二審の敗訴を受けて東京五輪選手村訴訟の原告団は、昨年末に最高裁に上告した。最高裁第二小法廷は「上告棄却」と3月27日に原告団に決定調書を送付してきた。これによりこの住民訴訟は敗訴が確定した。
最高裁が審理せずに棄却したことに対して原告団は「最高裁までが国家的行事である2020年オリンピック東京大会(コロナ禍で1年延期)に忖度して早々に幕引きを図った」と批判した。
改めて都民によるこの訴訟を振り返ってみる。東京選手村用地として約13fの晴海都有地を公示価格の10分の1以下の約129億円で三井不動産など大手デベロッパー11社に売却したのは違法だとして、周辺価格との差額相当分を小池百合子都知事に支払いを求めた。
原告団が最も問題視したのは、被告側(東京都)が都市再開発法108条第2項の解釈を捻じ曲げ都議会にも都財産価格審議会にもかけずに都有地を売却した点だ。しかし敗訴が確定したことで公共財産の管理処分を規定した地方自治法237条2項は「無効」となった。再開発事業を進める自治体がこれを悪用する恐れが出てきた。
原告団は抗議声明を最高裁に送付。さらに5月31日(金)都江東区文化センター3階研修室で午後1時30分から行う上告棄却に抗議する集会ではこれからの取り組みなどを話し合う。多数の参加を呼び掛けている。
2023年03月25日
【石橋記者へのヘイト裁判】記事内容で全面勝利 慰謝料認定は「不当」 差別禁止法への努力声明=佐藤隆三(神奈川支部)
ヘイト問題を熱心に報じてきた神奈川新聞の石橋学記者(川崎支社編集委員・2016年JCJ賞受賞)が2019年2月、記事や言動で名誉を毀損されたとして損害賠償を求める裁判を起こされた。2020年2月には追加提訴され、そのふたつの裁判の判決が1月31日午前、横浜地裁川崎支部から出された。判決は原告の主張を一部認めたうえで、「被告は原告に15万円支払え」という不当なものだった。訴えていたのは、川崎市の差別根絶条例に異議を唱えて、2019年4月の川崎市議選に立候補した佐久間吾一氏(落選)。コロナ禍をはさみ、提訴から4年目の判決となった。
裁判の争点は4点でうち3点は神奈川新聞の記事。@2019年2月に、原告の「いわゆるコリア系の方が日本鋼管の土地を占領している」等の発言を「悪意に満ちたデマによる敵視と誹謗中傷」と報じた記事、A2018年12月に、「レイシストを在日集住地区(佐藤注:池上町)に案内し、街を徘徊しながら『コリア系が不法占拠で住み続けている』と誹謗中傷し」と報じた記事、B2019年12月に、「全会一致に至った文教常任委員会の審議が報告されると議場では禁じられているはずの拍手が起き、寝たふりなのか本当に居眠りをしているのか、差別主義者の支援を受け今春の市議選に立候補した佐久間吾一氏の居場所はもはやなかった」との記事。判決はこれらの記事にいずれも違法性はなく名誉棄損は成立しないとして原告の主張を退けた。記事については石橋記者の全面勝利となった。
残りの1点は、市議選後に佐久間氏が街頭宣伝で行った、ヘイトスピーチ解消法で2016年5月の公園使用が不許可になったとの発言に、石橋記者が、当時は解消法施行前で不許可の根拠は公園条令と発言の間違いを指摘し、「勉強不足」「デタラメ」と発言したもの。判決は、その言動が原告の名誉を毀損したとして慰謝料の支払いを命じるものとなった。ちなみに、解消法の公布・施行は公園使用不許可翌月の2016年6月3日。
報告集会で弁護団は「記事がすべて正当とされたことは評価したい」「(不法占拠と誹謗中傷されてきた)池上町の名誉は守られた」とする一方、慰謝料15万円の認定については「社会常識からありえない判決」と厳しく批判し、「判決の解釈は高裁で争いたい」と述べた。石橋記者(=写真中央=)
は「レイシストを厳しく批判する正当性は認められた。私は判決で委縮しない。これからも記事を書いていく」「差別を禁止する法律がないことが裁判所のゆらぎ≠ニなっている。川崎市の条例を広げ、差別禁止法につなげていく努力をしたい」と決意を表明した。裁判と報告集会には多くの支援者がかけつけた。争いの場は東京高裁に移る。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号
裁判の争点は4点でうち3点は神奈川新聞の記事。@2019年2月に、原告の「いわゆるコリア系の方が日本鋼管の土地を占領している」等の発言を「悪意に満ちたデマによる敵視と誹謗中傷」と報じた記事、A2018年12月に、「レイシストを在日集住地区(佐藤注:池上町)に案内し、街を徘徊しながら『コリア系が不法占拠で住み続けている』と誹謗中傷し」と報じた記事、B2019年12月に、「全会一致に至った文教常任委員会の審議が報告されると議場では禁じられているはずの拍手が起き、寝たふりなのか本当に居眠りをしているのか、差別主義者の支援を受け今春の市議選に立候補した佐久間吾一氏の居場所はもはやなかった」との記事。判決はこれらの記事にいずれも違法性はなく名誉棄損は成立しないとして原告の主張を退けた。記事については石橋記者の全面勝利となった。
残りの1点は、市議選後に佐久間氏が街頭宣伝で行った、ヘイトスピーチ解消法で2016年5月の公園使用が不許可になったとの発言に、石橋記者が、当時は解消法施行前で不許可の根拠は公園条令と発言の間違いを指摘し、「勉強不足」「デタラメ」と発言したもの。判決は、その言動が原告の名誉を毀損したとして慰謝料の支払いを命じるものとなった。ちなみに、解消法の公布・施行は公園使用不許可翌月の2016年6月3日。
報告集会で弁護団は「記事がすべて正当とされたことは評価したい」「(不法占拠と誹謗中傷されてきた)池上町の名誉は守られた」とする一方、慰謝料15万円の認定については「社会常識からありえない判決」と厳しく批判し、「判決の解釈は高裁で争いたい」と述べた。石橋記者(=写真中央=)
は「レイシストを厳しく批判する正当性は認められた。私は判決で委縮しない。これからも記事を書いていく」「差別を禁止する法律がないことが裁判所のゆらぎ≠ニなっている。川崎市の条例を広げ、差別禁止法につなげていく努力をしたい」と決意を表明した。裁判と報告集会には多くの支援者がかけつけた。争いの場は東京高裁に移る。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号
2022年08月29日
【裁判】五輪選手村訴訟の原告団、第5回総会を27日開催 控訴審に向け意思統一図る=橋詰雅博
最新会報誌
東京五輪選手村訴訟の原告団らが結成した「晴海選手村土地投げ売りを正す会」は9月27日(火)午後6時30分豊洲文化センターで第5回総会を開催する。
今回の総会は10月11日(火)に東京高裁101号法廷で午後1時40分から開かれる控訴審第1回口頭弁論に向け意思統一を図るのが大きな目的だ。
裁判の主な争点は@選手村要因を理由にした周辺価格の10分の1以下という破格の売却価格の異常さ、A都市再開発法を濫用・誤用し合法性を装って、129億6千万円という売却価格を都議会にも都財産価格審議会にもかけずに秘密裏に決定した地方自治法違反の財務会計行為、Bこうした違法まがいの行為を可能にした官製談合疑惑―。総会ではこれら3つのポイントを弁護団が解説する。
弁護団は売却価格の控訴理由書の補充として田原拓治不動産鑑定士の意見書を高裁に提出した。控訴審では田原氏の証人申請を行う。桐蔭横浜大学客員教授でもある田原氏は1974年に東京地裁鑑定委員に就任以来30数年間、定年退任までに1000件余の不動産価格や地代・家賃の鑑定人として裁判鑑定評価を行ってきた。日本不動産研究所の価格調査報告書を地裁が適法とした点について田原氏は「不動産評価に関する知識を十分に待っている裁判官の法的判断であるかと疑いたくなる」と強く批判している。
原告団は控訴審終了後に報告集会を開く予定。会場は当日傍聴者に伝えられる。
橋詰雅博
東京五輪選手村訴訟の原告団らが結成した「晴海選手村土地投げ売りを正す会」は9月27日(火)午後6時30分豊洲文化センターで第5回総会を開催する。
今回の総会は10月11日(火)に東京高裁101号法廷で午後1時40分から開かれる控訴審第1回口頭弁論に向け意思統一を図るのが大きな目的だ。
裁判の主な争点は@選手村要因を理由にした周辺価格の10分の1以下という破格の売却価格の異常さ、A都市再開発法を濫用・誤用し合法性を装って、129億6千万円という売却価格を都議会にも都財産価格審議会にもかけずに秘密裏に決定した地方自治法違反の財務会計行為、Bこうした違法まがいの行為を可能にした官製談合疑惑―。総会ではこれら3つのポイントを弁護団が解説する。
弁護団は売却価格の控訴理由書の補充として田原拓治不動産鑑定士の意見書を高裁に提出した。控訴審では田原氏の証人申請を行う。桐蔭横浜大学客員教授でもある田原氏は1974年に東京地裁鑑定委員に就任以来30数年間、定年退任までに1000件余の不動産価格や地代・家賃の鑑定人として裁判鑑定評価を行ってきた。日本不動産研究所の価格調査報告書を地裁が適法とした点について田原氏は「不動産評価に関する知識を十分に待っている裁判官の法的判断であるかと疑いたくなる」と強く批判している。
原告団は控訴審終了後に報告集会を開く予定。会場は当日傍聴者に伝えられる。
橋詰雅博
2022年07月12日
【裁判】記者への性暴力認定 長崎地裁「公権力の支配」明確に=吉永磨美
長崎市幹部による記者へのセクハラ、長崎地裁で原告が勝訴した(新聞労連提供)
長崎市の原爆被爆対策部長(故人)から2007年、平和祈念式典について取材中に性暴力を受けたとして、女性記者が長崎市に損害賠償などを求めた事件の裁判で、2022年5月30日、長崎地裁(天川博義裁判長)は原告の主張を認め、同市に約2000万円の支払いを命じる判決を言い渡した。これを受けて、長崎市は6月7日、判決を受け入れ、控訴しない意思を示した。
裁判所は、取材記者に対する公務員の職権濫用による性暴力の事実を認め、「性的自由を侵害するもの」として違法と判断。情報を出す側として、情報のコントロール権を持つ公務員が職務として取材に応じ、支配的な側面を持ち得る中で起きた事件だということが認められた。公権力と報道の関係を語る上での画期的判決といえる。裁判所は被告の長崎市に国家賠償法上の責任があると判断した。
判決では「取材の協力を求めて連絡してきたことを奇貨として、協力するかのような態度を示しつつ、拒否しがたい立場にある原告に対して、執拗に指示して加害場所に入った」と認定した。取材する側が、職務上得られた情報の出し方を差配する公的機関からのコントロールを受けやすい立場であることが認められたことは、「報道の自由」を標榜する報道機関にとって、大いなる意義がある。今後、公権力に対する取材のあり方について議論するきっかけとなるだろう。
これまでも記者は警察や行政機関、政治家を相手に「特ダネ競争」に翻弄されてきた。記者は少しでも早く、多くの情報を得るため、取材先との信頼関係を結ぼうと必死だ。そういう中で女性記者の性暴力被害、セクハラ被害は長年隠されてきた。
抑圧的な関係性は原告と長崎市に限らず、どの公権力と報道機関でも起き得る。セクハラ被害が矮小化されたり、被害事実が疑われたりしてきたが、被害が関係性による職権の濫用によって起きたと認められることで、報道機関や公権力側の関係性見直しやセクハラや性暴力被害防止について具体策に生かすこともできる。
原告は一部の週刊誌などによって虚偽が流布され、二次被害を被った。市幹部による証言を基にした虚偽の流布について、裁判所は、市は二次被害が予見できる時は防止すべく関係職員に注意する義務があり、これを怠った、として市の責任を認めた。加えて女性蔑視など差別や偏見による「強かん神話」に乗じて、市側は原告の落ち度を指摘したが、裁判所は認めなかった。
この判断は、偏見をもたれ尊厳を傷つけられた性暴力やセクハラの被害者やさまざまな形で虐げられてきた当事者を後押しするものとなるだろう。
吉永磨美(新聞労連委員長)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年6月25日号
長崎市の原爆被爆対策部長(故人)から2007年、平和祈念式典について取材中に性暴力を受けたとして、女性記者が長崎市に損害賠償などを求めた事件の裁判で、2022年5月30日、長崎地裁(天川博義裁判長)は原告の主張を認め、同市に約2000万円の支払いを命じる判決を言い渡した。これを受けて、長崎市は6月7日、判決を受け入れ、控訴しない意思を示した。
裁判所は、取材記者に対する公務員の職権濫用による性暴力の事実を認め、「性的自由を侵害するもの」として違法と判断。情報を出す側として、情報のコントロール権を持つ公務員が職務として取材に応じ、支配的な側面を持ち得る中で起きた事件だということが認められた。公権力と報道の関係を語る上での画期的判決といえる。裁判所は被告の長崎市に国家賠償法上の責任があると判断した。
判決では「取材の協力を求めて連絡してきたことを奇貨として、協力するかのような態度を示しつつ、拒否しがたい立場にある原告に対して、執拗に指示して加害場所に入った」と認定した。取材する側が、職務上得られた情報の出し方を差配する公的機関からのコントロールを受けやすい立場であることが認められたことは、「報道の自由」を標榜する報道機関にとって、大いなる意義がある。今後、公権力に対する取材のあり方について議論するきっかけとなるだろう。
これまでも記者は警察や行政機関、政治家を相手に「特ダネ競争」に翻弄されてきた。記者は少しでも早く、多くの情報を得るため、取材先との信頼関係を結ぼうと必死だ。そういう中で女性記者の性暴力被害、セクハラ被害は長年隠されてきた。
抑圧的な関係性は原告と長崎市に限らず、どの公権力と報道機関でも起き得る。セクハラ被害が矮小化されたり、被害事実が疑われたりしてきたが、被害が関係性による職権の濫用によって起きたと認められることで、報道機関や公権力側の関係性見直しやセクハラや性暴力被害防止について具体策に生かすこともできる。
原告は一部の週刊誌などによって虚偽が流布され、二次被害を被った。市幹部による証言を基にした虚偽の流布について、裁判所は、市は二次被害が予見できる時は防止すべく関係職員に注意する義務があり、これを怠った、として市の責任を認めた。加えて女性蔑視など差別や偏見による「強かん神話」に乗じて、市側は原告の落ち度を指摘したが、裁判所は認めなかった。
この判断は、偏見をもたれ尊厳を傷つけられた性暴力やセクハラの被害者やさまざまな形で虐げられてきた当事者を後押しするものとなるだろう。
吉永磨美(新聞労連委員長)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年6月25日号
2022年04月29日
【裁判】不当な公安警察の情報収集 大垣署市民監視 裁判で違法性を問う=古木民夫
「国や都道府県相手の裁判は、非常に勝つのが難しい。向こうさんには行政権行使の広い裁量があって、なかなか違法と認定されないのです。したがって、一部でも勝訴するということは、それだけでも大きな意義があります」と、一審判決前の「もの言う」自由を守る会機関紙に書いていた岡本浩明・原告弁護団副団長。それが、確かに一部ではあったが、勝訴してしまいました。
その際、こうも述べています。「情報提供行為については、原告の同意もなく提供されたものなので、勝つ可能性があります」。勝訴すら予言していたのです。
◇
岐阜県警大垣署が、風力発電所建設に反対する住民の情報を、事業主の中部電力子会社に提供したのは違法だとして賠償を求めた裁判で、2月21日「違法」の判決が下った。岐阜地裁の裁判長は「個人の思想信条や私生活など保護する必要の高い情報を積極的、意図的、継続的に提供したのは、悪質と言わざるを得ない」として、原告の4人へそれぞれ55万円ずつ支払うよう岐阜県に命じた。
原告らは風力発電の勉強会を開いていたに過ぎず、「公共の安全や秩序の維持に危害が及ぶ危険性は生じていなかった」と指摘し、情報提供の必要性はなく、国家賠償法上違法と判断した。いずれにせよ、申し分のない素晴らしい勝訴だったのは間違いない。そして思った。収集した情報の利用の面で、裁判所が厳しく断罪したのは、公安警察にはとても衝撃的だったかもしれないと。
◇
勝訴の話はここまで。ここからは敗訴の話に転じたい。
冒頭の岡本弁護士の手記を読んで、弁護団が一番訴えたかったのは、情報提供の勝訴より、公安警察の「公的根拠のない情報収集活動」の違法性を裁判所に認定させることだったのではないだろうか。
認定を勝ち取れば、やりたい放題の公安活動にストップをかけ、法的コントロールを及ぼす第一歩になる期待が生まれる。だから。裁判所が自信をもって違憲・違法の判断を下せるように世論で後押しをしようというのである。
◇
その期待は実らなかった。判決では、公安の情報収集について「必要性はそれほど高いものではなかったが、原告らの活動が市民運動に発展した場合、抽象的には危険性がないとはいえない。万が一に備えて情報収集する必要があったことは否定できないので、違法とまでは言えない」と違法性を否定した。
また個人情報の抹殺請求については、請求が特定されていないとして却下された。公安警察察が個人情報を収集し、保有し続ける限り、国民の政府に対する市民活動や表現活動を委縮させるものである。本判決は、この観点からの判断が不十分といわざるを得ない。引き続き、認定されるよう取り組んでいってほしい。
原告側が3月7日、控訴した。岐阜県側も県議会の議決を経て近日中にする予定だ。
古木民夫(東海支部)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年3月25日号
その際、こうも述べています。「情報提供行為については、原告の同意もなく提供されたものなので、勝つ可能性があります」。勝訴すら予言していたのです。
◇
岐阜県警大垣署が、風力発電所建設に反対する住民の情報を、事業主の中部電力子会社に提供したのは違法だとして賠償を求めた裁判で、2月21日「違法」の判決が下った。岐阜地裁の裁判長は「個人の思想信条や私生活など保護する必要の高い情報を積極的、意図的、継続的に提供したのは、悪質と言わざるを得ない」として、原告の4人へそれぞれ55万円ずつ支払うよう岐阜県に命じた。
原告らは風力発電の勉強会を開いていたに過ぎず、「公共の安全や秩序の維持に危害が及ぶ危険性は生じていなかった」と指摘し、情報提供の必要性はなく、国家賠償法上違法と判断した。いずれにせよ、申し分のない素晴らしい勝訴だったのは間違いない。そして思った。収集した情報の利用の面で、裁判所が厳しく断罪したのは、公安警察にはとても衝撃的だったかもしれないと。
◇
勝訴の話はここまで。ここからは敗訴の話に転じたい。
冒頭の岡本弁護士の手記を読んで、弁護団が一番訴えたかったのは、情報提供の勝訴より、公安警察の「公的根拠のない情報収集活動」の違法性を裁判所に認定させることだったのではないだろうか。
認定を勝ち取れば、やりたい放題の公安活動にストップをかけ、法的コントロールを及ぼす第一歩になる期待が生まれる。だから。裁判所が自信をもって違憲・違法の判断を下せるように世論で後押しをしようというのである。
◇
その期待は実らなかった。判決では、公安の情報収集について「必要性はそれほど高いものではなかったが、原告らの活動が市民運動に発展した場合、抽象的には危険性がないとはいえない。万が一に備えて情報収集する必要があったことは否定できないので、違法とまでは言えない」と違法性を否定した。
また個人情報の抹殺請求については、請求が特定されていないとして却下された。公安警察察が個人情報を収集し、保有し続ける限り、国民の政府に対する市民活動や表現活動を委縮させるものである。本判決は、この観点からの判断が不十分といわざるを得ない。引き続き、認定されるよう取り組んでいってほしい。
原告側が3月7日、控訴した。岐阜県側も県議会の議決を経て近日中にする予定だ。
古木民夫(東海支部)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年3月25日号
2022年03月19日
【裁判】五輪選手村訴訟 控訴へ 9割引「適正」不当判決 都側の主張丸のみ=橋詰雅博
東京都が中央区晴海の五輪選手村用地をデベロッパーグループに超廉価で売却したのは違法だとして東京地裁に提訴した原告団は、地裁の「売却価格は適正」とした昨年12月の判決を不当だとして東京高裁に控訴した。原告団が開いた1月25日の報告集会=写真=に出席した原告代理人の淵脇みどり弁護士は「一審は負けました、しかし、地裁は自分で判断しながら、重ねてその判断に反する判断を迫られている。矛盾に満ちた判決内容です。最高裁でも争うぞという姿勢を見せられるような控訴理由を争点化していきます」と話した。
五輪選手村訴訟は、銀座から近い都内一等地、晴海の都有地(13・4f)がデベロッパー11社に129億6000万円と公示価格の10分の1以下で売られたことが発端だ。32人の都民は「周辺の地価などから算出した適正価格は少なくても約1339億円で、都民財産を不当に安く処分した」と2017年8月に住民訴訟を起こした。小池百合子都知事らに差額を請求するよう都に求めたのである。
被告(東京都)代理人の弁護団は、はじき出した金額は「選手村要因」が根拠と説明した。選手村要因とは@道路などのインフラ整備の完了Aデベロッパーが施設建築物を建設、取得した上で、土地を譲り受けるB施設建築物の一部を五輪大会期間中に選手用宿泊施設などとして使用し、大会終了後に改修の上、分譲または賃貸する―などだ。原告弁護団はこういう条件を設けること自体納得がいかないと反論。それならば選手村要因を考慮した価格を出すと、原告で不動産鑑定士の桝本行男さんが算出した価格は1653億2100万円だった。
しかし、分譲・賃料単価や工事費の各査定額で桝本鑑定は不合理とした一方で利益や処分に制限がある土地という被告の主張を認めた裁判所は、都が依頼した日本不動産研究所の価格調査報告書(不動産鑑定書ではない)は「価格を的確に示している」と下した。
そもそもこの市街地再開発事業は、都が地権者、施行者、認可権者を兼ねている。自治体の再開発事業では都のような一人3役≠ヘ過去に例がない。前代未聞というべきこんな手法を用いたのは、都が個人施行者になると、議会や都市計画審議会、財産価格審議会を経ずに都が直接土地を売れる。この脱法的な手法の背景には都とデベロッパーグループとの事前協議の場で一人3役というアイデアをひねり出し、売却価格の目安も話し合う官製談合があったと原告弁護団は見ている。
原告弁護団は「判決は、自治法、不動産鑑定制度、再開発事業制度の根幹を揺るがす極めて不当な判断」と断じた。
控訴審ではまっとうな審理と判決を期待したい。
橋詰雅博
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年2月25日号
2021年07月16日
【裁判】幸福の科学公開施設 入ったら建造物侵入罪 取材の自由を奪う地裁判決=藤倉善郎
3月15日、東京地裁で罰金10万円、執行猶予2年の有罪判決が言い渡された。私が幸福の科学の「初転法輪記念館」に取材に入ったことが建造物侵入罪に問われた事件である。
この施設は、教団設立の際に教祖・大川隆法が初めて説法を行った場所として、教団が一般公開している。私が入った際、中は無人だった。撮影禁止の張り紙に気づかず写真を撮っていたところ、教団職員が来て写真を消すように指示してきた。私は素直に従った。職員は怒る様子もなく、パンフレットまでくれた。しかし翌日、幸福の科学は地元・荒川警察署に被害届を出した。
立入禁止は不当
建造物侵入罪は、管理者の意思に反して立ち入る行為を指す。初転法輪記念館(写真下)は一般公開だが、教団本部は以前から私に対して教団施設や行事への立入禁止を通告していた。これを根拠に検察は建造物侵入罪にあたると主張。紀藤正樹弁護士を主任弁護人とする8人の弁護団は、一般公開施設への取材は正当業務行為に当たること、教団による立入禁止通告が不当であることなどを理由に無罪を主張。これを罰することは表現の自由を定める憲法に反するとした。
私は宗教団体を含め、いわゆる「カルト問題」を20年ほど取材している。幸福の科学から「立入禁止」を通告されたのは2012年。週刊新潮で「幸福の科学学園」(中学・高校、栃木県那須町)の違法な教育実態をリポートしたことが理由だ。
当時、教団は新潮社と私を相手取って1億円の損害賠償を求める民事訴訟も起した。この訴訟では2016年、最高裁が学園側の上告を不受理とし、学園側の敗訴が確定。高裁判決は、記事の全てに真実性や評論の妥当性を認める内容だった。
ところが教団は以降も「立入禁止」を継続した。私はいわば、正しい記事を書いたから立入禁止にされ、それゆえに今回、刑事被告人にされた。
地裁判決は検察側の主張をほぼ踏襲。管理者の意思は取材の自由に劣後しないとした。教団による立入禁止の理由については「議論の余地はある」とし、これを踏まえた温情であるかのように、罰金刑に執行猶予が付く珍しい判決となった。
おもねる方向に
しかし有罪は有罪だ。合法的に取材するなら、立入禁止を通告されないよう教団におもねった記事を書くしかない。地裁判決がもたらすのは、そういう論理である。
過去、マンション等での政治ビラ投函を巡って、表現の自由と建造物侵入罪の兼ね合いが争われた事例はある(いずれも最高裁で有罪が確定)。しかし報道の自由との兼ね合いが争われるのは今回が初めて。日本初の悪しき前例となってしまった。
私は別件も抱えている。統一教会との関係を取材するため2019年に菅原一秀衆議院議員の事務所に取材を申し入れに行き、奥のソファに通され「お待ち下さい」と言われ待っていると、秘書が110番通報。後日、同行したジャーナリストの鈴木エイト氏ともども刑事告訴、書類送検された。容疑は建造物侵入罪。
直後、経産相に就任した菅原氏の会見を取材しに行った私と鈴木氏は、経産省からも「永劫に」出入禁止を告げられた。今後、庁舎に立ち入れば新たな容疑を着せられることになるのだろう。
今のところ、立件は有罪判決を受けた1件だけ。現在、控訴中だ。
詳細は「藤倉氏を支える会」のウェブサイト(https://www.fujikura-hs.com/)に掲載されている。
藤倉善郎(ジャーナリスト)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年6月25日号
2021年06月14日
【裁判】行政も司法も自衛隊に忖度 おおすみ事故 民間生存乗客の証言無視=沢田正
自衛艦と釣り船衝突事故をめぐる広島地裁判決について先月号に続き、取り上げたい。
事故は2014年1月15日朝発生、広島県沖の瀬戸内海で海上自衛隊の大型輸送艦「おおすみ」(8900d、178b、写真下)と釣り船「とびうお」(5d未満、7.6b、写真上)が衝突、転覆した釣り船の船長ら2人が死亡した。
事故を調査した国交省運輸安全委員会は翌15年1月、釣り船が事故直前に右転し、おおすみが避けきれず衝突したとする船舶事故調査報告書をまとめ、この後右転原因説が捜査などの基調となった。船の生存乗客2人はともに、おおすみが後方から接近してきて衝突したと証言、右転を否定したが、安全委は衝突現場から1.3`離れた島の目撃者やおおすみ乗員の供述を右転の根拠とした。
事故ではおおすみの艦長と航海長、釣り船の船長の3人が業務上往来 危険容疑などで書類送検されたが、広島地検は12月、釣り船が1分前に右転したのが衝突の原因として艦長ら2人を不起訴、釣り船船長は死亡で不起訴とした。検察審査会も不起訴相当と議決。
遺族や被害者らは16年5月、真相を究明し、責任を追及する最後の手段として国家賠償請求訴訟に踏み切った。
裁判で、防衛省の艦船事故調査報告書全文やおおすみのレーダー映像、艦橋の音声記録や乗員の供述などが初めて開示された。釣り船の航跡記録は水没で失われ、おおすみのレーダーも衝突約4分前から釣り船をとらえておらず、右転を裏付ける記録はなかった。
原告側は釣り船の右転を否定、おおすみが後方から戦闘態勢の高速で釣り船に接近し、針路が交差する態勢になったのに回避義務を怠ったのが衝突の主因と主張。接近した2船の相互作用で釣り船の船首がおおすみ側に吸引されて衝突した後、おおすみの操艦ミスで船尾と再衝突し転覆したと訴えた。
国・海自側は、釣り船がそのまま進めばおおすみの前を通過できたのに衝突直前におおすみ側に右転したため衝突したので、おおすみに回避義務はないと主張した。
今年3月23日の判決は、両船の航跡を延長すると釣り船が右転しない限り衝突しないと認定、艦長ら乗員の証言とも合うとして衝突30秒前に釣り船が右転したと結論付けた。釣り船生存乗客の証言は無視された。ずさんな認定とのそしりを免れないだろう。
見通しのよい海上で起きた自衛艦と民間船の衝突事故で、運輸安全委、防衛省、海保、検察、裁判所がそろって、直接証拠もなく、民間側の証言を無視した上で一方的に民間側に非があり、自衛艦に何の責任もないという判断をした。行政も司法も自衛隊に忖度していると危惧するのは筆者だけだろうか。
沢田正(広島支部)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年5月25日号
2021年05月31日
【裁判】国側主張通りの不当判決 海自艦「おおすみ」事故 遺族側は控訴=沢田正
広島県沖の瀬戸内海で2014年1月15日、海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」と釣り船が衝突し、釣り船の船長ら2人が死亡した事故をめぐり、遺族らが国に損害賠償を求めた訴訟の判決が3月23日、広島地裁であり、谷村武則裁判長は、国側主張通りに認めて請求を棄却した。原告側は「事実誤認の不当判決」として25日控訴した。
裁判で原告側は、おおすみが後方から「第1戦速」と呼ばれる戦闘態勢の高速で釣り船に接近し、針路が交差する態勢になったのに回避義務を怠ったのが、衝突の主因と主張。海自側は、おおすみに回避義務はなく、衝突直前の釣り船のおおすみ側への右転が衝突原因と主張した。
釣り船の乗客は「右転していない」と証言、当時の艦長らおおすみ乗員から「釣り船の右転を(明確に)見た」という証言はなかったが、判決は海自側主張を採用した。
判決の報道は地元2紙が社会面3〜2段、全国紙は社会面などで1段や広島面2段、朝日はなしと低調だった。自衛艦と民間船の事故が続く中で報道の役割が問われている。
沢田正(広島支部)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年4月25日号
2021年03月29日
【焦点】五輪選手村訴訟がヤマ場 4月原告・被告の両不動産鑑定士が証言 9割引のカラクリ明らかに=橋詰雅博
東京・中央区晴海の都有地に建設された五輪選手村訴訟がいよいよ山場を迎える。この民事裁判は、不動産会社11社に近隣地価より9割以上も値引き売却したのは違法だとして都民33人が小池百合子都知事らに約1500億円の損害賠償を求め2017年8月東京地裁に提起した。
4月1日(木)に午後1時30分から103号法廷で開かれる第11回口頭弁論では、原告の桝本行男不動産鑑定士が証言する。すでに桝本さんは、正常価格を1611億円と鑑定した意見書を裁判所に提出している。原告代理人が1時間主尋問を行い不当廉売≠フカラクリを明らかにする。引き続き被告代理人が1時間の反対尋問を行う。
1週間後の8日は、被告側証人として126億6千万円の価格調査報告書(鑑定書ではない)を作った日本不動産研究所の水戸部繁樹不動産鑑定士が証言。9割引の裏付けをどう釈明するのかに注目が集まる。
両日とも裁判終了後に報告集会を弁護士会館で開く。
橋詰雅博
3月23日号の晴海選手村土地投げ売りを正す会ニュース(発行:「晴海・正す会」)
4月1日(木)に午後1時30分から103号法廷で開かれる第11回口頭弁論では、原告の桝本行男不動産鑑定士が証言する。すでに桝本さんは、正常価格を1611億円と鑑定した意見書を裁判所に提出している。原告代理人が1時間主尋問を行い不当廉売≠フカラクリを明らかにする。引き続き被告代理人が1時間の反対尋問を行う。
1週間後の8日は、被告側証人として126億6千万円の価格調査報告書(鑑定書ではない)を作った日本不動産研究所の水戸部繁樹不動産鑑定士が証言。9割引の裏付けをどう釈明するのかに注目が集まる。
両日とも裁判終了後に報告集会を弁護士会館で開く。
橋詰雅博
3月23日号の晴海選手村土地投げ売りを正す会ニュース(発行:「晴海・正す会」)
2021年03月11日
【JCJ声明】 スラップ訴訟と闘う神奈川新聞・石橋学記者を全面的に支援する=2021年3月8日
全国で初めてヘイトスピーチの言動に刑事罰を科す川崎市の差別根絶条例が2020年7月1日に全面施行された。「殺せ」「出ていけ」など、それまで発せられていた罵声は影を潜めた。とはいえ、条例施行後も街宣活動を続ける差別扇動団体に対して、地元の人たちは不安感をぬぐえないでいる。
こうした中で、一貫してヘイトスピーチを非難し、追及する記事を書いてきた神奈川新聞の石橋学記者に対し、スラップ(恫喝)訴訟が2019年に起こされている。訴訟の主は佐久間吾一氏。ヘイトスピーチを繰り返してきた「在日特権を許さない会(在特会)」を母体に生まれた「日本第一党」とつながりのある人物だ。佐久間氏の演説内容を「悪質なデマ」と報じた神奈川新聞の記事に対し、名誉を棄損されたとして記者を訴えたのだ。
これまで在日コリアンへの悪意に満ちた誹謗中傷と敵視を繰り返してきた団体が、ヘイトスピーチを続ける。その実態を暴いた石橋記者への脅しである。訴訟は新聞社ではなく個人に140万円の損害賠償を求める不当なものだ。
石橋記者はこの訴訟について「差別は人間の尊厳を踏みにじる。標的にされているマイノリティーの絶望は計り知れない。プロであるはずの私たちは事実を集めて報道し、矢面に立つべきだ」と訴えている。
佐久間氏はさらに、自身を批判した石橋記者の別の記事で名誉を毀損されたとして、屋上屋を重ねるように140万円の損害賠償を求める訴訟を昨年末に新たに起こした。
スラップ訴訟はアメリカにおいて言論の自由に圧力をかける民事訴訟として生まれた。狙いは立場の弱い個人に的を絞り、訴訟で圧力をかけ、言論を封殺することにある。近年、日本においてもジャーナリストや市民団体などを相手取り、意見や批判を封じ込めることを目的として起こされ、問題となっている。
裁判に持ち込んだ時点で被告に苦痛を与えることができ、勝ち負けにこだわらず妨害目的が達成できるという狡猾なやり方でもある。スラップ訴訟は一人の記者へだけでなく、メディア全体への攻撃である。
日本ジャーナリスト会議は、スラップ訴訟にひるむことなく健筆をふるう石橋記者を全面的に支援するとともに、ヘイトスピーチを続ける差別扇動者・団体と断固として闘う決意をここに明らかにする。
こうした中で、一貫してヘイトスピーチを非難し、追及する記事を書いてきた神奈川新聞の石橋学記者に対し、スラップ(恫喝)訴訟が2019年に起こされている。訴訟の主は佐久間吾一氏。ヘイトスピーチを繰り返してきた「在日特権を許さない会(在特会)」を母体に生まれた「日本第一党」とつながりのある人物だ。佐久間氏の演説内容を「悪質なデマ」と報じた神奈川新聞の記事に対し、名誉を棄損されたとして記者を訴えたのだ。
これまで在日コリアンへの悪意に満ちた誹謗中傷と敵視を繰り返してきた団体が、ヘイトスピーチを続ける。その実態を暴いた石橋記者への脅しである。訴訟は新聞社ではなく個人に140万円の損害賠償を求める不当なものだ。
石橋記者はこの訴訟について「差別は人間の尊厳を踏みにじる。標的にされているマイノリティーの絶望は計り知れない。プロであるはずの私たちは事実を集めて報道し、矢面に立つべきだ」と訴えている。
佐久間氏はさらに、自身を批判した石橋記者の別の記事で名誉を毀損されたとして、屋上屋を重ねるように140万円の損害賠償を求める訴訟を昨年末に新たに起こした。
スラップ訴訟はアメリカにおいて言論の自由に圧力をかける民事訴訟として生まれた。狙いは立場の弱い個人に的を絞り、訴訟で圧力をかけ、言論を封殺することにある。近年、日本においてもジャーナリストや市民団体などを相手取り、意見や批判を封じ込めることを目的として起こされ、問題となっている。
裁判に持ち込んだ時点で被告に苦痛を与えることができ、勝ち負けにこだわらず妨害目的が達成できるという狡猾なやり方でもある。スラップ訴訟は一人の記者へだけでなく、メディア全体への攻撃である。
日本ジャーナリスト会議は、スラップ訴訟にひるむことなく健筆をふるう石橋記者を全面的に支援するとともに、ヘイトスピーチを続ける差別扇動者・団体と断固として闘う決意をここに明らかにする。
2021年02月15日
「移動の自由を侵害」 安田純平さん 旅券発給求め裁判闘争=高橋弘司
内戦渦中のシリアで取材中に拘束され、3年4カ月後に釈放されたフリージャーナリストの安田純平さん(46)は帰国後、外務省に旅券(パスポート)発給を申請したものの、拒否されたままの状態が続いている。安田さんはこの処分を「憲法違反」として国を相手取り、発給拒否処分の取り消しと新たな旅券発給などを求めて提訴、法廷闘争を続けている。
裁判長期化は必至の情勢で、安田さんと代理人の岩井信弁護士が昨年12月20日、海外取材に携わるジャーナリストや研究者らを前に、「日本人が海外紛争地の実態を知れない結果となり、このままでは日本の民主主義が危うくなる」などと訴え、憲法が保証する「移動の自由」を訴え徹底抗戦する考えを明らかにした。
この催しは、民間団体「危険地報道を考えるジャーナリストの会」が新型コロナウイルス感染拡大の中、通信アプリ「Zoom」を介したオンライン勉強会の形で企画。海外紛争地取材を続けるフリージャーナリストや毎日新聞、朝日新聞、共同通信などで海外報道に携わる記者、大学教員、NGO関係者ら20数人が参加した。
2018年10月に釈放されて約2年2か月が経ち、安田さんからは帰国直後のややトゲトゲしい雰囲気は消えていた。旅券を奪われた今、東京都内に住み、執筆活動や講演の傍ら、法廷闘争の準備をする日々という。海外を主戦場にした本来のジャーナリスト活動を「阻止」され、その言葉からは強い怒りやいらだちが垣間見えた。
東京地裁で続く裁判は原告の安田さん側と被告の国側双方が準備書面を提出した段階だ。岩井弁護士は、国側が処分の根拠について、旅券法13条1項1号(「渡航先に施行されている法津によりその国に入ることを認められない者」に旅券発給を拒否できるとの規定)に基づき、安田さんがトルコ政府から退去強制に伴う入国禁止措置を受けた点を挙げていると指摘したうえで、「安田さん自身はこの退去強制通知を見た記憶がなく、入国禁止措置は安田さんが旅券申請した2020年1月の後になって、日本政府の要請でトルコ政府側から発給された可能性がある」と主張した。
つまりは法律に基づいて発行されたものではなく、この条文とそれに基づいて出された処分は憲法22条が定めた「移動の自由」を侵害すると主張した。
旅券法13条1項1号が制定された1951年当時、旅券は特定の国に1回限りで行けるだけのものだった。だが、海外旅行が大衆化し、1つの旅券で世界中の国に何回でも渡航できるようになった現代では過去の遺物ともいえる。岩井弁護士は、仮にトルコから入国禁止措置が出されたとしても、他の大多数の国への渡航機会を事実上奪う旅券自体の発給拒否の処分は「グローバル時代」にそぐわず、個人の自己決定権などを定めた憲法13条にも違反すると力説した。
安田さんに対しては今も、SNSなどを中心に「迷惑をかけた人間だから旅券発給拒否は当然」「身代金を払うようなことをする人間を海外に出すな」などの誹謗中傷が絶えないという。これに対し、安田さんは「身代金支払いは全くの事実無根」と怒り、「多くの国民に海外の紛争地取材の必要性が理解されていない」と訴えた。
質疑で、参加者から日本学術会議の任命拒否問題との類似点を問われ、岩井弁護士は直接の言及は避けながらも、「旅券発給拒否の問題は安田さんへの個別的、意図的なもので、政府の憎しみに近いような強烈な措置といえる」と明かした。安田さんは、コロナ禍で日本人が多数の国から入国禁止措置を受けている現状を踏まえ、旅券法13条1項1号が「日本人全員に該当してしまう」とこの条文の矛盾を突き、条文自体がもはや時代遅れとなっている点を強調した。
コロナ禍で世界が大きな転換点を迎える今、安田さんへの旅券発給拒否問題は実は、日本国民の誰もが標的になりうる深刻な問題をはらむのだと、改めて認識を新たにした。
高橋弘司(横浜国立大学准教授、元毎日新聞カイロ支局長)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年1月25日号
裁判長期化は必至の情勢で、安田さんと代理人の岩井信弁護士が昨年12月20日、海外取材に携わるジャーナリストや研究者らを前に、「日本人が海外紛争地の実態を知れない結果となり、このままでは日本の民主主義が危うくなる」などと訴え、憲法が保証する「移動の自由」を訴え徹底抗戦する考えを明らかにした。
この催しは、民間団体「危険地報道を考えるジャーナリストの会」が新型コロナウイルス感染拡大の中、通信アプリ「Zoom」を介したオンライン勉強会の形で企画。海外紛争地取材を続けるフリージャーナリストや毎日新聞、朝日新聞、共同通信などで海外報道に携わる記者、大学教員、NGO関係者ら20数人が参加した。
2018年10月に釈放されて約2年2か月が経ち、安田さんからは帰国直後のややトゲトゲしい雰囲気は消えていた。旅券を奪われた今、東京都内に住み、執筆活動や講演の傍ら、法廷闘争の準備をする日々という。海外を主戦場にした本来のジャーナリスト活動を「阻止」され、その言葉からは強い怒りやいらだちが垣間見えた。
東京地裁で続く裁判は原告の安田さん側と被告の国側双方が準備書面を提出した段階だ。岩井弁護士は、国側が処分の根拠について、旅券法13条1項1号(「渡航先に施行されている法津によりその国に入ることを認められない者」に旅券発給を拒否できるとの規定)に基づき、安田さんがトルコ政府から退去強制に伴う入国禁止措置を受けた点を挙げていると指摘したうえで、「安田さん自身はこの退去強制通知を見た記憶がなく、入国禁止措置は安田さんが旅券申請した2020年1月の後になって、日本政府の要請でトルコ政府側から発給された可能性がある」と主張した。
つまりは法律に基づいて発行されたものではなく、この条文とそれに基づいて出された処分は憲法22条が定めた「移動の自由」を侵害すると主張した。
旅券法13条1項1号が制定された1951年当時、旅券は特定の国に1回限りで行けるだけのものだった。だが、海外旅行が大衆化し、1つの旅券で世界中の国に何回でも渡航できるようになった現代では過去の遺物ともいえる。岩井弁護士は、仮にトルコから入国禁止措置が出されたとしても、他の大多数の国への渡航機会を事実上奪う旅券自体の発給拒否の処分は「グローバル時代」にそぐわず、個人の自己決定権などを定めた憲法13条にも違反すると力説した。
安田さんに対しては今も、SNSなどを中心に「迷惑をかけた人間だから旅券発給拒否は当然」「身代金を払うようなことをする人間を海外に出すな」などの誹謗中傷が絶えないという。これに対し、安田さんは「身代金支払いは全くの事実無根」と怒り、「多くの国民に海外の紛争地取材の必要性が理解されていない」と訴えた。
質疑で、参加者から日本学術会議の任命拒否問題との類似点を問われ、岩井弁護士は直接の言及は避けながらも、「旅券発給拒否の問題は安田さんへの個別的、意図的なもので、政府の憎しみに近いような強烈な措置といえる」と明かした。安田さんは、コロナ禍で日本人が多数の国から入国禁止措置を受けている現状を踏まえ、旅券法13条1項1号が「日本人全員に該当してしまう」とこの条文の矛盾を突き、条文自体がもはや時代遅れとなっている点を強調した。
コロナ禍で世界が大きな転換点を迎える今、安田さんへの旅券発給拒否問題は実は、日本国民の誰もが標的になりうる深刻な問題をはらむのだと、改めて認識を新たにした。
高橋弘司(横浜国立大学准教授、元毎日新聞カイロ支局長)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年1月25日号
2021年01月29日
醜態さらした安部前首相 「記事捏造が確定」とFBに投稿 デマ発信し謝罪せず=山田寿彦
安倍晋三前首相が醜態をさらした。元朝日新聞記者、植村隆氏が櫻井よしこ氏らを名誉棄損で訴えた裁判(植村裁判)で原告敗訴とした最高裁決定を一知曲解し、「朝日新聞と植村記者の捏造が確定した」と事実無根の投稿を自身のFBで拡散。抗議を受けると一転、削除に追い込まれた。謝罪の言葉は確認されていない。
安倍氏の投稿は11月20日午前10時8分付。「元朝日新聞記者の敗訴確定 最高裁 慰安婦記事巡り」の見出しが付いた産経新聞電子版の記事を引用し、「植村記者と朝日新聞の捏造が事実として確定したという事ですね」とコメントした。
安倍氏のフォロワーは約60万5000人おり、賛否の反応が相次いだ。「はい、最高裁判所までもが植村氏と朝日新聞の捏造を事実だと認定しました」と支持する声の一方で、「デマを飛ばすのはやめましょう。最高裁判決(実際は札幌地裁、同高裁判決)は『植村氏の記事が事実と異なると櫻井氏が信じる相当の理由があった』としているのであって、『捏造が事実として確定』などしていません」と的確に反論する投稿が交錯し、炎上状態となった。
反論した投稿子が指摘した通り、確定判決が植村氏の記事を「捏造」と認定した事実はない。櫻井氏らの言説は植村氏の名誉を棄損し、社会的評価を低下させた事実を認定。ただし、「植村氏があえて事実と異なる記事を執筆したと信じたのには相当の理由がある」との理由により、法的な賠償責任を免じたに過ぎない。櫻井氏ら被告側は、植村氏が記事を捏造した事実の裏付けとなる証拠を全く示せなかった、というのが裁判の実像だ。
安倍氏の投稿を受けて植村弁護団の神原元、小野寺信勝の両弁護士は連名で安倍氏に対し、「本件投稿は名誉棄損として民法上不法行為と評価される」との抗議文を送付。投稿の削除を求めた。
これに呼応したのか、抗議文の送達後、投稿は削除されたが、一国の首相を務めた人物が事実確認を怠り、デマを発信した事実は消えない。
皮肉なことに、「桜を見る会」の前夜祭をめぐる安倍首相(当時)の国会答弁が事実と異なっていたことが東京地検特捜部の捜査で発覚した。今度は自身が「捏造総理」の批判に向き合うことになる。
植村裁判 旧日本軍慰安婦として戦時性暴力を受けた朝鮮人女性の生存を伝えた1991年の朝日新聞記事をめぐり、ジャーナリストの櫻井よしこ氏らが「記事は捏造」と批判。執筆した元朝日新聞記者の植村隆氏は、自身に「捏造記者」の汚名を着せた櫻井氏や学者、出版社を相手に名誉棄損による損害賠償を求め、札幌と東京で提訴した。札幌訴訟は11月18日、最高裁で原告敗訴が確定した。
山田寿彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年12月25日号
安倍氏の投稿は11月20日午前10時8分付。「元朝日新聞記者の敗訴確定 最高裁 慰安婦記事巡り」の見出しが付いた産経新聞電子版の記事を引用し、「植村記者と朝日新聞の捏造が事実として確定したという事ですね」とコメントした。
安倍氏のフォロワーは約60万5000人おり、賛否の反応が相次いだ。「はい、最高裁判所までもが植村氏と朝日新聞の捏造を事実だと認定しました」と支持する声の一方で、「デマを飛ばすのはやめましょう。最高裁判決(実際は札幌地裁、同高裁判決)は『植村氏の記事が事実と異なると櫻井氏が信じる相当の理由があった』としているのであって、『捏造が事実として確定』などしていません」と的確に反論する投稿が交錯し、炎上状態となった。
反論した投稿子が指摘した通り、確定判決が植村氏の記事を「捏造」と認定した事実はない。櫻井氏らの言説は植村氏の名誉を棄損し、社会的評価を低下させた事実を認定。ただし、「植村氏があえて事実と異なる記事を執筆したと信じたのには相当の理由がある」との理由により、法的な賠償責任を免じたに過ぎない。櫻井氏ら被告側は、植村氏が記事を捏造した事実の裏付けとなる証拠を全く示せなかった、というのが裁判の実像だ。
安倍氏の投稿を受けて植村弁護団の神原元、小野寺信勝の両弁護士は連名で安倍氏に対し、「本件投稿は名誉棄損として民法上不法行為と評価される」との抗議文を送付。投稿の削除を求めた。
これに呼応したのか、抗議文の送達後、投稿は削除されたが、一国の首相を務めた人物が事実確認を怠り、デマを発信した事実は消えない。
皮肉なことに、「桜を見る会」の前夜祭をめぐる安倍首相(当時)の国会答弁が事実と異なっていたことが東京地検特捜部の捜査で発覚した。今度は自身が「捏造総理」の批判に向き合うことになる。
植村裁判 旧日本軍慰安婦として戦時性暴力を受けた朝鮮人女性の生存を伝えた1991年の朝日新聞記事をめぐり、ジャーナリストの櫻井よしこ氏らが「記事は捏造」と批判。執筆した元朝日新聞記者の植村隆氏は、自身に「捏造記者」の汚名を着せた櫻井氏や学者、出版社を相手に名誉棄損による損害賠償を求め、札幌と東京で提訴した。札幌訴訟は11月18日、最高裁で原告敗訴が確定した。
山田寿彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年12月25日号
2020年09月25日
【裁判】 ビキニ被曝の高知漁船員 「労災」求め闘い続く 世界の核被災者との連携みすえ=石塚直人
労災訴訟を起こした原告と弁護団=3月30日、高知地裁
1954年、太平洋ビキニ環礁で行われた米国の水爆実験で被曝した高知県の元マグロ漁船員や家族らが全国健康保険協会(東京)と国を相手取り、労災認定に当たる船員保険の適用を不認定とした処分の取り消しと損失補償を求めた「ビキニ労災訴訟」の第1回口頭弁論が7月31日、高知地裁で開かれた。
この日は原告2人が意見陳述、被告側は裁判の分離や東京地裁への移送を求めた。3年半にわたる国家賠償請求訴訟に続く闘いは、世界の核被災者との連帯を見据えている。
政治決着で闇に
第五福竜丸の被災が問題化した後、港で放射能マグロを廃棄した漁船は、この年12月までに延べ992隻(うち高知県は270隻)。月別の内訳では実験が終わった夏以降に急増し、海域は日本近海からオーストラリア北東に及ぶ。
「海がパーッと光って、灰が降ってきた」などの目撃者も含め、誰もが汚染されたスコールを浴び、獲れた魚を食べていた。海水中の「死の灰」が食物連鎖で魚に蓄積され、内部被曝の危険性が高まる中、漁船員らは自身の検査結果も知らされず何度も出漁した。
日本政府は米国の意向を受けて同年12月末、全ての調査を打ち切り、翌55年1月、見舞金7億2千万円と引き換えに「今後、米国の責任を問わない」で政治決着した。今に続く対米従属外交の〈原点〉と言える。
一方で、官民挙げて原子力の「平和利用」キャンペーンが行われ、同年11月から全国10か所で開かれた博覧会には約300万人が訪れた。第五福竜丸以外の被曝はもみ消され、漁船員らは風評被害を恐れて沈黙した。
35年前 高校生ら発掘
広島、長崎に続く第3の悲劇に光を当てたのが高知県西部で活動する「幡多高校生ゼミナール」の生徒とゼミ顧問だった山下正寿さん(75)ら。長崎とビキニでの二重被ばくを苦に自殺した宿毛市の青年の話を端緒に、1985年から元漁船員らの聞き取りを続け、本や映画でも紹介された。
「8人のうち5人ががんや脳腫瘍で死んだ」「10年ほど前から肝臓障害や手足のしびれがひどい」。後年になって発症する晩発性障害が目立った。山下さんらは翌86年、元漁船員の健康調査を始めるとともに、マーシャル諸島の被曝者を訪ねて調査。以来、全国各地に対象を広げたが、被災の全容解明は「資料がない」とする国に阻まれてきた。
メディアが局面打開
局面を打開したのがメディアだ。2004年から山下さんに密着取材した南海放送(愛媛)が「NNNドキュメント」で相次ぎ放映。12年の映画「放射線を浴びたX年後」も多くの賞に輝いた。NHK広島放送局も14年、NHKスペシャル「水爆実験 60年目の真実」で元船員の歯や血液の新たな分析結果を報道、被災当時の詳細な秘密文書を米国で発掘した。米元高官は「核開発競争に邪魔なものはすべて隠した」と証言した。
高知の元漁船員らが国賠訴訟に踏み切ったのは16年。一審・高知地裁、二審・高松高裁は請求を棄却したものの、被曝自体は認めた。日弁連も7月21日、国に補償などを求める意見書を公表、続いて広島地裁が「黒い雨」訴訟で原告全面勝訴の判決を出した。
国連で核兵器禁止条約が採択された17年以降、山下さんらは世界の核被災を紹介するDVD(日・英・露語など)を作成、漁船員の英訳つき証言写真集を各国の大使館に送った。仏国営放送制作の映画「我が友・原子力〜放射能の世紀」(渡辺謙一監督)も今年10月、高知・黒潮町から全国上映される。
問い合わせは、太平洋核被災支援センター(宿毛市)へ。
石塚直人(元読売新聞記者)
ビキニ水爆実験
1954年3月1日から5月まで計5回。3月16日に静岡・焼津に戻った第五福竜丸の悲劇が大きく報じられ、原水爆禁止運動の引き金となった。マーシャル諸島海域全体での米国の核実験は、46年から58年まで計66回。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年8月25日号
1954年、太平洋ビキニ環礁で行われた米国の水爆実験で被曝した高知県の元マグロ漁船員や家族らが全国健康保険協会(東京)と国を相手取り、労災認定に当たる船員保険の適用を不認定とした処分の取り消しと損失補償を求めた「ビキニ労災訴訟」の第1回口頭弁論が7月31日、高知地裁で開かれた。
この日は原告2人が意見陳述、被告側は裁判の分離や東京地裁への移送を求めた。3年半にわたる国家賠償請求訴訟に続く闘いは、世界の核被災者との連帯を見据えている。
政治決着で闇に
第五福竜丸の被災が問題化した後、港で放射能マグロを廃棄した漁船は、この年12月までに延べ992隻(うち高知県は270隻)。月別の内訳では実験が終わった夏以降に急増し、海域は日本近海からオーストラリア北東に及ぶ。
「海がパーッと光って、灰が降ってきた」などの目撃者も含め、誰もが汚染されたスコールを浴び、獲れた魚を食べていた。海水中の「死の灰」が食物連鎖で魚に蓄積され、内部被曝の危険性が高まる中、漁船員らは自身の検査結果も知らされず何度も出漁した。
日本政府は米国の意向を受けて同年12月末、全ての調査を打ち切り、翌55年1月、見舞金7億2千万円と引き換えに「今後、米国の責任を問わない」で政治決着した。今に続く対米従属外交の〈原点〉と言える。
一方で、官民挙げて原子力の「平和利用」キャンペーンが行われ、同年11月から全国10か所で開かれた博覧会には約300万人が訪れた。第五福竜丸以外の被曝はもみ消され、漁船員らは風評被害を恐れて沈黙した。
35年前 高校生ら発掘
広島、長崎に続く第3の悲劇に光を当てたのが高知県西部で活動する「幡多高校生ゼミナール」の生徒とゼミ顧問だった山下正寿さん(75)ら。長崎とビキニでの二重被ばくを苦に自殺した宿毛市の青年の話を端緒に、1985年から元漁船員らの聞き取りを続け、本や映画でも紹介された。
「8人のうち5人ががんや脳腫瘍で死んだ」「10年ほど前から肝臓障害や手足のしびれがひどい」。後年になって発症する晩発性障害が目立った。山下さんらは翌86年、元漁船員の健康調査を始めるとともに、マーシャル諸島の被曝者を訪ねて調査。以来、全国各地に対象を広げたが、被災の全容解明は「資料がない」とする国に阻まれてきた。
メディアが局面打開
局面を打開したのがメディアだ。2004年から山下さんに密着取材した南海放送(愛媛)が「NNNドキュメント」で相次ぎ放映。12年の映画「放射線を浴びたX年後」も多くの賞に輝いた。NHK広島放送局も14年、NHKスペシャル「水爆実験 60年目の真実」で元船員の歯や血液の新たな分析結果を報道、被災当時の詳細な秘密文書を米国で発掘した。米元高官は「核開発競争に邪魔なものはすべて隠した」と証言した。
高知の元漁船員らが国賠訴訟に踏み切ったのは16年。一審・高知地裁、二審・高松高裁は請求を棄却したものの、被曝自体は認めた。日弁連も7月21日、国に補償などを求める意見書を公表、続いて広島地裁が「黒い雨」訴訟で原告全面勝訴の判決を出した。
国連で核兵器禁止条約が採択された17年以降、山下さんらは世界の核被災を紹介するDVD(日・英・露語など)を作成、漁船員の英訳つき証言写真集を各国の大使館に送った。仏国営放送制作の映画「我が友・原子力〜放射能の世紀」(渡辺謙一監督)も今年10月、高知・黒潮町から全国上映される。
問い合わせは、太平洋核被災支援センター(宿毛市)へ。
石塚直人(元読売新聞記者)
ビキニ水爆実験
1954年3月1日から5月まで計5回。3月16日に静岡・焼津に戻った第五福竜丸の悲劇が大きく報じられ、原水爆禁止運動の引き金となった。マーシャル諸島海域全体での米国の核実験は、46年から58年まで計66回。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年8月25日号
2020年09月23日
【裁判】 黒い雨集団訴訟 広島地裁「原告全員を被爆者に」 国は控訴 核兵器廃絶に背向ける=難波健治
核による人類滅亡までの時間を示す「終末時計」は「残り100秒」と過去最悪、コロナ禍も収束どころか、世界中で増え続けている。今年の8・6ヒロシマ式典は、これまで経験したことのない自粛ムード下での開催となった。だがそれは、ヒロシマが直面する課題の行方を占う注目の式典でもあった。
式典の8日前、広島地裁は「黒い雨」集団訴訟で原告84人全員を被爆者として認めるよう求める画期的な判断を示した。
迫る核禁条約発効
また、この日を待っていたように3カ国が核兵器禁止条約を批准した。その後、9日に1カ国増え、条約が発効する基準となる50カ国まで残り6カ国となった。
被爆75年の節目に日本政府がどのような姿勢を示すのか。核保有国に同調し条約に背を向ける姿勢を改めて欲しい。だが、市民の期待は見事に裏切られた。安倍首相は式典のあいさつで核兵器禁止条約には一切ふれず、「立場の異なる国々の橋渡しにつとめる」と、いつもの言葉を繰り返し、核保有大国の「お先棒担ぎ」の姿勢にしがみついたままだった。
控訴断念に答えず
式典後の懇談会で被爆者団体代表は、黒い雨援護対象区域拡大や広島地裁判決への控訴断念を口々に求めた。だが、安倍首相は答えようとせず、会を40分で閉じた。6日後の12日、国は広島県、広島市を説得し、地裁判決を不服として、広島高裁に控訴した。
「人類が滅びるとしたら、核兵器か地球温暖化(気候危機)、感染症パンデミックのどれかによるだろう」。世界へ反核の旅を続けてきた89歳の被爆者の言葉である。
この3つが地球に重く垂れこめるこの夏、唯一の戦争被爆国のトップは、危機打開の道を何ら示すことなく黙ったままだ。
3つの危機は人類の活動が招いた災禍だが、核は政治の決断で廃絶が可能なものだ。
判決前 報道は健闘
ジャーナリズムの「2極化」の中、この夏もいくつかのメディアは核兵器廃絶に向けた報道に力を尽くした。「黒い雨」判決を前にした毎日、朝日などのキャンペーンは、この報道が7月29日の広島地裁判決を引き出したのではないか、と思わせるほどの迫力があった。8月2日付毎日新聞の「長期不明のままだった草創期の広島被団協資料500点確認」は、被爆者運動の原点を明らかにし、その意義を明確にしたものとして特筆される。放送の分野でも、若い人たちの視点を生かした力作が目についた。
難波健治(広島支部)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年8月25日号
式典の8日前、広島地裁は「黒い雨」集団訴訟で原告84人全員を被爆者として認めるよう求める画期的な判断を示した。
迫る核禁条約発効
また、この日を待っていたように3カ国が核兵器禁止条約を批准した。その後、9日に1カ国増え、条約が発効する基準となる50カ国まで残り6カ国となった。
被爆75年の節目に日本政府がどのような姿勢を示すのか。核保有国に同調し条約に背を向ける姿勢を改めて欲しい。だが、市民の期待は見事に裏切られた。安倍首相は式典のあいさつで核兵器禁止条約には一切ふれず、「立場の異なる国々の橋渡しにつとめる」と、いつもの言葉を繰り返し、核保有大国の「お先棒担ぎ」の姿勢にしがみついたままだった。
控訴断念に答えず
式典後の懇談会で被爆者団体代表は、黒い雨援護対象区域拡大や広島地裁判決への控訴断念を口々に求めた。だが、安倍首相は答えようとせず、会を40分で閉じた。6日後の12日、国は広島県、広島市を説得し、地裁判決を不服として、広島高裁に控訴した。
「人類が滅びるとしたら、核兵器か地球温暖化(気候危機)、感染症パンデミックのどれかによるだろう」。世界へ反核の旅を続けてきた89歳の被爆者の言葉である。
この3つが地球に重く垂れこめるこの夏、唯一の戦争被爆国のトップは、危機打開の道を何ら示すことなく黙ったままだ。
3つの危機は人類の活動が招いた災禍だが、核は政治の決断で廃絶が可能なものだ。
判決前 報道は健闘
ジャーナリズムの「2極化」の中、この夏もいくつかのメディアは核兵器廃絶に向けた報道に力を尽くした。「黒い雨」判決を前にした毎日、朝日などのキャンペーンは、この報道が7月29日の広島地裁判決を引き出したのではないか、と思わせるほどの迫力があった。8月2日付毎日新聞の「長期不明のままだった草創期の広島被団協資料500点確認」は、被爆者運動の原点を明らかにし、その意義を明確にしたものとして特筆される。放送の分野でも、若い人たちの視点を生かした力作が目についた。
難波健治(広島支部)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年8月25日号
2020年09月03日
【東海支部通信】 河村名古屋市長に8億円返還求める住民訴訟 11月5日に判決=加藤 剛
名古屋市の河村たかし市長はこのところコロナ警戒で「多忙」の日々ですが、一方では市長本人が被告となる民事訴訟を3つも抱えて司法面でもその動向が注目されています。
市長が被告の3訴訟とは@市民グループが原告の8億円住民訴訟、Aオンブズマン提訴の情報公開訴訟、B大村愛知県知事提訴のトリエンナーレ分担金訴訟です。そのうちの一つ「違法な支出8億円余の返還を求める」住民訴訟が8月6日名古屋地方裁判所で結審となり、11月5日に判決が言い渡される運びとなりました。
名古屋市の河村市長は戦災復興の象徴である名古屋城(写真=大阪城や熊本城と同様の燃えない鉄筋コンクリート造り)を壊して、空襲で燃える前の木造の城に作り替える「木造復元」(工事費500億円余)を目指し、まず基本設計費(段ボール50箱に詰まった設計図書の代金)として8億円余を工務店に支払いました。これに対し「戦災復興の象徴である名古屋城を壊すな! 耐震補強して文化財登録をめざす会」(代表=北区在住の森晃氏)の市民らが立ち上がり、8億円余の支払いに待ったをかけたのです。
市民グループは「基本設計・段ボール50箱分の中身は市民に公開されておらず(城の設計図などは公開を求めても黒塗り秘蜜)、しぶしぶ公開された目録には有るべきものが無い(合法建築の許可を得るために準備することになっている関係資料の項目がない) ―― など「不完全」「未完成」であると指摘し、未完成の箱詰め書類に市民の金8億円余を支出するのは違法(地方自治法違反)である」と主張、河村市長ら関係職員に対し「8億円余を市へ返せ。木造‛復元’事業を停止せよ」と請求する住民訴訟を起こしました。被告側は「却下」を主張。
この訴訟は一見8億円余の支出の是非を争う「お金の裁判」に見えますが、一皮むけば戦災復興の象徴・名古屋城の解体の是非、市長の目指す木造復元の非実現性(再三の計画延期、絵にかいた餅=火災に弱く人命救助に難点のある違法建築の可能性大)にもつながり、場合によっては河村市長だけでなく、予算を認めた市議会の責任も問われる大きな問題に発展する可能性があります。
加藤 剛
2020年04月18日
植村訴訟は最高裁へ 「言論の場」も主戦場に=編集部
元従軍慰安婦の女性が韓国で初めて名乗り出た1991年の2本の記事で、不当な「捏造記者」攻撃に晒された元朝日新聞記者植村隆さんの名誉回復の闘いは、今年2月(札幌)、3月(東京)の両控訴審での高裁不当判決を受け、新たなステージで闘いが再スタートした。
札幌(被告櫻井よしこら)、東京(被告西岡力ら)両控訴審判決の真実相当性認定の不当は、機関紙ジャーナリスト紙面や両判決に対するJCJの声明で明らかにした通りだ。
両高裁は、櫻井、西岡両氏を「免責」するため、一審で明らかになった櫻井、西岡両氏こそが「捏造者」だった事実に目をつぶり、控訴審では新証拠(1991年11月の弁護団聴き取り調査への金学順さんの「証言テープ」)の内容をも否定。
植村さんが「金学順さんの記事を、読者に事実を伝えるために書いたのか、読者を騙すために事実を偽り「捏造」したのか」への判断が問われているにもかかわらず、(櫻井、西岡が)「真実でなくても、そう思い込んだことに相当の事情がある」と「真実相当性」に逃げ込み、植村「捏造記者バッシング」を免罪した。
この控訴審両判決は、最高裁の判例にも、国の「強制連行」や「慰安婦」の定義にも背反する。根本にあるのは「朝日新聞の慰安婦報道が間違っていたのだから、記事を『捏造』呼ばわりされても仕方がない」との認識だ。
つまり記事が真実かどうかなど関係ない、「歴史否認」勢力への忖度判決だったのだ。それは植村裁判を支える市民の会ブログや『慰安婦報道「捏造」の真実』(花伝社)に詳しい。
植村訴訟の舞台は最高裁に移る。そして名誉回復の闘いの主戦場は「言論の場」にも広がる。
編集部
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年3月25日号
2020年03月25日
アスベストいまも脅威 原告の訴え国に11連勝 建材メーカーとの裁判でも全面勝利 最高裁判決は今年中に=伊東良平
以前によくサラ金の過払い金訴訟についてのビジネスをして利益をあげていた法律事務所のことが伝えられていたが、サラ金訴訟が期限を迎えたり対象が少なくなったこともあってその後はB型肝炎や基地騒音なども扱っていたが、最近建設アスベストについても扱うというある法律事務所のテレビCMを見て驚いた。アスベストも損害賠償稼ぎの対象となっていることを示している。
こうした背景には建設アスベスト訴訟が勝ち進んでいて2012年の東京地裁以来、昨年の福岡高裁まで国に11連勝していることによる。国から賠償金が支払われることを見込んでいるのだろう。しかし建設アスベストは金銭保証だけではなく、命と健康に対する問題である。過去、建設現場では大量の石綿粉塵が飛び散って被害にあった。
アスベスト関連疾患の業種別割合は建設業が52.4%を占める(2017年度)。アスベストの発がんリスクは1日8時間・年250日・50年間この環境にいると1000人に1人の過剰発がんを起こすと言われ、肺がんや肺を覆う胸膜にできるがんの一種である中皮腫などのアスベスト関連疾患により多くの被害者が命を落としていて、生存している原告はわずか28%であり、速やかな解決が求められている。
また、その後や現在でも老朽化や自然災害に伴う建物の取り壊しの際に、きちんとした装備をしないなど防護せずに作業に当たり、労働者や周辺住民が飛散した石綿を吸引する事例が起こっている。石綿含有建材の解体作業では許容濃度の15倍以上の石綿繊維が浮遊しているという。ある資料によると2000年から2040年までに10万人が死亡するという研究もある。
今年2月に放送された日テレ系「NNNドキュメント」(大阪・読売テレビ制作)でも、静かな時限爆弾といわれるアスベストを取り上げた。
1995年の阪神大震災の時に崩れた建物から飛散したアスベストを吸った人が約25年間の潜伏期間を経て突然発病して、あっという間に死亡するケースや、いまだ280万棟にアスベストが含まれている可能性を指摘して、建材の老朽化によって多発する被害と迫る脅威に警鐘を鳴らした。
訴訟原告の連勝で国の責任は確定的になってきたし、並行して行われている建材メーカーに対する裁判でも昨年の福岡高裁や2018年の大阪高裁など6つで全面勝利となり賠償が命じられた。
今年はいよいよ最高裁の判決が予想されていて裁判は最終局面に入るが、裁判だけではすべての建設アスベスト被害の救済ははかれないと、原告団や支援する人たちでつくる「建設アスベスト訴訟全国連絡会」では被害の救済が出来ない人たちに向けて「補償基金制度」の創設を求めて活動を始めた。
責任を負うべき国とメーカー、さらに安全配慮義務違反の責任を問われているゼネコン等が応分の負担をして基金を創設して被害者の救済することが求められている。提訴から12年を経てだんだんとそして確実に勝訴の範囲は広がり、次の勝負は最高裁である。
最高裁は他の判例を見ながら、世論の動きも見ているので、署名活動は有効な手段だといわれている。可能な限り支援をしたい。
伊東良平(神奈川支部)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年3月25日号