2018年12月17日

【全国交流集会】 「人災」「忘災」「自助?」 JCJ全国交流集会 50人参加=古川英一

 秋の澄み渡った青空、九州・南阿蘇村の阿蘇大橋の前に立った。高さ80メートル、下を見ると吸い込まれてしまいそうだ。対岸まで200b余り。そこにあるべき橋は崩落、車で通りかかった大学生が巻き起こまれて亡くなった場所だ。熊本地震から2年半。双方の橋の根元は今も切れ落ちたままだ。

地域つながり一変

 10月19日から2泊3日の日程で開かれたJCJ全国交流集会の参加者は、熊本地震の被災地、そして去年7月の九州北部豪雨の被災地を訪れた。大地震と豪雨、突然襲う災害は、そこに長く暮らしてきた人々、そして地域のつながりをも一変させてしまう。

自然災害の発生を食い止めるのは難しいが、むしろその後の地域の復旧・復興がきちんと行われなければ、その災害が「天災」から「人災」になってしまうのではないか。そうした問題意識から、今の安倍政権の「自助・共助・公助論」の元での復旧・復興対策を考えていくことが、この集会の大きなテーマだ。

参加したのはジャーナリズム関係者と、医師や医療関係者など約50人、日頃あまり接点のない人たちが、まさに膝を突き合わせたのもJCJとしては初めての試みだ。

大きな被害を受けた現場や当時地域医療の拠点となった病院、さらに地域の声となったケーブルテレビ局などを訪ね、そこで私たちは様々な声を聞いた。

病院経営が厳しい

益城町では、復旧から復興へと局面が変わる中で、県道の拡幅や区画工事が進められることになり、住み慣れた場所に戻るに戻れない状況があることを、地元の人が訴えた。

南阿蘇村の阿蘇立野病院の上村晋一院長は、被災後の病院の運営の厳しさと村の人口流出など震災復興が表面的には進んでいるように見えるが、見えない部分の爪痕が大いとし、災害大国日本≠フあり方を考えるべきではないかと提起した。

「母国語が使えず、知り合いもいない中での孤立感、ひと声かけてくれる人がいればよかったのに」―そう語ったのは、熊本に家族4人で引っ越した直後に被災したスリランカ女性、ディヌーシャさんだ。そのうえで「外国人だから弱者なのではなく自分たちもできることがある。一緒に支援する立場にも立ちたい」と。その口調は力強かった。

多くの人が被災地や被災者にボランティアとして関わるようになったのは阪神大震災の時からと言われる。まさにその阪神の地から熊本や東日本大震災などの被災地に足を運び続けている医療関係者がいる。

情報発信の継続を

その一人、兵庫県保険医協会の広川恵一医師は、阪神大震災の被災者の復興住宅の強制撤去をめぐる裁判が今も続いている例をあげ、こうした問題が取り上げられず、忘れ去られてしまう「忘災」災害という視点を、私たちに示した。

それならば、個々の災害を一過性にせず、一人一人が刻み、社会が記憶し関わり続けるためにも「情報」を掘り出し発信し続けることは、まさにジャーナリズムのやるべき責務ではないか。広川医師の眼差しはそう語っているようだ。

今回の集会で感じたのは、出会った人々の発した「声・言葉」の持つ重さだ。その言葉はまさに人と人とを結びつけ、社会を変えていける大きな可能性を持っている。業種の違いを越えて語り合うことのできたこの場で、私たちは確かに、こうした言葉を受けとめたのだ。

古川英一

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年11月25日号
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2018年12月07日

【全国交流集会】 免震・地上ヘリポート威力発揮 災害にそなえる阿蘇医療センター=杉山正隆

 全国交流集会2日目の10月20日、阿蘇医療センターを視察した。病院は熊本地震で震度6弱などの強い揺れに襲われたが、目立った被害はなく、DMAT(災害医療派遣チーム)など医療支援の拠点としての機能を果たした。強力な免震装置が有効に働き、その他にも誰でも利用できるWi-Fi(無線LAN)環境の整備など先進的な災害対策に取り組んできた成果が発揮された。ヘリポートも一般的な「屋上」にではなく、あえて地上に設置することで、万一、建物に被害が出ても地上であればヘリが着陸する可能性が高まると想定したことも功を奏した。

患者らは気づかず

阿蘇医療センターの甲斐豊院長の説明によると、建物を支える柱は1階直下へ伸び、それぞれの柱の下に設置された免震装置が受け止める。72基の免新装置の上に病院全体が乗る形で、地面からは浮いている。免震装置は、外観がゴムの筒状で強く押せばへこむ程度の硬度。その内部は鉄鋼版とゴム層が何重にも重なり、鉛の芯が中心部にあり、一基あたり400〜500トンを支えることができる。

地震による衝撃を建物に直接伝えず、ゆるやかな揺れに変える。地震がおさまったあとは、ゴムの持っている復元力で、建物を元の位置に戻す。配管や地下へ続く階段も地面からは浮かせて病院建物側に固定されている。地震時は建物と共にゆれることで破損を防ぐ。

こうした機能が発揮されたことから、熊本地震が起こった夜の時間、スタッフはゆったりしたゆれを感じたが、患者らは気づかず眠っていたという。熊本地震時の揺れ方の記録が残されており、本来の病院の定位置から北に50センチ弱、南北に最大触れ幅87センチ、病院が動いていた。

情報過疎も免れる

もう1つの特徴が「地上ヘリポート」だ。病院などでは「屋上ヘリポート」が一般的だが、阿蘇医療センターではあえて地上の駐車場横に設置。建物に多少の損傷があった場合にエレベーターが使えず、屋上から階下に患者や器材などを下ろせない事態を避けることができた。さらに、地震前に無料のWi-Fi(無線LAN)を設置していたことで、情報や連絡を常時取れていたため「情報過疎」を免れることが出来た。

甲斐院長は「こうした設備や工夫が上手く噛み合い、周囲は被災したが医療センターは全ての機能が生きており、病院の機能や災害支援チームの受け入れなどに支障が出ることがなかった」と話した。取材ツアー参加者からは「災害に備える1つのモデルケース。詳しく知りたい」と質問が相次いだ。

杉山正隆

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年11月25日号
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2018年12月06日

【映画の鏡】『区議選に出たい』─帰化した中国人が、歌舞伎町で民主主義を訴える=今井 潤

 中国から日本にやってきて、新宿歌舞伎町で外国人観光客を相手に飲食店や風俗店の案内をつとめてきた李小牧(りこまき)さん(58)は新宿区議選挙に出ることを決意した。そして2015年2月日本国籍を取得して、旧民主党・海江田万理衆院議員の推薦を受けた。
 この李さんの選挙活動を2年間取り続けたのは同じ中国人の邢菲(ケイヒ)監督。ノーコメント、実音のみのドキュメンタリー作品だ。

 李さんは歌舞伎町の従業員や外国人はなぜ差別を受けているのか、日本の若者はなぜ自分の選挙権を大事にしないのか、真剣に選挙の意味や日本の社会問題を考えていた。
 実際に街頭で訴えると、「中国人が何を?」「中国へ帰れ!」など冷ややかな声をかけられ、演説を聞くこともない。おばさんからは「中国人は声が大きく、自分たちの主張だけを言うので嫌いだ」といわれる始末。同じ旧民主党の候補者と街宣場所での対立もあり、思うような選挙活動もできない。それでも旧民主党の公認をもらい、ポスターにシールを貼ることができた。

 投票日には1000票を超える得票を得たが、当選はできなかった。李さんは「自分は中国人でも日本人でもある。私が当選したら、日本は民主主義だということがわかる」と笑顔で話し、しぶとく日本で政治家を目指す。邢菲監督は中国専門の番組制作会社テムジンで中国に関するテレビ番組や日本の震災関連のドキュメンタリーなど20本以上制作し、2013年に退社し、イギリスへ留学、本作が初監督作品。
(公開は12月1日(土)から東京ポレポレ東中野)

今井 潤

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年11月25日号
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2018年12月05日

【ベトナム発】枯葉剤被害者「救済マラソン」大会 ホーチミン市で高橋尚子さん支援=中村梧郎

 熱帯ベトナムは暖かい。1月だというのにホーチミンの人々は軽やかな半そで姿だ

あのドクちゃんも
「ドクちゃん、走るの早過ぎない?」
 Qちゃんが、松葉杖で懸命に走るドクちゃんに声をかけた。Qちゃんとは言わずもがな、シドニーオリンピックの女子マラソン金メダリスト高橋尚子さん。ドクちゃんは「ベトちゃんドクちゃん」で有名になった結合体双生児の弟のほう。分離手術後二人とも元気に育ったが、ベトさんは2009年に他界、ドクさんは結婚して2人の子供の父となっている。
 今年1月14日にホーチミン市で開催された枯葉剤被害者救済「オレンジ・マラソン」。趣旨に共鳴したQちゃんとドクさんは先頭に立って走った。
「僕よりもっと大変な被害者がいっぱいいる。その人たちの助けになるのなら」と、ドクさんは言った。だが松葉杖を握って200bほど走った彼は、座り込んでしまう。6回も受けた尿道の手術部分がうずく。「痛くてだめだ」と珍しく弱音を吐いた。
 オレンジ・マラソンとは、2つの意味を隠し持つ。ひとつは、オレンジなど果物豊かなベトナムの意味。もうひとつはオレンジ剤(枯葉剤)を表す。

日本から20数人
 パルス・アクティブ社が主催する7000人のホーチミン市民マラソンに合流してオレンジ・マラソンの参加者は走った。コースはフルとハーフ、10`、5`から選べる。日本からのランナーは20数人。ベトナムの障害者たちも一緒に走った(歩いた)。救済資金は参加費に含まれている。だから大勢になれば救済金は増える。マラソンしながら、知らぬ間に被害者を支えることになる、というのがこのイべントのユニークさだ。
 気温20度、曇り空。
 当日は絶好のマラソン日和だった。日の出後の気温上昇を警戒して、フルマラソンは朝4時半の暗いうちにスタートした。障害者たちが参加したのは8時出発の5`ラン。10数人がオレンジ色のシャツと帽子をつけて市民にアピールした。
 車椅子での参加者や手を引かれて走るブラインド・ランナーにQちゃんは声をかけた。沿道の人々の拍手と声援が途切れることなく続いた。
 日本の市民組織「オレンジ・マラソンの会(会長・古田元夫・日越大学学長)」が提起したチャリティー・マラソンの企画に呼応して、ホーチミンには市民組織O・T=オレンジ・イニシアティブ=が結成された。代表はトン・ヌ・ティ・ニン女史。ベトナム戦争終結のパリ会談にも関わった元EU駐在ベトナム大使である。O・Iに対しては、参加者から100万円の義捐金が贈られた。
 男女の人気歌手のアトラクションも会場をどよめかせた。障害児全員の首に銀メダルがかけられた。子どもらはナマの体験に大喜びだった。

NHKなどが放映
 枯葉剤の犠牲者を支援することに注目したNHKは1月26日の「おはよう日本」で10分の番組を流した。TBSは高橋尚子に密着、3月のNEWS23で放映した。ベトナムのテレビ各局も速報。トイチェ紙はスポーツ面トップで「金メダルの尚子、障害者と走る」と報じた。リラン・バクレー監督のドキュメンタリー映画班も現地撮影を開始、この夏にはパート・1が完成した。今は続編制作のカンパを募っている。
 2019年1月、今度の正月にもオレンジ・マラソンは開催される。参加締め切りは12月7日だ。(問い合わせは電話03-3357-3377富士国際旅行社・オレンジ・マラソンの会)
 ランナーが走り抜けるコースは、戦争中は椰子の木に覆われていた湿地帯。米軍を脅かす解放戦線軍の縄張りだった。今は高層マンションが並ぶ住宅地に変貌している。
 50年前のサイゴン(現ホーチミン市)は大混乱だった。1968年、解放戦線の「テト攻勢」が始まった。解放側は都市を襲撃、サイゴンのアメリカ大使館はわずか9人の兵士に占拠されてしまう。その衝撃でジョンソンは大統領選を断念、米軍のベトナムからの撤退につながった。

障害児後をたたず
 当時は枯葉作戦が激しかった時期でもある。森に潜む解放軍を殲滅するために全森林を砂漠化せよ、と米軍は考えた。しかも、枯葉剤にはダイオキシンが含まれていた。ベトナムの被災者は480万人、ダイオキシン総量は500キログラムに達した。
 アメリカは汚染されたベトナム帰還兵に対しては充分な治療と補償を行なった。しかしベトナムへの補償は拒否している。
 今や完全復興したべトナム。ホーチミン市にはシャネルやグッチの有名ブランド店が並ぶ。バブルとされる急成長が戦争の傷跡を隠すのだろうか。一方で世代を次いで生まれてくる障害児。毎年のマラソンが支援の一助になるようにと、主催者らは夢を膨らませている。

中村梧郎(フォトジャーナリスト)

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年11月25日号
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2018年12月02日

【リアル北朝鮮】 元徴用工裁判に踏み込む 南と共に日本の過去を清算=文聖姫

 10月30日、韓国大法院(最高裁)は元徴用工への賠償を新日鉄住金に命じる判決を下した。同様の訴訟は、約80社を相手に14件が係争中で、賠償命令はさらに続くものと思われる。

 この問題に関して、北朝鮮でも最近、立て続けに論評を出している。例えば、朝鮮労働党機関紙・労働新聞11日付は、「歴史に刻まれた特大型の過去の罪は決して覆い隠すことはできず、消し去ることもできない」として、「日本帝国主義への恨みと憤りを抱えているわが民族は、日本の過去の罪に対する謝罪と補償を千百倍にして受け取るだろう」と指摘した。

 国営・朝鮮中央通信は13日の論評で、「日本は当然、朝鮮人民に与えた人的、精神的、物質的被害に対して徹底的に謝罪し、国家的賠償をしなければならない」「日本にとって過去の清算は、絶対に避けられないし、避けてもならない問題」「代を継いで罪の償いを必ずさせるのが朝鮮民族の意志だ」などと主張している。

 目を引くのは、「わが民族」「朝鮮民族」という言葉だ。南北が力を合わせて日本の過去の清算に取り組もうと呼びかけているようにも見える。

 今年、南北関係は劇的に改善した。北朝鮮は、金正恩朝鮮労働党委員長が元旦の新年の辞で示唆したとおり、平昌冬季オリンピック・パラリンピックに参加した。それが皮切りとなって南北首脳会談が実現し、4月、5月、9月とすでに3回開催されている。もはや定例化したと言ってもよい。首脳会談は年内にもう一度、それもソウルで開催される予定だ。北朝鮮の最高指導者がソウルを訪れるとすれば、歴史的なことだ。

 日本は北朝鮮と過去の清算を果たしていない。今年、南北、中朝、米朝関係は進展があったが、日朝だけは進展の動きがみられない。北朝鮮メディアや関係団体は、過去の清算の重要性を強調し続ける。南北が共闘して、日本から謝罪と補償を勝ち取るべきだと呼びかけている。

文聖姫(ジャーナリスト、博士)

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年11月25日号

 
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2018年11月27日

【編集長EYE】 疑惑の土地に誕生「ハルミフラッグ」=橋詰雅博

 11月1日付日本経済新聞の見開き全面広告(22と23両ページ、全国紙では日経だけに掲載)には目を奪われた。<HARUMI FLAG>(街の名称)がデカデカと書かれていた。その中身は2020年東京オリ・パラ選手村として活用後に建てる大規模マンションを販売という広告だった。前日に売り主の三井不動産レジデンスなど11社が発売すると発表しており、同日付日経の東京面で来年5月発売などと報じている。

 目を奪われた理由はこの都有地(約13・4f)を巡り都民33人が

11社に超格安で売却したのは違法であり、小池百合子知事らに損賠賠償1200億円を請求すべきだと都に求めた訴訟を東京地裁に提起しているからだ(本紙17年10月25号で既報)。銀座から約2・5`の超一等地の売却額は129億6000万円だった。日本不動産研究所の調査報告書に基づき選手村という要因を考慮に入れて弾き出した金額と、都は言い張る。周辺地価は1平方b当たり約100万円と算出されていて、問題の土地は総額1300億円というのが一般的な相場だ。だから「投げ売り」と原告側は被告の都を追及する。

 肝心の日本不動産研究所の調査報告書の多くの部分は黒塗りで開示されており、一体、適正な価格はどのくらいなのかが裁判の大きな争点になっている。

 10月26日の第4回口頭弁論では、原告代理人の大住広太弁護士は原告の一人である不動産鑑定士が行った評価額を陳述した。土地は5つの街区に分かれていて、街区によって1平方b当たり100万から134万円で、その総額は1611億1800万円と述べた。大住弁護士は「92%も減額し、都民の財産が1470億円失う」と指摘し、都は大幅減額の根拠を示すべきだと迫った。

 被告代理人は、原告でもある不動産鑑定士の評価額は中立性を欠き、身勝手な主張と反論した。都側は形勢不利だ。次回弁論は来年2月19日。

橋詰雅博

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年11月25日号
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2018年11月07日

【沖縄リポート】 ウチナーの未来はウチナーンチュが決める

 まさに「痛快!」だった。翁長雄志前知事の急逝に伴う沖縄県知事選(9月30日)は、内外の大方の識者の予想を覆し、安倍政権(自公・維新)の全面的支援を受けた佐喜眞淳候補を、翁長知事の遺志を継ぐ玉城デニー候補が8万票以上の大差で破り、当選した。

 徹底した争点隠しと、カネと権力を総動員した物量作戦が功を奏した2月の名護市長選に味を占めた政権側は、その「名護方式」(彼らは「勝利の方程式」と呼んだ)を今回知事選にも適用。前回知事選では自主投票だった公明党、前回は下地幹郎氏が立候補して3万票を獲得した維新の票を合わせれば佐喜眞候補が勝てると踏んでいた。

彼らのやり方は名護市長選にも増してすさまじかった。菅官房長官、小泉進次郎氏を筆頭に自公の大物政治家が次々と沖縄入り。公明党は全国から7千とも8千とも言われる運動員を送り込んだ。期日前投票は日を追うごとにうなぎ上り。企業動員の際、自分の書いた投票用紙を写メで報告させているという話に耳を疑った。ネット上ではデニー候補に対する誹謗中傷・デマが90%以上を占めていた。加えて、投票日前日には超大型台風24号が沖縄を直撃するというオマケまで付いた。正直怖かった。

これらのすべてを見事に打ち破ったウチナーンチュを私は心の底から誇りに思う。動員されても心を売らなかった人々、創価学会の三色旗を掲げて公然とデニーさんを応援した学会員、「デニってる」などの造語や斬新なアイデアで選挙を盛り上げた若者たち、ネットのデマを「ファクトチェック」で精力的に検証した地元紙…。「ウチナーの未来はウチナーンチュが決める!」と立ち上がった県民一人ひとりの総合力がこの勝利を導いたのだ。

翁長前知事がしっかりと築いた礎の上に県民はいま、デニー新知事とともに、自立・共生・多様性の「新時代沖縄」へ向けて出発した。

と、ここまで書いたとき、政府が埋め立て承認撤回の効力停止を求めて国交省に審査請求を行ったというニュースが飛び込んできた。14日の豊見城市長選で、デニー知事が支援した山川仁氏が当選し、この追い風を21日投開票の那覇市長選へ、と意気込んでいた矢先だ。国の言うことを聞かない沖縄への報復としか思えない。民意はまたも踏みにじられた!

浦島悦子

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年10月25日号
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2018年11月06日

【神奈川支部例会】 本土との認識の差を実感 東海大生 沖縄取材体験を報告=保坂義久

神奈川支部では10月6日、神奈川県民センターで例会「若者は沖縄の今をどう見たか」を開いた。

2017年9月、沖縄戦跡のチビチリガマが沖縄在住の少年たちに損壊された事件は、沖縄でさえ戦争体験が若い世代に伝えられていないとして大きな衝撃を与えた。

東海大学文化社会学部広報メディア学科の羽生浩一教授のゼミでは、同年12月に沖縄を訪れ、映像を「歴史記憶を継承する難しさ」というDVDにまとめた。

今回の例会ではこのDVDを視聴し、沖縄取材に行ったゼミのOBと現役学生の話を聞いた。

DVDでは、地元の平和ガイドが、チビチリガマの集団自決と、昨年の損壊事件について解説。平和学習の見学から帰ってきた地元中学生にもインタビューし、沖縄国際大学と琉球大学の学生にも話を聞いた。最近の沖縄ヘイトといえる言説について琉球新報の島洋子経済部長にも取材している。

現場の空気感じる

DVD視聴後、ゼミOBと学生が報告した。今年3月に卒業し、テレビ番組制作の現場で働く阿子島徹さんは、仕事で行う街頭インタビューと沖縄取材体験を比較し、こちらでは10人に質問して1人か2人が答えてくれればいい方だが、沖縄では誰でも答えてくれると本土との違いを語った。

DVDではナレーションを担当し、現在は新聞社系の広告代理店で仕事をしている杉田颯さんは、空襲の被害の大きかった八王子出身、祖母が身内の犠牲に触れたがらないと自分の体験と重ね合わせた。

現在大学4年の寺牛恒輝さんは「友人が左派ヘイトの根も葉もない発言をリツイートしているのを見るとうんざりするが、自分も学ばない前は同じようだった。異なる立場でも互いに耳を傾けるのが大事だと思う」という。

3年生の高橋夏帆さんは、子どもの貧困をテーマにし、子ども食堂を取材した。食堂に入りづらい状況があると報告した。

澤村成美さんは、性的マイノリティーをテーマに決め、パートナーシップ制度について行政などに取材した。実際に辺野古のゲート前では、座り込む人が運び出される状況に驚いたが、作業終了時には互いに「お疲れ様」と声を掛け合うなど、現場でなければわからない雰囲気も感じたという。

中島こなつさんはガマを個人テーマにして調べていた。損壊事件について周囲のほとんどの学生は知らないという。

各自の報告の後、司会の野呂法夫支部運営委員から「様々な集会が開かれるが若者の参加は少ない。どうしたらいいか」と問いかけられた。

若者たちからは、直接話せるよう大学に出向いてほしいとかSNSの活用などの意見が出た。

記者の仕事を語る

後半は沖縄の新聞社でインターンシップ参加した体験を、沖縄タイムスで働いた高橋夏帆さんと、琉球新報で体験した専修大学3年の天野公太さんが報告した。

高橋さんのインターンシップは8月6日から12日間。3日目に翁長知事が亡くなり、あわただしい新聞社内を体験した。

通夜の取材にも同行させてもらったという。どんな緊急事態にも事実確認を疎かにしない新聞の制作現場を体験できてよかったと、高橋さんは語る。

天野さんが身近な人に沖縄に行くと話すと、「プロ市民とかいるんでしょ」という反応が返ってきたという。天野さんはSNSが出現する前の沖縄のイメージはもっと違っていたと指摘した。

天野さんは本土と沖縄との認識の乖離に気づかされたという。東京では米軍は決められたルールを守って訓練していると思われているが、現地へ行って、米軍がルールをも持っていないことを知った。

最後に藤森研支部代表が、JCJ賞資金のカンパを呼びかけた。集会の参加者は51人。

保坂義久

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年10月25日号
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2018年10月30日

【編集長EYE】 教育充実にも国家主義思想入り込む=橋詰雅博

 自民党は、衆参両院の憲法審査会で党の4項目改憲条文案を説明する。4項目は9条に自衛隊を明記、緊急事態条項の創設、参院選挙区の合区解消に加えて教育の充実だ。この中で教育の充実の中身は一般にあまり知られていない。その条文案では、第26条の第1項(教育を受ける権利)と第2項(教育の義務)は現行のままだが、第3項を加えている。加憲された文章は次の通りだ。

<国は、教育が国民一人ひとりの人格の完成を目指し、その幸福の追求にかくことのできないものであり、かつ、国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み、各個人の経済的な理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努めなければならない>

 9月初旬に都内で講演した前川喜平・元文部科学省事務次官(63)は、この第3項をこう批判した。

 「『教育は国の未来を切り拓く上で重要だから環境を整備する』としている部分が問題です。逆に言えば、国の未来を切り拓けそうもない人間は対象外と解釈できます。ここに安倍晋三首賞の国家優先思想が混じり込んでいます。今春から小学校で教科として取り入れられた道徳もその一環です。

 戦後は個人重視と国家主義がずっとせめぎ合ってきたが、第2次安倍内閣以降は、国家の力が強くなっている。全体主義と言い換えてもいい考えが台頭し、その勢いを増しています」

  前川さんは79年4月当時の文部省に入省し、2017年1月退官した。40年近く行政官を務めてきた。

 「長年の行政官生活で痛感したのは『こんな程度の政治家をなぜ国民は選ぶのか』でした。そんな有権者が日本におびただしくいます。やはり民主主義を勝ち取っていないことが淵源です」

 そして今の世の中をこれほどまでに悪くしているのは「忖度だ」と指弾した。

 本紙インタビューに応じた1年ほど前よりも、前川さんは舌鋒鋭く安倍首相を攻撃している。

橋詰雅博

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年10月25日号
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2018年10月16日

【映画の鏡】 息子の戦死は誤報だった 『延命は踊る』 イスラエル家族が巻き込まれた悲劇=今井潤

冒頭で軍の役人が玄関で「ご子息が昨夜戦死されました」と告げると気を失って倒れる母。父は黙って平静を装うが、役人の対応にいら立ちを覚える。軍の関係者が葬儀の打ち合わせに来るが、父は「遺体はあるんだろうな」と怒りを抑えることが出来ない。

 再び玄関の呼び鈴が鳴る。「大変な間違いでした。亡くなったのは息子さんではなく、同姓同名の別人でした。息子さんは無事です」軍人たちに怒りを爆発させる父。それを必死にたしなめる母。

 イスラエル北部国境付近の軍の検問所。息子が勤務する検問所のシーンは、緊張感に欠けた気だるい雰囲気が漂う。ゆっくりと上がる遮断機。ラクダ一頭がのったりと通り過ぎる。ある兵士が仲間に疑問をもらす。「なぜ戦っているんだろう。何のために?」「戦ってますよ、心理戦を。知らない相手と」銃を持ちながら、マンボを踊る兵士。

 若い男女を乗せた車がやってくる。身分証を調べる兵士。女がドアーを開けた瞬間、何かが兵士の足元にころがり落ちる。「手りゅう弾だ」考える間もなく銃を撃つ息子。そこには空き缶がひとつ。車内から白煙と血が静かに流れ出てくる。

 大型レッカー車が現場に来て、車ごとすべてを土の中に葬りさる。上官はいう「われわれは紛れもなく、ここで戦争をしている。起きたことは仕方ない。この一件は最初からなかったことにする」

 息子は帰宅への道を車で走っている。ラクダを避けるため、左にハンドルを切った車はがけ下に転落していく。この静かなロングショットがエンドとなる。(公開は9月29日ヒューマントラスト有楽町他で)今井 潤

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年9月25日号
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2018年10月15日

【香川支部リポート】 戦争体験を語り継ぐ集い 「死の商人」への対応も論議=刎田鉱造

JCJ香川支部が参加する実行委員会の取り組み今年で39回目を迎えた「8・15戦争体験を語りつぐ集い」を8月15日に高松市で開きました。

武器輸出反対ネットワーク(NAJAT)代表の杉原浩司さんを迎え「平和のために今、何ができるか」、「武器輸出大国ニッポン」でいいのかをテーマにした講演を軸にフロアからも熱心な論議が相次ぎました。

 講演で杉原さんは、2014年安倍晋三政権が閣議決定だけで武器輸出を解禁したもののすんなりと成約ができているわけではない実情を報告した。さらに軍学共同をめぐるせめぎ合いや歯止めないアメリカからの武器輸入など戦争依存症が進行する安倍政権の「先取り壊憲だ」と訴えました。

 軍学共同について、会場から「どこからお金がきてもテーマによっては軍事か民生かの境界はあいまいだ。やり方次第ではないか」という意見が出されました。「軍事研究をおいしくする側が盛んにいってくるのがその理屈だが、狙いははっきりしている」「お金の出所をチェックすることが大事だ」「本来、文部科学省からちゃんとした研究費を出させることが大事だ」と盛り上がりました。

 また、武器輸出をしようとする大企業に「どう対応するのか」も論議になりました。ハガキ一枚でも抗議の意志を伝える。消費者の声は企業にとって抑止力になる。大企業メーカーにもメーカーに融資する銀行にも消費者がアクションを起こすことが大事と話しが進みました。

 大量に武器をつくって、売って、戦争して儲ける―戦争中毒≠フアメリカは手強いと話が展開しました。こんな意見も出されました。「日本がもつ憲法9条、守ろうという運動だけでは内向きでないか」「日本が戦争しなければいいという話ではない。アメリカに対して戦争はやめろいうのが先だ」「それをやる政府をつくろう」「展望はあると思う」。そのために今やるべきことは……。「集い」は8・15にふさわしい話し合いの場となりました。

刎田鉱造

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年9月25日号
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2018年10月14日

【若い目が見た沖縄】 派遣第1号・専修大生 高江で初めて知った抗議理由=天野公太

 JCJでは今年度から「若い目が見た沖縄」をテーマに各支部などから推薦された若者を沖縄に派遣する企画を始めました。派遣に当たってはJCJが経費の一部を負担します。派遣第1号が専修大学文学部人文・ジャーナリズム学科3年生の天野公太さん(20歳)。神奈川支部から選出されました。天野さんに寄稿してもらいました。

 沖縄へ行くと話すと、「プロ市民とか、いるんだろ」とバイトの先輩が言った。政府と沖縄が対立して以後、かなりの若者の沖縄のイメージがそんな風に変化してきたように感じる。沖縄をたたく人々がかなり存在する。他方に基地撤去を願い続ける沖縄の人々がいる。とにかく自分で、現状を知りたいと強く思った。

 8月8日に訪れた時、高江のヘリパッドはすでに造成され、使われていた。それなのに抗議活動を続けている理由を、住民の方たちに聞いた。まず、米軍のヘリコプターやオスプレイの連日の騒音を挙げた。ブルドーザーが通る時のような90デシベルの場合もあるという。また、昨年10月には、住民の牧草地に米軍ヘリが不時着・炎上している。いつ落ちてくるのかわからない恐怖。私にも分かる気がした。
 しかしそれだけではなかった。ヘリパッドを含む高江の一帯は、絶滅危惧TA類のノグチゲラなど、貴重な動物が生息している森だと私は初めて知った。ノグチゲラの巣の上で米軍機が毎日爆音を立てていることを、どれだけの人が知っているだろう。ヘリパッドの近くで抗議活動をしていた那覇市在住だと言う女性は、「ただ高江の貴重な自然を守りたい」と話した。高江に住む男性は「なぜ抗議をしているのか。理由を知ってもらいたい」と肩を震わせて語った。
 沖縄を批判する人は、沖縄の人の話を聞かずに批判してはいないかと、考えさせられた。 

 名護市辺野古。8月12日、キャンプシュワブ前では、新基地建設の土砂投入を止めようと、多くの人が集まって声を上げていた。数十人。新聞やテレビで見るよりは少ないと感じた。近づくと高齢の方々が目立ち、若者の姿はほとんどない。いわゆる「プロ市民」と呼ばれるような団体は見受けられなかった。抗議はゲート前で行われていた。座り込んで動かない人もいた。
 海岸へ回ってみる。目の前に広がる辺野古の海は、青々として、息をのむほどに美しい。しかしその海の一角は、すでにオレンジ色のブイで囲まれてしまっていた。

 8月15日、再び高江を訪れた時、住民の男性に、抗議活動に若者が少ない理由を聞いてみた。「表現の仕方が違うのでは」というのが、答えだった。沖縄の若者は基地問題に関心がないのではなく、SNSなど、違うやり方で抗議をしようと考えているのだろうか。

 那覇市・奥武山陸上競技場で8月11日に開かれた、辺野古土砂投入に反対する県民大会にも行った。台風が接近して雨が降りしきる中、7万人(主催者発表)が集まった。その3日前に急逝した翁長雄志知事の追悼ということもあったのかもしれないが、一つの場所にこれほど人が集まることに私は驚かされた。他の県でこんなに住民が集まることはあるだろうか。沖縄の人々の基地問題に対する意識の強さを感じる。ここでは、集まっている中にたくさんの若者がいた。

 本土と沖縄に意識の差は確かにある。しかし、私はまだ沖縄に寄り添うことができると思う。それは、高江や辺野古で会った人たちが、私のような若者に対しても、真剣に「本土に現状を伝えてほしい」と語ったからだ。
 バイトの先輩や友人にも「一度、沖縄に行ってほしい」と言いたい思いを、強く感じている。

天野公太(専修大3年生)

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年9月25日号
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2018年10月13日

【JCJ賞資金強化】 800万カンパ獲得、運動スタート 存続が危うい、1年間実施=大場幸夫

 JCJ賞資金強化大運動がスタートしました。8月18日にJCJ賞贈賞式の会場でカンパを訴えるリーフレットを参加者に配布し、運動は来年8月の贈賞式まで1年間、実施します。すでにリーフレットは読者の皆さんにも届いているはずです。
 改めて皆さんにこの運動へのご協力をお願いいたします。

 日本ジャーナリスト会議(JCJ)は、年間の優れたジャーナリズム活動を顕彰するため、1958年以来、JCJ賞を設け贈賞してきました。今年61回目を迎えました。
 新聞・放送・出版ジャンルのほか市民運動や地域活動の記録なども含み、個人・グループを問わず応募作を募り、推薦委員会が作品を絞り込んでJCJ賞選考委員会に推薦し、そこで選考・討議により受賞作品を決定してきました。いま国内外を問わず、「排外主義」や「フェイクニュース」が拡大され、情報開示どころか「真実」が隠蔽される憂慮すべき事態が進行しています。事実を追及し、真実を極め、権力の専制支配や横暴をチェックして広く市民に知らせるジャーナリズムの役割はますます重要になっています。
 こうした活動を担うジャーナリストや市民の奮闘を励ますJCJ賞は、これまで以上に期待されていると思います。私たちはこの責任を強く認識し、JCJ賞活動に多くの方々が参加してほしいと考えています。

 しかし、JCJ賞活動を支える資金は、2012年にカンパを訴え皆さまのご協力を得ましたが、それ以降も毎年の選考過程に80〜100万円の経費がかかり、この先10年維持できない状態になっています。JCJ賞の今後の活動を支えていただくために是非とも皆さんにご協力を求める次第です。

◆目標は800万円 、 個人1口2000円、 団体1口10000円、複数口のご協力を。
振込先:郵便振込は口座番号 00170-3-457209 日本ジャーナリスト会議JCJ賞資金
銀行は三井住友銀行神保町支店(001)普通預金 口座番号 2122916 日本ジャーナリスト会議JCJ賞資金

◆期間は18年8月から19年8月までの1年間。  

◆運動はJCJ賞資金強化実行委員会が進めます。 

大場幸夫

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年9月25日号
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2018年10月12日

【沖縄リポート】 翁長氏 死してなお県民動かす=浦島悦子

 沖縄県知事選(9月30日)の前哨戦とも言われた名護市議選(9月9日投開票)は、熾烈な選挙戦を経て与野党同数(定数26)の結果となった。14人の立候補者全員の当選をめざした野党(稲嶺前市政を支えてきた議員及びその後継者)は1議席減らしたものの、2月の市長選敗北の逆風の中でよく健闘したと思う(野党側当選者のうち1人は、告示直前に「中立」に立場を変えるなど複雑な様相もあるが)。  
 
 とりわけ私の住む東海岸では、辺野古新基地反対運動の中から生まれた現職議員(3期)に対し、渡具知現市長派の新人が立候補(地域住民は「刺客」と呼んだ)。地域の企業(いずれも零細だが、過疎の地域では大きな存在だ)を総動員して選挙活動を展開した。当新人は、名護市長選の直前に官邸主導で作られた「住民団体」の代表だ。
 これまでと違う選挙の様相に危機感を持った住民・市民の奮闘で現職議員は当選し、新人は次点で落選。ほっと胸をなでおろした。辺野古新基地建設の地元である名護市東海岸のうち久辺3区(久志・豊原・辺野古)をすでに抑え込んだ安倍政権が、残る二見以北10区を抑え込み、「地元はみな基地に賛成している」というお墨付きを得ようとした、その目論見を跳ね返した意義は大きい。

 息つく間もなく9月13日には県知事選が告示された。混迷していた「オール沖縄」の知事候補者選定は、翁長知事の残した遺言により急転直下、玉城デニー氏に決定。死してなお県民を動かす翁長氏の力を示した。
 翁長知事の遺志に従い沖縄県は8月31日、辺野古埋め立て承認を撤回し、海・陸ともに基地建設工事は止まっている。告示日の出発式をルーツ(母親の出身地)である伊江島で行った玉城デニー候補は、名護市街地で第一声を上げた後、辺野古の座り込みゲート前で多くの市民・県民の歓呼の声に迎えられ、翁長知事の遺志を継いで辺野古新基地建設を断固阻止する決意を述べた。

 沖縄女性と米軍人の間に生まれ、翁長知事が「戦後沖縄の歴史を背負った政治家」と称した玉城氏と、日本政府の意を受けた自公・維新が推す佐喜眞淳候補との厳しい超短期決戦が始まった。「マキテーナイビランドー」という翁長氏の声が聞こえてくるようだ。

浦島悦子

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年9月25日号
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2018年10月08日

【リアル北朝鮮】 中露との友好をアピール 非核化への決意 本物か=文聖姫

 9月9日、北朝鮮は建国70周年を迎えた。軍事パレードには大陸間弾道ミサイル(ICBM)の姿はなく、5年ぶりに行われたマスゲームの演出も融和ムード漂うものだった。6月の米朝首脳会談での合意にもかかわらず、非核化交渉が進まないことを意識してか、米政権を刺激することは避けたようだ。それは、軍事パレードを実況中継しなかったことにも表れていた。

 そうしたなか、金正恩朝鮮労働党委員長がトランプ米大統領に書簡を送り、2度目の米朝首脳会談を要請していたことが明らかになった。米ホワイトハウスのサンダース報道官は10日、この事実を表明したうえで、米側がすでに調整に入っていると述べた。2回目の米朝首脳会談が遠からず開催されるかもしれない。

 一方で、金正恩委員長は、建国70周年に際して訪朝した中国の栗戦書・全国人民代表大会常務委員長、ロシアのマトヴィエンコ連邦評議会議長らと相次ぎ会談。中国とロシアが後ろ盾にあることをアピールした。どちらもナンバー3の大物。トップが直接来ることはなかったものの、中露ともに北朝鮮に配慮した形だ。軍事パレード終了後、金委員長は栗常務委員長とともにひな壇のバルコニーを歩きながら観衆に手を振り、マスゲームでは中国を意識した演出も見られるなど、北朝鮮は特に中国との良好な関係を大々的にアピールしたかったようだ。

 ところで、2度目の首脳会談では、パフォーマンスにとどまらず、実質的な進展が米朝双方に求められよう。北朝鮮の非核化への決意は本物なのか。

 金委員長は5日、訪朝した文在寅・韓国大統領の特使代表団と会見した際、次のように語ったと6日発の朝鮮中央通信は伝えた。

「朝鮮半島で武力衝突の危険と戦争の恐怖を完全に追い出し、この地を核兵器も核の脅威もない平和の拠り所にしようというのが我々の確固たる立場であり自身の意志だ」

文聖姫(ジャーナリスト・博士)

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年9月25日号
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2018年10月01日

《編集長EYE》 国民投票テレビCMで民放連どう動く=橋詰雅博

 衆参国会議員による超党派の新しい議員連盟が8月末に発足した。「国民投票運動としてのテレビCM」に関して公平なルールを求める議連がそれ。学者やジャーナリストなどからなる市民団体「国民投票のルール改善を考え求める会」の議連結成の要請に応じたもので、会長に自民党の船田元・憲法改正推進本部長代行が就任した。立憲民主党の山尾志桜里衆院議員と国民民主党の桜井充参院議員が副会長に、立憲民主の杉尾秀哉と無所属の真山勇一両参院議員が事務局を担当する。

 市民団体は、資金潤沢な改憲勢力が賛成を勧誘するテレビCMを大量に流すと、資金に乏しい護憲勢力は対抗できず、不公平が生じるとしてテレビCMに一定のルールを設けるべきだと主張してきた。数回の会合を経て作成した国民投票運動期間中のルールは2案ある。一つは賛成派と反対派が同じ日の同じ時間に、同じ分数の放送を行う案だ。もうひとつは英国の実施事例をモデルにしたもので、異なる放送日で同じ回数・分数の放送を行い、最終的に視聴率が同じ程度になるように調整する案である。この2案は議連に提示していて、議連はこれをたたき台にしてルールづくりを行う。

 安倍晋三首相は来年夏の参院選挙前までに国民投票を実施すると言っており、国民投票法を改正してルールを導入するのは時間的に困難だ。このため議連は自らつくった案を民放各社が集まる日本民間放送連盟(民放連)やNHKに提示し、自主的にルールを策定するよう求めていく。

 記者会見で船田会長は、賛否分れるテレビCMについてこう述べた。

 「同じ時間帯に同一分量を流すのがふさわしい。国民投票法が法制化した11年前、民放連はテレビCMで公平が保たれるよう自主的に制度設計すると発表した。だが、実現しておらず、肩すかしをくらった。9月中にも民放連やNHKと意見交換したい」

 巨額な国民投票特需≠当て込む民放連の対応に注目だ。

橋詰雅博

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年9月25日号

 

なお民放連は、9月20日にテレビCMを量的規制しない方針と決めました。

 
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2018年09月07日

【日韓学生フォーラム】 原爆と報道を考える場に 広島の式典取材し 中国新聞を訪問=古川英一

 8月6日の広島。地元の人に言わせると、今年は特別暑いとのこと。その暑さの中、私たちは広島で様々な声を聞き、そして発した。「私たち」とは、2回目を迎えた日韓学生フォーラムに参加した学生30人余りと、実行委員で同行したメディアの記者OBら総勢約50人のこと。ジャーナリストを目指す日韓の学生に、様々な現場を見てもらい、相互交流を図る企画だ。

空虚な首相挨拶

8月5日から3泊4日、学生たちは広島市内のゲストハウスで合宿≠オた。戦後73年の原爆の日に、原爆ドームに近い平和記念公園に向かった。

平和記念式典。朝から立っているだけで汗がふき出す。私は会場には入れず、公園の一角でスピーカーから安倍首相の挨拶を聞いた。

昨年の夏、国連で核兵器禁止条約が採択されたこと、さらに秋にICANがノーベル平和賞を受賞したこと、いずれも被爆地・広島の人々にとってはかけがえのない出来事であるはずだ。だが、安倍首相は一言も言及しなかった。

安倍首相が発した言葉は、私が広島で聞いた声の中で最も空虚なものだった。この空虚さに、一瞬途方に暮れた。原爆投下の悲惨さをどう伝え、核廃絶の声をどう国内外に広げていったらよいのか。問いが頭の中をめぐった。

6日午後に、中国新聞本社を訪問し、これらの問題と長年、格闘してきたジャーナリストの話を学生たちと一緒に聞いた。話し手は同紙の江種則貴特別編集委員だ。紙面づくりが一年でも最も忙しい日であるにもかかわらず、快く時間を割いてくれた。編集局の見学もできた。

新しい発見ある

江種氏は、広島には原爆の体験が根づいていること、同時に日常の暮らしと被爆体験が遠くなっていることを指摘した。広島を被害者としてとらえるだけでなく、戦争での日本の加害責任についても報道してきたという。「被爆者に加害責任を語ってもらおうとは思わない。加害責任を踏まえたうえで、広島はまず被爆者の声を伝えるのが役割だ」と語った。

飛び入りで、この場に参加したのは朝日新聞OBで、原爆報道に長年関わってきた岩垂弘さんだ。岩垂さんは「毎年8月6日は広島の地に立つ」ことを決意して実行してきた。「原爆の問題は根が深く、まだほとんど知られていない。広島を49回訪れても新しい発見がある」と話した。

翌7日は、元広島市長の平岡敬さんに講演してもらった=2面参照。中国新聞の記者時代に韓国人被爆者問題に取り組み、埋もれた被害を世にアピールした。この講演会は学生のほか、地元市民も参加できる日韓フォーラム独自の企画として開いた。

平岡さんは90歳を超えても、その内面から発するバイタリティに圧倒される。ソフトな語り口に、思わず引き込まれてしまう。「記者をつき動かしているのは、社会の不正義への怒りだ。そして弱者の立場に立つことが欠かせない。その一つが私にとって韓国人被爆者問題だった」と振り返った。

平岡さんは取材を通して韓国人被爆者の支援運動に関わっていく。迷いながらの行動だった。「ジャーナリストは当事者になってはならない鉄則がある。客観報道をすべきだと。その鉄則を踏み外して救援運動に加わった。当事者となることがいいのかどうか。でもそれは人間として許されるのではないか」。今でも平岡さんの自問は続くという。

学生たちは講演後も、昼食を一緒に取りながら、平岡さんを囲んで質問攻めに。平岡さんは「何のためにジャーナリストになるかが問われる。何でもいいから、自分はこういうことをやるために記者になる、ということを大事にしてほしい」と学生たちに助言した。

教師の像に感動

日韓フォーラムの最後は、参加者が期間中に一番感銘を受けたことを、スマホで撮影した写真を前に語る「マイベストショット」の時間だ。学生たちは夜遅く、未明まで語らい、交流を深めた。それぞれが見たもの、視点、感じ方は千差万別。その声をいくつか紹介したい。

広島県出身の女子学生は、平和記念式典の会場で黙とうの際、そっと亡き父親の遺影を取り出す男性を見た。聞くと被爆2世で、今は語り部の伝承者として活動をしているという。その姿を見て「大切な人を忘れないジャーナリストになりたい」と彼女は語った。

 韓国の女子学生は平和公園にある、教え子を抱きかかえる教師の像の前で、自分より弱い存在を助けようとした教師に感動する。そして被爆者の問題に取り組む日本こそが平和のメッセージを発信してほしいと呼びかけた。

日本、韓国、それに中国からの留学生と何人かで、メッセージを書いた灯ろうを流したという男子学生は「一緒に流した仲間がこれから何になるにせよ、同じ方向を向いて行けたならと淡い希望を感じ、少し幸せな気持ちになった」と話した。

広島で聞いた多くの声、自分たちが発した声はこれからの糧になっていくに違いない。昨年11月にソウルで初めて開催した「ジャーナリストを目指す日韓学生フォーラム」はまた一つ、大きな収穫を得た。      

古川英一

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年8月25日号
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2018年09月01日

《編集長EYE》 検察は政治資金規正法にうとい=橋詰雅博

 国会議員などの政治資金収支報告書を閲覧できる公益財団法人「政治資金センター」などが企画した「政治と金をどうチェックするのか」と題した集会が都内で7月初旬に開かれた。

 これに出向いた理由はパネラーとして興味深い人物がいたからだ。その人は前田恒彦さん(50)で、元大阪地検特捜部主任検事だ。名前と肩書で思い出された方もいるだろう。郵便不正に絡む厚生労働省の偽証明書発効で逮捕された厚労省元局長の村木厚子事件(2010年)を担当した検事だ。裁判で検察によるデッチ上げが明らかになり、村木さんは無罪が確定した。村木さんを犯罪者に仕立てあげるため前田さんは証拠物件のフロッピーディスクの中身を改ざんし、証拠隠滅罪で懲役1年6カ月の判決を受けた。また法務大臣から懲戒免職で処分された。12年5月に満期出所した。

 大阪・東京特捜部に合計約9年在籍した前田さんは、政治とカネの問題でこう語った。

 「政治資金規正法違反の虚偽報告は、形式犯(うっかりミスで法に触れる犯罪、悪質の度合いは低いとされる)扱いです。被疑者の記帳ミスと裁判所は甘い判断をし、下される判決は執行猶予付きです。これでは労多くして益少なし、大山鳴動してネズミ一匹だ。軽くみているから政治資金規正法の条文を読んでいる検事は極めて少ない。下地がなく、経験不足です。巨額やウラ金がなければ、政治資金規正法違反では踏み込まない」

 ただし脱税が悪質ならば起訴するケースはある。

 「目安は一般的には5000万円です。大バッチ≠キなわち国会議員ならば1億円という暗黙のルールがある。このルールに達していない事案なのに、内偵を進めたら法務省からストップがかかります」(前田さん)

 検察には政治資金収支報告書のデータベースはないそうで、頼るのはメディアだという。

 前田さんは法曹界に戻る意思はない。ブログで刑事司法に関する解説や主張を発信している。

橋詰雅博(JCJ事務局長兼機関紙編集長)

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年8月25日号
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2018年08月30日

名古屋マンション建設反対で無罪確定 国に賠償求め提訴=加藤剛

 名古屋市瑞穂区白竜町のマンション建設反対運動で現場監督に暴力をふるったとして逮捕・起訴され、裁判で無罪が確定した同町の薬剤師奥田恭正(やすまさ)さんが7月24日、国・検察庁と愛知県(警察本部)に計1100万円の賠償を求めるともに、捜査で得た指紋やDNAなど個人情報の抹消を要求する訴訟を名古屋地方裁判所に起した。
 奥田さんは同時に現場監督や建設会社に対しても「あいまいな証言などで犯人扱いされ迷惑を蒙った」として計1100万円の損害賠償を求めて民事訴訟も提起した。

 奥田さんはマンション建設に反対する住民運動の代表で、一昨年10月「現場監督を両手で突き飛ばした」という暴行の容疑で逮捕・起訴された。
 しかし名古屋地裁は今年2月「防犯カメラの映像など警察側の証拠でも暴力行為は立証されず、現場監督の証言も二転三転あいまいで信用できない」として奥田さんに無罪を言い渡し、検察は控訴せず無罪判決が確定した。

 奥田さんは訴状の中で国家賠償を請求する理由として、警察が防犯カメラの動画を見せずに「映像に暴力場面が写っている」と言って自白を強要したこと、逃亡の恐れがないのに十五日間も勾留したことなどの不当な捜査を指摘し、無罪確定までの一年四か月の間容疑者・被告人の立場に立たされ「物心両面で多大な損害をこうむった」と主張した。

 奥田さんは訴状を提出したあと司法記者クラブで記者会見し次のように語った。
「無罪は確定したがこのままでは納得できない。高層マンションの建設に反対し抗議しに行ったら逮捕され、薬局が家宅捜索された。その後も拘留が続き、一年余の長期にわたり容疑者、被告の立場に立たされ辛い思いをした。無罪が確定したあとも警察は『あれは正当な捜査だった』と言い、謝罪の一言もない。現場監督は『このままでは自分がウソをついたことになるから控訴してほしい』と言って検察庁に控訴の要請まで行った。無実の市民を犯人に仕立てるデッチ上げは許されない」
 奥田さんは提訴の理由をこのように説明し、最後に「裁判をしている間に工事は進み一五階建てのマンションは出来てしまった。しかし環境を守る運動はこれからが本番だ」と強調した。

加藤 剛(東海支部)

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年8月25日号
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2018年08月16日

《支部リポート》 関西 6・18大阪北部地震 女児の死はやりきれない=井上喜雄

6月18日朝7時53分 どんと突き上げるような振動を伴う揺れが起こり直後にあちこちの携帯電話に緊急警報が流れ、緊急放送も地震を告げた。直下型地震のため揺れは事前に観測できず、警報は揺れの後だった。緊急警報も直下型の場合、役に立たない。

京阪神の在住者は1995年の阪神大震災の大きな揺れを経験している。今回はその時と比べれば揺れも小さく時間も短く感じた。(事実マグニチュードの数値は低かった)怖かったという感想もあまり聞かない。

ただ震源地は大阪北部(高槻・茨木市)で、このあたりにはいくつも断層帯が存在するとされており、熊本のようにこの地震の影響で近接する断層が連動したらとの小さな恐怖が1週間ほど続いた。

市民の多くが出勤前という時間帯のため大阪市内での人的被害は極めて少なく、壁に亀裂が入った、食器棚や本棚が倒れるなどの被害はあった。

死者は大阪市と震源に近い高槻市および茨木市で発生しており、ブロック塀の倒壊や家具が倒れたことによる圧死だった。高いブロック塀の危険性が、犠牲になった女子児童の死によって告発されたのがやりきれない。

結局、死者5名、負傷者は近畿2府5県で423名(うち重傷者10名)、住家の全壊3棟、半壊19棟、一部破損10,802棟だった。火災発生件数は大阪府と兵庫県で8件と少なく、阪神大震災のような直後に大出火の二の舞は避けられた。

JR在来線や私鉄各線、大阪地下鉄など鉄道は8時間以上ストップし帰宅時間帯までの復旧がならず、帰宅困難者が多く発生した。新淀川大橋を徒歩で渡り帰宅する人達の途切れない様子がTV中継され、物的損害以外の時間的被害の膨大さが浮き彫りにされた。

鉄道各社は自動改札の普及など以前と比べると大幅に人員が減っており災害が起こると復旧するにはかなりの時間を要する様子だ。

揺れの大きかった地域のスーパーやコンビニから水、パン、インスタント麺などがあっという間になくなっていたのは説明するまでもない。

井上喜雄(のぶお)

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年7月25日号
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