2024年02月04日

【リレー時評】安倍派の瓦解と政治家の「話す力」=山口昭男(JCJ代表委員)

 能登半島地震に見舞われた年明けの日本列島、岸田政権はますますレームダック化している。
 いま改めて岸田文雄首相の「話す力」の乏しさを思う。ひるがえってみれば、菅義偉の言葉は迫力がなかったし、安倍晋三は饒舌だったが、中身がなかった。というより安倍の場合は、その場限りの無責任な言葉だった。

 私は一度だけある書籍の出版記念会で、安倍の挨拶を間近に聴いたことがある。5分余り、何のメモも見ず、800頁を超える大部な学術書のあらすじを簡潔に説明した後、自分はどこに感銘を受けたかを語っていた。誰かがメモを渡していたとしても、付箋の付いた本を掲げながら列席者に語りかける姿は見事なものだった。しかし、明日にはもうこのことは忘れているのではないかと思ってしまった。安倍の語りは、その日、そのとき聞いている人の耳にどう響くかだけに関心があるようだった。それは計算された上でのことというより、その場に最も合うパフォーマンスは何かというところから作られている。だから今日言ったことと明日言うことが違っていても気にならないのである。「桜を見る会」前日に開かれた夕食会の費用補填問題について、首相在任中118回の虚偽答弁があったというが、さもありなんである。安倍本人がいなくなれば、派閥自体が立ち行かなくなってしまうのも必然だろう。

 なぜ最近はこうも政治家の言葉が軽くなってしまったのか。
 武田泰淳の『政治家の文章』(岩波新書)を披くと、保守革新を問わず、政治家の真の言葉がいくつも出てくる。
 浜口雄幸の『随感録』には「政治が趣味道楽であつてたまるものか、凡そ政治ほど真剣なものはない、命がけでやるべきものである」とあるし、重光薫の回顧録『昭和の動乱』には、「いかに手際よく、その日の舞台劇をやつて見せるかに腐心するのが、また政治家であつて、国家永遠のことを考ふるの余裕を有つものが少い」などとある。

 近年では、福田赳夫の『回顧九十年』(岩波書店)を読むと、なるほどと思うような言葉も多い。また鯨岡兵輔には「核兵器で殺されるよりも核兵器に反対して殺される方を私は選ぶ」というような有名な言葉がある。こちらが年を重ねたせいだけでもあるまい。
 引退した後の回顧録は皆いいことばかり書くのではないですか、と言われそうだが、回顧録でも取るに足らないものもあるし、それだけではない。

 二二六事件直後に粛軍演説で陸軍を批判した斎藤隆夫のようにとは言わないまでも、最近与野党の政治家で研究会が発足したという石橋湛山に学ぶことも必要だろう。例えば1921年7月『東洋経済新報』の社説欄に掲げられた「一切を棄つるの覚悟」「大日本主義の幻想」などを読むならば、「話す力」は復権すると思うが、果たしていまの日本にそれらをきちんと受け止められる政治家はどのくらいいるのだろうか。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年1月25日号
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2024年01月09日

【リレー時評】撮影そのものが犯罪とされる恐れも=中村梧郎

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 この刑法名は変えなくてはならない。2023年7月に施行された「性的姿態撮影等処罰法」という刑法である。その略称が撮影罪だ。背景には「盗撮」激増という事態があった。スマホや極小カメラの普及によって盗撮は悪質化、検挙者数は2012年の2000人から2021年の4000人へと倍増した(テレビ東京230531)。盗撮行為はこれまで自治体の迷惑条例などによって規制されていたが、不充分だとして刑法上の犯罪へと切り替えられたのである。
 法令の主旨は盗撮行為の処罰にある。しかしなぜか刑法名から「盗撮」が消され、「…撮影等」となった。長い名前だからメディアは “撮影罪”と略称するのであろう。

 刑法は普通「窃盗罪」「詐欺罪」「殺人罪」というように犯罪名が法令名となる。であるならば「撮影罪」という呼称は、撮影すること自体が犯罪なのだ、という誤った理解を広げることになる。それは表現や報道の自由を奪うことにもつながりかねない。

 写真は、汚職や犯罪、政界のスキャンダルなど事実を暴く力を具えている。当人らの許可を得ることなく秘かに撮影しなければならないケースも存在する。統一教会もBIGモーターもジャニーズ問題も社会問題化するまでに多くの情報が掘り起こされるという経緯があった。週刊誌にも数多の写真が掲載された。こうした写真の撮影は社会的な正義とみなされる。新刑法の問題は“盗撮罪”と名付けなかったことに隠されているのではないか。

 盗撮に限定せず、撮影一般に網をかけておけば、条文をわずかに手直しするだけで、不法行為や裏取引などの隠し撮りも、人格権の侵害だ、撮影罪だとして撮影者を犯罪者にすることさえ可能だ。そんな危険をはらむのが「撮影罪」と称される刑法である。
 戦前の軍機保護法は趣味の撮影も規制した。港に並ぶ船の話をするだけでも検挙された。北大生の宮沢が米人教師のH・レーンに根室空港の話をしたというだけで懲役15年とされ、病死した例もある。
 2014年12月に施行された特定秘密保護法は、秘密の概念をあいまいにしているため、軍機保護法よりも広く網を掛けることが可能だという。それに加えて2007年にはGSOMIA(日米軍事情報保護一般協定)が締結されており、米軍基地を公道から撮影するだけで規制される事態となっている。

 盗撮事件を好機とし、隠し撮りや撮影一般を規制してゆこうという意図が背後にあるのだとすれば重大である。
 日本写真家協会は「“性的姿態撮影罪”の呼称についての(メディアへの)お願い」を出した。日本リアリズム写真集団も「撮影罪と呼ばれる罪名は変えよ」との声明を出している。刑法名は「盗撮等処罰法」とすべきなのだ。
     JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年12月25日号

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2023年12月25日

【リレー時評】米政府、ガザ侵攻支持で信用失墜=吉原 功(JCJ代表委員)

 パレスチナのガザ地区を実行支配しているイスラム組織ハマスがイスラエルへの大規模攻撃を仕掛けた。イスラエル軍報道官が「米同時多発テロと真珠湾攻撃を合せたような衝撃だ」と述べたというから、その怒りが如何ばかりか想像に難くない。
 イスラエルは直ちに反撃をはじめた。ネタニヤフ同国首相の「ハマス絶滅戦争だ」という言葉どおりイスラエルの攻撃はパレスチナ全体を絶滅させるような激しさだ。バイデン米大統領は「まさに悪の所業だ」とハマスを断罪し、ブリンケン国防長官をイスラエルに送った。「イスラエルの自衛権に対するアメリカの揺るぎない支持を明確に示す」ために。
 市民を殺害したり、人質として連れ去ったりしたハマスの暴挙が、無論許されることではないだろう。しかし世界大戦後突然やってきてパレスチナ人の生活空間に突然入り込んで以降、イスラエルは何をやってきたのか。ホロコーストの怨念をパレスチナ人に向けてはらし続けてきたのではないか。

 米欧を中心にハマスの暴挙を非難して止まなかった国際世論はしかし、急速にイスラエル批判に転じつつあるようだ。子供だろうが病人だろうがハマス抹殺のためには殺害するというイスラエルの「戦争」は許せないとの声が大勢を占めつつありその批判はバイデン米政権にも向けられている。同大統領はネタニヤフ首相を訪ねて、「その勇気と決意と勇敢さは驚くべきもの」と称賛し、イスラエル支援継続を鮮明にしているからだ。
 ウクライナに侵攻したロシアに対しては厳しく断罪し、パレスチナに侵攻しているイスラエルは支援するなど米国の二重基準も問題になっている。

 インド、トルコなどが疑義を申し立て、共同声明を出せなかったマルタでの第3回ウクライナ和平会議がその象徴だ。」
 米国内でのイスラエル、米政権批判は、政権、否米国にとってもっと深刻だろう。イスラエル建国以来、米国内のユダヤ社会は米国政治の重要な要素だが、1996年設立の「平和を求めるユダヤ人の声」という、米国内に70組織、会員約44万人の運動体が「パレスチナのジェノサイド止めろ」と声を上げているという。国務省の高級役人が政府のイスラエル政策を批判して辞職したという話題もある。バイデンに投票したイスラム教徒は当然のことに次回選挙では別の投票行動をするだろう。

 国内的にも国際的にも米政府は信用を失い、国内の分裂は深刻になりつつある。このような国とピッタリと寄り添う日本の選択はそろそろ変えなくてはなるまい。
      JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年11月25日号
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2023年11月03日

【リレー時評】「人間の尊厳」は口先だけなのか=白垣詔男(JCJ代表委員)

 岸田文雄首相は9月20日(日本時間)の国連総会演説で、「人間の尊厳こそが2023年以降の国際目標を今後検討する上でも、国際社会の未来を照らす中核的理念となるべきだ」と指摘、「人間の尊厳を強化するために協調する国連を実現したい」と「人間の尊厳」を前面に打ち出して力説した。
 ところが、自らの政権ではどうだ。「人間の尊厳」など頭にないようにみえる差別発言を繰り返してきた自民党の杉田水脈衆議院議員を何度も重用する不可解な人事を重ねている。

 杉田は2016年、国連女性差別撤廃委員会に日本から参加した人たちについて「チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場。完全に品格に問題があります」などとブログに差別的な内容を投稿した。これについて札幌法務局は、当事者らが「人権侵犯だ」と訴えていたことを受けて9月7日付で「人権侵犯」と認定、救済を申し立てた当事者が9月20日に明らかにして「ニュース」として世間に知られるようになった。

 岸田政権は昨年、杉田を総務政務官として任命。野党などは杉田議員のブログ発言を国会で追及、昨年12月になって、杉田議員はこの「発言」を撤回、謝罪した。岸田首相はその後、彼女を更迭したが、杉田発言が「人権侵犯」と認定された後の9月29日に自民党は環境部会長代理の要職に起用した。岸田が総裁として反対した形跡はない。岸田が国連演説して10日もたっていなかった。「杉田発言の人権侵犯ニュース」が広まった20日、茂木敏充自民党幹事長は記者会見で記者からの質問に「残念だと思う」と一言述べただけで、自民党の「人権感覚」の浅さを露呈させた。

 他人の尊厳を傷つけるような言動を杉田議員は、これまで数多く見せた。2018年に月刊誌への寄稿で、性的少数者について「彼ら彼女らは子供をつくらない、つまり『生産性』がない」と書いた。20年には自民党の部会で、性暴力被害を巡って「女性はいくらでも嘘をつけますから」と。ジャーナリストの伊藤詩織さんを中傷する投稿に「いいね」を押したことに関して賠償を命じられる判決も受けている。
 こうした「前歴」があるにもかかわらず、自民党が杉田議員を重用するのは「愛国保守をアピールする杉田氏に好意的な保守層を刺激すれば、選挙でマイナスになる」ので岸田政権内に杉田議員を批判する声は広がらない、と10月2日付の西日本新聞は書いている。

 しかし、「杉田氏に好意的な保守層」は、人権を侵犯する発言に対しても「好意的」なのか。「保守層」からは杉田発言についての意見は出ない。そうした「保守層」に支えられているとしたら自民党の人権感覚は岸田首相の国連発言は口だけで、国民いや全世界の人々を欺くものだと言わざるを得ない。
   JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年10月25日号

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2023年10月04日

【リレー時評】「著しく公益を害する」のは誰か=黒島奈美子(JCJ沖縄世話人)

 都道府県が国策と異なる判断をした場合、国がその判断を拒否すれば、都道府県は国に従わなければならない―。
 沖縄県名護市辺野古の新基地建設を巡り最高裁は4日、国と地方の関係性にかかわる一つの判決を下した。
 「国側が取り消す裁決をした場合、同じ理由で県が再び承認しないことは地方自治法の規定に違反する」と指摘。「それが許されるなら、紛争の迅速な解決は難しくなる」とも断じた。

 新基地建設問題で県と国が争った訴訟は13件に上る。そのうち今回で7件で県の敗訴が確定したことになる。
 いずれも県と国の関係性を問う裁判だ。発端は2015年11月、国側の提訴に始まる。
 故翁長雄志知事が前知事の埋め立て承認を取り消したことに対し、国側が翁長氏の処分を取り消すための代執行を求めて訴訟を提起した。「承認の取り消しを放置すれば、著しく公益を害する」という理由だった。
 当時の安倍晋三政権が、県との対話を避け裁判闘争に持ち込んだのである。同様の態度はその後の菅義偉政権や岸田文雄政権にも引き継がれている。

 あれから8年が経過。2度目の抗告訴訟で最高裁が示したのは、当初の国の主張をなぞらえた結論だった。
 建設の妥当性には一切触れず、ひたすら公共工事の遂行を後押しする。公権力の行使に対して不服がある場合に提起するという抗告訴訟の存在意義すらも危うくする判決だ。
 そもそも新基地建設問題とは何か。
 国内では沖縄県宜野湾市にある米軍普天間飛行場の移設先として1997年に持ち上がった。沖縄の基地負担軽減策を沖縄に負わせるという矛盾した計画に、県民は当初から反発した。
 工法の問題や政権交代などで計画案が浮上しては消えるを繰り返し、現行計画に固まったのは2010年。仲井真弘多元知事が埋め立てを承認したのは13年12月だった。

 一方、米軍は1966年すでに辺野古沖合を埋め立て3千b級の滑走路を建造する計画をもっていた(2001年6月3日付『沖縄タイムス』)。
 「海軍施設マスタープラン」で、当時の図面は現行計画とほぼ重なる。実現しなかった背景には土地収用に地元の反発が予想されることや、当時1億3千万jという巨額の費用があったという。
 こうした経緯を見れば「基地負担軽減」という国民向けの説明とは全く異なる新基地建設の実態がうかがえる。
 軟弱地盤の発覚で総工費は計画の3500億円以上から9300億円以上に跳ね上がった。
 国民をだまし「著しく公益に害する」のは誰なのか。司法が見定めるべきはその点にこそあった。(沖縄タイムス論説委員会副委員長)
     JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年9月25日号
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2023年09月06日

【リレー時評】シャングリラで考えた=藤森 研(JCJ代表委員)

 パキスタン北部のカラコルム山脈を6月、パキスタン人の友人一家とドライブ・ツアーした。
 目的地のフンザは、豊かな杏の里だった。インダス川上流の岩山地帯の中、別世界のように緑の果樹園が広々と斜面に開け、人家が点在している。長寿の村で、「シャングリラ(桃源郷)」と呼ばれる。
 「シャングリラ」の名の元となったジェイムズ・ヒルトンの冒険小説『失われた地平線』で、主人公が迷い込んだ谷は、平和の理想郷。その地の長老は「外の世界は戦争と破滅に向かうだろう」と予言する。第1次大戦が終わってからまだ15年、1993年に発表された小説だった。

 「シャングリラ」の名をとったシンガポールのホテルで今年6月、アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)が開かれた。参加した米中は会談もせず、批判を応酬した。無辜の市民を巻き込んだロシアとウクライナの戦争は、すでに1年半に及ぶ。90年後の世界は、長老の予言通り、まだこのありさまだ。
 ロシアの侵略では、「グローバルサウス」が注目された。旅の最中、パキスタン人の友人に水を向けたが、「ロシアにも米国にも問題がある」と言葉少なだった。
フンザを象徴する山は、標高7788bのラカポシ。夏も雪をまとって白く輝くその峰を、地元ではドゥマニ(真珠の首飾り)と呼ぶ。

 私は、戯曲「真珠の首飾り」を思い出した。ジェームス三木氏の脚本で青年劇場が1998年に初演。GHQの若手スタッフたちが、当時の人類の理想と英知を集めて、日本国憲法の原案を作る過程を描いた作品だ。各条文を103粒の真珠になぞらえた。
 しかし、パキスタンから2週間ぶりに日本に帰ってまず接したのは、「防衛装備品の輸出拡大へ」というニュースだった。日本は抑制的な姿勢を緩め、殺傷兵器も輸出可能にするという。親日的なパキスタンの友人はどう感じるかと瞬時、思った。

 憲法9条を持つ日本は、実際の政策で、専守防衛や非核3原則とともに、武器輸出3原則を打ち出した。事実上の武器禁輸で、日本は平和国家として「死の商人」にはならないという世界への宣言だった。
 それが安倍政権の下で防衛装備移転3原則に変えられ、今また改変されようとしている。専守防衛も、風前の灯だ。
 長く続いた日本の平和憲法体制は、怪しげな「中国の脅威」論が喧伝される中、岸田首相の「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」なる朝鮮戦争の歴史も忘れた寝言により、今、なし崩しにされようとしている。

 ナチス・ドイツの国家元帥ゲーリングは、こう言った。「もちろん、一般市民は戦争を望んでいない。簡単なことだ。外国から攻撃されていると説明するだけでいい。平和主義者は愛国心がなく、国家を危険にさらすと非難すればいいだけだ」
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年8月25日号

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2023年07月02日

【リレー時評】水上勉と坂本龍一と原発回帰と=山口 昭男(JCJ代表委員)

 桜の便りがまだ届く前の3月、私は久しぶりに福井県の大飯原発を訪れた。福井県には廃炉を含めて原発は15基あり、5基が福島第一原発事故後に稼働している。
 その中で大飯原発は4基あり、2基は運転を終了していて、3号基、4号基が稼働している。若狭湾岸に4基並ぶ姿は昔と変わらないが、何となく活気を感じないのは気のせいだろうか。

 作家の水上勉が生まれたのはこの大飯町である。「いまは大飯町となったが、私のうまれた大正の頃は若狭本郷の岡田という集落で63戸あった。戸数はほとんど、今もかわらない。父は大工職人で母は小作をしていた」と描く、この故郷の原発に水上は大いに関心を持っていた。
1970年代末に京都でお会いしたときには「ここの電力はみな福井で賄っているのだから、大切に使わなければだめだ」といい、80年代初めには「もくもくと古都へ電力を送る若狭を私は愛するしかない」と書いていた。それが1986年のチェルノブイリ原発事故を契機に、次第に原発に厳しい姿勢を持つようになっていった。

「私は相変わらず、原発ドームの村でたじろいでいます。たじろぎながらも、言います。若狭の在所を第二のチェルノブイリにしてはならない、と」
翌年から連載を始めた長編小説『故郷』はそうした世界を描いているが、これが単行本になったのは10年後である。忘れられていることへの警鐘のように、世のなかに作品を再び問うたのだった。
そして1999年12月には「原子力平和利用の根本からの考え直しが迫られているように思う。私はプルサーマル反対の一言運動を今日から始めることにした」とのメールが送られてきた。

 先般亡くなった音楽家・坂本龍一の最期のメッセージともいうべき「2011年の原発事故から12年、人々の記憶は薄れているかもしれないけれど、いつまでたっても原発は危険だ。いやむしろ時間が経てば経つほど危険性は増す。……」が『東京新聞』に掲載されたのは3月15日だ。
 問題も次々生じている。1月には高浜原発4号基が自動停止する事故を起こし、敦賀原発2号基では再稼働に向けた審査で、資料の誤りなどが相次ぎ、原子力規制委員会は4月5日審査を中断し、原電に再度提出するよう行政指導した。
にもかかわらず岸田政権は、昨年12月22日、原発の60年超運転や新規建設を柱とする脱炭素社会の実現に向けた基本方針を決め、今年2月28日には、エネルギー関連5法案を閣議決定し、5月31日、法案は可決、成立した。

水上は、在所若狭に対して愛憎半ばしていたし、原発に対する心情は常に揺れ動いていた。しかし晩年には「叫び」にも似た声を発していた。岸田総理は、この水上の声を、坂本の声をどう受け止めるのだろうか。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年6月25日号
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2023年06月09日

【リレー時評】クルド難民食堂の「ありがとう」=中村梧郎

 クルド難民の食堂ハッピーケバブに入った。ラム肉は香ばしく、特にケバブがおいしい。6席の食卓はクルド人ばかり。日本語は少し通じた。蕨駅に近い店は2014年の開店。配膳係Mさんは「来日6年め」だった。クルド難民は日本に約三千人、多くは埼玉の川口・蕨に住んでいる。
 彼らはトルコから日本に逃れて来た。でも難民申請を入管は却下。国連統計では5万人のクルド人が各国で難民認定されているのに日本での認定は昨年の1人だけだ。
 クルド人には祖国がない。居住地はトルコ東部に1300万、イラン北西部に570万、イラク北部420万、ほかシリアなど、国境沿いにおよそ3千万人が住む世界最大の少数民族だ。しかし、各国から弾圧されてきた。時を遡れば英・仏やソ連による分割と支配があった。第2次大戦後の1946年1月、クルディスタン人民共和国として独立したが、イラン軍の占領で崩壊した。その後トルコでクルド労働者党が結成され、新たな独立運動が始まったものの、残酷な迫害が続いた。

 トルコは彼らをテロ集団として敵視、数万のクルド人が海外に逃れた。スウェーデンなどはこれへの難民認定を続け、保護もした。エルドアン大統領がスウェーデンのNATO加盟を拒んだのはそれが理由だ。
 クルド難民はトルコに戻されたら処刑が待つ。送還は死刑宣告同然だ。だが日本の入管は難民と認めない。不法滞在として収容されれば暴力や拷問がある。名古屋入管で死んだスリランカのウィシュマ・サンダマリさんのように医療も与えぬまま死を待つ処遇が横行する。入管収容中の死亡は07年以降18件だという。国連人権理事会が「日本は国際基準を満たしていない」と改善を求めたが、岸田政権はこれに抗議するありさまだ。

 川口の難民は荒川を渡れば北区の商店街が目前にある。ところがこれが許されない。入管の許可がないと県境を越えられないのだ。健康保険もない。病気になれば医療費が何十万円と掛かるから我慢するしかない。
 強行採決された入管法改悪案は、収容期限の上限がなく、子どもの収容も禁じない。さらに、3回以上難民申請した人の強制送還ができるとの条項もあり、難民らは怯える。迫害国への送還は許されないという国際原則も逸脱している。日本生まれなのに在留資格がない子どもらが4月、国会内で「日本語しか知らない私たちの未来を奪わないで」と訴えた。だがその声も涙も無視された。
 ケバブを食べて店を出る時、難民から教わったばかりの「テシェキュルエデリム(ありがとう)」と声に出したら、厨房にいたクルド人たちから拍手喝采が起きた。
 人間の命は等しく重い。改悪入管法は廃案としなければならない。
 女優の、キョンキョン小泉今日子さんも「入管は送還ではなく保護を」とSNSで訴えている。
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年5月25日号
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2023年04月07日

【リレー時評】福岡県政界に見る麻生氏の影響力=白垣詔男(JCJ代表委員)

 福岡県内の2政令市、福岡市と北九州市の市長が12年ぶりに話し合った。2月5日(日)の北九州市長選で、自民、公明、立憲民主、国民民主推薦、社民支持の多党相乗り候補、元国土交通省官僚、津森洋介氏が、自民党北九州市議の一部が支持した元厚労省官僚、武内和久氏に敗れた。武内新北九州市長は翌日、福岡市を訪れ高島宗一郎福岡市長と会うスピードぶり。
その後、2月28日(火)には、高島福岡市長が北九州市を訪問、昼食を共にした後に会談して「福北(福岡市と北九州市)連携」を強調した。

 両市長が12年ぶりに会ったということは、4期務めた北九州市長・北橋健治氏が、2期目から、福岡市長とは全く顔を合わせず会話もない異常事態≠ェなくなったということだ。北橋氏は、旧民主党から衆議院選に出馬して当選、6期務めた後、無所属で北九州市長選に立候補、当選した。北九州市長になってからは一貫して武田良太前総務相が支援していた。
  武田氏は、自民党副総裁の麻生太郎氏とは選挙区は近いが犬猿の仲=B今回は、自民党福岡県本部が、北九州市長選で津森氏を「自民党公認候補」として党中央に公認依頼を出そうとした。自民党県本部の大半は津森氏の公認申請に署名したが、県連名誉顧問、麻生氏だけが署名を拒否したため津森氏は「自民党推薦」に格下げになった。

 一方、高島福岡市長は、「麻生氏丸抱え」と言われるほど麻生氏に全面支援を受けている。武内新北九州市長と高島福岡市長は、いわば「麻生傘下」と言っていいほどで、それだから12年ぶりの会談が、和気あいあいに行われ、両陣営は「これでやっと福北連携が正常化された」と述べた。

  ところで現在、福岡市中心部の天神地区では、「天神再開発」が行われており、歴史ある多くのビルが取り壊され、新しい高層ビルが建設中だ。一番目立つ「福岡ビルなどの改築現場」には、当初、「麻生セメント」の名前入りコンクリートミキサーが目立っていたが、しばらくして、そのミキサーは消えた。
 福岡ビルや周辺のビルの中には、これまで、地元の商店や、会社員らが昼食時に行く食堂や喫茶店が多かったが、それがすべて移転したり閉店したりした。新しいビルが出来たら、どこもテナント料が大幅に上がり、移転した店が戻ってこられるかどうか分からないという。資金に余力のある、東京から進出する大手の会社や外資系の支店が大幅に増えるのは必至とみられる。テナント料の大幅アップで空室が埋まらないと予想する人もいる。

 「将来、天神地区は会社員以外には買い物客などの市民らは来なくなるのではないか」と、九州一の賑わい地区が空洞化される不安が募っている。
 こうした「不安」を福岡市長は解消できるのか。バックの麻生氏がどう考えているのか。「福北連携」が復活した裏で、こうした問題がある。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年3月25日号

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2023年03月20日

【リレー時評】カジノ問題と大阪府市政の今後=清水 正文(JCJ代表委員)

 「大阪にカジノはいらない」という府民・市民の声がますます大きくなってきた。それには次々と出てくるカジノに関わる疑惑が明らかになってきたという事実があるからである。大阪維新の会が大阪湾の埋め立て地の夢洲に「大阪カジノリゾート(IR)」を誘致することを決めてから5年がたち、当初松井市長は大阪市としては一切お金は出さないと言ってきたが、約790億円もの市民の税金を使わなければならないことが明らかになった。

 最近、このカジノ用地を違法・不当な不動産鑑定評価に基づいて、異常に安い賃料でIR業者に賃貸しようとしていることが明らかになってきた。これに対して大阪市民有志が、賃貸契約締結の差し止めを求めて、大阪市監査委員に住民監査請求書を提出した。
 監査請求書によると、市の依頼で2019年に鑑定業者4社が発行した評価書のうち、3社が1平方メートル当たり12万円、月額賃料428円で一致していたという。21年に3社が発行した評価書のうち2社が1平方メートル当たり12万円、月額賃料428円と一致。市はこれらの鑑定に基づいて賃料を決めたというが、評価額が完全に一致することなど業界の常識からいってあり得ないもので、依頼者の市が指示・誘導した可能性が指摘されている。

 政府に「大阪のカジノの誘致を認めるな」という署名も府下いっせいに取り組まれ、20万を超える署名が寄せられているが、今後も第3次の署名運動に取り組むという。
 大阪では維新府政になってから13年になるが、コロナによる死者数は全国最多となり、現在8千人を超えている。背景には、検査の抜本的拡大に後ろ向きであり、人口比で全国最少数の保健所を増設せず、コロナ禍の20年21年度に急性期病棟を含む病床を500床以上削減してきた維新府政の姿勢がある。

 教育でも、子どもの不登校やいじめが増えるなか、35人学級の府独自の拡大には背を向け続け、高校入試の調査書に結果を反映させる府独自のチャレンジテスト、小学5・6年生対象のテストで子どもと学校を競争に駆り立てている。

 4月には統一地方選挙が行われるが、その前半戦では大阪府知事・大阪市長選がたたかわれる。大阪維新の会は府知事に現職の吉村洋文氏を、市長には府議の横山英幸氏を擁立することを決めているが、これに対して府知事には共産党元参院議員の辰巳孝太郎氏と法学者の谷口真由美氏の2人が無所属で名乗りを挙げ、三つ巴の選挙戦になりそうである。谷口氏を推す団体「アップデートおおさか」は市長選には自民党の北野妙子大阪市議に立候補を要請しているという。辰巳氏は「カジノストップ」「暮らしと福祉、教育、医療を守り発展させる」「維新政治転換を」と訴えているが、谷口氏が「カジノ」「コロナ対策」「暮らしと経済の立て直し」「教育」などでどんな政策・政治姿勢で臨むのかが注視されている。
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号


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2023年02月02日

【リレー時評】キーウから遠く、平和憲法の日本では=藤森研(JCJ代表委員)

 窓が割れたアパートに寒風が吹きつける。発電所への攻撃で、電気は途絶えた。ウクライナの人々はこの冬、戦争と厳寒に耐えている。
 何もできない自分だ。寄付を送り、ウクライナの手作り品の代金に、「共にいるよ」と言葉を添えても、気休めであるのはよくわかっている。

 『ウクライナ戦争日記』(左右社)を開く。
 街に水がないため、雪をかき集めて雪解け水をためる。マイナス2度で、バケツの水は凍る。一晩中、爆撃とミサイルの音が続いている(鉄道会社職員、53歳)
 娘が泣く。朝に、午後に、そして晩に。娘は父を呼ぶ。「なんでパパは軍に入ることを選んだの?」(脚本家、37歳)
 非道な侵略に、武器を取って戦うウクライナ人に「戦うな」と言えるだろうか。占領下でのブチャの虐殺を見る時、絶対平和主義は動揺する。
 新年に両国の指導者は、互いに「全領土の回復」、「作戦の正義」を主張した。状況は絶望的に、世界は無力にも映る。
 しかし、百年前から世界の主潮流となった戦争違法化は、まだ「途上」にあるのだ。国際連盟は満州事変から壊れ、再出発した国際連合も、いまP5の一国が安保理を突き崩す。だが、戦争違法化の理念自体が間違っているわけではない。

 何をなすべきか。
 非常任理事国となった日本が安保理の機能回復に努めるのは当然だ。
 それだけではなく、日本は、対ロ経済制裁を犠牲にしても、欧米とは「別の道」を選ぶべきだと私は思う。戦争違法化の最先端に位置する憲法を持つ日本は、専守防衛、非核三原則などの「相対的平和国家」として、これまでの国際社会では一定の評価を得て来た。
 戦争を停めるには仲立ちができる国が必要だ。トルコが努力しているが、日本にもそのポテンシャルはある。
 防衛費をGDP2%に引き上げて敵基地攻撃能力を持ち、NATOの準構成員になるより、日本は中立性を強め、停戦に尽力することが、ウクライナの人々が待ち望む平和により有効に貢献するのではないか。

 岸田政権の軍拡は主に中国をにらんだものだが、本当に長続きする東アジアの平和と安定には、中国や北朝鮮を含む「包摂」の枠組みがカギになる。半田滋氏らの「新外交イニシアティブ」政策提言や、ASEANと日、米、中、ロなどで構成する東アジアサミットに着目する共産党の議論の実現可能性を、この通常国会で聞きたい。

 希望の芽を感じる日もある。NHKの「デジタル・ウクライナU」は、ロシア領に避難せざるを得なかったウクライナ人を、ヨーロッパ各国へ逃がすロシア市民の秘密組織の存在を報じた。その一員ナージャは「ロシア人としての責任を感じている」と話す。身の危険を顧みず、この人道支援活動に携わるロシア市民は、サンクトペテルブルクだけでも、10818人いるという。
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年1月25日号


 
 
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2023年01月03日

【リレー時評】「敵基地攻撃能力」賛成60%に呆然=米倉 外昭(JCJ沖縄)

 「今年の漢字」が「戦」に決まった。ロシアのウクライナ侵攻があり、「台湾有事」が喧伝されているからだけではないという。スポーツの熱戦や挑戦の意味もあるとか。
 しかし、平和憲法を掲げ平和国家として歩んできたはずのこの国で「戦」の字が選ばれることに抵抗感は否めない。この国はどこへ向かうのか。
 1987年に琉球新報に入社して36年目。富山県生まれで、入社で沖縄県民となった。あえて「植民者1世」と自称することもある。沖縄と日本の関係を考える時、歴史も現状も沖縄は日本の犠牲にされ続け、「日米両国の軍事植民地」とも言われてきた。日本人の一人として責任を自覚するための自己認識である。

 その沖縄を再び戦場にする動きが、驚くべきスピードで進んでいる。「軍事植民地」的状況を何ら改善できずにここに至っていることに、ジャーナリズム界の一角に身を置いてきた者として、しかも沖縄メディアにいる者として、深い慚愧の念にさいなまれざるを得ない。
  共同通信の11月の世論調査で「政府が進める防衛力強化に関し、日本が反撃能力(敵基地攻撃能力)を持つことに」賛成60・8%、反対35・0%という結果だった。ぼうぜんとした。敵基地攻撃能力を持つこと、それを行使するとはどういうことか、リアルに考えていると思えない。そもそも、今の日本と世界の現実の中で、「防衛力強化」とは何なのか。軍事的、外交的、経済的にどういうことなのか真剣に考えているのだろうか。

 2月のロシアによるウクライナ侵攻以来、東アジアの状況も相まって、テレビの報道解説番組は軍事専門家や防衛族政治家に占拠された感がある。かつてならあり得なかった好戦的な議論がまん延している。世論は間違いなく影響を受けている。
  南西諸島は「要塞化」の段階から一気に「戦場化」へと傾いている。先月の日米共同統合演習「キーン・ソード23」では、陸上自衛隊(陸自)の最新鋭の戦車(16式機動戦闘車)が、沖縄県内で初めて与那国島の公道を走った。
  那覇市に拠点を置く陸自の第15旅団を増強して師団に昇格させることが明らかになった。読売新聞が3日夕刊1面トップ、4日朝刊でも2面トップで報じたが、朝日、毎日は報じなかった。読売は賛成する立場から大きな扱いをしたと考えられる。沖縄の2紙は「戦場化」への危機感から当然の1面トップだった。

 「台湾有事」で沖縄はどうなるのか、と心配する人がいる。住民の避難はできるのか、難民が来たらどうなるのかなどなど。しかし、そんな心配はありがたくない。ウクライナで示されている通り、戦争は始まってしまったら地獄なのである。沖縄県民は77年前の沖縄戦の地獄を知っている。戦争は絶対に起こしてはならないのだ。始めさせないためにどうするかが問題なのだ。
  今こそ「二度と戦争のためにペンをとらない」との決意を確認せねば。
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年12月25日号
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2022年12月14日

【リレー時評】沖縄復帰50年に想う 「集団自決」裁判=山口昭男

 沖縄復帰五〇年の今年行われた知事選で、県民が示したのは「米軍普天間飛行場の辺野古移設反対」の意思表示だった。
 屋良朝苗氏が復帰後最初の公選知事に就任して以来、沖縄県知事は保守と革新が入れ替わるように務める形になっている。
 一九七三年私が新入社員として『世界』編集部に配属され、最初の特集が「沖縄――復帰一年の憲法状況」だった。締め切り間際、大田昌秀琉球大学教授(当時)の原稿を航空貨物便で受け取るため羽田空港まで行ったことをよく覚えている。この時以来、私と沖縄の関わりは現在まで続いているが、何と言っても強く印象に残るのは、沖縄「集団自決」裁判である。

 『沖縄ノート』の著者である大江健三郎氏と出版元の岩波書店を相手取って、二〇〇五年八月に突然始まったこの裁判は、「軍は住民に自決を命じていない」と主張する座間味島の元戦隊長らを原告とする名誉棄損の民事訴訟だった。しかしその実際は、国の歴史認識、教科書の歴史記述を問う争いであった。ちょうど稲嶺知事、仲井真知事の時代である。

 裁判が進行中の二〇〇七年三月「軍命はなかった」とする原告側の主張のみを根拠として、高校教科書の「集団自決」の記述から、日本軍の命令、強制、誘導等の表現を削除させる文部科学省の検定意見が出され、出版各社がこれに応じるという事態が起きた。この裁判の傍聴者の一人は「原告関係者が『これで目的は達した』と話すのが耳に入った」(『東京新聞』二〇〇七年三月三一日付)と語っている。ここにおいて、この裁判が単なる名誉棄損裁判ではなく、これまでの沖縄戦観や歴史認識を覆そうとすることが真の狙いであることが明確になった。
 裁判は、二〇〇八年三月の大阪地裁判決、同年一〇月の大阪高裁判決と、いずれも大江氏と岩波書店の完全な勝訴となり、それは二〇一一年四月の最高裁で確定をみた。五年半に及ぶ裁判であった。

 この裁判では、さまざまな人が証言を行ったが(『記録 沖縄「集団自決」裁判』岩波書店 二〇一二年参照)、今年七月に九三歳で亡くなった金城重明さんの「集団死は軍からの明らかな命令によるものだ。鬼畜米英の前で生き残ることが恐怖の対象となって死を選んだのが実情だ。……その後日本軍が生き残っていたことを知り、衝撃をうけた。沖縄戦のキーワードは軍官民共生共死だったが、住民は死んで、日本軍は組織的に完全な状態で生き残っており、日本軍に対する不信感、恐怖心が生じた」という自らの体験を語りながらの証言は、人々の心を揺さぶり、判決にも影響を与えたといわれる。
 また一九九〇年に県知事に当選し二期務めた先述の大田昌秀さんは、一九四五年三月に学徒隊の鉄血勤皇隊に動員された体験から、最期まで「軍隊は人を守らない」「米軍基地だけは絶対に受け入れられない」と訴え続けていた。
  山口昭男
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年11月25日号
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2022年11月08日

【リレー時評】ミサイル攻撃 地下鉄に逃げよ!=中村梧郎(JCJ代表委員)

  9月3日、北朝鮮が弾道弾を発射した。グアムの米軍基地も射程内とのシグナルだ。日本は上空通過時にJアラートを発令し新幹線を止めた。遅く無意味な警報だった。
  岸田首相は国家安保戦略の改定と、防衛費の倍増を何度も言ってきた。その主たる標的は北朝鮮でなく中国である。
 北が発射する半月も前、朝日新聞は「ミサイル攻撃に備えて日本の地下鉄駅を避難壕に改造(9月⒛日付)」との記事を載せていた。対中シフトである。その概略はこうだ。「…学校などが有事の避難先とされたが地下鉄は対象外だった。ウクライナにならい住民の避難場所を確保する。東京都は5月、新たに105の地下駅、大阪は108か所を指定した…」
 ミサイルには本来、核弾頭がつく。退避壕は地下深くなければならない。敵基地攻撃能力や核兵器共有論が叫ばれる今、日本もついに臨戦態勢か、と気付かせる不気味な記事である。なんと首都も標的になることが前提となっている。同じ日、事態の重さを見なかったのか他紙は報じていない。
  ニューヨークを歩くと、建物の壁に三枚葉の放射線標識が時々見つかる。核シェルタ―の表示だ。
  冷戦時代、核戦争が起きてもシェルターに逃げれば安全とされた代物である。その地下壕に入ってみた。かび臭い密閉空間。放射能塵は入らないが換気扇がある。水と食料はひと月分。連絡は電話、との話であった。

 これで核から身を守れるのか。電源喪失で冷蔵庫も換気扇も使えない。酸欠はどうする。運よく一週間で出られても地表は放射能に満ちている。インフラが全壊し、飲食もできない空間でヒトはどう生きるのか。眉に唾を付けつつシェルターを眺めたものだった。
 ロシアもウクライナも地下鉄は核戦争を前提に造った。100m以上の深度で爆発には耐える。だがニューヨーク同様、当初は生きられても後の保証がない。放射線を侮ったか、または無知なのか。
 台湾有事が身近な話となった。米国は挑発を続け、中国は怒る。問題は昨年、安倍元首相が「台湾有事は日本有事」と言ったことだ。勃発なら兵を送り、敵基地にミサイルを撃ちこむのだろうか。南西諸島へのミサイル配備が進んでいる。反撃されれば日本列島は廃墟と化す。
 安倍氏が遺した負の遺産は、カルトとの癒着を筆頭に、軍事でも経済でも数え切れないほどだ。やはり知らぬ間に臨戦態勢が整えられてきたとみるしかない。
 日本の地下駅はどこも浅い地層にある。日本一深い大江戸線六本木駅でさえ42mでウクライナの半分以下。有事となればみな瓦礫に埋まる。
 国民はその覚悟を背に地下鉄に逃げよ、ということなのかもしれない。根本的対策は地下への避難ではなく、武力行使をさせない平和外交であるはずなのに。
 中村梧郎
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年10月25日号


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2022年10月18日

【リレー時評】軍事大国化を急ぐ政府、十分な監視を=𠮷原 功(JCJ代表委員)

 <日本帝国は朝鮮半島を植民地にして極悪非道な行為を重ねた。日本は、禁断の実をアダムに食べさせたイブの国家であり、その贖罪のためにアダム国家である韓国に、日本のすべての物資を収集して捧げなければならない>。旧統一教会の教義で、日本に関連する部分を要約すれば以上のようになろう。この旧統一教会を日本に跋扈させたのが、安倍三代と右派政治家の協力だ。
 安倍元首相射殺事件の容疑者家族が象徴するように、日本の信者=民衆は、「極悪非道の償い」という「教義」に基づく「霊感商法」や「寄付」などで金品を搾り取られてきた。韓国の教団本部に蓄積された膨大な金品は、教団の欧米進出資金となり、日本に還流した一部は日本政治の保守的右翼的潮流を裏から支える活動資金となって貢献した。そして安倍政権下で親教会議員が大臣のときに原理運動、勝共連合、統一教会とさまざまな顔を使い分けて展開してきた教団の負のイメージを隠す「世界平和統一家庭連合」への改称にも成功した。
 安倍元首相銃撃死事件を機に統一教会問題が再浮上し、メディアは競って「空白の30年」を経て統一教会問題を報道し始めた。成果も出ているが、メディアには教団が政府与党の政策にどんな影響を与えているか、もっともっと踏み込んで取材するよう期待したい。
 8月末、23年度予算の概算要求が出揃った。防衛省の概算要求は5・5兆円弱、100項目規模で盛り込まれた金額を示さない「事項要求」を加えると6兆円台半ば。防衛費をNATO並みにGDPの2%に拡大するために走り出そうという驚くべき内容だ。

 実現すれば世界第3位の軍事大国。相手の射程圏外から攻撃するミサイルの量産、無人アセット防衛能力、宇宙・サイバーなど「領域横断的」能力に、弾薬・火薬の確保や部品不足の解消、部隊や補給品を前線に送る「機動展開能力」など臨戦態勢を思わせる項目も溢れている。まさか安倍元首相の「核共有」は想定されてはいまいが。
 岸田首相は内閣改造の5重点分野の筆頭に「防衛力の抜本強化」をあげ、浜田防衛大臣は就任会見で「南西諸島における防衛体制を目に見える形で強化していく」と述べた。「ウクライナ」報道に自衛隊・防衛省関係者が連日登場し主張する防衛力強化に見事に呼応する。 
 沖縄にさらなる負担を強制する姿勢も見逃せない。内閣府の概算要求では沖縄振興予算を大幅減額する一方で、台湾有事を想定し、先島に住民用避難シェルター整備を検討。
 台湾有事でなぜ先島に?自衛隊・米軍の基地が攻撃され、ついで沖縄本島、さらには本土が標的になる。年末には安保関連基本3文書の改訂が行われ、予算に反映されかねない。
 日本が軍事大国に向かうのか、平和憲法にふさわしい国家にむけて努力するのか、メディアは岐路に立たされている。
  𠮷原 功
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年9月25日号
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2022年09月06日

【リレー時評】「9条変えるな」は特定の主義主張か=白垣詔男

 福岡市で3年ぶりに開かれた「平和のための戦争展」(8月19〜21日)について、福岡市が驚くべき理由で名義後援を断った。
 それまで名義後援を続けていた福岡市は2015年、「特定の政治主張に立脚している」として初めて名義後援を断った。
当時、大手メディアが大きく報道したため多くの人が来場してにぎわうという福岡市にとっては逆効果となった。福岡市は、その後も名義後援を断ってきたが、今年は7月21日付、高島宗一郎市長名で、その理由として「『憲法9条を変えさせてはいけない』という特定の主義主張に立脚した内容が含まれており、本市が後援することにより行政の中立性を損なう恐れがあると考えられるため」としている。
 これを知った主催の市民団体「『平和のための戦争展ふくおか』を成功させる会」(運営委員長・石村善治福岡大学名誉教授)はじめ関係者は「信じられない」。8月4日に記者会見した石村運営委員長は怒りを込めて、憲法には公務員の憲法擁護義務が明記してあることに触れ、「憲法9条を変えさせてはならないということが特定の主義主張として承諾されないのは理解できない」と訴えた。
 福岡市は、過去に名義後援を断る理由として「原発反対を主張している」などを挙げていたが、「憲法を変えさせてはいけない」という理由を挙げてきたのは初めて。福岡市は高島市長はじめ職員が憲法99条の「…公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」という条文を知らないわけでもあるまいが、「9条を変えてもいい」と現憲法を擁護しない主張をすれば名義後援を引き受けるのだろうか。福岡市の憲法感覚は異常としか思われない。
 高島市長は地元出身の麻生太郎自民党副総裁から全面支援を受けている。もちろん、麻生―安倍晋三元首相の親密な関係から、安倍政権の方針を全面支持していた。今回も、安倍元首相や麻生氏が主張していた「9条改正」を念頭に、名義後援を断る理由を「9条を変えさせてはいけない」という主張を「反安倍・麻生」と短絡的に結び付けたのではと考えるのが自然だろう。
 福岡市は安倍死去後、すぐに市庁舎に「安倍晋三元首相を悼む記帳所及び献花台」を設け、そこには「民主主義を擁護し犠牲となった安倍晋三元首相を悼む」と書かれており、良識ある市民からは「民主主義を破壊した元首相なのに、この言い方はふさわしくない」とクレームがついた。
 また、福岡市教委は安倍葬儀があった7月12日から15日まで全市立学校226校に対して弔旗掲揚を求める文書を出していた。これについて高島市長は、「私は知らなかった、教育委員会が勝手に出した」と述べたが、最高責任者が「知らなかった」では済まされない問題だし、本当に知らなかったとしたら福岡市の組織運営はお粗末としか言いようがない。
 白垣詔男(JCJ代表委員) 
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年8月25日号
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2022年08月12日

【リレー時評】民主主義否定の銃撃事件と参議院選挙=清水正文(JCJ代表委員)

  この原稿の内容を参院選を中心に検討していたそのさなか、安倍晋三元首相が遊説先の奈良で演説中に、銃撃を受けて心肺停止状態になったというニュースが飛び込んできた。銃撃犯はその場で取り押さえられ、殺人未遂の現行犯で逮捕されたということである。安倍元首相は搬送先の病院で手当てを受けたが、数時間後に亡くなった。その後の報道で、犯人は奈良に住む41歳の男性で海上自衛隊に勤務していたことがあるなどがわかってきたが、犯行に至る背景や動機は今後の捜査にゆだねられる。参院選の投票日を間近に控えて、選挙戦でしのぎを削る与野党の各党首からも嘆きや憤りの声があげられた。
 民主主義の根幹である選挙のただ中で、言論の自由を暴力で封殺する卑劣なテロ行為などあってはならない。メディアにかかわる私たちも、言論・表現の自由の大切さを、声を大にして訴えていく必要がある。
 一方、安倍元首相の死は痛ましいことではあるが、彼が行ってきた集団的自衛権の一部容認などの憲法解釈の変更や、自衛隊の役割を広げる安全保障法制を成立させ米軍との協力を強めるなどの政策は平和憲法をないがしろにするもので、許されるべきではないことも訴えていく必要がある。
 さて参議院選挙であるが、ロシアのウクライナへの侵略に端を発して「戦争か平和か」が大きな問題になっている。このウクライナ侵略をどう止めるのか、バイデン米大統領のいう「民主主義対専制主義のたたかい」という価値観による分断でいいのかが問われている。国際連合に加盟する各国が「国連憲章を守れ」の一点で国際世論がロシアを包囲することが今求められていると思う。
 また、この動きに乗じて「核抑止論」や「核共有論」が横行しているが、唯一の戦争被爆国で憲法九条を持つ日本としてあってはならず、軍拡ではなく核兵器禁止条約へ参加し、核廃絶の先頭に立つことこそ求められている。
 物価高騰から国民生活を守ることも大きな課題である。消費税を減税し、インボイスは中止する必要がある。また、大企業の内部留保に課税し中小企業を支援して「最低賃金を1500円」に引き上げることも緊急の課題であり、生涯で1億円もの男女の賃金格差をなくすこともジェンダー平等社会の土台である。
 資本主義がもたらした気候危機から地球を守るために、石炭火力からの撤退や原発ゼロを進めるとともに100%国産の再生エネルギーの普及をはかることも必要である。
 大阪ではカジノ誘致反対の住民投票を求める署名が約21万筆集まり、政府に認可しないよう要請する署名も始まった。
 今回の参議院選挙は日本と世界の将来を決める選挙だと言っても過言ではない。選挙結果がどうあろうとも「戦争か平和か」をはじめとした問題や言論・表現の自由を守るたたかいは続く。私たちに今何ができるのかが鋭く問われることになるのは確かである。
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年7月25日号
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2022年07月02日

【リレー時評】新しい戦争報道 ウクライナ・デジタル=藤森研

 ロシアによるウクライナ侵略からすでに4か月。今も激しい戦争とその報道が続いている。
 1970年前後のベトナム戦争では、沢田教一ら多くの記者・カメラマンが戦地に入り、生々しい現場の様子が世界に報じられた。「見える戦争」と言われ、市民らの反戦運動につながった。
 それに懲りたか91年の湾岸戦争で、米軍は徹底的に報道を規制、代表取材だけ認める「プール取材」方式をとった。2003年のイラク戦争では、米軍戦車に記者が同乗する「エンベッド取材」が用意された。
 22年の今回の戦争の特徴は、SNSなどネットを通じて、多くの当事者や市民らが刻々の状況を世界にいち早く知らせ、再び「見える戦争」になったことだ。
 ネット情報には偽ゼレンスキーが登場するなどフェイクの危険性が伴うことも事実だ。ネット画像の信用性確認のために、英BBCは衛星画像による建物や地理的状況の確認、流れている音声が何語かなどを検証しているという(3月28日読売新聞)。
 多くのジャーナリストも、現地入りしている。その一人、フリーの村山祐介氏から24分のドキュメンタリー作品が送られてきた。現在ユーチューブで見られる(『ブチャ〜「死者の通り」8人虐殺事件を追う』)。村山氏は元朝日記者で、4月5日から何度もブチャに入り、ロシア軍による8人の虐殺を、証言などで具体的に明らかにした。現場近くに残っていた頭部のない遺体の映像は見るのに辛い。
 世界から集まるジャーナリストのために、現地ではウクライナ側の「プレスツアー」が組まれている。単独取材の場合、要注意は地雷。アスファルト上を歩くことが鉄則になっているらしい。
地元のジャーナリストも踏ん張っている。「ハリコフタイムズ」のセルゲイ・ボボク記者はNHK「国際報道2022」に、街にとどまって報道を続ける覚悟をこう語った。「自分たちが避難したら誰もこの街で起きていることを知ることができなくなってしまう」
 ネットにも、既存のメディアにも、長短がある。ネットの目は、遍在する。メディアは、裏取りの訓練や社名での責任の担保が長所であろう。
 両者は補完もし合う。村山氏は、虐殺直後の様子を撮影してネットに載せた地元男性を探し出し、直接話を聞いて、実相に迫る一助とした。
 逆に、ジャーナリストが体を張って撮った現地映像を、世界の市民が積極的にSNSなどでシェア、拡散しているのも今度の戦争の特徴だろう。ネット時代の市民とメディアの、緩い連帯の形とも言える。
  一方で、ロシア国内では前時代的な厳しい報道規制や、市民への弾圧が続く。報道の自由がないもとで、世論の戦争遂行への支持率は高止まりしている。
 ジャーナリズムの意味を改めて考えさせる、21世紀の戦争だ。
  藤森研(JCJ代表委員)
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年6月25日号
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2022年06月09日

【リレー時評・拡大版】沖縄復帰50年 基地問題への意識の差歴然=與那原 良彦(JCJ沖縄)

                              
3面 與那原良彦・写真 (002).jpg
  
  「はいはい沖縄、はいはい基地問題」。ラジオ・パーソナリティーのジョン・カビラさんは沖縄タイムス・朝日新聞共同企画「写真が語る沖縄」のインタビュー(5月6日付沖縄タイムス朝刊)で、沖縄の基地問題や所得の低さなどの話題を聞き飽きたというような反応をされることを明らかにした。

 似たよう体験がある。東京で勤務していた数年前、行きつけの飲み屋で隣り合った初対面の老紳士と基地問題で議論になった。老紳士は「沖縄は基地で大変だけど、場所的に仕方ないですね」と語り始め、「基地がないと生活できないでしょう」と繰り返した。私が「基地経済は縮小し、県民所得に占める割合は5%程度。政府からの交付金も県民1人当たりの額も全国で最も多いわけではない。県民世論も新基地建設反対が多い」と説明すると、激高し、「君たちは日本人ではない」と吐き捨てた。政府に楯を突く人間は「日本から出て行け」と言われた。
 
 「溝は深まった」

 1972年の復帰から50年がたった。5次にわたる振興計画で、インフラの整備が進み、県民生活の一定の向上は図られた。だが、国土の0・6%の沖縄に米軍専用施設の約7割が集中し、所得は全国最低だ。過重な基地負担が続き、「復帰とはなんだったのか。50年で何も変わっていない」という不満と疑問を持つ県民は少なくない。
 復帰50年の節目に、新聞社やテレビの各メディアが特集面、連載、特集番組を企画し、沖縄の戦後や復帰後の変化、現状を取り上げている。力作も多く、沖縄への理解が深まることを期待する。しかし、簡単なことでないと思わざるを得ない。大きな歴史の節目や政権を揺るがす問題が生じたときは、沖縄報道は熱を帯びる。時が過ぎると、沖縄が訴えてきた問題に解決が見られていないにも関わらず、潮が引くように報道量は減っていく。何度も繰り返されてきたことだ。恐らく、5月17日以降は、沖縄報道は熱を失うのではないかと心配している。

 沖縄県内と全国的な沖縄報道のありようは、意識の違いにも影響を与えているだろう。沖縄タイムスと朝日新聞社、琉球朝日放送(QAB)が復帰50年に合わせ実施した県民意識調査(沖縄タイムス5月11日付朝刊)で、沖縄に集中する米軍基地に関し「減らすのがよい」との回答が61%で、「全面的撤去」も15%だった。「今のままでよい」は19%だった。一方、朝日新聞が全国で実施した調査では「減らすのがよい」は46%で、「今のままでよい」は41%に上った。沖縄が求める基地の整理・縮小に関し、本土との意識の差が浮き彫りとなった。

 県民意識調査で、本土の人たちが沖縄のことを理解しているか尋ねたところ「そうは思わない」は8割に上った。
 沖縄への認知度は高まり、住みたい人気県に選ばれることもある。その一方で、構造的、差別的といわれる基地問題への温度差は歴然としている。「沖縄と本土の距離は縮まったものの、溝は深まった」とさえ指摘される。

 報道側の責任は

 過重な基地押し付けに対し、本土側の無理解、無関心をなくし、問題を解決するには政治が責任を果たすべきである。一方で、政権を担う政治家や官僚を取材し、報道する側の責任も問われるべきと考える。
 沖縄の基地問題を象徴する辺野古新基地建設の断念で最も期待が高まったのは、民主党を中心とした政権交代時だ。ご存じの通り、「最低でも県外」と言及した鳩山由紀夫首相は辺野古建設に回帰し、辞任した。菅直人新首相の就任直後、大手メディアの政治部長は「新政権は辺野古推進を明言し、上々の滑り出しだ」と解説した。「問題は解決したと考えている」のかと問うと、「対外的にはそうだ。あとは国内問題だ」と答えた。

 沖縄の基地負担軽減を訴えていた報道と懸け離れた言及に唖然とした。政府と結託しているとまでは言わないものの、沖縄を犠牲にしてでも日米安保を最重視していることは変わらない。報道責任者がこのような姿勢であれば、政治家や官僚が危機感を持って沖縄に向き合い、その訴えに耳を傾けるよう重い腰を起こすことは期待できないと感じた。

 沖縄の基地問題を官邸や外務省、防衛省で取材する後輩記者に、全国メディア記者が「オールジャパンの問題を聞いてよ」と言われたことがある。記者の中に沖縄の問題を一地方の問題にすり替え、自ら天下国家を相手にしているおごりがあるのではないかと疑念が生じる。政権側と記者との実態を検証し、改革が必要ではないか。
 12年が経ち、沖縄県の玉城デニー知事は5月10日、新基地建設断念などを盛り込んだ建議書を岸田文雄首相に手渡した。民主党政権時の政治部長が語っていた「国内問題の解決」は程遠い。
  與那原 良彦(JCJ沖縄)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年5月25日号
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2022年01月03日

【リレー時評】沖縄返還50年と「やまとんちゅ」の責務=守屋龍一(JCJ代表委員)


 軍部が暴走し、無謀な日米開戦「12・8」に突入して80年。反省どころか、いま日本の軍事費は6兆円を超え、GDP比1.09%に達した。
 日本列島を、米軍オスプレイが我が物顔に飛び回り、米軍F16戦闘機は飛行中に重さ210s・全長4.5mの燃料タンク2個を、住宅地近くに投げ捨てる。
 いまも過去最大の日米共同軍事演習「ヤマサクラ81」が自衛隊の伊丹駐屯地で行われている。6月には対中国を想定し日米共同の「オリエント・ シールド21」が矢臼別演習場、伊丹駐屯地、奄美駐屯地など、7カ所で実施された。

 政府は「沖縄の負担軽減」を、とってつけたように持ち出して、北海道から奄美・沖縄まで、各地の自衛隊駐屯地との連携を図り、年間49回の日米共同訓練を通して「日米軍事基地化」、すなわち「本土の沖縄化」へと、 地均ししているのだ。
 今年5月15日には、沖縄の本土復帰から50年を迎える。沖縄の人々はどんな思いに駆られるだろうか。復帰に込めた願いは、日本国憲法の下での基本的人権の保障と「基地のない平和な島」の実現だった。
 だが「米軍基地の全面撤退」は拒否され、「核持ち込み密約」さえ明らかとなった。「本土」にある米軍の基地施設面積の7割を沖縄へ押しつけ、さらに辺野古の米軍新基地建設を強行する。「 美(ちゅ)ら海」の埋め立てに、沖縄戦犠牲者の遺骨が混じる土砂まで投入する。
 歴代政府は、沖縄に犠牲を強いるだけでなく、人道上から見ても許されない「加害」を重ね、責任を取らないできた。

 辺野古や高江で会った「うちなんちゅ」の顔が思い出される。琉球処分や沖縄戦での悲劇、「アメリカ世(ゆ)」での「島ぐるみ闘争」、これらの経験を通して共有する「うちなんちゅ」の怒りと矜持、 私は分かっていたのか、恥ずかしい限りだ。
 「本土」からの目線で沖縄をとらえ、そこに生活している人々の苦悩や誇り、さらには歴史を踏まえた理解が浅かったのではないか。
 あらためて沖縄の基地をめぐる様々な論争を耳にするとき、その論の是非よりも、今こそ「うちなんちゅ」の気持ちは、「沖縄へ返せ」なのだ。 あの「基地のない平和な御嶽(うたき)に霊がすむ琉球の島へ返せ」なのだ。そう思わざるを得ない。

 私は月桃やデイゴの花が咲く沖縄の町を歩き、ガマを訪れ祈るとき、また「平和の礎(いしじ)」に触れるとき、「うちなんちゅ」の「命(ぬち)どぅ宝」への思いと合わせ、本土の政権が重ねてきた「加害」の重大さに気づく。そしてその責任を取らない政権を代える闘いを、「本土」でねばり強く広げることこそ、求められているのだ。
 「本土」に生きる私はもう一度、日米両政府が担うべき「加害責任」を厳しく問い糺し、泡盛とイカ墨汁で意気投合した人々と一緒に、日本から基地を撤去する闘いに、力を注ぎたい。
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