2020年11月09日

【月刊マスコミ評・放送】 NHKラジオ総合は人身御供か=三原 治

 民間放送からすれば、NHKの肥大化は批判の対象である。私も個人的には、大き過ぎるNHKは反対だ。民放のような番組を制作する傾向が一番気にくわない。公共放送としての番組作りに徹して、NHKにしかできない放送を大事にして欲しい。
 8月に出された来年度から3年間の次期経営計画案を知って怒りを覚えた。拡大した業務のそぎ落としで、3年間に630億円削減するのはいい。ターゲットとなったチャンネルの再編が問題だ。
 4つの衛星放送のうち、「BS1」「BSプレミアム」「BS4K」の3つを段階的に1つにする。こちらは百歩譲って、まだ許せる。憤慨したのは、ラジオのAMの第1と第2を統合すること。総務省からの「業務のスリム化・受信料の見直し・ガバナンスの強化」に応えるなら衛星放送だけで充分だろう。AM放送を1波にして、どれだけ経費削減になるのか。
 AMラジオは、災害時の重要な情報インフラだ。語学講座もNHKならではの特色である。このAMラジオの第1と第2を一波に統合する方針には、断固として反対したい。
 AMラジオの存在意義は、災害発生時にその優位性が明らかだ。NHKラジオは、防災情報の伝達手段として大きな役割を果たしてきた。音声のみのラジオは、テレビよりも簡単に番組の放送予定や内容を変更できるため、災害の状況に応じて情報を発信できる。ラジオ放送の設備の被災を想定して2波を確保しておくことは重要である。
 近年の災害では、避難所でスマートフォンを利用する際の電源確保が課題になっている。ネットで情報を探せるスマートフォンは有用だが、充電しなければ長時間使用はできない。省電力のラジオは乾電池だけでも何日間も連続で聴取できる。
 さらに第2での語学放送は多くの人に支持され、英会話を学ぶ大勢の聴取者が英語や外国語をマスターしてきた。語学放送は、テキスト代だけで済むのでコストパフォーマンスも高い。統合で、語学放送が減らされたら、日本の語学教育にもマイナスである。他にも、NHKラジオアーカイブスや視覚障害ナビラジオ、社会福祉セミナーなど、公共放送だからできる番組も貴重だ。
 肥大化への批判に対しての人身御供にされる「NHKラジオ統合」。音楽配信なども参入し、ネット経由の音声メディアは多様化しているが、ラジオはライフラインの重要なひとつである。すべての人に「安全・安心」と「正確、良質で多様なコンテンツ」を届けるのが、公共メディア・NHKのめざすべき道ではないだろうか。 
三原 治
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年10月25日号

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2020年11月06日

【月刊マスコミ評・新聞】 学術会議めぐる報道のスタンス=徳山喜雄

 日本学術会議が新会員として推薦した候補者105人のうち、6人を菅義偉首相が任命しなかった問題で、波紋が広がりつづけている。
 学術会議人事への政治介入は、学問の自由を保障する憲法に違反する行為との声があがる。しかし、在京各紙はこの問題について複数回の社説を書いているものの、足並みがそろっているわけではない。社説に各紙のスタンスが鮮明だ。
 朝日は「法の趣旨をねじ曲げ、人事権を恣意的に行使することによって、独立・中立性が求められる組織を自由に操ろうとする」(10月3日)、毎日は「過去の発言に基づいて意に沿わない学者を人事で排除する意図があったとすれば、憲法23条が保障する『学問の自由』を侵害しかねない。首相は今回の措置を撤回すべきだ」(同)とし、両紙ともに厳しく批判した。
  一方、産経は「学問の自由の侵害には当たらない。……任命権は菅義偉首相にあるのだから当然だ」としたうえで、「学術会議は、活動内容などを抜本的に改革すべきである」(同)と、任命拒否を擁護した。
 読売は即座に反応せずに3日遅れで社説を掲載。「政府が十分に説明していないのは問題だ」としつつも、「6人は自由な学問や研究の機会を奪われたわけではなく、野党の指摘は的外れだろう。……会員の専攻過程や、会議の運営が不透明だという指摘は多い」(10月6日)とし、学術会議の改善を求めた。
 菅政権になったが、リベラル系と保守系メディアの二極化した論調は相変わらずのようだ。安倍晋三政権時代のメディアの構図がそのまま引き継がれるということか。
 菅首相は「総合的、俯瞰的な活動を確保する観点から判断した」といいつつも、学術会議から提出された105人の推薦者名簿を「見ていない」とする。目にしたのは99人のリストだけというなら、「総合的、俯瞰的」という言葉と矛盾しないか。
 除外されたのは、特定秘密保護法や安全保障関連法など安倍政権の政策に異を唱えた学者である。問題の核心はなぜ6人の任命拒否をしたのか、だれが、いつ、どんな理由で決めたのかということだ。首相には国民への丁寧な説明責任がある。
 どのような立場であろうが、ここはすべての報道機関が追及すべきところだ。    
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年10月25日号


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2020年10月27日

【メディアウオッチ】安倍政治に敗北したメディア 分断社会に深い亀裂 権力監視 十分に機能せず=徳山喜雄

                                  菅新政権紙面.jpg

2800日におよぶ安倍晋三内閣が退陣、「菅雪崩」現象によって新首相に菅義偉氏が選出された。菅氏は第2次安倍政権以降、一貫して官房長官を務め、「安倍政治の継承と前進」を掲げている。その安倍政治とは、どのようなものだったのか。
端的にいえば、敵と味方を峻別する分断対決型の政治手法をとり、数々の重要法案を「数の力」で強行採決していった。問答無用といわんばかりに異論を排する手法は、政治だけでなくメディアや国民をも分断し、社会に深い亀裂を生むこととなった。
 この背景には、政権側の切り崩しによってジャーナリズムの要諦である権力監視が十分に機能しなかったことがあり、分断対決型の安倍政治にメディアが敗北するという事態になった。
 メディア選別
新政権の発足にあたり、安倍政治の功罪を明らかにし、何を引き継ぎ、何を改めるのか、見極める必要があろう。内政や外交政策はもちろんのことだが、その政治姿勢や国民への向き合い方が厳しく問われている。
 長期政権による奢りと緩みのなか、財務省による公文書改竄にまで発展した森友学園への国有地売却問題や、加計学園の獣医学部新設、首相主催の「桜を見る会」の疑惑について、国民が納得いく説明がいまもってなされていない。知人を優遇するもので、「国政の私物化」と批判されている。
 調査報道などで疑惑が追及されたが、いずれも詰め切れていない。ここには、首相に近いメディアとそうでないメディアを選別する巧みな首相官邸の戦術があり、一致団結できない昨今の分断状況が横たわる。「ほかに、もっとやることがあるだろう」と突き放す一部メディアの論調は、その典型であろう。
 近い報道機関を優遇するメディア選別は、権力監視というジャーナリズムの核心を切り崩していった。権力によるメディアの敗北はいまにはじまったことではないという見方もある。しかし、注目したいのは、「安倍一強」による弊害が政策や国民生活にまで多岐におよんだにもかかわらず、ジャーナリズムの役割が機能しなかったということだ。これは、歴代内閣が権力を抑制的に使ってきた戦後政治において、例をみないのではないか。
 在京6紙をみれば、保守系の「読売、産経、日経新聞」とリベラル系の「朝日、毎日、東京新聞」にくっきりと二極化し、お互いに聞く耳をもたない不毛といえる言論状況になっていった。
単独会見の妙
 手掛かりとして安倍政治が進めた、憲法を改正したともいえる安全保障政策や、エネルギー・原子力政策、歴史問題の対応などを見ながら、「安倍政治とメディア」について考えたい。
 国の根幹ともいえる安保政策は、特定秘密保護法の強行採決にはじまり、憲法9条の解釈改憲が国会審議ではなく閣議で決定。集団的自衛権の一部行使を認める安保関連法が成立し、日本は戦争ができる国にかたちを変えた。この原動力となった のが、首相と近いメディアとの「連携」であったとみられる。
第2次安倍政権は、首相会見を内閣記者会が主催する共同記者会見だけでなく、単独記者会見方式を取り入れた。これによって官邸は、首相の狙いを大きくアピールできるよう時期を見計らいながら単独会見の相手と日取りを調整することになった。その一例としては、2017年、安倍首相は読売新聞と単独会見し憲法改正について縦横に語り、憲法記念日の5月3日に改憲を前提とした特大記事を掲載。「権力と報道の距離」の問題が問われた。
当初は新聞、放送ともに会見の機会が均等に回されていたが、やがて偏るようになった。権力側にとって都合のよい情報が気脈を通じたメディアに流され、それを他のメディアが追いかけることで、安倍政治の独断的なシナリオに沿う流れができていった。
NHKをはじめとする放送においても、安倍政権のメディア選別は常套手段となり、情報と引きかえに取り込まれることとなった。
二元論的な世界
東日本大震災が2011年3月に発生。東京電力福島第一原発が津波の影響で爆発事故を起こし、最悪の場合「東日本壊滅」という事態にまで発展した。
 多くの住民が避難生活を余儀なくされ、甚大な被害がでたにもかかわらず、安倍政権は原発の再稼働を進めた。保守系メディアが原発推進、リベラル系が原発反対の立場を取り、激しく対立した。しかし同時に、保守、リベラルを問わずに「安全神話」を作りあげたメディアへの不信感が、国民に根強くあったことも忘れてはならない。
東京五輪招致が決まったIOC総会では、安倍氏が放射能について「アンダー・コントロール」と発言。これに対して東電関係者は否定的な見方を示している。「アンダー・コントロール」という言葉から、「安全神話」がよみがえってくるようでもあった。
 さらに、愛国か反省かを迫る歴史認識における対立が、社会に決定的な分裂状態を招くことになる。戦後70年の首相談話などをめぐって「歴史修正主義」的な動きがあり、保守系メディアがそれに呼応するということがあった。
 多様な意見があることは健全なことだ。それを否定しているのではない。ただ、安倍政権下での政治、社会状況は、改憲や原発の存廃、歴史認識など国論を二分するテーマで、保守とリベラルが鋭く対立、議論が二項対立化し双方ともに言いっ放しで終わっているケースが随所にみられた。
 このため深い議論や、第三の可能性を探るといった成熟した言論が成立しなくなり、二者択一の極論しかない二元論的な世界に社会が覆われることとなった。お互いに耳を傾けたうえで、切磋琢磨していく。これが民主主義社会のあるべき姿ではないか。
懐柔された報道
 菅首相による新内閣が発足した。安倍政治を「前に進めたい」といい、負の側面には目を向けようとしない。たとえば森友問題について、菅氏は財務省の処分や検察の捜査終結で「すでに結論がでている」と取り合わない。
官房長官時代の朝夕2回の記者会見での質問に対し、「そのような指摘はあたらない」「コメントは控えたい」など、そっけない受け答えをする場面がしばしばみられた。メディア対応は安倍氏以上に高圧的で乱暴という見方もある。
どう対応すべきなのか。現在の言論状況を打破する道として、@権力との適正な距離を保つA二極化、分断の解消につとめるB首相や官房長官らへの「質問力」をアップするC読者、視聴者への説明責任を果たすD女性や外国人が活躍できるよう組織の多様性をはかる、という点を挙げたい。
 首相や官房長官への多くの質問にみられるように、メディアは分断対決型の安倍政治を追及するどころか、懐柔された。巻き返さなければならない。   
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年9月25日号


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2020年10月26日

【メディアウオッチ】 テレビ朝日労組が民放連脱退 社の意向 強く反映か 菅政権の攻勢に腰砕け=編集部

 テレビ朝日労働組合が7月25日、民放労連(日本民間放送労働組合連合会)から脱退した。テレビキー局労組の労連脱退は初めてのこと。民放労連加盟組合員は約7000人。テレ朝労組700人余が抜ける影響は小さく
ない。
 脱退の理由について同労組は@政治方針等の対立A会費の問題を挙げているが、真の理由は民放労連が加盟しているMIC(日本マスコミ文化情報労組会議)の文書にあるという。
 大量の派遣切り
 テレビ朝日は昨年暮れ、看板番組の「報道ステーション」を支えてきたベテランの派遣ディレクターらスタッフ10数人に対し体制の刷新≠ネどを理由に「3月末で契約を打ち切る」と一方的に通告した。
 報道によると、スタッフはテレビ朝日労組を通して派遣切り撤回を社側に求めたが、撤回要求に応じなかったため、MICに駆け込んだ。
 相談を受けたMICは2月、国会で院内集会を開き、テレビ朝日に派遣スタッフ契約終了の撤回を求める集会宣言を採択し、スポンサー企業にも送付した。
身分の不安定な派遣労働者を守るためには、当然の行動だが、これが早河洋会長ら経営陣の怒りを買い、労連脱退につながったというのだ。
 テレビ朝日労組の労連脱退には、驚きと疑問を禁じ得ない。
菅のメディア支配
 16日に発足した菅義偉新内閣は、安倍政権の「負の遺産」の一つである「メディア支配」を継承する。菅首相は、これまで以上に強面の権力主義的な手法でメディアへの介入、干渉を強めるに違いない。
 そんな時、同労組の民放労連脱退は、テレビ朝日の番組制作者が菅新政権の攻勢に事実上丸腰≠ナ立ち向かうことを余儀なくさせる。
 歯に衣着せぬコメントで視聴者の信頼を高めている「羽鳥慎一モーニングショー」や「報道ステーション」への影響が出はしないか。
権力の「共犯者」
 労働組合が弱体化すれば、職場で自由にモノが言えなくなり、放送の自由は危機に瀕する。
 新聞労連と研究者がまとめ、新聞協会加盟の新聞・通信・放送129社に送った「ジャーナリズム信頼回復のための六つの提言」には、賛同人として多くの現役の若い記者、女性記者らが実名で署名している。
 メディアは、権力との「共犯者」になってはならない。テレビ朝日労働組合の組合員と番組制作者は、労連脱退がもたらす影響などについて、改めて議論してほしい。
 編集部
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年9月25日号

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2020年10月19日

【月刊マスコミ評・出版】 戦争阻止こそジャーナリズムの本道=荒屋敷 宏

 菅義偉首相の疑惑が早くも浮上している。「週刊文春」9月24日号「徹底取材 新総理で誰が笑うのか 菅義偉『親密企業』がGoToイート受注」。または「週刊新潮」同の「菅総理」の裏街道―「河井案里」に1億5000万円投下の首謀者=\などなど。
 「『助言したらパッと採用』経済ブレーンは竹中平蔵」と、菅首相と竹中平蔵パソナグループ会長との親密ぶりに迫った「文春砲」が鋭い。同誌で某政治部デスクは「菅氏が『絶対にやる』と力を込めているのが、省庁の縦割りを打破するためのデジタル庁の新設。…竹中氏がロイター通信の取材で『デジタル庁みたいなものを期限付きで作ればいい』と語っているのです」と指摘している。
 菅首相と竹中会長との関係は、2005年の小泉政権時代、竹中総務相(当時)に菅氏が副大臣として仕えた時期にまでさかのぼるという。安倍政権がGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の資産運用で、国債から株式主体の運用に舵を切った背景には、竹中会長から菅官房長官(当時)への助言があったという。
 この暗部を最近まで口外しなかった政治部デスクの役割とは何なのだろうか。確かに、菅首相誕生で明るみに出す意義は強まった。スクープ記者には、ネタを温める作法がある。しかし、株価下落による年金損失に心を痛める国民からすれば、政策立案過程の隠ぺいにマスコミが加担したように見えてしまう。報道各社が新宿御苑で「桜を見る会」を取材しながら、当初は、「しんぶん赤旗」日曜版編集部以外に疑問を持たなかった構図と似通ったものを感じてしまう。
 戦争阻止は、ジャーナリストとしての最高の役割であるはずだ。見過ごせないのは、日本政府が相手国の領土内の施設(敵基地)を攻撃する能力、いわゆる「敵基地攻撃能力」保有の検討へ動きだしたことだ。菅首相は16日の組閣後、安倍談話を踏まえて、岸信夫防衛相に「敵基地攻撃能力」など安全保障政策の方針を年末までに策定するよう指示した。
 「世界」10月号(岩波書店)の特集「攻撃する自衛隊」は、重要な論点を提出している。半田滋氏は、自衛隊が現時点で「敵基地攻撃能力」を保有し、「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」を受けて、防衛省が長射程のミサイル導入を始めたことを指摘している。政治部デスクの机の中で記者のメモが温められているうちに、戦争に突入していたという悪夢を現実化しないように警鐘を乱打すべき時だ。 
荒屋敷 宏
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年9月25日号
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2020年10月16日

【月刊マスコミ評・新聞】 安倍政治の「総括」なき新内閣=白垣詔男

 9月16日、「菅義偉新首相」が誕生した。一部で「アベノママ内閣」と言われる。実質的に首相が決まる9月14日の自民党総裁選は党大会を開かず両院議員総会で決めた。「石破氏有利な党大会は開きたくない」という安倍首相の感情論を最優先にして全国自民党員の投票の権利をないがしろにしたものだ。
 17日の朝刊各紙社説は「新内閣に望む」一色。その中で好対照だったのが西日本「まずコロナ対策に万全を」と「カネより命」に重点を置いていたのに対し読売は「経済復活へ困難な課題に挑め」と「命よりカネ」を力説していた。朝日は「安倍政治の焼き直しはご免だ」、毎日「まず強引な手法の転換を」と、いずれも「アベノママ内閣」の否定を求めた。
 社説としては自民党総裁が決まった翌15日のほうが各社の姿勢がはっきりしており読み応えがあった。
 朝日「総括なき圧勝の危うさ」、西日本「『総括なき継承』の危うさ」、毎日「継承ありきの異様な圧勝」と新総裁に対して「危うさ」「異様さ」を指摘、疑問を投げかけた。もちろん、「安倍首相の負の遺産、モリ、カケ、桜」など解明しなければならない諸問題にも言及する。
 対して「政府広報紙」の読売は「社会に安心感を取り戻したい」と、新型コロナウイルス問題に対する安倍前首相を「後手に回った」と指摘はするが、「負の遺産」は不問。「安倍首相信奉者」産経は「危機に立つ首相の自覚を 派閥にとらわれぬ人事を貫け」の見出しで、中朝脅威論を強調。両紙とも総裁が変わっても、政権に耳の痛いことは素通り。
 産経は「安倍氏をねぎらいたい」の小見出しで「憲政史上最長の在任で、身を削るようにして国の舵(かじ)取りを担った楼をねぎらいたい」と、政治的成果がほとんどなく「長いだけがレガシー(遺産)」安倍氏を最大級に持ち上げているのはいかがなものか。
 菅発言で非常に危険な内容を含んでいるのが13日のテレビ番組で「政策の方向性に反対する幹部は移動してもらう」だ。14日の毎日夕刊「近事片々」に「菅氏。政府方針に反対の官僚は異動させると強調。忖度しろよ、とでも」。菅氏が「安倍の負の遺産をそのまま継承する」と声高に叫んだものと指摘した。安倍氏以上の独裁政権になる恐れがある。
白垣詔男
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年9月25日号
 
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2020年09月22日

ジャーナリスト・外岡秀俊さん寄稿 いま、ジャーナリズムに問われるもの 役所の伝声管≠ナなく、庶民の共感呼ぶ報道を=外岡秀俊

                w1面右 外岡さん写真.jpg
 敗戦75年の節目、全国戦没者追悼式の安倍首相式辞から「歴史の教訓」に学ぶ姿勢が消えた。歴代首相のアジア諸国への謝罪、加害責任言及も、第2次安倍政権で途絶えた。「2度と戦争のためにペンをカメラをとらない」がJCJの出発点だ。いま、ジャーナリズムに問われるものは何か。元朝日新聞東京編集局長でジャーナリストの外岡秀俊さん(写真)に寄稿をお願いした。
                ◆
 あの戦争が終わって、75年目の暑い夏が過ぎようとしている。敗戦の年に生まれた人が後期高齢者となる。それほど長い「戦後」を私たちは生きてきた。 
私たちはいつも「敗戦」を起点に歳月を数えてきた。戦争を生きた人々の遠ざかる影を追い、記憶に留めようとしてきた。だがいずれ、その後ろ姿が消える日が来る。私たちはどのように、惨禍と悔悟、痛恨をのちの世代に伝えたらよいのだろう。
メディアの本性
 「敗戦」を折り返しとして、昭和を前期と後期に分けてみよう。明治維新から敗戦まで77年間は、戦争に次ぐ戦争の時代だった。そして敗戦後の昭和後期から平成、令和まで、ともかくも日本国憲法のもとで、この国は武力で諸国に介入しない節義を守った。あと2年で「戦後」は、近代日本の「戦争の時代」と等しくなる。排外派から「自虐」と呼ばれ、米国には「グズ」と呼ばれようが、私たちがかろうじて志操を守ったのは、この国で生きる人々が、あの戦争で逝った、巻き込んだ数百万の失われた命の痛苦を噛みしめてきたからだ。
 だが、あの戦争を支え、鼓舞・煽動すらしたメディアの本性は、その後どこまで変わったのか。「大本営発表」は軍部の自作自演ではない。メディアがそれを伝えたからこそ、人々は信じ込んだ。その過ちの重さと愚かさを、私たちはどこまで剔抉したのだろう。
伝えるべき情報
 昨年末に始まったコロナ禍は、世界を巻き込み、私たちは今なお、「自粛」と「社会的距離」を強いられている。「自粛」が内面化されれば容易に「萎縮」になり、「社会的距離」は、「連帯」や「共生」を挫くことになりかねない。メディアが政権の発表を垂れ流すだけなら、この目には見えない、強制を伴わない「心の戒厳令」は、仮にコロナ禍が終息しても「新常態」になる恐れがある。
ジャーナリズムが伝えるべき情報は、大きく分けて四つあると思う。
 @刻々と変わる情勢において、「いま直面している問題は何か」を、そのつど定義する情報A「いま、何をなすべきか」という選択肢を市民や自治体に示し、行動や判断の参考にしてもらう情報B政府の施策の成り立ちと効果の有無を批判的に検証する情報C専門家同士に議論の場を提供し、現時点での論点を整理し、問題の在りかを解明するための情報。
 この四つは、それぞれ言論機関の@アジェンダ設定機能A行動・判断指針の提示機能B検証・調査報道機能C言論フォーラム形成機能、という役割を示している。
 コロナ禍報道は今のところ、起きた事象の後追いをするのが手いっぱいで、こうした言論機関本来の機能は十分に果たしていないのではないか。そう感じない訳にはいかない。
センサーの役割
 具体的に指摘しよう。今の政権与党は、事態が行き詰まると、その難局に全力で対処するよりも、その困難を奇貨として、本来望んでいた政策へと誘導する傾向がある。
 たとえばコロナ禍に乗じて「緊急事態条項」を導入する改憲機運を盛り上げようとしたり、「イージス・アショア」の配備失敗を機に、あろうことか「敵基地攻撃力」の保有を検討し始めたりすることに、それは顕著だ。
 そればかりではない。
 昨年の消費増税に当たってポイント還元を導入し、あるいはマイナンバーカードの普及を図ったりするなど、官邸を「輔弼」する人々にも、その傾向は強い。いったん緩急あれば、何が何でも省庁の施策を貫くというこの傾向は、コロナ禍においても、医療態勢支援の前に「アベノマスク」に巨費を投じたり、感染拡大の兆しがあるにもかかわらず「Go To トラベル」を前倒し実施したりといった、ちぐはぐな対応を招いた。「国民の命と安全を守る」ことが最優先とするなら、考えられない発想だ。
 こうした姿勢を、「ショック・ドクトリン」とまでは言うまい。しかし、庶民が直面する厳しい現実を察知するセンサーが働かず、「慣性」のように、省庁の従来施策を追い求めて摩擦を起こすという点で、それは政治の機能不全だといえる。そして言うまでもなく、その「センサー」の役割を果たすべきなのは、ジャーナリズムであり、メディアなのだ。
「不信」の要因は
 私は、コロナ禍でメディアが果たすべき役割は、役所の伝声管になるのではなく、庶民の嘆きや苦しみを察知して政権に現状を知らせ、そうした声に寄り添うことで、人々の共感を呼ぶよう努力することだと思う。
 近年、SNSの急速な台頭で、新聞やテレビといった既成メディの影響力は低下し、「メディア不信」も広がりつつある。コロナ禍による広告の減少は、産業としての基盤をも揺るがしかねない。
打開策はあるのだろうか。
 私は、「メディア不信」の背景には二つの要因があると思う。
一つは、メディアの側が、読者や視聴者に対する説明責任を十全に尽くしていないことだ。たとえば、コロナ禍で、現場では十分な取材ができていないことを、受け手は敏感に察知する。メディアが、取材手法やその限界など「手の内」をさらせば、受け手はきっと理解してくれる。もう一つは、各社の報道姿勢が、ある種の型の価値観に縛られ、既成メディアが、すでに「フィルター・バブル」状態になっていることだ。各社の報道姿勢を越えて、ジャーナリストが連携し、何が問題で、何を大事にすべきか、その共通項を探ることが、急務だと思う。
「大本営」検証を
 新聞労連は今年3月8日の国際女性デーに向けて、会社の枠を超えて有志がメーリング・リストなどで議論を深め、その前後に、各社が独自の記事や特集を組んで緩やかに連携する試みに挑んだ。
 その試みをヒントに、「メディア不信」に抗するために、具体的な提案をしたい。
 私は、毎夏の終戦記念日前後に、メディアで働く人が「大本営発表」について検証し、自らの今の報道姿勢が、同じ轍にはまっていないかどうかを、読者や視聴者に説明することを提案したい。
 各社が右に倣う必要はない。メディアは、個々のジャーナリストの集合体に過ぎない。志のある人が、自ら所属する組織に働きかけ、自分のできる範囲で最善を尽くす。それがひとつの潮流となれば、きっと「メディア不信」を押し返す力になると思う。
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年8月25日号



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2020年09月09日

【月刊マスコミ評・新聞】 いままた大阪市廃止の住民投票?=山田 明

  広島、長崎は被爆から75年を迎えた。戦争と平和に思いを寄せる8月だが、今年は新型コロナによる感染症が列島に暗い影を落とす。
 5月下旬の緊急事態宣言解除後に、感染者はいったん減少したが、7月に入り再拡大してきた。第一波以上の感染規模であり、医療崩壊も懸念される事態だ。医療関係者から、PCR検査拡大を求める声が上がるが、政府の対応は鈍い。毎日7月29日コロナ特集は、「思惑交錯PCR滞る 遅れた国内検査数拡大」と真相に迫る。
 危機的な状況が続き、野党は国会開会を強く要求する。朝日8月1日社説も、「安倍首相は速やかに臨時国会を開き、率先して国民への説明責任を果たすべきだ」と述べる。だが、政府与党は応じようとせず、「安倍首相隠し」に走る始末だ。
 政府は感染急拡大の中で、「GOTO トラベル」を推進するなど、コロナ感染再拡大に対し、ちぐはぐな対応が際立つ。東京・大阪・愛知など大都市だけでなく、地方でも感染が急増している。沖縄の危機的状況は「GOTOトラベル」による感染拡大の可能性が高い。政治の責任が厳しく問われる。
 安倍政権のコロナ対応に批判が集まるなか、自治体の動向に関心が集まる。なかでも大阪府の吉村洋文知事を、メディアが持ち上げてきた。最近では「イソジン発言」の勇み足に、話題が集中することになる。
 大阪府の独自基準「大阪モデル」で非常事態を示す赤信号が、感染者急増でも点灯しない状況が続いている。経済重視にかじを切り、基準を緩和したことによるが、大阪市廃止の是非を問う住民投票実施との関わりも指摘されている。大阪維新の会代表の松井一郎大阪市長は「大阪モデルが赤信号にならない限り住民投票だ」と公言している。
 大阪市を廃止して、特別区を設置する構想は、5年前の住民投票で否決された。その後の選挙で維新が議席の伸ばす中で、再び住民投票が現実味を帯びてきた。ただし、コロナ危機のもとで、
住民投票よりも、コロナ対策を求める市民の声が高まっている。
 歴史ある政令指定都市、大阪市廃止の是非を問う住民投票である。関連法律は住民に分かりやすい説明を求めている。毎日7月25日社説も「判断材料が十分ではない」と指摘する。
 コロナだけでなく、住民投票に焦りは禁物だ。  
山田 明
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年8月25日号

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2020年09月08日

【月刊マスコミ評・放送】 コロナの現状を伝えるNHK番組=諸川麻衣

  今回は、新型コロナの現状を伝えたNHKの番組を幾つか取り上げる。
 『BS1スペシャル 封鎖都市・武漢〜76日間 市民の記録〜』(5・8)。76日間封鎖された中国・武漢で「武漢封城日記」を通して近隣住民、清掃員などの生の声を伝えたソーシャルワーカー、患者の悲痛な声を配信してきた北京のネットラジオ番組『故事FM』などを取材、官製メディアが伝えない実態を明るみに出した。
 『ETV特集 パンデミックが変える世界〜台湾・新型コロナ封じ込め成功への17年〜』(6・20)。新型コロナ発生直後、台湾は発生源の近くにありながら迅速な水際対策やIT技術の活用で封じ込めに成功した。その背景には17年前のSARSの時の失敗とその後の大改革があった。疫学者から副総統となった陳建仁など関係者へのインタビューで、台湾の歩みとその教訓を伝えた。
 『BS1スペシャル レバノンからのSOS 〜コロナ禍追いつめられるシリア難民〜』(7・12)。レバノン国内に逃れた120万以上のシリア難民は経済的に困窮し、売春や臓器売買が広がっていた。3月、新型コロナの感染拡大でレバノン政府は非常事態を宣言、難民は感染の危険が増す中、さらなる困窮や差別・襲撃にさらされた。コロナ禍が弱者、とりわけ女性に特に深刻な打撃を与えることを迫真的に描いたルポで、取材者と出演者の心の絆なくしてはここまでの取材はできなかったろう。同様の問題、日本は無縁と言えるだろうか…。
 『NHKスペシャル 新型ウイルス“生と死”の記録〜医療最前線・密着3か月〜』(7・19)。治療法が未確立な中での試行錯誤、大規模な院内感染の発生、無念にも救えなかった命…神奈川県の二病院に密着して現場の苦闘を描いた。一般の救急や診療を停止したため地域医療が危機に瀕した実態も伝わってきた。  
  最後に参考に挙げたいのが『証言記録 感染症から巨大避難所を守れ』(6・14)。大震災直後、三千人を収容した福島県郡山市の大規模避難所で、不衛生な環境からノロウイルス感染症が発生した。県職員・支援ボランティア・医療関係者が尽力の末、最終的には避難者が避難所運営に参加して衛生状態を自ら改善する仕組みを築いたことで感染拡大を防げたという。
 台湾の例と併せ、市民の主体性、対策の科学的な合理性、行政・政府と市民との信頼関係など、社会の「民主主義」の度合いこそがコロナ対策の成否を決めると痛感した。
諸川麻衣
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年8月25日号

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2020年08月06日

【月刊マスコミ評・新聞】 朝鮮戦争70年 日本人の「参戦」=徳山喜雄

 朝鮮戦争が70年前の1950年6月25日に勃発した。日本は連合国軍総司令部(GHQ)の占領下で、戦後の混乱を抜け切れていなかったが、朝鮮特需で活況に湧くこととなった。
 一方、GHQの要請で多くの日本人が戦争に動員された。旧日本海軍の掃海部隊1200人は朝鮮海域で活動し、日本の民間船が兵隊や武器弾薬を輸送した。しかし、平和憲法ができてまもない日本の「戦争協力」は長く秘匿されることになり、このことはあまり知られていない。
 この夏、いくつかの新聞が埋もれた事実を掘り起こした。たとえば、毎日新聞(6月22日朝刊)は米国立公文書館所蔵の米軍作成の極秘文書を入手し、少なくとも日本の民間人男性60人を米軍が帯同し、うち18人が戦闘に加わっていたことを突き止めた。なかでも20歳未満の少年が18人おり、うち4人が戦闘に参加していた。
 文書には帯同した60人の尋問記録もあり、広島出身の少年(当時13歳)は「原爆で両親を亡くした」と証言。殺害を証言した12歳の少年も「両親は戦争で死んだ」と明かしている。さらに尋問記録のよると、米軍が「渡航したことは口外しない」と言わせ、署名させていたという。
 朝日新聞(6月24日夕刊)は朝鮮戦争で戦死した日本人の遺族にインタビューし、その経緯を明らかにした。東京都町田市の集合住宅で平塚照正さん(84)は、70年前に戦死したとされる兄、重治さん(当時29歳)の思い出を語った。
 太平洋戦争の激戦地ニューギニア戦線で生き残った兄は戦後、知人からの誘いで米軍基地で働きはじめ、朝鮮戦争の戦場に身を置くこととなった。戦争勃発後しばらくして家族のもとに死亡の知らせが届いた。
 家族の問い合わせに対し、GHQから「ネオ平塚は国連軍兵士に変装し、日本や占領軍の正式な許可がないまま朝鮮半島に密航した」「50年9月4日ごろ、韓国での軍事作戦中に死亡した人物が、平塚だと数人の米兵によって明らかになった」との回答があったという。
 ここで留意したいのは、憲法9条の解釈改憲によって集団的自衛権が認められた現在の日本において、朝鮮戦争への「参戦」は決して過去のもでないということだ。
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年7月25日号


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2020年07月30日

【月刊マスコミ評・出版】 安倍+「電通」支配から抜け出せ=荒屋敷 宏

 コロナ禍の陰に隠されていた問題を週刊誌が取り上げ始めた。
 「週刊文春」7月23日号、相澤冬樹さんの寄稿「森友自殺職員妻に安倍昭恵夫人が『人を信じられない』 赤木雅子さんのLINEに返信が!」に注目した。
 公文書の改ざんを命じられ、自殺した赤木俊夫さんの妻、雅子さんは、森友学園8億円値引き問題のきっかけを作った安倍首相の夫人と連絡を取りたいと願っていたという。相澤氏から首相夫人の携帯電話番号を教えてもらい、雅子さんが首相夫人にLINEを送ると、「色々なことが重なり人を信じられなくなるのは悲しいことですがご理解ください」「いつかお線香あげに伺わせてください」と返事があったという。
 ところが、「本当のことを話して」と書くと、首相夫人から返事は来なくなったそうだ。赤木雅子さんの「法廷発言全文」にある「真面目に働いていた職場で何があったのか、何をさせられたのか私は知りたいと思います」との言葉は、日本の労働環境の現状を撃つ言葉となっている。
 高橋まつりさん=2015年当時24歳=を過労自殺に追い込み、「持続化給付金」委託「中抜き」で世間から糾弾されている巨大広告企業の電通を批判する記事が少ない。そう感じていたところ、「サンデー毎日」7月26日号の連載「令和風景論」第5回で田中康夫さんが「『電通』化する日本 巨大広告代理店はなぜ迷走したか」を書いている。
 小説「なんとなく、クリスタル」で作家デビューし、いわゆる「電通文学」の申し子のような田中さんが、友人関係にある山本敏博電通グループ社長に物申しているところが痛快だ。田中さんは、電通が海外でM&A(合併・買収)を繰り返し、国内約130社、海外約900社で構成(今年1月1日現在)され、57%の収益を海外に依拠することを指摘している。そのうえで、日本の産業構造、労働環境の縮図となっている電通が「結果責任」とは無縁の事業を展開し、経産省の「令和ビジネスモデル」の錬金術に加担していることを批判している。「結果責任」に向き合わない安倍首相を連想させる論旨である。
 田中さんが鋭いのは、メディアの側も過労死に直面する労働環境にあることを見抜いている点だ。いわく「睡眠3時間で3日連続没頭するCMやドラマの撮影・編集、新聞や雑誌の降版・校了、プレゼン準備や広告物デザイン等々、日付変更線超えは日常茶飯事」と。電通を批判できるメディアになる必要がある。 
荒屋敷 宏
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年7月25日号

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2020年07月22日

「抱きつき取材」見直しを――新聞労連らが6つの改善提言をメディア幹部に送付=藤森研 

  今年5月に発覚した黒川弘務・東京高検検事長と記者たちの賭けマージャン問題は、黒川氏の辞任と検察庁法改正案の廃案で落着した。政権の検察支配の企ては、ひとまず頓挫した。
  賭けマージャン問題は、他方、メディアにも大きな一石を投じた。コロナ緊急事態下、渦中の黒川氏と産経や朝日の記者らが賭けマージャンに興じていたことがあからさまになり、権力者と記者のずぶずぶの関係が白日の下にさらされた。特ダネほしさに取材源に見境なく近づくこうした手法を、元同僚は「抱きつき取材」と喝破した。それは往々にして癒着に陥り、ヨイショ記事に帰結する。
 濃淡はあれ、日本のメディアは取材相手と個人的に親しくなって情報を得ることに精力を注いできた。夜討ち朝駆け、ひそかな会食……。賭けマージャンもその延長上にある。取材相手に「食い込む」ことに長けた記者は、社内で重宝がられ、高い評価を得てきた。
 しかし、そうした取材手法が他方で、「権力監視」というジャーナリズム本来の責務を見失わせ、権力に甘い報道姿勢を招いてしまっていることを多くの市民が見抜いている。改革が必要な時代だ。
 メディア関係者たちからも、自省の動きが出始めた。南彰・新聞労連委員長や林香里・東大大学院教授らが、今回の問題を機に「ジャーナリズム信頼回復のための提言」をまとめ、7月10日、全国の新聞・通信・放送129社の編集局長、報道局長に送った。
 提言は、賭けマージャン問題について「水面下の情報を得ようとするあまり、権力と同質化し、ジャーナリズムの健全な権力監視機能を後退させ、民主主義の基盤を揺るがしていないか」と問題提起。改善のため、以下の6点を提言した。
@ 報道機関は権力と一線を画し、記者会見などの場で責任ある発言を求め、公文書の保存・公開の徹底化を図るよう要請する
A 各報道機関は、取材・編集手法に関する報道倫理のガイドラインを制定し、公開する
B 当局取材に集中している現状の人員配置を見直す
C 権力者を安易に匿名化する一方、立場の弱い市民らには実名を求めるような二重基準は認められないことに十分留意する
D 現在の取材慣行は、長時間労働の常態化につながり、女性ら多様な立場の人の活躍を妨げてきたことを反省し、改める
E 倫理研修を強化し、読者や外部識者との意見交換の場を増やす
 旧来型取材に対する、かなり根源的な問題提起だ。こうした動きが取材手法の改善にどの程度結びつくかを、見守っていきたい。

藤森研(JCJ代表委員・朝日新聞記者OB)
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2020年07月11日

【月刊マスコミ評・新聞】 拉致問題 取材しているのか=白垣詔男

 襟元で泣いてサビてる青リボン―6月9日付毎日1面「仲畑流万能川柳」の1句だ。
 横田滋さんが6月5日に亡くなり(享年87)、6日付朝刊のほとんど全紙が1面で報じ、9日の「万能川柳」に早くも、投稿が載った。
 新聞朝刊社説では7日に朝日、毎日、産経が取り上げ、読売も9日付で追い掛けた。全社説に共通していた主張は「日本政府には問題の解決へ向けた有効な方策を急ぐように強く求める」(朝日)と安倍政権の無策に対する不満を総体的に訴えている。
 なかでも「安倍首相の広報紙」とみられている産経が「安倍首相」の名前を出して「解決」への尻を叩いているのが印象的だ。「政府広報紙」が定着している読売も「政府は様々なルートを通じ、北朝鮮に首脳会談を働きかける必要がある」と具体的な提案をしている。
 ところで、「拉致問題」解決への日朝間の現状はどうなっているのか。全紙、触れていない。取材していないことを白状しているようなものではないか。
 北朝鮮との交渉は一義的には外務省で、それを後押ししているのが首相官邸とみるのが妥当だろう。しかし、その動きは全く見えない。かつて田中均外務審議官が身を挺して北朝鮮との交渉に当たったことは歴史的に知られている。しかし、その田中審議官に対するその後の政権の非情な対応は、「拉致問題」解決が大きく後退した原因になったことは報道に接する限りで国民は知った。
 現在、外務省には第2、第3の「田中均」氏はいないのか。それとも、マスコミが取材していないのか。新聞を読んでいるが、「拉致問題」報道がないのはどうした訳だろうか。取材していないのではないかと疑われても仕方がない。
 安倍首相はじめ左胸に「青リボン」バッジを付けている国会議員らは多く見かけるが、彼らはバッジを付けているだけで何の行動もしていないのだろう。何のための「青リボン」バッジか。正に「泣いてサビてる」ものを付けるだけでいいのか。
 新聞はじめマスコミは「拉致問題」解決に向けて「現状」を取材して政府の動きを報告してこそ、打開できる糸口になるのではないか。何もしなければ安倍政権と同じ「ポーズだけ」と言われても仕方がない。
白垣詔男
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年6月25日号
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2020年07月09日

「権力と報道の距離」考えよ 理想と現実の間で闘うのが記者 「黒川賭けマージャン」にみる=徳山喜雄

                 文春記事(黒川マージャン).jpg
  黒川弘務・前東京高検検事長は賭けマージャンで辞職し、法務省の内規に基づく「訓告」という軽い処分を受けた。振り返れば、黒川氏は内閣による脱法的な法解釈変更で定年延長していた。
 内閣法制局長官、日銀総裁、NHK会長など、安倍晋三政権は独立性がきわめて重んじられる要所の人事を恣意的に行なってきた経緯がある。黒川氏の定年延長も検察ナンバー1の検事総長への布石といわれ、「官邸の守護神」と揶揄された。
 検事長が、コロナ禍による緊急事態下に賭けマージャンに興じるのは言語道断だ。黒川氏のお相手を常習的にした産経新聞の社会部記者2人と朝日新聞の元司法担当記者は、どうなのか。
 両紙とも「極めて不適切な行為」とし、産経は記者2人を取材部門からはずし、朝日は元記者を役職からはずしたうえで停職1カ月とした。
報道倫理の問題
  おわび記事(いずれも5月22日朝刊)をみると、産経は「取材対象に肉薄することは記者の重要な活動」として自社記者をかばい、朝日は「取材活動ではない、個人的な行動」とし、元記者に責任を押しつけたとも取れる記事を書いた。
 しかし、ここで語るべきは、「権力と報道の距離」の問題ではないか。両紙ともこれについてはほとんど触れていない。権力と距離を保つことは、報道倫理の最重要事項のひとつである。
 では、産経は取材対象に肉薄し、特ダネや独自ダネを書いたのか、ということだ。だが、ここのところ検察がらみで目立つ記事はでていない。
  黒川氏が検事長時代に指揮をとった総合型リゾート(IR)の汚職報道は、自民党議員の逮捕者もでたが、読売新聞がリードした。産経新聞関係者によると、「マージャンを繰り返している割には、記事がでてこない」との不満が社内にあったという。黒川氏は記者を操る鵜匠だったのか。
 「権力と報道の距離」を改めて考えたい。読売はこの年末年始、IR汚職報道で確かに精彩を放った。一方で、権力との距離の近さもしばしば指摘されてきた。第2次安倍政権発足後のきわめつけは、憲法施行70周年にあたる2017年、安倍首相に単独インタビューし憲法改正について縦横に語らせ、憲法記念日の5月3日に特大記事を載せた。
 改憲という国家の根幹をなす重要テーマは、オープンな場で記者会見し多様な質問を受けるのが、まっとうな対応だろう。
 その後、野党議員が衆院予算委で安倍首相に改憲発言の真意をただすと、「自民党総裁としての考えは読売新聞に相当詳しく書いてある。ぜひ熟読してほしい」と答えた。国会で説明を求められ、「新聞を読んでくれ」とは、前代未聞の答弁である。安倍首相(権力)と読売新聞(報道)の距離が厳しく問われる場面であった。
 気脈を通じた報道機関、あるいは記者からの取材を受ければ、批判的な質問を受けずにすむ。新聞だけでなく放送においても、安倍政権の「メディア選別」は常套手段で、お家芸ともいえる。
公共放送の役割
 公共放送であるNHKと政権の距離も気がかりだ。たとえば、安倍首相と近い関係にある政治部の女性記者が主要ニュースの解説を担当し、その内容はジャーナリズムの要諦ともいえる「権力監視」をしているとは思えない。
 この記者をテレビで見るにつけ、戦前に『放浪記』で人気作家になり、ペン部隊として中国戦線に従軍した林芙美子を想起する。
 林は1938年夏、日本軍が展開した漢口攻略戦に同行、占領翌日に漢口に一番乗りした。行動をともにした朝日新聞記者は「ペン部隊の『殊勲甲』 芙美子さん決死漢口入り」との記事を書いて賞賛。帰国した林は、東京、大阪の各地で従軍報告講演会に登壇、戦争熱をあおった。
 戦中と現在とは違う。だが、「権力と報道の距離」の問題はいつの時代にもある。最前線の記者の苦労はわかる。「きれい事ではすまされない」という声も聞こえる。
  しかし、理想と現実の狭間で闘うことも、記者の役割ではないか。
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年6月25日号

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2020年06月30日

【月刊マスコミ評・放送】 コロナが現場に未来を連れてきた=三原治

 経済を始め、新型コロナウイルス禍によって、働き方も日常生活も社会の前提が大きく変わった。そして、放送界は今、かつてない試練に見舞われている。
 テレビの新作ドラマは、ほぼ全滅。6月後半に入って、やっとリスタート。バラエティは、少人数が距離を取っての対応となった。生放送の情報・報道番組は、リモート画面だらけで、もはやネット会議である。
 2005年のライブドア対フジテレビの買収騒ぎが懐かしい。なぜ、あの当時、「放送と通信の融合」というキーワードに目くじらをたてていたのか。今では、ネットの力を借りないで放送なんて成立しない。ということは、日本は、10年以上、ネット時代に乗り遅れたということか。
 その乗り遅れを「コロナという外圧」が、一気に時代を進めてくれた。時計の針は未来へ早回り。激震が走ったのは、4月12日。テレビ朝日の「報道ステーション」のメインキャスターを務める富川悠太アナウンサーが新型コロナウイルスに感染した。チーフプロデューサーや複数の番組スタッフの感染者が出たため、スタッフ全員が自宅待機の措置となり、急遽、集められた他番組のスタッフで制作にあたった。
 他局の報道番組や情報番組も軒並み感染対策のため、ZOOMやSkypeなどのテレビ会議ソフトを使ったリモート出演や、別室からの中継など工夫を凝らした番組制作と変わってきた。富川アナウンサーは6月4日、「報道ステーション」のキャスターに約2カ月ぶりに復帰した。この出来事は、放送界に大きな教訓を残した。
 リモートでの報道番組を観ていて気付いたことがある。大きなスタジオに組んだ豪華なセットはいらない。1985年以降、テレビ朝日「ニュースステーション」が変革してきたニュースショーは必要か。巨大な制作費は無駄だ。ニュース番組は、もっとシンプルに内容重視でいいのではないだろうか。勿論、批判すべきテーマは、さらに重点的にやってほしい。特に久米宏氏のような権力に歯向かうタイプのキャスターは、無くなってほしくはない。
 ウィズコロナ、ポストコロナの時代は、災禍を乗り越えて、社会全体が変革を起こしていく契機となるだろう。思考、概念、価値観などが枠組みごと移り変わる社会や経済情勢のパラダイムシフトが起こるに違いない。その時、放送界も変わっているだろう。新たな発想と挑戦が求められる放送界。そんな未来のヒントをコロナは連れてきてくれた。  
三原 治
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年6月25日号


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2020年06月08日

【月刊マスコミ評・出版】 接触よりも感染機会削減を=荒屋敷 宏

 「惨事便乗型資本主義」を問う好機なのかもしれない。医療や福祉を切り縮めてきた社会の弱点を、新型コロナウイルスの感染拡大が鋭く突いているからだ。とはいえ、改憲や検察官の定年延長にうつつをぬかす安倍政権のもとで、出版メディアは、雑誌の発行に苦闘している。
 ツイッターで盛んに発信している英インペリアル・カレッジ・ロンドン免疫学准教授の小野昌弘さん、京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授の宮沢孝幸さんを登場させた「Voice」6月号の売れ行きがよい。
 同誌で小野さんは、「『夢遊病国家』から脱却せよ」、宮沢さんは、「経済活動は「『一/一〇〇予防』で守れる」と題する論考を寄せている。
 小野さんは、「検査が少ないと批判される英国でさえ、一日で二万人近くを検査しており、検査結果に基づいた統計をデータ活用している。一方日本は十分な検査体制もとれないまま、すでに中盤戦に突入している。この現状はじつに危うい」と指摘している。日本の姿勢については「英国人ならば『夢遊病者のように歩きこむ』というであろう」と辛辣に批判した。
 一方、宮沢さんは、「問題なのは、人類にとって新型コロナウイルスは新種であるため、人口の六〇%がこのウイルスに対する免疫を獲得しないと終息しないことが予想されている点だ」とする。いわゆる「集団免疫」の立場である。宮沢さんは、個人がウイルス感染の原理原則を理解し、接触機会よりも感染機会を削減する努力に期待を寄せている。
 個人の努力でコロナ禍を乗り切れるほど現状は甘くはない。重要な提言をしているのは、「世界」6月号である。同誌で「生存のためのコロナ対策ネットワーク」は、コロナ危機が「生存権を否定し大企業と富裕層のための経済成長を追求する日本社会の構造と、無関係ではない。それどころか、密接にかかわっている」と分析している。そのうえで、「すべての人の生存保障を実現することなく感染拡大の防止は不可能である」との基本認識に立つ「生存する権利を保障するための31の緊急提案」を発表している。
 「現代思想」5月号の緊急特集「感染/パンデミック」は、読み応えがあった。塚原東吾さんの「コロナから発される問い」は、科学史の立場から感染症との闘いや共存の歴史の論点を整理し、「歴史の深い部分からの再検証」を要求している。すべてを疑い、問い続けることは、本来、ジャーナリストの役割でもあるだろう。 
荒屋敷 宏
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年5月25日号

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2020年06月06日

【月刊マスコミ評・新聞】 政治と経済のひずみが露わに=山田明

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けた緊急事態宣言が、全国で延長された。先が見えない自粛・休業のもとで、閉塞感が日本社会を覆う。普段見えにくい社会の病理、政治経済のひずみが、露わになっている。
  毎日5月5日社説は長期化に向き合う支援として、政府や自治体にきめ細かな対応を求める。朝日社説も長丁場想定し戦略描け、休業要請等によって収入の大幅減や雇用不安に直面する人への支援とともに、医療体制の充実は引き続き最重要課題だと指摘する。
 「遅すぎ、少なすぎる」と批判が絶えない安倍政権のコロナ対策。その一方で、東京や大阪など地方自治体の取り組みに注目が集まる。大阪府は自粛解除の3基準、「大阪モデル」を発表した。大阪日日新聞6日によれば、府専門家会議座長は「経済と医療の兼ね合いで作った指標」、知事は「政治判断」と述べ、記事には 「経済立て直しに焦り」の見出し。
 大阪ではメディアに連日登場する吉村知事が脚光を浴び、全国的にも維新の支持率が急上昇している。安倍政権の施策を批判して、「大阪モデル」を打ち出し、それをテレビなどが異常なほど持ち上げる。関西メディアの責任は大きい。国政の場を含めて、維新の動向を注視する必要がある。
 コロナ危機は社会的弱者の暮らしを直撃する。それと次代を担う子どもや若者への長期にわたる影響が懸念される。とりわけ4月に入学した生徒や学生たちの状況が気にかかる。こんな中で「9月入学」が検討されている。前川喜平・元文部科学事務次官は「今ではない 早期の学校再開へ力注げ」(朝日10日)と強調する。
 教育だけでない。コロナ禍の混乱に乗じて、緊急事態条項など憲法改悪の動きも見られる。国会では、検察庁法改正案審議が与党と維新により強行された。内閣の判断で、検察庁幹部の定年延長を可能にするためであり、火事場泥棒の最たるものだ。数多くの弁護士が反対をアピールし、ツイッタ―での抗議署名は数百万に達している。
 新聞はコロナばかりだが、毎日5日の3本の特集が心に残った。2面全体を使った「廣島からヒロシマへ被爆75年」、「ヤングケアラ―反響特集」、それに「沖縄の光と影伝える」地域特集である。
 コロナ禍の新聞報道を注視していきたい。    
 山田明
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年5月25日号

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2020年05月12日

広がるファクトチェックの取り組み 国連も声明 FIJが国際プロジェクト=鈴木賀津彦

        ファクトチェック説明図 (002).PNG
 新型コロナウイルス感染症に関連するニュースが連日報道され、世の中に不安感が広がる中で、横行するデマやフェイク(虚偽)ニュースに警鐘を鳴らし、ファクトチェック(真偽検証)に取り組む各国の団体が、国境を越えた協力をして成果を上げている。国連のグテレス事務総長が4月14日、パンデミック(世界的な大流行)をめぐり、「誤情報の危険なまん延」に警鐘を鳴らす声明を発表するなど、ファクトチェックの国際連携はますます重要性を増している。
台湾と連携して成果
 国内のファクトチェックを推進・普及するためのプラットフォーム団体「ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)」(理事長・瀬川至熨¢蜍ウ授)が、コロナ関連の国内外のファクトチェック記事を紹介する特設サイトを開設したのは今年2月。3月には「国際協力プロジェクト」をスタートさせ、海外のファクトチェック団体への日本に関する調査の協力・支援をする一方、国内団体には、海外情報の翻訳を含めて国内外の調査の支援を行っている。
 台湾で河野太郎防衛相のツイッター投稿を模した画像が拡散されているのを、台湾ファクトチェックセンターが見つけ、FIJに調査を要請。協力した取材の結果、画像は虚偽と判明し、同センターが3月13日に記事にした。日本でもウェブメディアの「インファクト」(立岩陽一郎編集長)が「河野防衛相を装った虚偽ツイートが台湾で拡散」の見出しで詳報、連携した報道ができた。
 ツイッターは「台湾からの五十万のマスク」が日本に着き感謝の意を述べた内容だったが、マスク不足なのに政府が裏で日本に送っているように見せて、政権を批判するために虚偽情報を流したとみられる。
 FIJの特設サイトは「ウイルスの特徴、予防、治療法」「感染者の状況」「当局の対応、その他政治的な言説」「その他様々な言説・うわさ」に分けて、「国内編」と「海外編」に分け検証記事を掲載している。海外編は、各国のファクトチェック団体や海外メディアの記事を日本語の記事にして載せている。近く日本に関する特設サイトも設ける予定だ。
国連も事務総長声明
 根拠のない治療法や噂を含めた偽情報などが世界中を駆け巡り、世界保健機関(WHO)は早くから「インフォデミック(Infodemic、情報の伝の意味、information epidemicを短くした言葉)」への警戒を呼びかけている。国連のグテレス事務総長は14日の声明で、「新型コロナウイルスのパンデミックと世界が闘う中、新たなまん延が発生した。誤情報の危険なまん延だ」(AFP記事から)と述べた。
 グテレス氏は、「健康に関する有害な助言や、いんちきな解決策が増殖している」「放送電波はうそで満ちている」「見当違いの陰謀論がインターネットに影響を及ぼしている」と指摘する一方で、記者や情報の正確性・妥当性を検証する人々を称賛している。そして「団結して世の中のうそやくだらない言動を拒否しよう」「より健康的で、平等、公正な、立ち直りの速い世界をつくろう」と訴えたのだ。
だまされないために
 熊本県では、副知事がSNSで受けたデマ情報をコロナ対策関係者に拡散するという問題を起こし、謝罪会見する事態になったが、同様の危機は誰にでも起こる状況だ。インフォデミックといかに向き合うか、ファクトチェックの取り組みを広げたい。
鈴木賀津彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年4月25日号



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2020年05月07日

【月刊マスコミ評・放送】かんぽ問題で混迷続くNHK=諸川麻衣

 昨年秋の報道で世間を驚かせた、かんぽ不正を取り上げた2018年4月放送のNHK『クロ―ズアップ現代+』への郵政三社の反発と、それを受けた、経営委による会長への厳重注意処分問題。3月来新たな事実が報道され、問題の深刻さが改めて際立ってきた。
 2018年10月、番組に強い不満を持つ日本郵政の鈴木上級副社長(当時)が経営委に「NHKにおけるガバナンス体制を改めて検証し、必要な措置を講」じるよう求める書面を送った。これを受けて10月23日、経営委員会の「会合」が開かれたが、そこではガバナンス問題だけでなく番組の内容も議論の対象となったというのだ。
 これは「委員は、この法律又はこの法律に基づく命令に別段の定めがある場合を除き、個別の放送番組の編集その他の協会の業務を執行することができない」などと定めた放送法第32条に反する。
 しかも経営委は、この会合の議事録を公開せず、今回報道されてからようやく「議事経過」なるものを公表した。
 さらにその後の報道や国会質疑で、当時の上田会長が件の会合で、「個別番組に関係した形のガバナンスになると対応が非常に難しい」「(経緯が公になれば)NHKは存亡の危機に立たされることになりかねない」と強く反発していたことも明らかになった。
 ところがこの重大な発言は、公表された「議事経過」には載せられていない。
 しかもこの会合の冒頭、経営委員3人からなる監査委員会は、「基本はすべてちゃんと話が会長に上がり、会長指示があってNHKとして動いていた」「協会の対応に組織の危機管理上の瑕疵があったとは認められない」と報告していた。経営委員と監査委員の見解が逆だったのである。
 議事録の公開・非公開を決める経営委員会議事運営規則は、2007年制定当時の経営委員会の決定で非公開とされていた。
 このことが201432国会で問題となり、当時の総務委員会の理事会に提出されたものの、今もって経営委のサイトには掲載されていない。
 これらはいずれも「法律違反」「ガバナンス不全」は経営委の方であることを物語っている。上田会長の当時の行動にも弱点があったと思われるが、前田現会長は定例記者会見で「経営委として番組のことを何も知らないで対応できるのか」と述べ、放送法32条への無理解と自律意識のなさを示した。
 上田前会長の証言による事実のさらなる究明、経営委の刷新は待ったなしである。
諸川麻衣
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年4月25日号
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2020年05月04日

【月刊マスコミ評・新聞】 コロナ禍の差別や偏見に警鐘を=徳山喜雄

 感染拡大が続く、見えない新型コロナウイルスの脅威は、社会に溶け込んだ差別や偏見をあぶりだすことにもなった。
 例えば、近畿などの感染者増加地域を往来する長距離トラック運転手2世帯の子ども計3人に対し、愛媛県内の市立小学校の校長が登校しないように求めていた。
 3人の体調に問題はなかったが、いずれも4月8日の 入学式と始業式を欠席した。市教委は対応の誤りを認め、陳謝した。毎日が10日朝刊で伝えた。
 読売11日朝刊は医療従事者への差別に着目。筑波大の高橋晶准教授に話を聞き、「感染リスクの最前線に身を挺して立ち、緊張を強いられている。中傷や差別は最もつらいことで、悲しみや落胆を生み、抑うつ状態まで招きかねない。
 国民の支援にあたる人たちをねぎらい、支えなければ、長期にわたるウイルスへの対応を乗り切るのは難しい」と警鐘を鳴らした。
 子どもを対象に備蓄マスクを配ることにしたさいたま市は、同市大宮区にある埼玉朝鮮初中級学校の幼稚部(園児41人)を配布対象から外した。幼稚部の関係者らが市に抗議すると、担当者が「(マスクが)転売されるかもしれない」との趣旨の発言をしたという。
 抗議が相次ぎ、最終的には朝鮮学校にも配布されたが、ジャーナリストの安田浩一氏は「マスク騒動≠ヘ終わっていない」と訴える。「〈マスクが欲しければ国に帰れ〉〈浅ましい。厚かましい〉〈日本人と同じ権利と保護があると思っているのか〉/いま、怒声交じりの電話や罵詈雑言を連ねたメールが同園を襲っている」と東京3月27日夕刊に投稿した。
 命にもかかわるコロナ渦のなか、同じ地域に住む幼稚園児を国籍や人種で差別する発想は、役人の四角四面の政策運営といったものではなく、社会に沈殿した差別や偏見が浮かび上がったように映る。
 見えない脅威からの不安を感じると、誰もが過度に落ち込んだり、他人を攻撃したりすることがある。この間、アルベール・カミュの『ペスト』が新聞報道でよく引用された。登場人物の「かかっていない連中まで心は感染している」との言葉は、言い得て妙だ。
 ただ、全体的に記事量は多くない。コロナ禍による差別や偏見を、対策とともに繰り返し報じてほしい。  
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年4月25日号


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