2022年12月05日

【映画の鏡】対立を対話に変えた住民参加 『下北沢で生きる』 SHIMOKITA 2013to2017 改訂版 これからの街づくり示す記録=鈴木賀津彦

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     NOBUYOSHI ARAKI ライカで下北沢

  シモキタが今、これからの街づくりの成功モデルとして注目を集めている。今年5月、2013年に地下化された小田急線下北沢駅(東京都世田谷区)周辺の線路跡地1・7`で進められた「下北線路街」の整備が完成。都心の再開発と言えば、どこも同じようなビルが建ち個性が失われがちだが、劇場やライブハウス、古着屋などの個性的な店舗が路地にひしめく「シモキタらしさ」を生かした形で魅力を発信し、コロナ禍にもかかわらず、にぎわいを一段と増し、高く評価されている。

 そんな「らしさ」を打ち出した街づくりが何故できたのか、本作品を見れば、それを解説してくれる。2003年に東京都が小田急線の地下化を決めた際、終戦直後に決めた「補助54号線」という道路計画が復活し、商店街を貫く道路整備など大規模再開発を行政側が決定した。これに反対する市民運動が巻き起こる。開発阻止を訴えるデモや集会には、国内外から作家や演劇人、音楽家らが集まり、見直しの提案や行政訴訟なども起こしていく。

 それを追ったドキュメンタリーの前半は、賛否の対立の構図なのだが、世田谷区長に保坂展人氏が当選した2011年からは、「北沢デザイン会議」などが設けられ、区が住民から意見を聞く「対話」へと変わっていく様子が描かれていく。後半は「住民参加の街づくり」とはどういうものかを示してくれている。

 2017年に住民らが製作した映画が今年、街への関心の高まりから掘り起こされ、各地で小さな上映会が広がり始めている。案内のチラシには「下北沢の民主主義を知っていますか?」とある。
鈴木賀津彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年11月25日号
 

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2022年12月02日

【映画の鏡】転んでも立ち上がる復元力 『百姓の百の声』 お百姓さんが素晴らしいことがわかります=伊東良平

                           
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百姓という言葉は放送禁止用語だそうだ。このことについて、映画の柴田昌平監督は「農業に対して近代の日本人が抱いてきた、ぬぐいがたい差別意識のようなものが横たわっていると感じる」と語っている。
2007年に映画「ひめゆり」でJCJ特別賞を受賞した柴田監督が4年をかけて全国の農家を訪ねて作り上げたのがこの作品である。私たちは毎日農家が作った食物を食べているのに、あまりその背景を考えないでいるのではないか。全国のお百姓さんが知恵と工夫を活かしていまの農業に取り組んでいる姿を単刀直入なインタビューでまとめた。

この映画にメインで登場する13組の農家だが、それぞれがいろいろな課題を抱えながらも前を向いていて力強い。それは品種や栽培方法であったり、有機野菜の生産と販売や地域内の循環など、ひとつ一つのテーマを克服していく様子を見ていると、これからの農業に希望が持てる。それがお百姓さんの底力であり素晴らしいところだと画面が訴えかけてくる。ただ、登場人物の多くが高齢であることが気になった。映画を若い人が見て、農業の面白さを知るきっかけになってほし。

 2時間10分という長尺だが、美しい映像も伴って時間を感じさせない迫力があった。
11月5日から東京・ポレポレ東中野で上映されるが、柴田監督は映画を観て終わりではなく農家と消費者が交流する場を作りたいと、その交費などを得るためのクラウド・ファンディングも行っている。また映画を通して対話を生み出そうと農村での移動上映会を開く希望も温めている。 
  伊東良平
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年10月25日号

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2022年10月04日

【映画の鏡】保守王国にみる日本の縮図 『裸のムラ』 変化に対応しない構造に迫る=鈴木賀津彦

                            
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     石川テレビ放送  

なぜ日本がこんなにも「後進国」になってしまったのか、その理由を保守王国、石川県の現実を直視することで解き明かしてくれる。
7期28年の谷本正憲知事(75)に代わり今春の選挙で当選したのは、谷本の選対本部長を務めていた元文科相の馳浩。新知事に花束を渡すのが女性の役割? そんな場面を強調して男社会の「ムラ」の滑稽さを捉える。当選直後に谷本は県公立大学法人の理事長に就任するという筋書き通りの結末も淡々と追っていく。馳知事のスローガン「新時代」にも「?」を付け、馳が衆院選に初当選した22年前に掲げたのも同じ言葉だったと伝える。

激変する現代社会、多様性が求められるのに、何も変わっていないムラの現状。長期の権力集中に忖度する県庁職員の仕事ぶりをカメラが追う中で、象徴的なのが県議会の知事席のお茶を入れたガラス瓶の水滴を丁寧に拭く女性の姿。谷本時代と変わらず、馳になっても同じシーンが繰り返される。
 一方で市井の生活にもカメラが向けられる。「ムスリムの一家」と「バンライファ―の2家族」の暮らしぶりの映像が、「男ムラ」の政治の場面と行ったり来たりして描かれる。この関連性が分かりにくく、観客をイライラさせるのだが、3つの物語の「つながり」が理解できた時、ムラをどう変えればいいのか、展望が見えてくる不思議なドキュメンタリーだ。
監督の五百旗頭幸男は、富山市議会の不正を暴いた「はりぼて」の監督。石川テレビに転職し制作した2つの番組「裸のムラ」「日本国男村」が元になった。10月8日からポレポレ東中野(東京)などで公開。
鈴木賀津彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年9月25日号
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2022年09月20日

【映画の鏡】経済成長で変わる農村の姿『出稼ぎの時代から』地方の在り方 根本から問う=鈴木賀津彦

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             「飯場で暮らす。枕元には長靴。」 

 山形県白鷹町教育委員会の倉庫から見つかった50年余り前のスライド作品「出稼ぎ」。スライドと台本、オープンリールの録音テープ。高度成長期の1966年冬から翌年春に出稼ぎに行った二十歳の青年が、働いた川崎市北部の団地造成現場や飯場の暮らしをカメラに収め、撮りためた写真で構成した作品を置賜地区視聴覚作品コンクールに出品したものだ。
 1960年代に年間約2000人が出稼ぎしていたという白鷹町。作品発見をきっかけに、出稼ぎの時代とは何だったのかを再認識しようと、町民の中から映画製作の話が持ち上がり、その後の暮らしや関係者のインタビューなどの取材を町民有志で進めた。完成した79分の映画の上映が7月から地元で始まった。
 当時は高価だったカメラを出稼ぎで貯めて購入した青年が、時代をどう捉えて、何を考えていたのか。その後大きく変わった農村の現状とこれからを見つめなおす原点が、この青年の感性にあると気付かされる。
 白鷹町ってどんな地域だろうと検索すると、19世紀の女性旅行家イザベラ・バードがこの山形県南部、置賜地方を「東洋のアルカディア(理想郷)」と讃えたと解説する観光サイトを見つけた。この理想郷からの出稼ぎが都心の「繁栄」を支えてきたのだ。地方創生を叫ばれる今、目先の地域活性化にとどまらず、改めて戦後の経済成長の在り方を問い直して未来を見つめていかねばならないと、インタビューに淡々と語る住民の映像から感じた。
 住民による地域メディアづくりや映像アーカイブの視点からも、この映画の上映活動を広げてほしい。
 鈴木賀津彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年8月25日号
 
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2022年08月18日

【映画の鏡】沖縄戦の苦悩 伝え続ける『島守の塔』復帰50年に描く戦争の愚かさ=鈴木賀津彦

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c2022 映画「島守の塔」製作委員会

 20万人以上が犠牲となった太平洋戦争末期の沖縄戦で、住人たちがどんな思いでいたのかを、沖縄県知事の島田叡(あきら=写真=左)、県警察部長荒井退造(同=右)ら主人公の苦悩を掘り下げながら丁寧に描いている。
 完成披露試写会が6月30日に都内で開かれ、五十嵐匠監督、島田を演じた萩原聖人、荒井役の村上淳、知事付になった軍国少女の比嘉凜役の吉岡里穂、生き残った凛の晩年を演じた香川京子が挨拶。4人とも、コロナ禍で撮影が1年8カ月も中断されたのを乗り越え、遂に完成できたのは「作品へ込めたみんなの思いが奇跡を起こした」と振り返った。
  この作品を本欄で取り上げたのは一昨年の8月号、その時は<製作の決意は揺るがず、新聞社が連携「命の尊さと平和」発信>という見出しで、撮影の中断にもかかわらず「サポーター」を募集して、製作委員会が「大きな平和事業に発展させていきます」と強い決意で動きだしていることを伝えた。そんな製作過程を見てきたこともあり、軍拡の動きなど現在の危機的な平和の状況を跳ね飛ばせる力強さを、本作から感じることができた。
 五十嵐監督はメッセージで「ウクライナの戦争で製鉄所の地下に逃れた人々が、ガマの中で息をひそめる沖縄の方々とダブってしまう。かつて私達が経験した戦争の時代を知る人々がいなくなりつつある今、この映画は永遠に生き続けることを祈念する」と述べている。
 ロードショーが終わっても本作を見続けてもらえる仕組みとして、沖縄へ修学旅行に行く学校で上映し続けてはどうだろう。伝え続けるために特に若い人たちに見てほしい。
鈴木賀津彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年7月25日号
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2022年07月19日

【映画の鏡】その先の家族や友人との絆『沖縄カミングアウト物語』かつきママのハグ×2珍道中=鈴木賀津彦

 6月は「プライド月間(Pride Month)」だ。世界各国でLGBTQ+(性的少数者)の権利を啓発するイベントやキャンペーンなどが繰り広げられている。
 米ニューヨークで1969年6月27日、LGBTが集まっていたゲイバー「ストーンウォール・イン」に不当な踏み込み捜査を行なった警察に客が抵抗し衝突した「ストーンウォール事件」は、歴史上初めてLGBTによる公権力への明確な抵抗で、社会運動の始まりとされる。1年後行われたパレードなどの記念行動以来、6月が月間として位置付けられているのだ。
 そこで今月は、本欄でも性的少数者の思いを正面から描いたドキュメンタリー作品を紹介する。新宿二丁目のゲイバー「九州男」の店主、かつきママのカミングアウト・ストーリーである。
 製作の狙いを松岡弘明監督はこう語る。「私自身がゲイであることをカミングアウトできずに母親を癌で亡くしたことがキッカケでした」「年月が経ち、『九州男』でかつきママのカミングアウト・ストーリーで聞いたとき、これが私の知りたかったカミングアウトの理想的なエンディングだと思いました。こんな可能性もあるんだということを、ぜひとも映像で伝えたい。そんな想いを胸に、かつきママと一緒に彼の故郷・沖縄県那覇市を訪れました」
 家族や友人とカミングアウトしたときを振り返る様子から、この先の人のつながりが示されていく。7月8日〜21日開催される「第30回レインボー・リール東京〜東京国際レズビアン&ゲイ映画祭〜」の上映作品に選ばれ、17日に東京・青山のスパイラルホールで上映される。
 鈴木賀津彦
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年6月25日号
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2022年06月10日

【映画の鏡】清冽な生き方が現代に撃つ『わが青春つきるとも』伊藤千代子の生涯=鈴木賀津彦

 4月末からポレポレ東中野(東京)で始まった劇場公開は6月第1週まで延長が決まり、全国の自主上映活動が40都道府県250会場での上映会が確定、広がりを見せている。描かれている戦前の日本の姿から、現代の私たちの目の前で今起きている出来事を重ね合わせて考えさせてくれる。そう、今だからこそ見るべき作品なのである。
 原作は藤田廣登著「時代の証言者 伊藤千代子」(学習の友社)。歌人・土屋文明が「こころざしつつ たふれし少女(おとめ)よ」と詠んで非業の死を悼んだ女性活動家の生涯を調査・研究、「100年前、声をあげた女性がいた」と打ち出し、「その清冽な生き方が現代を撃つ」と今によみがえらせた本だ。
 桂壮三郎監督は「戦争反対などが『国賊』『非国民』扱いされた絶対的天皇専制時代、帝国主義侵略戦争に反対し、主権在民、社会的平等を願って24歳の若さで斃(たお)れた伊藤千代子の苦難と希望とこころざしを格調高く描く」と述べ、伊藤を知らない人、特に若者へ、伊藤の生きた時代を理解し生き方への共感を得る、と狙いを強調している。
 治安維持法下、特高の拷問で亡くなった小林多喜二と同時代に、弾圧にも自らの志を貫いた生き方を見ていると、ロシアのウクライナ侵攻の今の事態から何を学び、どう行動していく必要があるのかを、この映画は当事者意識を持って考えよと語りかけているようにも感じる。現代の視点から伊藤にスポットを当てた意味は大きい。
 映画とともに、漫画「伊藤千代子の青春」(ワタネベ・コウ著、新日本出版社)も好評で3刷が出ている。 
 鈴木賀津彦
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年5月25日号
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2022年05月21日

【映画の鏡】政治が歪めた教育の現場 『教育と愛国』露骨な介入リアルに取材=鈴木賀津彦

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 「日本人というアイデンティティを備えた国民を作る、それはやはり教育の現場を変えていくということ」だと安倍晋三氏が本音を語る映像が象徴的だ。首相に返り咲く前の2012年2月に開催された「教育再生民間タウンミーティングin大阪」で、大阪府知事だった松井一郎氏とともに登壇しての発言である。
 それから10年、「教育再生」の名のもとに進む教育現場へ政治介入のリアルを、大阪・毎日放送(MBS)ディレクターの斉加尚代監督が危機感を持って取材し続けたドキュメンタリー作品だ。
 MBSで17年に放送された番組「映像’17教育と愛国〜教科書でいま何が起きているのか〜」はギャラクシー賞テレビ部門大賞を受賞するなど注目された。その後も、「慰安婦」を取り上げる授業が「反日」とレッテルを貼られ教師がバッシングにあうなど、激しさを増す動きを追加取材し再構成した内容だが、ウクライナへのロシアの軍事侵攻に絡めて国内では「核共有」や軍備拡大、改憲の動きなどが勢いづいているだけに、今こそ、この作品を見る意義が大きいのだと感じている。
 斉加監督は取材相手の本音を粘り強く引き出すのが得意のようだ。特に多くを語りたがらない「政治介入は必要だ」という保守系の学者などからも、とても空疎な本音を聞き出していて、何ともコミカルな場面が見られる。
 先月の本欄で紹介した映画『テレビで会えない芸人』の主役、松元ヒロさんが試写会に来ていて、「ネタになるよ、コレ」と感想を述べていた。笑える映画でもある。5月13日から順次全国で公開。
  鈴木賀津彦
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年4月25日号
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2022年04月28日

【映画の鏡】モノが言えぬ社会を問う『テレビで会えない芸人』密着取材で地方局の覚悟を示す=鈴木賀津彦

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            @鹿児島テレビ放送
  テレビに出ない芸人、松元ヒロ。舞台の公演は連日満員、チケットは入手困難、密かに注目を集める。「政治や社会を笑いで斬るその芸はテレビでは会えない―、なぜか」と、ヒロの出身地のローカルテレビ局「鹿児島テレビ」のプロデューサー四元良隆らが取材を始めたのは2019年春。1年間密着し20年5月の番組「ドキュメント九州」で放送された「テレビで会えない芸人〜松元ヒロの世界」は反響を呼び、日本民間放送連盟賞最優秀賞、ギャラクシー賞優秀賞などを受けた。
 評価されたとはいえ、番組をこのまま映像資料としてお蔵入りさせるのではなく、広く全国に発信していくために映画化に向けて取材陣は動き出す。「カメラを向けると、見えてくる。規制に縛られた既成のメディア、言論と表現の自由、モノが言いづらい世の中。社会の空気に流される自分たち(テレビ)の姿があった。これからのテレビはどう在るべきか。このドキュメンタリーは僕らなりの、テレビで会えない芸人への挑戦状であり、感謝状である」と、監督の四元さんは話す。
 映画は冒頭、「やっぱり際どいネタを扱っているからでしょう」「クレームとかトラブルとか―まあ予防線は張っておきたいという―」など、「会えない理由」を話す局長や部長ら幹部の本音の声が流れる。テレビマンがテレビ局自身の問題点を深掘りしていることに、危機的なメディア状況への現場の覚悟を感じさせる作品だ。『さよならテレビ』を制作した東海テレビの阿武野勝彦がプロデュ―サーに入り、テレビマン同士の社を超えた制作協力にも注目したい。
鈴木賀津彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年3月25日号
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2022年03月29日

【映画の鏡】3・11後の生活の変化を追う『発行する民』 コロナ禍で希望語りなおす=鈴木賀津彦

  古都・鎌倉で2011年、「脱原発パレード」で街を歩いた女性たちが結成した「イマジン盆踊り部」に7年間密着したドキュメンタリー。お酒や味噌、パンづくりから生まれた「発酵盆唄」など唄と踊りが人びとをつなげてゆく。3・11 後の暮らしを「発酵」という視点から追っていく。
 平野隆章監督の個人制作で昨年7月に公開された後、評判が口コミでジワリと広がり、今年は全国各地の劇場での拡大上映が決まっている。この広がりを平野監督はこう語る。
 「コロナ禍の今が、原発事故後の先の見通せない状況と似ているという感想をいただくことが増えてきた。社会に不安定なムードが漂う中、鎌倉の人々が今までを振り返り、新しいものをつくりだし、人と出会い日常を積み重ねていく姿を映画は描いた。腐敗の対義語である発酵の世界にも着目、人間を中心に置き過ぎない世界を模索している。現在とリンクして観客に届き、広がっています」。
 そして、こう強調した。「原発再稼働反対の声が広がり、国会前に多くの人が集まった。多くの人がより良い未来へ向かいたいと思った。自分もその一人。国会前のデモ参加者数が減るに連れ、メディアもどこか市民運動がしぼんだような報道が多くなった。ドキュメンタリー制作を続けたのは、それが悔しかったから。人々の間に生まれた、よい方向に向かいたいという気持ちは、きっと今も続いている。その時つくりだしたものが、コロナ禍に希望のようなものを届けている」と。
 「地球歴」での生活を説明する場面もあり、ここにもぜひ着目してほしい。
 鈴木賀津彦
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年2月25日号
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2022年02月25日

【映画の鏡】AI時代の教育のあり方を問う『夢みる学校』ミライの公教育がここにある=鈴木賀津彦

 「時代がもとめる、ミライの学校」とは何か。この映画を教材にして全国の小中高校の授業で上映し、子どもたち自身が「学びたい学校の姿」を考え、教師とフラットに議論する取り組みを新年度に展開してはどうだろう。そんな提案をしたくなった作品である。
 「きのくに子どもの村学園」は30年前から「体験学習」を実践している先進的な学校だ。堀真一郎学園長が1992年に小学校を和歌山県で開校して以来、福井、福岡、山梨の各県でも小中学校が開設され広がりをみせている。
宿題がない、テストがない、「先生」がいない同学園で学ぶ子供の姿を、医食同源・食養生をテーマにしたドキュメンタリー『いただきます みそをつくるこどもたち』で知られるオオタヴィン監督がとらえた。「南アルプス子どもの村小学校を訪ね、昼休みの職員室をのぞいて驚愕しました。職員室は子供たちの歓声でいっぱいでした」「キラキラいきいきした子供の表情。その『映像の力』だけで、教育を問うことができる」と語る。
 「私立学校だからできることでは」という反論を予想してか、オオタ監督は、通知表や時間割のない「総合学習」を60年間続けている長野県伊那市立伊奈小学校や、校則を減らし定期テスト廃止の世田谷区立桜丘中学校も取材し、公立学校でもできることを明示する。
 教育改革が叫ばれる今、脳科学者の茂木健一郎氏が登場し科学的に説明する。教科の壁を超えて体験学習をすることは「AI時代にふさわしい能力が発揮できるような脳のOSがつくられる」と。2月4日からシネスイッチ銀座などで公開。
鈴木賀津彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年1月25日号
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2022年01月29日

【映画の鏡】市民のための役所とは 『ボストン市庁舎』トランプ政策と対極の現場を描写=鈴木賀津彦

 4時間34分の大作、途中休憩を入れ5時間近くを映画館で過ごすことになるが、ぜひ時間をつくって見てほしいドキュメンタリーだ。特に公務員は必見?なのだろう、「市役所割」なる料金も実施しており、市民のための市役所とは、行政が果たす役割とは何かを考え直す好機になるはずである。
 『ニューヨーク公共図書館』でも知られる米国ドキュメンタリー界の巨匠フレデリック・ワイズマン監督の最新作。91歳の彼の集大成とも、最高傑作とも評されている。舞台は彼の生まれたマサセッチュー州のボストン市。警察、消防、保健衛生、高齢者支援、出生、結婚、死亡記録など、数百種類ものサービスを提供する市役所の仕事ぶりが映し出され、その舞台裏に迫る。
  注目は、市長を先頭に職員が各所に出向き、市民とあらゆる問題で対話していることだ。マーティン・ウォルシュ市長の市民に寄り添う姿勢に好感、見終わって調べたら、今年3月からバイデン政権の労働長官に就任しているというので妙に納得した。
  「アメリカがたどってきた多様性の歴史を典型的に示すような人口構成をもつ米国屈指の大都市で、人々の暮らしに必要なさまざまなサービスを提供している市役所の活動を見せている。(略)トランプが体現するものの対極にある」とワイズマン監督は語る。
 全ての住民の声を聴き、多様な人種を認め合った「まちの姿」。映画館を出るとニュースは偶然、外国人の投票を可能にする武蔵野市の住民投票条例案に反対する政治家たちの騒ぎぶりを伝えていた。なるほど、本作が示した公共の在り方を、身近な日本の課題として捉える必要がありそうだ。全国公開中。
鈴木賀津彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年12月25日号
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2021年12月24日

【映画の鏡】真の復興問う浪江の現実 『ひとと原発〜失われたふるさと』町民の切なる想い伝える=鈴木賀津彦

原発事故から10年、復興五輪が開かれた今年、福島県浪江町から避難した町民の本音を伝え、真の復興を問う作品として、自主的上映活動が少しずつだが広がっている。
浪江町に通い避難者たちの生活を追い続けた映画監督の板倉真琴さんが、企画から撮影・編集まで一人で取り組んだドキュメンタリーだ。
「悔しい…、原発事故でふるさとを失った浪江町民の多くの方が口にする言葉です。震災から10年が過ぎた今も約95%の住民はふるさとへ戻っていません。帰りたいけど帰れない…、浪江の方たちのお話に耳を傾けるとマスコミ等が伝える復興の姿とはほど遠い現実が見えてきます。ひとにとって、真の復興とは…。この映画は14名の浪江町民の切なる想いがつくった作品」と説明する板倉さん。
津波被害で動けない人たちを救助しようとした朝、原発事故での避難命令は救助に向かう消防団にも。助けられたはずの請戸地区の大勢の命が失われた「請戸の悲劇」のほか、一人ひとりに起きたことを振り返りながら、避難者たちが今の生活の中から語った想いをつないでいく。
板倉さんといえば、富司純子、寺島しのぶが共演して話題になった映画「待合室」の監督。東北の小さな駅の待合室に人知れず置かれた「命のノート」に励ましの返事を書き続ける女性の実話を描いたエンターメント作品だが、作品の位置づけは違っても、監督の視線に不思議な共通性を感じた。
DVDを2000円(送料別)で販売、非営利なら購入したDVDで上映会を実施して、より多くの人に見てもえるよう工夫している。問い合わせは板倉さん=電090(1261)0426。
鈴木賀津彦
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JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年11月25日号
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2021年10月23日

【映画の鏡】『屋根の上に吹く風は』─冒険に満ちた自由な教育 主体的・対話的で深い学びとは=鈴木賀津彦

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 コロナ禍の今、オンライン教育で四苦八苦している都会の学校教育と対比しながら見ると、とてもタイムリーな映画だと感じた。
 鳥取県智頭町の山あいの里山にある新田サドベリースクールという「学び舎」の素顔を、1年以上にわたり追ったドキュメンタリー。子どもたちが屋根の上に助け合いながら登り、怖がりながらも飛び降りにチャレンジするシーンから始まるのが象徴的だ。

 スクールの説明書には「先生・カリキュラム・テスト・評価のない学校。子ども達の好奇心に沿った遊びや体験から学んでいく学校です。何をして遊ぶか、何を学ぶか、すべて自分で決める自由があります」とある。それで学校なの?と言われるかもしれないが、ご指摘の通り学校としては認められず、いわゆるフリースクールである。

 少々型破りにも見えるが、子どもの主体的な学びを重視して、ルールづくりからサポートの大人のスタッフを選挙で決めることまで、子供の意思を尊重する徹底ぶりはみごとだ。「なんでもやってみたらいいんよ」「みんなで話し合ってみたら」。大人が指示を出さないように悩みながら子どもと対話する様子は、従来の「教えるプロ」としての教師像を打ち破ってくれる。

 大人の対応に、実は子どもたちも悩む。自由って何だろう? 指示されないので何もしなければ、ただ退屈な時間だけがすぎていく。「案外、自由って難しい?」

 この子どもと大人の葛藤、これって新しい学習指導要領が強調する「主体的、対話的で深い学び」の実践だよね、と気付かされる。指導要領の解説映像にしてほしい作品だ。浅田さかえ監督。2021年10月 ポレポレ東中野ほか全国順次公開予定
鈴木賀津彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年9月25日号
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2021年09月25日

【映画の鏡】国策作品から戦争の真実を追う『いまは むかし―父・ジャワ・幻のフィルム』=鈴木賀津彦

 映画人たちは戦争をどのように体験したのか。そしてメディアが戦争にどういう役割を果たしたのか。日本軍が占領したインドネシア・ジャワで、大東亜共栄圏をPRするなどの国策映画を創った日本映画社ジャカルタ支社の伊勢長之助(1912〜73)の生き方を、ドキュメンタリー映像作家である長男の伊勢真一が30年程前から取材し、戦争の真実と向き合い、父の想いを解き明かしていく。
  長之助は「文化戦線」の一員としてインドネシアに派遣され、「隣組」「東亜のよい子供」「防衛義勇軍」などのニュース映画を精力的に製作した。敗戦後にフィルムはオランダに接収され、約130本の作品が良好な状態で保管されていることが分かり、真一はオランダ視聴覚研究所を訪ねる旅に。保管フィルムの説明を学芸員がする場面では、歴史資料の保存の重要性を理解でき、アーカイブに対する日本の認識の低さを痛感させられる。
  戦後の長之助は、全国各地の映画館で上映された約20分の「ニュース特報‼極東軍事裁判」を製作、ラストシーンには憲法9条の朗読を入れ、平和への思いを込めている。その後、多数の記録映画を手掛け、「編集の神様」と呼ばれた長之助だが、真一は「語られなかった声に、耳を澄ませてみたい」と、昨年からのコロナ禍の中で「昔の物語を今へと掘り起こして」編集作業を進めた。「家族の物語」であり、30年がかりの作品だという。
  9月4日〜24日、新宿K’s cinemaで公開。連日ゲストを招いたトークの他、11日〜17日は長之助の代表作と関連作品を特集上映する。「世紀の判決」「森と人の対話」「カラコルム」「新しい製鉄所」など。
鈴木賀津彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年8月25日号
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2021年01月23日

【映画の鏡】『あこがれの空の下』 教育の原点を示す 教科書のない小学校の1年生=鈴木賀津彦

教育とは誰のためにあるのか、その原点がみごとに伝わってくるドキュメンタリーだ。東京都世田谷区の私立和光小学校と言えば、子どもの自主性を重んじた

ユニークな教育で知られているが、映像がここまで密着して学校のリアルを捉えてくれたことで、これからの教育の「モデル」を示していると強く感じた。
「教科書のない小学校の一年」というサブタイトルのように、教材は日々の子どもたちの学びに合わせ、教員の手作り。教員らが職員室で議論を重ね、理解度を考慮した授業の進行を工夫する。「研究授業」では、お互いの教え方を丁寧に見て批判し合う。なるほど、教員同士が対話的でなければ、子どもたちも対話的な学校生活は過ごせないだろうことにも気付かせてくれる。

大切にするのは、子どもたちから発せられる「はてな=?」。間違えてもいい、恥ずかしがらずに言える疑問から、子ども同士で考えをぶつけ合い、教え合う対話の日常の学校生活が印象的だ。
卒業生の作曲家三枝成彰さんがコメントを寄せている。「父が学校に申し入れた条件はただひとつ。『毎朝ピアノの練習をさせるので、1時間めの出席は免除していただきたい』。それを学校は受け入れてくれた。この話を人にすると驚かれるが、和光はそういう学校なのだ。つまらない型にはまった、当たり前の勉強なんかしなくていい。好きなことを見つけて、とことん突きつめればいい―」と。

文科省が「主体的、対話的、深い学び」を掲げ教育改革がスタートした今年。そのモデルがここにある。渋谷・ユーロスペースで1月8日まで上映。
鈴木賀津彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年12月25日号

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2020年09月17日

【映画の鏡】制作の決意は揺るがず 『島を守る』 新聞社が提携「命の尊さと平和」発信=鈴木賀津彦

 沖縄戦の激戦地、摩文仁の丘(糸満市・平和記念公園)の『島守の塔』をご存じだろうか。碑文には「この地は、沖縄戦で住民とともに南下を続けた島田知事、荒井警察部長らが摩文仁の丘を最後の地と定め、随行の部下に退去・避難を命じ、この山に構築した壕で自らの生命に終止符を打ったゆかりの地」とある。
 戦後75年の今年3月、沖縄県内で映画「島守の塔」(五十嵐匠監督)の撮影がスタートした。この知事島田叡(あきら・神戸市出身)と県警察部長荒井退造(宇都宮市出身)という本土から赴任した二人の内務官僚の苦悩や葛藤を通じ沖縄戦を描き、命や平和の尊さを伝える作品。だが、コロナ禍で中断、撮影は来年以降に延期を余儀なくされた。当初は、年内に関係地域での先行上映、来年夏の公開予定だった。
 撮影も上映も未定という残念な事態にもかかわらず、製作陣の強い決意を感じたのは、7月に映画の公式サイトを立ち上げ、8月には広く「サポーター」の募集を始めたことだ。製作委員会のメンバーに注目してほしい。下野新聞、神戸新聞、琉球新報、沖縄タイムスの4地方紙が中心となり、毎日新聞やサンテレビ、とちぎテレビなどが加わった構成。
 「主な登場人物の出身地(沖縄、兵庫、栃木)の地方新聞社が連携を図り、単にこの映画製作の支援・協力をするだけでなく、3県のトライアングルによる『平和交流事業』の基盤を構築し、3県のみならず全国のメディアに呼びかけ、大きな平和事業に発展させていきます」としている。
 映画づくりの新しい形としての地方紙連携に期待したい。
鈴木賀津彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年8月25日号
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2020年05月09日

【映画の鏡】 映画館閉鎖相次ぐ中 公開待つ名匠や若手監督の意欲作=今井潤 

 この3、4月は新型コロナ感染の影響で、映画館閉鎖、試写会中止が相次いでいる。こうした苦しい状況でも、名匠や若手監督による意欲作が公開を待っている。
「私たちが生まれた島」
 2019年に沖縄で行われた辺野古新基地建設の賛否を問う県民投票で沖縄の人たちがNOを突きつけたことは記憶に新しい。
 この映画は県民投票の原動力となった元山仁士郎さんや3児の母の奮闘などを追い、分断を乗りこえ、沖縄に新たな希望をもたらすことを伝えている。戦後から脈々と受け継いできた大人たちから、その想いを自分たちの感性で継承しようとする若者たちの記録である。(公開は9月4日に延期 アップリンク渋谷)
「バナナパラダイス」
 大陸から台湾へ渡り、数奇な運命をたどる男の半生を描く。日本人の知らない戦後台湾史をユーモアあふれる展開で見せる作品である。(9月に延期新宿K‘sシネマ)
「その手に触れるまで」
 監督のダルデンヌ兄弟はベルギーの世界的名匠として知られる。13歳の少年が尊敬するイスラム指導者に感化され、過激な思想にのめりこみ、ある日学校の先生をイスラムの敵として抹殺しようとする。少年の気持ちを変えることはできるのだろうか(5月22日ヒューマントラスト有樂町、新宿武蔵野館)
「なぜ君は総理大臣になれないのか」
 衆議院議員小川淳也(49)は2005年初当選。2009年に政権交代を果たすと、保守・リベラル双方の論客から見所ある若手政治家として期待される。しかし、その後政治の流れに翻弄されていく。17年間小川を見続けたドキュメンタリー(6月下旬ポレポレ東中野) 
 今井潤
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年4月25日号

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2020年04月16日

【映画の鏡】 一人っ子政策の悲劇 『在りし日の歌』 中国人夫妻の激動の30年=今井潤

 中国の人口は1945年に人民共和国建国時には約5億人と言われていたが、社会の安定化により死亡率が激減し、人口爆発が起きた。そして1980年に共産党は一人っ子政策と呼ばれる厳しい人口抑制策をとるようになる。
 1986年、国有企業の工場で働くヤオジュンとリーエン夫妻は同じ工場の同僚である夫婦と同じ宿舎で暮らしていた。二組の夫婦には同じ年の同じ月に生まれたシンとハオという息子がいた。
 二人の息子たちは兄弟のように育った。ある日リーエンは第二子を妊娠するが、一人っ子政策に反するため、夫婦だけの秘密にしていた。しかし強制的に病院に連れていかされリーエンは堕胎させられ、手術後の事故で、二度と妊娠できない身体となった。
 1994年のある日、シンがハオに連れられて行った川で幼い命を落としてしまう。
 一人息子を失ったヤオジュン夫妻は住みなれた故郷を捨て、南方の漁港で修理工場を開き、養子をもらい、死んだ息子と同じ名を付けた。しかしその息子は高校生になると、身替りの人生を嫌い、反逆して家出してしまう。
 やがて時は流れ、改革開放後一人っ子政策が進む1980年代、目覚ましい経済発展をとげた1990年代、そして2010年代、大きく変貌する社会の片隅で、懸命に生きる市井の人々を優しく描く3時間の大作である。
(4月3日より角川シネマ有楽町、渋谷ル・シネマほか全国順次公開)
  今井 潤
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年3月25日号



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2020年02月06日

【映画の鏡】 カンヌで韓国初の最高賞パルムドール『パラサイト 半地下の家族』 貧者と金持ちの衝突で起きた亀裂=今井潤

 ソウルの半地下住宅に住む貧しい4人家族。父はたびたび事業に失敗するが、楽天的な性格、元ハンマー投げ選手の母、大学受験に落ち続ける息子、美大を目指すが、予備校に通う金もない妹。
 半地下の家は暮らしにくい。窓を開ければ路上で散布される消毒剤が入ってくる。電波が弱い。家族全員、ただ普通の暮らしがしたいと思っている。
 そんな時、有名大学生の息子の友人が訪ねてきて、「僕の代わりに家庭教師をしないか」と留学中の代役を頼む。息子が向かったのは高台の大豪邸、IT企業の社長の自宅だった。若く美しい妻が娘の部屋に案内する。
 偽造した大学在学証明書を警戒することもなく、母と娘の心をつかんでいく。「もう一人紹介したい家庭教師がいるんです」と妹を紹介、末っ子の教師となり、恐るべき速さで手なずけていく。
 こうして、父は自家用車のドライバーに、母は家政婦としてこの大豪邸で働くことになり、物語は波瀾万丈の展開となる。
 父を演ずるソン-ガンホは「殺人の記憶」、「グエルム漢江の怪物」に出演、最近の話題作「タクシ―運転手〜約束は海を越えて〜」の韓国の人気スターだ。
 昨年カンヌで韓国初のパルムドールを受賞したこの作品は血なまぐさい、荒唐無稽な結末へ向かうが、筆者は現代社会を表すための監督の表現とみている。
 ポン・ジュノ監督は「今日の資本主義社会には、目に見えない階級やカーストがあります。本作はますます二極化のすすむ社会の中で、二つの階級がぶつかり合う時に生ずる、避けられない亀裂を描いているのです」と述べている。
(公開は1月10日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか)
今井 潤
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年1月25日号

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