2023年12月26日

【おすすめ本】いとうせいこう『今すぐ知りたい日本の電力 明日はこっちだ』―電気代高騰と再エネの窮地 この危機を好機に変えるための1冊=坂本充孝(ジャーナリスト) 

 いとうせいこう氏といえば、作家であり、クリエイターであり、音楽シーンを席巻するラップのパイオニア。NHKの朝ドラに登場したりもする。そんなマルチな才能の持ち主が緊急出版したのが本書である。
 テーマは「日本の電力」だ。原発に代わる再生可能エネルギーの専門家、5人に自らインタビューして現状、未来への可能性などを聴いている。

 いとう氏が、なぜ電力なのか。答えは前書きにある。「僕自身が『いとうせいこう発電所』を福島に持ち、太陽光でつくった電気を限られた契約者の方に売ってみているからだ」「誰でも発電できる世の中になったのだとわかりやすく構造の変化を示したいからであった」。ところが昨年末の岸田内閣の大方向転換、原発政策回帰以来、にわかに再生エネは旗色が悪くなったかに見える。そうした状況に深刻な危機感を抱いたからだという。

 インタビューでは電力高騰の理由を元東京電力社員にからくりを聴く。一方で、蓄電池を活用したオフグリッドの自由さ、太陽光発電+農業のソーラーシェアリングの未来などを当事者に語ってもらっている。 
 また福島県南相馬市で電気の産直を軸に復興を目指す農家の意見や、エネルギー転換が進む欧州の現状を知る専門家の「原発は高コスト」という分析も収録している。 

 いとう氏は、2011年3月の福島第一原発事故以来、被災地に足を運び、被災者の声を聴いてきた。そして時代遅れの原発の限界と罪を痛感。電力をみんなで分けあうシステム構築を模索している。そして叫ぶのが、このひとことだ。
 「明日はこっちだ!」
(東京キララ社、1600円)
                 
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2023年12月21日

【おすすめ本】林 博史『朝鮮戦争無差別爆撃の出撃基地日本』―在日米軍基地の役割とは ガザに重なる暗黒の史実=鈴木耕(編集者)

 本書は1950〜53年に戦われた朝鮮戦争における日本の米軍基地の役割を克明に検証した本だ。これを読みながら、私はしきりに「ガザ」での戦争を想起している。ハマスの奇襲に対するイスラエル側の狂気ともいえる報復で、ガザは今や地獄。イスラエルは救急車や病院や学校までをも標的に爆撃。救急車は戦闘員を運び、病院や学校の地下にはハマスの基地があるから爆撃は当然とイスラエルはうそぶく。

 それと同じ状況が本書に出てくる。ガザと同様にまさに「無差別」爆撃が、米軍によって朝鮮半島で繰り返された。実際に空爆に加わった将校の「なぜ敵がいないのに米軍が家を焼くのか、民衆には理解できない」という証言や「共産軍が撤退した後は家や学校がそのまま残っているが、国連軍ははるかに破壊力のある武器でかつての都市をただ黒焦げの焼け跡にしてしまう」などが採録されている。まさにガザの現状。つまりイスラエル軍の戦術はかつて米軍が日本を焼土化した攻撃と同じ。その上、原爆使用を検討していた事実もイスラエルに重なる。アメリカの援助と指導によるイスラエルが、米軍と同じやり方をするのは当然か。
 
 日本から朝鮮半島への空爆と言えば、沖縄の基地が思い浮かぶが、当時は日本中に米軍基地があり、そこから米軍は無差別爆撃を繰り返した。

本書はその詳細な記録だが、著者の執筆姿勢が素晴らしい。一切の推定を排除し「…と思われる」などの記述は一切ない。すべて資料を明示し、調べが及ばなかった事はその旨注記してある。私には「目からウロコ本」だった。(高文研2500円)

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2023年12月13日

【おすすめ本】読売新聞社会部取材班『五輪汚職 記者たちが迫った祭典の闇』―事件全貌を俯瞰できる 電通の強欲、忖度なしで活写=本間 龍(ノンフィクション作家)

 2020東京五輪汚職事件をスクープした読売新聞社会部による取材記録。汚職事件の発端から容疑者逮捕、さらに間をおかずに談合事件に至る取材に奮闘した記者たちの動きを追体験でき、併せてこの事件の全貌を俯瞰できる良書である。

 改めて強く感じたのは、東京五輪とはまさに「電通の、電通による、電通のための大会」であったことだ。汚職事件の中心人物として元電通専務だった高橋治之氏の名が再三登場し、談合事件の記述でもまた、中心となった電通の名前が繰り返し登場する。私は10年以上前から電通の寡占問題について発言してきて、東京五輪は必ずや電通がその横暴の限りを尽くすだろうと予測してきた。だから個人的には、第4章『電通「一強支配の歴史」を中心とする電通に対する記述が面白かった。電通の強欲ぶりに対する記者たちの驚きや怒りが素直に伝わってきたからだ。巷間囁かれるメディアの電通に対する忖度を微塵も感じさせない記述に、爽快感さえ感じた。

 あえて注文をつけるとすれば、それは政界ルートに対する記述がないことである。高橋氏は自身の権力を誇示するために、スポンサーたちとの会合に森喜朗元首相や自民党の政治家を頻繁に同席させていたことが分かっている。果たして、彼らへの利益供与は全くなかったのかについて、多くの国民は疑問に思っているのではないか。結局、その森氏をはじめ政治家は一人も逮捕されなかったが、取材班の取材ルート上に森氏や政治家の関与は浮かんでこなかったのか、あったとしてもどんな障壁が逮捕を阻んだのか。その点についての記述もあれば、満点だったのではないかと感じた。(中央公論新社1600円)
                  
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2023年12月02日

【おすすめ本】茶本繁正『原理運動の研究』─統一教会の闇を暴く先駆的名著が復刊!=梅田正己(書籍編集者)

 統一教会問題を所管する盛山文科相は、「遅くとも1980年頃から被害があった」と述べた。
 だが単行本『原理運動の研究』(晩聲社)が出版されたのは1977年である。すでに、この教団の人心をもてあそんで破滅へ導く反社会的本質に加え、自民党中枢と結託して政治的影響力を培養してきた事実は、暴き出されていたのである。

 原理運動といっても、ピンとこない人が多いかもしれないが、1960年代後半、全国の大学を席巻した宗教運動である。アダムとエバの原罪を引き継いだ罪人の自覚とそこからの救済を原理≠ニして、全てをなげうっての献身を求めた。
 そのため「親泣かせの学業放棄と家出」が続出し、67年には「原理運動対策全国父母の会」が結成されていた。当時すでにソウルでの合同結婚式も行われていた。
 修練所での徹底した洗脳により、信者たちはノルマによる花売りや募金活動、人参茶や大理石の壺売りに没頭、教団の蓄財に貢献した。

 その莫大な財力を使って教団がつくり出したのがWACL=世界反共連盟だった。その日本版が勝共連合である。
 70年5月の「WACL躍進国民大会」には岸信介元首相、佐藤栄作現首相、福田赳夫現蔵相らが「花輪」を贈り、かつ岸は「重大な使命」を説くアピールを寄せた。
 以後、こうした催しを重ねて勝共連合と自民党の関係が深まり、各県連の幹部がWACL後援会長の座に就く。そのおスミ付きが統一教会の社会的信用と政治力を強め、信者獲得や集金力を高めていったのである。
 著者の茶本繁正さんは生前JCJ代表委員だった。存命なら、今どんな言葉が聞けるだろうか。(ちくま文庫840円)
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2023年11月20日

【おすすめ本】原田正治 松本麗華『被害者家族と加害者家族 死刑をめぐる対話』―「罪を償う」とは 新たな論点を提供する一冊=鈴木耕(編集者)

 まずタイトルに身構える。内容は厳しい意見の応酬なのではないかと。しかし読み進めると不思議なやさしさに満ちた対話であることに気づく。対話者は、弟を殺されながら加害者に面会してから死刑制度に疑問を抱き始めた原田正治氏と、オウム真理教の松本智津夫氏の3女である松本麗華氏。このふたりが互いに相手のことを思いやり、気づかいながら、ゆったりと話を進めていく。

 言葉の端々に、辛さや無念さ、切なさがにじむけれど、どこか、陽のあたる縁側でお茶を飲みながら話しているような温かみも感じられる。なぜ原田氏が「死刑制度」そのものに疑問を持ち、「廃止論」にまで踏み込むことになったのか。今でも犯人を長谷川くんと呼ぶ理由とは何か。
あの麻原彰晃氏≠父に持ったことの意味を、ひたすら社会の指弾に耐えながら考え抜いていく松本氏。被害者家族と加害者家族であることの垣根を超えて、ふたりは共感しあい理解し合う。まことに不思議な対話集になっている。

 ことに、松本氏に科せられた過酷な人生は、読むだけでも切ない。ほとんど意思疎通ができない状態の父との面会。それでもなお、治療による回復によって、異界に彷徨う父の心を取り戻したいと願う娘の痛ましさ。それを「死刑」によって断ち切られたことの悲哀。「罪を償う」とはどういうことなのか。対話は最終的に、死刑制度そのものへの懐疑を抱卵して終わる。被害者家族と加害者家族の対話という稀有な小冊子が、新たな方向からの「死刑廃止論」を生んだと言えよう。(岩波ブックレット、630円)
   
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2023年11月13日

【おすすめ本】大治 朋子『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』―生きるヒントが得られる 「人生のマニュアル書」=城倉由光(前「サンデー毎日」編集長)

 本書は、混迷する社会において「ナラティブ」 という概念を用いることで、生きるヒントを得るに役立つ「人生のマニュアル書」だ。多数の事例 とともに社会学や心理学を駆使したアカデミック・ジャーナリズムが息づいている。

 そもそもナラティブとは何か。著者は「さまざ まな経験や事象を過去や現在、未来といった時間軸で並べ、意味づけをしたり、他者との関わりの中で社会性を含んだりする表現」と定義する。
 「時間軸」「意味づけ」「社会性」を包含するナラティブには、「物語」 「ストーリー」といった語彙も含まれるという。「今日は何を食べよう?」といった日常の選択から「老後はどうなる?」という将来の不安も、すべて私のナラティブに従って生きているという。では私のナラティブはどこから生まれるのか。

 その答えが本書に詰まっている。だから「人生 のマニュアル書」なのだ。それだけではない。SNS時代になって私のナラティブが、無意識のうちに他者に洗脳される危険性が大きくなっていると警鐘する。
 デジタルデータなどの個人情報を駆使して、米大統領選などをコントロールしたとされるケンブリッジ・アナリティカへの取材は圧巻である。
 また、報道におけるナラティブ・ジャーナリズムの可能性も提起している。その関連でニュースの本質を見抜く「本質主義」と個々のナラティブが現実をどう構成するかを問う「構成主義」のア プローチを指摘する。

 特に「構成主義」には マルティン・ブーバーの『汝と我』にある「真の 対話」の重要性を想起させる。その意味で本書は“希望の書”でもある。(毎日新聞出版2000円)
                  
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2023年11月06日

【おすすめ本】矢部 武『年間4万人を銃で殺す国、アメリカ 終わらない「銃社会」の深層』―「銃社会」米国に潜む 不安と恐怖の病巣を抉る=半沢隆実(共同通信論説委員)

 学校や教会といった市民生活の最も安心できるはずの場所で、凶弾が飛び交う。それが米国の日常となって久しい。悲劇が繰り返されされても、銃を手放せない米国人。毎年4万人もの命が銃で奪われているという。本書はこの不可解な現実の原因を探りながら、現代の米国が抱える本質を解き明かしている。

 「国民が武器を所有し、携帯する権利はこれを侵してはならない」とする合衆国憲法修正第2条の存在は、よく知られたところだ。さらに米国最強のロビー団体「全米ライフル協会」が豊富な資金力を背景に政治家への強力なロビー活動を行っている。1994年の中間選挙では、銃規制法案に賛成した民主党議員に対し、報復としての批判キャンペーンを大きく展開し、大量の落選者を出したエピソードを紹介している。
 特筆すべきは、本書がこうした政治的な側面に加え、「個人の自由と権利、憲法などへの異常なほどの執着、こだわり」を持つ米国人の本質まで踏み込んだことだ。

 米国を熟知した国際ジャーナリストである筆者の探求はそこにとどまらず、もともと心の中に不安や恐怖を抱えた人が多いという米国の姿も捉えている。さらに隣国メキシコからの移民が標的となった乱射事件の背景には、白人至上主義を擁護し活気づけたトランプ前大統領の存在があると指摘する。
 現代の米国が抱えるある種の闇へと迫ったうえで、差別や陰謀論などがはびこる理由の一端もあぶり出した。銃問題を入り口に、米国とは何かを考える機会を、読者に与えてくれている。(花伝社1500円)
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2023年10月29日

【おすすめ本】廣末 登『闇バイト 凶悪化する若者のリアル』―新手の犯罪を複眼的に分析・考察=中村 秀郷(西南学院大学准教授)

 本書は、自身も非行経験のある犯罪学者で、更生支援の担い手(保護司、更生保護施設職員など)という2つの顔を持つ著者が、闇バイトの実態とリスクについて当事者たちを取材してまとめたものである。闇バイトに巻き込まれていく大学生のフィクションから始まり、仕掛け人「半グレ」の横顔、実態と犯罪現場、リスクと真実、さらに闇バイトを生み出す社会構造等まで幅広い視点から複眼的に分析・考察している。

 本書はマスコミ報道ではイメージしにくい、闇バイトの勧誘方法、一度関わると逮捕されるまで抜けられない現場のリアルなやりとりを披露している。さらに特殊詐欺犯の5パターンを実際の事例を用いて紹介し、被害者とのやりとり、受け子出し子の勧誘方法、逮捕のリスク、指示役からの脅迫行為の内容など、現場の実態がイメージしやすい。本書を手に取った読者は闇バイトに関わった人のリアルな展開に大いに興味を持って一気に読破されるであろう。

 一方、本書は闇バイトに巻き込まれないための対策についても支援者及び当事者の証言を取り上げている。さらに銀行口座を開設できなくなるなど、闇バイトに関わることで生じうる社会生活上のリスク、社会復帰の困難性を指摘している。

 本書は、読者及び身近な人が闇バイトに巻き込まれることを防止する道標となることは間違いない。闇バイトに巻き込まれない、被害に遭わないための必読の書として、一般読者だけでなく、学校教育の関係者など全世代に一読いただきたいものである。(祥伝社新書930円)
                  
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2023年10月27日

【好書耕読】「反自然」とは?を修正する大書=北丸雄二(ジャーナリスト)

Biological Exuberance: Animal Homosexuality and Natural Diversityby Bruce Bagemih『生物学的豊饒:動物の同性愛と自然の多様性』ブルース・ベイジミール著
 日本でもやっと真面目に論じられるようになった同性愛や性的少数者への差別は、実は紀元前のアッシリアや古代ローマの時代からありました。宗教的禁忌の次には英国の獣姦法(1533年)やドイツの刑法一七五条(1871年)など、近代法での犯罪化=ソドミー法制定が始まります。しかし犯罪とするには忍びないというフロイトやアインシュタインらの働きかけで一九世紀末にはこれを病理化する動きも起きた。ただしそれは意に反して精神異常、性的倒錯という別の差別を生みました。すべては、生殖を目的としない性行為を「反自然=神に背く」と考たのが起源です。

 欧米を中心に二〇世紀半ばからソドミー法の撤廃が始まり(脱犯罪化)、1990年にはWHOが同性愛を「性的逸脱」から外し(脱病理化)、差別の理由が失われます。しかし今でも「同性愛=反自然」とする忌避感覚は世間に遍在します。

 25年前の本書の刊行はまさに目から鱗でした。2世紀に及ぶ動物学文献を精査し、五百種もの哺乳類、鳥類、爬虫類、昆虫などの同性愛的行動を列挙して従来の「自然」観を修正した本書は、NY公共図書館の同年の25冊に選ばれ、NYタイムズでも大きく取り上げられました。生物学とは、従前の法則に沿わない対象を排除するのではなく、それを新たに取り込む法則を作る「帰納の学問」です。現在、「男女二元論」が「男女二極論」へと変わりつつあり、トランスジェンダーやノンバイナリーが注目されるのも、この本書の刊行が一つの発端だったのです。(セントマーティンズプレス5230円)
                
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2023年10月24日

【好書耕読】読者に問う「幸せの法則」=小林美希(ジャーナリスト)

 「やりたいことは次々と出てきてきりがないけれど……、うん。やり残したことはない」
 2011年に47歳で他界した夫が残した言葉をきっかけに、著者は心理学やキャリア理論を探求。そのなかでたどり着いた「幸せの法則」について読者に問いかけ、語りかける。困難な場面に直面した時、Labor(仕事)、Love(愛)、Leisure(余暇)、Learning(学び・自己成長)の「4L」が大切だと解く。 

 著者は、有名な裁判の当事者だった。亡き夫から継承した会社で女性社員からマタハラで訴えられた。当時マタハラ問題は時流に乗っており、各メディアは女性を取材して次々に報道。やがて社名を検索すれば「ブラック」「マタハラ」がついて回るようになった。女性が勝った一審判決は各社が大々的に報道。会社側の言い分は掲載されないに等しかった。

 二審に進む中で和解の提案が出たが、著者は「和解すれば、してもいないマタハラを認めることになる」と拒否した。二審で女性側の虚偽問題が判明。「原告がマスコミ関係者に事実と異なることを伝え、会社がマタハラ企業であるとの印象を与えようと企図した」として会社側が逆転勝訴。最高裁も同判決を支持したが、逆転判決の報道はトーンダウン。マスコミの報道姿勢が問われた。

 多くは企業の立場が強く寄り添うべき弱者は労働者になるが、判決が逆転したという時、記者は徹底的な取材で真実に迫らなければならない。書いたことの誤りは取材が足りないということ。失敗を認めなければならない。

 著書では裁判について触れていないが、「今、自分ができることを精一杯やる」「やり残したことはないと思える人生にする」などの言葉に、逆風のあった裁判で妥協せず闘った姿が重なる。それを記者として読み取り、日頃の報道姿勢を振り返ってほしい一冊だ。(日本実業出版社1650円) 
     
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2023年10月22日

四國 光『反戦平和の詩画人 四國五郎』―「辻詩」を書いた詩画人 父へ 長男が描く人間像=鈴木耕(編集者)

  まれびと(希人)という言葉がある。折口信夫(歌人・釈超空)の民俗学を知る上での重要な用語で、異界から訪れる霊的な人という意味だという。むろんその定義にはそぐわないけれど、この評伝に描かれた四國五郎こそは、類い希な人、という意味での真の「まれびと」だと思う。

 五郎は徴兵されソ満国境で敗戦を迎え、シベリアへと抑留される。五郎は手製の小さな手帳に克明に抑留生活をメモし、検閲の目を逃れて日本へ持ち帰る。帰国して最愛の弟・直登が原爆死したことを知る。痛恨の涙。
 絵と詩の才能に恵まれながら、専門教育を受けられなかった五郎の「反戦平和」の活動は、ここから凄まじいと言っていいほどの熱量で開始される。持ち帰ったメモをもとに、多くの絵を描く。『原爆詩集』の峠三吉との出会い、広島での反戦平和運動への傾注。それはまさに獅子奮迅の活躍といっていい。

 五郎の息子の光さんが哀惜と尊崇の念を込めて五郎の姿を描き出す。ことに「辻詩」という活動は、まるで時代を超えた手作りのSNS(ソーシャル・ネットワーク)のごとく、広島の街に巨大な火を灯す。手描きのポスターの絵に詩を書き入れ、官憲の目を逃れて街角に貼り出しては撤収する。途中で紛失することの多い、徒労ともいうべき活動だが、五郎は数百枚の辻詩を書いた。現存するものは数枚しかないが、著者は父への敬愛を込めて活動を描き出す。読み手の胸と目頭を熱くさせる文章。家庭で見せる静かで寡黙な、絵を描く父の後ろ姿。そして、哀切極まる晩年の…。
 繰り返すが、本書はそんな「まれびと」の、類い希なる評伝文学の傑作である。(藤原書店2700円) 
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2023年10月02日

【おすすめ本】若林 宣『B-29の昭和史 爆撃機と空襲をめぐる日本の近現代』─原爆投下機B-29に仮託して「日本人の体験史」を考察=前田哲男(ジャーナリスト)

 B-29について書かれた本は多い。初の原爆投下機、日本60余都市を焼き払ったシンボルなのだから当然でもある。
 しかし本書のサブタイトルに照らせば、著者の関心がB-29だけにとどまらないことに気づく。類書にない「野坂昭如とB-29」、「B-29は美しかったか」などの章と記述からも明らかだ。
 また対中国・重慶爆撃時の「爆撃照準器を覗き込む視点」から「照準器から覗き込まれる立場」に逆転した、という著者の指摘も重い。当時のメディア(新聞・雑誌・日記など)から、数多く引用しているのは、著者の問題意識がB-29に仮託した日本人論、メディア論にあるからだ。

 読み進んで「八幡初空襲」(現北九州市)に来たとき、それが私の幼い日の記憶と合致している事実に気づかされた。そのころ戸畑市に住んでいた4歳の私は、八幡製鉄所爆撃の光景を防空壕の中から見ていた。
 饐えた臭いと湿気に満ちた壕内から見上げた夜空。サーチライト(探照灯といった)によって切り裂かれた闇夜に浮かぶB-29の機影、それらを(ほぼ最初の記憶として)おぼえている。
 だが、そこからB-29への「体当たり攻撃」が始まったとは知らなかった。編隊に向かう迎撃機に「あれ友軍機?」と母親に尋ねたのは、私の声だったのだろうか、と自問した。
 そんな個人史もまじえながら本書を読んだ。若いジャーナリスト、とくに「火垂るの墓」の読者であった人たちに、「日本人の体験史」として本書をお薦めしたい。なによりB-29と日本人について考察する、初めての本なのだから。(ちくま新書980円)
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2023年09月26日

【おすすめ本】藤原章生『差別の教室』―なぜ差別は続くのか 若者に問いかけた記録=鈴木耕(編集者)

 著者の藤原章生氏は毎日新聞記者で、特派員として南アフリカやヨーロッパ、メキシコなどで5年以上も暮らした経験を持つ。そこで体験した様々な「差別」を我がこととして内在化しつつ、思考を深めていった。それを中央大学「職業・差別・人権」総合講座で4年間にわたって学生たちに話したのをまとめたのが本書である。話し言葉の平易さが書き言葉より切実に響くのは、学生たちの反応を直接受け止めて自らの体験を紡ぎ直したからだろう。

 様々な国での体験、記者として取材した事件や暴動、心に残る人の言葉や表情。それらが学生たちの眼前に生々しく浮かんだように、本書もまた読者を同じ体験にいざなう。「属性」で人を判断してしまう危険性と、そこから逃れられない自分。例えば「黒人というものは…」などと属性で切り取った感覚がいかに浅薄なものかを、著者は豊富な例で語っていく。自らも属性で人を差別していないか、そこに陥穽はないかを省みる。物事を「白人の目」で見ている自分に気づく。「ブラック・ライブズ・マター」「母語を失ったアフリカ系人」、日系人の悲しみの『ノー・ノー・ボーイ』の意味。南アで「名誉白人」と呼ばれた日本人たちはなぜそれを肯定的に感じられなかったのか…。

 いまだに世界に溢れる差別を、日本でとらえ返すとどうなるか。日本の中の差別を見る視点。終わらない差別を、教室から見通す作業は見事な展開を見せる。事件や政治の動きを取材するのみではない新聞記者の仕事の別の側面をここに見た。いい本だなあ…。
(集英社新書1000円)
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2023年09月22日

【おすすめ本】水野倫之 山ア淑行『徹底解説 エネルギー危機と原発回帰』―原発事故時の解説者が迫る エネルギー危機と問題点=坂本充孝(ジャーナリスト)

 岸田政権は二〇二二年十二月、縮小方向だった原子力発電を最大限に活用するとの政策転換を打ち出した。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻以来、世界を襲ったエネルギー危機の波は日本にも押し寄せる。原発回帰は世界の流れ。電気料金の高騰を抑えるためにも、炭素放出の抑制にも、老朽技術と呼ばれようが、今こそ原発再稼働をというわけである。
 しかし忘れてはならない。十二年前の三月、三基の原子炉の燃料が炉心溶融するという世界最悪レベルの過酷事故が福島で起きた。あの悲惨な経験を糧として原子力業界は変わったのか。安全第一の体質に生まれ変わったのか。否というのが本書の結論である。それはなぜなのか。また太陽光や風力などの再生可能エネルギーの導入が遅れる理由なども解き明かす。

 筆者はNHKの原発記者として名を馳せた二人。その豊富な取材経験から再現する事故当時の東電、経産省、菅政権などの暗闘が興味深い。
 例えば、こんな話だ。
 事故前に地震学者らは「貞観地震」(八六九年)の研究から大津波を予想していた。だが東電は安全対策の見直しを怠った。なぜだったか。
 当時、福島第一原発では7、8号機の増設計画が進んでいた。これは3号機の「プルサーマル発電」を前提としており、安全対策の見直しのために遅延は許されなかったという。なるほど国内で増え続けるプルトニウムを減らすことは日米原子力協定を順守する意味でも急務だったはずだ。

 現場で問題があっても共有されず、多くの社員やトップの経営者まで、問題の存在すら知らない。そんな業界の体質も変わらないと指摘する。
 巻末には池上彰氏を加えた特別鼎談も収録。
(NHK出版新書930円)
 
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2023年09月18日

【おすすめ本】井口幸久『陸(オカ)に上がって記者になる 私の地方紙奮戦記』―現場がなにもかも教えてくれる 記者になった海の男の40年=林芳樹(神戸新聞社・元特別編集委員)

 社の大先輩、経済評論家の内橋克人さんからこんな話をうかがった。駆け出しのころにたたきこまれ、今も大事にしている「三訓」がある、と。

 その一、必ず現場へ行き、自分の目で確かめる。その二、上(権威や上司)を見て仕事をしない。その三、攻める側ではなく攻められる側に身を置く。
 本書を読むうち、この教えがよみがえった。
 海の男を目指していたのに、東京商船大学から西日本新聞社へ。舵を切ったのは、海難事故の記事に疑問を持ったからという。
 その学生時代や若手記者当時などの出来事を、弾むような文体で振り返っている。ありがちな誇張がなく、とても読みやすい。
著者は書く。「私は現場が好きなのだ」と。そして「新聞記者の宝物は人との出会いしかない」とも。
 そういえば、福岡から始まった介護タクシーを見つめ、宮崎で絵筆を握り続ける画家にも寄り添った。これまでのそんな著書も読み返しながら、あらためて感じたことがある。それが、冒頭の三訓。
何事かが起きたら、現場へ足を運ぶ。自分の目で確かめ、人々の声を聞く。ときに上司ともやりあう。それぞれの現場に押し寄せるものを見つめ、大切にしたいものを確かめる。

 ああ、内橋さんが心に刻みこんだ「訓」がここにある、と思ったのだ。
 個人的なことを少し。文中に、新聞労連副委員長として阪神・淡路大震災と向き合ったころのことを書きとめている。私は当時、本社が壊滅したその神戸新聞・デイリースポーツ労組の委員長だった。労連の支援に声を震わせた若い組合員の表情が忘れられない。喜びも悲しみも、現場にある。 
(忘羊社、1700円)
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2023年09月12日

【おすすめ本】関口竜平『ユートピアとしての本屋 暗闇のなかの確かな場所』―なぜヘイト本を置かないのか 書店は「安心できる場所に」=永江 朗(ライター)

 民族的ルーツなど変えられない属性について、憎悪と差別を煽る本をヘイト本という。ヘイト本に対する書店の態度は、主に3つに分かれる。
@何もしない。取次から配本された本を並べるだけ。買う人がいるのだから、売るのは当然だと考えている。このタイプがいちばん多い。
Aヘイト本をそれと対抗するような本と並べて陳列する。ジュンク堂書店の福嶋聡のいう書店=言論のアリーナ論である。
Bヘイト本は置かない。昨今増えている個人経営の小さな書店(独立系書店とかセレクト書店と呼ばれる)は、取次からの 見計らい配本を受けず、書店が独自に選んだ本だけを仕入れる。だから独立系書店でヘイト本を見かけることは、ほとんどない。

 千葉市幕張にある「本屋lighthouse(ライトハウス)」は、さらに一歩踏み込み、ヘイト本のみならず歴史修正主義的な本も扱わないことを掲げている。本書はこの書店の店主が、いかにして書店を始めるに至ったのか、なぜヘイト本や歴史修正本を扱うべきではないかを綴るエッセイである。

 著者の願いはひとつ。「書店は安心できる場所であってほしい」ということ。ところが昨今の多くの書店は違う。韓国や中国にルーツを持つ人にとって、ヘイト本は凶器のようなものだ。店内を歩くだけで嫌でも目に入る書名や帯の惹句は、自分の存在を否定し、生存を脅かす。それを「表現 の自由だから我慢せよ」というのは傲慢だ。ことは生存権にかかわる。

 著者が実践するのはヘイト本の排除だけではない。子供たちが安心して読書を楽しむための多様な仕掛けを、本屋内に設けている。こうした書店を買い支える読者になりたい。(大月書店1700円)
                
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2023年09月02日

【おすすめ本】斎藤貴男『「マスゴミ」って言うな! やや辛口メディア日記』─ジャーナリズムへの叱咤激励=臺 宏士(ジャーナリスト)

 本書は「全国商工新聞」に連載した「メディアの深層」(2019年9月 〜23年3月)を主に収録。この時期は安倍晋三政権末期から菅義偉政権を経て岸田文雄政権に及ぶ。新聞・放送・出版の「マスコミ」と政権との関係を巡る著者の評価は「やや辛口」どころか、容赦なく厳しい。
 例えばこうだ。「五輪ビジネスのインサイダーに成り下がり、報道機関としての魂を売り飛ばしてしまっている現実を呪わずにはいられない」と。
 事実、新型コロナウイルスの感染拡大下にあった、21年の東京五輪・パラリンピックで中止を訴える社説を掲載した全国紙は朝日だけ。同紙を含む5紙とも五輪スポンサーだった。

 また菅氏の後任をめぐる自民党総裁選(21年9月)の新聞・テレビ報道ぶりを「政治権力によるジャック」と表現。岸田政権 は10月の衆院選で勝利。こうした状況を、
「この国の末期症状を見た。マスメディアは全面的に解体され、ゼロから出直すべき時期である」と喝破する。

 著者の評価基準は明確だ。権力を監視する役割を果たしているか否かにある。大半を占める酷評に、今のマスコミに絶望しているかに思えるが、2015年4月から8年余にわたってメディア批評を続けている理由も垣間見える。

 JCJ賞の選考委員を務める著者は、受賞者の思いに触れ「この国のジャーナリズムはまだ死んじゃいない。若い書き手・作り手たちも続いてくる。未来はきっと大丈夫だ」などと記している。
 タイトルの由来はこの辺りにあるのかもしれない。若いジャーナリストに一読を勧める。(新日本出版社1900円)
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2023年08月26日

【23緑陰図書―私のおすすめ】70代現役記者から後輩への激励の書=廣瀬 功(ジャーナリスト)

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 「記者」と聞き、多くの人が最初にイメージする姿は新聞や週刊誌、テレビ、ネットメディアを含め取材「記者」だろう。だが取材記者と一口に言っても、仕事の間口は広く、記者たちの活動の場も様々だ。田村彦志『街ダネ記者の半世紀 秋田県北・取材メモから』(現代書館2200円)は、それを具体的に教えてくれる一冊。定年後、70歳を超えてなお、毎日新聞の特約通信員の職にあり現役の取材記者として活躍する著者の姿とその記録は、「歴史を最初に記す」のが記者という仕事であることを改めて教えてくれる。
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 本書のもとになっているのは2021年4月から、翌年3月までの約1年間、計49回にわたって毎日新聞秋田版に連載された記事である。「軽い気持ちで、負担にならない範囲で」「若い世代の人たちに伝えるつもりで、これまでの歩みを振り返る連載を書いてみませんか」と持ちかけたのは当時のデスク。「今につながる話も多く、幸いにして読者から『興味深い』『楽しみにしている』といった反響が次第に増えていった」と証言する。

  田村記者の取材エリアは(平成大合併後の表記で)、能代、北秋田、大舘、鹿角の4市と三種、八峰、藤里、小坂の4町に上小阿仁村を加えた計9市町村。総面積は東京都の2倍超で、日本で6番目に広い秋田県の約4割。そのフットワークの良さに驚く。
  定年を数年後に控えた2017年、毎日新聞社内で、主に地方で長く取材に励み優れた地域報道に取り組んだ記者に贈られる「やまなみ賞」に輝いたのも当然だ。

 本書は、むのたけじ地域民衆ジャーナリズム賞の最終選考候補作。「記者とは」を考える若い記者に一読を勧めたい。できれば全国を震撼させた秋田児童連続殺害事件で、メディアスクラムを組む他社が驚く記事を連発した経験も紹介して欲しかったが、それは欲目か。

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2023年08月21日

【おすすめ本】信濃毎日新聞社編集局『土の声「国策民営」リニアの現場から』―都会の利便主義に翻弄される地方の姿 報道の原点 現場と住民からの告発=野呂法夫(東京新聞)

 新聞記者を目指した学生時代、「鳥の目、虫の目」の必要性を説かれた。報道の現場に立つと、水(時代)の流れを見て動く「魚の目」を知る。そして今、新たに「土の目」の大切さを教えてくれたのが本書だ。
 東京―名古屋―大阪間を約1時間で結ぶ「夢の超特急」リニア中央新幹線建設に伴う長野県南部の問題点を明るみに出して、昨年のJCJ賞を受賞した信濃毎日新聞の好企画の書籍化である。
贈賞式でも講評されたが、徹底した現場主義と住民視点という報道の原点がある。読後まるで自分が現場を歩き、住民から話を聞いたかのような錯覚をしたほどだ。

「集落消滅」の項は飯田市の新駅建設で立ち退く住民の苦悩、JR東海の民間事業なのに全国新幹線鉄道整備法に基づき用地交渉を肩代わりする自治体の戸惑いを描く。
 ルートの大半がトンネルだが、「残土漂流」では大量に出る残土の活用・処分先は3割に留まると指摘。土石流の危険がある沢や川が残土置き場候補に挙がる住民不安に対し、建設推進の立場の県の態度はあいまいだ。
 安倍政権下の2016年に国の財政投融資3兆円を受けて「国策民営」事業となった。だが工事現場で起きた労災事故の公表に消極的で、速さの代償としての消費電力は大阪開業時「1時間当たり片道8本運行の想定で約74万`h」と原発1基分に及ぶが、JR東海が十分な情報公開と説明責任を果たさないことを一貫して問う。

 題名の「土」は「大都市圏の利便性を高めるために翻弄される地方、田舎のこと」という。記者がその名もなき小さな声を拾い、目を瞠(みは)ることが新聞の生き残る道だと勇気づけられた。(岩波書店2400円)
  
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2023年08月15日

【23緑陰図書―私のおすすめ】関東大震災・朝鮮人虐殺を再照射する3冊=石丸次郎(アジアプレス・インターナショナル)

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 9月1日で関東大震災発生から100年を迎える。 地震直後から多数の朝鮮人・中国人が殺害されたが、その主体は治安機関だけでなく、流言蜚語に煽られパニックに陥った日本の民衆であった。
 標的になった朝鮮人は、なぜ当時<不逞> と称され、怖れ蔑まれていたのか。その理由も合わせて再照射してくれる三冊を紹介したい。
 歴史は記憶と記録の集積だ。写真はファクトを強く刻印する重要な記録資料だが、朝鮮人虐殺についていえば、関連するものが少ない上、日時や場所、撮影者が不明なものが多い。
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『関東大震災に描かれた朝鮮人虐殺を読み解く』(新日本出版2022年)で元専修大学教授の新井勝紘は、小学生からプロの画家までが描き残した関連画を丁寧に紹介している。
 目を引くのは著者がオークシヨンで落手して間もない「関東大震災絵巻」だ。虐殺の現場、光景を彷彿とさせる絵に釘付けになる。この絵巻は東京大久保にある高麗博物館で12月 24 日まで公開されている。
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『関東大震災 朝鮮人虐殺を読む─流言蜚語が現実を覆うとき』(亜紀書房8月下旬刊行予定)は当時の文筆家たちも体験、目撃談などを書き残している。劉永昇(リュウエイショウ)は、作家の日記や手記、小説などに綴られた朝鮮人虐殺に関連する文章を、丹念に拾い集めている。志賀直哉や野上八重子、中西伊之助らの一文から震災直後の殺伐とした空気を伝えてくれる。

 当時の新聞メディアが、デマをもとに荒唐無稽な誤報をまき散らしたことはよく知られている。「不逞鮮人 一千名と横浜で戦闘開始 歩兵一個小隊全滅か 」「屋根から屋根へ鮮人が放火して廻る」(新愛知9月5日号外)が、その一 例。 新聞は民衆の憤怒と恐怖を煽り、殺りくに駆り立てる一因を作った。
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 これら誤報の山を「朝鮮人による略奪や襲撃からの自衛だった」と歪曲・矮小化するための「文書資料」として活用する人たちがいる。加藤直樹『トリック─ 朝鮮人虐殺をなかったことにしたい人たち』(ころから2019年)は、典型的な歴史修正本の言説を、ひとつひとつ精緻に検証・論破して、その「トリック」を暴いた貴重な仕事だ。
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