2024年08月17日

【おすすめ本】有田 芳生『誰も書かなかった統一教会』―「宗産複合体」の反社会性 教義、活動の全体像を完膚なく暴く=藤森研(JCJ代表委員)

 旧「統一教会」の全体像と本質を、長くウォッチしてきた筆者が新書にまとめた。
 教義に始まり、国際勝共連合などの政治活動、霊感商法などの経済活動、北朝鮮人脈とカネ、さらには「非公然軍事部隊」の影まで、「宗産複合体」の全容を本書は手際よく描いた。

 教祖・文鮮明の最終目標は「政治権力と相互補完関係を保ち(略)影響力を強め(略)『世界の王』となること」だったと筆者は言う。文は12年に死去、妻の韓鶴子がその座を継いでいる。
 興味深いのは、日本の政界への接近の分析だ。岸信介元首相との反共の連携はよく知られるが、本格的な政治への侵食は、中曽根政権の衆参同日選(86年7月)の応援に運動員、カネをつぎ込んでからだという。

 この結果、統一教会系の「勝共推進議員」が約130人に達した。ほとんどは自民党議員だ。同年8月には全国から女性信者を集め、「秘書養成講座」を開く。修了者は、国会議員の公設、私設秘書になって行った。
 
 統一教会は日本だけでなく世界各国にも進出したが、警戒を持って見られた。
 米下院のフレイザー小委員会は77~78年、教団の実態を調査・分析している。報告書の内容は本書に詳しい。文はその後、米国で脱税に問われて服役。フランスの統一教会の事務所トップも脱税で起訴されたという。

 ひるがえって日本の対応はなぜか実に甘い。
 今後、22年7月の安倍晋三元首相銃撃事件について山上徹也被告の裁判が始まる。宗教法人法の解散命令も予想されるが、彼らは任意団体として活動を続けるだろう。
 監視を続けて行かねばならない。(集英社新書960円)
      
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2024年08月15日

【24緑陰図書―私のおすすめ】同調圧力社会を一蹴する絵本=宮崎 園子(広島在住ジャーナリスト・元朝日新聞)

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 何かを批判・批評したら「悪口」や「攻撃」と取られる時代。都知事選でも、現職を批判する蓮舫氏が、テレビのコメンテーターから「こわい」の大合唱を浴びせられていた。

 6月、小学校の娘の学級懇談に行った。担任が教育方針について「友達同士マイナスなことを言わないよう呼びかけている」と言った。何を言うにもポジティブにと。はて。

 次第に広がる社会生活の中で、何かの不正や権利侵害に直面する場面にきっと遭遇する。そんなとき、わが子は笑って流さず、毅然と「それはおかしい」と言えるだろう
か。
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 親としてモヤっていた頃、書店である絵本が目に留まり、娘のために購入した。『わたしは反対!社会をかえたアメリカ最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグ』(子どもの未来社)だ。
 ご存じRBGの人生を幼少期から描いた本。彼女の主張の数々が大きく目に飛び込むようなデザインに特徴がある。「男女でわけるのはおかしい」「ちがう意見をもってるから?そのとおり。」など。とにかく痛快。娘の担任なら「別の表現に変えましょう」と言いそうだ。
 批判や批評を嫌う、議論なき同調圧力社会。一記者として悩む時に反芻する言葉ある。ニュースメディアというのは、空気の温度を調整するエアコンディショナーであるべきだ」。2016年に51歳で亡くなった元ニューズウィーク日本版編集長、竹田圭吾さんのものだ。熱い時は冷まし、冷めていたら熱するのだと。

 『コメントする力 情報を収集×発信する技術』(PHP)は、コメンテーターとして、ネットの情報大洪水に接する際のハウツーや、記者としての哲学を記した内容。「情報は疑う」「物事はすべからくグレーと考える」と。2013年の本だが内容は古びていない。新聞社を辞め、書くだけでなく喋ることも増えた私。世の中をしっかり見渡し、おかしいことはおかしいと言い続けたい。
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2024年08月11日

【おすすめ本】東海林 智『ルポ 低賃金』─労働の現場を歩き、生活に苦しむ実態を炙りだす=北 健一(ジャーナリスト)

 特殊詐欺事件で「受け子」(被害者宅に出向いてキャッシュカードや現金を受け取る役)をしていた21歳の女性が逮捕された。
 新聞社のデスクだった著者は、違和感を抱く。 派遣労働者だった若い女性がなぜ? ここから始まる取材が、低賃金の現場を徹底して踏査した本書の第1章「特殊詐欺の冬の花」に結実した。
 取材はシェアハウス、アマゾン配達、非正規公務員、農家にも及ぶ。

 「一つ歯車が狂うと、全てが回らなくなる」「普通に働いて普通に暮らすことがなんでこんなに大変なのか」
 普通の暮らしをつかめずに苦しむ当事者たちの言葉が、雇用社会の課題を炙り出す。
 マスコミやSNSには「為政者目線」「経営者目線」からの評論があふれているが、著者はその対極に立つ。いつも現場を歩き、時に泣きながら耳を澄ませるからこそ、ここまで深く細やかな話が聴けるのだろう。
 深刻な事実を描きながら読後、温かな気持ちになれるのは、当事者と著者が共感で結ばれているゆえだろうか。非正規春闘をはじめ、根源にある低賃金を打破するために動く人々も活写し、行間から光が差すようだ。

 著者は、日経連が1995年、雇用ポートフォリオを打ち出した「新時代の『日本的経営』」を「賃金が上がらない国」になった元凶と見定め、反撃の狼煙をあげるという(『週刊東洋経済』著者インタビュー)。

 著者は「最後の労働記者」と呼ばれる。尊称とわかりつつ、「最後にしてはいけない」と思う。弱き者に寄り添い、働くものが声をあげることを励まし、希望に続く道を探す仕事は、まだまだ必要なのだから。(地平社1800円)
              
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2024年08月04日

【24緑陰図書―私のおすすめ】実体験から「人質司法」の是非を問う=本間龍(ノンフィクション作家)

                        
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 角川歴彦氏の新刊『人間の証明 勾留226日と私の生存権について』(リトルモア1200円)を興味深く読んだ。
21年に開催された東京五輪では、その後の22年に20人近くが汚職・談合容疑で逮捕、起訴された。当時K A D O K A W Aの会長だった歴彦氏もその一人であった。

 殆どの関係者が容疑を認めて保釈される中で、歴彦氏は一貫して容疑を否認したため、保釈請求は三度も却下され、勾留は226日に及んだ。容疑を認めない者は懲らしめの意味も含めて保釈しないという、悪名高き我が国の「人質司法」の犠牲となったのだ。本書は、前半で長期に及んだ東京拘置所での生活を描き、後半では人質司法の問題点をつぶさに検証している。
 検察は、K A D O K A W A社内の構造上、逮捕された元専務や室長たちが、会長だった歴彦氏の指示のもと、元電通専務の高橋治之氏に賄賂を渡したという筋書きを作った。これに対し、歴彦氏はそもそも五輪参加には全く興味がなく、従って指示など一切出してはいないと主張している。だが本書では容疑の中身についてはあまり触れられず、過酷な勾留生活の記述が大半を占める。

 私も約20年前に事件を起こし、裁判終結までの約210日間、東京拘置所に勾留された。それ以前に三田警察の粗末な留置場で約四カ月過ごした私にとって、新築されたばかりの東京拘置所(当時)は清潔で過ごしやすいと感じたが、高齢で持病もある歴彦氏にとっては、地獄のような場所であったようだ。
 故に、拘置所内での理不尽に満ちた生活描写は鬼気迫るものがある。何よりも、自らの潔白を固く信じる歴彦氏にとって、無実の人間の自由を奪い、人間としての尊厳を踏み躙る拘禁処遇は耐えられないものだった。

 こうした人権無視の処遇への強い怒りが、自白して罪を認めなければ永遠に保釈されないという人質司法に対し、我が国初の「人質司法違憲訴訟」を提議する原動力となった。贈賄容疑の裁判の行方は別として、長年問題になっていた人質司法に対し果敢に挑戦する姿勢に、言論人としての確固たる信念を見た。
               
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2024年07月24日

【おすすめ本】牧内 昇平『ManufacturingConsenT  原発事故汚染水をめぐる「合意の捏造」』―PR事業の追及から始まる 国家的欺瞞の正体を暴き出す=鈴木 耕(編集者)

 本書は、敏腕ジャーナリストの取材ノートを読んでいるみたいだ。取材先で掴んだ事実や、掘り起こした資料などをいったんノートに書き止め、それらをもう一度吟味して時系列やファクトの軽重を勘案しながら、読み易いように整理したという感じだ。なるほど、著者は元新聞記者。仕事で身につけた取材技術をここでも十分に発揮しているわけだ。

 ターゲットは「原発汚染水」だ。「処理水」などと呼ぶことの欺瞞に対する怒りから本書の英語のタイトルが決まったのだろう。簡単に意訳すれば「作為的同意」となろうが、著者はこれを「合意の捏造」と一刀両断する。

 話は政府の汚染水に関するテレビ広告への違和感から始まる。それを追いかけていくと様々な汚染水放出のPR事業に行き着く。高校生向けの「出前授業」と称する洗脳じみた事業や「出前食育」(最終的には親子料理教室)などという、著者に言わせれば「気持ちの悪い」事業。それらが意味するのは原発汚染水放出のプロパガンダだ。著者は人々の声を拾い集めながら「合意」なるものの正体を暴いていく。それが「捏造」であることに、読者も否応なく気付かされる。

 著者の糾弾は、汚染水放出にお墨付きを与え捏造に手を貸すIAEA(国際原子力機関)や、無批判にそれに乗って報道するマスメディアにも向かう。当然、かつて自らが身を置いた会社への批判も含まれる。それにしても著者のような真摯なジャーナリストたちが続々と辞めていくのが現在の新聞社の状況。それを当の朝日新聞社はどう思っているのだろう? (ウネリウネラ、1200円)
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2024年07月21日

【おすすめ本】神野 直彦『財政と民主主義 人間が信頼し合える社会へ』―市場と為政者に委ねて良いのか 民主主義の危機を問う=友寄英隆(経済研究者)

 本書は、「あとがき」で述べているように、著者が網膜剥離と言う視覚障害の危機をのりこえて、渾身の思いをこめてまとめた一書である。  

「財政と民主主義」というタイトルであるが、狭い意味の財政問題の書にとどまらず、日本の経済と民主主義のありようを根源から問い直し、人間らしく生きられる社会を構想したスケールの大きな新書である。

 序章の「経済危機と民主主義の危機」と第1章の「『根源的危機の時代』を迎えて」では、新自由主義の浸透による格差と貧困、環境破壊などについての、著者の時代認識が示されている。
 第2章の「機能不全に陥る日本の財政」では、コロナ・パンデミックが日本財政の矛盾を白日のものにしたことが分析され、続く第3章「人間主体の経済システムヘ」ではスウェーデンの「参加型社会」と対置することによって、岸田政権の「人間不在の『新しい資本主義』論」を厳しく批判する。

 具体的な財政分析という意味では、第4章「人間の未来に向けた税・社会保障の転換」は説得力がある。日本財政の歪み、矛盾、改革の方向が描き出されている。財政民主主義のあるべき方向として、中央政府、地方政府、社会保障基金政府からなる「三つの政府体系」に再編成することが必要だと主張する。

 著者は最後に「本書では、共同体意識に裏打ちされた社会の構成員が、自分たちの運命を自分たちで決定できる共同意思決定空間を下から上へと積み上げて、代表民主主義をも活性化させる途を模索してきた」(243n)と述べている。この文言が評者には重く響いて残った。(岩波新書1000円)
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2024年07月12日

【おすすめ本】菅原 出『民間軍事会社 「戦争サービス業」の変遷と現在地 』─国の安全保障や企業防衛の最前線に立つ実施部隊=前田哲男(軍事評論家)

 「民間軍事会社」と聞いて思い浮かべるのは、ロシア・ウクライナ戦争さなかに起きた、「ワグネル」「プリゴジンの乱」だろう。この事件、現代戦の暗部が資本主義国アメリカだけでなく、旧ソ連=ロシアにも存在する事実を照射してくれた。
 もちろん本書にも詳述されている。「ロシア国家によるワグネル乗っ取り」「プリゴジン暗殺」の章は、読みどころの一つだ。

 だが本書は、もっと広範に、アメリカ「戦争請負会社」の活動からアフリカの地域紛争や湾岸戦争、イラク戦争にもおよび、「民間軍事会社」が 現代の戦争に不可欠なものであることを教えてくれる。
 あまり知られていないが、日本の自衛隊にも民間会社の利用が浸透し、隊員不足を補うために拡大する勢いにある。

 本書を読んで再読したのが、カイヨワの『戦争論』(法政大学出版局1974年)とプレティヒャ『農民戦争と傭兵』(白水社2023年)である。「傭兵」を戦争の民間人利用と考えれば、その起源は古い。
 両著とも「歩兵」のルーツを「傭兵」に求めている。「マスケット銃が歩兵を生み、歩兵が傭兵を生んだ」(カイヨワ本)というわけだ。この「傭兵」の現代版・適用例が「民間軍事会社」だといえなくもない。

 しかし、現代資本主義が向かい合う「テロとの戦い」においては、「民間軍事会社」は、「各国の安全保障政策や企業のセキュリティ対策を最前線で履行する実施部隊である」(本書あとがき)。
 そう考えれば岸田政権が掲げた「GDP2%防衛費・5年間43兆円」の使途とも無縁ではない。その意味でも広く読まれるべき書である。(平凡社新書1050円)
          
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2024年07月08日

【おすすめ本】是枝裕和・川端和治・早田そうだったのか!ジャーナリズム研究会『僕らはまだテレビをあきらめない』―公権力の放送介入に抗う貴重な論考=長井 暁(ジャーナリスト)

 本書は、安倍晋三政権がテレビ放送への介入を繰り返されていた時期に、BPO放送倫理検証委員会の委員を務めた弁護士の川端和治氏と映画監督の是枝裕和氏による数々の論考と、両氏へのインタビューを中心に構成されている。掲載されている是枝氏が当時ブログに発表した3本の私見は、評者も講演や大学講義で何度も参考にして来た貴重な論考である。

 2015年4月、高市早苗総務大臣は出家詐欺番組を放送したNHKへ行政指導(厳重注意)。同年11月には、一つの番組のみでも政治的に公正と認められない場合があると発言。16年2月には、放送法違反を繰り返した場合、電波法76条に基づき電波停止の可能性があると発言した。

 BPOはNHKへの行政指導について、15年11月に公表した意見書の中で、「放送法が保障する『自律』を侵害する行為そのものと言えよう」と厳しく批判。意見書公表の翌日に是枝氏は私見を発表し、放送法は公権力から放送の「表現・報道の自由」を守るためのものであり、公権力が放送を規制するためにあるのではないと指摘した。

 さらに10日後に発表した私見では、放送法四条(「政治的な公正」など)が成立した経緯を詳しく検証し、この条文は「法規範」ではなく「倫理規範」であると明確に指摘。さらに16年3月の停波発言を受けて発表した私見では、公権力の誤った法解釈や人々の無理解によって、「放送を守るための放送法が、公権力が放送局を監視するための法律」にされてしまっており、その倒錯した状況を改めなければならないと厳しく指摘した。

 映画の製作等で多忙を極める中で、「資料集め及び清書をしてくれた分福のスタッフも呆れています」と言うほど、放送法に関する私見の執筆に熱心に取り組んだ理由について是枝氏は、自分を育ててくれた放送への愛着=テレビ愛があること語っている。本著はメディア関係者必携の一冊である。(緑風出版2500円)
          
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2024年07月01日

【おすすめ本】増田 剛『アメリカから見た3・11 日米両政府中枢の証言から』―菅政権の悪戦苦闘を伝える 日本の原発政策への警告の書=南雲 智(東京都立大学名誉教授)

 「3・11」とは言うまでもないが、2011年3月11日に起きた「東日本大震災」を指している。この大震災では地震、津波、原発事故と3つの複合的な災害が発生し、その対処には史上最も困難が伴うこととなった。アメリカはこの3つの災害中、原発事故に最大の関心を寄せ、「フクシマ」はチェルノブイリを超える惨事となると予測していた。それだけにオバマ大統領(当時)が菅直人首相(当時)に地震発生からわずか10時間足らずで電話をかけ、原発事故に対して全面協力を申し出たのも単なる外交辞令でなかったことは、本書に記述されているアメリカ高官たちのアドバイスや要求などを含めた数々の証言が教えている。

 本書は、大地震発生直後からの7日間、決して大袈裟な表現ではなく暗闇の中を手探りで進むほかなかった菅政権中枢部の過酷で困難な悪戦苦闘の記録である。その意味では、息苦しささえ感じるほどの緊迫した空気を伝える本書は、歴史の証言者としての価値を十分すぎるほど持っている。
 それにしても、菅政権中枢部は原発事故に対して参考となる事例もなく、事態の打開を図ろうにも東電からは正確な情報が伝えられず、何が起きているのかさえ把握できない危機的状況に直面していた。信じ難いことだが、福島原発1号機の爆発を政権中枢部はテレビの映像で初めて知るのである。

 本書に記述された驚くべき事実からは東日本全域が放射能で全滅していた可能性があったことを思い知らされるに違いない。にもかかわらず、現在、自民党政権は原発推進政策を進めている。本書はこうした日本の原発政策への警告の書にもなっているのである。
(論創社 2000円)
 
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2024年06月21日

【おすすめ本】鈴木 宣弘 森永 卓郎『国民の知らない「食糧危機」と「財務省」の不適切な関係』有事に日本人は飢えてよいのか 反動農政に「ノー」を突き付ける=栩木誠(元日本経済新聞編集委員)

 「国民は知らない『食料危機』」。農業経済学者と経済学者による、「国の危機を訴えた」本書のこのタイトルほど、日本の「食と農」が直面する危機的な状況を示す端的な表記はない。政治資金を巡る議論に政治的関心が高まる一方で、日本の農業と食を崩壊に追い込もうとしている、農業の憲法、「食料・農業・農村基本法」の改悪案と関連法案が、国会で強行されようとしていることに、反対の声を挙げている国民は、残念ながら少数派だ。

 日本国民の生命線ともいえる食料自給率の達成目標を除外し、輸入依存度を高める一方で、最低限必要な食料の確保が困難な事態に直面した時には、農業者に罰則規定まで設けてサツマイモなどの作付けを農業生産者に強制する、第二次世界大戦時と同様の「事態法」まで盛り込まれた法改正が今、国民の関心度が低い中で強行されようとしているのである。
 こうした「食と農」が直面する諸課題に、鋭く切り込んでいるのが本書である。啓蒙書としてやや網羅的な面はあるが、「農業予算はどんどん削られている」、「一見安い食料ほど実は危ない」、「米食中心に移せば食料自給率は劇的に改善」など、「食と農を守る」ための課題が、本書には散りばめられている。

 著者である鈴木教授は、これまで「世界のどこかで有事、異常気象、天変地異が起きれば最初に飢えるのは日本、そして東京、大阪が壊滅する」と、これまでも厳しく警鐘を鳴らしてきた。しかし、それとは逆行する「農業基本法」の改悪が強行されようとしている状況下で、私たちがとるべき対応は何か。それは、本書も指摘するように、「食と農を“自分ごと”」としてとらえ、反動的農政に対する「ノー」の声を積極的に挙げていくことなのである。(講談社+α新書、900円)
                          
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2024年06月17日

【おすすめ本】乗京真知『中村哲さん殺害事件 実行犯の「遺書」』─深い闇を暴く調査報道の成果=高世仁(ジャーナリスト)

 中村哲医師は5年前、武装集団に襲われ亡くなった。その真相はいまだ深い闇だが、朝日新聞記者の著者は、独自取材で国際謀略ともいうべき事件の構造に迫る。
 実行犯の中心はパキスタンの反政府武装勢力のメンバー。当時はアフガニスタン側に潜伏し、犯罪を請け負って金を稼いでいたが、その彼に中村さん襲撃を依頼したのは、パキスタン治安機関の密命を帯びた人物。背景には水を巡る隣国同士の確執があった。

 中村医師はアフガニスタンを襲った大干ばつによる飢餓を救おうと、大規模灌漑に乗り出し、65万人の暮しを支える沃野を蘇らせた。灌漑の水は、パキスタンを源としアフガニスタンを流れて、再びパキスタンに下るクナール川から引いている。上流で水を分岐させる事業は、下流のパキスタンには水量減となる。
 パキスタンは近年、地球温暖化による洪水と干ばつの甚大な被害を受けて、水の安定確保は最大の懸案となっていた。クナール川上流の“脅威” の除去を狙って中村医師襲撃は決行された。

 事件の真相は、複雑な両国関係や政治的思惑で、覆い隠されようとしていた。著者の調査報道は、事件の深い闇を暴く世界的スクープだが、取材の困難さは想像に余りある。
 「ちまたに銃があふれるアフガニスタンで犯人を捜すことは、自分だけでなく助手やその家族を危険にさらすことでもあった」(本書)。
 近年、マスコミ企業は危険地での取材を避ける傾向にあるが、本書に記された貴重な取材方法は、ぜひ学んでほしい。(朝日新聞出版1600円)
                 
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2024年06月13日

【おすすめ本】鈴木邦男 白井 聡解説『鈴木邦男の愛国問答』―イデオロギーの壁超える 言葉の力と文章の真骨頂=芳地 隆之(ライター)

 本書の「はじめに」で記されているように、鈴木邦男さんが「保坂展人さんを励ます会」でスピーチをすると聞いて、閉会後にインタビューを申し込んだ。相手はかつて新右翼として名をなしていた人である。面識もない。だが「マガジン9条(ウェブマガジン。現マガジン9)の者です」と伝えれば、引き受けてくれると思った。鈴木さんはどんな思想信条の者であっても、議論のできる相手であれば、いつでも、どこでも出向く。そうした度量の大きさを感じていたからだ。

 はたして二つ返事で承諾いただき、それが「マガジン9条」での本書タイトルの連載へとつながっていくのだが、そこからテーマ別にセレクトされたコラムを読むと、鈴木さんは身体を張って書いていたんだなとつくづく思う。東日本大震災から数カ月後には「自衛隊23万のうち、半分の10万以上は東北に行っている。軍備はぜい弱だ。でも、どこも攻めてくる国はない。『仮想敵国』のロシアも、中国も、北朝鮮ですらも、日本に義援金を送り、『頑張れ!』と励ましている」として憲法前文のリアリティを語る。国を強くするという威勢のいい言説には「『強いリーダー』を待機していったら、国民はますます弱い蟻になる」と釘を刺す。国会議員は出たい人よりも出したい人に、を実現するため「国会議員は全員、国民の中から抽出する」と提案する。「これでこそ本当の『民意』だ」と。

 イデオロギー偏重の向きは色を成すが、ぐうの音も出ない。政治的な立場を超えて人々と繋がった鈴木さんの文章の真骨頂を本書で感じてほしい。(集英社新書1050円)
             
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2024年06月05日

【おすすめ本】丸山美和『ルポ 悲しみと希望のウクライナ 難民の現場から』─戦禍に生きる人々・支援する仲間 ウクライナで育つ「いのちの連帯」=木原育子(「東京新聞」特別報道部記者)

 ロシアによる長引くウクライナ侵攻。両国の情勢や戦況を伝えるメディアが多い中で、著者の視点は戦禍に生きる生活者としてのウクライナ人に据えられている。戦争で日常を奪われ、傷ついた幾人もの生身の「人間」が、いずれも今の姿を包み隠さず、切々と語っている。
 本書の文章を追い続けるうち、まるでウクライナの荒野に、もしくは戦場に立たされているかのような、臨場感に襲われる。間近で見て触れて、感じてきた者でしか描けない渾身のルポルタージュと言ってよい。

 著者はポーランド在住のジャーナリストで、国立ヤギェウォ大学の非常勤講師も務める。侵攻直後からポーランドに逃れてきた人々の支援に奔走し、ウクライナにも19回入り、人々の「声」に耳を傾けてきた。
 放置された無人の焼け焦げたベビーカー、誰かに踏み付けられたように崩れた乳児院…。著者のスマホに撮りためた幾万枚もの写真は、ウクライナの痛みそのものだ。
 ただし本書には支援者たちの懸命な活動も紹介されている。タイトルに「希望」の言葉を込めたのはそのためだ。支援者が肩を寄せ合い奔走する姿は、拱手傍観しているとも思える日本社会に、警鐘を鳴らしているように取れる。

 著者自身、紆余曲折を経て46歳で単身ポーランドへ。「人は支え合わないと絶対に生きられない」と繰り返す。著者が体現してきた思いとともに、本書に描かれた多くの人の人生模様と「いのちの連帯」が、読む者の心を揺さぶる。今、手に取るべき至極の1冊だ。(新日本出版社2000円)
    
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2024年05月31日

【おすすめ本】乗京 真知『中村 哲さん殺害事件実行犯の「遺骨」』深い闇を暴く調査報道の成果=高世仁(ジャーナリスト)

 中村哲医師は5年前、武装集団に襲われ亡くなった。その真相はいまだ深い闇だが、朝日新聞記者の著者は、独自取材で国際謀略ともいうべき事件の構造に迫る。

 実行犯の中心はパキスタンの反政府武装勢力のメンバー。当時はアフガニスタン側に潜伏し、犯罪を請け負って金を稼いでいたが、その彼に中村さん襲撃を依頼したのは、パキスタン治安機関の密命を帯びた人物。背景には水を巡る隣国同士の確執があった。
 中村医師はアフガニスタンを襲った大干ばつによる飢餓を救おうと、大規模灌漑に乗り出し、65万人の暮しを支える沃野を蘇らせた。灌漑の水は パキスタンを源としアフガニスタンを流れて再びパキスタンに下るクナール川から引いている。上流で水を分岐させる事業は、下流のパキスタンには水量減となる。

 パキスタンは近年、地球温暖化による洪水と干ばつの甚大な被害を受けて、水の安定確保は最大の懸案となっていた。クナール川上流の“脅威” の除去を狙って中村医師襲撃は決行された。
 事件の真相は、複雑な両国関係や政治的思惑で覆い隠されようとしていた。著者の調査報道は事件の深い闇を暴く世界的スクープだが、取材の困難さは想像に余りある。「ちまたに銃があふれるアフガニスタンで犯人を捜すことは、自分だけでなく助手やその家族を危険にさらすことでもあった」(本書)。
 近年、マスコミ企業は危険地での取材を避ける傾向にあるが、本書に記された貴重な取材方法はぜひ学んでほしい。
       
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2024年05月27日

【おすすめ本】鈴木 拓也『当事者たちの証言で追う 北朝鮮・拉致問題の深層』―日朝外交の舞台裏 克明に記録 圧巻の「ミスターX」の宿命=有田芳生(ジャーナリスト)

 日朝問題で「朝日新聞」がスクープを報じたのは、2023年9月29日だった。1面トップ記事は白抜きで「日朝、今春2回の秘密接触」と見出しにした。その横には「東南アジアで その後の交渉 停滞」と場所と現状を示した。「高官の平壌派遣 一時検討」ともある。さらに3面では「拉致『解決済み』変わらず」「北朝鮮、正常化交渉に前向きな場面も」「水面下の接触 断続的に続く」と解説が続いた。メディアの日朝問題担当者だけでなく、拉致問題に関心ある者にとっては驚く内容だった。業界言葉でいえば「ぶっちぎりのスクープ」だ。この記事の最後に(鈴木拓也)と筆者名がある。

 この「スクープ記者」がこれまでの日朝問題をまとめた。外交交渉、拉致問題、アメリカ、ロシア、中国、韓国などの国際関係から北朝鮮を分析した著作はこれまでも多い。だが本書の最大の特徴は、筆者の記者歴を反映して、外交官、政治家、北朝鮮元高官、韓国の情報機関関係者、帰国した拉致被害者たちに直接取材していることだ。2002年9月の小泉純一郎首相の訪朝で拉致問題に大きな風穴が開き、停滞の期間を経て2014年5月にストックホルム合意が成立、再び停滞して10年が経った。

 2024年のいま、再び日朝交渉の歯車が動き出したものの、北朝鮮の拒絶によって扉は閉じられてしまった。これからの日本政府と北朝鮮政府の交渉はどのように行われるのか。本書を読めば、外交の現場に立ちあったような臨場感を経験できるだけでなく、打開への方向が重層的に理解できる。北朝鮮側で田中均氏に対応した「ミスターX」の宿命、その後継者が突然に消えてしまった事実を記録したことは圧巻だ。(朝日新聞出版、1700円)
   
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2024年05月21日

【おすすめ本】新崎盛吾ほか『いま沖縄をどう語るか─ジャーナリズムの現場から』─本土との意識差 歴史継承の責務を問う=南 彰(琉球新報編集委員)

  「赴任するどころか、関連の取材や報道に携わった経験もほとんどない。沖縄に関わることを意図的に避け続けてきた」
 プロローグは、そう述懐する在京記者のファミリーストーリー。「観光地」以外の沖縄に向き合うことを無意識で避けている本土の人にも、自分ごととして引き寄せていく構成だ 。
 執筆したのは、沖縄の施政権返還50年目に法政大沖縄文化研究所が開いたシンポジウムに登壇した5人のジャーナリスト。シンポジウムでの発言を掘り下げて書き下ろしている。

 なぜ、「本土復帰」という表現を使わないのか。なぜ、復帰50周年記念式典での天皇の言 葉に「引っかかるもの」を感じるのか。 身近なエピソードを交えながら解きほぐす。
 そして、沖縄戦や日本復帰を生き抜いた先人たちの言葉が詰まっている。その一つが、2 007年の国会での安倍晋三首相と大田昌秀元知事の質疑だ。
 「安倍総理にとって沖縄とは何ですか」
 「沖縄の未来は大変素晴らしいものがあるのではないか」
 「私は大変暗いと認識しております」
 安倍政権は当時、辺野古新基地建設に向けた環境調査に自衛隊掃海母艦を派遣した。そ うしながら「未来は素晴らしい」と言い放った首相に、大田氏は「温度差なんていうもので はなく、人間的情感の問題だ」と語ったという。
 ジャーナリストが継承の当事者としての責務を負うことになった時代を示す一冊だ。(高文研1800円)
   
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2024年05月18日

【おすすめ本】西村 章『スポーツウォッシング なぜ勇気と感動は利用されるのか』―スポーツの政治利用の裏側は 関係者の談話で綴る力作=鈴木耕(編集者)

 何か感じてはいるのだが、その正体がよく分からずモヤモヤすることがある。だがそれに名前が与えられて、ああ、そういうことだったのかと理解できた経験が、誰にでもあるだろう。まさに本書がそれである。

 本書のサブタイトルには「なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」とある。権力や経済の黒い部分をスポーツの美や感動によって、うまく洗い落す。つまりウォッシング(洗濯)することで本質を覆い隠す。もっと端的に言えば、政治とスポーツの歪な関係を、著者はスポーツ・イベントの歴史を紐解きながら見直していくのだ。

 ナチス・ヒトラーによる1936年の「ベルリン五輪」、74年ボクシング「世紀の一戦」と呼ばれたモハメド・アリ対ジョージ・フォアマンのキンシャサの闘いの裏の、独裁者モブツ大統領の思惑。東西冷戦の政治に翻弄された80年のモスクワ五輪と84年ロサンゼルス五輪。更にはカタールでの22年のサッカーW杯の移民<奴隷労働>問題。裏金と人事とコロナで揺れた東京五輪は記憶に新しい。巨大なスポーツ・イベントの闇の深さに慄然とする。

 また著者は様々なアスリートやメダリスト、評論家や研究者たちにインタビューを繰り返す。これが実に面白い。元ラグビー日本代表の平尾剛さん(神戸親和大学教授)や女子柔道の山口香さん(筑波大学教授)らの提言には頷くことばかりだし、テレビと巨大イベントに歪んだ関係については本間龍さんの解説が腑に落ちる。ともあれ、本書は口を噤むアスリートたちへの熱いエールに満ちた新書なのである。
(集英社新書1040円)
           
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2024年05月13日

 【おすすめ本】松岡かすみ『ルポ 出稼ぎ日本人風俗嬢』─表面からは窺い知れない実態と権利擁護の難しさ=坂爪真吾(NPO法人「風テラス」理事長)

 本書は海外で出稼ぎを行う日本人風俗嬢たちの仕事内容、出稼ぎに至る経緯、海外での暮らしぶりなどを詳細に綴ったルポルタージュである。
 「出稼ぎ」という言葉にはカジュアルな響きがあるが、その実態は完全な不法就労である。売春を合法化している国もあるが、不法就労の外国人女性が働くことまで許している国は存在しない。

 本書には、海外で出稼ぎ売春経験のある女性たちが登場する。それぞれの女性の語りの中には、確かに頷ける部分や共感できる部分もある。しかし、少なくとも海外での不法就労による売春行為を、社会的に擁護・正当化できるようなエピソードやロジックは、まったく出てこない。
 女性たちが海外での売春に駆り立てられる理由を、きちんと言語化しないと、「不法就労だから摘発しろ」で終わってしまう。仮に言語化できたとしても、「とはいえ不法就労だから摘発しろ」の声は消えず、同じ結果になる可能性は高い。

 売春が法律で禁止されている国での性労働従者の権利擁護が、難しい理由はこうした点にあるのだろう。当事者を支援すること自体が、不法就労に加担することになり、違法な仕事を黙認・斡旋していると見なされてしまう。
 そう考えると「風俗」という合法的なカテゴリーがある日本は、海外に比べて性産業従事者の権利を、守りやすい国なのではないだろうか。
 日本の「風俗」を嫌って海外に飛び出した女性たちのルポルタージュから見えてくるものが、むしろ日本の「風俗」という枠組みこそが、女性たちを法的・社会的に守ることができるという現実は、なんとも皮肉なことである。(朝日新書870円)
   
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2024年05月08日

【おすすめ本】宮田 律『アメリカのイスラーム観 変わるイスラエル支持路線』―バイデン政権政策に若者が「ノー」 求められる日本の対応は=栩木 誠(元日本経済新聞編集委員)

 半年以上にわたるイスラエルによるガザ侵攻・ジェノサイド(大量虐殺)による、無辜の市民の犠牲者は、3万3千人を超える。蛮行に対する国際的批判が高まる中で、イスラエルの「絶対的支援国」であった米国の社会にも、大きな亀裂が生じている。特に、ミレニアル世代とZ世代の若者の間では、イスラエルの侵略の不当性に対する糾弾・パレスチナ支援の動きが拡大。バイデン政権の政策に「ノー」を突き付ける声が、4分の3にも達するほどだ。

 こうした米国社会の中東問題への意識、イスラム観の歴史的展開、変容しつつある米国人のイスラムに対するイメージなど、世界史的視野から精緻に解明したのが、手練れの中東研究者による本書である。
 「イスラームは何よりもアメリカの差別社会の中で反逆の手段だった」という、ジャズドラマー、アート・ブレーキ―の言葉を引用するなど、ポピュラー音楽や建築など各分野で、多様性に富む米国社会の形成に、イスラム文化やムスリムが果たしてきた役割を、明示しているのが、本書の独自性でもある。こうしたイスラムとの多様な接点がマグマとなり、若者をはじめ市民の対イスラム意識の変容を招来していることも、伺い知ることができる。

 こうした米国の新たな潮流に、日本や日本人は、どのように対応すべきか。「イスラームの歴史や文化を知り、理解しようとする姿勢」、「アメリカに振り回されることなく、独自の視点や考察を持つことだ」。著者の指摘は、簡潔明瞭である。(平凡社新書 1000円)
            
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2024年05月01日

【おすすめ本】見たり聞いたり編さん委員会『見たり聞いたり 東海地方のマスコミ70年の歩み 』─メディアが果たした役割と影響を綿密に辿る=山本邦晴(JCJ東海・元共同通信社)

 東海地方のマスコミを対象とする業界紙「新聞報」が創刊70年を機に、新聞、放送、広告業界の出来事を振り返った。
 太平洋戦争の敗戦を経て恵まれた平和は、この地方でもブロック紙の中日新聞をはじめ、新聞の部数増をもたらし、ラジオ、テレビ放送各社の創設と拡大を促した。

 1951年に民放として、日本で初めてラジオ電波を発信した中部日本放送(CBC・名古屋)は、「中日新聞が中部地区の財界を巻き込んで設立にこぎ着けた」放送局だ。
 放送メディアは財界の輿望を担ってスタートしたといってよい。経済の高度成長と共に増え続け、1983年のテレビ愛知開局で主要なラジオ2波、テレビ5局が出そろった。

 新聞も2000年に中日新聞が270万部を超え、朝日新聞(地方版)は43万部とブロック紙並みの部数を誇り、1975年に中部地方への進出を果たした読売は19万部に伸ばした。新聞と放送が、この地方の社会・文化に大きな影響を与えたことは間違いない。
 しかし、バブル崩壊後の経済低迷とIT技術の進展による情報伝達の多様化は、新聞の部数急減と放送の広告出稿減を招き、マスコミ業界が大きな危機に直面しているのは、東海地方も同様だ。
 部数減の中でも高い信頼性を誇る新聞が「第4の権力を発揮すること」が未来につながるとの見方を示し、放送には「知的好奇心を満たす」ことが大きな役割だとして、IT技術を活用した業務の展開を期待する。
 <ビートルズ日本公演の主催者はCBCと読売新聞><さだまさしを全国区に押し上げた深夜放送の力>といったエピソードも紹介している。(三恵社2000円)
             
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