2026年01月11日

【映画の鏡】取材続けて20年、地方局の底力『負ケテタマルカ‼』命の大切さ訴え、自主上映に挑戦=鈴木賀津彦

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 前号の本欄は「地方テレビ局が底力を発揮」の見出しで広島ホームテレビ制作のドキュメンタリー映画『原爆資料館〜語り継ぐものたち〜』の完成を紹介したが、今月も地方テレビ局が底力を発揮した作品を取り上げ、ローカル局からの新たな奮闘ぶりをお伝えする。

 ドキュメンタリー番組「警察官の告白」など一連の鹿児島県警情報漏洩事件の報道で今年のJCJ賞を受賞した鹿児島テレビが今年、あえて配給の手を借りずに「自主上映」を呼び掛けて「息の長い」上映活動にチャレンジしている映画が『負ケテタマルカ‼』だ。 
 7歳で小脳に悪性腫瘍が見つかった鹿児島市の本田紘輝くん。170万人に1人の確率といわれる難病と向き合い、病院内の学級で絵を描くことに出合う。紘輝くんは問いかける。「何なんだろう、人生って」と。生きることの意味を絵に託した少年と、その家族を追った20年間に及ぶ"命の記録"だ。

 この20年、紘輝くんに寄り添いカメラで捉え続けてきたテレビマンが四元良隆監督だ。「ローカル局が作った小さなドキュメンタリーで少しでも命を救えないか、何があっても生きてほしい、そんな思いを込めました。少年と家族を通して、生きることの意味を問いかけながら、テレビが避けてきた『死』と正面から向き合い『生』を見つめました。悩みに悩みを重ね、観てくれる人を信じて作りました」と語る四元監督。
 
「観てほしい若者たちは単館の映画館に足を運ぶことがほとんどなく、全国上映で伝えても一過性で終わるのではないか」と危惧、新たな発想で拡げていこうと辿り着いた答えが自主上映のカタチだったという。地方局だからこそできる挑戦に注目したい。
        JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年12月25日号 

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2025年12月15日

【映画の鏡】地元テレビ局が底力を発揮『原爆資料館〜語り継ぐものたち〜』豊富なアーカイブを集大成=鈴木 賀津彦

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               広島ホームテレビ
 11月28〜30日に開催される今年の広島国際映画祭のクロージング作品として上映される、広島ホームテレビ開局55周年事業・被爆80年記念作品のこのドキュメンタリー映画に注目している。

 開館70年を迎えた広島平和記念資料館。「壊滅した街で始まった“ガレキの展示室”が、どのようにして世界有数の「悲劇の記憶の博物館」となったのか─」。監督は長年取材してきたベテランと若手の2人のテレビマン、立川直樹、斉藤俊幸の両氏。地元局だからこそ持つ55年間の豊富なアーカイブ映像を駆使し、初代館長・長岡省吾氏の思いから始まった資料館の歩みと平和への思いを描いている。

 立川直樹監督はこう語る。「原爆資料館の取材は広島の報道記者にとって必ず通る道で、自分も記者になりたての頃は、各国の要人が視察に来たときや、核実験があったときなど、度々取材に行っていた。広島市政担当になってからは、とある元資料館長の密着取材を通じて、原爆の記憶の継承や平和を求める執念にも似た思いに触れてきた。学芸員さんには、その知識と見識の深さにいつも頼らせていただいていたし、地下の資料室に入り浸ったこともあった」と。

 映画はそんな記憶を受け継いできた様々な人たちにフォーカス。「自分が見てきた方々の熱い想い、先人の方々の取材、そして若手ディレクターが取材した新たな取材とともに、その歴史の一端を表現できた」と力を込めた。
 地域に根差したローカル局が底力を発揮し、新たな作品の形への挑戦だと受け止めた。今後の全国上映にも期待したい。
        JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年11月25日号 
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2025年11月06日

【映画の鏡】核の脅威を伝え続ける人々『はだしのゲンはまだ怒っている』熱く深く浸みわたるメッセージ=伊東良平

 
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                BS12 トゥエルビ

 近年、テレビで放送された番組を映画化する動きが盛んだ。本作も「『はだしのゲン』の熱伝導〜原爆漫画を伝える人々〜」(24年9月放送、BS12スペシャル)の映画化で、不朽の反戦「漫画」誕生から現在を見つめた。

 「はだしのゲン」は6歳で被爆体験した漫画家・故中沢啓治さんの自伝的な作品で代表作だ。73年の連載開始から半世紀、25カ国で翻訳出版され、米で漫画のアカデミー賞と呼ばれるアイズナー賞にも輝いた。だが、日本ではこのところ「描写が過激」「間違った歴史認識」と閲覧制限を求める動きや、図書館から撤去、広島市の教育教材からの削除も起きた。

 「はだしのゲン」の翻訳版の企画し、2年がかりで完成させた編集者の大嶋賢洋さん。講談で40年近くゲンを伝える講談師の神田香織さん。生前の中沢さんから直接体験を聞いた渡部久仁子さんは、あの8月6日の中沢さんの絵を持って案内するフィールドワークに取り組む。

 被爆体験を腹話術で伝え続ける小谷孝子さんは、中沢さんと同じ6歳で被爆した。相棒の人形は3歳で被爆し、亡くなった弟だ。80代の現在も年間50回を超す活動を続ける小谷さんは「次世代へ伝えつづけていくこと、そこから希望が生まれる」と話す。

 映画は核の脅威を伝え続ける人たちの様々な活動を描き、中沢さんが描いたゲンの原爆への怒り、悲しみ、その熱量が広がり浸透した様子を映し出す。
 11月14日より広島サロンシネマ、11月15日よりポレポレ東中野ほか全国順次公開。
        JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年10月25日号  
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2025年10月08日

【映画の鏡】「逮捕報道中心主義」を覆す『揺さぶられる正義』無罪判決の続出に問われるメディア= 鈴木 賀津彦

 
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 監督の上田大輔さん(46)は関西テレビの報道記者。上田記者が息子を自転車に乗せて登園する姿からドキュメンタリーは始まる。取材記者である自身にもカメラを向け、自社を含め過去の「逮捕報道」の呪縛に苦悩する自らの取材姿勢を問うていく。
 すごい記者がいるもんだ!「無実の人を救う弁護士を志すも、有罪率99・8%の刑事司法の現実に絶望し、企業内弁護士として関テレに入社。しかし一度は背を向けた刑事司法の問題に向き合おう」と37歳で報道記者になった。その後取材を始めた「揺さぶられっ子症候群(Shaken Baby Syndrome=SBS)」の検証報道は8年に及ぶ。

 2010年代、赤ちゃんを激しく揺さぶって虐待したと疑われ、母親や父親、祖母らが逮捕、起訴された事件をメディアは「虐待」と報じた。虐待をなくす正義と冤罪をなくす正義が激しく衝突し合った。そのSBS裁判で近年、無罪判決が相次いでいる。

 「冤罪事件」の捜査は批判はしても、逮捕時に容疑者の顔を晒し「悪者ぶり」を強調し報道したことを反省するなど稀な業界の現実。「無罪判決をしっかり報じることで十分ではないのか。そんな誘惑に駆られる。でも、それだと一旦起訴したら引き返さない検察と何が違うのか。これは自分には避けては通れない宿命のようにも思える」と上田監督は語る。

 「上田さん、思いませんか?一回こいつ黒やなって思われたら白に塗り替えるのは無理や」。無罪判決を勝ち取った人からの問いに悶々とする。9月20日から公開中。
      JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年9月25日号
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2025年09月07日

【映画の鏡】水があぶない―『ウナイ 透明な闇 PFAS汚染に立ち向かう』各国の活動つなぐ女性たちの姿描く=鈴木 賀津彦

 
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 冒頭のナレーション、平良いずみ監督自らが「私は執念深い」と語り、「許さない」と怒りを強調する。制作者である監督が当事者としての決意を示して始まる、まさに「当事者メディア」としてのドキュメンタリーだ。

 供給する水道の水に化学物質PFASが含まれていたと沖縄県が発表したのは2016年。多くの人々は「PFASって何?」という反応だったが、不安に駆られて調べていくと、米国では既に、がん、低体重出生など健康影響が確認されていた。その深刻さに女性たちは気付いていく。汚染源は米軍基地だと見込まれながらも基地内への立ち入り調査が認められず、もう黙ってはいられない。

 政治と無縁だった母親が、他の母親たちにも知らせ行政を動かそうと町議選に立候補する姿を、当時はテレビのキャスターだった平良監督は同じ思いで取材を進めた。沖縄だけの問題ではない、岡山県でも、そして東京でも。米軍横田基地が汚染源とみられる都内では、しつこく調査を続けキャンペーン報道を展開する東京新聞の記者にも会い取材。

 そして沖縄の女性たちが、人権問題として国連に声を届けに行くのを機に、ドイツやイタリアでもPFAS汚染に立ち向かっている女性たちをカメラに捉えた。米国では、初めてPFAS規制法できたミネソタ州の運動の広がりを紹介、立ち上がる女性たちの姿を描いてゆく。

 当事者視点に貫かれた取材で展開するこの映画が、各国で活動する人たちそれぞれの「思い」をつなぎ、国際連帯を呼び掛けているようにも感じられる。
        JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年8月25日号
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2025年07月06日

【映画の窓】熊本豪雨被害、復興の苦悩を画く『囁きの河』球磨川流域に暮らす人々を巡る物語=鈴木 賀津彦

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 災害の復興とは何をすべきなのか、登場人物の苦悩を通して問いかけてくる。
 人吉球磨地域は司馬遼太郎によって「日本でもっとも豊かな隠れ里」と称されたそうだ。川の恵みが豊かな文化を育んだこの地域だが、5年前の熊本豪雨による球磨川の氾濫は、かつてない甚大な被害をもたらしたのだ。

 映画は「今もなお水害の爪痕に苦しむ人吉球磨地域を舞台に、復興への道程を必死に歩み続ける人々の生き様を描く」(作品解説から)。「家族同士、夫婦、親子でも意見が異なり、互いにぶつかり合う」姿に、「彼らは改めて球磨川という河とどう向き合いながら生きていくべきかを、自らに問うことになる」。
 あれっ、ここで描かれた「川との向き合い方」って、東日本大震災で津波に襲われた地域の復興で防潮堤がつくられた時に問われたことと同じだなぁと気付いた。住む家から海が見えなくなった防潮堤による復興生活、同じ思いでいる東北の人たちの「海との向き合い方」との共通点。人吉球磨が舞台のこの映画を観て、どんな感想を寄せてくれるだろうか。映画を観ながらそんなことをイメージし、東北地方で上映活動を広げてみたくなった。
 そう、物語はとってもローカルなのだが、問いかけているのは全国どの地域の復興でも同じ課題、地域に根差した生活の復興を「河の囁(ささや)き」から感じたい。
 ローカルを強調している展開が、NHKの地域局が制作する「地域発ドラマ」的だなと感じた。地域の人たちの思いから制作した「人吉球磨発地域ドラマ」という制作側の感性に親しみを覚える。大木一史監督、108分。7月11日から全国順次公開。
            JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年6月25日号
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2025年06月06日

【映画の鏡】横浜市民の底力にスポット『The Spirit of Yokohama』市長選の年「街づくり」の在り方示す=鈴木賀津彦

 
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 5月初旬に開催された横浜国際映画祭で、横浜の多様な市民活動とそのつながりを捉えたドキュメンタリー作品『The Spirit of Yokohama』が披露された。映画ファンが集い興行的にも注目される映画が数多く上映された中、違った意味で異彩を放った「究極の地域映画」として注目した。

 横浜・元町で生まれ育ち、長年横浜の街づくりに関わってきた今年97歳の杉島和三郎さんにスポットを当てる。いわば市民活動の「つなぎ役」として、横浜の戦後復興でいかに市民の力が発揮されたかなどを説明する。その中で登場するのが多彩な市民活動。様々な市民団体が思いを語っていく。

 そんな街づくりの動きを、「他人事」と受け止めている人には「伝わりにくい」かもしれないが、当事者意識を持って観る人には横浜市民としての「誇り」が感じられるだろう。
 この映画の制作は、横浜市が打ち出した「カジノを含むIR=統合型リゾート施設」の誘致の是非を巡り大混戦となった4年前の横浜市長選の流れから生まれてくる。「カジノ反対」の市民運動が推した山中竹春氏が、誘致を推進した現職らを破り当選、カジノ誘致にストップをかけたのだ。

 カジノ構想を追いやった市民たちはその後、市政を市民の手に取り戻す取り組みを展開。カジノが計画された山下ふ頭周辺の街づくりを、市民の要求で創りだそうと「みんなの山下ふ頭に〇〇があったらイイナ」プロジェクトなどが動きだした。そこで旗を振ったのがプロジェクトのリーダー役の古澤敏文監督だ。
 そんな底流を感じ取ってほしい。6月14日からジャック&ベティで公開。
        JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年5月25日号
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2025年05月08日

【映画の鏡】障害ある娘と家族の歩み追う『大好き〜奈緒ちゃんとお母さんの50年〜』広がる自主上映、シリーズ第5弾=鈴木 賀津彦

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                   いせフィルム

 重度のてんかんで知的障害があり、幼児期には医師から「長くは生きられない」と言われた西村奈緒さんが、一昨年50歳を元気に迎えるまでの家族の日常を撮り続けてきた伊勢真一監督。「奈緒ちゃんシリーズ」第5弾として昨春の完成以来約1年、劇場公開のほか、福祉団体などによる自主上映活動も地道な広がりをみせており、注目したい。

 「いのちのことに思いを巡らせる50年の記憶です」。伊勢監督は奈緒さんの母、信子さん(82)の弟で、初めは「元気なめいっ子を撮っておこう」という気持ちからだった。「でも奈緒ちゃんはどんどん元気になって、なんでこんなに魅力的なんだろうと思った」ことから、節目で作品にまとめてきた。

 「彼女が家族に育まれ、家族が彼女に育まれた」少女時代の12年間を記録した『奈緒ちゃん』(1995年公開)から、信子さんが地域の仲間と障害者の共働作業所を立ち上げた取り組みを柱に2作目の『ぴぐれっと』(2002年)、奈緒さんが家を離れてグループホームで自活を始めた時の『ありがとう』(06年)へと続く。相模原市内の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で多数の入所者が殺害された事件の翌年の17年には、伊勢監督の事件に対峙するメッセージとして『やさしくなあに』を公開。「けんかしちゃだめ、やさしくなあにって言わなくちゃ」と口にする奈緒さんの言葉が周りを明るく和ませる。

 今回は80代の信子さんの「終活」がきっかけ。数年前に心臓の手術を受け、最近は奈緒さんに手を引かれて坂道を上るようになった信子さんは「奈緒が力をくれたと、このごろ本当に思う」と話す。  
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2025年04月08日

【映画の鏡】海外から注目 アカデミー賞候補に『小学校〜それは小さな社会〜』「日本に普通」に世界が感動?=鈴木賀津彦

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          Cineric Creative/NHK/Pystymets a/Point du Jour
 昨年末から劇場公開され話題のドキュメンタリーではあったが、この作品から制作した23分の短編版「Instruments of a Beating Heart」が今年のアカデミー賞「短編ドキュメンタリー映画賞」にノミネートされ注目度は一気に高まった。

3月2日の授賞式では受賞は逃したものの、日本の小学校の日常を捉えたドキュメンタリーに世界中から熱い視線が集まっている。
 「イギリス人の父と日本人の母を持ち、日本の公立小学校に通った山崎エマ監督は、海外生活を送る中で気づかされた“自分の強み”は“日本人ゆえ”であり、遡ればそれは、公立小学校で過ごした時間に由来するのではないかとの思いに至り、『小学校を撮りたいと思った』ところからスタートした。コロナ禍の2021年4月から1年、150日、700時間(監督の小学校滞在時間は4000時間)にわたって撮影を行った」(作品の説明文から)という。

 作りごとのない普通の小学校の「日常」をありのまま捉えていて、素直に教育現場の様子が伝ってくる。授業だけではなく、みんなで掃除に取り組む姿など、学校が子どもたちの生活全般を育んでいるのだと、カメラは追う。教員たちの奮闘ぶりも、とても素敵な場面が続きそれぞれの個性が光る。
 そんな小学校の日常の「どこ」に世界の注目が集まったのだろうと考えながら観ることで、私たちが当たり前だと考えていたことが実は「スゴイ」ことなのだと気付かせてもらえる。「いま、小学校を知ることは、未来の日本を考えること」という映画のメッセージを素直に受け止めた。絶賛上映中。
      JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年3月25日号
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2025年03月12日

【映画の鏡】国家に「棄権」を命じられ『TATAMI』スポーツと政治の関係を鋭く問う=伊藤良平

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        2033 Judo production L.L.C. All Rights Reserved  
 柔道の国際大会でイランの選手は優勝を目前に政府からイスラエル選手との対戦を避けるために棄権を命じられる。この映画は実話に基づいた金メダル候補の柔道選手の不屈の戦いを描いた作品で
ある。
 ジョージアで行われている女子世界柔道選手権でイラン代表のレイラは60キロ級のトーナ メント戦に出場して勝ち進んでいく。2回戦に勝利するとイラン政府が、けがを装って棄権しろと柔道チームの監督とレイラ選手に圧力をかけてくる。もしイスラエル選手と対戦して負けることになったらイランのメンツが失われることになるからだ。

 これは2019年8月に日本で行われた世界柔道選手権に出場したイランの男子柔道選手サイード・モラエイに起こった実際の事件を基にしている。この大会でモラエイは敵対するイスラエル選手との試合を棄権するようにと政府に圧力をかけられた。もしこれを拒否すれば国家への反逆となる。勝利をめざして練習を重ねてきた選手にとって試合途中で棄権を余儀なくされることは、いかに国の方針だとはいえどのような心中であろうか、現実にはなかなか切り離されることがないスポーツと政治の問題に焦点をあて問いかける。

 またこの作品はイラン出身監督とイスラエル出身監督による共同演出であることも興味深い。この作品はイランに秘匿で制作されて、参加したイラン出身者は全員亡命したという。モノクロで描かれる迫力ある試合のシーンとその裏側で行われる駆け引きも見どころの一つだ。
 第36回東京国際映画祭で審査委員特別賞と最優秀女優賞を受賞。2月28日より新宿ピカデリーほか全国順次公開
     JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年2月25日号
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2025年02月12日

【映画の鏡】94歳 兄の無罪を信じて『いもうとの時間』冤罪事件の理不尽さを炙り出す=鈴木 賀津彦

                 
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 1961年の事件発生以来、東海テレビが撮り続けてきた映像をふんだんに使って「名張ぶどう酒事件」の全体像を描き直し、冤罪事件の理不尽さを分かりやすく炙り出す。

 自白のみで5人殺害の犯人とされた奥西勝さん(当時35歳)は一審では無罪となるが、2審で死刑。判決確定後も獄中から無実を訴え続けたが89歳で亡くなった。再審請求を引き継いだのは妹の岡美代子さん。10度目も再審はかなわず(昨年1月最高裁特別抗告棄却)、美代子さんは現在94歳。再審請求は配偶者、直系の親族と兄弟姉妹しかできない。残された時間は長くはないのだ。検察・裁判所の狙いはそこなのかと愕然としてしまう。

 東海テレビは番組だけでなく映画作品としても本事件を多く題材にしてきた。『約束〜名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯〜』(2013)、『ふたりの死刑囚』(16)、『眠る村』(19)に続く4作目で、今回<シリーズ“最終章”>と打ち出している。テレビ局の組織ジャーナリズムの底力を、冤罪が問われている今だからこそ発揮している制作陣の熱量が伝わってくる。

 1966 年に起きた「袴田事件」は昨年 9 月 26 日に再審無罪の判決が出た。長期化する再審制度の在り方が問われる中、判決後の袴田さんの姿も追い二つの事件で再審がなぜ認められてこなかったかを捉えている。奥西さんの一審で無罪判決を出した裁判官についての取材の場面がある一方で、再審を認めなかった裁判長らの顔を並べるシーンが印象的だ。そこに憲法 76 条第 3 項「裁判官はその良心に従い、独立してその職権を行い、憲法および法律にのみ拘束される」と映し出される。
公開中。 
           JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年1月25日号
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2025年01月04日

【映画の鏡】独り暮らし高齢者の震災復興とは『風に立つ愛子さん』寄り添い続けた8年間の記録=鈴木賀津彦

 
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                2024年 IN&OUT
 東日本大震災の直後、宮城県石巻市に入り避難所になった湊小学校を訪れた藤川佳三監督が、愛ちゃんこと村上愛子さんに初めて会ったのは4月29日朝の体育館だったという。

 津波で家を流された当時69歳の愛ちゃんに寄り添いながら、以後、仮設住宅、復興住宅へと移り、亡くなるまでの8年もの間、生活の様子をカメラでとらえ続けている。
 独り暮らしの高齢者が、避難所での集団生活を送った後、仮設住宅や復興住宅に移って「新しい近隣」との付き合いの中で暮らしていかなければならない現実。愛ちゃんの姿は人とのつながりを大切にし明るく力強い一方で、いかに孤独かが伝わってくる。

 震災から14年、「復興」と言って一括りにした捉え方では見えてこないことが、愛ちゃん一人の「生きた証」の映像を見ていると気付けるのだ。高齢化が進む日本の被災者支援は今のままでいいのだろうか。

 先月12日、国立社会保障・人口問題研究所が、2020年の国勢調査に基づき50年までの世帯数の将来推計の結果を都道府県別で公表した。単身世帯の割合は27都道府県で4割超になると予測。65歳以上の高齢者の単身世帯は、32道府県で2割を上回る見通しだという。

 愛ちゃんが監督に電話をかけ留守電に吹き込んだ言葉が流れる場面を観ながら、これからは「おひとりさま」の被災者に寄り添った復興の在り方をもっと正面から考えなければならないと感じた。一人の生き方を記録したこの映画を、復興政策の今後の改善に役立ててほしい。2月下旬よりポレポレ東中野にて公開、全国順次。 
           JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年12月25日号
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2024年12月15日

【映画の鏡】音楽創造の原点を淡々と 『シンペイ 歌こそすべて』大衆と向き合う生き方描く=鈴木 賀津彦

              
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 音楽家を含め、あらゆるクリエーターの原点とは大衆との向き合い方なのだろうと気付かせてくれる描写に共感した。『シャボン玉』『ゴンドラの唄』『東京音頭』など今もなお多くの曲が歌い継がれ、誰もが知る作曲家中山晋平(1887〜1952)の生涯を音楽とともに綴っている。ドラマチックな展開がある訳ではないが、淡々と曲作りへの想いを掘り起こしていて、シンペイの生きる姿勢が伝わってきた。監督は神山征二郎。

 演出家・島村抱月の書生となって苦学した晋平は、抱月が旗揚げした芸術座の第3回公演『復活』の劇中歌で「日本の新しい歌を」と作曲の要請をされ、『カチューシャの歌』をつくった。1914年27歳だ。翌年に母が病死、悲しみの中から『ゴンドラの唄』を生み出す。作詞家野口雨情が児童文芸誌「赤い鳥」の童謡運動に賛同して書いた『シャボン玉』の詩に曲をつけた時は、雨情の最初の子どもが7日で亡くなったという話を知り、雨情の想いを曲に込めている。

 18歳で上京し苦学して音楽の道に進んだ晋平が、母と一泊した時に言われた「母ちゃんが歌える歌、いっぱい作ってくれ」の一言。精力的にヒット曲を書き2000曲もの作品を残した晋平の心の内を掘り下げた映像から、現代へのメッセージを受け取りたいと感じた。

 映画を観ながら、NHKの朝ドラ「エール」が作曲家古関裕而の物語で好評だったが、それなら中山晋平を取り上げたらもっとインパクトある朝ドラになるのではと妄想した。22日から長野県で先行公開中、1月10日から都内など全国順次公開。
    JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年11月25日号
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2024年10月30日

【映画の鏡】一人ひとりの人生 丹念に記録『ガザからの報告』取材歴30年 過去と現在継ぐ=鈴木 賀津彦

               
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                 DOI Toshikuni 2024
  パレスチナ取材歴30数年の土井敏邦監督がガザに生きる人たちの本音を丹念に捉えた「渾身のレポート」だ。本作を観れば、多くのメディアが伝える「イスラエル対ハマス」「イスラエル対パレスチナ」の二項対立で単純化して捉えることがいかに不十分な情勢認識か気付かされ、再度「過去の原点」に立ち返る大切さが理解できよう。

 第1部「ある家族の25年」(120分)は故郷を追われガザ最大の難民キャンプ「ジャバリア」に暮らすエルアクラ家の生活に密着、第2部「民衆とハマス」(85分)はガザ攻撃で住民がどんな状況にあるのかを、ネットで土井監督に報告してくる現地のジャーナリストMらの命がけの“生の声”を伝える、合計205分の大作だ。
 一つの家族を25年も追い続けた土井監督は「等身大・固有名詞の人間の姿・日常生活」をきちんと描くことで、「現地の人々が私たちと“同じ人間”であることを伝える」狙いだと説明。単に「死者4万人超」という数字で分かったつもりになるのではなく、「私たち同じ人間の一人ひとりの死の痛み、悲しさの4万倍超なのだ」という認識に変わり、遠いガザの事態を日本の私たちに引き寄せられると確信していると、込めた思いを語る。

 第2部で紹介される知り合いのジャーナリストMの現地報告は、昨年10月下旬以降、今もずっと続いているという。「Mが伝えてきた“生の声”を受け取った私には、それをきちんと世界に向けて伝える責務がある」と話す土井監督は7月に岩波ブックレットで同名の著作も出版している。26日から東京・K’cinemaほか全国順次公開。
      JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年10月25日号
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2024年10月02日

【映画の鏡】末期がんの父親を在宅で介護『あなたのおみとり』訪問医療に支えられる家族の姿=伊東 良平

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                 Eiga no Mura
 末期がんで家での最期を希望した父親を、映画監督の息子が看取りから旅立ちまでを丹念に記録したドキュメンタリーである。
超高齢社会の日本で介護は大きな問題であり、特に動けない状態になった場合には家族にいろいろな負担が生じてくるが、現実に直面しないとどのような状況になるのか想像がつかない。

 この映画は撮影者が家族であることから、自然体でありのままの姿を見ることが出来る。
 母親は自分一人で介護を行うつもりであったようだが、精神的にも肉体的にも参って訪問医療や在宅介護を活用して自宅で看取ることになる。画面には診療医や訪問看護師、介護ヘルパーなど医療と介護に関わっている方たちの様子が映し出される。

 こうした人たちのおかげで在宅での介護が成り立っていることがわかる。母親がヘルパーや看護師たちと関わることになって、表情も豊かになりゆとりが生じるのも感じとれる。父親は最期に近づくにつれて衰弱して痩せていくが、カメラは命の終わりを丁寧に追っていく。

 亡くなった後の納棺や斎場の様子も捉えて、葬儀は海での散骨へとなるが、海洋葬のシーンはあまり見ることがないので興味深い。この作品は改めて自分や家族の看取り方についても考えるきっかけになりそうだ。看取りの方法はもちろん人それぞれなので、自分なりの「あなたのおみとり」を見つける必要がある。自宅での看取りを考えている人にとっては大変参考になる作品である。
 ポレポレ東中野にて上映中ほか全国順次公開 
           JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年9月25日号

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2024年09月07日

【映画の鏡】豊かな未来を築く知恵を示す『山里は持続可能な世界だった』効率重視の現代の価値観を問う=鈴木 賀津彦

             
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            映画「山里は持続可能な世界だった」製作委員会

 高度経済成長以前の農山村の暮らしから現代に生きる私たちが学ぶべきことを提示してくれる。タイトルが「世界だった」と過去形になっているが、決して当時を懐かしむのではなく、これからの社会の構築に必要な価値観を描き出そうと、伝統的林業、炭焼きや養蚕、原木椎茸栽培や鍛冶屋など、かつての生業を受け継いでいる人々を取材し、効率重視の現代的価値観に抗う新たなライフスタイルを模索する。

 原村政樹監督は「かつての山里の暮らしを記録した白黒写真をできるだけ多く紹介して、当時の暮らしと生業を克明に伝える」工夫をしている。青少年時代を山里の村で過ごした70代から90代の人たちに写真を見てもらいながら話を聞いてみると、「貧しく厳しい時代だったが張り合いがあった」「子どもや若者が大勢いて家族を超え皆が助け合いながら暮らしていた」など、生き生きと話し始める。スクリーンに紹介される当時の写真に写った人々の表情は、子どもも大人も誰もが明るい。笑顔が輝いてみんなが幸せそうだ。

 「持続可能な世界を実現するための知恵が沢山あった」山里の暮らし。題名からしてSDGs(持続可能な開発目標)の作品だと位置付けられそうだが、登場する人たちの言葉からは、そんな軽々しい言い方ではなく、もっと奥深い問い掛けが発せられている。映画のコピーに「かつて村人たちは自然を壊さずに暮らしていた!」とある。そう、山里は人間だけのためにあるのではなく、山の恵みに感謝しながら必要な分だけいただくのだ。
 9月6日から東京・ヒューマントラストシネマ有楽町で公開。各地で自主上映も。
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2024年08月08日

【映画の鏡】今なぜ、自然への畏敬なのか『うんこと死体の復権』価値観覆し、命の循環の輪を=鈴木賀津彦

                    
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             2024「うんこと死体の復権」製作委員会
 森の中での「野ぐそ」が、こんなにも素晴らしい価値を持った行為なのかと驚かされる。今やウオシュレットのない便器で用を足すことができなくなってしまった自分には「不可能だなぁ」と諦めながらも、蚊に刺されないためには何かしているのだろうかと心配しながら、楽しそうな「野ぐそ」にチャレンジしてみたくなってしまう不思議な作品だ。

 排泄物という価値観を覆し、無数の生き物たちが命をつなぎ、循環の輪をつないでいる「うんこ」の役割を理解させてくれる。関係性が断ち切られてしまった自然を「つなぎなおす」ために、現代社会はうんこ本来の価値を取り戻す必要があることに気付かされる。
 
 「グレートジャーニー」で知られる探検家で医師の関野吉晴が初めて監督、出会った3人の賢人の活動を追っていく。自ら「糞土師」と名乗り、野ぐそをすることに頑なにこだわり、半世紀に渡る野ぐそ人生を送っている写真家の伊沢正名。うんこから生き物と自然のリンクを考察する生態学者の高槻成紀。そして、死体喰いの生き物たちを執拗に観察する絵本作家の舘野鴻。うんこ同様、無きモノにされがちな死体を見つめると、そこには世の中の常識を覆す「持続可能な未来」のヒントが示されている。

 タイトルの通りうんこと死体が主役に復権するこの映画を観て、まだ「肥溜め」が近所にあった時代を思い起こした。江戸時代以降も土に戻していたのに、不潔なもの、廃棄物として扱う現代社会って、つい最近なのだ。早急に復権を!と叫びたい。8月3日から全国順次公開。
         JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年7月25日号

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2024年07月04日

【映画の鏡】都知事選で首都圏の上映℃ゥ粛 関心高まる選挙期間中こそ上映を『#つぶやき市長と議会のオキテ【劇場版】』=鈴木賀津彦

               
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         上映後の舞台トークで    
 東京都知事選の投開票は7月7日。広島県安芸高田市長から転じて出馬した石丸伸二候補にどれほど票が集まるのか、注目している。
 4月の本欄では、広島ホームテレビが市長の石丸氏と議会の対立の様子などを密着取材したドキュメンタリー番組がアーカイブ配信900万回以上の反響があり、映画になった『#つぶやき市長と議会のオキテ【劇場版】』を話題作として紹介した。「地方政治の実態に密着して取材すると、こんなにも面白いドキュメンタリー番組のできることを広島のローカルTV局が示してくれた」と記したのだ。

 なので、石丸市長が都知事選に突然出馬表明した直後の“上映自粛”の対応にはガッカリだった。映画の公式ホームページで5月17日、選挙に影響することを懸念して上映予定を変更、25日から予定通りに公開するものの「東京都での公開を月内でいったん終了」し、首都圏では6月から「選挙後まで行わないことを決定」したと発表した。
 6月29日からだった横浜シネマリンでの上映予定も7月20日からに変更、結局、知事選前に首都圏で上映されたのは都内2館で7日間だけだった。

 この判断を批判するつもりはないが、「本作は石丸伸二市長を応援したり、批判したりするために制作したものではなく、地方政治のあり方」を描いたと説明しているのだから、選挙期間中を含め予定通りに上映した方が良かったのではなかろうか。関心が高まる選挙期間中にこそ政治を身近に考える絶好のネタを提示してくれているのだから。
 首都圏以外では予定通り6月から上映しており劇場に足を運んでほしい。
    JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年6月25日号
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2024年06月09日

【映画の鏡】福島で多発する「こころの病」『生きて、生きて、生きろ。』ラストに込めた希望のメッセージ=鈴木 賀津彦

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         日本電波ニュース社
 ああっ、このラストを伝えたいがために島田陽磨監督は映画をつくったんだ!と、エンドロールの後の最後のシーンを見て心が揺さぶられ叫びたくなった。希望の映画なのだ。

 真正面過ぎる言葉のタイトル、「震災と原発事故から13年、福島で、こころの病が多発していた。喪失と絶望の中で生きる人々と ともに生きる医療従事者たちの記録」というチラシの説明に、重いテーマの作品なんだろうと構えて見たのだが、ラストに感動し、これぞ「生きて、生きて、生きろ。」なのだ熱くなった。
 「奇妙な不眠」などの症状で時間を経てから発症する遅発性PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの患者と向き合う精神科医の蟻塚亮二さんは、福島県相馬市のメンタルクリニックなごみの院長として2013年から診察を続けている。それまでは沖縄で沖縄戦を経験した人たちに症状が出る遅発性PTSDを診ていたが、福島でも今後、同じケースが増えていくのではと考えたのだ。

 カメラは蟻塚さんの診察の現場や、連携して心のケアを続けるNPOこころのケアセンターの看護師、米倉一磨さんの自宅訪問などの活動に密着する。その密着カメラは、現在も月に1度診察に行く沖縄での蟻塚さんも捉え、沖縄と福島の抱える問題が同じであると気付かせてくれる。

 さらに福島になぜ原発が誘致されたのかを掘り起こし、当時の米国の原子力政策に日本政府が追随するなどの歴史を解説する。カメラが捉えた「こころの被害」がなぜ起きているのか、歴史的な原因にまで迫っているドキュメンタリーだ。5月25日からポレポレ東中野など全国順次公開。
          JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年5月25日号
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2024年05月05日

【映画の鏡】地方ローカル局が「グローバル」に番組配信『#つぶやき市長と議会のオキテ(劇場版)』地方政治の現実を丹念に記録=鈴木賀津彦

 
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        広島ホームテレビ 
 地方政治の実態に密着して取材すると、こんなにも面白いドキュメンタリー番組ができることを広島のローカルTV局が示してくれた。
 広島県安芸高田市の石丸伸二市長といえば、X(旧ツイッター)で30万近いフォロワーがあり、今や全国的な有名人だ。

 河井克行・案里夫妻による大規模買収事件で市長らが辞職し、2020年8月に行われた選挙で初当選した37歳の石丸市長。政治経験ゼロの元銀行員が初議会では「議員の居眠り」をXでつぶやいたことに、議会側が猛反発。その後も新しい政策を次々と打ち出す市長に、議員たちは「従来の手順」を踏まない市長提案を否決し続け、対立は深まるばかり。そのドタバタぶりを市長が日々のXで「つぶやく」ので、いわゆる根回しを拒否し政治を見える化している姿として全国から共感が集まる。

 地元ローカル局の広島ホームテレビが密着取材して制作した30分番組が21年11月にテレビ朝日系列の「テレメンタリー」で放送されると、安芸高田市だけのローカルではなく、どこの地域でも抱えている問題として大きな反響があった。22年3月には50分版を放送、その後のアーカイブ配信の再生回数は900万回以上を記録したという。

 そんな全国の反響に押され今回の「劇場版」も誕生したが、日本や世界の動きをローカルからの視点で発信することが、こうした形でできるのだと典型的に示してくれた。身近なローカルから全国的な課題をどう発信するのか、今後ますますローカル局の重要な役割として高まるだろう。5月25日から東京・ポレポレ東中野など全国順次公開。
         JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年4月25日号
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