物価高に関するニュースが連日、メディアを賑わせている。帝国データバンクの食品主要105社に対する調査によると、食料品の値上げは10月に今年最多の6000品目超が予定されており、すでに実施されたものも含めると今年2万品目に迫る勢いになっている。メディアが騒ぐのも無理はない。ただ、単に不安を煽るだけなら報道の役割を果たしているとは言えない。日本の消費者物価指数(CPI)の上昇率は前年比でまだ2%を超えた程度で、9%の米国とは明らかに状況が異なる。またCPI対象品目のうち、上昇は404品目あるが、下落と横ばいが170品目あることも見逃せない。人々の不安を煽るような報道が過熱すれば、実態とかけ離れたインフレ期待が醸成され、経済に悪影響を及ぼす可能性がある。
人々が報道の影響を受けていることを窺わせる調査がある。日銀が四半期に1回実施している「生活意識に関するアンケート調査」だ。22年6月調査では、景気の判断材料として最も多かったのが「自分や家族の収入の状況から」(約43%)で、次いで多かったのが「マスコミ報道を通じて」(約35%)だった。「マスコミ報道を通じて」は20年3月調査までは20%程度、4〜5位で推移していたが、同年6月調査で突然35%に上昇。以降、直近の調査まで30%台を中心に推移している。この間に何があったのかと言えば、新型コロナウイルスの感染拡大だ。NHKの新型コロナウイルス関連の特設サイトにある「コロナ関連記事全記録」によると、20年1月に289本だったコロナ関連ニュースは4月に4442本と急増している。人々がコロナ関連ニュースの影響を受けたことは想像に難くない。
4月号の機関紙で経済報道は同じ情報をベースにしても、書き方によって人々の行動に影響を与える「フレーミング効果」があると書いた。その一因になっているのが、人々の経済に対する理解不足だ。これは新型コロナウイルスでも同様のことが言える。報道は景気の「気」を左右する。
世界的ベストセラーになった『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』は、報道に対して厳しい視点が目立つ。例えば、人々がネガティブな考え方から抜け出せないのは、悪いニュースに偏っているのが一因と指摘している。確かに良いニュースよりも悪いニュースの方が記事になりやすいのは事実だろう。それは報道を通じて社会を良くしたいという報道機関の立ち位置も影響している。
生活意識に関するアンケート調査では、物価上昇を「どちらかと言えば困ったことだ」と受け止める回答が8割超にのぼっている。現在は原材料価格の上昇と円安による「悪い物価上昇」であることも併せると、「悪いニュースに偏っている」報道が騒ぐのも当然と言える。
しかし、不安を煽るだけの報道はいらない。行動経済学によると、人は得する喜びよりも、損する悲しみの方が大きい。このため、人々は損失回避に全力をあげる。物価高のみを強調した報道が相次げば、経済の振幅をより大きくしかねない。
経済報道は取り上げる事実で正反対の記事を書くことも可能だ。例えばCPIは、昨年の100が今年102になれば前年比2%上昇だが、来年102を継続すれば前年比ゼロ%となる。102を取れば「高止まり」、ゼロ%を取れば「逆戻り」だ。だからこそ、書き方には細心の注意が必要となる。事実の選択は適切か、報道機関はいま一度、点検して欲しい。
志田義寧
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年8月25日号
2022年09月22日
2021年12月23日
揺らぐ日銀の中立性 徐々に資源配分への介入進める=志田義寧
日銀は年内に気候変動対応を支援するための資金供給オペを始める。地球温暖化への対応はもはや一刻の猶予も許されず、世界が足並みを揃えて対策を強化することに異論はない。しかし、だ。それは中央銀行がすべきことなのか。
筆者は昨年までロイター通信で記者をしており、日本語ニュースの経済政策報道を統括する立場だった。日銀キャップを務めた経験もある。その取材経験からすれば、新制度は違和感しかない。
引っ掛かるのはやはり中立性の問題だ。日銀の金融政策を決定する政策委員は選挙で選ばれたわけではない。したがって、資源配分に手を突っ込むような政策は極力避ける必要がある。黒田東彦総裁は7月に日本記者クラブで行った講演で「市場中立性に配慮し、ミクロの資源配分への具体的な関与を避けながら、金融政策面で気候変動への対応を支援する新たなアプローチだ」と強調したが、直接的な関与は避けても、関与することに変わりはない。
各紙の扱いは
これは日銀が業界や企業の生殺与奪権を握りかねない重要な問題である。各紙はこの問題をどのように扱ったのか。
反対姿勢を明確にしたのは朝日新聞と毎日新聞だ。朝日は新制度の骨子を決めた7月会合の結果を伝える記事で、日銀内にも慎重論があることを紹介。翌18日には天声人語で「議論の分かれるような個別政策は、有権者の選んだ政府が担うのがスジである」と新制度に疑問を呈した。24日の社説でも「本来は、国会での議論を経る財政や政策金融に委ねるべき任務のはずだ」と慎重な見方を繰り返している。
毎日新聞も9月22日の社説で「脱炭素に向けて産業構造の転換を促すのは本来、中央銀行ではなく政府系金融機関の役割だ」と主張した。
両紙は新制度だけでなく、黒田氏が総裁になって以降の金融政策に対しても、基本、批判的なスタンスを貫いている。
これに対して、読売新聞と日本経済新聞は比較的前向きに受け止めているようだ。読売は7月20日の社説で「特定分野に肩入れすると、中央銀行の中立性を損ない、民間の経済活動をゆがめる恐れがあることに留意せねばならない」と警鐘を鳴らしつつも「日銀は、政策の趣旨について丁寧に説明を尽くしてほしい」と要請するにとどめた。一方、日経は7月17日の社説で「中銀としての中立性に配慮しつつ、脱炭素に貢献する折衷案といえる」と一定の理解を示している。
このように新制度に対する評価は割れたが、各紙とも日銀が資源配分に介入することに懸念を示している点では一致している。当然だ。
国民の知らぬ間に
日本は何を気候変動対策に貢献する事業とみなすのか、タクソノミー(分類)に関する議論も遅れている。そうした中での導入はやはり時期尚早と言わざるを得ない。
日銀のアンケート調査によると、日銀が2%の物価目標を掲げ、金融緩和を行なっていることを知っている人は2割しかいない。残りは「見聞きしたことはあるが、よく知らない」か「見聞きしたことがない」だ。黒田氏が総裁に就任して以降、国民が知らない間にそろりと新領域に踏み出すことが多くなっており、気がかりでならない。
志田義寧
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年11月25日号
筆者は昨年までロイター通信で記者をしており、日本語ニュースの経済政策報道を統括する立場だった。日銀キャップを務めた経験もある。その取材経験からすれば、新制度は違和感しかない。
引っ掛かるのはやはり中立性の問題だ。日銀の金融政策を決定する政策委員は選挙で選ばれたわけではない。したがって、資源配分に手を突っ込むような政策は極力避ける必要がある。黒田東彦総裁は7月に日本記者クラブで行った講演で「市場中立性に配慮し、ミクロの資源配分への具体的な関与を避けながら、金融政策面で気候変動への対応を支援する新たなアプローチだ」と強調したが、直接的な関与は避けても、関与することに変わりはない。
各紙の扱いは
これは日銀が業界や企業の生殺与奪権を握りかねない重要な問題である。各紙はこの問題をどのように扱ったのか。
反対姿勢を明確にしたのは朝日新聞と毎日新聞だ。朝日は新制度の骨子を決めた7月会合の結果を伝える記事で、日銀内にも慎重論があることを紹介。翌18日には天声人語で「議論の分かれるような個別政策は、有権者の選んだ政府が担うのがスジである」と新制度に疑問を呈した。24日の社説でも「本来は、国会での議論を経る財政や政策金融に委ねるべき任務のはずだ」と慎重な見方を繰り返している。
毎日新聞も9月22日の社説で「脱炭素に向けて産業構造の転換を促すのは本来、中央銀行ではなく政府系金融機関の役割だ」と主張した。
両紙は新制度だけでなく、黒田氏が総裁になって以降の金融政策に対しても、基本、批判的なスタンスを貫いている。
これに対して、読売新聞と日本経済新聞は比較的前向きに受け止めているようだ。読売は7月20日の社説で「特定分野に肩入れすると、中央銀行の中立性を損ない、民間の経済活動をゆがめる恐れがあることに留意せねばならない」と警鐘を鳴らしつつも「日銀は、政策の趣旨について丁寧に説明を尽くしてほしい」と要請するにとどめた。一方、日経は7月17日の社説で「中銀としての中立性に配慮しつつ、脱炭素に貢献する折衷案といえる」と一定の理解を示している。
このように新制度に対する評価は割れたが、各紙とも日銀が資源配分に介入することに懸念を示している点では一致している。当然だ。
国民の知らぬ間に
日本は何を気候変動対策に貢献する事業とみなすのか、タクソノミー(分類)に関する議論も遅れている。そうした中での導入はやはり時期尚早と言わざるを得ない。
日銀のアンケート調査によると、日銀が2%の物価目標を掲げ、金融緩和を行なっていることを知っている人は2割しかいない。残りは「見聞きしたことはあるが、よく知らない」か「見聞きしたことがない」だ。黒田氏が総裁に就任して以降、国民が知らない間にそろりと新領域に踏み出すことが多くなっており、気がかりでならない。
志田義寧
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年11月25日号