第二次安倍政権下で、たった一度の質問機会を得るまでに、7年3カ月以上もかかった。
信じられないかもしれないが本当だ。これはフリーランス記者である私が4月17日に体験した「安倍首相記者会見の現実」である。

私が首相官邸で開かれる首相会見に初めて参加したのは、2010年3月26日のことだ。従来は内閣記者会(記者クラブ)のメンバーに参加者が限られていた首相会見が、民主党の鳩山由紀夫首相時代に一部のフリーランス記者にも開放された。それをきっかけに私も参加し始めたのだ。
民主党政権時代は、私を含むフリーランスやネットメディアの記者にも質問の機会があった。しかし、2012年12月26日に第二次安倍政権が発足すると、フリーランスの記者はまったく当てられなくなった。その期間は7年以上。完全な異常事態である。
そこに風穴を開ける事件が今年2月29日に起きた。この日、安倍首相が会見をわずか36分で打ち切って立ち去ろうとすると、フリーランスの江川紹子氏が「まだ聞きたいことがあります」と声を上げたのだ。
この様子はNHKの中継で流れた。しかし、首相は江川氏の声を無視して私邸に帰ってしまった。
江川氏がこの顛末をSNSで報告すると、安倍首相に対する世間からの批判は一気に高まった。
ここで潮目が変わり、その後に開かれた6回の首相会見では、毎回必ずフリーランスの記者が指名されるようになった。
厳し過ぎる参加条件 首相会見の実態は、記者であっても知る者は少ない。そこで、まずは素朴な疑問に答えたい。
「セキュリティチェックはあるのか?」
→ある。アポイントはもちろん、身分証明書の提示や金属探知機の通過が必要だ。現在は新型コロナウイルス対策のため体温も測られる。「密を避ける」という理由で、会見場所も換気の良い2階ホールに移された。従来の会見室には約120席あった記者席が29席まで減らされた。そのうち19席は内閣記者会の常任幹事社の指定席。残りの10席を記者クラブ以外の記者が抽選で争っている。
「参加したらお金をもらえるの?」
→一切もらえない。こちらから払うこともない。
「誰でも参加できるの?」
→できない。
正直に言う。記者クラブ以外の記者にとって、首相会見に参加するハードルは高すぎる。
まず、フリーランスの場合は条件をクリアして、「事前登録者リスト」に名を連ねる必要がある。
第一の条件は、日本新聞協会や日本雑誌協会などの加盟社が発行する媒体に「署名記事等を提供し、十分な活動実績・実態を有する者」。
第二の条件は、前述した団体加盟社からの「推薦状(証明書)」だ。
さらに、「直近3ヶ月以内に各月1つ以上の記事等」を毎回提出する。記事内容も「総理や官邸の動向を報道するもの」に限られている。
いま、フリーランスで「事前登録者リスト」に載っている者は10人ほどしかいない。全員が民主党政権時に登録した記者たちで、自民党政権下では一人も新しい登録者がいない。ハードルが高すぎるため、申請しても官邸側に断られるのだ。
追加質問できない そもそも、首相会見には「台本」がある。冒頭20分ほどは首相が演台横のプロンプターに映し出された演説原稿を読む。それが終わるとプロンプターが下がり、記者との質疑応答に移る。
フリーランスは質問の事前通告をしていないが、内閣記者会からの質問は官邸側が把握している。
しかも、演台中央にはモニターが埋め込まれており、首相の手元には想定問答のファイルもある。
質問者は長谷川榮一内閣広報官が指名する。質問は「一問一答」だから、首相が曖昧に逃げても追加質問ができない。結果的に首相の「言いっぱなし」を許すことになる。
つまり、会見の主催者たる内閣記者会は、権力側に主導権を握られたまま、「台本通りの儀式」に付き合わされているのだ。
これで本当に会見と呼べるのか。内閣記者会の奮起に期待したい。
畠山理仁(フリーランスライター)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年5月25日号