2022年01月08日

【月刊マスコミ評・出版】「遺族」として戦争を見る視点=荒屋敷 宏

 『週刊東洋経済』12月11日号の「稼ぐ集英社と消える書店 出版界であらわになる格差」の記事に注目した。書店や取次の苦境をよそに、『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』などのコミックスが大ヒットする集英社、『進撃の巨人』を抱える講談社、ライトノベルに強いKADOKAWAが業績好調だという。
 出版社や取次、書店にとって、書籍で33%、雑誌で40%という返品率は、悩ましいかぎりだろう。総合商社の丸紅と講談社、集英社、小学館の4社が出版流通の新会社設立に向けて協議を始めた。AI(人工知能)を使って配本・発行の「適正化」や在庫管理の改革に取り組むのも時代の要請なのかもしれない。
 街の書店が減少し、日販やトーハンなど「取次2強外し」と、出版業界、波高し≠セが、本当に問われているのは、出版物の量よりも企画や内容の質を高めることではないだろうか?
 『ニューズウィーク日本版』12月14日号の「桜井翔と『戦争』 戦没した家族の記憶」は、最近の週刊誌では意外性があり、意義のある企画と内容だと感じた。アイドルでありテレビのニュースキャスターでもある桜井翔氏は、海軍士官として戦没した大伯父、桜井次男氏の「遺族」として戦争の取材を続けているという。
 桜井翔氏の祖父は、戦後、上毛新聞社の記者をしていた桜井三男氏で、戦死した次兄のことを本にまとめていた。しかし、祖父は家族に戦争のことをほとんど話しておらず、ただ一つだけ「人間扱いじゃなかった」と祖母や叔母に語っていたという。
 旧帝大を出て、商工省に入省した後に海軍経理学校に入校し、海軍主計中尉となった大伯父の謎に迫る櫻井翔氏本人の記事は、読み応えがある。2年間の「短期現役主計科士官」(短現)を務めれば、元の職場に戻れるはずのところ、兵役が延長され、桜井氏の大伯父はベトナム東岸沖で、26歳の若さで戦死してしまったのである。この記事の後編は12月21日号に掲載されるが、本にまとめてほしいところだ。
 『週刊金曜日』12月3日号の特集「筑紫哲也とその時代」も興味深い記事だった。金平茂紀氏の新著『筑紫哲也「NEWS23」とその時代』(講談社)をめぐり金平氏と望月衣塑子氏が対談している。権力に対する監視役を果たすこと、少数派であることを恐れないこと、多様な意見や立場をなるべく登場させて、この社会に自由の気風を保つこと。ジャーナリズムとして当たり前の作法を復活しなければならない。 
荒屋敷 宏
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2022年01月04日

【月刊マスコミ評・新聞】防衛費増 補正予算計上は姑息=白垣詔男

 今年度補正予算案などを審議する臨時国会が12月6日から開かれた。会期は2週間と短かった。これでは、過去最大の約36兆円、なかでも7738億円を計上した防衛費についての審議時間は足りなかった。
 この補正予算案は11月26日に閣議決定された。その際、各紙は「防衛費も最大 初の年6兆円超」(27日付毎日朝刊)などと一般記事で報じた。しかし、あまり目立った記事にはなっておらず、読者に問題意識を起こさせる効果はあまりなかった。
 社説では、中日・東京が29日朝刊で「防衛費補正予算 膨張に歯止めかけねば」との見出しで「審議が限られる補正予算案に計上する手法自体が適切とは、とても言えない」と、政府の姑息さを訴えた。
  同じ29日、共同通信配信の「資料版論説」を転載したと思われるいくつかの県紙の社説が政府の手法に「補正で増額する手法は『抜け道』とも言える」と指弾した。
  朝日は11月30日社説で取り上げた。見出しは「補正予算案 財政規律を無視するな」と財政規律に焦点を当てた。その中で「当初予算で財政規律を守っているかのごとく装うため、あふれる事業を補正に回す手法…ルール無視の姿勢はコロナ禍を機に一段と加速」と書き「その代表例が…防衛費だ。昨年度の3次補正の倍で、哨戒機や迎撃ミサイルの新規取得などに充てる。…主要装備品まで堂々と補正でまかなうのは、財政法の趣旨に反する」と政府を強く批判した。しかし、他紙には「防衛費の補正予算」についての社説は見当たらない。

  自民党の中には日本の防衛費をGDP(国内総生産)の2%を確保すべきだという意見がある。米国から同盟国に対しての「要望」を受けて、にわかに起こってきたが、日本の国是としてきた「専守防衛」を逸脱して「敵基地攻撃論」を声高に叫んでいる岸田文雄首相も、米国に押されたものか、安倍・菅政権を踏襲したものと考えるのが自然だろう。
 予算に限らず、「モリ、カケ、サクラ」問題など安倍・菅政権の運営には随所で「姑息さ」が付きまとっていたことを忘れるわけにはいかない。これ以上、「姑息さ」を許さないためには世論を喚起する必要がある。
白垣詔男
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年12月25日号
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2021年12月15日

大手メディアは情報ブロックやめよ 政治報道の浮沈にかかわる  神保哲也氏のオンライン講演会=河野慎二

 JCJのオンライン講演会が総選挙投票前日の10月30日に開かれ、ビデオジャーナリストの神保哲生氏と砂川浩慶立教大学教授が「メディアの地殻変動―政治・選挙報道変わるときー」をテーマに論じ合った。
 冒頭、神保氏は、投票率がOECD加盟諸国の中でも異常に低いことについて「主権者が主権行使に資する情報を正確に提供するというメディア最大の責務を、メディア自身が果たしていないからだ」と批判した。
 実際、今回の投票率は小選挙区選で55・93%と戦後3番目の低水準に終わり、テレビの報道も質量ともに低調で、神保氏の指摘が的中した。
 神保氏は「公職選挙法の縛りがあって、公示後は報道が制約される。自由な選挙報道ができるよう公選法改正をすべきだ」と問題提起した。
 脱炭素社会の問題について神保氏は「デンマークは80%が再エネ、ノルウエーでは来年からガソリン車が無くなるなど、ヨーロッパでは再エネが進んでいる。日本はトヨタが強く『EV車にはならない』と平気でメディアに流す」と指摘し、追及が弱いメディアを批判。
 政治とメディアの関係については「日本では政治、経済、行政などの情報については、既存メディアが99・99%のシェア握っている。
 報道の原材料と言うべき大元の情報を手にするのは既存メディアで、私はドアの外で待っている。情報は記者クラブに独占され、大元で栓が閉められ、フィルターがかけられる。そのヤバさを認識してほしい」と強調した。
 メディアは、政府から多くの特権的な地位を得ている。神保氏は「官邸官僚は、メディアの特権享受をテコに、さじ加減をしながら、操作できる。内閣記者会の記者に出させている質問書のテニオハにまで介入する」と、メディアの劣化を厳しく指摘した。
 砂川教授に「メディアの地殻変動」について問われた神保氏は、メディア間の相互批判能力を高めるため、新聞と民放のクロスオーナーシップ(資本提携)の見直しを提唱。さらに「(ネットメディアなど)新しいメディアが登場しているのだから、情報をブロックすることを早くやめてほしい。情報が本当に行き渡るかどうか。ここに、日本の政治報道の浮沈がかかっている。ぜひ、声を大にして言いたい」と訴えた。
河野慎二
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年11月25日号

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2021年11月15日

【月刊マスコミ評・新聞】封印された1枚の写真が伝える水俣=徳山喜雄

 米国の報道写真家ユージン・スミス(1918―78年)が、1971年に熊本県の不知火海に面する水俣市で撮影した一枚の写真がある。「公害の原点」とされる水俣病を世界に告発したもので、胎児性水俣病患者の15歳の少女と浴槽に入る母を写した「入浴する智子と母」だ。
 ほの暗い浴室の湯が輝き、湯船に浮かぶように浸かる上村智子さん。抱きかかえ、見つめる母の良子さんの眼差しは慈愛にあふれていた。母親が食べた魚の水銀を胎内で吸い取って、母やその後に生まれてきた子どもを救った智子さんのことを、良子さんは「ほんに智子はわが家の宝子(たからご)ですたい」という。
 智子さんは撮影から6年後に21歳で亡くなる。死後も水俣病を象徴する一枚として脚光を浴び続けたが、両親は「亡き智子をゆっくり休ませてあげたい」と考えるようになった。著作権者のアイリーン・美緒子・スミスさんはその意向を受け、98年に「母子像の新たな展示や出版をおこなわない」と決めた。
 それから20年以上にわたり、古い雑誌や写真集などでしか見ることができなかった。しかし、映画「MINAMATA」の公開を機に、アイリーンさんが遺族と話し合い掲載の承諾を得た。
 私は封印が解かれたことを、読売新聞(9月16日朝刊)の文化面記事で知った。アイリーンさんは写真集『MINAMATA』の日本語版を復刻。「写真家には、被写体とその写真を見る人に対しての二つの責任がある」とのユージンの言葉を振り返った。水俣病の関係者や読者は、よみがえった「母子像」をどのように見るのだろうか。
 朝日新聞(10月3日朝刊)は1面トップ、2面、社会面と3個面にわたり異例の大きさでユージンの写真や水俣病の歴史を伝えた。ただ、智子さんの入浴写真には触れていない。残念だったが、アイリーンさんに再度話を聞き、読売から遅れること1カ月の16日朝刊で写真の封印・解除についてフォローした。
 毎日新聞(同)は、文化面に経済思想家の斎藤幸平さんの寄稿を掲載。水俣病を題材にした映画が封切られたとし、現在進行形の水俣病問題に焦点をあてた。「毒を飲まされ、苦しみ息絶えていく中にあっても、国家ぐるみに放っておかれた」と訴えた。
 徳山喜雄
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年10月25日号
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2021年11月06日

【月刊マスコミ評・出版】生活史の現実が肩透かしを食らわせる=荒屋敷 宏

 社会学者で作家の岸政彦氏が編集した『東京の生活史』(筑摩書房)という2段組みで1200ページ超の聞き書きの本が売れている。一般公募した150人の聞き手が150人の語り手の生活史を聞き出したところがユニークだ。
 例えば、「大使館の払い下げの物ってさ、厚木基地の中に倉庫があって、そんなかに入れてあるんだよ。で、銃持ってる連中だから。中は治外法権だから」と、くだけた口調の長い題で、興味深い話が収録されている。
 東京で一生懸命暮らしている人の人生を聞きたいという素朴な好奇心から、聞き手を募集したら500人近く集まったという。普通の人々への聞き書きはジャーナリズムの手法として古くからある。歴史学では口承史・口述史、オーラルヒストリーのジャンルとして成立している。この本のどこが新しいのか。
 岸氏は、『文學界』11月号(文藝春秋)で「デイリーポータルZ」編集長の林雄司氏と対談した「聞いたそのままが面白い―いまなぜ生活史か」で舞台裏を語っている。「聞きたいことをあんまりこっちが決めていると、その範囲でしか話が出て来ないですよね」「『今まで誰にも言ってなかったんだけど、実は』みたいな話は別に聞かなくてもいいから、と言いました」(岸氏)という。
 ジャーナリストは、聞きたいことを相手から聞き出し、誰にも言ってなかったことを知ろうとする。とすれば、『東京の生活史』の手法はその逆を行く。中学生の時からスタッズ・ターケルの『仕事!』や『よい戦争』を愛読していた岸氏にとって、今回のプロジェクトは「人の語りを文字化するときの新しいやり方を発明している」と思ったそうだ。
 『文藝春秋』11月号は、財務省の矢野康治事務次官に「このままでは国家財政は破綻する」を書かせた。矢野次官には16年前、『決断!待ったなしの日本財政危機―平成の子どもたちの未来のために』との著書がある。緊縮財政論は矢野氏の長年の持論で新味はない。むしろ、総選挙直前に与野党のバラマキ批判をして、増税をけしかけて、物議をかもしてやれという同誌編集部の作為が見え隠れする。
 先の『文學界』の対談で林氏は「現実の方が肩透かしを食らわせてきますよね」と語っている。予想を超える事実の面白さこそジャーナリズムの真骨頂であろう。不作為に広く円を描くような取材に立ち返り、コロナ禍の日本の現実を素朴に見つめる編集に取り組む必要があるのではないか。 
荒屋敷 宏
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年10月25日号 
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2021年10月02日

【月刊マスコミ評・新聞】発信力より誠実さ 西日本新聞の卓見=白垣詔男

 菅義偉首相が8月3日に突然の退任表明、翌4日の新聞各紙には、社説、解説、分析、雑報など「大事件報道」が満載だった。その後の新聞はじめマスコミが「コロナ禍」よりも「自民党総裁選」を熱心に報道していることは、政府・自民党と同じくマスコミにも「コロナが大災害」という認識が足りなかったことを物語っているのではないか。
 さて、菅首相は3日のぶら下がり会見で「私自身、新型コロナ対策に専念したい。そういう思いの中で総裁選には出馬しない」旨の一方的発言をして、記者の質問を無視して立ち去った。官房長官時代からの変わらない独善的な姿勢だった。そこには、自らの心情を国民に語ろうという誠実さは全く見えなかった。しかも、その後の行動をみると「コロナ対策に専念」しているとは思えない。行動に「嘘」がある。これも不誠実だ。
 5日の西日本新聞朝刊2面の日曜日コラム「時代ななめ読み」で筆者の永田健特別論説委員が「コロナ禍での政局混乱は不幸だが『国民に届く言葉を持たない首相が、結果として退場を強いられた』という事実は大切な教訓となる。言葉を軽んじた政治家がどうなるか、自民党も野党も肝に銘じるべきだ。/ただ、それなら大事なのは『発信力』だ、とは考えないでほしい。…必要なのはただ一つ。誠実さなのだ。語り手が誠実なら、その言葉は必ず相手に届く。まずは記者会見や国会論戦で、ごまかさず真正面から質問に答えるだけでいい」とコトの本質を訴えている。

 この指摘は安倍晋三前首相にも大いに当てはまる。「桜を見る会疑惑」について国会で118回も「嘘答弁」をして、それを認めて弁解はしたが深く反省した様子が見られない。「安倍政権を継承した」菅首相も、国民には「嘘答弁」でごまかせると考えていた節があったと思う。
 菅首相の総裁選不出馬を表明した後のぶらさがり会見の発言についても永田特別論説委員は「この発言を私の『身もふたもない翻訳機』にかけたところ『あまりに不人気で、出馬しても勝てそうにないので出ません』という訳が出た。国民の受け止め方も同じだろう」と書く。こうした本音の記事が今の新聞には、ほとんど出てこないのは寂しい限りだ。
白垣詔男
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年9月25日号
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2021年10月01日

【月刊マスコミ評・放送】今日的な問題意識の戦争特集番組=諸川麻衣

 五輪最優先のNHKは八月六日、原爆に関する新作特番を放送しなかったが、その後の特集番組は、テーマの多彩さ、丹念な取材、問題意識の今日性など、非常に充実していた(以下、日付はすべて八月)。
 新資料の活用 ―七日のETV特集『日本の原爆開発〜未公開書簡が明かす仁科芳雄の軌跡〜』は、仁科の書簡から原子力エネルギー利用計画が核爆弾開発に変化していった経緯を描き、科学と軍事の関係を問うた。一四日のBS1スペシャル『ヒトラーに傾倒した男〜A級戦犯・大島浩の告白〜』は、大島の生前のインタビュー録音から、日独伊三国同盟に至る「ドイツ追随」の歩みをたどった。
 今日的な問題意識―一四日のNHKスペシャル『銃後の女たち〜戦争にのめり込んだ“普通の人々”』は、大日本国防婦人会を素材に、社会貢献を望んだ女性たちが戦争に飲み込まれた怖さを描いた。近年のジェンダー論を反映した企画だった。
 市井の証言者への聞き取り ―九日のBS1スペシャル『マルレ 〜“特攻艇”隊員たちの戦争〜』は、特攻艇の元隊員の証言や隊員が個人でまとめた戦史から、彼らの凄まじい体験を伝えた。一四日のETV特集『ひまわりの子どもたち〜長崎・戦争孤児の記憶〜』は、長崎の戦争孤児収容施設での孤児たちの生活と、差別と偏見にさらされた就職後の人生に光を当てた。二八日のETV特集『“玉砕”の島を生きて〜テニアン島 日本人移民の記録〜』は、一九四四年夏の米軍侵攻の際の集団自決の証言。担当ディレクターは生存者を二十年以上取材、母や姉が幼子を手にかけた壮絶な体験など、集団自決の実相を明らかにした。

 見過ごされてきたテーマ―二一日のETV特集『戦火のホトトギス』は、俳句雑誌「ホトトギス」への戦地からの投句に着目。胸に迫る兵士たちの句を紹介しただけでなく、俳号などを手がかりに作者を突き止め、縁者に取材した。膨大な投句を読みこんだ制作者の努力に脱帽。二二日のBS1スペシャル『感染症に斃れた日本軍兵士』は、前編でマラリア、デング熱などへの日米双方の対策を比較。後編では、蘭印のバンドンで一九四四年、労務者四百人近くが日本によるワクチン接種後に破傷風の症状で亡くなった大量死事件から、日本軍の人体実験という歴史の闇に光を当てた。
どの番組も、証言者や史料にしっかり向き合い、当時と現在とに通底する問題を照射する点で、ジャーナリズム性に溢れていた。
 諸川麻衣
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年9月25日号
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2021年09月18日

【メディア時評】「9・11から20年」報道にみる大いなる欠落=梅田正己(歴史研究者)

 9・11の惨劇から20周年を迎え、テレビではツインタワーが崩れ落ち、灰白色の噴煙が空をおおう光景が繰り返し放映された。
 日本人24名を含め、約3千人が犠牲となった。遺族の悲しみは20年たつとも消えることはない。その悲哀もメディアで伝えられた。
 また「テロとの戦い」を呼号して米国の戦争史上最長の戦争に突入し、2兆ドルの戦費を投じ、2400人の米兵の命を失いながら、米国が事実上敗退せざるを得なかった事情についてもいろいろと論じられた。しかし、当然論じられるべくして論じられなかった重要な問題が一つある、と私は思う。それは何か?
あのような史上空前の大量破壊・殺戮行為が、どうして引き起こされたのか、という問題である。およそ人間社会で惹起する事態には、必ず理由がある。どんな事象にも、原因があり、プロセスがあって結果が生じるのである。
 ところが9・11については、その「結果」についてはさまざまに報じられ、論じられたが、あのような恐るべき事態がいかなる「原因」によって引き起こされたのか、については殆んど論じられなかったのではないか。
あれほどの事件である。当然、重大な原因と長期にわたるプロセスがあったはずだ。
 
 発端は「湾岸戦争」

 原因の発端は、1990年8月2日、イラクのサダム・フセインが突如、小国クウェートに侵攻して併合を宣言したことから始まった「湾岸危機」にあると私は考える。
 この報を受け直ちに行動を開始したのが、父ブッシュ米大統領だった。空母をアラビア海に向かわせるとともに、チェイニー国防長官をサウジアラビアに派遣、同国にイラク攻撃のための軍事基地の設置を要請(3日がかりの交渉で説き伏せる)、あわせて国連安保理でのイラク制裁の決議を呼びかける。
 米国の強力な工作によって、安保理は8月には限定的だった武力行使容認を、11月には限定なしで決議する。この間、ペルシャ湾岸には米、英軍をはじめ各国の軍が集結する。多国籍軍と呼んだ。
 明けて91年1月、「湾岸危機」は「湾岸戦争」へと転換する。以後6週間、ハイテク兵器とともに連日、数百の戦闘爆撃機がイラク上空へ飛び、空爆を続けた。
 こうして抵抗力を奪われたイラクに、2月、地上部隊が陸続と侵攻、フセインはわずか3日で降伏、以後、最大の産油地帯であるアラブの地に米軍部隊が基地を設けて駐留、世界の産業の血液≠ナある石油が米国の覇権下に置かれることになる。(→続きを読む)
(→続きを読む)
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2021年08月31日

【月刊マスコミ評・出版】日米安保70年特集『世界』に拍手=荒屋敷 宏

 重症以外は自宅療養≠ニの菅義偉首相の新方針が、国民を安心・安全にさせるどころか、恐怖のどん底に陥れている。新型コロナウイルスのデルタ変異株の感染力は、すさまじい。『サンデー毎日』8月15日・22日合併号の「東京9月 医療崩壊へのカウントダウン」(鈴木隆祐氏)は、米紙ワシントン・ポストの情報として、水ぼうそうと同じぐらい、普通の風邪より素早く感染する、と伝えている。東京の感染者数、菅首相の発言は、医療崩壊が起きていることを雄弁に物語っている。
 「桜を見る会」前夜祭をめぐり公職選挙法違反容疑などで告発され、不起訴処分となっていた安倍晋三前首相に対して、東京第1検察審査会が「不起訴不当」と議決した(7月30日)。その安倍前首相は自宅謹慎かと思いきや、『正論』9月号の鼎談で、「強固な日米同盟が絶対的に必要です」と吠えている。同誌には新型コロナの「コ」の字もなく、「軍事力増強」の主張であふれかえっている。76年前に終結した侵略戦争と、戦争犯罪への反省も皆無である。
 日本列島を米軍の最前線拠点へ改造しようとする菅首相、安倍前首相らの政策に対抗しているのが『世界』9月号の特集「最前線列島―日米安保70年」だ。
 軍事ジャーナリストの前田哲男氏は、パンデミックのもとで進む日本の〈戦争への接近〉に警鐘を鳴らしている。「安保法制(戦争法)」(2015年)以降、今年4月の「菅・バイデン会談」の「台湾海峡」への言及に至る経過を整理している。「日米同盟=日米安保条約こそが真の〈国体〉」という構造から脱却し、過去の国際条約に学び、協調的安全保障への転換を、と前田氏は呼びかけている。
 同誌でジャーナリストの吉田敏浩氏の「米軍横田基地」は、日本の主権を侵害する同基地の現状を示すリポートとして詳細を極めている。憲法史研究者の古関彰一氏の論文「戦後日本の主権と領土 日米安保70年の現在」は、日本の主権意識の希薄さをあぶりだしている。古関氏は、「米国とだけは強固で、近隣国とは話もしない、あるいは『できない』弱体な安全保障などあり得ない。/しかも、日米安保体制下の日米同盟を強固にすればするほど、日本は近隣国との対立を深くすることになる」と直言している。元海上自衛隊幹部で軍事ライターの文谷数重氏の「尖閣はどうなっているか」、ジャーナリストの島本慈子氏のルポ「いま宮古島で何が起きているか」も説得力があった。  
荒屋敷 宏
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年8月25日号
 
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2021年08月21日

【メディアウオッチ】広がる「取材は迷惑論」世界報道自由デーで澤氏 情報公開阻む壁=須貝道雄 

国境なき記者団のアルビアーニさん.jpg

 第5回世界報道の自由デー・フォーラムが6月27日、オンラインで開催された。テーマは「アジアの報道の自由とジャーナリズム」。法政大学図書館司書課程の主催でJCJも共催した。

 コロナ禍で制限
 最初に、国境なき記者団東アジア支局長のセドリック・アルビアーニさん(写真上)が世界の状況について報告。報道の自由度ランキングで180か国・地域を調べたところ、70%の人たちが環境が「悪くなった」と回答したという。「独裁的な政権の国では、コロナ問題を報道の自由を抑え込む絶好の機会ととらえ、情報を制限する動きが多くみられる」と指摘した。
 日本でもコロナを利用し報道制限をする動きがある。政府の記者会見で「開催回数と参加人数が 減らされている」と強調。「希望する記者が全員入れる大部屋を政府が用意することは可能だ」と批判し た。
 危険を冒して戦場取材をした安田純平さんと常岡浩介さんに対し、外務省がパスポートの発行を拒否している問題にも触れ、
「彼らは情報のヒーローだと思う。もっと応援すべきで罰を与えるべきではない」と語った。
 続いて元共同通信記者でジャーナリストの澤康臣さん(専修大学教授=写真下)が報道の自由に関し、日本が抱える問題点について報告した。
 冒頭に取り上げたのは、メディアの取材を「迷惑行為」と指弾し、情報公開を阻む理由にする風潮だ。たとえば6月に国が公開した赤木ファイル。森友学園問題にからむ公文書改ざん事件の経緯がファイルには書かれている。ところが400か所が黒塗りだった。改ざんを指示した財務省の係長らの名前をわからなくしていた。

 減点法の発想に
その理由を国側は「取材等が殺到することにより、当該職員はもとより、その家族の私生活の平穏が脅かされるおそれがある」と文書で説明した。
 取材は迷惑行為とする国の言い分に対し、澤さんは「文書改ざんにかかわった公務員の名前は、皆に明らかにすべき公共情報である。個人が特定できなければ事実の検証ができない」と反論。こうした「取材=迷惑行為」論が日本の報道の自由に対する圧力の典型だと訴えた。
 その関連で1980年代以降「何を報じるか」よりも、「報道被害を出さない」方向にメディア倫理の議論の軸足が移ったと澤さんは分析。より内容ある報道をする加点法の考え方は弱く、相手に迷惑をかけていないか気にする「減点法のジャーナリズム」が現場に影響を与えていると話した。それが悪用される危険性も高いと警鐘を鳴らした。
  須貝道雄
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年7月25日号
専修大学教授の澤康臣さん.jpg
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2021年08月05日

【月刊マスコミ評・新聞】熱海の土砂流 朝日は実名報じずの説明を=徳山喜雄

災害時に安否不明者の名前をすみやかに公表することは、捜索を進めるうえで重要なことだ。しかし、個人情報保護法の曲解もあり、自治体が公表をしぶるケースが多発してきた。
 静岡県熱海市で7月3日朝に発生した土石流によって、多くの不明者がでた。県と市は、生存率が急激に下がるとされる「発生から72時間」が迫る5日夜、安否不明者64人の名簿を公表した。
 その後、本人や家族らからの連絡があり、6日午後7時までに44人の所在が確認された。一方、これとは別に安否不明者が2人いることも分かった。これによって、約1700人態勢で不明者の発見を急いだ県警や消防、自衛隊は、無事の人を探すという無駄な捜索をすることがなくなった。
もっと早く発表してほしかったという思いもあるが、非公表という「愚」をおかさずに公表に踏み切った県と市の判断を多としたい。
 ただ、報道をみると、たいへん残念なことがあった。在京6紙(6日朝刊最終版を参照)のなかで朝日新聞だけが公表された安否不明者の名前を掲載していなかった。経済紙の日経新聞も社会面に名前を載せている。

 熱海は著名な別荘地で、首都圏在住者らが巻き込まれたり、無事でいるにもかかわらず名簿に掲載されたりする可能性がある。部数の多い東京の最終版に名簿を入れることは報道機関としてとうぜんの役割だ。
 たとえば、2015年9月の関東・東北豪雨の際に、茨城県と常総市が連絡の取れない住民15人の名前を非公表にしたため、無意味な捜索がつづけられた。18年7月の西日本豪雨では、岡山県が不明者51人の名前を公表し、初日に半数以上の生存が確かめられた。広島と愛媛の両県は当初、「個人情報保護」などを理由に名前を公表しなかったが、岡山の発表後に公表に転じた。
新聞などのメディアは、災害時の実名公表を繰りかえし訴えてきた。ならば、自治体が名簿を公表したら、それを報道するのが基本であろう。朝日のように報じないなら、「実名公表」を求める理屈がたたないし、災害報道の土台が揺らぐことにもなりかねない。
 なぜ、在京紙で朝日新聞だけが安否不明者の名簿を掲載しなかったのか、その理由を説明してほしいものだ。
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年7月25日号

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2021年07月14日

【月刊マスコミ評・出版】「ワクチン敗戦」日本のオトコ政治=″r屋敷 宏

 東京・大手町の自衛隊東京大規模接種センターに閑古鳥が鳴いている。一方で、筆者の職場に近い病院のワクチン接種には行列ができていた。菅政権のワクチン接種作戦は、チグハグである。
 『文芸春秋』7月号の船橋洋一氏「『ワクチン暗黒国家』日本の不作為」は、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中でワクチン接種が最下位の日本の「ワクチン敗戦」を皮肉っている。なぜ、日本独自にワクチンの開発ができないのか?
 日本のワクチン国産生産体制整備のための資金投入は米国の十分の一以下だという。WHO(世界保健機関)では、ワクチンを買いあさり、他の国はどうでもいいと言わんばかりの日本の評判は悪いという。日本の製薬企業には海外メーカーとの共同開発・生産設備すらないという。ウイルスの遺伝情報を使うmRNA(メッセンジャーRNA)を見過ごし、ワクチン承認体制が迅速ではなく、ワクチン接種体制も滞っている、訴訟リスクを管理できていない等々。自民党、公明党は、安全保障の根本を間違えているのだ。
 もっとも注目したのは、『世界』7月号の「さらば、オトコ政治」である。日本のジェンダーギャップ(男女格差)指数が2021年も120位であることを受けての企画のようだ。編集部は「いくら女性の社会進出が進んでも、そのあり方をオトコ政治が決めているかぎり、ここはいつまでも『ヘル・ジャパン』だ」だという。
 同誌で「怒りは社会改革のマグマである」という山下泰子氏の論文「女性の権利を国際基準に 女性差別撤廃条約から考える」が問題の所在を明確にしている。「日本の裁判所で、女性差別撤廃条約を裁判規範として不平等な扱いを訴えた者が救済された事例は皆無である」という。山下氏らは、女性差別撤廃条約の日本に対する効力発生から36年目にあたる2021年7月25日を「女性の権利デー」と名付け、同条約を日本社会に浸透させることを目指すとしている。
 『月刊Hanada』7月号に登場した安倍晋三前首相は、新型コロナ対応への遅れについて「緊急事態条項が憲法に規定されていないことをもってしても、危機への意識がとても薄かった」と日本国憲法を攻撃し、「新型コロナウイルス対策の特別措置法などの改正案は、そもそもは民主党政権時に作られた新型インフルエンザ等対策特別措置法です」と旧民主党に責任をなすりつけている。確かに、自民党の「オトコ政治」は愚劣に違いない。 
荒屋敷 宏
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年6月25日号
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2021年07月05日

【月刊マスコミ評・新聞】菅政権批判 単発でいいか=白垣詔男

 「東京オリンピック・パラリンピック」に関する新聞各紙の社説は、政府に対する姿勢が、いつものようにくっきり分かれていた。権力監視が最大の役目である「ジャーナリズム」を守る姿勢を見せる朝日、毎日、西日本と「政府側から発想する非ジャーナリズム」読売、産経。
 社説の見出しは「理解得られぬなら中止を」(西日本5月25日)、「中止の決断を首相に求める」(朝日5月26日)、「緊急事態宣言の再延長 五輪優先の解除許されぬ」(毎日5月29日)、と「中止」に重点を置く3紙に対し、「開催へ感染防止を徹底せよ」(読売5月28日)、「開催努力あきらめるな 菅首相は大会の意義を語れ」(産経5月28日)と「開催」に賛意を示す。ただ、産経は「政府や組織委が掲げる『安全・安心な大会運営』は前提であって答えではない。開催意義をあいまいにしたまま『安全・安心』を繰り返しても、国民の理解は広がらない。菅義偉首相にはそこを明確に語ってもらいたい」と注文を付ける。
 ところで、「五輪開催」の是非を語るとき、「ワクチン接種の大幅遅れが国民に不安を与えている」ことに連動して触れる新聞(放送も)が皆無なのは視野狭さくだ。ワクチン接種が進んで、既にマスク不要やレストランの通常営業を再開した国もあるが、日本は「7月中に高齢者に接種」と後手後手の政権運営。なぜワクチンの輸入が遅れたのか。ワクチン接種の遅れは日本の外交力の弱さである。五輪開催の是非論議が今ごろ盛んになったことに不快ささえ覚える。大いなる政府の失政を日本のマスコミは指摘しない。
 目の前にある大きな問題を単発的に報道して、その原因である失政や外交力の弱さに言及しないマスコミの姿勢は疑問だ。
 東京、大阪のワクチン大規模接種会場の運営に自衛隊が当たった。コロナ禍は日本の安全保障問題なのに、自衛隊の活用を閣議や防衛省への指示だけでやってしまうのは疑問だ。政府の安全保障に対する考え方は「米国からの兵器爆買い」しか頭にないのか。自衛隊を動員するなら「国家安全保障会議」(議長は首相)を開いて決めるべきではなかったか。「国民の安全・安心を守る」を繰り返すだけの菅首相の「安全保障観」はどうなっているのか。
 白垣詔男
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年6月25日号
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2021年04月16日

被災地を取材する大手メディアの「やべえ奴ら」=高田正基

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から10年。3月11日を中心に、新聞もテレビも連日、読者や視聴者が消化しきれないほど大量の報道を展開した。その中身についてここでは問わない。そんな情報の洪水の中を泳ぎながら、頭をよぎったのは被災地におけるメディアの取材者たちの振る舞いについてだ。

 2018年9月6日に最大震度7を観測した北海道胆振東部地震の、ある現地リポートが忘れられない。筆者は東北大学災害科学国際研究所助教の定池祐季さん。1993年の北海道南西沖地震の際、奥尻島で巨大津波を体験した定池さんはやがて防災の研究者となり、胆振東部地震発生直後から甚大な被害が出た厚真町に支援に入った。
 当時、札幌の民放局勤めだったわたしは、そのリポートが掲載された『震災学』vol.13 を読んで情けなさに襲われた。定池さんはリポートに「人の美しさと醜さ」と題して1章を割いた。助け合う被災者やボランティアたちの姿に人間の美しさを見る一方で、目にした醜さに「強い怒りと悲しみと脱力感を覚えた。(略)その多くは報道に対してだった」。定池さんが見聞きした取材者たちの姿とは―。

 避難所や役場の周辺で「遺族を探せ!」「(犠牲者の)写真を探せ!」と叫ぶ。避難所の近くで「厚真の人はガードが緩くてチョロい」と話す。役場の前にたむろして煙草をふかす。保護者のいないところで子どもに接触し、故人が写っている写真を求める。避難所が立ち入り禁止となったため、屋外の仮設トイレのそばで被災者が表れるのを待つ。「正確な数字を出さないと訴えられるぞ」と社協職員を脅す。
 書き写すだけで嫌になってくる(定池さんによれば、こうした「醜さ」は現地に入って来た研究者にも見られたそうだ)。このリポートを読んで、定池さんを招き社内勉強会を開いた。そのとき「地元の記者もひどかったですか」と問うたわたしに、定池さんは「目に余ったのは東京から取材に来た大手メディアの人たちです。地元メディアの皆さんはきちんとしていました」と答えてくれた。わたしたちへの気遣いもあったかもしれないが、それを聞いて少しホッとした。
 
 そんな記憶がよみがえったのは、東日本大震災から10年を特集した『Journalism』2月号に掲載された2本の寄稿を読んだからだ。お読みになった人も多いだろう。
 岩手県の地域紙『東海新報』(本社・大船渡市)の代表取締役・鈴木英里さんは10年前、泣きながら取材に走り回った。そんな中、被災地に入ってきた大手メディアの「画(え)になる悲劇が撮れるなら、被災者を踏みにじっても構わない―そういわんばかりの取材者」に何度も出会ったという。
 東海新報に「被災度が高い人、亡くなった家族が多い人を紹介してくれ」と依頼してくる記者。地元の高校の卒業式では「遺影の撮影はNG」とされたのに、たくさんのフラッシュがたかれ、生徒たちの心を傷つけた。鈴木さんは「この人たちが求めるのは、災害というエンターテインメント≠ナしかないのだ」と激しく憤る。
  同県大槌町で一人『大槌新聞』(3月11日付で休刊)を出してきた菊池由貴子さんも似た経験をした。朝日新聞などが主催したフォーラムに登壇したとき、楽屋でゲストたちがニヤニヤしながら遺体の話をする。本番では復興予算が話題になり「仮設住宅に囲まれるようにしてパチンコ店ができた」などと語る。遺体の話をした時と同じような表情で。菊池さんは「人の死や悲しみを想像できない人たちが報道していることを知り『ダメだ、この人たちは』と思った」そうだ。

 10年前と3年前。メディアの取材者たちはなぜかくも醜悪な振る舞いを繰り返すのだろう。報道の使命を「自分たちは特別だ」と勘違いしているのか。あるいは本当にエンタメ感覚なのか。繊細な感性を持ち合わせていては、被災地報道はできないとでも思っているのか。そもそも「人の死や悲しみ」に対する想像力を持ち合わせていないのか。おそらく、そのいずれもあるだろう。
 救いは東海新報の鈴木さんがこう書いていることだ。
「大手メディアのやべえ奴ら≠ェ跋扈(ばっこ)していたのは、ほんの一時のことだった。(略)本当に気骨のある取材者だけが残ってくれた」

 わたしは民放局の前に長く新聞社に勤務したが、大災害や大事故が起きたとき、デスクとして「社会面は遺族(被災者)の声で展開するぞ」「犠牲者の写真はないのか」などと指示したことがある。その指示に従って、記者たちがどんな取材をするかまでは思いを巡らすこともなく。正直、自分自身だって現場記者時代には、厚真に取材に入った取材者たちと似た振る舞いをしたことはなかったか。
そんな話を先日、元同僚と話していたら彼はこう言った。「被災者の声を取るのに、仮設トイレのそばで待ち伏せくらいはするだろう」。そうかもしれない。しかし、取材者だって見られていることを忘れてはいけない。定池さんや鈴木さんや菊池さんの告発に、忸怩たる思いにかられるのは、わたしだけではないはずだ。

 集中豪雨のような報道のたびに、メディアはさまざまな批判を浴び、反省を重ね、取材モラルの徹底に努めてきた。それでも「醜い取材」はなくならない。毎年のように各地で発生する大災害。その現場に殺到する取材者たち。被害の実態を記録し、被災者の声に謙虚に耳を傾け、伝えるというメディアの使命を果たすべき彼らが「メディアのやべえ奴ら=vとそしられるのを、もう見たくはない。    
 高田正基(北海道支部)
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2021年04月09日

【月刊マスコミ評・新聞】官僚は「体調不良」ですぐ入院=白垣詔男

 オリンピック・パラリンピック組織委員長、森喜朗が「女性べっ視発言」で失脚したとき、新聞各紙は「男性社会の弊害」を力説した。ところが、内閣広報官、山田真貴子が3月1日に辞職した際の報道では「男性目線」しか感じなかった。
 西日本は3月1日夕刊で、山田が「体調不良を訴え2月28日に入院した」「加藤勝信官房長官は、自民党に山田氏の診断書を示して経緯を説明した」(共同通信)と報じた。
 ところが、「体調不良」「入院した」それ以上の中身は他紙も触れていない。山田は政治家並みに、立場が不利になるとすぐに入院してしまい、説明責任がうやむやになった。入院するほどの体調不良とは、どんな症状なのか、どの新聞も(ラジオ・テレビ報道もそうだが)伝えていない。細部まで知りたい「国民目線」からの指摘がない。
 かつて、首相、橋本龍太郎が長期入院した報道の際、それを知った、病気の親族を抱える多くの女性から「それほど長く入院できる病院を教えてほしい」と新聞各社に問い合わせが相次いだことを思い出した。今でも病院への長期入院は日数が限られているから、当時、「橋本入院」という報道各社の「男性目線ニュース」の先にある中身について、そうした女性は強い関心を示した。報道した側には、そうした考えがなかったようだ。これは「男性社会」では気付かない「関心事」だろう。
 山田に話を戻すと「体調不良で入院した」のが当たり前のように報じているのも、おかしい。「ジャーナリスト」先号2面で小滝一志さんが追悼文をお書きになっている元NHKディレクター、戸崎賢二さんは、体調不良で救急車を呼んだが、入院する病院が見つからず自宅に帰された後に亡くなったと聞いている。悔やまれてならない。
 コロナ禍のなかで一般市民がこのような悲惨な扱いをされているのに、山田は即入院できた。そこを各報道は触れていない。「上級国民」という使いたくない言葉がある。山田が「菅首相のお気に入りで首相官邸幹部」つまり「上級国民」だから、こうした待遇が可能になったのか。
 そう考えると、菅が政権発足時に「国民のための政治」「自助、共助、公助」を強調したのも、こうした現実を意識しているからではないかと勘繰りたくなる。
 白垣詔男
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年3月25日号

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2021年03月19日

【月刊マスコミ評・出版】女性蔑視暴言とメディアの態度=荒屋敷 宏

 ジャーナリストとして女性蔑視にどう向き合うかが問われている。「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」との森喜朗・東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会会長の暴言は、女性を蔑視がはびこる日本社会の問題を改めて浮き彫りにした。
 朝日新聞編集委員の秋山訓子氏は、森氏の暴言について、「AERA」2月15日号で、自らの取材経験をもとに、男社会で傷をなめ合うような日本社会の問題として批判している。「私は政治の世界を20年以上取材してきた。かつては政治家も官僚も、取材するジャーナリストも完全な『男社会』。少しずつ空気は変わってきたが、今回、嫌な思い出がよみがえった」と書き、「わきまえない女」でいきましょうと呼びかけた。女性記者だけでなく、男性記者も声を上げるべき問題だ。

 「週刊朝日」2月19日号も「拝啓 森喜朗さま」と見出しを立てた記事を掲載した。批判を内外から浴びても辞任せず、逆ギレする森氏の「退場」の時期はとうに過ぎているのではないだろうかと批判している。東京五輪中止の論陣を張っていた「サンデー毎日」は、2月21日号までの間に森氏の暴言を真正面から取り上げた見出しと記事がない。どうしたのか。

 「週刊文春」2月18日号と「週刊新潮」同は、それぞれ森氏の周辺を洗っている。「週刊文春」は、問題発言を繰り返してきた森氏が自民党の最大派閥「清和会」出身で、総裁選で支援を受けた菅義偉首相も森氏退任を言えない、等々。「週刊新潮」は、森氏が暴言するに至ったのは日本オリンピック委員会(JOC)の山口香理事と日本ラグビーフットボール協会の谷口真由美理事の存在があったからだと、うんぬん。「週刊文春」と「週刊新潮」は、日本社会における「女性蔑視」ではなく、問題を森氏個人の範囲にとどめようとしている。
 女性の裸写真があふれる「週刊ポスト」2月19日号は、「放言王・森喜朗会長が天皇陛下に『五輪開会宣言』を再上奏!?宮内庁の困惑」との記事を掲載したが、暴言を真正面から取り上げてはいない。

 女性蔑視について欧米メディアの目が厳しいのは当然のことだ。世界中から選手たちだけでなくメディアも集まる東京五輪の責任者として森氏は、ふさわしい人物だったのか。「いかなる種類の差別」も認めない五輪憲章の趣旨にふさわしい人物だったのか。森氏だけでなく、日本のメディア、記者も問われている。 
荒屋敷 宏
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年2月25日号

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2021年02月13日

【月刊マスコミ評・新聞】 年頭紙面はコロナより中国の脅威=徳山喜雄

  元旦の各紙の1面トップをみるのが、年頭の楽しみだ。通常は特ダネ・独自ダネか、大型連載があてられる。在京6紙をみれば、朝日、読売が特ダネ、東京が独自ダネ、毎日、産経、日経が連載を据えた。きれいに分かれたかたちだ。
 朝日は、自民党衆院議員だった吉川貴盛・元農林水産相が鶏卵業者から500万円を受領した疑いがある事件で、大臣在任前後にさらに1300万円を受け取っていたとした。鶏卵生産・販売大手の前代表が東京地検特捜部の任意聴取で供述、特捜部は収賄容疑で立件する方向という、本筋の特ダネだ。
 読売は、海外から優秀な研究者を集める中国のプロジェクトについて「中国『千人計画』に日本人」という主見出しを取り、少なくとも44人の日本人が関与していることが、独自取材で分かったとした。1社面に受け記事を掲載、「人材流失を防ぐための対策が求められている」と訴えた。
 東京は、作家・加賀乙彦さんの父親が戦前の東京などの街や人々を8_・16_フィルムで記録した映像を入手。現存する宝塚歌劇団のもっとも古いカラー映像や空襲前の新宿駅前を撮ったものなどをデジタル化したという自社ものだ。やや弱い内容だが、東京ローカル紙として「戦前の東京」を蘇らせたという映像の紹介は、これもありかと思った。
 毎日は連載記事であるものの、中国で製造された新型コロナウイルスの「闇」ワクチンが日本国内に持ち込まれ、大手企業の経営者ら富裕層が接種しているというショッキングな内容だ。産経も中国に関係するもので、中国型の権威主義が南太平洋で猛威をふるっているとした。日経は、温暖化ガスの排出を実質ゼロにする日本のカーボンゼロ宣言をテーマに、連載をスタートさせた。
 読売と毎日、産経の3紙が、中国がらみの記事をトップに。コロナ禍よりも中国の脅威が新年早々から伝わってきた。
 社説はどの新聞もコロナ禍に言及。毎日は「民主政治は間違える。けれども、自分たちで修正できるのも民主政治のメリットだ。手間はかかっても、その難しさを乗り越えていく1年としたい」。日経は「……世界のあちこちで分断やきしみが目立った。……『再起動』の年にしたい」と、前向きに訴えた。 
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年1月25日号
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2021年02月05日

【月刊マスコミ評・出版】 政治のうそをあばくということ=荒屋敷 宏

 ベトナム戦争に関する米国防総省の機密文書を入手し、報道したニール・シーハン記者が1月7日、米ワシントンの自宅で死去した。合掌。シーハン記者が、いわゆる「ペンタゴン・ペーパーズ」を暴露したのは1971年のことだった。他紙も追随し、当時、米司法長官が「ニューヨーク・タイムズ」に次回以降の掲載中止命令を出す騒ぎとなった。が、米連邦最高裁は継続掲載を認めた。
 掲載を支持したスチュワート判事は、「自由に取材し報道できるメディアなしには、啓発された国民など存在しえない」と意見を述べた。あれから50年が経過した。
 日本の出版界に目を転じると、「週刊現代」が1月9日・16日合併号で久しぶりに政治ネタ、「ガースーはもうおしまい 2021年 日本の大問題――次の総理は誰か」を掲載した。産経新聞を除く大手紙・通信社の政治部記者がアンケートに、菅総裁で総選挙は「勝てない」「現有議席からは減らす」と答え、次の総裁に「岸田文雄か河野太郎」などと予想している。菅政権の支持率低下をふまえた企画だろう。日本の政治状況を狭く捉える旧態依然に鼻白む思いだ。
 「週刊文春」1月14日号は、西浦博・京都大学大学院教授に取材して、いまや人災化した新型コロナウイルス対策の東京での無策ぶりを指摘している。批判の矛先は小池百合子東京都知事と菅首相だが、同誌の首相退陣のXデーを予想する記事は、迫力に欠けている。
 「世界」2月号が泉澤章弁護士の「首相の犯罪に裁きを 桜を見る会疑惑」、環境ジャーナリストの青木泰氏の「政治の私物化を断つ 森友問題――政権が隠蔽する真実を暴く」を特集している。新年の出版界で、政府のウソを暴くシーハン記者の遺志を受け継ぐ報道姿勢を堅持しているのは、総合誌では「世界」だけとは、情けない。
 1年前に出版された柴山哲也著『いま、解読する戦後ジャーナリズム秘史』(ミネルヴァ書房)からは、啓発されることが多い。柴山氏はベトナム戦争報道をめぐって、こう書いている。「新聞の役割は、政権や政府が国民に対してついていた『嘘』の事実を暴くことだ」と。
 ジャーナリズムが立法、行政、司法に並ぶ民主主義の監視・チェック機構としての「第四の権力」と巷間で呼ばれることがなくなって久しい。報道機関が政府にとりこまれ、政府のウソを見て見ぬ振りをすることは、最悪の事態を招く。そのことは、歴史が証明しているのではないか。温故知新。 
荒屋敷 宏
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年1月25日号

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2021年01月22日

【日韓学生フォーラム】 もっと骨身を削らねば ソウルと東京を結ぶ 「韓国ニュース打破」チェ・スンホさん講演=古川英一

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 「ジャーナリストを目指す日韓学生フォーラム」の6回目が、ソウルと東京・早稲田の会場をオンラインで結んで11月末に開かれた。コロナ禍のもとでの新たな試みには、両国から合わせて30人の学生が参加した。韓国の独立系ネットメディア・ニュース打破のディレクター、チェ・スンホさんをソウルの会場に招き、講演と議論を通して両国のメディア事情を考えようというシンポジウムだ。

 チェさんは、李明博政権時代の政府のメディアへの介入でMBCテレビを解雇され、ニュース打破に移り、日本でも公開された映画「自白」「共犯者たち」の監督を務めた。MBCに社長として返り咲いた後、再びニュース打破に戻りディレクターとして今も現場でニュースを追い続けている、まさに根っからのジャーナリストだ。
 チェさんの講演は、プロンプターの画面を通じて同時通訳で1時間半に及んだ。この中でチェさんは、テレビ局時代にドキュメンタリー番組の制作に長年携わった際に、最も大切にしたこととして@真実を追い求めること、その際、取材者は自分の方向性によって、ファクトを取捨選択し歪曲することを最も警戒しなければならないA批判の対象となる人々の意見や立場を把握して、それを番組に反映すること、の2点を挙げた。
 
 チェさんはまた、学生の質問に答える形で「自分にとって都合のよいニュースしか見ないようになれば社会は分断される。こうした中で、人々に判断の材料を示して、包容するジャーナリズムを目指すことが必要だ」と訴え、「ジャーナリストはもっと骨身を削らなければ市民の信頼に応えられないという厳しい現実がある」と穏やかだが決然とした口調で学生たちに語りかけた。

 シンポジウムでは、日韓の学生が発表を行った。新聞やテレビに代わってネットから情報を得る人が増えているのは共通した認識だ。日本の学生は、ネットメディアの新しい動きなどを映像リポートで伝えた。リポート作りを通して学生たちは、メディアの違いが問題なのではなく、ジャーナリストが、きちんと事実を伝えることが必要なことに気づく。
 その気づきを刻みつけて、来年の春、学生たちは記者への一歩を踏み出す。
古川英一
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年12月25日号

 

 

 
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2021年01月18日

【月刊マスコミ評・放送】 Eテレ売却論 NHKに圧力?=諸川麻衣

  今年NHKでは、次期中期経営計画での衛星やラジオ第二の波の整理・統合、受信料制度の見直し、受信料収入に対するネット関連予算の比率の見直しなど、制度の幾つかが論議の的となった。
  波の削減については既に本紙七五一号で取り上げられたが、年の瀬に新たな論点=「Eテレ売却論」が出来した。主張しているのは、菅政権の内閣官房参与に起用された、元財務官僚の高橋洋一・嘉悦大学教授。高橋氏は、Eテレは視聴率が低いので、テレビとして放送するよりはネットで配信し、電波は売却して携帯などの通信に使えばよい、そうすればNHKの波を減らせて受信料も半分程度に下げられる、と言う。
 この主張が公になると、「最も公共放送らしいEテレ売却なんて馬鹿げてる」(堀潤氏)、「Eテレは、色んな年齢や状況の人々に文化へのアクセスを提供する大切なインフラ。視聴率だけでは評価などできません」(ロバート・キャンベル氏)、「今のNHKの報道には山ほど批判があるが、教育テレビをなくすと言われれば、NHKを守れという運動を始めるしかない」(山口二郎氏)といった批判の声が上がった。
 さらにツイッターにも視聴者から、「わざわざ受信料払ってるのは本当にEテレのため」「子育て世代を敵に回すのは、やめてください」といった声が多々寄せられ、「#Eテレのために受信料払ってる」というハッシュタグがトレンド二位に入った。前田NHK会長も「教育テレビはNHKらしさの一つの象徴だと思う。それを資産売却すればいいという話には全くならない」と述べている。
 これに対し高橋氏は、「Eテレの売却とは、Eテレの周波数帯の売却であり、Eテレの番組制作コンテンツの売却ではない」「Eテレの番組をインターネットで提供でき…インターネットを活用した『GIGAスクール』と整合的になる」と反論している。自説への批判は、「波の売却=コンテンツ消滅」と誤解しているというのだ。
 しかし、批判の多くは、二つをきちんと区別している。ツイッター上の「スマホやPCにアクセスが難しい子どもでも“2”押すだけで観れるんだよ」という声は、テレビとネットの特性の違い、前者の存在意義を分かりやすく示している。
 そもそも高橋氏はなぜEテレだけを売却候補に挙げたのだろう?まじめな福祉・教養番組やドキュメンタリーで社会をしっかり見つめているEテレが目障りなのか?今後、Eテレ売却論が政権のNHKへの圧力のカードにならないか、注視したい。
諸川麻衣
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年12月25日号
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