2024年01月10日
【ウクライナ・ロシア戦争】ウクライナの核放棄学ぶ 埼玉・所沢「マスコミ・文化 九条の会」ディレクター・岡田亨さんに聞く=佐藤俊廣
埼玉県所沢市で憲法9条を守る運動をすすめる「マスコミ・文化 九条の会 所沢」は11月22日、憲法カフェ(第16回)を開催した。JCJ賞を受賞したNHK・Eテレの番組「市民と核兵器―ウクライナ 危機の中の対話」を視聴、制作したディレクター・岡田亨さん=写真=の話を聞いた。22人が参加。
主人公は、日本滞在経験があり、ウクライナで企業を起ち上げ、支援物資輸送のボランティアをしているボグダンさん。「核兵器を放棄したからロシアに侵略された」―ウクライナでわだかまる市民の声、彼も当初はそう考えた。しかし、教師、帰還兵、医師、農民らと対話を重ねるなかで変わっていく。決定的だったのは、核兵器を放棄したとき政権中枢にいた祖父が語った「私たちは正しい決断をした。核兵器なしで独立をまもる」。番組の終盤、1995年、ブダペスト合意で核廃棄を主導したペリー元米国防長官のインタビューが流れる。ロシアとウクライナの現実に苦悩の表情を浮かべるが…。
視聴後、岡田さんは多くの方の協力で番組は実現したと語った。なかでもボグダンさんの祖父パルホメンコさんの「核放棄は正しかった。平和な空、人間の進歩を優先すべきだ」に心を動かされてつくった、いや、つくらされたように思う。2ヶ月後に亡くなり「遺言」のように思った、と。
インタビューに応じた人びとの言葉の重みも振り返る。暴力・矛盾の最前線・戦場からの帰還兵は「もし核兵器を持っていたら、ウクライナは新しい侵略国になったかもしれない」。医師は「核兵器を持って、どこに撃つのか」。
ペリー元国防長官へのインタビュー実現の経緯も。「核なき世界」へ絶望した表情だったが、パルホメンコさんが語る映像をあらためて見て、表情が和らぎ、希望を見出したかのように話す姿に胸が熱くなったと岡田さんは語った。
番組、岡田さんの話に参加者から感想が述べられた。「ウクライナが核を放棄したことを初めて知った。戦火のなか核に真剣に向き合う姿に感銘した」「映像のもつ力を感じた」「歴史的背景が丁寧に描かれ勉強になった」「ニュースは断片的だが、1時間にまとめられ制作者の意図が伝わってきた」「核兵器禁止条約の番組もつくってほしい」。
ドキュメンタリーを見ながら制作者の話を聞く機会を、今後もつくっていきたい。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年12月25日号
2024年01月01日
【ロシア・ウクライナ戦争】ウクライナ最前線を行く 窮状支える支える市民ボランティア=ジャーナリスト・高世 仁氏リポート
偵察用ドローンをカタパルトで発射する。国産で価格は5万5千ドル(約825万円)だという。
10月、ロシア軍と対峙するウクライナの東部戦線と南部戦線をまわり、戦闘状況と住民の暮らしを取材してきた。
膠着する戦線
6月にウクライナが反転攻勢をはじめて4カ月、塹壕戦となって戦線は膠着し、東部戦線ではロシア側の圧力が強まっていた。ウクライナ兵の士気は高く、物量に勝るロシア軍の攻撃をくい止めることに自信を見せていたが、兵器・弾薬の不足を訴える声を聞いた。欧米から戦車300両以上が供与されたといっても、前線は1000キロにも及び、戦況を一新させるわけではない。私たちが取材したロケット・砲兵部隊では、制空権がいまだロシア側にあるなか、地下壕に潜みながら、見るからに使い込まれたソ連時代の火砲を主力兵器として戦っていた。分隊を率いる歴戦の軍曹は「もっと現代的な火砲と十分な弾薬、そして航空戦力があったら」と歯がゆそうにつぶやく。
ドローンが威力
そんなウクライナ軍が重視するのはドローンだ。緒戦で首都近郊まで攻め込まれたウクライナが、ロシアの機動部隊を撃破して押し返すことができたのはドローンの寄与が大きい。偵察用ドローンで敵の位置を火砲部隊に伝えたり、「カミカゼドローン」と呼ばれる自爆型ドローンで目標を破壊するなど、劣勢の航空戦力をおぎない、ゲームチェンジャーとなった。ウクライナは「東欧のシリコンバレー」と呼ばれるIT産業がさかんな国で、IT人材も多い。侵攻当初はトルコ製など外国製ドローンの輸入に頼っていたが、急速に国内生産を進めており、前線にも優秀な国産品が出回ってきている。
トーチカのように壕に入れてカモフラージュを施した122ミリ自走榴弾砲。使い込まれた砲身は熱で経年変色し煤(すす)がたまっていた。
ドローンに大きな期待をかけるのはロシアも同じで、ミサイルより圧倒的に安価な「コスパ兵器」として大量のドローンを投入している。最近はミサイルに替り、イラン製自爆ドローンを使った首都キーウをふくむ都市部やインフラへの攻撃が増え、ウクライナ側に大きな被害が出ている。両国は技術開発にしのぎを削っており、先月、ウクライナのフェドロフ副首相は2000機のAI搭載ドローンを最前線に送ることを明らかにした。ウクライナの戦場は、世界最先端のドローン・ウォーが展開される場となりつつある。
ドローン部隊を取材して驚いたのが、作戦車両として使用している自動車が民間からの寄付だったこと。ある部隊は、日本円で1億円近いドローンを民間のNGOと著名俳優の寄付金で調達していた。軍需物資が十分に前線に供給されないため、替えの軍服を自分で購入する兵士も多いという。ロシア軍との激戦がつづく前線の窮状を補い支えているのは市民ボランティアたちだった。
地下壕は砲兵が寝泊まりする生活空間でもある。122ミリ砲部隊の分隊長にインタビューする同行したジャーナリスト遠藤正雄さん(左)。
ドローンからの映像をモニターで解析し旅団司令部に送る。右はスターリンクの白いモデム。この軍用車は民間からの寄付だという。
前線まで3・5キロ 食料配る20歳
「ひとりNGO」
私たちはマックスという20歳の若者と知り合った。大学でITを学んでいたが、ロシアの侵攻直後に休学し、個人でボランティア活動をはじめたという。いわば「ひとりNGO」。この日は、南部ザポリージャ州の前線近くの村で食料品を配った。道路脇には地雷原を示すドクロマークの看板が見え、砲撃の音がひっきりなしに響く。マックスが車を停める音を聞いて村人が集まってきた。多くが高齢者だ。危険な所になぜ残っているのか。彼らの答えは、年金暮らしで避難してもお金が続かない、住み慣れた家を離れたくないなど。こうした前線近くに取り残された住民をマックスは週2回のペースで支援する。行政の手が届きにくいこれら前線の村では、市民ボランティアに暮らしの多くを頼っていた。
マックスのTiktokより。組織に属さない彼は、自分の支援活動をTiktokにアップスルナドSNSを活用して国内外から寄付を募っている。
巡回中の兵士に前線までの距離を聞く。「敵の部隊まで3500メートル」。えっ、たった3.5キロ!?先の122ミリ榴弾砲が狙っていたのが5キロ先のロシア軍陣地で、ドローン部隊を取材したのが前線まで約10キロの地点だったから、この距離の短さに衝撃を受けた。マックスは当然、何度も危ない目にあってきたが、この活動をやめる気はないという。「だって、ここは僕の国です。僕の家族や同胞、この国の子孫のために、自由を失うわけにはいきません」と淡々と言う。
民衆の強い意思
マックスは兵士への支援にも力を入れている。彼の事務所には、冬を迎える兵士への靴下や使い捨てカイロ、止血帯、医薬品などがところ狭しと置かれていた。戦闘の合間に食べるスナックは、ドローンで運んで塹壕に投下するという。なぜ民間のボランティアが、そこまでして軍隊に支援しなければならないのか。マックスの答えは一言「汚職です」だった。「モノが途中で消えて前線まで届かないのです」。
ウクライナは汚職の蔓延で知られ、ゼレンスキー大統領も汚職撲滅を公約に当選したが、大きな改善が見られないという。マックスたちボランティアは、政府を当てにせずに、自分たちの力で、前線から銃後までを支えようとしている。かつてナチスと戦ったレジスタンス運動を想起した。ウクライナの防衛戦争が、私の目には、、民衆の自由への強い意思に支えられた国民総抵抗運動に見えてきた。
食料品を配るマックス(中央)。村に残るのは多くが高齢者。マックスが荷物を運ぶバンは支援者からの寄付だという。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年11月25日号
10月、ロシア軍と対峙するウクライナの東部戦線と南部戦線をまわり、戦闘状況と住民の暮らしを取材してきた。
膠着する戦線
6月にウクライナが反転攻勢をはじめて4カ月、塹壕戦となって戦線は膠着し、東部戦線ではロシア側の圧力が強まっていた。ウクライナ兵の士気は高く、物量に勝るロシア軍の攻撃をくい止めることに自信を見せていたが、兵器・弾薬の不足を訴える声を聞いた。欧米から戦車300両以上が供与されたといっても、前線は1000キロにも及び、戦況を一新させるわけではない。私たちが取材したロケット・砲兵部隊では、制空権がいまだロシア側にあるなか、地下壕に潜みながら、見るからに使い込まれたソ連時代の火砲を主力兵器として戦っていた。分隊を率いる歴戦の軍曹は「もっと現代的な火砲と十分な弾薬、そして航空戦力があったら」と歯がゆそうにつぶやく。
ドローンが威力
そんなウクライナ軍が重視するのはドローンだ。緒戦で首都近郊まで攻め込まれたウクライナが、ロシアの機動部隊を撃破して押し返すことができたのはドローンの寄与が大きい。偵察用ドローンで敵の位置を火砲部隊に伝えたり、「カミカゼドローン」と呼ばれる自爆型ドローンで目標を破壊するなど、劣勢の航空戦力をおぎない、ゲームチェンジャーとなった。ウクライナは「東欧のシリコンバレー」と呼ばれるIT産業がさかんな国で、IT人材も多い。侵攻当初はトルコ製など外国製ドローンの輸入に頼っていたが、急速に国内生産を進めており、前線にも優秀な国産品が出回ってきている。
トーチカのように壕に入れてカモフラージュを施した122ミリ自走榴弾砲。使い込まれた砲身は熱で経年変色し煤(すす)がたまっていた。
ドローンに大きな期待をかけるのはロシアも同じで、ミサイルより圧倒的に安価な「コスパ兵器」として大量のドローンを投入している。最近はミサイルに替り、イラン製自爆ドローンを使った首都キーウをふくむ都市部やインフラへの攻撃が増え、ウクライナ側に大きな被害が出ている。両国は技術開発にしのぎを削っており、先月、ウクライナのフェドロフ副首相は2000機のAI搭載ドローンを最前線に送ることを明らかにした。ウクライナの戦場は、世界最先端のドローン・ウォーが展開される場となりつつある。
ドローン部隊を取材して驚いたのが、作戦車両として使用している自動車が民間からの寄付だったこと。ある部隊は、日本円で1億円近いドローンを民間のNGOと著名俳優の寄付金で調達していた。軍需物資が十分に前線に供給されないため、替えの軍服を自分で購入する兵士も多いという。ロシア軍との激戦がつづく前線の窮状を補い支えているのは市民ボランティアたちだった。
地下壕は砲兵が寝泊まりする生活空間でもある。122ミリ砲部隊の分隊長にインタビューする同行したジャーナリスト遠藤正雄さん(左)。
ドローンからの映像をモニターで解析し旅団司令部に送る。右はスターリンクの白いモデム。この軍用車は民間からの寄付だという。
前線まで3・5キロ 食料配る20歳
「ひとりNGO」
私たちはマックスという20歳の若者と知り合った。大学でITを学んでいたが、ロシアの侵攻直後に休学し、個人でボランティア活動をはじめたという。いわば「ひとりNGO」。この日は、南部ザポリージャ州の前線近くの村で食料品を配った。道路脇には地雷原を示すドクロマークの看板が見え、砲撃の音がひっきりなしに響く。マックスが車を停める音を聞いて村人が集まってきた。多くが高齢者だ。危険な所になぜ残っているのか。彼らの答えは、年金暮らしで避難してもお金が続かない、住み慣れた家を離れたくないなど。こうした前線近くに取り残された住民をマックスは週2回のペースで支援する。行政の手が届きにくいこれら前線の村では、市民ボランティアに暮らしの多くを頼っていた。
マックスのTiktokより。組織に属さない彼は、自分の支援活動をTiktokにアップスルナドSNSを活用して国内外から寄付を募っている。
巡回中の兵士に前線までの距離を聞く。「敵の部隊まで3500メートル」。えっ、たった3.5キロ!?先の122ミリ榴弾砲が狙っていたのが5キロ先のロシア軍陣地で、ドローン部隊を取材したのが前線まで約10キロの地点だったから、この距離の短さに衝撃を受けた。マックスは当然、何度も危ない目にあってきたが、この活動をやめる気はないという。「だって、ここは僕の国です。僕の家族や同胞、この国の子孫のために、自由を失うわけにはいきません」と淡々と言う。
民衆の強い意思
マックスは兵士への支援にも力を入れている。彼の事務所には、冬を迎える兵士への靴下や使い捨てカイロ、止血帯、医薬品などがところ狭しと置かれていた。戦闘の合間に食べるスナックは、ドローンで運んで塹壕に投下するという。なぜ民間のボランティアが、そこまでして軍隊に支援しなければならないのか。マックスの答えは一言「汚職です」だった。「モノが途中で消えて前線まで届かないのです」。
ウクライナは汚職の蔓延で知られ、ゼレンスキー大統領も汚職撲滅を公約に当選したが、大きな改善が見られないという。マックスたちボランティアは、政府を当てにせずに、自分たちの力で、前線から銃後までを支えようとしている。かつてナチスと戦ったレジスタンス運動を想起した。ウクライナの防衛戦争が、私の目には、、民衆の自由への強い意思に支えられた国民総抵抗運動に見えてきた。
食料品を配るマックス(中央)。村に残るのは多くが高齢者。マックスが荷物を運ぶバンは支援者からの寄付だという。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年11月25日号
2022年07月04日
【ロシア・ウクライナ戦争】偽情報つぶす オシント調査 SNSなどを徹底分析 露「情報戦」で敗北=橋詰雅博
ウクライナへ軍事侵攻したロシアは、西側からの大量の武器給与で「国土死守」の士気が下がらないウクライナ軍の反撃で苦戦している。これは「情報戦」での敗北≠ェ大きな要因。相手をかく乱し戦況を有利に運ぶためロシアがネットに流した偽情報は、欧米のメディアや調査グループなどが検証し偽旗作戦≠ニ見破られ潰された。
ロシアの情報工作が成功しなかったのは公開情報を徹底分析する「オシント(OSINT)」(オープンソース・インテリジェンスの略称)と呼ばれる調査手法の活躍が背景にある。
虐殺の真相究明
首都キーウ近郊のブチャでの虐殺の真相究明が有名だ。ウクライナが4月2日に公開した路上に横たわる多数の遺体の動画や写真についてロシア国防相は、「ロシアが地元住民に暴行を被るようなことは一切なかった」と主張し、「映像はデマ」と反論した。しかし米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は4日、米宇宙開発企業マクサー・テクノロジーズが3月18、19日に撮影した衛星画像から遺体はその当時から路上にあった可能性高いと指摘した。またウクライナテレビ局が報じたブチャの遺体の手が動いたように見えるとしたネット投稿をロシア国防相は通信アプリ・テレグラムに転載。これに対し映像を分析した英調査グループ「ベリングキャット」は、フロントガラスに付いていた水滴が動いたための錯覚でウソだとツイッターに投稿した。
英国人が先駆者
この「ベリングキャット」こそが、オシント調査のパイオニアだ。オンラインゲームに使っていた自分のデジタル能力を用いて国家権力と対峙したいと考えた中年英国人のエリオット・ヒギンズさんは、画像解析や兵器に詳しい、語学に達者など特別な能力を持つ世界各地の仲間にオンラインで呼びかけネットワークによる調査スタイルを2014年に作り上げた。名前は「ネコの首に誰が鈴をつけるのか」というイソップ童話が由来で、「権力者の暴挙を暴く」という思いを込めた。
14年7月にウクライナ上空で起きたマレーシア航空撃墜事件(乗客乗員298人全員死亡)について「ベリングキャット」はSNSなどに投稿された大量の画像・映像などを解析。その結果、撃墜したミサイルを搭載した車両がロシア領内とウクライナ東部(親ロシア派の支配地域)の間を移動するルートを割り出し、GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)の幹部責任者の名前までも明らかにした。この調査で世界的に名が知れた。腕を磨いたメンバーはNYTやBBCの調査報道チームの一員として働いている。
周到さに欠ける
5月21日、早稲田大学でのオシント調査報道シンポジウムに出演した日本経済新聞調査報道の兼松雄一郎記者はロシアの情報戦略をこう語った。
「ロシアは歴史的に組織だった情報工作をやっている国です。今回は、情報量は多いが周到さに欠ける。フェイクの質が低く簡単に検証された。フェイクの中身を気にせず量にこだわった情報発信は国内に重点を置いた戦略だと思う。短期でウクライナに勝利できると見込んだからではないか」
毎日新聞外信部の八田浩輔専門記者は「@ウクライナ侵攻をめぐる非国家主体のオシント(報道を含む)は有効に機能Aロシアのクリミア半島併合から8年続く情報戦で西側は教訓を得たBジャーナリズムの担い手はますます多様になっている」と自ら分析したまとめ≠報告した。
日本のオシント報道は欧米より立ち遅れていたが、ここにきてようやく本格始動してきた。
橋詰雅博
日経新聞の兼松記者(左)と毎日新聞の八田記者
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年6月25日号
ロシアの情報工作が成功しなかったのは公開情報を徹底分析する「オシント(OSINT)」(オープンソース・インテリジェンスの略称)と呼ばれる調査手法の活躍が背景にある。
虐殺の真相究明
首都キーウ近郊のブチャでの虐殺の真相究明が有名だ。ウクライナが4月2日に公開した路上に横たわる多数の遺体の動画や写真についてロシア国防相は、「ロシアが地元住民に暴行を被るようなことは一切なかった」と主張し、「映像はデマ」と反論した。しかし米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は4日、米宇宙開発企業マクサー・テクノロジーズが3月18、19日に撮影した衛星画像から遺体はその当時から路上にあった可能性高いと指摘した。またウクライナテレビ局が報じたブチャの遺体の手が動いたように見えるとしたネット投稿をロシア国防相は通信アプリ・テレグラムに転載。これに対し映像を分析した英調査グループ「ベリングキャット」は、フロントガラスに付いていた水滴が動いたための錯覚でウソだとツイッターに投稿した。
英国人が先駆者
この「ベリングキャット」こそが、オシント調査のパイオニアだ。オンラインゲームに使っていた自分のデジタル能力を用いて国家権力と対峙したいと考えた中年英国人のエリオット・ヒギンズさんは、画像解析や兵器に詳しい、語学に達者など特別な能力を持つ世界各地の仲間にオンラインで呼びかけネットワークによる調査スタイルを2014年に作り上げた。名前は「ネコの首に誰が鈴をつけるのか」というイソップ童話が由来で、「権力者の暴挙を暴く」という思いを込めた。
14年7月にウクライナ上空で起きたマレーシア航空撃墜事件(乗客乗員298人全員死亡)について「ベリングキャット」はSNSなどに投稿された大量の画像・映像などを解析。その結果、撃墜したミサイルを搭載した車両がロシア領内とウクライナ東部(親ロシア派の支配地域)の間を移動するルートを割り出し、GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)の幹部責任者の名前までも明らかにした。この調査で世界的に名が知れた。腕を磨いたメンバーはNYTやBBCの調査報道チームの一員として働いている。
周到さに欠ける
5月21日、早稲田大学でのオシント調査報道シンポジウムに出演した日本経済新聞調査報道の兼松雄一郎記者はロシアの情報戦略をこう語った。
「ロシアは歴史的に組織だった情報工作をやっている国です。今回は、情報量は多いが周到さに欠ける。フェイクの質が低く簡単に検証された。フェイクの中身を気にせず量にこだわった情報発信は国内に重点を置いた戦略だと思う。短期でウクライナに勝利できると見込んだからではないか」
毎日新聞外信部の八田浩輔専門記者は「@ウクライナ侵攻をめぐる非国家主体のオシント(報道を含む)は有効に機能Aロシアのクリミア半島併合から8年続く情報戦で西側は教訓を得たBジャーナリズムの担い手はますます多様になっている」と自ら分析したまとめ≠報告した。
日本のオシント報道は欧米より立ち遅れていたが、ここにきてようやく本格始動してきた。
橋詰雅博
日経新聞の兼松記者(左)と毎日新聞の八田記者
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年6月25日号
2022年05月10日
【ロシア・ウクライナ戦争】「ウクライナ報告」でJCJ緊急講演会 地下鉄が仮設住宅に 尾崎孝史さん戦火のキーウ取材=須貝道雄
JCJは3月31日、写真家の尾崎孝史さん=写真=を講師に招き、「ウクライナからの報告」と題して緊急オンライン講演会を開いた。ロシア軍の攻撃にさらされる首都キーウ(キエフ)に10日間滞在し、取材した尾崎さんから、市民の様子について映像などをまじえて話を聞いた。
尾崎さんは3月7日に成田を出発。9日にルーマニアに到着し、国境からウクライナのキーウを目指した。たまたま知り合った国境警備隊員にキーウに帰るドライバーを紹介してもらい、その人の車に乗って雪道を走った。キーウに着いたのは夜。その晩は中心部から南へ30`のドライバー宅に泊まった。
「トイレのレバーが壊れていて、バケツにくんだ水を流していた。家屋はボロボロで、つましく暮らしている。意外に貧しいのだと感じた」
ルーマニア国境で目にしたのは、ウクライナから避難をする人たちの長蛇の列だ。出国審査の窓口は一つしかなく、スタンプをもらうため500人ほどが路上に並んだ。待ち時間は約2時間半。気温は1度か2度で風がきつかった。「女性や子どもたちは疲れ切っていた」
キーウでは地下鉄の駅を見た。核シェルター代わりのため、深いところにある。ホームの片側に電車を走らせ、反対側では止めた車両を仮設住宅にしていた。つり革のバーに洗濯物が干してあった。電車の脇を50bほど奥に歩くと、トイレや給水所、調理スペースなどもある。「腹の底では、いざという時の覚悟ができていたのかな」と尾崎さんは話した。
現地ではロシア軍との戦いに「負けるのではないか」「大丈夫か」と不安を口にする人はいなかった。「自分たちに道義があるから、絶対勝つ」という意識はほぼ揺るぎなかったという。
ウクライナの民族主義者についても関心を持っていたが、目にする機会はあまりなかった。赤と黒の2色旗が民族主義者の旗だ。同国内30か所の検問所を通ったうち、国旗と一緒に2色旗を掲げていたのは2か所だけだった。「表に出ず、潜っている感じ。戦争が終わり、解放されたあかつきに政権運営にどう影響するか、注目したい」と話した。
尾崎さんはキーウ滞在中、1泊5000円のホテルに泊まった。欧米のジャーナリストが多く、毎晩のように「今日の取材はどうだった」「そっちはうまくいったか」と率直な意見交換をした。「戦場取材だ」と大仰に構えることもなく、取材に来るのは当然、普通の仕事という意識を強く感じた。
「戦地での取材はお金がかかる。英国政府はウクライナ取材をするBBCに6億円を支援すると決めた。BBCは6人でチームをつくり、粛々と取材している。その姿を見せつけられた」と日本との違いを強調した。
須貝道雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年4月25日号
2022年05月09日
【ロシア・ウクライナ戦争】デジタル駆使「情報大戦」巧妙なディープフェイク=徳山喜雄
ゼレンスキー大統領のディープフェイク映像(「アトランティック・カウンシル」のウェブサイトから)
ロシアのウクライナ侵攻は、緊迫度をますばかだ。軍事力による凄惨な破壊に加え、デジタル技術によるフェイク(偽)情報の流布をミックスした「ハイブリッド戦」が、新たな情報戦として注目されている。
出所不明のさまざまな偽情報が蔓延するなか、大きな話題となっているのが、人工知能(AI)によって本物そっくりの画像をつくり上げるディープフェイクといわれる映像だ。たとえば、ウクライナのゼレンスキー大統領が、国民に向けて武器を捨てて投降するよう呼びかけるもので、何者かによってウクライナのウェブサイトなどに投稿され、拡散していった。
だが、ゼレンスキー大統領は演説するとき、顔を上下左右に動かしながら表情豊かに話すが、くだんの映像は無表情に口だけを動かす不自然なもので、声のトーンも実際より低く、偽映像と見破られた。米メタ(旧フェイスブック)は、ディープフェイク映像と認定し削除した。動画投稿サイト「ユーチューブ」も同様の措置をとった。
偽情報流す手法
別のケースとして東京新聞は「ウクライナ人女性が男性の顔に血のりを塗る動画がネット上で拡散された。ウクライナ側の民間人の犠牲は演出だと訴える内容だ。だが、この動画はその後、一昨年にテレビドラマの制作現場で撮影されていたことが分かった」(3月17日朝刊)と指摘している。
英ジャーナリストのキャロル・キャドワラダー氏は、ロシアとウクライナの情報戦を史上初の「情報大戦」と読み解いた(ガーディアン3月6日・デジタル版)。デジタル技術を駆使する情報戦は、確かに世界最初かもしれないが、戦争において偽情報を流す手法は古くからある。
戦前では日中戦争の際、米グラフ誌「LIFE」(1937年10月4日号)に、日本軍機の爆撃で破壊された上海南駅で泣き叫ぶ赤ん坊の写真を載せた。この1枚の衝撃的な写真は全世界に拡散し、「日本軍の残虐性」を伝えることに成功した。
だが、この写真は後に反日宣伝のための「つくり写真」だった疑いが浮上する。著名な報道写真家の名取洋之助は、LIFEの写真を目にしたことをきかっけに「日本もこれだよ。これをやらなきゃ世界が味方してくれんよ」(小柳次一、石川保昌『従軍カメラマンの戦争』)といい、プロパガンダ写真にのめり込んでいった。
シェアは慎重に
戦後では1991年に勃発した湾岸戦争で撮られた、油まみれの海鳥の写真が思い出される。クウェート沖のペルシャ湾で大量の原油が流出し、その被害として油でどす黒くなり飛べなくなった海鳥の映像が世界を駆けめぐった。米CNNは英テレビ局の独自映像として流し、たとえば朝日新聞(1991年1月26日夕刊)はロイター通信から配信された写真を1面に載せた。
米国防総省は「イラクが意図的に原油積み出し基地から原油をペルシャ湾に放出させた。環境テロだ」とフセイン大統領の残虐性を非難した。一方、イラクは「米軍機がイラクのタンカーを襲撃し、原油が流れ出した」と反論、米軍の情報操作とした。
のちにイラクの環境テロではなく、米軍によるものと判明。広告会社がかんでおり、撮影場所もペルシャ湾ではないという疑惑が持ち上がった。だが、戦争が終わってから事実が判明しても、戦争の最中にこの映像によって世界の世論がフセイン大統領批判に動いたなら、偽映像の役割は果たされたことになる。
後日談もある。広島の原爆資料館に展示されていた油にまみれた海鳥の写真が、1997年に姿を消した。中学校で使用されていた社会科の教科書に写真の真偽を問う記述があり、ボスニア紛争でのものに差し替えられた。戦争と平和をテーマにした恒久的な施設にまで偽映像が入り込み、息をひそめていたのである。
情報戦の実例は枚挙にいとまがない。ウクライナ侵攻にもどれば、とりわけディープフェイク映像は巧妙につくり込まれており、メディアも一般の視聴者も、うかつに転送(シェア)するなど偽情報に惑わされないことが大切であろう。仮にシェアするなら、出所を明示することを最低限したい。
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年4月25日号
ロシアのウクライナ侵攻は、緊迫度をますばかだ。軍事力による凄惨な破壊に加え、デジタル技術によるフェイク(偽)情報の流布をミックスした「ハイブリッド戦」が、新たな情報戦として注目されている。
出所不明のさまざまな偽情報が蔓延するなか、大きな話題となっているのが、人工知能(AI)によって本物そっくりの画像をつくり上げるディープフェイクといわれる映像だ。たとえば、ウクライナのゼレンスキー大統領が、国民に向けて武器を捨てて投降するよう呼びかけるもので、何者かによってウクライナのウェブサイトなどに投稿され、拡散していった。
だが、ゼレンスキー大統領は演説するとき、顔を上下左右に動かしながら表情豊かに話すが、くだんの映像は無表情に口だけを動かす不自然なもので、声のトーンも実際より低く、偽映像と見破られた。米メタ(旧フェイスブック)は、ディープフェイク映像と認定し削除した。動画投稿サイト「ユーチューブ」も同様の措置をとった。
偽情報流す手法
別のケースとして東京新聞は「ウクライナ人女性が男性の顔に血のりを塗る動画がネット上で拡散された。ウクライナ側の民間人の犠牲は演出だと訴える内容だ。だが、この動画はその後、一昨年にテレビドラマの制作現場で撮影されていたことが分かった」(3月17日朝刊)と指摘している。
英ジャーナリストのキャロル・キャドワラダー氏は、ロシアとウクライナの情報戦を史上初の「情報大戦」と読み解いた(ガーディアン3月6日・デジタル版)。デジタル技術を駆使する情報戦は、確かに世界最初かもしれないが、戦争において偽情報を流す手法は古くからある。
戦前では日中戦争の際、米グラフ誌「LIFE」(1937年10月4日号)に、日本軍機の爆撃で破壊された上海南駅で泣き叫ぶ赤ん坊の写真を載せた。この1枚の衝撃的な写真は全世界に拡散し、「日本軍の残虐性」を伝えることに成功した。
だが、この写真は後に反日宣伝のための「つくり写真」だった疑いが浮上する。著名な報道写真家の名取洋之助は、LIFEの写真を目にしたことをきかっけに「日本もこれだよ。これをやらなきゃ世界が味方してくれんよ」(小柳次一、石川保昌『従軍カメラマンの戦争』)といい、プロパガンダ写真にのめり込んでいった。
シェアは慎重に
戦後では1991年に勃発した湾岸戦争で撮られた、油まみれの海鳥の写真が思い出される。クウェート沖のペルシャ湾で大量の原油が流出し、その被害として油でどす黒くなり飛べなくなった海鳥の映像が世界を駆けめぐった。米CNNは英テレビ局の独自映像として流し、たとえば朝日新聞(1991年1月26日夕刊)はロイター通信から配信された写真を1面に載せた。
米国防総省は「イラクが意図的に原油積み出し基地から原油をペルシャ湾に放出させた。環境テロだ」とフセイン大統領の残虐性を非難した。一方、イラクは「米軍機がイラクのタンカーを襲撃し、原油が流れ出した」と反論、米軍の情報操作とした。
のちにイラクの環境テロではなく、米軍によるものと判明。広告会社がかんでおり、撮影場所もペルシャ湾ではないという疑惑が持ち上がった。だが、戦争が終わってから事実が判明しても、戦争の最中にこの映像によって世界の世論がフセイン大統領批判に動いたなら、偽映像の役割は果たされたことになる。
後日談もある。広島の原爆資料館に展示されていた油にまみれた海鳥の写真が、1997年に姿を消した。中学校で使用されていた社会科の教科書に写真の真偽を問う記述があり、ボスニア紛争でのものに差し替えられた。戦争と平和をテーマにした恒久的な施設にまで偽映像が入り込み、息をひそめていたのである。
情報戦の実例は枚挙にいとまがない。ウクライナ侵攻にもどれば、とりわけディープフェイク映像は巧妙につくり込まれており、メディアも一般の視聴者も、うかつに転送(シェア)するなど偽情報に惑わされないことが大切であろう。仮にシェアするなら、出所を明示することを最低限したい。
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年4月25日号
2022年05月07日
【ロシア・ウクライナ戦争】プーチン暴走はチェチェンが原点 民主化と報道を徹底弾圧 幻想「ロシア帝国」に狂う=橋詰雅博
「ロシア軍によるウクライナ軍事侵攻で思い出したのは、ロシアが94年チェチェンに最初に侵攻した当時のチェチェンのジャハル・ドゥダエ大統領の言葉でした。95年末私のインタビューに対し大統領は『これを皮切りにロシアは西方に向かっていく』と答えた。この後、ロシアはジョージア(旧グルジア)、シリア、クリミア半島、ウクライナ東部に軍事介入し、ついにウクライナに全面侵攻した。あの大統領の予言が的中した」
『プーチン政権の闇』『カフカスの小さな国 チェチェン独立運動始末』(小学館ノンフィクション優秀賞)などの著書があるジャーナリスト・林克明(まさあき)さん=写真=は、3月自ら主宰する勉強会「草の根アカデミー」でこう話した。第一次・第二次チェチェン戦争を取材するため林さんは、拠点を構えたモスクワから16回もチェチェンに入った。この2度の戦争では死者と行方不明者を合わせ約20万人の犠牲者が出た。
ロシアは第一次チェチェン戦争では実質的に敗北した。91年ソ連崩壊後、独立宣言した小国チェチェン≠ノ圧倒的な軍事力で攻めたにもかかわらず相手の頑強な抵抗により96年8月停戦せざるを得なかった。
第二次戦争準備
エリツィン大統領が率いるロシアは、この屈辱的な敗北は反戦デモを始めとした国内の民主化の広がりと、戦争をリアルに伝えた報道の自由が原因と総括した。
「民主化と報道の自由への復讐に加えて大統領のイスをつかむためプーチンは第二次チェチェン戦争開始に向けて周到に準備。ロシア社会を恐怖に陥れたモスクワを中心としたマンション、アパートやショッピングモールなどの連続爆破事件は過激派チェチェン人のテロと発表した。実はこれらの事件のほとんどは旧KGBのFSB(ロシア連邦保安庁)の仕業と見られている。一方では、言論を弾圧した。国内の独立系メディア幹部を脱税などの名目で摘発するなどの圧力をかけてメディアを黙らせた。政府に批判的な記事を書く記者も何者かに殺された。その数30人以上と言われている。こうして政府批判の報道と民主化運動を封じた。99年9月、プーチンは『便所に隠れているテロリストをせん滅する』と首相として戦争を指揮した」(林さん)
傀儡政権を樹立
林さんによると、第一次と違い第二次チェチェン戦争ではロシア人記者はほとんど見かけなかったそうだ。ロシア国内で報道されないのでロシア軍はチェチェン人への残虐性が増した。
ロシアは2000年2月チェチェンを制圧。この戦果によりプーチンは5月大統領に上り詰めた。そしてチェチェンに傀儡政権をつくった。林さんは傀儡政権下の01年2月取材中にロシア第45空挺連隊に拘束される。プーチンが司令官とほのめかす若い将校から拷問された林さんは 「私が持っていた子供の写真を見ながら、この子に何が起きるかわからないぞ」と脅されたことを今でも忘れてはいない。
「チェチェンの成功体験こそがプーチン暴走の原点だ。彼は『ロシア帝国』復活をあきらめていない」(林さん)
NATO(北大西洋条約機構)の元幹部はプーチンを「いかれたズル賢いキツネ」と表現した。悪だくみに知恵を絞るプーチンだからこそ、たとえウクライナと停戦しても、新たに暴走する可能性がある。
橋詰雅博
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年4月25日号
2022年05月02日
【ロシア・ウクライナ戦争】危うい「善悪単純化」の一斉報道 ロシア、ウクライナ侵攻にみる 問われる柔軟思考と多面的・客観的分析=羽場久美子
2月24日のロシアのウクライナ侵攻から2カ月、連日メディアを賑わすが「日本の報道は海外に比べ一面的」との批判も多い。国際政治学者の羽場久美子・青山学院大学名誉教授=写真=に、多面的な戦争報道の必要性について寄稿いただいた。
21世紀は、多様性と多元化の世紀である。SDGs「だれ一人取り残さない」、いかなる小さな声にも耳を傾ける時代ではなかったのか?
2022年2月24日に突如起こったロシア軍のウクライナ侵攻が、首都キーウ(キエフ)、そして西ウクライナに迫る異常事態により報道と思考の多様性、客観性、公平性は吹き飛んでしまった。
日本中、自国が戦争をしている訳でもないのにウクライナ支援一色となり「ロシア悪、プーチン狂気」の視点から各局メディアの一斉報道となり、SNSでのロシア叩きや、停戦要求への攻撃が始まった。
戦争は双方に原因がある、と公平性・客観性を求めようとすると、ロシアを支持するのか、と袋叩きだ。
米国の代理戦争
筆者は元々冷戦研究、ソ連の東欧支配とEU拡大の問題を扱ってきたため基本的にロシアの軍事支配には否定的である。
しかし今回のロシアのウクライナ侵攻の背景には、アメリカの武器供与による代理戦争があり、ロシア・中国の封じ込め戦略と連動している。バイデンは100%ロシアに責任があるといったがアメリカの責任も大きい。そのはざまでウクライナ市民が犠牲になっているのが事実に近いのではないか。
ひとつは武器供与と封じ込めである。アメリカは、西はウクライナ、東は台湾・沖縄・韓国に武器輸出し、ロシアと中国の境界に軍備強化が着々と進められていた。武器とは、銃や弾薬ではなく、NATOメンバーでもないのに、地対空ミサイルや無人爆撃ドローン、対戦車ミサイルが次々とウクライナに運び込まれ、今や戦車や戦闘機の導入が予定されている。
武器供与と戦闘準備は、既に昨年6月から、ロシア以上に、アメリカとウクライナが勝っていた。だからこそ、ウクライナ側の死者が2800人であったのに対し、ロシア側の死者は7000人から15000人、実に2〜5倍の死傷者をロシア側が出しているのである。
何より停戦が重要、という国際的市民の声が沸き上がり、トルコが仲裁を買って出た。ここでは戦争終結と、ロシア軍の撤退、ウクライナのNATO加盟停止と中立が提案され、ウクライナ政府もこれを受け入れる姿勢を示した。
しかし4月6日、ウクライナはキーウ郊外の410人の民間人の殺害をジェノサイド、戦争犯罪と呼び、NATOにさらなる武器供与を要求している。アメリカもロシアの戦争犯罪として一層の武器供与を強めている。
求められるのは、事実の公正な調査、停戦、国家の復興、国民を自分の街や自宅に戻していく作業であろう。これ以上殺戮と民間の犠牲を拡大すべきでない。
同調圧力の社会
危惧するのは、これを好機として日本の軍事化や核武装を唱える国会議員、調査不十分なまま一方に全面加担して他方をたたく動き、一面的報道に終始するメディアの危うさであり、それをあおって客観的思考を排除する動きである。さながら戦争が始まった時の日本の同調圧力を目の前で見せつけられているようだ。「二度と過ちは繰り返しませんから」と77年前に誓ったことは忘れたのか?だれ一人取り残さない多様性の時代、少数者や多面的視点に配慮するという風潮は、根付かないまま飛んでしまったのか?
同調圧力の強い社会は互いに自制を促し、自由で客観的な公正な思想は、いとも簡単に硬直化し、公平に見ようとする動きを排除してしまったかのようだ。
<戦争は戦争によっては解決できない>
ロシア・ウクライナ戦争からメディア・学者・市民は何を学ぶべきか。
一つには、BBCの報道にならい、たとえ限られた情報であっても、できるだけ双方から多面的に分析してみることだ。なぜロシアはウクライナに侵攻したのか、なぜ西ウクライナにまで侵攻したのか。本当にジェノサイドがあったのか。誰がやったのか。マリウポリというロシア人が多数を占め、すぐ対岸にロシア国境がある東部地域で、なぜ学校や劇場が破壊されたのか。大量の情報が配信される21世紀で、最も知りたい真実はなぜ一方からしか配信されないのか。情報が溢れながら極めて一面的であるからこそ、重要なことはメディアと学者と市民が結び、可能な限り多面的な真実を伝え、自分の頭で考える努力をすべきではないか。
二つ目は、戦争は戦争によっては解決できないことだ。国外からの武器供与や制裁の強化は国民の被害を拡大させ戦争をさらに残酷化させるだけで戦争を終わらせることはできない。戦争を可能な限り早期に終わらせること、停戦と平和の構築こそが最も重要である。そのためには中国、インドなど非同盟国が仲介に入る必要があろう。
三つ目は、西のロシア・ウクライナ戦争は、東の台湾・沖縄・中国の対立と密接に関連していることだ。台湾有事は起こしてはならない。アメリカは沖縄、台湾、韓国への武器輸出を止め、中国封じ込めをやめるべきだ。
多極化の時代、戦争でなく経済共同こそが安定と繁栄を生み、国連の介入、停戦と平和構築こそが問題解決を生む。メディア・学者・市民は、多面的・客観的思考で平和を創ることに貢献すべきだろう。
羽場久美子(青山学院大学名誉教授)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年4月25日号