2024年02月27日

【おすすめ本】西谷 文和『万博崩壊 どこが「身を切る改革」か!』―利権と勢力の拡大に利用 維新政治を打ち破る展望示す=桜田 照雄(阪南大学教授)

 科学的な認識や事実,知性への信頼をもたない首長が、自らが率いる政党の利権と勢力を拡大する手段としたのが,巨大イベントの万博である。大阪市の公式記録には夢洲誘致は松井知事の独断と記されている。しかも、博覧会というイベントそれ自体が,もはや「時代遅れ」で開催の意義すら見いだせずにいる。

 それだけではない。会場の夢洲は、高度処理を要する管理型廃棄物処分場として(夢洲1区),大阪湾口の浚渫土砂と建設残土の処分場(二・三・四区)として造成されてきた。数多くの海底活断層が存在し直下型地震と津波の「巣」と言われる大阪湾。工業地・準工業地として活用が目論まれていたので,商業用地として高層ビルを建設することなど,想定しない護岸設計なのである。
 津波がくれば,脆弱な護岸が破壊され,甚大な被害が想定される。計画によれば、災害のリスクは認識されているものの、その対策は皆無である。

 藤永のぶよは、夢洲の現状をつぶさに描き、計画の荒唐無稽さを明らかにする(第一章)。
 ところが、批判に目もくれず、維新府政・市政によって無謀な計画が強行される。維新府政・市政への圧倒的な府民・市民の支持が背景にあるのは事実である。
 では、なぜ維新は支持されるのか、内田樹が批判的に分析を行う(二章)。
 そして、第三章で経済学者の金子勝が、維新政治を打ち破る展望を語る。
 西谷文和の巧みなリードで「崩壊」から復活の展望が示された好著であり、幅広い読者にぜひ、お読みいただきたい。
(せせらぎ出版1300円)
      
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2024年02月19日

【おすすめ本】青木 美希『なぜ日本は原発を止められないのか?』―事故の記憶を呼ぶ覚ます キーパーソンの戦いと挫折の跡も=七沢潔(ジャーナリスト)

 これは急激に「原発回帰」に向かう日本と日本人の横っ面を思い切り引っ叩いて、忘れかけている原発事故の記憶のリマインドを迫る書である。

 本の構成は「復興」から事故プロセス、原発マネー、核兵器、脱原発と読み手の関心を誘うように蛇行するが、「原子力ムラ」「安全神話」「規制の虜」「原発ゼロ」「避難計画」・・・断続的に挿入されるこの12年間の新聞記事は、事故直後には日本の原子力体制の矛盾を暴き、批判する言説が溜まったマグマのように噴出していたことを思い出させる。同時に著者が直撃取材したキーパーソンたちの闘いの跡からは、なりふり構わず窮地を脱しようともがく原子力ムラの分厚い岩盤が目の当たりになる。 

 原子力委員長代理としてムラの排除の論理に当惑し続けた鈴木達治郎、電力会社と官僚の根腐れた癒着を語る元経済産業省官僚の古賀茂明、巨大津波を予測しながら無視され、原子力規制委員として活断層の影響を値切る関西電力により切られた地震学者の島崎邦彦、大飯原発3,4号機の運転差し止めを命じた元福井地裁の裁判長、樋口英明・・・権力の間近で、真っ当な判断を試みた彼らの抵抗は悉く挫折していく。

 その一方で著者は汚染水放出に苦しむ漁業者や、帰る見込みも立たない帰還困難区域からの避難者など生活を壊され、追い込まれたまま忘れ去られようとする人々への眼差しを保ち続ける。
 「忘れてはならない。人々の犠牲のうえに原発は動いている」(「おわりに」から)
 所属する新聞社から記者職を追われながらも現場に通い続けるジャーナリストの入魂に心が熱くなる。文春新書(1091円)
                
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2024年02月16日

【おすすめ本】上丸洋一『南京事件と新聞報道 記者たちは何を書き、何を書かなかったか』─著者の責任感が書かせた本格検証=藤森研(JCJ代表委員)

 「論争的なテーマはさわらない方が安全だ」。そんな空気がメディアに蔓延している。だが著者(元朝日新聞編集委員)は南京虐殺事件の報道を検証し、世に問うた。なぜ今あえて?
 450頁を超える大著は「これでもか」と事実を積み上げる。当時の全国紙、地方紙、全国紙地方版、戦史、日記、研究論文と調査は分厚く、状況を浮かび上がらせる。
 死屍累々たる揚子江岸「下関」では何が起きたのか、南京城外・幕府山での約1万5千人もの中国人捕虜のその後は? それらを新聞はどう報じたのか、何を報じなかったのか。

 著者は「南京・下関に死体の山があったといった描写は当時の新聞にもみられるが、多数の捕虜を機関銃で虐殺する場面を…具体的に描いた記事はない」とする。第一の理由は報道統制だった。だが「当時は戦意高揚が記者の最大の使命だと思っていました」という元記者の言葉も紹介する。
 ほとんどの南京の従軍記者は、戦後も沈黙を続けた。南京事件の新聞報道を見わたす作業は、ほぼ手つかずだった。
 「書くべきことを書かなかった責任は、たとえ長い時を経たとしても、改めて書くことでしか果たされない」と考える著者は、3年半をかけて、国会図書館のマイクロフィルムに向き合い、遠隔地の図書館を訪ね、体を痛めつつ本書を次代に残した。執念の底には一人のジャーナリストとしての職能的な責任感があった。
 「何を書き、何を書かなかったか」。それは私たちも後世から問われ続ける。(朝日新聞出版2600円)
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2024年02月10日

【おすすめ本】金平茂紀 大矢英代『「新しい戦前」のなかでどう正気を保つか』日米のメディア状況を分析 近未来を見通すために=鈴木耕(編集者)

 今年は穏やかな年でありますように…と年賀状に書いた。でも元旦の夕刻におきた能登半島大地震、翌日の日航機火災、厳しい2024年の幕開けである。天変地異や事故だけではなく日本(いや、世界中)の政治そのものが崩壊寸前であるようにさえ見える。政治社会の混乱の世を「新しい戦前」とみなし、その中でどう正気を保つかを論じたのが、金平茂紀氏と大矢英代氏の対談集である。新しい戦前の進行に私たちはどう立ち向かい抗えばいいのか、まことに示唆に富む。

 第1部では日米のメディア状況を分析する。大矢氏は現在、米カリフォルニア州立大学フレズノ校でジャーナリズム論を教える准教授。金平氏は著名なジャーナリスト。だから話は当然、日米のメディア状況に及ぶ。その上で「2022年が新しい戦前の分岐点」になったのではないかと結論づける。なるほど、安倍元首相暗殺事件が、その銃爪を引いたのか。

 もともとアルジャジーラに就職希望だったという大矢氏が、なぜ沖縄に拠点を置いたか。沖縄で見つけた大切なものとは何か。渡米の経緯。そして沖縄の現状をアメリカの学生たちはどう感じているか。前線基地化する沖縄・南西諸島の現状を憂え、日米政府のやり方を強く批判することは、おふたりに共通する。それは評者の私も、強く共感できるのだ。

 変容する日本、自治や分権の不在は、昨年末の辺野古訴訟における福岡高裁那覇支部の判決に如実に示されている。本書の指摘がそのまま現実になるという、この国の不幸。そのような危機感を共有することで成立したのが本書だ。近未来≠見通す上でも、ぜひ読んでほしい1冊である。(かもがわ出版、1600円)
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2024年02月05日

【おすすめ本】武田 砂鉄『なんかいやな感じ』―近過去を斜めに活写 蘇る橋本治の匂い=鈴木耕(編集者)

 紙面が匂い立つことがある。私はこの著者のファンでほとんどの著作は読んでいるけれど、それは彼の文章の匂いに惹かれるからだと言ってもいい。でも、本書の匂いにはどこかで接したことがあるなあ…と読みながら思っていた。「あとがき」に辿り着いてその謎が解けた。あ、この匂いは橋本治さんなんだな。文体が似ているというわけではない。けれど橋本さんの『ああでもなくこうでもなく』(全5巻マドラ出版)が私の頭に浮かんだ。「あとがき」によれば、本書はいわゆる純文芸誌「群像」に<その死によって中断した橋本さんの連載の続き>というような意味合いで編集部から依頼されたのがきっかけだったという。うむ、橋本治さんの<続き>として著者に目をつけた編集者はなかなかの慧眼だったと私は思う。

 前出の橋本さんの本が時評集であったことを受けて、本書も一応はその体裁をとる。だが著者は<近過去としての平成>を入り口にして、様々な現在をまるで魔法のように写し出す。その手つきに私は頷きながら驚かされる。しかも「なんかいやな感じ」という感覚を私も共有しているのだから、読みだしたら止まらない。著者が小学生から中学高校生、そして大学生から社会人になる過程で体験した事柄をどう消化し、同じ事柄が社会の中でどう消費されていったかを、ややアクロバティックな回り道をしながら描いていく。歌謡曲を口ずさみ、社会現象を斜めに見ながら、政治家を俎上にあげる。それらを包むキイワードが「なんかいやな感じ」である。
 ちなみに私は編集者として橋本さんとは長い間お付き合いさせてもらった。だから本書を読むのはとても楽しかった。
(講談社1600円)
             
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2024年01月30日

【おすすめ本】猫塚義夫・清末愛沙『平和に生きる権利は国境を超える パレスチナとアフガニスタンにかかわって』─人道支援を続けてきた医師と法学者が鋭く問う=香山リカ(精神科医)

 アフガニスタンやパレスチナで起きている人道危機。ニュースでは知っていても、それが世界地図のどのあたりで起きているのか分からない、という若者もいる。彼らに関心を持ってもらうのに必要なのは、「具体的な話」だ。
 本書は、北海道パレスチナ医療奉仕団の団員として、アフガニスタンやパレスチナで、人道支援を続けてきた法学者と医師による対話集である。
 両人とも学術的バックグラウンドを持つ“行動の人”だ。過去の支援活動においてガザ地区の病院で手術をしていたら停電になり、看護師たちがスマホの灯りをかざして手元を照らしてくれた、といった猫塚医師の話にリアリティを感じない人はいないだろう。

 こういった生々しい話が続いたあと、ふたりは日本国憲法が持つ先駆性について語る。とくにその前文に、日本国民のみならず全世界の国民が、「平和のうちに生存する権利を有する」と謳われていることの意義だ。
 清末教授は言う。「私たちの活動は国境を越えた活動に見えるでしょう。それは間違いではありませんが、同じレベルで足元の日本の社会での平和的生存権の実現をめざすことが肝要です。足元を見ずに、国境を越えて活動はできません。」

 さらにふたりは、先住民族アイヌが住む土地を収奪して成り立った歴史を持つ北海道の団体が、イスラエルに植民地化されたパレスチナにかかわる意義にも触れる。実は私も北海道パレスチナ医療奉仕団のメンバーである。まだ現地を訪れたことはないのだが、事態が少しでも落ち着いたら必ず医療支援に出かけたい。(あけび書房1600円)
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2024年01月20日

【23図書回顧―私のいちおし】100年先の農、食を巡るシステムとは=鈴木久美子(東京新聞編集委員)

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 平らな土地に木を植えて、落ち葉を堆肥にして土を肥やす。埼玉県西部で300年以上続いている武蔵野の落ち葉堆肥農法が今年、国連食糧農業機関(FAO)から世界農業遺産に認定された。自然に即した伝統的な農法が今も農業として成り立っていることが条件で、生物多様性を高め、地域の文化を培うといった点も審査される。2002年開始のこの制度では、環境、経済、文化など現代の課題を評価していることに、取材した折、感心した。

 評価の基準が変われば価値観も変わる。真田純子著「風景をつくるごはん 都市と農村の真に幸せな関係とは」(農山漁村文化協会)は、100年先に向けて農業や農村、食を巡る社会のシステムを変える一歩を探る。
 景観工学が専門の大学教授である著者は、徳島に赴任したのを機に農村の風景を研究した。石積みという伝統的な技術を身に付け、伝える活動もしている。農村の風景は農業という営みの結果であり、農家がどのような農業を行うかは、消費者の購買行動や農業政策に左右される―そうした関係性を「風景をつくるごはん」と名付けた。

 高度成長以降、生産性や効率を軸に農政、流通、消費が展開した結果、中山間地で過疎化が進んだのが現状だ。これからは環境を軸に据えた農業が経済的に成り立ち、農村の暮らしの豊かさにつながる風景ができないかと著者は考える。そこに関わりのない人はいない。近年いち早く環境保全の視点を組み入れたEUの農業政策も詳細に紹介し、参考になる。

 地方の過疎化はイタリアでも同様だ。島村菜津著「世界中から人が押し寄せる小さな村 新時代の観光の哲学」(光文社)は、世界的に注目される同国の「分散型の宿」と訳される取り組みを紹介している。山村で増える空き家を宿泊施設にして、自然や地元の暮らしそのものを楽しむ「本物を求める」旅の提案だ。地方と都市の豊かな関わりの模索でもある。
                   
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2024年01月16日

【おすすめ本】中村梧郎『記者狙撃 ベトナム戦争とウクライナ』─侵略者が行う戦場での犯罪行為 リアルに伝える重要さ=古田元夫(日越大学学長)

 書名の「記者狙撃」と は、1979年に起きた中越戦争(中国とベトナムの国家間戦争)の3月7日、ベトナム北部ランソンで、「赤旗」特派員の高野功記者が、中国軍の狙撃を受けて死亡した事件のことである。
 中国は、2月17日に陸上国境全線でベトナム領内に侵攻したが、3月5 日には「懲罰」の目的が 達したとして撤退を発 表。だがランソン市内には中国軍が引き続き残留し、戦闘が続いていることを、高野記者の死は身をもって世界に示した。

 著者は、この高野氏の取材に別の車で同行しており、高野氏が亡くなった際には同時に狙撃を受け、九死に一生を得た体験の持ち主だ。本書では事件後40年以上を経て、著者が明らかにした事件の経緯も書かれている。
 当時ベトナム研究者になったばかりの私にとっても、高野氏の死は衝撃的だった。さらに勇気あるジャーナリストによる戦場からの報道が、超大国アメリカの敗北に帰結したベトナム戦争の終結からまだあまり時間が経過していない当時、最前線からの報道を試みた高野氏の勇気ある行動には違和感はなかった。

 ところが、その後、今日のウクライナに至るまで、繰り返されてきた大国による侵略戦争では、危険がある紛争地にジャーナリストが行くこと自体を、非難がましく見るような傾向が広がっている。
 本書は、このような傾向は、侵略者が行う戦場での犯罪行為を隠蔽する手助けになっていると指摘し、「侵略戦争」には 断固反対、「抵抗戦争」は断固支持、という立場を貫く重要性を、今日のウクライナの事態も踏まえて訴えている。戦場フォトグラファーとして活躍してきた著者の言葉には強い説得力がある。(花伝社1700円)
                
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2024年01月12日

【`23読書回顧─私のいちおし】「忘却」に抗う女性の闘いへエール=小塚かおる(「日刊ゲンダイ」編集局長)

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 冒頭から私自身の話で恐縮だが、今年10月に刊行の拙著『安倍晋三vs.日刊ゲンダイ』を執筆する中で、<忘れないで記憶にとどめる><忘れないように語り続ける>ことの大切さと、それを記録として残すという記者の大事な仕事を、改めて意識した。そんな観点で2作品を挙げたい。

 青木美希『なぜ日本は原発を止められないのか?』(文春新書)は、福島第一原発事故後の被災地・被災者の実情や原発政策を追い続けている彼女の3冊目の単著だ。本書では、ゴーストタウン化して名ばかりの「復興拠点」となっている避難解除地区を丹念にルポするとともに、歴史を俯瞰し、研究者や官僚、政治家など多数の当事者を訪ね「原発が止められない理由」に迫って行く。
 ハッとさせられたのは、原発事故を受けて政府が発令した「原子力緊急事態宣言」が、12年を経た今も解除されていないという事実だ。ややもすると「復興」という政府広報に不都合な真実は覆い隠されてしまう。政官業学と共に「原子力ムラ」 の一角を占めるマスコミも加担しがちだ。そんな中で「忘却」に抗う彼女の存在は大きい。

 『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』(全3巻、原作・宮ア克、漫画・魚戸おさむ、小学館)は、フィクションの形を取ってはいるが、森友学園をめぐる財務省の公文書改ざんで自死した公務員の妻、赤木雅子さんの闘いを描いている。
 マンガ本の良さは、主人公の人柄や心情に、すうっと入っていけることにある。雅子さんは「闘って」いるが、もともと闘いなどしたいわけではない。物語を読み進めるほどに財務省が改ざんさえ指示しなければ、今も幸せな夫婦の日常があっただろうと、ますます憤りが込みあげる。
 国を訴えた裁判は国側が負けを認める「認諾」で終結した。当時の理財局長との控訴審も12月19日の判決で、改ざんに至る「真実を知りたい」という雅子さんの願いは叶わずだ。「無理が通れば道理が引っ込む」とさせないためにも、彼女の闘いを忘れてはならない。
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2024年01月04日

23年読書回顧―私のいちおし 死者の身元解明に挑む学者の回想録=平野久美子(ノンフィクション作家)

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 「法人類学者」という職業をご存じだろうか。
 彼らは、世界各地で頻発する紛争や,災害に遭って放置され、白骨化や腐敗した遺体、時には氷河が溶けて忽然と現れた前世紀の死者のもとへ駆けつけて、人種や年齢などを割り出し、生前の顔つきまで再現するプロフェッショナルだ。
 スー・ブラック著「死体解剖有資格者 法人類学者が見た生と死の距離」(草思社) は、この道の世界的権威である英国の法人類学者スー・ブラック博士の、長年にわたる驚くべき体験の回想録であり、スコットランドのサルティア・ソサエティ賞のミステリー部門受賞作でもある。

 門外漢の私がこの作品を手にしたのは、2020年に母がショートステイ先で異状死(治療中の疾病により病院で亡くなった以外の,すべての死をこう呼ぶ)扱いになったことと関係がある。人間は亡くなり方によって尊厳の扱いがこうも違う・・・。そのことを知った私は、2022年に自身の体験を踏まえて、異状死にまつわる本を出版した。死者にも人間としての尊厳があってほしい、という思いが、自分とブラック博士を引き合わせたと思っている。

 読み進むうちに、強い使命感をもって地獄絵さながらのジェノサイドや災害地に赴き、「死者の尊厳」を回復する姿に同じ女性として心を打たれた。ブラック博士は粘り強く身元判明に努力し、死者に名前やアイデンティティーを取り戻し、遺体を遺族に引き渡す。人類学的見地から個人情報を抽出する法人類学者は、法医学者と違って医師ではないが、解剖の有資格者である。それが本書のタイトルになっているわけだ。

 コソボ紛争で犠牲となった子供たちの調査の様子(第十章)は、パレスチナやウクライナで起きている非人道的な戦いを想起させるし、法人類学がどれほど重要な役割を果たしているかを教えてくれる。知ることの大切さと新しい地平を切り拓いてくれる本だ。
    
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2023年12月28日

【おすすめ本】大森淳郎『ラジオと戦争 放送人たちの「報国」』―ラジオは戦争を煽ったのか、痛恨の史実を暴き出す=永田浩三(武蔵大学教授)

  著者は、テレビ界の良心として知られるドキュメンタリーの名手である。ETV特集と『放送研究と調査』の論文をもとに14年かけて完成。今年の毎日出版文化賞に輝いた。
 ラジオはこれまで心ならずも戦争への協力を強いられたとされてきた。わずかに残る原稿、録音、関係者の証言から、戦争を自ら煽った事実が次々に明らかになる。
 盧溝橋事件の放送原稿を見てみる。放送では日中両軍の緊張を高めるよう、同盟通信が配信した原稿を書き替えていた。軍の方針を後押しする。これがニュースの編集方針だった。

 1941年の九龍半島への攻撃を伝える録音が見つかった。砲弾が空気を切り裂いて飛ぶ。炸裂する轟音の中を逃げ惑う人たちの悲鳴が聞こえる。臨場感あふれる構成は戦争の悲惨を訴えるのではなく、中国民衆と対比し日本人の幸福を際立たせる創意工夫だった。

 こんな逸話がある。米国で教育学を学んだ西本三十二は、1930年、大阪放送局(BK)での収録で、女性は非戦を体現する存在で、世界平和のために果たす役割は大きいと語った。検閲担当者は軍への侮辱だとして再考を求めた。BKは一計を案じる。検閲逃れのために大阪ではなく広島から発信することで、全国放送を実現した。当時はまだ裁量が残っていたのだ。その後、西本は放送に転じるが、教養・教育番組もすでに軍の宣伝の道具に変わりはててた。戦争にどう協力するか、これが当時の放送人の唯一のものさしだった。
 今はどう違うのか。自身に突き付ける著者の問いは重い。(NHK放送文化研究所3600円)
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2023年12月26日

【おすすめ本】いとうせいこう『今すぐ知りたい日本の電力 明日はこっちだ』―電気代高騰と再エネの窮地 この危機を好機に変えるための1冊=坂本充孝(ジャーナリスト) 

 いとうせいこう氏といえば、作家であり、クリエイターであり、音楽シーンを席巻するラップのパイオニア。NHKの朝ドラに登場したりもする。そんなマルチな才能の持ち主が緊急出版したのが本書である。
 テーマは「日本の電力」だ。原発に代わる再生可能エネルギーの専門家、5人に自らインタビューして現状、未来への可能性などを聴いている。

 いとう氏が、なぜ電力なのか。答えは前書きにある。「僕自身が『いとうせいこう発電所』を福島に持ち、太陽光でつくった電気を限られた契約者の方に売ってみているからだ」「誰でも発電できる世の中になったのだとわかりやすく構造の変化を示したいからであった」。ところが昨年末の岸田内閣の大方向転換、原発政策回帰以来、にわかに再生エネは旗色が悪くなったかに見える。そうした状況に深刻な危機感を抱いたからだという。

 インタビューでは電力高騰の理由を元東京電力社員にからくりを聴く。一方で、蓄電池を活用したオフグリッドの自由さ、太陽光発電+農業のソーラーシェアリングの未来などを当事者に語ってもらっている。 
 また福島県南相馬市で電気の産直を軸に復興を目指す農家の意見や、エネルギー転換が進む欧州の現状を知る専門家の「原発は高コスト」という分析も収録している。 

 いとう氏は、2011年3月の福島第一原発事故以来、被災地に足を運び、被災者の声を聴いてきた。そして時代遅れの原発の限界と罪を痛感。電力をみんなで分けあうシステム構築を模索している。そして叫ぶのが、このひとことだ。
 「明日はこっちだ!」
(東京キララ社、1600円)
                 
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2023年12月21日

【おすすめ本】林 博史『朝鮮戦争無差別爆撃の出撃基地日本』―在日米軍基地の役割とは ガザに重なる暗黒の史実=鈴木耕(編集者)

 本書は1950〜53年に戦われた朝鮮戦争における日本の米軍基地の役割を克明に検証した本だ。これを読みながら、私はしきりに「ガザ」での戦争を想起している。ハマスの奇襲に対するイスラエル側の狂気ともいえる報復で、ガザは今や地獄。イスラエルは救急車や病院や学校までをも標的に爆撃。救急車は戦闘員を運び、病院や学校の地下にはハマスの基地があるから爆撃は当然とイスラエルはうそぶく。

 それと同じ状況が本書に出てくる。ガザと同様にまさに「無差別」爆撃が、米軍によって朝鮮半島で繰り返された。実際に空爆に加わった将校の「なぜ敵がいないのに米軍が家を焼くのか、民衆には理解できない」という証言や「共産軍が撤退した後は家や学校がそのまま残っているが、国連軍ははるかに破壊力のある武器でかつての都市をただ黒焦げの焼け跡にしてしまう」などが採録されている。まさにガザの現状。つまりイスラエル軍の戦術はかつて米軍が日本を焼土化した攻撃と同じ。その上、原爆使用を検討していた事実もイスラエルに重なる。アメリカの援助と指導によるイスラエルが、米軍と同じやり方をするのは当然か。
 
 日本から朝鮮半島への空爆と言えば、沖縄の基地が思い浮かぶが、当時は日本中に米軍基地があり、そこから米軍は無差別爆撃を繰り返した。

本書はその詳細な記録だが、著者の執筆姿勢が素晴らしい。一切の推定を排除し「…と思われる」などの記述は一切ない。すべて資料を明示し、調べが及ばなかった事はその旨注記してある。私には「目からウロコ本」だった。(高文研2500円)

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2023年12月13日

【おすすめ本】読売新聞社会部取材班『五輪汚職 記者たちが迫った祭典の闇』―事件全貌を俯瞰できる 電通の強欲、忖度なしで活写=本間 龍(ノンフィクション作家)

 2020東京五輪汚職事件をスクープした読売新聞社会部による取材記録。汚職事件の発端から容疑者逮捕、さらに間をおかずに談合事件に至る取材に奮闘した記者たちの動きを追体験でき、併せてこの事件の全貌を俯瞰できる良書である。

 改めて強く感じたのは、東京五輪とはまさに「電通の、電通による、電通のための大会」であったことだ。汚職事件の中心人物として元電通専務だった高橋治之氏の名が再三登場し、談合事件の記述でもまた、中心となった電通の名前が繰り返し登場する。私は10年以上前から電通の寡占問題について発言してきて、東京五輪は必ずや電通がその横暴の限りを尽くすだろうと予測してきた。だから個人的には、第4章『電通「一強支配の歴史」を中心とする電通に対する記述が面白かった。電通の強欲ぶりに対する記者たちの驚きや怒りが素直に伝わってきたからだ。巷間囁かれるメディアの電通に対する忖度を微塵も感じさせない記述に、爽快感さえ感じた。

 あえて注文をつけるとすれば、それは政界ルートに対する記述がないことである。高橋氏は自身の権力を誇示するために、スポンサーたちとの会合に森喜朗元首相や自民党の政治家を頻繁に同席させていたことが分かっている。果たして、彼らへの利益供与は全くなかったのかについて、多くの国民は疑問に思っているのではないか。結局、その森氏をはじめ政治家は一人も逮捕されなかったが、取材班の取材ルート上に森氏や政治家の関与は浮かんでこなかったのか、あったとしてもどんな障壁が逮捕を阻んだのか。その点についての記述もあれば、満点だったのではないかと感じた。(中央公論新社1600円)
                  
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2023年12月02日

【おすすめ本】茶本繁正『原理運動の研究』─統一教会の闇を暴く先駆的名著が復刊!=梅田正己(書籍編集者)

 統一教会問題を所管する盛山文科相は、「遅くとも1980年頃から被害があった」と述べた。
 だが単行本『原理運動の研究』(晩聲社)が出版されたのは1977年である。すでに、この教団の人心をもてあそんで破滅へ導く反社会的本質に加え、自民党中枢と結託して政治的影響力を培養してきた事実は、暴き出されていたのである。

 原理運動といっても、ピンとこない人が多いかもしれないが、1960年代後半、全国の大学を席巻した宗教運動である。アダムとエバの原罪を引き継いだ罪人の自覚とそこからの救済を原理≠ニして、全てをなげうっての献身を求めた。
 そのため「親泣かせの学業放棄と家出」が続出し、67年には「原理運動対策全国父母の会」が結成されていた。当時すでにソウルでの合同結婚式も行われていた。
 修練所での徹底した洗脳により、信者たちはノルマによる花売りや募金活動、人参茶や大理石の壺売りに没頭、教団の蓄財に貢献した。

 その莫大な財力を使って教団がつくり出したのがWACL=世界反共連盟だった。その日本版が勝共連合である。
 70年5月の「WACL躍進国民大会」には岸信介元首相、佐藤栄作現首相、福田赳夫現蔵相らが「花輪」を贈り、かつ岸は「重大な使命」を説くアピールを寄せた。
 以後、こうした催しを重ねて勝共連合と自民党の関係が深まり、各県連の幹部がWACL後援会長の座に就く。そのおスミ付きが統一教会の社会的信用と政治力を強め、信者獲得や集金力を高めていったのである。
 著者の茶本繁正さんは生前JCJ代表委員だった。存命なら、今どんな言葉が聞けるだろうか。(ちくま文庫840円)
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2023年11月20日

【おすすめ本】原田正治 松本麗華『被害者家族と加害者家族 死刑をめぐる対話』―「罪を償う」とは 新たな論点を提供する一冊=鈴木耕(編集者)

 まずタイトルに身構える。内容は厳しい意見の応酬なのではないかと。しかし読み進めると不思議なやさしさに満ちた対話であることに気づく。対話者は、弟を殺されながら加害者に面会してから死刑制度に疑問を抱き始めた原田正治氏と、オウム真理教の松本智津夫氏の3女である松本麗華氏。このふたりが互いに相手のことを思いやり、気づかいながら、ゆったりと話を進めていく。

 言葉の端々に、辛さや無念さ、切なさがにじむけれど、どこか、陽のあたる縁側でお茶を飲みながら話しているような温かみも感じられる。なぜ原田氏が「死刑制度」そのものに疑問を持ち、「廃止論」にまで踏み込むことになったのか。今でも犯人を長谷川くんと呼ぶ理由とは何か。
あの麻原彰晃氏≠父に持ったことの意味を、ひたすら社会の指弾に耐えながら考え抜いていく松本氏。被害者家族と加害者家族であることの垣根を超えて、ふたりは共感しあい理解し合う。まことに不思議な対話集になっている。

 ことに、松本氏に科せられた過酷な人生は、読むだけでも切ない。ほとんど意思疎通ができない状態の父との面会。それでもなお、治療による回復によって、異界に彷徨う父の心を取り戻したいと願う娘の痛ましさ。それを「死刑」によって断ち切られたことの悲哀。「罪を償う」とはどういうことなのか。対話は最終的に、死刑制度そのものへの懐疑を抱卵して終わる。被害者家族と加害者家族の対話という稀有な小冊子が、新たな方向からの「死刑廃止論」を生んだと言えよう。(岩波ブックレット、630円)
   
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2023年11月13日

【おすすめ本】大治 朋子『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』―生きるヒントが得られる 「人生のマニュアル書」=城倉由光(前「サンデー毎日」編集長)

 本書は、混迷する社会において「ナラティブ」 という概念を用いることで、生きるヒントを得るに役立つ「人生のマニュアル書」だ。多数の事例 とともに社会学や心理学を駆使したアカデミック・ジャーナリズムが息づいている。

 そもそもナラティブとは何か。著者は「さまざ まな経験や事象を過去や現在、未来といった時間軸で並べ、意味づけをしたり、他者との関わりの中で社会性を含んだりする表現」と定義する。
 「時間軸」「意味づけ」「社会性」を包含するナラティブには、「物語」 「ストーリー」といった語彙も含まれるという。「今日は何を食べよう?」といった日常の選択から「老後はどうなる?」という将来の不安も、すべて私のナラティブに従って生きているという。では私のナラティブはどこから生まれるのか。

 その答えが本書に詰まっている。だから「人生 のマニュアル書」なのだ。それだけではない。SNS時代になって私のナラティブが、無意識のうちに他者に洗脳される危険性が大きくなっていると警鐘する。
 デジタルデータなどの個人情報を駆使して、米大統領選などをコントロールしたとされるケンブリッジ・アナリティカへの取材は圧巻である。
 また、報道におけるナラティブ・ジャーナリズムの可能性も提起している。その関連でニュースの本質を見抜く「本質主義」と個々のナラティブが現実をどう構成するかを問う「構成主義」のア プローチを指摘する。

 特に「構成主義」には マルティン・ブーバーの『汝と我』にある「真の 対話」の重要性を想起させる。その意味で本書は“希望の書”でもある。(毎日新聞出版2000円)
                  
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2023年11月06日

【おすすめ本】矢部 武『年間4万人を銃で殺す国、アメリカ 終わらない「銃社会」の深層』―「銃社会」米国に潜む 不安と恐怖の病巣を抉る=半沢隆実(共同通信論説委員)

 学校や教会といった市民生活の最も安心できるはずの場所で、凶弾が飛び交う。それが米国の日常となって久しい。悲劇が繰り返されされても、銃を手放せない米国人。毎年4万人もの命が銃で奪われているという。本書はこの不可解な現実の原因を探りながら、現代の米国が抱える本質を解き明かしている。

 「国民が武器を所有し、携帯する権利はこれを侵してはならない」とする合衆国憲法修正第2条の存在は、よく知られたところだ。さらに米国最強のロビー団体「全米ライフル協会」が豊富な資金力を背景に政治家への強力なロビー活動を行っている。1994年の中間選挙では、銃規制法案に賛成した民主党議員に対し、報復としての批判キャンペーンを大きく展開し、大量の落選者を出したエピソードを紹介している。
 特筆すべきは、本書がこうした政治的な側面に加え、「個人の自由と権利、憲法などへの異常なほどの執着、こだわり」を持つ米国人の本質まで踏み込んだことだ。

 米国を熟知した国際ジャーナリストである筆者の探求はそこにとどまらず、もともと心の中に不安や恐怖を抱えた人が多いという米国の姿も捉えている。さらに隣国メキシコからの移民が標的となった乱射事件の背景には、白人至上主義を擁護し活気づけたトランプ前大統領の存在があると指摘する。
 現代の米国が抱えるある種の闇へと迫ったうえで、差別や陰謀論などがはびこる理由の一端もあぶり出した。銃問題を入り口に、米国とは何かを考える機会を、読者に与えてくれている。(花伝社1500円)
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2023年10月29日

【おすすめ本】廣末 登『闇バイト 凶悪化する若者のリアル』―新手の犯罪を複眼的に分析・考察=中村 秀郷(西南学院大学准教授)

 本書は、自身も非行経験のある犯罪学者で、更生支援の担い手(保護司、更生保護施設職員など)という2つの顔を持つ著者が、闇バイトの実態とリスクについて当事者たちを取材してまとめたものである。闇バイトに巻き込まれていく大学生のフィクションから始まり、仕掛け人「半グレ」の横顔、実態と犯罪現場、リスクと真実、さらに闇バイトを生み出す社会構造等まで幅広い視点から複眼的に分析・考察している。

 本書はマスコミ報道ではイメージしにくい、闇バイトの勧誘方法、一度関わると逮捕されるまで抜けられない現場のリアルなやりとりを披露している。さらに特殊詐欺犯の5パターンを実際の事例を用いて紹介し、被害者とのやりとり、受け子出し子の勧誘方法、逮捕のリスク、指示役からの脅迫行為の内容など、現場の実態がイメージしやすい。本書を手に取った読者は闇バイトに関わった人のリアルな展開に大いに興味を持って一気に読破されるであろう。

 一方、本書は闇バイトに巻き込まれないための対策についても支援者及び当事者の証言を取り上げている。さらに銀行口座を開設できなくなるなど、闇バイトに関わることで生じうる社会生活上のリスク、社会復帰の困難性を指摘している。

 本書は、読者及び身近な人が闇バイトに巻き込まれることを防止する道標となることは間違いない。闇バイトに巻き込まれない、被害に遭わないための必読の書として、一般読者だけでなく、学校教育の関係者など全世代に一読いただきたいものである。(祥伝社新書930円)
                  
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2023年10月27日

【好書耕読】「反自然」とは?を修正する大書=北丸雄二(ジャーナリスト)

Biological Exuberance: Animal Homosexuality and Natural Diversityby Bruce Bagemih『生物学的豊饒:動物の同性愛と自然の多様性』ブルース・ベイジミール著
 日本でもやっと真面目に論じられるようになった同性愛や性的少数者への差別は、実は紀元前のアッシリアや古代ローマの時代からありました。宗教的禁忌の次には英国の獣姦法(1533年)やドイツの刑法一七五条(1871年)など、近代法での犯罪化=ソドミー法制定が始まります。しかし犯罪とするには忍びないというフロイトやアインシュタインらの働きかけで一九世紀末にはこれを病理化する動きも起きた。ただしそれは意に反して精神異常、性的倒錯という別の差別を生みました。すべては、生殖を目的としない性行為を「反自然=神に背く」と考たのが起源です。

 欧米を中心に二〇世紀半ばからソドミー法の撤廃が始まり(脱犯罪化)、1990年にはWHOが同性愛を「性的逸脱」から外し(脱病理化)、差別の理由が失われます。しかし今でも「同性愛=反自然」とする忌避感覚は世間に遍在します。

 25年前の本書の刊行はまさに目から鱗でした。2世紀に及ぶ動物学文献を精査し、五百種もの哺乳類、鳥類、爬虫類、昆虫などの同性愛的行動を列挙して従来の「自然」観を修正した本書は、NY公共図書館の同年の25冊に選ばれ、NYタイムズでも大きく取り上げられました。生物学とは、従前の法則に沿わない対象を排除するのではなく、それを新たに取り込む法則を作る「帰納の学問」です。現在、「男女二元論」が「男女二極論」へと変わりつつあり、トランスジェンダーやノンバイナリーが注目されるのも、この本書の刊行が一つの発端だったのです。(セントマーティンズプレス5230円)
                
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