2023年02月02日

【リレー時評】キーウから遠く、平和憲法の日本では=藤森研(JCJ代表委員)

 窓が割れたアパートに寒風が吹きつける。発電所への攻撃で、電気は途絶えた。ウクライナの人々はこの冬、戦争と厳寒に耐えている。
 何もできない自分だ。寄付を送り、ウクライナの手作り品の代金に、「共にいるよ」と言葉を添えても、気休めであるのはよくわかっている。

 『ウクライナ戦争日記』(左右社)を開く。
 街に水がないため、雪をかき集めて雪解け水をためる。マイナス2度で、バケツの水は凍る。一晩中、爆撃とミサイルの音が続いている(鉄道会社職員、53歳)
 娘が泣く。朝に、午後に、そして晩に。娘は父を呼ぶ。「なんでパパは軍に入ることを選んだの?」(脚本家、37歳)
 非道な侵略に、武器を取って戦うウクライナ人に「戦うな」と言えるだろうか。占領下でのブチャの虐殺を見る時、絶対平和主義は動揺する。
 新年に両国の指導者は、互いに「全領土の回復」、「作戦の正義」を主張した。状況は絶望的に、世界は無力にも映る。
 しかし、百年前から世界の主潮流となった戦争違法化は、まだ「途上」にあるのだ。国際連盟は満州事変から壊れ、再出発した国際連合も、いまP5の一国が安保理を突き崩す。だが、戦争違法化の理念自体が間違っているわけではない。

 何をなすべきか。
 非常任理事国となった日本が安保理の機能回復に努めるのは当然だ。
 それだけではなく、日本は、対ロ経済制裁を犠牲にしても、欧米とは「別の道」を選ぶべきだと私は思う。戦争違法化の最先端に位置する憲法を持つ日本は、専守防衛、非核三原則などの「相対的平和国家」として、これまでの国際社会では一定の評価を得て来た。
 戦争を停めるには仲立ちができる国が必要だ。トルコが努力しているが、日本にもそのポテンシャルはある。
 防衛費をGDP2%に引き上げて敵基地攻撃能力を持ち、NATOの準構成員になるより、日本は中立性を強め、停戦に尽力することが、ウクライナの人々が待ち望む平和により有効に貢献するのではないか。

 岸田政権の軍拡は主に中国をにらんだものだが、本当に長続きする東アジアの平和と安定には、中国や北朝鮮を含む「包摂」の枠組みがカギになる。半田滋氏らの「新外交イニシアティブ」政策提言や、ASEANと日、米、中、ロなどで構成する東アジアサミットに着目する共産党の議論の実現可能性を、この通常国会で聞きたい。

 希望の芽を感じる日もある。NHKの「デジタル・ウクライナU」は、ロシア領に避難せざるを得なかったウクライナ人を、ヨーロッパ各国へ逃がすロシア市民の秘密組織の存在を報じた。その一員ナージャは「ロシア人としての責任を感じている」と話す。身の危険を顧みず、この人道支援活動に携わるロシア市民は、サンクトペテルブルクだけでも、10818人いるという。
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年1月25日号


 
 
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2023年01月03日

【リレー時評】「敵基地攻撃能力」賛成60%に呆然=米倉 外昭(JCJ沖縄)

 「今年の漢字」が「戦」に決まった。ロシアのウクライナ侵攻があり、「台湾有事」が喧伝されているからだけではないという。スポーツの熱戦や挑戦の意味もあるとか。
 しかし、平和憲法を掲げ平和国家として歩んできたはずのこの国で「戦」の字が選ばれることに抵抗感は否めない。この国はどこへ向かうのか。
 1987年に琉球新報に入社して36年目。富山県生まれで、入社で沖縄県民となった。あえて「植民者1世」と自称することもある。沖縄と日本の関係を考える時、歴史も現状も沖縄は日本の犠牲にされ続け、「日米両国の軍事植民地」とも言われてきた。日本人の一人として責任を自覚するための自己認識である。

 その沖縄を再び戦場にする動きが、驚くべきスピードで進んでいる。「軍事植民地」的状況を何ら改善できずにここに至っていることに、ジャーナリズム界の一角に身を置いてきた者として、しかも沖縄メディアにいる者として、深い慚愧の念にさいなまれざるを得ない。
  共同通信の11月の世論調査で「政府が進める防衛力強化に関し、日本が反撃能力(敵基地攻撃能力)を持つことに」賛成60・8%、反対35・0%という結果だった。ぼうぜんとした。敵基地攻撃能力を持つこと、それを行使するとはどういうことか、リアルに考えていると思えない。そもそも、今の日本と世界の現実の中で、「防衛力強化」とは何なのか。軍事的、外交的、経済的にどういうことなのか真剣に考えているのだろうか。

 2月のロシアによるウクライナ侵攻以来、東アジアの状況も相まって、テレビの報道解説番組は軍事専門家や防衛族政治家に占拠された感がある。かつてならあり得なかった好戦的な議論がまん延している。世論は間違いなく影響を受けている。
  南西諸島は「要塞化」の段階から一気に「戦場化」へと傾いている。先月の日米共同統合演習「キーン・ソード23」では、陸上自衛隊(陸自)の最新鋭の戦車(16式機動戦闘車)が、沖縄県内で初めて与那国島の公道を走った。
  那覇市に拠点を置く陸自の第15旅団を増強して師団に昇格させることが明らかになった。読売新聞が3日夕刊1面トップ、4日朝刊でも2面トップで報じたが、朝日、毎日は報じなかった。読売は賛成する立場から大きな扱いをしたと考えられる。沖縄の2紙は「戦場化」への危機感から当然の1面トップだった。

 「台湾有事」で沖縄はどうなるのか、と心配する人がいる。住民の避難はできるのか、難民が来たらどうなるのかなどなど。しかし、そんな心配はありがたくない。ウクライナで示されている通り、戦争は始まってしまったら地獄なのである。沖縄県民は77年前の沖縄戦の地獄を知っている。戦争は絶対に起こしてはならないのだ。始めさせないためにどうするかが問題なのだ。
  今こそ「二度と戦争のためにペンをとらない」との決意を確認せねば。
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年12月25日号
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2022年12月14日

【リレー時評】沖縄復帰50年に想う 「集団自決」裁判=山口昭男

 沖縄復帰五〇年の今年行われた知事選で、県民が示したのは「米軍普天間飛行場の辺野古移設反対」の意思表示だった。
 屋良朝苗氏が復帰後最初の公選知事に就任して以来、沖縄県知事は保守と革新が入れ替わるように務める形になっている。
 一九七三年私が新入社員として『世界』編集部に配属され、最初の特集が「沖縄――復帰一年の憲法状況」だった。締め切り間際、大田昌秀琉球大学教授(当時)の原稿を航空貨物便で受け取るため羽田空港まで行ったことをよく覚えている。この時以来、私と沖縄の関わりは現在まで続いているが、何と言っても強く印象に残るのは、沖縄「集団自決」裁判である。

 『沖縄ノート』の著者である大江健三郎氏と出版元の岩波書店を相手取って、二〇〇五年八月に突然始まったこの裁判は、「軍は住民に自決を命じていない」と主張する座間味島の元戦隊長らを原告とする名誉棄損の民事訴訟だった。しかしその実際は、国の歴史認識、教科書の歴史記述を問う争いであった。ちょうど稲嶺知事、仲井真知事の時代である。

 裁判が進行中の二〇〇七年三月「軍命はなかった」とする原告側の主張のみを根拠として、高校教科書の「集団自決」の記述から、日本軍の命令、強制、誘導等の表現を削除させる文部科学省の検定意見が出され、出版各社がこれに応じるという事態が起きた。この裁判の傍聴者の一人は「原告関係者が『これで目的は達した』と話すのが耳に入った」(『東京新聞』二〇〇七年三月三一日付)と語っている。ここにおいて、この裁判が単なる名誉棄損裁判ではなく、これまでの沖縄戦観や歴史認識を覆そうとすることが真の狙いであることが明確になった。
 裁判は、二〇〇八年三月の大阪地裁判決、同年一〇月の大阪高裁判決と、いずれも大江氏と岩波書店の完全な勝訴となり、それは二〇一一年四月の最高裁で確定をみた。五年半に及ぶ裁判であった。

 この裁判では、さまざまな人が証言を行ったが(『記録 沖縄「集団自決」裁判』岩波書店 二〇一二年参照)、今年七月に九三歳で亡くなった金城重明さんの「集団死は軍からの明らかな命令によるものだ。鬼畜米英の前で生き残ることが恐怖の対象となって死を選んだのが実情だ。……その後日本軍が生き残っていたことを知り、衝撃をうけた。沖縄戦のキーワードは軍官民共生共死だったが、住民は死んで、日本軍は組織的に完全な状態で生き残っており、日本軍に対する不信感、恐怖心が生じた」という自らの体験を語りながらの証言は、人々の心を揺さぶり、判決にも影響を与えたといわれる。
 また一九九〇年に県知事に当選し二期務めた先述の大田昌秀さんは、一九四五年三月に学徒隊の鉄血勤皇隊に動員された体験から、最期まで「軍隊は人を守らない」「米軍基地だけは絶対に受け入れられない」と訴え続けていた。
  山口昭男
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年11月25日号
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2022年11月08日

【リレー時評】ミサイル攻撃 地下鉄に逃げよ!=中村梧郎(JCJ代表委員)

  9月3日、北朝鮮が弾道弾を発射した。グアムの米軍基地も射程内とのシグナルだ。日本は上空通過時にJアラートを発令し新幹線を止めた。遅く無意味な警報だった。
  岸田首相は国家安保戦略の改定と、防衛費の倍増を何度も言ってきた。その主たる標的は北朝鮮でなく中国である。
 北が発射する半月も前、朝日新聞は「ミサイル攻撃に備えて日本の地下鉄駅を避難壕に改造(9月⒛日付)」との記事を載せていた。対中シフトである。その概略はこうだ。「…学校などが有事の避難先とされたが地下鉄は対象外だった。ウクライナにならい住民の避難場所を確保する。東京都は5月、新たに105の地下駅、大阪は108か所を指定した…」
 ミサイルには本来、核弾頭がつく。退避壕は地下深くなければならない。敵基地攻撃能力や核兵器共有論が叫ばれる今、日本もついに臨戦態勢か、と気付かせる不気味な記事である。なんと首都も標的になることが前提となっている。同じ日、事態の重さを見なかったのか他紙は報じていない。
  ニューヨークを歩くと、建物の壁に三枚葉の放射線標識が時々見つかる。核シェルタ―の表示だ。
  冷戦時代、核戦争が起きてもシェルターに逃げれば安全とされた代物である。その地下壕に入ってみた。かび臭い密閉空間。放射能塵は入らないが換気扇がある。水と食料はひと月分。連絡は電話、との話であった。

 これで核から身を守れるのか。電源喪失で冷蔵庫も換気扇も使えない。酸欠はどうする。運よく一週間で出られても地表は放射能に満ちている。インフラが全壊し、飲食もできない空間でヒトはどう生きるのか。眉に唾を付けつつシェルターを眺めたものだった。
 ロシアもウクライナも地下鉄は核戦争を前提に造った。100m以上の深度で爆発には耐える。だがニューヨーク同様、当初は生きられても後の保証がない。放射線を侮ったか、または無知なのか。
 台湾有事が身近な話となった。米国は挑発を続け、中国は怒る。問題は昨年、安倍元首相が「台湾有事は日本有事」と言ったことだ。勃発なら兵を送り、敵基地にミサイルを撃ちこむのだろうか。南西諸島へのミサイル配備が進んでいる。反撃されれば日本列島は廃墟と化す。
 安倍氏が遺した負の遺産は、カルトとの癒着を筆頭に、軍事でも経済でも数え切れないほどだ。やはり知らぬ間に臨戦態勢が整えられてきたとみるしかない。
 日本の地下駅はどこも浅い地層にある。日本一深い大江戸線六本木駅でさえ42mでウクライナの半分以下。有事となればみな瓦礫に埋まる。
 国民はその覚悟を背に地下鉄に逃げよ、ということなのかもしれない。根本的対策は地下への避難ではなく、武力行使をさせない平和外交であるはずなのに。
 中村梧郎
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年10月25日号


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2022年10月18日

【リレー時評】軍事大国化を急ぐ政府、十分な監視を=𠮷原 功(JCJ代表委員)

 <日本帝国は朝鮮半島を植民地にして極悪非道な行為を重ねた。日本は、禁断の実をアダムに食べさせたイブの国家であり、その贖罪のためにアダム国家である韓国に、日本のすべての物資を収集して捧げなければならない>。旧統一教会の教義で、日本に関連する部分を要約すれば以上のようになろう。この旧統一教会を日本に跋扈させたのが、安倍三代と右派政治家の協力だ。
 安倍元首相射殺事件の容疑者家族が象徴するように、日本の信者=民衆は、「極悪非道の償い」という「教義」に基づく「霊感商法」や「寄付」などで金品を搾り取られてきた。韓国の教団本部に蓄積された膨大な金品は、教団の欧米進出資金となり、日本に還流した一部は日本政治の保守的右翼的潮流を裏から支える活動資金となって貢献した。そして安倍政権下で親教会議員が大臣のときに原理運動、勝共連合、統一教会とさまざまな顔を使い分けて展開してきた教団の負のイメージを隠す「世界平和統一家庭連合」への改称にも成功した。
 安倍元首相銃撃死事件を機に統一教会問題が再浮上し、メディアは競って「空白の30年」を経て統一教会問題を報道し始めた。成果も出ているが、メディアには教団が政府与党の政策にどんな影響を与えているか、もっともっと踏み込んで取材するよう期待したい。
 8月末、23年度予算の概算要求が出揃った。防衛省の概算要求は5・5兆円弱、100項目規模で盛り込まれた金額を示さない「事項要求」を加えると6兆円台半ば。防衛費をNATO並みにGDPの2%に拡大するために走り出そうという驚くべき内容だ。

 実現すれば世界第3位の軍事大国。相手の射程圏外から攻撃するミサイルの量産、無人アセット防衛能力、宇宙・サイバーなど「領域横断的」能力に、弾薬・火薬の確保や部品不足の解消、部隊や補給品を前線に送る「機動展開能力」など臨戦態勢を思わせる項目も溢れている。まさか安倍元首相の「核共有」は想定されてはいまいが。
 岸田首相は内閣改造の5重点分野の筆頭に「防衛力の抜本強化」をあげ、浜田防衛大臣は就任会見で「南西諸島における防衛体制を目に見える形で強化していく」と述べた。「ウクライナ」報道に自衛隊・防衛省関係者が連日登場し主張する防衛力強化に見事に呼応する。 
 沖縄にさらなる負担を強制する姿勢も見逃せない。内閣府の概算要求では沖縄振興予算を大幅減額する一方で、台湾有事を想定し、先島に住民用避難シェルター整備を検討。
 台湾有事でなぜ先島に?自衛隊・米軍の基地が攻撃され、ついで沖縄本島、さらには本土が標的になる。年末には安保関連基本3文書の改訂が行われ、予算に反映されかねない。
 日本が軍事大国に向かうのか、平和憲法にふさわしい国家にむけて努力するのか、メディアは岐路に立たされている。
  𠮷原 功
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年9月25日号
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2022年09月06日

【リレー時評】「9条変えるな」は特定の主義主張か=白垣詔男

 福岡市で3年ぶりに開かれた「平和のための戦争展」(8月19〜21日)について、福岡市が驚くべき理由で名義後援を断った。
 それまで名義後援を続けていた福岡市は2015年、「特定の政治主張に立脚している」として初めて名義後援を断った。
当時、大手メディアが大きく報道したため多くの人が来場してにぎわうという福岡市にとっては逆効果となった。福岡市は、その後も名義後援を断ってきたが、今年は7月21日付、高島宗一郎市長名で、その理由として「『憲法9条を変えさせてはいけない』という特定の主義主張に立脚した内容が含まれており、本市が後援することにより行政の中立性を損なう恐れがあると考えられるため」としている。
 これを知った主催の市民団体「『平和のための戦争展ふくおか』を成功させる会」(運営委員長・石村善治福岡大学名誉教授)はじめ関係者は「信じられない」。8月4日に記者会見した石村運営委員長は怒りを込めて、憲法には公務員の憲法擁護義務が明記してあることに触れ、「憲法9条を変えさせてはならないということが特定の主義主張として承諾されないのは理解できない」と訴えた。
 福岡市は、過去に名義後援を断る理由として「原発反対を主張している」などを挙げていたが、「憲法を変えさせてはいけない」という理由を挙げてきたのは初めて。福岡市は高島市長はじめ職員が憲法99条の「…公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」という条文を知らないわけでもあるまいが、「9条を変えてもいい」と現憲法を擁護しない主張をすれば名義後援を引き受けるのだろうか。福岡市の憲法感覚は異常としか思われない。
 高島市長は地元出身の麻生太郎自民党副総裁から全面支援を受けている。もちろん、麻生―安倍晋三元首相の親密な関係から、安倍政権の方針を全面支持していた。今回も、安倍元首相や麻生氏が主張していた「9条改正」を念頭に、名義後援を断る理由を「9条を変えさせてはいけない」という主張を「反安倍・麻生」と短絡的に結び付けたのではと考えるのが自然だろう。
 福岡市は安倍死去後、すぐに市庁舎に「安倍晋三元首相を悼む記帳所及び献花台」を設け、そこには「民主主義を擁護し犠牲となった安倍晋三元首相を悼む」と書かれており、良識ある市民からは「民主主義を破壊した元首相なのに、この言い方はふさわしくない」とクレームがついた。
 また、福岡市教委は安倍葬儀があった7月12日から15日まで全市立学校226校に対して弔旗掲揚を求める文書を出していた。これについて高島市長は、「私は知らなかった、教育委員会が勝手に出した」と述べたが、最高責任者が「知らなかった」では済まされない問題だし、本当に知らなかったとしたら福岡市の組織運営はお粗末としか言いようがない。
 白垣詔男(JCJ代表委員) 
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年8月25日号
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2022年08月12日

【リレー時評】民主主義否定の銃撃事件と参議院選挙=清水正文(JCJ代表委員)

  この原稿の内容を参院選を中心に検討していたそのさなか、安倍晋三元首相が遊説先の奈良で演説中に、銃撃を受けて心肺停止状態になったというニュースが飛び込んできた。銃撃犯はその場で取り押さえられ、殺人未遂の現行犯で逮捕されたということである。安倍元首相は搬送先の病院で手当てを受けたが、数時間後に亡くなった。その後の報道で、犯人は奈良に住む41歳の男性で海上自衛隊に勤務していたことがあるなどがわかってきたが、犯行に至る背景や動機は今後の捜査にゆだねられる。参院選の投票日を間近に控えて、選挙戦でしのぎを削る与野党の各党首からも嘆きや憤りの声があげられた。
 民主主義の根幹である選挙のただ中で、言論の自由を暴力で封殺する卑劣なテロ行為などあってはならない。メディアにかかわる私たちも、言論・表現の自由の大切さを、声を大にして訴えていく必要がある。
 一方、安倍元首相の死は痛ましいことではあるが、彼が行ってきた集団的自衛権の一部容認などの憲法解釈の変更や、自衛隊の役割を広げる安全保障法制を成立させ米軍との協力を強めるなどの政策は平和憲法をないがしろにするもので、許されるべきではないことも訴えていく必要がある。
 さて参議院選挙であるが、ロシアのウクライナへの侵略に端を発して「戦争か平和か」が大きな問題になっている。このウクライナ侵略をどう止めるのか、バイデン米大統領のいう「民主主義対専制主義のたたかい」という価値観による分断でいいのかが問われている。国際連合に加盟する各国が「国連憲章を守れ」の一点で国際世論がロシアを包囲することが今求められていると思う。
 また、この動きに乗じて「核抑止論」や「核共有論」が横行しているが、唯一の戦争被爆国で憲法九条を持つ日本としてあってはならず、軍拡ではなく核兵器禁止条約へ参加し、核廃絶の先頭に立つことこそ求められている。
 物価高騰から国民生活を守ることも大きな課題である。消費税を減税し、インボイスは中止する必要がある。また、大企業の内部留保に課税し中小企業を支援して「最低賃金を1500円」に引き上げることも緊急の課題であり、生涯で1億円もの男女の賃金格差をなくすこともジェンダー平等社会の土台である。
 資本主義がもたらした気候危機から地球を守るために、石炭火力からの撤退や原発ゼロを進めるとともに100%国産の再生エネルギーの普及をはかることも必要である。
 大阪ではカジノ誘致反対の住民投票を求める署名が約21万筆集まり、政府に認可しないよう要請する署名も始まった。
 今回の参議院選挙は日本と世界の将来を決める選挙だと言っても過言ではない。選挙結果がどうあろうとも「戦争か平和か」をはじめとした問題や言論・表現の自由を守るたたかいは続く。私たちに今何ができるのかが鋭く問われることになるのは確かである。
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年7月25日号
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2022年07月02日

【リレー時評】新しい戦争報道 ウクライナ・デジタル=藤森研

 ロシアによるウクライナ侵略からすでに4か月。今も激しい戦争とその報道が続いている。
 1970年前後のベトナム戦争では、沢田教一ら多くの記者・カメラマンが戦地に入り、生々しい現場の様子が世界に報じられた。「見える戦争」と言われ、市民らの反戦運動につながった。
 それに懲りたか91年の湾岸戦争で、米軍は徹底的に報道を規制、代表取材だけ認める「プール取材」方式をとった。2003年のイラク戦争では、米軍戦車に記者が同乗する「エンベッド取材」が用意された。
 22年の今回の戦争の特徴は、SNSなどネットを通じて、多くの当事者や市民らが刻々の状況を世界にいち早く知らせ、再び「見える戦争」になったことだ。
 ネット情報には偽ゼレンスキーが登場するなどフェイクの危険性が伴うことも事実だ。ネット画像の信用性確認のために、英BBCは衛星画像による建物や地理的状況の確認、流れている音声が何語かなどを検証しているという(3月28日読売新聞)。
 多くのジャーナリストも、現地入りしている。その一人、フリーの村山祐介氏から24分のドキュメンタリー作品が送られてきた。現在ユーチューブで見られる(『ブチャ〜「死者の通り」8人虐殺事件を追う』)。村山氏は元朝日記者で、4月5日から何度もブチャに入り、ロシア軍による8人の虐殺を、証言などで具体的に明らかにした。現場近くに残っていた頭部のない遺体の映像は見るのに辛い。
 世界から集まるジャーナリストのために、現地ではウクライナ側の「プレスツアー」が組まれている。単独取材の場合、要注意は地雷。アスファルト上を歩くことが鉄則になっているらしい。
地元のジャーナリストも踏ん張っている。「ハリコフタイムズ」のセルゲイ・ボボク記者はNHK「国際報道2022」に、街にとどまって報道を続ける覚悟をこう語った。「自分たちが避難したら誰もこの街で起きていることを知ることができなくなってしまう」
 ネットにも、既存のメディアにも、長短がある。ネットの目は、遍在する。メディアは、裏取りの訓練や社名での責任の担保が長所であろう。
 両者は補完もし合う。村山氏は、虐殺直後の様子を撮影してネットに載せた地元男性を探し出し、直接話を聞いて、実相に迫る一助とした。
 逆に、ジャーナリストが体を張って撮った現地映像を、世界の市民が積極的にSNSなどでシェア、拡散しているのも今度の戦争の特徴だろう。ネット時代の市民とメディアの、緩い連帯の形とも言える。
  一方で、ロシア国内では前時代的な厳しい報道規制や、市民への弾圧が続く。報道の自由がないもとで、世論の戦争遂行への支持率は高止まりしている。
 ジャーナリズムの意味を改めて考えさせる、21世紀の戦争だ。
  藤森研(JCJ代表委員)
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年6月25日号
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2022年06月09日

【リレー時評・拡大版】沖縄復帰50年 基地問題への意識の差歴然=與那原 良彦(JCJ沖縄)

                              
3面 與那原良彦・写真 (002).jpg
  
  「はいはい沖縄、はいはい基地問題」。ラジオ・パーソナリティーのジョン・カビラさんは沖縄タイムス・朝日新聞共同企画「写真が語る沖縄」のインタビュー(5月6日付沖縄タイムス朝刊)で、沖縄の基地問題や所得の低さなどの話題を聞き飽きたというような反応をされることを明らかにした。

 似たよう体験がある。東京で勤務していた数年前、行きつけの飲み屋で隣り合った初対面の老紳士と基地問題で議論になった。老紳士は「沖縄は基地で大変だけど、場所的に仕方ないですね」と語り始め、「基地がないと生活できないでしょう」と繰り返した。私が「基地経済は縮小し、県民所得に占める割合は5%程度。政府からの交付金も県民1人当たりの額も全国で最も多いわけではない。県民世論も新基地建設反対が多い」と説明すると、激高し、「君たちは日本人ではない」と吐き捨てた。政府に楯を突く人間は「日本から出て行け」と言われた。
 
 「溝は深まった」

 1972年の復帰から50年がたった。5次にわたる振興計画で、インフラの整備が進み、県民生活の一定の向上は図られた。だが、国土の0・6%の沖縄に米軍専用施設の約7割が集中し、所得は全国最低だ。過重な基地負担が続き、「復帰とはなんだったのか。50年で何も変わっていない」という不満と疑問を持つ県民は少なくない。
 復帰50年の節目に、新聞社やテレビの各メディアが特集面、連載、特集番組を企画し、沖縄の戦後や復帰後の変化、現状を取り上げている。力作も多く、沖縄への理解が深まることを期待する。しかし、簡単なことでないと思わざるを得ない。大きな歴史の節目や政権を揺るがす問題が生じたときは、沖縄報道は熱を帯びる。時が過ぎると、沖縄が訴えてきた問題に解決が見られていないにも関わらず、潮が引くように報道量は減っていく。何度も繰り返されてきたことだ。恐らく、5月17日以降は、沖縄報道は熱を失うのではないかと心配している。

 沖縄県内と全国的な沖縄報道のありようは、意識の違いにも影響を与えているだろう。沖縄タイムスと朝日新聞社、琉球朝日放送(QAB)が復帰50年に合わせ実施した県民意識調査(沖縄タイムス5月11日付朝刊)で、沖縄に集中する米軍基地に関し「減らすのがよい」との回答が61%で、「全面的撤去」も15%だった。「今のままでよい」は19%だった。一方、朝日新聞が全国で実施した調査では「減らすのがよい」は46%で、「今のままでよい」は41%に上った。沖縄が求める基地の整理・縮小に関し、本土との意識の差が浮き彫りとなった。

 県民意識調査で、本土の人たちが沖縄のことを理解しているか尋ねたところ「そうは思わない」は8割に上った。
 沖縄への認知度は高まり、住みたい人気県に選ばれることもある。その一方で、構造的、差別的といわれる基地問題への温度差は歴然としている。「沖縄と本土の距離は縮まったものの、溝は深まった」とさえ指摘される。

 報道側の責任は

 過重な基地押し付けに対し、本土側の無理解、無関心をなくし、問題を解決するには政治が責任を果たすべきである。一方で、政権を担う政治家や官僚を取材し、報道する側の責任も問われるべきと考える。
 沖縄の基地問題を象徴する辺野古新基地建設の断念で最も期待が高まったのは、民主党を中心とした政権交代時だ。ご存じの通り、「最低でも県外」と言及した鳩山由紀夫首相は辺野古建設に回帰し、辞任した。菅直人新首相の就任直後、大手メディアの政治部長は「新政権は辺野古推進を明言し、上々の滑り出しだ」と解説した。「問題は解決したと考えている」のかと問うと、「対外的にはそうだ。あとは国内問題だ」と答えた。

 沖縄の基地負担軽減を訴えていた報道と懸け離れた言及に唖然とした。政府と結託しているとまでは言わないものの、沖縄を犠牲にしてでも日米安保を最重視していることは変わらない。報道責任者がこのような姿勢であれば、政治家や官僚が危機感を持って沖縄に向き合い、その訴えに耳を傾けるよう重い腰を起こすことは期待できないと感じた。

 沖縄の基地問題を官邸や外務省、防衛省で取材する後輩記者に、全国メディア記者が「オールジャパンの問題を聞いてよ」と言われたことがある。記者の中に沖縄の問題を一地方の問題にすり替え、自ら天下国家を相手にしているおごりがあるのではないかと疑念が生じる。政権側と記者との実態を検証し、改革が必要ではないか。
 12年が経ち、沖縄県の玉城デニー知事は5月10日、新基地建設断念などを盛り込んだ建議書を岸田文雄首相に手渡した。民主党政権時の政治部長が語っていた「国内問題の解決」は程遠い。
  與那原 良彦(JCJ沖縄)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年5月25日号
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2022年01月03日

【リレー時評】沖縄返還50年と「やまとんちゅ」の責務=守屋龍一(JCJ代表委員)


 軍部が暴走し、無謀な日米開戦「12・8」に突入して80年。反省どころか、いま日本の軍事費は6兆円を超え、GDP比1.09%に達した。
 日本列島を、米軍オスプレイが我が物顔に飛び回り、米軍F16戦闘機は飛行中に重さ210s・全長4.5mの燃料タンク2個を、住宅地近くに投げ捨てる。
 いまも過去最大の日米共同軍事演習「ヤマサクラ81」が自衛隊の伊丹駐屯地で行われている。6月には対中国を想定し日米共同の「オリエント・ シールド21」が矢臼別演習場、伊丹駐屯地、奄美駐屯地など、7カ所で実施された。

 政府は「沖縄の負担軽減」を、とってつけたように持ち出して、北海道から奄美・沖縄まで、各地の自衛隊駐屯地との連携を図り、年間49回の日米共同訓練を通して「日米軍事基地化」、すなわち「本土の沖縄化」へと、 地均ししているのだ。
 今年5月15日には、沖縄の本土復帰から50年を迎える。沖縄の人々はどんな思いに駆られるだろうか。復帰に込めた願いは、日本国憲法の下での基本的人権の保障と「基地のない平和な島」の実現だった。
 だが「米軍基地の全面撤退」は拒否され、「核持ち込み密約」さえ明らかとなった。「本土」にある米軍の基地施設面積の7割を沖縄へ押しつけ、さらに辺野古の米軍新基地建設を強行する。「 美(ちゅ)ら海」の埋め立てに、沖縄戦犠牲者の遺骨が混じる土砂まで投入する。
 歴代政府は、沖縄に犠牲を強いるだけでなく、人道上から見ても許されない「加害」を重ね、責任を取らないできた。

 辺野古や高江で会った「うちなんちゅ」の顔が思い出される。琉球処分や沖縄戦での悲劇、「アメリカ世(ゆ)」での「島ぐるみ闘争」、これらの経験を通して共有する「うちなんちゅ」の怒りと矜持、 私は分かっていたのか、恥ずかしい限りだ。
 「本土」からの目線で沖縄をとらえ、そこに生活している人々の苦悩や誇り、さらには歴史を踏まえた理解が浅かったのではないか。
 あらためて沖縄の基地をめぐる様々な論争を耳にするとき、その論の是非よりも、今こそ「うちなんちゅ」の気持ちは、「沖縄へ返せ」なのだ。 あの「基地のない平和な御嶽(うたき)に霊がすむ琉球の島へ返せ」なのだ。そう思わざるを得ない。

 私は月桃やデイゴの花が咲く沖縄の町を歩き、ガマを訪れ祈るとき、また「平和の礎(いしじ)」に触れるとき、「うちなんちゅ」の「命(ぬち)どぅ宝」への思いと合わせ、本土の政権が重ねてきた「加害」の重大さに気づく。そしてその責任を取らない政権を代える闘いを、「本土」でねばり強く広げることこそ、求められているのだ。
 「本土」に生きる私はもう一度、日米両政府が担うべき「加害責任」を厳しく問い糺し、泡盛とイカ墨汁で意気投合した人々と一緒に、日本から基地を撤去する闘いに、力を注ぎたい。
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2021年12月07日

【リレー時評】連合は本当に政権交代を望まないのか=白垣詔男(JCJ代表委員)

 連合(日本労働組合総連合会)は初めての女性会長、芳野友子さん(55)の下で初の国政選挙を終えた。しかし、報道によれば、芳野さんは、日本共産党が入った選挙協力に釘を刺したという。
連合はこれまでも「共産党排除」の姿勢が強かった。今回の衆議院選挙でも事前に「4野党共闘」が確認した目標の1つ「連合政府」を認めないことを、野党共闘の要だった立憲民主党の枝野幸男前代表に意向を表明したと伝えられている。
 連合が真の労働組合と自認しているならば、同じ働く者の側に立つ他の立憲野党とともに、今回の総選挙で少なくとも「自公過半数割れ」「政権交代」を目指すのは当然ではなかったか。
 しかし、芳野会長や連合幹部の大半は、「まず自公の過半数割れ」を目標に掲げながら実態は「共産党との共闘」は全面的に否定したようだ。防衛装備品製造会社の労組が力を持つ連合の力が選挙の結果を左右する国民民主党は4党共闘には入らなかったうえに、選挙後、国会で野党の国対委員長会議にも参加しないという。維新の会と改憲論議を始めるともいう。
 それにしても総選挙ではまず、自公の議席を過半数割れにして、その後の野党連立、野党連合協議に向けて、連合の意見を述べるのが本道で、選挙前から「共産党排除」を打ち出したのは、連合が「自公過半数割れ」を本当は望んでいないのではないかと疑ってしまう。つまり、表面的には「自公過半数割れ」を掲げながら、実は「戦争ができる国」志向の自民党の補強組織ではないかとも勘ぐってしまいたくなる。
 私が住んでいる福岡県では、選挙前、「市民連合ふくおか」が主導して「自公連立政権を打倒して野党連合の政権を」「棄権しないで投票に行こう」などの旗印を掲げ、街頭行動を盛んに展開した。その中で、驚くことに、立憲民主党の候補者に対して、連合が「できれば共闘をしないように」「一緒に街頭演説をする際、共産党の旗が立ててある場所に立憲民主党の旗を立てるな」と強く指示していたという。
 「市民連合ふくおか」の活動報告をユーチューブで見ると、なるほど政党の旗は「日本共産党」「社民党」「れいわ新選組」「緑の党」のものは見えるが「立憲民主党」の旗は見当たらなかった。地方組織に対しても連合の「反共産党」の姿勢は徹底している。
  連合に初めて女性会長が誕生したことは歓迎したい。これまでの男性主導の労組活動に新風を吹き込むことが期待されている。女性労働者に非正規が多いことや「コロナ禍」で職を失う女性が増えたことなどで、これからも女性会長に寄せられる声は高まるだろう。
 しかし、連合が労働組合というのならば、せめて「要求で一致する運動には共闘を」と強く言いたいが、芳野会長は、その点をどう考えているのか、「連合は不可解な労働組合」と言ってもいい。
  白垣詔男
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年11月25日号
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2021年11月04日

【リレー時評】俵義文さんのJCJ賞特別賞受賞に思う=清水正文(JCJ代表委員)

2021年のJCJ賞特別賞に俵義文さんの「日本の教科書と教育を守り続けた活動」が選ばれた。俵さんとごいっしょに出版労連や「子どもと教科書ネット21」の運動にかかわってきた一人としてたいへん感慨深い。
 残念ながら今年6月7日に亡くなられたが、活動の集大成ともいえる『戦後教科書運動史』が昨年末に出版され、病の床でできた本をじっと眺めておられたと聞き、ほんとうによかったと思った。

 俵さんへの惜別の記事が、しんぶん赤旗の「潮流」や朝日新聞にも掲載されたが、活動の評価が、国内だけでなく韓国や中国との交流にも力を注ぎ、近現代史の三国共通教材「未来をひらく歴史」をつくるまでに発展した教科書問題への取り組みなどが際立っていたからだと思う。
 思えば1980年代から40年近くのお付き合いになる。出版労連の中央執行委員・書記次長に就任された俵さんは一貫して教科書問題を担当し、家永教科書裁判支援にも役員としてかかわってこられた。私も副委員長として何年かごいっしょに出版労連の運動に携わり、彼の教科書問題へのライフワークともいえる取り組みに敬服させられた。

 俵さんは2000年3月に勤めていた教科書会社を早期退職し、「子どもと教科書全国ネット21」の専従の事務局長となり教科書問題の専門家として歩むことになった。それ以来彼とは「教科書ネット」の運動を通じて活動してきたが、私は「子どもと教科書大阪ネット21」の代表委員として事務局長の平井美津子さんらとともに、今も教科書問題にかかわっている。
 平井さんは長年中学校教員として歴史の授業を通じて「慰安婦」問題を子どもたちに教えてきた。その授業に対して、大阪府議会では自民党や大阪維新の会の議員が平井さんへの個人攻撃を行ったが、「教育への政治介入に屈するべきではない」と毅然として対応した人である。

 その「慰安婦」問題について、政府は今年4月に日本維新の会の質問主意書に対して、「従軍慰安婦」や「強制連行」という用語を不適切だとする答弁書を閣議決定し、教科書会社に記述の削除や訂正を求めた。
 この政府の求めに応じて教科書会社5社が訂正申請をし、文科省が9月8日に承認したが、その理由に2014年に改訂された教科書の検定基準を挙げ、閣議決定に沿った記述を教科書会社に求めたのである。
 この問題について、俵さんのあとを継いだ「子どもと教科書全国ネット21」の鈴木敏夫事務局長は、「歴史用語を権力が定め、それ以外を禁じるのは学問の自由に反する」「教育基本法も禁じる教育への政治介入で違法だ」と指摘し、「ネット21」の常任運営委員会として9月10日に政府に抗議した。
 今後も右派からの教科書攻撃が続くと思われるが、憲法の保障する学問の自由、言論・表現・出版の自由を守るために、私も微力を尽くそうと決意を新たにしている
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年10月25日号
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2021年10月04日

【リレー時評】「国民的」が呪文と化す危険 自覚は=藤森 研(JCJ代表委員)

 国民的歌手、国民的美少女――。私たちはよく口にする。だが「国民的」は、危ない言葉だ。
 今夏の東京五輪・パラリンピックはコロナ禍で低調だったが、五輪は元々、国威発揚や国民的高揚と表裏一体だ。べルリン五輪はよく知られているが、幻となった1940年東京五輪も「紀元2600年」を盛り上げる大会だった。今も金メダルごとに国旗掲揚・国歌演奏が行われる。
 菅義偉首相が東京五輪を強行したのは、「国民的な盛り上がり」を背に解散、総裁選に臨みたかったからだろうと9月4日の朝日社説は書いた。その通りだと思う。
 今回かなり減じたとはいえ、五輪には、どこか正面から反対しにくい「祝祭」のオーラがある。東京五輪の中止を主張した新聞もあったが、多くの社は条件を付けて言い切りを避けた。「国民的祝祭」に水をかけることを躊躇う意識も潜んでいたのではないかと、読み比べて思う。
今年は、15年戦争の始まりの満州事変から90年にあたる。

 発端は関東軍の満鉄爆破だったが、当時の新聞は軍部の発表通りに中国側の仕業だと書いた。大阪朝日の編集局長は「軍部の数ヶ年来の計画遂行に入ったものと直覚」と日誌に記したが、結局、軍部発表に追随した。
 軍事行動に反対していた朝日がなぜ満州事変で社論を転換したのか。以前、朝日の連載「新聞と戦争」の取材班で社内資料を渉猟した。仲間とも議論し、私なりに、長期、中期、短期の要因の複合だったと整理した。
 明治から続く長期的な要因は、絶対天皇制の重し、明治憲法下で限定された言論の自由、新聞社の私企業制である。

 中期的要因は、朝日も主唱した大正デモクラシーが「内に立憲主義、外へ帝国主義」という自己矛盾のもろさを内包していたこと。また、大正末に大阪朝日が百万部を超え、世論を慮る「国民的新聞」になっていたことだ。
 短期的要因は右翼の圧力、不買運動、朝日記者攻撃、反戦主義の無産政党の転向や沈黙などだ。その背景に、中国の反日運動に憤懣を募らせていた圧倒的多数の日本人が、軍事行動を熱狂的に支持した事実があった。
 要するに、新聞は自らが火をつけた国民的熱狂に煽られ、孤立を恐れて大勢に追随した。

 戦後、天皇は象徴に変わり、言論の自由は基本権となった。しかし、メディアが国民的孤立を恐れる体質は、どれほど変わっただろうか。
 例えば竹島、尖閣などの領土問題だ。ほぼ全てのメディアが日本国政府の主張をおうむ返しにしている。背後に、圧倒的な民意がある。「非国民」という言葉は今も生き残っている。先の戦争で、国民は単なる被害者ではなかった。
 「国民的」という呪文に、ジャーナリズムはよほど心しなければならないと思う。
藤森研
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年9月25日号
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2021年09月06日

【リレー時評】 沖縄との対話を拒否し暴走する公権力=與那原良彦(JCJ沖縄)

與那原良彦・写真.jpg 沖縄県内の基地問題では、常識を逸脱した公権力の暴走が後を絶たない。県北部の「やんばるの森」での米軍と日本政府の自然破壊を告発してきたチョウ類研究者、宮城秋乃さんのやむにやまれない抗議行動に対する強制捜査はその実態をあらためて明らかにした。
 北部訓練場返還地で見つけた米軍のものとされる廃棄物を訓練場メインゲートに置いて全面回収を訴えた抗議が、通行を妨害する威力業務妨害にあたるというのだ。県警は6月4日、宮城さんの自宅を家宅捜索し、タブレット端末やパソコン、ビデオカメラなどを押収。8月3日に那覇地検に書類送致した。
 宮城さんは2016年に返還された訓練場跡地から空砲やドラム缶、ゴムシートなどを発見。沖縄防衛局がごみの回収を終えたと発表した後も次々と見つけ出し、米軍や国に回収するよう求めゲート前に置き、抗議していた。
 通常であれば、使用した者が廃棄物を撤去し、現状を回復して、返還するのが筋である。日米地位協定には米軍が原状回復する義務はなく、日本側がその役割を担う。その費用は日本国民の税金で賄われる。
 作家の目取真俊さんは「宮城さん弾圧を問う」と題した寄稿(6月16日付沖縄タイムス朝刊)で「戦時や敗戦後の混乱の中で、沖縄県民から強制的に接収した土地を米軍は好き勝手に使った揚げ句、汚し放題のまま返して終わりなのだ」と指摘。「宮城さんが暴き出しているのは、米軍の廃棄物放置問題を通して、米国に当たり前の義務を求めることができない日本という国の卑屈な姿なのである」と批判した。
 宮城さんが発見した金属製の部品類から放射性物質のコバルトが検出されたこともあった。元々自然にない物質による動植物への影響に強い懸念を示し、廃棄物の回収を米軍、政府に求めてきただけである。
 書類送検された宮城さんは「これまで訓練場返還地での米軍廃棄物の残留と片付けを訴えてきたが国も米軍も警察も全く取り合わなかった。このような方法を取らざるを得なかった」とコメントした。「法に触れない手段で訴えても相手にされず、実力行使で抵抗すれば法律違反とされる。対話を拒否する権力に対して実力行使は市民の権利。今回の強制捜査は不当だと考えている」と抗議した。
 宮城さんへの強制捜査は、米軍基地や自衛隊基地など安全保障上の「重要地域」周辺の土地取引や利用を規制する土地利用規制法を先取りしたものだという批判が出ている。「重要施設」への「機能を阻害する行為」を疑われ、中止命令を拒めば同法違反容疑で捜査される可能性がある。
 市民運動への威嚇を狙ったといえる動きは宮城さんだけ、沖縄だけの問題ではない。「ナチスは最初共産主義者を攻撃した時」で始まるドイツのマルティン・ニーメラー牧師の警句が脳裏に浮かんだ。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年8月25日号
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2021年08月13日

【リレー時評】メディアの記事利用めぐりIT企業に対価=隅井孝雄

 新聞の購読をめぐって、アメリカやEU諸国ではIT大手(グーグル、フェイスブックなど)と政治の間に火花が散っている。
 ITに記事使用対価求める最初に狼煙が上がったのはオーストラリアだ。21年2月、ITの記事使用の対価支払いを強制する法案を成立させた。IT側の支払いの原資は,広告サイトや検索あるいはSNSなどでニュースを表示した際、手にする広告収入である。
 オーストラリア政府は法案提出の根拠として次の2点を強調した。「我が国のメディア産業が生き残るためITとメディアの間に公平なビジネス環境を守る必要がある」、「ジャーナリズムは民主主義社会に欠かせないがコストがかかる」。当初IT側は反発を見せたが、現在は新たな法律に基づく料金交渉が行われている。
 世界の検索の9割超を占めるグーグルの場合、2019年の広告収入は980億ドル(10兆1000億円)、この4年で4倍になり、全収入の6割を超える。報道機関の広告収入は減少する一方である。同じようなIT規制、メディア保護の動きドイツ、フランスなどEU諸国にも広がっている。
 アメリカ議会では上院、下院でともに「ジャーナリズムの競争と保護に関する法律」が提案されている。この法案は新聞もとより、ラジオ、テレビのパブリッシャーに大手ATとの交渉権を与えようというものだ。
 上院議員のエイミー・クロブシャー氏(民主党)に加え、ジョン・ケネディー氏(共和党)、デビッド・シシリン氏(民主党)、ケン・バック氏(共和党)など超党派の議員が支えている。多くの有力議員たちが新聞、ラジオ、テレビを民主主義の基盤ととらえ、フェイクが多く登場するインターネットと互角に競う存在に既存メディアが力をつけることを願っているといえるだろう。
 一方グーグルは2021年2月、報道機関に対価を払って記事の提供をする新サービス「ニュース・ショーケース」を開始した。英国ではフィナンシャル・タイムスやロイター通信など20の報道機関が参加するほか、アルゼンチン、ドイツ、ブラジルなど、現在までに参加する報道機関は450社以上となる。日本でも複数の報道機関と合意しているとグーグルは言っている。
 日本の新聞は近年減紙が目立つ。ピーク時の1997年に5376万部毎日発刊されていた新聞だが2021年1月新聞協会の発表では、3509万部に減少した。昨年1年では、272万部の減、年々幅が増加している。
 読者の支えなしにはやっていけないと朝日が7月から月ぎめ4,400円にした。京都新聞など多くの地方紙も追従する。しかし値上げでは読者離れが加速する一方ではないか。民主主義の担い手であることを鮮明に打ち出す紙面を提供するとともに、オンラインを急速に進める必要があるのではないか。
 隅井孝雄
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年7月25日号

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2021年07月01日

【リレー時評】「金大中氏拉致事件」に遭遇して=山口昭男(JCJ代表委員)

昨年来のコロナ禍で大学の授業もリモートが主流になり、新入生も大学構内に入れない事態が続いていた。振り返ってみれば、私の大学時代も構内に立ち入れない時期があった。
 いわゆる「大学紛争」期の大学封鎖によってである。団塊の世代の最後に当たる私が大学に入ったのは1969年。そして70年安保闘争が起き、大学立法は国会に上程され、大学は自治能力をなくしていた。
 構内には立ち入れず、もとよりリモートなどない時代であるから、授業はなく、試験はすべてレポートになった。ゼミは近くの喫茶店などで行うのが日常であった。こうした環境だったから、当時の学生はほとんどが社会に対して、政治に対して少なからぬ関心を持っていた。

 私はといえば、4年になっても就職についてあまり執着していなかった。就活などという言葉もなかった。会社人間になって一生歯車のように働くのは嫌だと思ったし、団塊の世代で人数は多かったが、時代は売り手市場でもあったから、何とかなるだろうと楽観もしていた。
 そんな時、家族ぐるみの付き合いがあった当時一橋大学学長だった都留重人先生から、岩波書店が社員を募集しているから受けてみないかと言われた。出版社なら少しは自由かもしれない、落ちてもともとと思い受験した。そして幸運にも合格できた。

 1973年入社してすぐ『世界』編集部に配属された。当時決められたことをする以外は、何をするにも指示はなく、好きな人に会い、好きな取材をし、自由に動き回ることができた。自由な環境の下で「社会に生じている矛盾を掘り起こし、人間の運命にかかわる仕事をする。それが自分の役割だ」などと意気がっていた。しかし、入社して3か月目、自らのそうした甘い考えを吹き飛ばすような事件に遭遇した。
 それが「金大中氏拉致事件」である。後に大統領となる金大中氏は、当時韓国の野党の大統領候補で、人気のある政治家だった。その金大中氏に『世界』編集部がインタビューをした。

 当時の私の手帳には「7月18日(水)午後2時30分 金大中氏インタビュー 於ホテルグランドパレス2212号室」と書かれている。ところがその記事が載った『世界』9月号が発売された当日の8月8日に、そのホテルから金大中氏は白昼堂々何者かによって拉致誘拐されたのである。
 幸い殺害はまぬかれ、一週間後にソウル市内で傷だらけの状態のまま発見された。次第に事件はKCIAによるものということが明らかになっていった。
 この入社3か月目の出来事は、私に大きなショックを与えた。ジャーナリストとしての緊張感を強く感じた事件だった。そして自分の考えの甘さとやっていることの大きさを感じた事件でもあった。
 あれから半世紀近くが経ち、今の政治の退廃、社会の弱体化を見るにつけ、私が20代前半に感じた緊張感をいま一度取り戻さねばと思っている。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年6月25日号
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2021年06月23日

【リレー時評】飲んでみる?汚染水=中村梧郎

 4月13日、「飲んでもなんてことない」と麻生副総理が記者団に言った。福島原発の汚染水を、である。
その日午前の閣議で海に流すと政府は決めた。その後の発言である。
 1959年12月、「濾過した排水は飲める」と言ったチッソ水俣・工場長の姿を思い出す。水俣病患者たちの前で彼は一気に飲んだ。後で発覚したのだが、工場排水のコップは職員が巧みに水道水のコップと取り替えていたのであった。
 福島原発で溶け落ちたウランなどの金属デブリは今も炉内にある。そこに流れ込む地下水がデブリに触れて放射性物質まみれの汚染水となる。1日に140d。それをALPSで濾過するのだがトリチウムは除去できない。それを真水で薄めてしまえば「飲めるぐらい」安全だというのである。でも汚染の総量は変わらない。
 これは飲めるはずがない。トリチウム以外にも除去しきれないセシウムやストロンチウム、炭素、ヨウ素などの核種が残る。そのことは2018年に共同通信が報じている。
 政府は「通常の原発でも排水にトリチウムはあり、それを海に出しているから問題はない」との解説をつけた。だがこれも騙しの手口だ。原発排水には事故水のように12種もの危険な核種の混入はない。この二つを同列に置いたところに嘘がある。
 海でつながる近隣諸国、韓国も中国もこの点を衝く。中国政府のスポークスマンは皮肉たっぷりに反論した。「では飲んでみていただきたい」…。
 事故と汚染に関して平然と嘘をつく先例がある。安倍晋三氏によるオリ・パラ招致のための「アンダーコントロール」発言である。汚染水は原発面前の、堤防のある海に出しているのだから安全だと。

 復興庁は4月、トリチウムの「ゆるキャラ」をHPに登場させた。「健康への影響はない」という説明も付いた。だが批判の嵐で削除となった。
 水だけではない。地上の汚染も未解決なのに人体の汚染限度を20倍に変えて安全とし、避難民は戻れという。老朽原発の再稼働を含め、国民がいかに危険に曝されようが意に介さない姿勢が貫かれる。
  汚染は魚介に濃縮される。菅政権は苦しむ漁業者の叫びを蹴飛ばした。被害者は漁民だけではない。魚好きの人間全体の問題なのだ。日本の農・水産物の輸入規制は今も米国以下15の国で続いている。
  もと米GEの原発技術者佐藤暁氏は「周りを掘って地下水を止め、デブリ取り出しは先送り、事故炉を『乾いた島』にする」構想を発表(5月2日東京)した。汚染水を出さない策である。国連の専門家も「汚染の海洋放出は人権侵害」との声明を出した。
 政府は風評被害を防ぐと言う。だが風評は嘘への不信が生みだすものだ。では風評を回避する特効薬はあるのか。
 今こそ出番である。閣僚のどなたかが汚染水をコップで「飲んで見せる」のがいちばん効く。ただし、決して水道水と取り替えるようなことをしてはいけない。
 中村梧郎
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年5月25日号


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2021年04月02日

【リレー時評】 桜咲く頃 なぜか怖い事件が起きる!=守屋龍一(JCJ代表委員)

 コロナ禍にあって出版界は、昨年1年間の販売額1兆6168億円(前年比4.8%増)、2年連続のプラス成長となった。
 これも「巣ごもり」により、本への関心と需要が高まったからである。典型がコミック『鬼滅の刃』(集英社)。全23巻で累計1億5千万部、この1年間だけで1億1千万部・売り上げは5百億円だ。
 私も、この1年間、多くの本を読んだ。そして最近、柳広司『アンブレイカブル』(KADOKAWA)を一気読み。スゴイ小説だ。
 日本が戦争へと突っ走る戦前・戦中にかけ、人々を恐怖に陥れた治安維持法と特高の暴虐ぶりを描く。
 プロレタリア文学の旗手・小林多喜二、反戦川柳作者・鶴彬、「横浜事件」で弾圧された編集者、そして哲学者・三木清の4人を取り上げ、犯罪のデッチあげから苛烈な拷問、ついには獄死へと追い込む叙述とミステリアスな展開は手に汗握る。
 だが、アンブレイカブル=敗れざる者たちは、人間として生きる矜持と信念を、死を賭しても貫く。彼らの重い問いかけが、ひたひたと私たちに迫ってくる。
 日本学術会議・会員6人の任命拒否を始め、為政者が目論んでいる「言論・学問・表現の自由」への介入・規制が、何をもたらすか、よくよく考えねばならぬ。

 なぜか桜咲く3月、怖い事件が歴史的に見ても頻発している。戦前では、
1925年3月19日:治安維持法が成立。以降、全ての社会運動の弾圧に利用。
1928年3月15日:日本共産党員1568人の一斉検挙。いわゆる「3・15事件」。
1929年3月5日:労農党衆院議員・山本宣治が右翼テロにより暗殺される。
1933年3月27日:日本軍部は満州侵略を正当化し国際連盟を脱退。
1945年3月10日:米軍による東京大空襲(23万戸消失・死傷者12万人)。

 戦後も怖い事件は3月に頻発する。
1954年3月1日:第5福竜丸がビキニ環礁で米国の水爆実験により被曝。
1979年3月28日:米国スリーマイル島原発で放射能漏れ事故。
2011年3月11日:東日本大震災・福島原発の爆発(死者1万5899人・行方不明2526人)。

 直近の怖い事件も忘れてはなるまい。
2017年3月13日:安倍首相の加計学園に対する優遇が発覚。
2018年3月12日:財務省は森友学園に関する公文書改ざんを、ついに認める。
2021年3月1日:東北新社と菅首相の長男による総務省接待で、内閣広報官が辞職。

 ふりかえれば「桜を見る会」とその前夜祭を巡る参加者や会費への疑惑に始まり、安倍・菅の両首相が用意した「モリ・かけ・親子丼」と揶揄される特別メニューで官僚の忖度を煽り、国会ではウソの答弁を百回以上も繰り返してきた。
 坂口安吾の小説ではないが、永田町の「桜の森の満開の下」には、国民を脅かす醜い鬼がいる。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年3月25日号
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2020年12月18日

【リレー時評】頑張れ、注目の機関紙ジャーナリズム=藤森 研(JCJ代表委員)

 2020年のJCJ賞は、小さいが重要な一つの歴史を刻んだ。最も優れたジャーナリズム活動としての大賞に、「安倍晋三首相の『桜を見る会』私物化スクープと一連の報道」(しんぶん赤旗日曜版)を選んだのだ。安倍政権の体質を暴いた調査報道だった。
 しんぶん赤旗日曜版は日本共産党の機関紙だ。機関紙がJCJ賞の最優秀賞となるのは過去に一例だけ。1969年、日雇い労働者らがつくる全日本自由労働組合情宣部の「じかたび」がJCJ賞を受賞している(当時はJCJ賞と奨励賞があり前者が本賞とされた)。政党機関紙の大賞は、今回が初めてだ。

 日曜版編集部による『「桜を見る会」疑惑 赤旗スクープは、こうして生まれた!』に、取材の内側が明かされている。
 SNS上で「桜を見る会」に関連して「後援会」の言葉が頻出する。これは、公的行事の私物化ではないのか?日曜版の記者たちはその疑いを胸に、安倍首相(当時)の地元・山口県に入った。共産党市議の紹介で自民党関係者に匿名で話を聞き、集合写真から参加者を割り出しては訪ねた。足で稼ぐ取材だ。
 長門市では、ある母親が「桜を見る会に息子はよく行きます。いとこや孫も連れて行った」と率直に話してくれた。母親は息子に携帯電話をかけてくれる。だが電話口に出た息子は記者に、「お前らに話すことなんて何もない。帰れ」。母親は、申し訳なさそうに玄関を閉めたという。

 ――ああ、同じだ、と思う。朝日新聞の記者だった私も同じような経験をしてきた。正直に話してくれた長門市の母親が、その後、息子と気まずくなったであろうことを思うと、私まで胸が痛む。できるだけ人を傷つけないよう注意しつつ、それでも必要な証言であれば、書かざるをえない。痛みも伴う取材という行為には、機関紙も一般メディアも違いはないことがよくわかる。    
 もちろん一般メディアと機関紙は、前者が「独立し、あらゆる権力の監視」を標榜する点で異なる。だが、一般メディアと、時の野党の機関紙とは、権力監視の点で同じ立ち位置にある。

 今年10月1日、しんぶん赤旗は「日本学術会議の推薦候補を菅首相が任命せず」とスクープした。その初報では、任命されなかったのは「数人」と人数は特定できていなかった。
 すぐに追いかけた朝日新聞が1日夕刊で「学術会議会員 推薦6候補外れる」と人数を特定。赤旗や朝日、毎日など各紙が連日取り上げ、大きな問題になった。結果的にだが、野党の機関紙と、権力と距離を保つメディアが、共闘する形になった。 
 一般メディアの権力監視機能が弱っていると言われる今、機関紙のジャーナリズムとしての活躍は、よい刺激だ。両者の切磋琢磨に期待しつつ、「さらに頑張れ機関紙」とエールを送りたい。
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2020年11月14日

【リレー時評】 NHK 視聴者無視の番組打ち切り=隅井孝雄

 NHKは最近発表した3ヵ年計画(2021~23年度)で衛星放送BS1とラジオ第二2チャンネルの廃止を打ち出した。視聴者に相談もなしに、経営上の数字のつじつまを合わせるために、既存の放送を打ち切るNHKの身勝手さを許していいのか。
 NHKの衛星放送はBS1とBSプレミアムの2チャンネル、2280万世帯の契約がある。NHKの受信料契約世帯は4500万世帯、その50%を上回る。
 ラジオの保有世帯は減少傾向にあるとはいえ、最近の統計で2200万世帯だという(世帯数の44.9%)。ほぼ5700~5800万人近くのラジオリスナーに影響を与える可能性がある。
 NHKはラジオからは受信料を取ってはいないが、衛星受信料は6カ月で12,430円。かなりの高額だ(地上波受信料は6カ月7,500円)。
 NHKは2011年のデジタル化以降、常に拡大化路線を歩んできた。最近では2018年12月からスーパーハイビジョンBS4K,8Kを開設。さらに2020年4月から、「NHKプラス」を始めた。NHKの総合とEテレをネットで視聴できる。また見逃し番組、追いかけ視聴もできる(年間予算170億円)。
 「受信料徴収は合憲だ」という最高裁の決定(1917年12月)が拡大に拍車をかけた。それまで不払いに悩んでいたのに、この決定以降、支払率が81%と増加、7000億円を突破するまでになった。
 一方、「通信と放送の一体化」を推進する安倍前政権の「規制推進会議」は、NHKの放送メディアとしての拡大を抑える一方、ネット進出を容認した。
 NHKは2021年〜23年の中期経営計画(8/4)で、受信料収入を、7000億円台から6000億円台に抑えることを打ち出した。そのためにAM第二ラジオと、衛星テレビ放送BS1の廃止を打ち出したのだった。830億円程度の経費削減となる。
 ラジオ第二放送は今では教育、教養、語学講座が主体だが、1931年以来の歴史を持つ。東京、大阪、名古屋に聴取者が留まったことから局名を1939年に「都市放送」と改称した。そして都市知識層向けの、教養、講座、文芸、音楽番組に力を入れた。
 太平洋戦争中「都市放送」は休止されたが、終戦直後ラジオ第二として再開、学校放送、プロ野球中継、大相撲、音楽放送など、柔軟編成で親しまれた。また「農村」向け、「漁村」向け番組なども開発した。
 BS1も貴重な歴史を持つ。開始は1984年5月12日。日本初となる人工衛星を利用して受信可能なテレビ放送を開始したのがBS1、衛星放送のパイオニアだった。
 その後、デジタル化の曲折を経て、現在はスポーツ、ドキュメンタリー・情報番組・海外報道に特化して放送している。世界に触れようとする場合、BS1が最も豊富な海外ニュース報道を提供しているので、欠かせない貴重な存在だ。
 隅井孝雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年10月25日号

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