東京・調布市が自衛隊適格者名簿の作成に当たって、名簿を打ち出し、タックシールに打ち込んで自衛隊側に提供していることがわかった。自衛隊適格者名簿問題は、自治体に提供する義務はないが、各地で協力が行われており行政のあり方をめぐる問題として、その姿勢を問う声もある。
同市はこれまで、自衛隊員募集については「閲覧を認めるだけ」としていたが、今回明らかになったのは、協力姿勢を数段エスカレートさせた形だ。全国的には、マイナンバー制度下で、全国的に名簿提供の動きが一層強化されるのでは、募集をめぐる「経済的徴兵」化の傾向が一層強まるのでは、と懸念の声もある。
常に定員不足
自衛隊が統一的に適格者名簿作りを始めたのは1966年の組織募集の実施から。防衛庁の事務次官通達で市町村長に依頼したことで始まった。最初は、職員が住民票を閲覧して手がきで作成していたが、住民票データのコンピューター化が進むにつれ、防衛省側の「閲覧」から、自治体の「提供」へ進んだ。隊員募集をめぐっては、駅頭で声を掛ける「ポン引き募集」や、「暴走族の取り締まり」、「非行少年の指導」を利用した勧誘なども問題になった。
自衛隊員の定員は、発足以来充足したことはない。好景気や人手不足、少子化が拍車を掛けている側面もあろう。2022年の定員は約24万8000人に対し、実員は23万人で、充足は景気に左右される。さらに最近は、海外派遣も出てきて、生命の危険も増えており、隊員の募集、勧誘には自治体や地域の協力が不可欠だ。
地域の協力意識は
防衛省にとっての問題は,自治体に協力は求められても、自治体はそれに協力する義務はないことだ。このため民間の防衛協会、自衛隊協力会、隊友会などが、隊員募集にも協力している。
適格者名簿への反対運動も60年代から暫くは「憲法違反―徴兵制につながる」との声が強かったが、その後は「プライバシー」の侵害も問題になった。だが厳しい局面に立っているのは自衛隊だけではない。「新しい戦前」とも言われ、政府が「戦争しない国」から「戦争のできる国」「戦争する国」への既成事実を積み重ねる中、「戦争しない」という理念を大事にし、「若者を戦場に送るな」という市民の側も、その思いを家庭や地域で貫けるかどうかが問われている。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年7月25日号
2023年08月24日
2023年06月17日
【軍事】「日本壊滅」最悪シナリオ 安保政策大転換を読み解く 防衛ジャーナリスト・半田滋さん講演=山田寿彦
北海道支部は防衛ジャーナリスト(元東京新聞記者)の半田滋さんを招き、安保3文書改定と安保政策の大転換を読み解く講演会「日本が『戦争で滅ぶ国』になる!」を4月29日、札幌市で開いた。半田さんは敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有から「日本壊滅」に至る最悪のシナリオを提示し、「日本の軍事力強化は東アジアの不安定化を呼び込む」と警鐘を鳴らした=写真=。
北海道新聞労組の後援を得て市民約150人が参加した。安保3文書の最上位に位置付けられる『国家安全保障戦略』(昨年12月閣議決定)は「スタンド・オフ防衛能力等を活用した反撃能力」の保有を「侵攻抑止の鍵」として初めて明記した。
同文書は「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」を強調し、国民に対しても「安全保障政策に自発的かつ主体的に参画する」ことを求めている。しかし、敵基地攻撃を可能にする「スタンド・オフ防衛能力」(18大綱に明記)の保有目的をめぐる政府の説明は誠実さを欠いてきた。
反撃に核兵器も
「自衛隊員の安全を確保しつつ、相手の脅威圏の外から対処(するため)」との当初説明は「反撃能力」にすり替わり、専守防衛からの逸脱を既成事実化する「真っ赤な嘘」(半田さん)だった。
半田さんによると、米軍の統合防空ミサイル防衛(IAMD)に参加することにより、米国から購入する巡航ミサイル「トマホーク」を用いて敵基地攻撃を行う軍事的オプションが可能になる。
国内法の地ならしは集団的自衛権行使の要件として「存立危機事態」を規定した安保法制で行われた。米軍への攻撃を日本政府が「存立危機事態」と見なし、米軍防衛を自国防衛にすり替えて米軍の交戦国に対して軍事行動を起こすことが想定される。「集団的自衛権行使が、国際法では許されない先制攻撃に該当することがあるという矛盾をはらむことになった。反撃には核兵器も想定され、通常兵器でも原発が損傷すれば日本は壊滅的な打撃を受ける」と半田さんは指摘する。
そのようなシナリオが現実味を帯びるのが台湾有事だ。中国が「内政問題」として台湾の武力侵攻に踏み切ったとしても、日本領土への侵攻は想定しにくい。
しかし、米国が武力介入した場合は在日米軍基地への攻撃が想定され、「日本有事」に発展する可能性が高い。「存立危機事態の発令による日本の参戦」(半田さん)が中国から「先制攻撃」と見なされ、報復されるという最悪のシナリオだ。
米国は2027年までに台湾有事が起きると想定し、沖縄県の離島では「戦場化」を前提とした日米共同訓練が繰り返されている。
におう政治案件
台湾有事を念頭に置いた自衛隊の戦争準備が進む中で、安保政策の大転換を担保する装備品はトマホークなど米国製の「爆買い」により調達される。
NATO並みに対GDP比を2%とする防衛費は5年間で17兆円増の43兆円。23年度当初予算で米政府からの有償軍事援助(FMS)は過去最高だった19年の2倍を超える1兆4768億円に膨れ上がった。
米国からの兵器購入では退役が決まっている旧式の無人偵察機3機に629億円を支払うなど、不合理な契約を押し付けられている例があり、官邸主導のいかがわしい「政治案件」のにおいも漂うという。
半田さんは香田洋二・元自衛艦隊司令官の「今回の計画からは自衛隊の現場のにおいがしない。日本を守るために最も必要で有効なものを積み上げたものなのだろうか」との見解を紹介。「プロの目でもおかしいと言っている。100%同意する」と賛意を示した。
膨張する防衛費の財源に増税は避けられない。半田さんは問いかける。「私たちは重い負担を引き受ける軍事力強化を望むのか。台湾有事の戦場は日本と台湾であり、米国や中国(本土)ではない。敵基地攻撃能力を持ち、対米支援は自滅を選ぶのに等しい」
半田さんの結論は「平和は軍事力ではなく、命がけの外交によって実現する」。市民が政治に関心を持ち、政治家に外交努力の覚悟を求めることこそが戦争回避の道になることを強調した。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年5月25日号
2020年08月18日
「妥当な判断」山口県・阿武町長 イージス・アショア撤回=嶋沢裕志
唐突なイージス・アショア配備計画撤回は、もう1つの配備予定地だった山口県側に、より大きな衝撃を与えている。
山口県は安倍晋三首相まで歴代8人の総理大臣を輩出した保守王国。村岡嗣政知事はじめ全19市町の首長が自民党だ。陸上自衛隊むつみ演習場(萩市・阿武町)を巡っては、大物議員らの工作も奏功。「秋田のようなミスはない」と受け入れムードに傾いていた。
例外が阿武町だった。
「奇跡です。信じられません」。6月15日夕、阿武町の知人から、花田憲彦町長と職員が役場でNHKニュースを見入る映像が送られてきた。
本紙がイージス・アショア配備に真っ先に反対した花田町長インタビューを掲載したのが昨年9月号。「私も自民党員だし、ミサイル防衛のあり方に反対する訳ではないが、町が進めてきた移住施策、『選ばれる町づくり』という地方創生施策と相容れない」と語った。
とはいえ北朝鮮の弾道ミサイルの進化も知悉(ちしつ)している。「最初からむつみありき」で来る防衛省側の不誠実、緊張感の欠如に新屋演習場と同じ臭いを嗅いでいた。
6月19日、河野防衛相が謝罪・説明のため山口県庁を訪れた際、そんな温度差が露呈した。「住民にしっかり経緯を説明してほしい」。怒気を帯びた村岡知事、藤道健二萩市長らの語気に比べ、花田町長は「賢明な選択」の一言だった。
ブースター云々の背後に潜む新防衛網の解読は、我々に託された大きな宿題だろう。
嶋沢裕志
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年7月25日号
2020年08月11日
イージス・アショア配備撤回 「民意」避け「技術」理由に 防衛相 政治混迷を危惧か=松川敦志
陸上自衛隊新屋演習場への配備を見直すのは時間の問題だろうと思っていた。だが、イージス・アショアの配備計画自体を断念するというのは、正直言って想定の範囲を超えていた。
河野太郎防衛相独自の政治的な決断であるのは確かだが、経緯はわかりにくい。
「行革魂」関係も
ことし1月に米ハワイのイージス・アショア実験施設を視察した際、河野氏は「なるべく早く整備したい」と述べ、配備に前のめりな姿勢をにじませている。
一方、5月6日付の読売新聞が「政府が新屋配備を断念する方向で検討に入り、県内を軸に配備候補地を再選定する方針」と報じ、NHKなど各社が追随した際には、自身のツイッターに「フェイクニュース」と投稿。各報道を非難した。
この投稿に込めた意味が後の撤回表明につながるものだったとすれば、1月のハワイ視察から5月のフェイク発言までの間に、大きな変化が生じたことになる。
注目しておきたい報道がある。会員制の月間総合情報誌「選択」が6月1日発行の6月号に載せた「難航する陸上イージス計画 河野防衛相が『白紙』を検討」という記事だ。「計画を白紙にした場合の影響を調べ始めた模様だ」という内容で、この段階で同様の報道は皆無。全国紙にも先んじた紛れもない特ダネである。
この情報を入手した時期について秋田魁新報が編集部に問い合わせたところ、「5月19日の時点で情報を得ていた」との回答が得られた。さらに、5月号に掲載していた「河野防衛相の『行革魂』が再燃」という記事が一連の経緯の伏線だという示唆もあった。コストカッターで鳴らす河野氏が、防衛省内の「無駄削減」に乗り出し、自衛隊内に反発する声があると伝えるものだった。
知事選も考慮か
こうした経緯や、われわれの取材を踏まえた私の推論は次のようなものだ。
昨年9月に防衛相に就任した河野氏は当初、規定方針通り配備を進める考えだった。そして、秋田に関しては新屋演習場への配備を取りやめ、県内の他地区を新たな配備候補地とする方針が防衛省内で固まった。
しかし、秋田では2021年4月に知事選が予定され、このままいけばイージス・アショア問題が大きな争点となることが明らかだった。そして、その場合は昨年7月の参院選同様、配備反対を訴える候補の優勢が予想され、配備計画が長い混迷に入るというシナリオが十分に考えられた。
そうした現状分析に、「行革魂」が加わり、計画そのものを撤回するという案が河野氏の中で膨らんでいった。
経緯はなお不明
ただ、地元住民の反対を理由に計画を断念すれば、政府にとっては政策遂行の是非を考える際に民意を大きな判断材料にするという「悪しき先例」をつくることになる。そこで持ち出されたのが、上昇推進装置「ブースター」の落下位置を完全には制御できないという、技術的な問題だった――。
いずれにせよ、イージス・アショア問題は導入の経緯からして不明な点が多い。配備問題を巡る混迷を2年半余り追ってきたわれわれは、これからも息長く取材を続けていく考えでいる。
松川敦志(秋田魁新報・社会地域報道部長)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年7月25日号