2021年09月18日

【メディア時評】「9・11から20年」報道にみる大いなる欠落=梅田正己(歴史研究者)

 9・11の惨劇から20周年を迎え、テレビではツインタワーが崩れ落ち、灰白色の噴煙が空をおおう光景が繰り返し放映された。
 日本人24名を含め、約3千人が犠牲となった。遺族の悲しみは20年たつとも消えることはない。その悲哀もメディアで伝えられた。
 また「テロとの戦い」を呼号して米国の戦争史上最長の戦争に突入し、2兆ドルの戦費を投じ、2400人の米兵の命を失いながら、米国が事実上敗退せざるを得なかった事情についてもいろいろと論じられた。しかし、当然論じられるべくして論じられなかった重要な問題が一つある、と私は思う。それは何か?
あのような史上空前の大量破壊・殺戮行為が、どうして引き起こされたのか、という問題である。およそ人間社会で惹起する事態には、必ず理由がある。どんな事象にも、原因があり、プロセスがあって結果が生じるのである。
 ところが9・11については、その「結果」についてはさまざまに報じられ、論じられたが、あのような恐るべき事態がいかなる「原因」によって引き起こされたのか、については殆んど論じられなかったのではないか。
あれほどの事件である。当然、重大な原因と長期にわたるプロセスがあったはずだ。
 
 発端は「湾岸戦争」

 原因の発端は、1990年8月2日、イラクのサダム・フセインが突如、小国クウェートに侵攻して併合を宣言したことから始まった「湾岸危機」にあると私は考える。
 この報を受け直ちに行動を開始したのが、父ブッシュ米大統領だった。空母をアラビア海に向かわせるとともに、チェイニー国防長官をサウジアラビアに派遣、同国にイラク攻撃のための軍事基地の設置を要請(3日がかりの交渉で説き伏せる)、あわせて国連安保理でのイラク制裁の決議を呼びかける。
 米国の強力な工作によって、安保理は8月には限定的だった武力行使容認を、11月には限定なしで決議する。この間、ペルシャ湾岸には米、英軍をはじめ各国の軍が集結する。多国籍軍と呼んだ。
 明けて91年1月、「湾岸危機」は「湾岸戦争」へと転換する。以後6週間、ハイテク兵器とともに連日、数百の戦闘爆撃機がイラク上空へ飛び、空爆を続けた。
 こうして抵抗力を奪われたイラクに、2月、地上部隊が陸続と侵攻、フセインはわずか3日で降伏、以後、最大の産油地帯であるアラブの地に米軍部隊が基地を設けて駐留、世界の産業の血液≠ナある石油が米国の覇権下に置かれることになる。(→続きを読む)
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2021年08月31日

【月刊マスコミ評・出版】日米安保70年特集『世界』に拍手=荒屋敷 宏

 重症以外は自宅療養≠ニの菅義偉首相の新方針が、国民を安心・安全にさせるどころか、恐怖のどん底に陥れている。新型コロナウイルスのデルタ変異株の感染力は、すさまじい。『サンデー毎日』8月15日・22日合併号の「東京9月 医療崩壊へのカウントダウン」(鈴木隆祐氏)は、米紙ワシントン・ポストの情報として、水ぼうそうと同じぐらい、普通の風邪より素早く感染する、と伝えている。東京の感染者数、菅首相の発言は、医療崩壊が起きていることを雄弁に物語っている。
 「桜を見る会」前夜祭をめぐり公職選挙法違反容疑などで告発され、不起訴処分となっていた安倍晋三前首相に対して、東京第1検察審査会が「不起訴不当」と議決した(7月30日)。その安倍前首相は自宅謹慎かと思いきや、『正論』9月号の鼎談で、「強固な日米同盟が絶対的に必要です」と吠えている。同誌には新型コロナの「コ」の字もなく、「軍事力増強」の主張であふれかえっている。76年前に終結した侵略戦争と、戦争犯罪への反省も皆無である。
 日本列島を米軍の最前線拠点へ改造しようとする菅首相、安倍前首相らの政策に対抗しているのが『世界』9月号の特集「最前線列島―日米安保70年」だ。
 軍事ジャーナリストの前田哲男氏は、パンデミックのもとで進む日本の〈戦争への接近〉に警鐘を鳴らしている。「安保法制(戦争法)」(2015年)以降、今年4月の「菅・バイデン会談」の「台湾海峡」への言及に至る経過を整理している。「日米同盟=日米安保条約こそが真の〈国体〉」という構造から脱却し、過去の国際条約に学び、協調的安全保障への転換を、と前田氏は呼びかけている。
 同誌でジャーナリストの吉田敏浩氏の「米軍横田基地」は、日本の主権を侵害する同基地の現状を示すリポートとして詳細を極めている。憲法史研究者の古関彰一氏の論文「戦後日本の主権と領土 日米安保70年の現在」は、日本の主権意識の希薄さをあぶりだしている。古関氏は、「米国とだけは強固で、近隣国とは話もしない、あるいは『できない』弱体な安全保障などあり得ない。/しかも、日米安保体制下の日米同盟を強固にすればするほど、日本は近隣国との対立を深くすることになる」と直言している。元海上自衛隊幹部で軍事ライターの文谷数重氏の「尖閣はどうなっているか」、ジャーナリストの島本慈子氏のルポ「いま宮古島で何が起きているか」も説得力があった。  
荒屋敷 宏
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年8月25日号
 
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2021年08月21日

【メディアウオッチ】広がる「取材は迷惑論」世界報道自由デーで澤氏 情報公開阻む壁=須貝道雄 

国境なき記者団のアルビアーニさん.jpg

 第5回世界報道の自由デー・フォーラムが6月27日、オンラインで開催された。テーマは「アジアの報道の自由とジャーナリズム」。法政大学図書館司書課程の主催でJCJも共催した。

 コロナ禍で制限
 最初に、国境なき記者団東アジア支局長のセドリック・アルビアーニさん(写真上)が世界の状況について報告。報道の自由度ランキングで180か国・地域を調べたところ、70%の人たちが環境が「悪くなった」と回答したという。「独裁的な政権の国では、コロナ問題を報道の自由を抑え込む絶好の機会ととらえ、情報を制限する動きが多くみられる」と指摘した。
 日本でもコロナを利用し報道制限をする動きがある。政府の記者会見で「開催回数と参加人数が 減らされている」と強調。「希望する記者が全員入れる大部屋を政府が用意することは可能だ」と批判し た。
 危険を冒して戦場取材をした安田純平さんと常岡浩介さんに対し、外務省がパスポートの発行を拒否している問題にも触れ、
「彼らは情報のヒーローだと思う。もっと応援すべきで罰を与えるべきではない」と語った。
 続いて元共同通信記者でジャーナリストの澤康臣さん(専修大学教授=写真下)が報道の自由に関し、日本が抱える問題点について報告した。
 冒頭に取り上げたのは、メディアの取材を「迷惑行為」と指弾し、情報公開を阻む理由にする風潮だ。たとえば6月に国が公開した赤木ファイル。森友学園問題にからむ公文書改ざん事件の経緯がファイルには書かれている。ところが400か所が黒塗りだった。改ざんを指示した財務省の係長らの名前をわからなくしていた。

 減点法の発想に
その理由を国側は「取材等が殺到することにより、当該職員はもとより、その家族の私生活の平穏が脅かされるおそれがある」と文書で説明した。
 取材は迷惑行為とする国の言い分に対し、澤さんは「文書改ざんにかかわった公務員の名前は、皆に明らかにすべき公共情報である。個人が特定できなければ事実の検証ができない」と反論。こうした「取材=迷惑行為」論が日本の報道の自由に対する圧力の典型だと訴えた。
 その関連で1980年代以降「何を報じるか」よりも、「報道被害を出さない」方向にメディア倫理の議論の軸足が移ったと澤さんは分析。より内容ある報道をする加点法の考え方は弱く、相手に迷惑をかけていないか気にする「減点法のジャーナリズム」が現場に影響を与えていると話した。それが悪用される危険性も高いと警鐘を鳴らした。
  須貝道雄
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年7月25日号
専修大学教授の澤康臣さん.jpg
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2021年08月05日

【月刊マスコミ評・新聞】熱海の土砂流 朝日は実名報じずの説明を=徳山喜雄

災害時に安否不明者の名前をすみやかに公表することは、捜索を進めるうえで重要なことだ。しかし、個人情報保護法の曲解もあり、自治体が公表をしぶるケースが多発してきた。
 静岡県熱海市で7月3日朝に発生した土石流によって、多くの不明者がでた。県と市は、生存率が急激に下がるとされる「発生から72時間」が迫る5日夜、安否不明者64人の名簿を公表した。
 その後、本人や家族らからの連絡があり、6日午後7時までに44人の所在が確認された。一方、これとは別に安否不明者が2人いることも分かった。これによって、約1700人態勢で不明者の発見を急いだ県警や消防、自衛隊は、無事の人を探すという無駄な捜索をすることがなくなった。
もっと早く発表してほしかったという思いもあるが、非公表という「愚」をおかさずに公表に踏み切った県と市の判断を多としたい。
 ただ、報道をみると、たいへん残念なことがあった。在京6紙(6日朝刊最終版を参照)のなかで朝日新聞だけが公表された安否不明者の名前を掲載していなかった。経済紙の日経新聞も社会面に名前を載せている。

 熱海は著名な別荘地で、首都圏在住者らが巻き込まれたり、無事でいるにもかかわらず名簿に掲載されたりする可能性がある。部数の多い東京の最終版に名簿を入れることは報道機関としてとうぜんの役割だ。
 たとえば、2015年9月の関東・東北豪雨の際に、茨城県と常総市が連絡の取れない住民15人の名前を非公表にしたため、無意味な捜索がつづけられた。18年7月の西日本豪雨では、岡山県が不明者51人の名前を公表し、初日に半数以上の生存が確かめられた。広島と愛媛の両県は当初、「個人情報保護」などを理由に名前を公表しなかったが、岡山の発表後に公表に転じた。
新聞などのメディアは、災害時の実名公表を繰りかえし訴えてきた。ならば、自治体が名簿を公表したら、それを報道するのが基本であろう。朝日のように報じないなら、「実名公表」を求める理屈がたたないし、災害報道の土台が揺らぐことにもなりかねない。
 なぜ、在京紙で朝日新聞だけが安否不明者の名簿を掲載しなかったのか、その理由を説明してほしいものだ。
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年7月25日号

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2021年07月14日

【月刊マスコミ評・出版】「ワクチン敗戦」日本のオトコ政治=″r屋敷 宏

 東京・大手町の自衛隊東京大規模接種センターに閑古鳥が鳴いている。一方で、筆者の職場に近い病院のワクチン接種には行列ができていた。菅政権のワクチン接種作戦は、チグハグである。
 『文芸春秋』7月号の船橋洋一氏「『ワクチン暗黒国家』日本の不作為」は、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中でワクチン接種が最下位の日本の「ワクチン敗戦」を皮肉っている。なぜ、日本独自にワクチンの開発ができないのか?
 日本のワクチン国産生産体制整備のための資金投入は米国の十分の一以下だという。WHO(世界保健機関)では、ワクチンを買いあさり、他の国はどうでもいいと言わんばかりの日本の評判は悪いという。日本の製薬企業には海外メーカーとの共同開発・生産設備すらないという。ウイルスの遺伝情報を使うmRNA(メッセンジャーRNA)を見過ごし、ワクチン承認体制が迅速ではなく、ワクチン接種体制も滞っている、訴訟リスクを管理できていない等々。自民党、公明党は、安全保障の根本を間違えているのだ。
 もっとも注目したのは、『世界』7月号の「さらば、オトコ政治」である。日本のジェンダーギャップ(男女格差)指数が2021年も120位であることを受けての企画のようだ。編集部は「いくら女性の社会進出が進んでも、そのあり方をオトコ政治が決めているかぎり、ここはいつまでも『ヘル・ジャパン』だ」だという。
 同誌で「怒りは社会改革のマグマである」という山下泰子氏の論文「女性の権利を国際基準に 女性差別撤廃条約から考える」が問題の所在を明確にしている。「日本の裁判所で、女性差別撤廃条約を裁判規範として不平等な扱いを訴えた者が救済された事例は皆無である」という。山下氏らは、女性差別撤廃条約の日本に対する効力発生から36年目にあたる2021年7月25日を「女性の権利デー」と名付け、同条約を日本社会に浸透させることを目指すとしている。
 『月刊Hanada』7月号に登場した安倍晋三前首相は、新型コロナ対応への遅れについて「緊急事態条項が憲法に規定されていないことをもってしても、危機への意識がとても薄かった」と日本国憲法を攻撃し、「新型コロナウイルス対策の特別措置法などの改正案は、そもそもは民主党政権時に作られた新型インフルエンザ等対策特別措置法です」と旧民主党に責任をなすりつけている。確かに、自民党の「オトコ政治」は愚劣に違いない。 
荒屋敷 宏
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年6月25日号
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2021年07月05日

【月刊マスコミ評・新聞】菅政権批判 単発でいいか=白垣詔男

 「東京オリンピック・パラリンピック」に関する新聞各紙の社説は、政府に対する姿勢が、いつものようにくっきり分かれていた。権力監視が最大の役目である「ジャーナリズム」を守る姿勢を見せる朝日、毎日、西日本と「政府側から発想する非ジャーナリズム」読売、産経。
 社説の見出しは「理解得られぬなら中止を」(西日本5月25日)、「中止の決断を首相に求める」(朝日5月26日)、「緊急事態宣言の再延長 五輪優先の解除許されぬ」(毎日5月29日)、と「中止」に重点を置く3紙に対し、「開催へ感染防止を徹底せよ」(読売5月28日)、「開催努力あきらめるな 菅首相は大会の意義を語れ」(産経5月28日)と「開催」に賛意を示す。ただ、産経は「政府や組織委が掲げる『安全・安心な大会運営』は前提であって答えではない。開催意義をあいまいにしたまま『安全・安心』を繰り返しても、国民の理解は広がらない。菅義偉首相にはそこを明確に語ってもらいたい」と注文を付ける。
 ところで、「五輪開催」の是非を語るとき、「ワクチン接種の大幅遅れが国民に不安を与えている」ことに連動して触れる新聞(放送も)が皆無なのは視野狭さくだ。ワクチン接種が進んで、既にマスク不要やレストランの通常営業を再開した国もあるが、日本は「7月中に高齢者に接種」と後手後手の政権運営。なぜワクチンの輸入が遅れたのか。ワクチン接種の遅れは日本の外交力の弱さである。五輪開催の是非論議が今ごろ盛んになったことに不快ささえ覚える。大いなる政府の失政を日本のマスコミは指摘しない。
 目の前にある大きな問題を単発的に報道して、その原因である失政や外交力の弱さに言及しないマスコミの姿勢は疑問だ。
 東京、大阪のワクチン大規模接種会場の運営に自衛隊が当たった。コロナ禍は日本の安全保障問題なのに、自衛隊の活用を閣議や防衛省への指示だけでやってしまうのは疑問だ。政府の安全保障に対する考え方は「米国からの兵器爆買い」しか頭にないのか。自衛隊を動員するなら「国家安全保障会議」(議長は首相)を開いて決めるべきではなかったか。「国民の安全・安心を守る」を繰り返すだけの菅首相の「安全保障観」はどうなっているのか。
 白垣詔男
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年6月25日号
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2021年04月16日

被災地を取材する大手メディアの「やべえ奴ら」=高田正基

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から10年。3月11日を中心に、新聞もテレビも連日、読者や視聴者が消化しきれないほど大量の報道を展開した。その中身についてここでは問わない。そんな情報の洪水の中を泳ぎながら、頭をよぎったのは被災地におけるメディアの取材者たちの振る舞いについてだ。

 2018年9月6日に最大震度7を観測した北海道胆振東部地震の、ある現地リポートが忘れられない。筆者は東北大学災害科学国際研究所助教の定池祐季さん。1993年の北海道南西沖地震の際、奥尻島で巨大津波を体験した定池さんはやがて防災の研究者となり、胆振東部地震発生直後から甚大な被害が出た厚真町に支援に入った。
 当時、札幌の民放局勤めだったわたしは、そのリポートが掲載された『震災学』vol.13 を読んで情けなさに襲われた。定池さんはリポートに「人の美しさと醜さ」と題して1章を割いた。助け合う被災者やボランティアたちの姿に人間の美しさを見る一方で、目にした醜さに「強い怒りと悲しみと脱力感を覚えた。(略)その多くは報道に対してだった」。定池さんが見聞きした取材者たちの姿とは―。

 避難所や役場の周辺で「遺族を探せ!」「(犠牲者の)写真を探せ!」と叫ぶ。避難所の近くで「厚真の人はガードが緩くてチョロい」と話す。役場の前にたむろして煙草をふかす。保護者のいないところで子どもに接触し、故人が写っている写真を求める。避難所が立ち入り禁止となったため、屋外の仮設トイレのそばで被災者が表れるのを待つ。「正確な数字を出さないと訴えられるぞ」と社協職員を脅す。
 書き写すだけで嫌になってくる(定池さんによれば、こうした「醜さ」は現地に入って来た研究者にも見られたそうだ)。このリポートを読んで、定池さんを招き社内勉強会を開いた。そのとき「地元の記者もひどかったですか」と問うたわたしに、定池さんは「目に余ったのは東京から取材に来た大手メディアの人たちです。地元メディアの皆さんはきちんとしていました」と答えてくれた。わたしたちへの気遣いもあったかもしれないが、それを聞いて少しホッとした。
 
 そんな記憶がよみがえったのは、東日本大震災から10年を特集した『Journalism』2月号に掲載された2本の寄稿を読んだからだ。お読みになった人も多いだろう。
 岩手県の地域紙『東海新報』(本社・大船渡市)の代表取締役・鈴木英里さんは10年前、泣きながら取材に走り回った。そんな中、被災地に入ってきた大手メディアの「画(え)になる悲劇が撮れるなら、被災者を踏みにじっても構わない―そういわんばかりの取材者」に何度も出会ったという。
 東海新報に「被災度が高い人、亡くなった家族が多い人を紹介してくれ」と依頼してくる記者。地元の高校の卒業式では「遺影の撮影はNG」とされたのに、たくさんのフラッシュがたかれ、生徒たちの心を傷つけた。鈴木さんは「この人たちが求めるのは、災害というエンターテインメント≠ナしかないのだ」と激しく憤る。
  同県大槌町で一人『大槌新聞』(3月11日付で休刊)を出してきた菊池由貴子さんも似た経験をした。朝日新聞などが主催したフォーラムに登壇したとき、楽屋でゲストたちがニヤニヤしながら遺体の話をする。本番では復興予算が話題になり「仮設住宅に囲まれるようにしてパチンコ店ができた」などと語る。遺体の話をした時と同じような表情で。菊池さんは「人の死や悲しみを想像できない人たちが報道していることを知り『ダメだ、この人たちは』と思った」そうだ。

 10年前と3年前。メディアの取材者たちはなぜかくも醜悪な振る舞いを繰り返すのだろう。報道の使命を「自分たちは特別だ」と勘違いしているのか。あるいは本当にエンタメ感覚なのか。繊細な感性を持ち合わせていては、被災地報道はできないとでも思っているのか。そもそも「人の死や悲しみ」に対する想像力を持ち合わせていないのか。おそらく、そのいずれもあるだろう。
 救いは東海新報の鈴木さんがこう書いていることだ。
「大手メディアのやべえ奴ら≠ェ跋扈(ばっこ)していたのは、ほんの一時のことだった。(略)本当に気骨のある取材者だけが残ってくれた」

 わたしは民放局の前に長く新聞社に勤務したが、大災害や大事故が起きたとき、デスクとして「社会面は遺族(被災者)の声で展開するぞ」「犠牲者の写真はないのか」などと指示したことがある。その指示に従って、記者たちがどんな取材をするかまでは思いを巡らすこともなく。正直、自分自身だって現場記者時代には、厚真に取材に入った取材者たちと似た振る舞いをしたことはなかったか。
そんな話を先日、元同僚と話していたら彼はこう言った。「被災者の声を取るのに、仮設トイレのそばで待ち伏せくらいはするだろう」。そうかもしれない。しかし、取材者だって見られていることを忘れてはいけない。定池さんや鈴木さんや菊池さんの告発に、忸怩たる思いにかられるのは、わたしだけではないはずだ。

 集中豪雨のような報道のたびに、メディアはさまざまな批判を浴び、反省を重ね、取材モラルの徹底に努めてきた。それでも「醜い取材」はなくならない。毎年のように各地で発生する大災害。その現場に殺到する取材者たち。被害の実態を記録し、被災者の声に謙虚に耳を傾け、伝えるというメディアの使命を果たすべき彼らが「メディアのやべえ奴ら=vとそしられるのを、もう見たくはない。    
 高田正基(北海道支部)
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2021年04月09日

【月刊マスコミ評・新聞】官僚は「体調不良」ですぐ入院=白垣詔男

 オリンピック・パラリンピック組織委員長、森喜朗が「女性べっ視発言」で失脚したとき、新聞各紙は「男性社会の弊害」を力説した。ところが、内閣広報官、山田真貴子が3月1日に辞職した際の報道では「男性目線」しか感じなかった。
 西日本は3月1日夕刊で、山田が「体調不良を訴え2月28日に入院した」「加藤勝信官房長官は、自民党に山田氏の診断書を示して経緯を説明した」(共同通信)と報じた。
 ところが、「体調不良」「入院した」それ以上の中身は他紙も触れていない。山田は政治家並みに、立場が不利になるとすぐに入院してしまい、説明責任がうやむやになった。入院するほどの体調不良とは、どんな症状なのか、どの新聞も(ラジオ・テレビ報道もそうだが)伝えていない。細部まで知りたい「国民目線」からの指摘がない。
 かつて、首相、橋本龍太郎が長期入院した報道の際、それを知った、病気の親族を抱える多くの女性から「それほど長く入院できる病院を教えてほしい」と新聞各社に問い合わせが相次いだことを思い出した。今でも病院への長期入院は日数が限られているから、当時、「橋本入院」という報道各社の「男性目線ニュース」の先にある中身について、そうした女性は強い関心を示した。報道した側には、そうした考えがなかったようだ。これは「男性社会」では気付かない「関心事」だろう。
 山田に話を戻すと「体調不良で入院した」のが当たり前のように報じているのも、おかしい。「ジャーナリスト」先号2面で小滝一志さんが追悼文をお書きになっている元NHKディレクター、戸崎賢二さんは、体調不良で救急車を呼んだが、入院する病院が見つからず自宅に帰された後に亡くなったと聞いている。悔やまれてならない。
 コロナ禍のなかで一般市民がこのような悲惨な扱いをされているのに、山田は即入院できた。そこを各報道は触れていない。「上級国民」という使いたくない言葉がある。山田が「菅首相のお気に入りで首相官邸幹部」つまり「上級国民」だから、こうした待遇が可能になったのか。
 そう考えると、菅が政権発足時に「国民のための政治」「自助、共助、公助」を強調したのも、こうした現実を意識しているからではないかと勘繰りたくなる。
 白垣詔男
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年3月25日号

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2021年03月19日

【月刊マスコミ評・出版】女性蔑視暴言とメディアの態度=荒屋敷 宏

 ジャーナリストとして女性蔑視にどう向き合うかが問われている。「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」との森喜朗・東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会会長の暴言は、女性を蔑視がはびこる日本社会の問題を改めて浮き彫りにした。
 朝日新聞編集委員の秋山訓子氏は、森氏の暴言について、「AERA」2月15日号で、自らの取材経験をもとに、男社会で傷をなめ合うような日本社会の問題として批判している。「私は政治の世界を20年以上取材してきた。かつては政治家も官僚も、取材するジャーナリストも完全な『男社会』。少しずつ空気は変わってきたが、今回、嫌な思い出がよみがえった」と書き、「わきまえない女」でいきましょうと呼びかけた。女性記者だけでなく、男性記者も声を上げるべき問題だ。

 「週刊朝日」2月19日号も「拝啓 森喜朗さま」と見出しを立てた記事を掲載した。批判を内外から浴びても辞任せず、逆ギレする森氏の「退場」の時期はとうに過ぎているのではないだろうかと批判している。東京五輪中止の論陣を張っていた「サンデー毎日」は、2月21日号までの間に森氏の暴言を真正面から取り上げた見出しと記事がない。どうしたのか。

 「週刊文春」2月18日号と「週刊新潮」同は、それぞれ森氏の周辺を洗っている。「週刊文春」は、問題発言を繰り返してきた森氏が自民党の最大派閥「清和会」出身で、総裁選で支援を受けた菅義偉首相も森氏退任を言えない、等々。「週刊新潮」は、森氏が暴言するに至ったのは日本オリンピック委員会(JOC)の山口香理事と日本ラグビーフットボール協会の谷口真由美理事の存在があったからだと、うんぬん。「週刊文春」と「週刊新潮」は、日本社会における「女性蔑視」ではなく、問題を森氏個人の範囲にとどめようとしている。
 女性の裸写真があふれる「週刊ポスト」2月19日号は、「放言王・森喜朗会長が天皇陛下に『五輪開会宣言』を再上奏!?宮内庁の困惑」との記事を掲載したが、暴言を真正面から取り上げてはいない。

 女性蔑視について欧米メディアの目が厳しいのは当然のことだ。世界中から選手たちだけでなくメディアも集まる東京五輪の責任者として森氏は、ふさわしい人物だったのか。「いかなる種類の差別」も認めない五輪憲章の趣旨にふさわしい人物だったのか。森氏だけでなく、日本のメディア、記者も問われている。 
荒屋敷 宏
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年2月25日号

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2021年02月13日

【月刊マスコミ評・新聞】 年頭紙面はコロナより中国の脅威=徳山喜雄

  元旦の各紙の1面トップをみるのが、年頭の楽しみだ。通常は特ダネ・独自ダネか、大型連載があてられる。在京6紙をみれば、朝日、読売が特ダネ、東京が独自ダネ、毎日、産経、日経が連載を据えた。きれいに分かれたかたちだ。
 朝日は、自民党衆院議員だった吉川貴盛・元農林水産相が鶏卵業者から500万円を受領した疑いがある事件で、大臣在任前後にさらに1300万円を受け取っていたとした。鶏卵生産・販売大手の前代表が東京地検特捜部の任意聴取で供述、特捜部は収賄容疑で立件する方向という、本筋の特ダネだ。
 読売は、海外から優秀な研究者を集める中国のプロジェクトについて「中国『千人計画』に日本人」という主見出しを取り、少なくとも44人の日本人が関与していることが、独自取材で分かったとした。1社面に受け記事を掲載、「人材流失を防ぐための対策が求められている」と訴えた。
 東京は、作家・加賀乙彦さんの父親が戦前の東京などの街や人々を8_・16_フィルムで記録した映像を入手。現存する宝塚歌劇団のもっとも古いカラー映像や空襲前の新宿駅前を撮ったものなどをデジタル化したという自社ものだ。やや弱い内容だが、東京ローカル紙として「戦前の東京」を蘇らせたという映像の紹介は、これもありかと思った。
 毎日は連載記事であるものの、中国で製造された新型コロナウイルスの「闇」ワクチンが日本国内に持ち込まれ、大手企業の経営者ら富裕層が接種しているというショッキングな内容だ。産経も中国に関係するもので、中国型の権威主義が南太平洋で猛威をふるっているとした。日経は、温暖化ガスの排出を実質ゼロにする日本のカーボンゼロ宣言をテーマに、連載をスタートさせた。
 読売と毎日、産経の3紙が、中国がらみの記事をトップに。コロナ禍よりも中国の脅威が新年早々から伝わってきた。
 社説はどの新聞もコロナ禍に言及。毎日は「民主政治は間違える。けれども、自分たちで修正できるのも民主政治のメリットだ。手間はかかっても、その難しさを乗り越えていく1年としたい」。日経は「……世界のあちこちで分断やきしみが目立った。……『再起動』の年にしたい」と、前向きに訴えた。 
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年1月25日号
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2021年02月05日

【月刊マスコミ評・出版】 政治のうそをあばくということ=荒屋敷 宏

 ベトナム戦争に関する米国防総省の機密文書を入手し、報道したニール・シーハン記者が1月7日、米ワシントンの自宅で死去した。合掌。シーハン記者が、いわゆる「ペンタゴン・ペーパーズ」を暴露したのは1971年のことだった。他紙も追随し、当時、米司法長官が「ニューヨーク・タイムズ」に次回以降の掲載中止命令を出す騒ぎとなった。が、米連邦最高裁は継続掲載を認めた。
 掲載を支持したスチュワート判事は、「自由に取材し報道できるメディアなしには、啓発された国民など存在しえない」と意見を述べた。あれから50年が経過した。
 日本の出版界に目を転じると、「週刊現代」が1月9日・16日合併号で久しぶりに政治ネタ、「ガースーはもうおしまい 2021年 日本の大問題――次の総理は誰か」を掲載した。産経新聞を除く大手紙・通信社の政治部記者がアンケートに、菅総裁で総選挙は「勝てない」「現有議席からは減らす」と答え、次の総裁に「岸田文雄か河野太郎」などと予想している。菅政権の支持率低下をふまえた企画だろう。日本の政治状況を狭く捉える旧態依然に鼻白む思いだ。
 「週刊文春」1月14日号は、西浦博・京都大学大学院教授に取材して、いまや人災化した新型コロナウイルス対策の東京での無策ぶりを指摘している。批判の矛先は小池百合子東京都知事と菅首相だが、同誌の首相退陣のXデーを予想する記事は、迫力に欠けている。
 「世界」2月号が泉澤章弁護士の「首相の犯罪に裁きを 桜を見る会疑惑」、環境ジャーナリストの青木泰氏の「政治の私物化を断つ 森友問題――政権が隠蔽する真実を暴く」を特集している。新年の出版界で、政府のウソを暴くシーハン記者の遺志を受け継ぐ報道姿勢を堅持しているのは、総合誌では「世界」だけとは、情けない。
 1年前に出版された柴山哲也著『いま、解読する戦後ジャーナリズム秘史』(ミネルヴァ書房)からは、啓発されることが多い。柴山氏はベトナム戦争報道をめぐって、こう書いている。「新聞の役割は、政権や政府が国民に対してついていた『嘘』の事実を暴くことだ」と。
 ジャーナリズムが立法、行政、司法に並ぶ民主主義の監視・チェック機構としての「第四の権力」と巷間で呼ばれることがなくなって久しい。報道機関が政府にとりこまれ、政府のウソを見て見ぬ振りをすることは、最悪の事態を招く。そのことは、歴史が証明しているのではないか。温故知新。 
荒屋敷 宏
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年1月25日号

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2021年01月22日

【日韓学生フォーラム】 もっと骨身を削らねば ソウルと東京を結ぶ 「韓国ニュース打破」チェ・スンホさん講演=古川英一

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 「ジャーナリストを目指す日韓学生フォーラム」の6回目が、ソウルと東京・早稲田の会場をオンラインで結んで11月末に開かれた。コロナ禍のもとでの新たな試みには、両国から合わせて30人の学生が参加した。韓国の独立系ネットメディア・ニュース打破のディレクター、チェ・スンホさんをソウルの会場に招き、講演と議論を通して両国のメディア事情を考えようというシンポジウムだ。

 チェさんは、李明博政権時代の政府のメディアへの介入でMBCテレビを解雇され、ニュース打破に移り、日本でも公開された映画「自白」「共犯者たち」の監督を務めた。MBCに社長として返り咲いた後、再びニュース打破に戻りディレクターとして今も現場でニュースを追い続けている、まさに根っからのジャーナリストだ。
 チェさんの講演は、プロンプターの画面を通じて同時通訳で1時間半に及んだ。この中でチェさんは、テレビ局時代にドキュメンタリー番組の制作に長年携わった際に、最も大切にしたこととして@真実を追い求めること、その際、取材者は自分の方向性によって、ファクトを取捨選択し歪曲することを最も警戒しなければならないA批判の対象となる人々の意見や立場を把握して、それを番組に反映すること、の2点を挙げた。
 
 チェさんはまた、学生の質問に答える形で「自分にとって都合のよいニュースしか見ないようになれば社会は分断される。こうした中で、人々に判断の材料を示して、包容するジャーナリズムを目指すことが必要だ」と訴え、「ジャーナリストはもっと骨身を削らなければ市民の信頼に応えられないという厳しい現実がある」と穏やかだが決然とした口調で学生たちに語りかけた。

 シンポジウムでは、日韓の学生が発表を行った。新聞やテレビに代わってネットから情報を得る人が増えているのは共通した認識だ。日本の学生は、ネットメディアの新しい動きなどを映像リポートで伝えた。リポート作りを通して学生たちは、メディアの違いが問題なのではなく、ジャーナリストが、きちんと事実を伝えることが必要なことに気づく。
 その気づきを刻みつけて、来年の春、学生たちは記者への一歩を踏み出す。
古川英一
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年12月25日号

 

 

 
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2021年01月18日

【月刊マスコミ評・放送】 Eテレ売却論 NHKに圧力?=諸川麻衣

  今年NHKでは、次期中期経営計画での衛星やラジオ第二の波の整理・統合、受信料制度の見直し、受信料収入に対するネット関連予算の比率の見直しなど、制度の幾つかが論議の的となった。
  波の削減については既に本紙七五一号で取り上げられたが、年の瀬に新たな論点=「Eテレ売却論」が出来した。主張しているのは、菅政権の内閣官房参与に起用された、元財務官僚の高橋洋一・嘉悦大学教授。高橋氏は、Eテレは視聴率が低いので、テレビとして放送するよりはネットで配信し、電波は売却して携帯などの通信に使えばよい、そうすればNHKの波を減らせて受信料も半分程度に下げられる、と言う。
 この主張が公になると、「最も公共放送らしいEテレ売却なんて馬鹿げてる」(堀潤氏)、「Eテレは、色んな年齢や状況の人々に文化へのアクセスを提供する大切なインフラ。視聴率だけでは評価などできません」(ロバート・キャンベル氏)、「今のNHKの報道には山ほど批判があるが、教育テレビをなくすと言われれば、NHKを守れという運動を始めるしかない」(山口二郎氏)といった批判の声が上がった。
 さらにツイッターにも視聴者から、「わざわざ受信料払ってるのは本当にEテレのため」「子育て世代を敵に回すのは、やめてください」といった声が多々寄せられ、「#Eテレのために受信料払ってる」というハッシュタグがトレンド二位に入った。前田NHK会長も「教育テレビはNHKらしさの一つの象徴だと思う。それを資産売却すればいいという話には全くならない」と述べている。
 これに対し高橋氏は、「Eテレの売却とは、Eテレの周波数帯の売却であり、Eテレの番組制作コンテンツの売却ではない」「Eテレの番組をインターネットで提供でき…インターネットを活用した『GIGAスクール』と整合的になる」と反論している。自説への批判は、「波の売却=コンテンツ消滅」と誤解しているというのだ。
 しかし、批判の多くは、二つをきちんと区別している。ツイッター上の「スマホやPCにアクセスが難しい子どもでも“2”押すだけで観れるんだよ」という声は、テレビとネットの特性の違い、前者の存在意義を分かりやすく示している。
 そもそも高橋氏はなぜEテレだけを売却候補に挙げたのだろう?まじめな福祉・教養番組やドキュメンタリーで社会をしっかり見つめているEテレが目障りなのか?今後、Eテレ売却論が政権のNHKへの圧力のカードにならないか、注視したい。
諸川麻衣
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年12月25日号
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2021年01月15日

【月刊マスコミ評・新聞】 菅政権はどこを向いているのか=白垣詔男 

 菅義偉首相が誕生して3カ月。「日本学術会議」から「自著改ざん」「新型コロナ」「元2農相の汚職疑惑」「桜を見る会前夜祭」と立て続けに「問題」が噴出した。特に、コロナ禍の中で感染拡大させる恐れが強い「GO TO トラベル」を中止しないのは、菅首相が、「国民の命より金」を重視しているからだろう。
 問題が山積しているにもかかわらず臨時国会延長せず閉幕したのは、菅首相が国会論議を嫌っている証と言える。内閣支持率が2カ月余で20%以上下落するのも当然だ。
 この間、菅首相は記者会見を2回しかしておらず、国会論議どころか記者を通じて国民に自らの考え方の説明を極力したくない姿勢も明らかになった。臨時国会が事実上閉幕した12月4日の菅首相記者会見を受けて、各全国紙は5日の社説で、「菅批判」を展開した。
 見出しは朝日「国民を向いているのか」、毎日「立法府軽視も継承された」、読売「危機の克服へ明確な方針示せ」と、国会での首相答弁、国会閉幕に当たっての記者会見の中身をとらえて、いずれも首相を批判している。
 中身を読むと朝日は「自らが推し進める政策の狙いを丁寧に説明し、国民の理解を得ようという姿勢も、政治の信頼回復に向け、安倍前政権の『負の遺産』を清算しようという決意もうかがえなかった」、毎日「国会での首相や閣僚の答弁は、広く国民に対する説明である。それを忘れているのではないか」、読売はコロナ禍について「『GO TO トラベル』の見直しも躊躇すべきではない。…国民の危機への対処方針を十分に発信してきたとは言えない」と、菅首相の「言葉足らずというより国民への言葉のなさ」を鋭く指摘している。
 さて、12月に入って一番強く響いた記事は5日付毎日朝刊「オピニオン」欄、伊藤智永専門記者の「GoToコロナ五輪の怪」だった。「GoToキャンペーンを政府はどうして続けるのか」と問題を提起、練達の国際ジャーナリストが「これは俺の勘だけどな」と断って言った次の発言を紹介している。
「来年夏、コロナが流行していても東京オリンピックはやる。その予行演習が国民総動員で行われているんじゃないか。…日本は感染拡大中でも、旅行も飲食もやってきましたと世界にPRして訪日客を呼び込む気だろう」
 白垣詔男
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年12月25日号

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2020年12月19日

【月刊マスコミ評・出版】 第二の森友事件となるのか 首相の疑惑=荒屋敷 宏

 「週刊新潮」が飛ばしている。11月5日号で「第二の森友事件」!「菅総理」タニマチが公有地でぼろ儲け、12日号で警察も動いていた!と続報を放ち、19日号では「利権の島」に血税120億円が消えた!防衛省「馬毛島」買収に暗躍した「加藤勝信官房長官」との特集記事を掲載している。
 「第二の森友事件」というのは、横浜市保土ヶ谷区にある神奈川県警の職員宿舎の跡地が一般競争入札にかけられずに、約4億5700万円の鑑定価格が約3億8800万円へ約7000万円もの値引きで売却された疑惑だ。「保育所や学生寮の設置」を理由に民間業者に随意契約で売却され、転売されて、老人ホーム、低層マンション、ドラッグストアが立ち並ぶ一画になった。この民間業者が菅義偉首相を応援する人物だった。加藤勝信官房長官の疑惑は、訴訟が進んでおり、経過を見守りたい。
 戦前、女性は政治から排除され、歴史学者が何人も弾圧されたが、戦後もその歴史は過去になっていない。菅首相によって日本学術会議の新会員への任命を拒否された人文・社会科学系6人のうち、1人は日本近代史研究者の女性、加藤陽子氏であった。加藤氏は、『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』などの著者で、内閣府公文書管理委員会委員や「国立公文書館の機能・施設の在り方等に関する調査検討会議」の委員を歴任している。
 「世界」12月号(岩波書店)で上野千鶴子氏や保阪正康氏は、加藤氏について「非常に穏健な方です。前天皇の信任が厚く、何度も進講に招かれています」(上野氏)、「非常に実証主義的で、右とか左という立ち位置の人ではありません」(保阪氏)と述べている。「公」の覚えめでたい女性の歴史学者を菅首相は排除したわけである。
 日本学術会議の事件が法廷にもちこまれた時、証人になれるのは、前川喜平元文部科学次官であろう。前川氏は、同じ「世界」12月号で、「菅義偉首相は官房長官時代、杉田和博官房副長官の補佐を得て、人事権を駆使することにより官僚組織を支配した」と、自らの経験をもとに証言している。2016年の文化審議会文化功労者選考分科会の委員2人を「任命拒否」した例があるという。文部科学大臣がいったん了解した案が、安倍政権を批判する言動を理由に、警察官僚の杉田官房副長官らによって覆されたのである。
 疑惑まみれの首相が人事権を振りかざし、警察官僚が暗躍する社会は、正常ではない。
 荒屋敷 宏
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年11月25日号

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2020年11月09日

【月刊マスコミ評・放送】 NHKラジオ総合は人身御供か=三原 治

 民間放送からすれば、NHKの肥大化は批判の対象である。私も個人的には、大き過ぎるNHKは反対だ。民放のような番組を制作する傾向が一番気にくわない。公共放送としての番組作りに徹して、NHKにしかできない放送を大事にして欲しい。
 8月に出された来年度から3年間の次期経営計画案を知って怒りを覚えた。拡大した業務のそぎ落としで、3年間に630億円削減するのはいい。ターゲットとなったチャンネルの再編が問題だ。
 4つの衛星放送のうち、「BS1」「BSプレミアム」「BS4K」の3つを段階的に1つにする。こちらは百歩譲って、まだ許せる。憤慨したのは、ラジオのAMの第1と第2を統合すること。総務省からの「業務のスリム化・受信料の見直し・ガバナンスの強化」に応えるなら衛星放送だけで充分だろう。AM放送を1波にして、どれだけ経費削減になるのか。
 AMラジオは、災害時の重要な情報インフラだ。語学講座もNHKならではの特色である。このAMラジオの第1と第2を一波に統合する方針には、断固として反対したい。
 AMラジオの存在意義は、災害発生時にその優位性が明らかだ。NHKラジオは、防災情報の伝達手段として大きな役割を果たしてきた。音声のみのラジオは、テレビよりも簡単に番組の放送予定や内容を変更できるため、災害の状況に応じて情報を発信できる。ラジオ放送の設備の被災を想定して2波を確保しておくことは重要である。
 近年の災害では、避難所でスマートフォンを利用する際の電源確保が課題になっている。ネットで情報を探せるスマートフォンは有用だが、充電しなければ長時間使用はできない。省電力のラジオは乾電池だけでも何日間も連続で聴取できる。
 さらに第2での語学放送は多くの人に支持され、英会話を学ぶ大勢の聴取者が英語や外国語をマスターしてきた。語学放送は、テキスト代だけで済むのでコストパフォーマンスも高い。統合で、語学放送が減らされたら、日本の語学教育にもマイナスである。他にも、NHKラジオアーカイブスや視覚障害ナビラジオ、社会福祉セミナーなど、公共放送だからできる番組も貴重だ。
 肥大化への批判に対しての人身御供にされる「NHKラジオ統合」。音楽配信なども参入し、ネット経由の音声メディアは多様化しているが、ラジオはライフラインの重要なひとつである。すべての人に「安全・安心」と「正確、良質で多様なコンテンツ」を届けるのが、公共メディア・NHKのめざすべき道ではないだろうか。 
三原 治
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年10月25日号

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2020年11月06日

【月刊マスコミ評・新聞】 学術会議めぐる報道のスタンス=徳山喜雄

 日本学術会議が新会員として推薦した候補者105人のうち、6人を菅義偉首相が任命しなかった問題で、波紋が広がりつづけている。
 学術会議人事への政治介入は、学問の自由を保障する憲法に違反する行為との声があがる。しかし、在京各紙はこの問題について複数回の社説を書いているものの、足並みがそろっているわけではない。社説に各紙のスタンスが鮮明だ。
 朝日は「法の趣旨をねじ曲げ、人事権を恣意的に行使することによって、独立・中立性が求められる組織を自由に操ろうとする」(10月3日)、毎日は「過去の発言に基づいて意に沿わない学者を人事で排除する意図があったとすれば、憲法23条が保障する『学問の自由』を侵害しかねない。首相は今回の措置を撤回すべきだ」(同)とし、両紙ともに厳しく批判した。
  一方、産経は「学問の自由の侵害には当たらない。……任命権は菅義偉首相にあるのだから当然だ」としたうえで、「学術会議は、活動内容などを抜本的に改革すべきである」(同)と、任命拒否を擁護した。
 読売は即座に反応せずに3日遅れで社説を掲載。「政府が十分に説明していないのは問題だ」としつつも、「6人は自由な学問や研究の機会を奪われたわけではなく、野党の指摘は的外れだろう。……会員の専攻過程や、会議の運営が不透明だという指摘は多い」(10月6日)とし、学術会議の改善を求めた。
 菅政権になったが、リベラル系と保守系メディアの二極化した論調は相変わらずのようだ。安倍晋三政権時代のメディアの構図がそのまま引き継がれるということか。
 菅首相は「総合的、俯瞰的な活動を確保する観点から判断した」といいつつも、学術会議から提出された105人の推薦者名簿を「見ていない」とする。目にしたのは99人のリストだけというなら、「総合的、俯瞰的」という言葉と矛盾しないか。
 除外されたのは、特定秘密保護法や安全保障関連法など安倍政権の政策に異を唱えた学者である。問題の核心はなぜ6人の任命拒否をしたのか、だれが、いつ、どんな理由で決めたのかということだ。首相には国民への丁寧な説明責任がある。
 どのような立場であろうが、ここはすべての報道機関が追及すべきところだ。    
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年10月25日号


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2020年10月27日

【メディアウオッチ】安倍政治に敗北したメディア 分断社会に深い亀裂 権力監視 十分に機能せず=徳山喜雄

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2800日におよぶ安倍晋三内閣が退陣、「菅雪崩」現象によって新首相に菅義偉氏が選出された。菅氏は第2次安倍政権以降、一貫して官房長官を務め、「安倍政治の継承と前進」を掲げている。その安倍政治とは、どのようなものだったのか。
端的にいえば、敵と味方を峻別する分断対決型の政治手法をとり、数々の重要法案を「数の力」で強行採決していった。問答無用といわんばかりに異論を排する手法は、政治だけでなくメディアや国民をも分断し、社会に深い亀裂を生むこととなった。
 この背景には、政権側の切り崩しによってジャーナリズムの要諦である権力監視が十分に機能しなかったことがあり、分断対決型の安倍政治にメディアが敗北するという事態になった。
 メディア選別
新政権の発足にあたり、安倍政治の功罪を明らかにし、何を引き継ぎ、何を改めるのか、見極める必要があろう。内政や外交政策はもちろんのことだが、その政治姿勢や国民への向き合い方が厳しく問われている。
 長期政権による奢りと緩みのなか、財務省による公文書改竄にまで発展した森友学園への国有地売却問題や、加計学園の獣医学部新設、首相主催の「桜を見る会」の疑惑について、国民が納得いく説明がいまもってなされていない。知人を優遇するもので、「国政の私物化」と批判されている。
 調査報道などで疑惑が追及されたが、いずれも詰め切れていない。ここには、首相に近いメディアとそうでないメディアを選別する巧みな首相官邸の戦術があり、一致団結できない昨今の分断状況が横たわる。「ほかに、もっとやることがあるだろう」と突き放す一部メディアの論調は、その典型であろう。
 近い報道機関を優遇するメディア選別は、権力監視というジャーナリズムの核心を切り崩していった。権力によるメディアの敗北はいまにはじまったことではないという見方もある。しかし、注目したいのは、「安倍一強」による弊害が政策や国民生活にまで多岐におよんだにもかかわらず、ジャーナリズムの役割が機能しなかったということだ。これは、歴代内閣が権力を抑制的に使ってきた戦後政治において、例をみないのではないか。
 在京6紙をみれば、保守系の「読売、産経、日経新聞」とリベラル系の「朝日、毎日、東京新聞」にくっきりと二極化し、お互いに聞く耳をもたない不毛といえる言論状況になっていった。
単独会見の妙
 手掛かりとして安倍政治が進めた、憲法を改正したともいえる安全保障政策や、エネルギー・原子力政策、歴史問題の対応などを見ながら、「安倍政治とメディア」について考えたい。
 国の根幹ともいえる安保政策は、特定秘密保護法の強行採決にはじまり、憲法9条の解釈改憲が国会審議ではなく閣議で決定。集団的自衛権の一部行使を認める安保関連法が成立し、日本は戦争ができる国にかたちを変えた。この原動力となった のが、首相と近いメディアとの「連携」であったとみられる。
第2次安倍政権は、首相会見を内閣記者会が主催する共同記者会見だけでなく、単独記者会見方式を取り入れた。これによって官邸は、首相の狙いを大きくアピールできるよう時期を見計らいながら単独会見の相手と日取りを調整することになった。その一例としては、2017年、安倍首相は読売新聞と単独会見し憲法改正について縦横に語り、憲法記念日の5月3日に改憲を前提とした特大記事を掲載。「権力と報道の距離」の問題が問われた。
当初は新聞、放送ともに会見の機会が均等に回されていたが、やがて偏るようになった。権力側にとって都合のよい情報が気脈を通じたメディアに流され、それを他のメディアが追いかけることで、安倍政治の独断的なシナリオに沿う流れができていった。
NHKをはじめとする放送においても、安倍政権のメディア選別は常套手段となり、情報と引きかえに取り込まれることとなった。
二元論的な世界
東日本大震災が2011年3月に発生。東京電力福島第一原発が津波の影響で爆発事故を起こし、最悪の場合「東日本壊滅」という事態にまで発展した。
 多くの住民が避難生活を余儀なくされ、甚大な被害がでたにもかかわらず、安倍政権は原発の再稼働を進めた。保守系メディアが原発推進、リベラル系が原発反対の立場を取り、激しく対立した。しかし同時に、保守、リベラルを問わずに「安全神話」を作りあげたメディアへの不信感が、国民に根強くあったことも忘れてはならない。
東京五輪招致が決まったIOC総会では、安倍氏が放射能について「アンダー・コントロール」と発言。これに対して東電関係者は否定的な見方を示している。「アンダー・コントロール」という言葉から、「安全神話」がよみがえってくるようでもあった。
 さらに、愛国か反省かを迫る歴史認識における対立が、社会に決定的な分裂状態を招くことになる。戦後70年の首相談話などをめぐって「歴史修正主義」的な動きがあり、保守系メディアがそれに呼応するということがあった。
 多様な意見があることは健全なことだ。それを否定しているのではない。ただ、安倍政権下での政治、社会状況は、改憲や原発の存廃、歴史認識など国論を二分するテーマで、保守とリベラルが鋭く対立、議論が二項対立化し双方ともに言いっ放しで終わっているケースが随所にみられた。
 このため深い議論や、第三の可能性を探るといった成熟した言論が成立しなくなり、二者択一の極論しかない二元論的な世界に社会が覆われることとなった。お互いに耳を傾けたうえで、切磋琢磨していく。これが民主主義社会のあるべき姿ではないか。
懐柔された報道
 菅首相による新内閣が発足した。安倍政治を「前に進めたい」といい、負の側面には目を向けようとしない。たとえば森友問題について、菅氏は財務省の処分や検察の捜査終結で「すでに結論がでている」と取り合わない。
官房長官時代の朝夕2回の記者会見での質問に対し、「そのような指摘はあたらない」「コメントは控えたい」など、そっけない受け答えをする場面がしばしばみられた。メディア対応は安倍氏以上に高圧的で乱暴という見方もある。
どう対応すべきなのか。現在の言論状況を打破する道として、@権力との適正な距離を保つA二極化、分断の解消につとめるB首相や官房長官らへの「質問力」をアップするC読者、視聴者への説明責任を果たすD女性や外国人が活躍できるよう組織の多様性をはかる、という点を挙げたい。
 首相や官房長官への多くの質問にみられるように、メディアは分断対決型の安倍政治を追及するどころか、懐柔された。巻き返さなければならない。   
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年9月25日号


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2020年10月26日

【メディアウオッチ】 テレビ朝日労組が民放連脱退 社の意向 強く反映か 菅政権の攻勢に腰砕け=編集部

 テレビ朝日労働組合が7月25日、民放労連(日本民間放送労働組合連合会)から脱退した。テレビキー局労組の労連脱退は初めてのこと。民放労連加盟組合員は約7000人。テレ朝労組700人余が抜ける影響は小さく
ない。
 脱退の理由について同労組は@政治方針等の対立A会費の問題を挙げているが、真の理由は民放労連が加盟しているMIC(日本マスコミ文化情報労組会議)の文書にあるという。
 大量の派遣切り
 テレビ朝日は昨年暮れ、看板番組の「報道ステーション」を支えてきたベテランの派遣ディレクターらスタッフ10数人に対し体制の刷新≠ネどを理由に「3月末で契約を打ち切る」と一方的に通告した。
 報道によると、スタッフはテレビ朝日労組を通して派遣切り撤回を社側に求めたが、撤回要求に応じなかったため、MICに駆け込んだ。
 相談を受けたMICは2月、国会で院内集会を開き、テレビ朝日に派遣スタッフ契約終了の撤回を求める集会宣言を採択し、スポンサー企業にも送付した。
身分の不安定な派遣労働者を守るためには、当然の行動だが、これが早河洋会長ら経営陣の怒りを買い、労連脱退につながったというのだ。
 テレビ朝日労組の労連脱退には、驚きと疑問を禁じ得ない。
菅のメディア支配
 16日に発足した菅義偉新内閣は、安倍政権の「負の遺産」の一つである「メディア支配」を継承する。菅首相は、これまで以上に強面の権力主義的な手法でメディアへの介入、干渉を強めるに違いない。
 そんな時、同労組の民放労連脱退は、テレビ朝日の番組制作者が菅新政権の攻勢に事実上丸腰≠ナ立ち向かうことを余儀なくさせる。
 歯に衣着せぬコメントで視聴者の信頼を高めている「羽鳥慎一モーニングショー」や「報道ステーション」への影響が出はしないか。
権力の「共犯者」
 労働組合が弱体化すれば、職場で自由にモノが言えなくなり、放送の自由は危機に瀕する。
 新聞労連と研究者がまとめ、新聞協会加盟の新聞・通信・放送129社に送った「ジャーナリズム信頼回復のための六つの提言」には、賛同人として多くの現役の若い記者、女性記者らが実名で署名している。
 メディアは、権力との「共犯者」になってはならない。テレビ朝日労働組合の組合員と番組制作者は、労連脱退がもたらす影響などについて、改めて議論してほしい。
 編集部
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年9月25日号

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2020年10月19日

【月刊マスコミ評・出版】 戦争阻止こそジャーナリズムの本道=荒屋敷 宏

 菅義偉首相の疑惑が早くも浮上している。「週刊文春」9月24日号「徹底取材 新総理で誰が笑うのか 菅義偉『親密企業』がGoToイート受注」。または「週刊新潮」同の「菅総理」の裏街道―「河井案里」に1億5000万円投下の首謀者=\などなど。
 「『助言したらパッと採用』経済ブレーンは竹中平蔵」と、菅首相と竹中平蔵パソナグループ会長との親密ぶりに迫った「文春砲」が鋭い。同誌で某政治部デスクは「菅氏が『絶対にやる』と力を込めているのが、省庁の縦割りを打破するためのデジタル庁の新設。…竹中氏がロイター通信の取材で『デジタル庁みたいなものを期限付きで作ればいい』と語っているのです」と指摘している。
 菅首相と竹中会長との関係は、2005年の小泉政権時代、竹中総務相(当時)に菅氏が副大臣として仕えた時期にまでさかのぼるという。安倍政権がGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の資産運用で、国債から株式主体の運用に舵を切った背景には、竹中会長から菅官房長官(当時)への助言があったという。
 この暗部を最近まで口外しなかった政治部デスクの役割とは何なのだろうか。確かに、菅首相誕生で明るみに出す意義は強まった。スクープ記者には、ネタを温める作法がある。しかし、株価下落による年金損失に心を痛める国民からすれば、政策立案過程の隠ぺいにマスコミが加担したように見えてしまう。報道各社が新宿御苑で「桜を見る会」を取材しながら、当初は、「しんぶん赤旗」日曜版編集部以外に疑問を持たなかった構図と似通ったものを感じてしまう。
 戦争阻止は、ジャーナリストとしての最高の役割であるはずだ。見過ごせないのは、日本政府が相手国の領土内の施設(敵基地)を攻撃する能力、いわゆる「敵基地攻撃能力」保有の検討へ動きだしたことだ。菅首相は16日の組閣後、安倍談話を踏まえて、岸信夫防衛相に「敵基地攻撃能力」など安全保障政策の方針を年末までに策定するよう指示した。
 「世界」10月号(岩波書店)の特集「攻撃する自衛隊」は、重要な論点を提出している。半田滋氏は、自衛隊が現時点で「敵基地攻撃能力」を保有し、「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」を受けて、防衛省が長射程のミサイル導入を始めたことを指摘している。政治部デスクの机の中で記者のメモが温められているうちに、戦争に突入していたという悪夢を現実化しないように警鐘を乱打すべき時だ。 
荒屋敷 宏
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年9月25日号
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