合うべき時期に来ている。多くの人々が是非、手に取 ってほしい至極の1冊だ。
              
「精神病院・認知症…」木原育子・本文収載.jpg


 次に私の読書から心に残るのは、写真絵本「は たらく」シリーズ (創元社)。「はたらく本屋」 「はたらく中華料理店」など、職場で働くひとりの一日を写真と文字で表現している。職場紹介ではなく、いかに「はたら く」ことが尊いかを繊細な筆致と躍動感ある写真で伝えてくれる。
 それはくしくもスウェーデン発祥のLLブックを彷彿とさせる。知的障害や発達障害など、文章を読むのが苦手な人に、大きな写真と端的な文章は、誰もが平等に情報を得る権利、それを保障している本づくりがいい。

 最後は政治学の分野から山本圭『嫉妬論』(光 文社新書)を挙げたい。 嫉妬というやっかいな感情が、いかに社会に交錯し、政治に深く関与してきたか、明快に書き綴っている。誰もが少なからず持つ嫉妬、その人間らしい感情を軸に、少し難解に思える政治思想の分野も、筆者特有のユーモアで切り取る思考は、読むに値する一冊だ。
                
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2025年01月03日

【おすすめ本】佐滝剛弘『観光消滅 観光立国の実像と虚像』─人の暮らしが消える観光、その弊害と対策への警鐘=栩木誠(元日経新聞編集委員)

 今やインバウンドが一般語化し、各地にあふれる外国人観光客の話題が連日、テレビや新聞をにぎわせ、日本礼賛が連発される。まさに「観光立国」日本。2024年上期の訪日観光客数は、1778万人で過去最高を更新した。暗い話題が満載の世に、あたかも一筋の光明であるかのようだ。
 その反面、京都や東京をはじめ訪日客の増加により、物価高騰や公共輸送機関の混乱など、市民生活を脅かすオーバーツーリズムの弊害が、顕在化している。表面的には外国人であふれかえる京都市は、実際は人口減が全国の都市でも最大規模で、「京都人が京都に住 めなくなる」事態すら生じている。

 ジャーナリズム出身の観光学研究者による本書は、豊富な具体例を示し「魅力的だから賑わっているわけではない」観光立国の負の側面に切り込む、“警醒”の1冊。
 特に「観光立国とは、言い換えれば『観光に頼らざるを得ない国』というニュアンスが含まれる」との指摘は、半導体分野での後退が著しい、日本の現状を端的に示す。

 全国の観光地を直撃する自然災害の頻発、輸送やサービスに暗い影を落とす人手不足など、「頼らざるを得ない」観光を消滅しかねない難題が山積する。しかし、政府の対応は鈍いままだ。
 中国の四書五経の一つ「易経」にある「観国之光」が表すように、その地に住む人が誇りを持ち、幸せに暮らせてこそ、訪れる人も喜びを感じるのである。「人の暮らしが消えて観光資源だけが残っても、そこはもはや観光地ではない」。本書の警鐘が現実化しない取り組みが、喫緊の課題となっている。(中公新書ラクレ900円)
                
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2024年12月30日

24読書回顧―私のおちおし 穏やかな日常が一瞬に奪われて=後藤秀典(24年JCJ賞受賞者)

 
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 福島第一原発事故と司法に関する本をひたすら読んだ一年だった。まずは馬場靖子撮影・著『あの日あのとき ふるさとアルバム 私たちの浪江町津島』(東京印書館)。

 集落のみんなが集まっての田植え、合間にお茶を飲みながら笑う、孫と散歩する女性、地元の高校生が仮装して町を練り歩く、カメラに向かって笑いかける老夫婦…そこには、日々の変わらぬ暮らしを営む人々の素顔を写っている。

やさしさに包まれた写真だが、私は、とてつもない恐怖を感じてしまった。写されたのは、東京電力福島第一原発事故前の福島県浪江町津島地区の人々の暮らしだ。撮ったのは、アマチュアカメラマンの馬場靖子さん。浪江小、津島小で22年間も先生を務め、退職後に写真を始めたという。

 福島第一原発事故で津島は全住民避難を強いられた。私が津島の人々を取材したのは、彼らが起こした「ふるさとを返せ 津島原発事故訴訟」を通じてだった。津島の人々は、国と東電にふるさとに戻れることを求めている。私は、この写真を見て、穏やかな日常が本当にあったこと、そしてそれが一瞬にして奪われたことを実感し恐怖した。

 長島安治編集代表『日本のローファームの誕生と発展』(商事法務)この一年間で最も繰り返し読んだ本だ。本の上と横にはたくさん付箋が貼られ、本文には赤と青の線がびっしり引いてある。

 今年の最大のテーマは、最高裁、電力会社、国と巨大法律事務所の結びつきをより明らかにすることだった。その主役の一人、巨大法律事務所が日本でどのように生まれ成長してきたのか。設立した本人たちがその過程を記したのがこの本だ。

 戦後、日本人の若手弁護士がアメリカに留学し大法律事務所で経験を積み日本で巨大法律事務所の礎を築く。そしてバブル崩壊後金融機関が次々に破綻していく中で、急成長していく。日本経済の危機の中で巨大法律事務所がいかに肥大化してきたか、初めて知った。
「あの日 あのとき…」後藤秀典・本文収載.jpg
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2024年12月25日

【おすすめ本】立岩陽一郎『NHK 日本的メディアの内幕』─続く不祥事,生々しい証言 公共放送の再生をめざして=高野真光(月刊「マスコミ市民」発行人・編集委員)

「NHKは大事なんだよ」という田原総一朗氏の言葉が印象的なオビ。だが、その中身は読む者に「NHKは本当に必要なのか」という重い問いを突きつけてくる。
 著者は、NHKで社会部や国際部の記者として数々の調査報道の特ダネを書いた実績を持つジャーナリストである。この著書を際立たせているのは、NHK在籍中に自らが体験した出来事だけでなく、NHKをめぐる不祥事について、NHKのOBを始めとする関係者から、直接取材をして生々しい証言を得ていることである。
 著者はNHKの各組織が抱える様々な問題にメスを入れる。森元首相の「神の国」発言への指南書問題の内実、NHKという巨大放送組織の実態や権力構造、さらには佐戸美和さんの過労死をめぐるNHKの不可解で冷淡な対応にも話は及ぶ。

 そこで明らかにされたのは、NHKと政治の距離の近さ、時の政権への忖度、視聴者に対する閉ざされた対応、自らの不祥事に誠実に向き合おうとしない官僚体質など、公共放送NHKが抱える病理の深刻さである。
 著者は、NHKが生まれ変わるために、過去の不祥事をウヤムヤにせず組織として真摯に向き合必要性を説く。「巨大さ を追及した官僚機構としてのNHKに終止符を打つこと」だとも。
 現役の役職員は、この指摘を、どのように受け止めるのだろう。NHK放送センター内の書店では、本書が1カ月以上、一般書のベストセラー1位の座に留まっている。来年は放送開始から100年。それを意識して多くの職員が手に取っているなら、それは公共放送再生に向けて一筋の光となるかもしれない。(地平社2000円)
                     
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2024年12月16日

【おすすめ本】樋口健二『新版「原発崩壊」』原発の不条理は変わらない 草わけ的写真集の再刊=坂本充孝(ジャーナリスト)  

  筆者の原発取材歴は1972年ごろから。50年以上も一貫して原発労働の過酷な実態、事故の悲惨さを写真と文で記録し続けてきた。
 前著の「原発崩壊」(合同出版)が絶版となり、写真を入れ替えての再刊。それでも色褪せた感じがしないのは、原発の問題自体が解決の糸口すら見いだせず、むしろ状況悪化の一途をたどっているからにちがいない。

 2011年3月の福島第一原発の事故により日本人は原発の恐ろしさを肌で知った。 だが、それは遅すぎた。日米原子力協定が仮調印された1955年以後、この国は有り余る難題を承知の上で強引に原子力政策を進めてきた。白を黒と嘘を重ねた結果として、幾多の事故があり、そ
の延長線上で福島第一原発は爆発したのだ。

 筆者が一番力を入れて伝えているのは、原発労働者の悲劇である。ろくな知識も与えられぬままに、高線量の発電所で下請け仕事をさせられ、体調を崩して働けなくなると「原発ぶらぶら病」などと揶揄された人々。「(原発企業は)社会的弱者を徹底的に使役し、搾取し、病気になればボロ雑巾のように捨てたのである」
 
 彼らの証言を発表しようとすると、兄弟や家族が原発で働いているからと拒否されたことが多々あったという。そうして悲劇は闇へと葬られた。闇の上に胡坐をかき、原発は増殖したのだ。
 福島第一原発の核燃料デブリの取り出しが始まった。高線量下で時間に追われ、危険な作業を担うのは、また下請け作業員だ。事故はいつ起きてもおかしくない。(現代思潮新社2800円)
         
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2024年12月10日

【おすすめ本】信濃毎日新聞社編集局 編『鍬を握る 満蒙開拓からの問い』─国策が招いた悲劇の証言そして記録の継承へ=加藤聖文(駒澤大学教授)

 「満蒙開拓」と呼ばれ た国策によって、約27万人が満洲国へ開拓民として送り出された。
 そのうち3万3000人を送り出したのが長野県。全国最多である。しかも、その数は突出していた。熱狂と混迷が絡み合いながら進められた送出、敗戦時の集団自決と引揚の悲劇、さらには戦後の再入植から中国残留日本人の帰国問題にいたるまで、県内では満蒙開拓にまつわる歴史が、そこかしこ至る所に刻まれている。
 しかし、その長野県でも満蒙開拓の記憶の風化が著しい。生き残った元開拓団員も激減、残留孤児ですら80歳を超える現在、これからあの歴史にどう向き合っていけばいいのだろうか。

 戦後80年を前に出版された本書からは、長年にわたり満蒙開拓の歴史に向き合ってきた「信濃毎日新聞」の危機感と未来への意思が、ひしひしと伝わってくる。
 バランス良く配置された、さまざまな体験者の証言を基に、過去の歴史から現在なお残る問題、そして未来の課題と通時的に満蒙開拓を理解できる点で、最良のテキストとなっている。
 とはいえ、証言を積み重ねるだけで、満蒙開拓の実像が解明されるわけではない。
 あれほどの国策がどうやって推進され、人びとはどのように巻き込まれていったのか。それを解明するには文字に残された記録しかない。

 戦後80年は、満蒙開拓の歴史を明らかにし、後世へ伝えるものが、証言から記録へと変わる転機となろう。未だ各地には満蒙開拓の記録が眠っている。
 これらをいかにして後世へ伝えていくか。ジャーナリズムにとって新しい課題である。(信濃毎日新聞社1800円)
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(追記・編集部):本書は、2024年「第30回平和・協同ジャーナリスト基金賞」の大賞に選ばれた。反核や平和、人権擁護を推進する報道に贈られ、12月7日に贈賞式が行われた。
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2024年12月03日

【おすすめ本】佐々木寛『市民エネルギーと地域主権 新潟「おらって」10年の挑戦』─水力発電への挑戦から政治改革へ=鈴木耕(編集者)

 元気が出る本です!読んでいると、よし、オレもいっちょやってみるか!という気分になってくるから不思議だ。本書は「おらって」(新潟地方の方言で「私たち」と いう意味)にちなみ<おらってにいがた市民エネルギー協議会>と名付けたグループの活動を、やわらかくそして面白く記述したもの。

 著者は新潟国際情報大学教授であり、国際政治学の研究者。あの2011年の福島原発事故の衝撃(それを著者は「第二の敗戦」と呼ぶ)から、エネルギーの民主化と地域主権を深く考えるようになり、地域循環共生圏という思想に行き着く。
 その考えを共有する人びとが集まり、やがて小水力発電への挑戦が始まる。そして「おらって発電所」は40カ所を超えるまでに拡大し、地域市民エネルギーとしては、例のない成功を収める。

 だが著者たちは、そこで立ち止まらない。エネルギー問題も含め、すべては「せいじ」と結びついていることに気づき、政治改革こそが根底にあるのだと思考は膨らんでいく。コロナ禍での文明転換、平和の希求にまで考えは及ぶ。
 こんな経過が易しく語られ、読むうちに、よしオレも頑張らなくっちゃ!となるのは必然だ。第5章「次世代とともに」に登場する若者たちが描く、希望に心が揺さぶられる。学問と運動がコラボした稀有な成功例といえる。
 今回の総選挙で、新潟の4選挙区は全て自民党が敗北した。その背景には、こんな市民たちの熱っぽい精神のエネルギーがあったことを思い知らされる本である。(大月書店1800円)
         
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2024年11月26日

【おすすめ本】川上泰徳『ハマスの実像』テロ組織か 答えは「ノー」 民衆に支えられ壊滅は不可能=平井文子(中東研究家)

 帯の文言―「本当に残酷な『テロ組織』なのか?」が衝撃的だ。思わず手に取って読んでみれば、答えは「ノー」である。著者は長年朝日新聞特派員として中東各地での取材活動の実績を持つ。本書はその蓄積と緻密なデータに裏付けられた納得のいく読み物になっている。

 ハマスの誕生は1987年、第1次インティファ―ダと同時であるが、英植民地下でのパレスチナ解放闘争の流れをくむ。ハマスは、パレスチナ解放機構(PLO)の傘下に入らず、貧しい人々への社会慈善運動と対イスラエル闘争の両立という姿勢を堅持した。ハマスは93年にPLOがイスラエル政府と締結したオスロ合意の欺瞞(パレスチ自治政府がイスラエル警察を助けて,占領体制に抵抗するパレスチナ人を取り締まることになる)を見抜き、合意に反対した。

 著者はそれを「ハマスの先見の明」と評価する。ハマスは2007年の民主的選挙で選ばれた「政権」政党である。創設時にはパレスチナ全域の解放を目標にしていたが、2107年の新政策文書では、占領地からのイスラエルの撤退と、そこでのパレチチナ国家樹立を求め、イスラエルとの共存を認めるという現実主義に変わった。

 現在のイスラエルの戦争目的はハマス壊滅であり、米国も日本もそれを支持しているが、著者は軍事的にも政治的にもそれは不可能と思われるという。理由はハマスがファタハのように腐敗しておらず、パレスチナ民衆とつながり、民衆に支えられているからだ。実際、イスラエル軍報道官も「ハマスの壊滅は不可能」と語っている。(集英社新書1050円)
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2024年11月17日

【おすすめ本】上脇博之『検証 政治とカネ』―自民党裏金事件を徹底分析 完全な「比例代表制」を提唱=杉谷剛(東京新聞編集委員)

 会社のデータベースで上脇博之+政治」で検索すると、約260件もの記事があった。最初の記事は1999年2月の「政党助成金311億円のゆくえ」というワッペンの付いた記事だった。
 後で贈収賄に発展した元防衛政務次官(当時)の政党助成法違反事件をきっかけに、制度の様々な問題を検証して報道した際、コメントを求めたのだった。以来、25年にわたり、上脇さんには編集各部でお世話になってきたのだと痛感する。

 自民党の裏金事件の背景として「政治にカネがかかるから」とよく語られるが、本書を読むと、それは安易な答えだと思えてくる。政治家が裏金作りに走るのは「裏金が簡単に作れるから」など、4つの見立てを挙げて解き明かしていく。
 政治家は歳費や経費に恵まれており、さらに特に自民党はお金が集まりやすいため、政治家は一種の「資金中毒者」になっているとの分析は深い。それゆえに効果的な改革は「資金中毒に陥っている国会議員たちに、これ以上余分な金を与えないこと」と明快だ。

 政治とカネの問題が繰り返される原因を、法律の抜け道にとどまらず、そもそも90年代の政治改革にあるとの徹底分析は鋭く説得力がある。

「小選挙区制の導入で権力の官邸一極集中が進み、政治は憲法が想定する議会制民主主義とかけ離れた」。その上で提唱する「完全な比例代表制」による選挙制度改革の考察は非常に興味深い。
 なぜ長年の市民運動として100件を超す刑事告発を続けるのか。最も興味のあるその答えが、分かりやすさを重視した平易で丁寧な文章からひしひしと伝わってくる。
            
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2024年11月09日

【Bookガイド】11月の推し本≠紹介=萩山 拓(ライター)

 ノンフィクション・ジャンルからチョイスした気になる本の紹介です(刊行順・販価は税別)。
藤原 聡『姉と弟─捏造の闇「袴田事件」の58年』岩波書店 11/8刊 2000円
 袴田巖が真の自由の身になる時がきた。無実の弟を支えた姉とのエピソードを軸に、警察の「捏造」、死刑判決を出した裁判所の内側など、世紀の冤罪事件の全貌に迫る。寡黙な元ボクサーを精神の破綻に追い込んだ責任はどこにあるのか。献身的に支え続けた姉ひで子と弟の人生を重ね合わせながら、世紀の冤罪事件の全貌に迫る。共同通信社編集委員の著者が執筆し、全国の新聞社に配信された連載記事を加筆して刊行。
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織田 忍『山谷をめぐる旅』新評論 11/11刊 2400円
 日雇い労働者の街・東京「山谷」。だが1966年に「山谷」の名が消され、今は地図にもない。ドヤは一気にマンションへと建て替えられ、ここ数年で風景が一変した。その間、訪問看護師として働きながら、この街の「生と死」を見つめ続けてきた著者が、詳細に綴る同時代記録。移り変わる街の歴史とありのままの現在、生きづらさや孤独感でつながるこの街で生活してきた人々の、闘いと願いが鮮やかに描かれる。写真約120点収録。
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岸本聡子『杉並は止まらない』地平社 11/12刊 1600円
 全国から注目を集める東京・杉並区長・岸本聡子。<民主主義をアップデートする>をスローガンに、住民自治の再生、市場原理主義に対抗する公共サービスの拡充に向け、さまざまな壁にぶつかりながらも、住民と一緒に前進してきた2年間の闘いを報告。著者は20代で渡欧しアムステルダムを本拠地とする政策シンクタンク「トランスナショナル研究所」で研さん。2022年6月の杉並区長選挙で現職を破り初の女性区長となる。
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安間繁樹『秘境探検─西表島踏破行』あっぷる出版社 11/18刊 2500円
 沖縄県・西表島に関ること60年。初めての西表島は1965年7月、20歳。島の自然に魅せられ、その後も琉球列島の生物研究に没頭してきた。特にイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた業績は高く評価されている。島の自然と文化を観察し続ける動物学者が、西表島の山、川、海。その全てを歩きつくして纏めた貴重な記録。詳細な行動地図や1965年以降の写真など、豊富な資料も収録。
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小柴一良『水俣物語─MINAMATA STORY 1971〜2024』弦書房 11/20刊 3000円
 1971年に大阪で開かれたチッソ株主総会の混乱現場を撮影したことを契機に、水俣現地で暮らし、生活者の視点で水俣を50年余にわたって撮り続けてきた写真家が、水俣の海や山、街と暮らしを収録。ここに収めた251点の写真は、水俣と水俣病の実相を映し取った重要な記録である。「近代」が犠牲を強いた人間の生と死に、様々な姿があることを教えてくれる。現在、一般社団法人「水俣・写真家の眼」理事
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若竹千佐子『台所で考えた』河出書房新社 11/25刊 1450円
『おらおらでひとりいぐも』で芥川賞を受賞した著者の初エッセイ集。夫を亡くし63歳で主婦から作家に。その間、書いて考えて辿りついた台所目線の滋味あふれる文章が新鮮だ。身近な人の死、孤独と自由、新しい老い、自分を知る楽しさ、家族の形、ひとりで生きること、みんなで生きること――台所からだって世の中は見える、そう嘘ぶいて何とか心の均衡をとってきた、著者の心情が胸に迫る。
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2024年11月07日

【おすすめ本】 高野 真吾『カジノ列島ニッポン』―「IRの真の姿」と危うさと ギャンブル大国の未来に警鐘=栩木誠(元日本経済新聞編集委員)

 「カジノ開業ほぼ確実に 大阪IR運営事業者、解除権破棄へ調整」(「毎日新聞」、9月7日付)。不評が渦巻き開催反対の声が高まる一方の大阪万博の陰に隠れるかのように、2030年秋の開業に向け、着々と準備が進められている大阪IR(統合型リゾート)の大きな動きが、こう報じられた。万博と同様、世論の強い反対を無視しての強行策だが、カジノ問題の実態の解明を試みた、本書は時宜を得た1冊である。

 闇カジノで足をすくわれた友人の存在が、「カジノ取材の原点」とする著者の取材は、大阪市をはじめ市民の力で撤退した横浜市、不認定の長崎市、アジアの代表的IRのシンガポール、マカオなど内外各地に及ぶ。豊富な取材を通じて、描き出そうとしたのが、一般にはあまり知られていない「IRの真の姿」。そして、「ギャンブル依存症の日本人がこれから大量に生み出され」ようとしている、「ギャンブル大国」日本の現実だ。

 ただ、大阪市や横浜市などで、当事者の生の声を丁寧に聞き取り、紹介することに重きを置いているためか、カジノ問題への本質的な切込みには、やや弱さを感じる。その中でも、着目すべきは、未だ消えぬ「東京カジノ構想」の1章である。

 小池都政の下、いくつかの「カジノ予定地」が構想されるなど、都民に直接目に触れない水面下で、“東京IR”の動きが、うごめいているのである。構想の現場を歩き、関係者や反対運動の市民らから丹念に取材した著者のレポートは、大阪が決して「対岸の火事」でないことを実感させる。(集英社新書、1100円)
             
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2024年11月02日

【おすすめ本】土井敏邦『ガザからの報告 現地で何が起きているのか』─「占領」の解除から<ガザの解放>へ=宮田 律(現代イスラム研究センター理事長)

 本書は著者と知己のあるガザで暮らすジャーナリストであり、研究者でもあるM氏による、昨年10月7日に起きたハマスの奇襲攻撃以来、ガザ社会で起きている現況報告が中心に据えられている。
 昨年来のイスラエル軍のガザ攻撃については、報道による映像で、その一端はうかがい知ることができたが、本書は文章化された情報で、ガザの凄惨な様子を伝えている。

 無慈悲ともいえるイスラエルのガザ攻撃で、この1年間に4万2千人のガザ住民が殺害された。その「地獄図」が迫力をもって伝えられる。食料品や医薬品の不足は、それらをガザの一般市民には手が届かないほど、高額な価格にしている。
 M氏の家もイスラエル軍戦車の砲撃により破壊され、家族・親族が殺害 された。彼はハマスとはまったく関係がない。イスラエル軍の攻撃が、いかに恣意的で、無差別なものであるかがわかる。

 イスラエルの攻撃を招いたの10月7日のハマスの攻撃だが、そのために多大な苦難を強いられているのはガザの一般市民である。
 ハマスもまた他の中東諸国の為政者たちのように、権力欲が強く、力で人々を抑圧し私利を肥やし、市民を苦しめていると、ハマスへの怨嗟も語られるが、ガザ市民のハマスへの辛辣な想いは、これまであまり知られることはなかっただろう。
 そのハマスの抑圧的で腐敗した支配をもたらしたのは、イスラエルの占領だ。この占領や封鎖を終わらせない限り、パレスチナ市民の安寧がない事実を、本書は切実に訴えている。(岩波ブックレット630円)
            
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2024年10月27日

【好書耕読】民主主義に新しい命を吹き込むために=𠮷原 功(JCJ代表委員)

 暉峻淑子さんは、近著「承認をひらくー新・人権宣言」(岩波書店)の「おわりに」で次のように書いている。「私が本を書きたいと思う動機には・・・社会の中に、深いひずみが生じて、周りから悲鳴をあげる声が聞こえ、私の心がその悲鳴に共振するときでした」と。

 「悲鳴の声」が筆者に届き、「深いひずみ」を素早く感得できるのは筆者が常に社会を凝視し、虐げられた人々、マイノリティに温かい目を注いでいるからであろう。そればかりではない。筆者はしばしば市民・民衆のなかに飛び込みその声を聞き、多様で複雑な現実の核心を捉え分析しその結果をわかりやすく提示してくれているのである。『豊かさとは何か』『対話する社会へ』に続いて本書もまた、現代社会の「ひずみ」を解き明かし進むべき道を提起してくれている。

 グローバル化した資本主義経済が深刻な「貧困」を生み出し富の再分配を不可避としている。同時に「承認」に関わる問題もまた決定的に重要であることが提示される。承認とは「相互承認」であり、親子関係も家族や友人との関係もその原型。人間は社会に参加し他者との「相互承認」の過程のなかで自己実現とアイデンティティが「成就」されるのに、競争が強制され、自己責任論が一般化されるなかで格差拡大・社会的排除が極度に進み「承認拒否」や「まやかしの承認」が蔓延し、民主主義を掘り崩していることが明らかにされる。

 貧困が生み出すさまざまな排除(承認拒否)、承認を求めて果たせなかった末の悲劇・犯罪((引きこもり、自死、拡大自死=無関係の人々の殺傷)、権力による不当・違法な承認(「モリ・カケ・サクラ」など)、逆に不承認(学術会議委員候補者任命拒否など)、ゆがんだ社会的承認基準(戦前の日本が典型)などなど「承認」に関わる深刻な具体的事例を法律、制度、制度の運用を含め詳しく紹介・解読・分析するなかで筆者は次のように読者によびかける。 承認とは、認めるという行為を行うとき、「真実、正義・公正・人権などの普遍的価値」や「妥当性」に照らし合わせて行う行為であり、そうした「相互承認」を浸透させることによって社会を変え、「民主主義に新しい命」を吹きこもう、と。ジャーナリズムへの問題提起でもある。 
    
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2024年10月25日

【好書耕読】核燃料サイクルという虚妄=鈴木 耕(編集者)

 「核燃料サイクルの確立は戦後日本最大の『国家事業』なのであった」。山本義隆氏は最近の著書「核燃料サイクルという迷宮ー核ナショナリズムがもたらしたもの」(みすず書房)の中で書いている。「資源小国」という強迫観念にとらわれた日本の為政者や官僚たちが、世界に伍していくための武器≠ニして縋りついたのが「核燃料サイクル」という妄想じみた計画だったということだ。

 山本氏は冷徹な科学者であるとともに、精緻な科学史家でもある。近代日本の科学がいかに軍事と結びついて発展してきたか。本書では、それを辿る。国家総動員のファシズム体制の中に台頭したいわゆる革新官僚≠ニ呼ばれた岸信介ら一群のテクノクラートたちが、統制経済の中核として電力の国家管理を押し進めていく。これがやがて、戦後日本の原子力開発に道を開くことになった。その裏には、岸信介の「潜在的核武装論」があったと著者は指摘する。その上で原子力政策が原発に収斂し、原子力ムラという利権集団と原発ファシズムを生み出すことになった。まことに明快な絵解きである。

 我が世の春を謳ってきた原発だが、90年代になると「冬の時代」に入る。それは世界の趨勢でもあった。79年のスリーマイル島原発事故が決定的な打撃となった。さらに2011年3月11日の東日本大震災とそれに伴う福島第一原発のメルトダウン事故は、日本の原発にとっての「死の宣告」になると思われた。だがなぜかゾンビのごとく不気味な復活を遂げる。その中核を担うのが「核燃料サイクル」という虚妄である。

 著者は詳細に資料を渉猟してこの国の核政策の破綻を淡々と断罪していくのだ。評者もたくさんの原発関連本を読んできたが、電力国家という面からこれほど精緻に組み立てられた論を知らない。目からウロコとは言い古された言葉だが、まさにそれを経験する。
 ところで、山本義隆氏について、本紙の読者ならば知らない人はいないだろうが、もう1冊、どうしても紹介しておきたい本がある。『私の1960年代』(金曜日)で、60年代末の学生反乱を領導した東大全共闘議長としての山本氏のある種の回顧録、もしくは総括本だ。まるで動画のように私の眼前に広がるあの時代、必読の史料でもある。
    
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2024年10月20日

【おすすめ本】安田浩一『地震と虐殺 1923-2023』─日本社会に巣くう差別意識を炙り出す=森 達也(作家)

 予想はしていたけれど関東大震災から101年となる今年も、小池東京都知事は理不尽に殺害された朝鮮人たちへの追悼文を送らなかった。その理由について小池都知事は「(犠牲となった)全ての方々に対して哀悼の意を表している」「何が明白な事実かについては歴史家がひもとくものだ」などと、テンプレのように答えている。
 だが本書で安田が指摘するように、災害で亡くなった命と暴徒となった人たちによって殺された命を、一括りにすべきではないし、裁判資料や公式文書は数多くある。平安時代や室町時代の話ではない。歴史家が出る幕ではないのだ。

 小池都知事に象徴される「史実を否定する人たち」に共通する要素は、「人を殺すような人たちは残虐で冷酷」との思い込みだ。その認識はあまりに浅い。多くの日本人が多くの朝鮮人を殺戮した事実から、僕らが身に刻むべき教訓は「多くの日本人は凶暴だった」ではなく「人はそれほどに多面的な生きものだ」と気づくことだ。状況によって紳士淑女にもケダモノにもなる。
 ならば朝鮮人虐殺を誘発した状況とは何か。安田はその要因を本書で示す。震災時における混乱だけではない。もっと前から日本社会に胚胎していたその「何か」は、現在進行形で今も脈動し続けている。

 安田は闘う作家だ。主要メディアの記者たちが自縄自縛する「公正中立幻想」には目もくれず、 ひたすら主観的に(結果的には公正に)日本社会に巣くう差別意識を炙り出し読者に突き付ける。(中央公論新社3600円)
 
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2024年10月13日

【おすすめ本】加藤 久晴『異様!テレビの自衛隊迎合ー元テレビマンの覚書』―自衛隊宣伝に手を貸すな  テレビの現場から警鐘 =岩崎貞明(ジャーナリスト)

 最新鋭の艦船、超音速で飛行する戦闘機、過酷な訓練で鍛え上げた制服姿の隊員たち…派手でカッコよく見える番組の背景に、いったい何があるのか。NHK・民放を問わず、やたらと目につくようになったテレビの「自衛隊番組」を徹底的に批判したのが本書だ。

 テレビが自衛隊を番組に取り上げようとする動機はいくつかある。@戦争映画のような迫力のある映像を作れるA防衛省に協力してもらえば制作予算がかからないBインパクトの強い映像で視聴率が期待できる――。一方、防衛省サイドにとってもメリットは小さくない。@広告費をかけずにテレビに露出できるA全面協力のパブリシティー番組だから自衛隊批判が出てこないB多くの視聴者に自衛隊の存在を見映え良くアピールできる…。

 ウクライナで、ガザ地区で、多数の罪なき人々が戦争によって生命・財産を容赦なく奪われている今、テレビが軍事訓練を無批判に電波に載せ、安易な自衛隊宣伝に手を貸していいのか? テレビドキュメンタリーのディレクターを長年務めた著者が、ジャーナリズムとしての放送のあり方を鋭く問いかけている。

 労組の取り組みも重要だ。民放労連の呼びかけで市民に反対の声が広がって放送中止となった日本テレビの『列外一名』や、会社がスポンサーの意向で放送中止とした番組に対して労組や市民が上映運動を展開したRKB毎日の『ひとりっ子』など、歴史的な事例も豊富に取り上げられる。
 戦争の悲劇を繰り返さないために、テレビは何ができるのか――著者の姿勢は一貫している。(新日本出版社1800円)
             
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2024年10月05日

【おすすめ本】船津 靖『聖書の同盟 アメリカはなぜユダヤ国家を支援するのか』―「特別な関係」を深掘り 白眉は米キリスト教の影響力を分析=池田 明史(前東洋英和女学院学長)

  1980年代だったか、「ユダヤがわかれば世界が見えてくる」というタイトルのトンデモ本がベストセラーとなって、国際的に物議を醸したことがあった。その後もユダヤ人問題やイスラエル国家に関する日本人の無知蒙昧が世界中に晒された。

 これら偏見に満ちた極彩色の世迷言とは次元が異なるが、最近でも長崎での平和記念式典にイスラエル大使が招待されず、これに反発した米英など西側主要国大使も事実上式典をボイコットした。日本人の多くは、これを過剰反応とか政治利用とみなしたようだが、こうした解釈そのものが、欧米における反ユダヤ主義の位置づけやイスラエルの取り扱いの難しさをいまだに理解していない事実を物語っているように思われる。

 一筋縄ではいかないこのような欧米、とりわけアメリカとイスラエルとの「特別な関係」を歴史的・政治的・文化的に俯瞰し、また中軸部分は深く掘り下げて解明しようとするのが本書である。従来この関係は、冷戦時代にはソ連・東側陣営を、ポスト冷戦期にはイスラム過激派を、両国がそれぞれ敵として共有してきたこと、両国ともに移民国家であって辺境開拓のフロンティア精神への憧憬で繋がっていること、などで説明されることが多かった。

 しかし筆者は、説明の主軸をユダヤ=キリスト教的伝統、すなわち聖書に求める。なかでも、アメリカのキリスト教の流れを跡付け、その変遷において台頭してきた福音派やキリスト教シオニズムの信条や理路、そしてそのアメリカ政治への影響の分析は明快で、まさに本書の白眉と言えよう。
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2024年09月27日

【おすすめ本】長井 暁『NHKは誰のものか』―なぜ権力に弱いのか 公共放送に巣食う病理を告発=永田 浩三(武蔵大学教授・元NHKプロデューサー)

 立てられた問いは、NHKは誰のものか。市民のものと言いたいところだが、そうなってはいない。著者は情報を解読し、内部の事情を分析することで、構造的な病理を明らかにした。

 著者自身が体験した事件は23年前。元「慰安婦」問題をとりあげたETV2001が放送直前に改変された。番組の現場は混乱を極め、多くのひとが傷ついた。プロデューサーであったわたしの責任は重い。そんな中、著者はひとりで告発の会見を行った。
 二度とあんな事態を繰り返してはならない。著者は、2018年に起きた、かんぽ生命の不正販売を扱った『クローズアップ現代+』の第二弾の延期の真相に迫る。日本郵政の幹部は元の総務省事務次官。放送を監督する官庁のトップだった人間がNHK経営委員長に圧力を加え、経営委員会の場で会長に厳重注意を与えた。放送は先延ばしにされ被害が拡大した。著者は経営委員会の議事録の公開を求める裁判の原告となり、一審で勝訴する。

 なぜNHKは権力に弱いのか。ネットでの配信をNHKの本来業務に格上げしたいという悲願。政権の意を受けたフィクサー・葛西敬之JR東海会長らによって送り込まれる財界出身の会長たち。官邸との癒着を競う幹部たちの権力闘争。それらの思惑が入り乱れ、ニュースは権力への監視を放棄し、心ある番組の現場は苦しみ続ける。

 追及の矛先は多岐にわたる。そのひとつジャニーズ問題。若い視聴者獲得のための番組『ザ・少年倶楽部』のリハーサル室が、性被害の舞台だった。
 著者の公共放送に寄せる大いなる期待と愛。だからこそ批判も鋭い。精緻な裏トリは、かつて歴史研究を志した筆者の真骨頂だ。(地平社2400円)
             
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2024年09月21日

【おすすめ本】原田和明『ベトナム戦争 枯葉剤の謎 日米同盟が残した環境汚染の真実』─ベトナム戦争で使われた日本製枯葉剤の‶罪と罰=£村梧郎(JCJ代表委員)

 枯葉剤問題はベトナムに限らない。日本にこそ隠された汚染がある。本書の主題は、そこに置かれている。見事なのは膨大な文献と新聞情報を掘り起こして実証している 点だ。
 動機は1968年の国会質問、社会党の楢崎弥之助による「枯葉剤が日本で作られ、ベトナム戦争に使われている」という指摘にあった。
 枯葉剤の2,4,5-T(ダイオキシン混入)を生産していた三井東圧大牟田は「輸出先はニュージーランドとオーストラリアで、ベトナムには出していない」と抗弁した。 調査すると労働者への人体実験の話さえも出る。

 ベトナムでの枯葉作戦は、ダウ・ケミカルやモンサントなど米・化学企業の増産で支えられていた。だが現地からは、もっと送れと要求される。米国は、調達を三井東圧ほか、独ベーリンガーなど海外企業に依存する。
 しかし発覚すれば「戦争加担だ」との世論が当事国で起きかねない。そこで迂回してベトナムに届く「ころがし」が行われた。ニュージーランドにあるダウ・ケミカルの子会社は、アフリカやメキシコ、フィリピンに転送、そこからベトナムの戦場へと届けられた。日本は、この「ころがし」に加わり、秘かに枯葉作戦に参加していたのだ。ナパーム弾輸出もベトナム特需の一つだった。いま政権が進める武器輸出の先がけである。

 問題はそれに留まらない。日本の国有林でも使われていた2,4,5-T 剤が林野庁の指示で現場にずさんな形で埋められたのである。それが50年余の歳月を経た今日、漏れ出して水源を汚染し始めている。無害化の手も打たれていない。本書は日本の政治の危うさを抉り出すものとなっている。(飛鳥出版2000円)
           
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