2025年02月12日
【映画の鏡】94歳 兄の無罪を信じて『いもうとの時間』冤罪事件の理不尽さを炙り出す=鈴木 賀津彦
1961年の事件発生以来、東海テレビが撮り続けてきた映像をふんだんに使って「名張ぶどう酒事件」の全体像を描き直し、冤罪事件の理不尽さを分かりやすく炙り出す。
自白のみで5人殺害の犯人とされた奥西勝さん(当時35歳)は一審では無罪となるが、2審で死刑。判決確定後も獄中から無実を訴え続けたが89歳で亡くなった。再審請求を引き継いだのは妹の岡美代子さん。10度目も再審はかなわず(昨年1月最高裁特別抗告棄却)、美代子さんは現在94歳。再審請求は配偶者、直系の親族と兄弟姉妹しかできない。残された時間は長くはないのだ。検察・裁判所の狙いはそこなのかと愕然としてしまう。
東海テレビは番組だけでなく映画作品としても本事件を多く題材にしてきた。『約束〜名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯〜』(2013)、『ふたりの死刑囚』(16)、『眠る村』(19)に続く4作目で、今回<シリーズ“最終章”>と打ち出している。テレビ局の組織ジャーナリズムの底力を、冤罪が問われている今だからこそ発揮している制作陣の熱量が伝わってくる。
1966 年に起きた「袴田事件」は昨年 9 月 26 日に再審無罪の判決が出た。長期化する再審制度の在り方が問われる中、判決後の袴田さんの姿も追い二つの事件で再審がなぜ認められてこなかったかを捉えている。奥西さんの一審で無罪判決を出した裁判官についての取材の場面がある一方で、再審を認めなかった裁判長らの顔を並べるシーンが印象的だ。そこに憲法 76 条第 3 項「裁判官はその良心に従い、独立してその職権を行い、憲法および法律にのみ拘束される」と映し出される。
公開中。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年1月25日号
2025年01月04日
【映画の鏡】独り暮らし高齢者の震災復興とは『風に立つ愛子さん』寄り添い続けた8年間の記録=鈴木賀津彦
2024年 IN&OUT
東日本大震災の直後、宮城県石巻市に入り避難所になった湊小学校を訪れた藤川佳三監督が、愛ちゃんこと村上愛子さんに初めて会ったのは4月29日朝の体育館だったという。
津波で家を流された当時69歳の愛ちゃんに寄り添いながら、以後、仮設住宅、復興住宅へと移り、亡くなるまでの8年もの間、生活の様子をカメラでとらえ続けている。
独り暮らしの高齢者が、避難所での集団生活を送った後、仮設住宅や復興住宅に移って「新しい近隣」との付き合いの中で暮らしていかなければならない現実。愛ちゃんの姿は人とのつながりを大切にし明るく力強い一方で、いかに孤独かが伝わってくる。
震災から14年、「復興」と言って一括りにした捉え方では見えてこないことが、愛ちゃん一人の「生きた証」の映像を見ていると気付けるのだ。高齢化が進む日本の被災者支援は今のままでいいのだろうか。
先月12日、国立社会保障・人口問題研究所が、2020年の国勢調査に基づき50年までの世帯数の将来推計の結果を都道府県別で公表した。単身世帯の割合は27都道府県で4割超になると予測。65歳以上の高齢者の単身世帯は、32道府県で2割を上回る見通しだという。
愛ちゃんが監督に電話をかけ留守電に吹き込んだ言葉が流れる場面を観ながら、これからは「おひとりさま」の被災者に寄り添った復興の在り方をもっと正面から考えなければならないと感じた。一人の生き方を記録したこの映画を、復興政策の今後の改善に役立ててほしい。2月下旬よりポレポレ東中野にて公開、全国順次。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年12月25日号
東日本大震災の直後、宮城県石巻市に入り避難所になった湊小学校を訪れた藤川佳三監督が、愛ちゃんこと村上愛子さんに初めて会ったのは4月29日朝の体育館だったという。
津波で家を流された当時69歳の愛ちゃんに寄り添いながら、以後、仮設住宅、復興住宅へと移り、亡くなるまでの8年もの間、生活の様子をカメラでとらえ続けている。
独り暮らしの高齢者が、避難所での集団生活を送った後、仮設住宅や復興住宅に移って「新しい近隣」との付き合いの中で暮らしていかなければならない現実。愛ちゃんの姿は人とのつながりを大切にし明るく力強い一方で、いかに孤独かが伝わってくる。
震災から14年、「復興」と言って一括りにした捉え方では見えてこないことが、愛ちゃん一人の「生きた証」の映像を見ていると気付けるのだ。高齢化が進む日本の被災者支援は今のままでいいのだろうか。
先月12日、国立社会保障・人口問題研究所が、2020年の国勢調査に基づき50年までの世帯数の将来推計の結果を都道府県別で公表した。単身世帯の割合は27都道府県で4割超になると予測。65歳以上の高齢者の単身世帯は、32道府県で2割を上回る見通しだという。
愛ちゃんが監督に電話をかけ留守電に吹き込んだ言葉が流れる場面を観ながら、これからは「おひとりさま」の被災者に寄り添った復興の在り方をもっと正面から考えなければならないと感じた。一人の生き方を記録したこの映画を、復興政策の今後の改善に役立ててほしい。2月下旬よりポレポレ東中野にて公開、全国順次。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年12月25日号
2024年12月15日
【映画の鏡】音楽創造の原点を淡々と 『シンペイ 歌こそすべて』大衆と向き合う生き方描く=鈴木 賀津彦
🄫「シンペイ」製作委員会2024
音楽家を含め、あらゆるクリエーターの原点とは大衆との向き合い方なのだろうと気付かせてくれる描写に共感した。『シャボン玉』『ゴンドラの唄』『東京音頭』など今もなお多くの曲が歌い継がれ、誰もが知る作曲家中山晋平(1887〜1952)の生涯を音楽とともに綴っている。ドラマチックな展開がある訳ではないが、淡々と曲作りへの想いを掘り起こしていて、シンペイの生きる姿勢が伝わってきた。監督は神山征二郎。
演出家・島村抱月の書生となって苦学した晋平は、抱月が旗揚げした芸術座の第3回公演『復活』の劇中歌で「日本の新しい歌を」と作曲の要請をされ、『カチューシャの歌』をつくった。1914年27歳だ。翌年に母が病死、悲しみの中から『ゴンドラの唄』を生み出す。作詞家野口雨情が児童文芸誌「赤い鳥」の童謡運動に賛同して書いた『シャボン玉』の詩に曲をつけた時は、雨情の最初の子どもが7日で亡くなったという話を知り、雨情の想いを曲に込めている。
18歳で上京し苦学して音楽の道に進んだ晋平が、母と一泊した時に言われた「母ちゃんが歌える歌、いっぱい作ってくれ」の一言。精力的にヒット曲を書き2000曲もの作品を残した晋平の心の内を掘り下げた映像から、現代へのメッセージを受け取りたいと感じた。
映画を観ながら、NHKの朝ドラ「エール」が作曲家古関裕而の物語で好評だったが、それなら中山晋平を取り上げたらもっとインパクトある朝ドラになるのではと妄想した。22日から長野県で先行公開中、1月10日から都内など全国順次公開。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年11月25日号
2024年10月30日
【映画の鏡】一人ひとりの人生 丹念に記録『ガザからの報告』取材歴30年 過去と現在継ぐ=鈴木 賀津彦
DOI Toshikuni 2024
パレスチナ取材歴30数年の土井敏邦監督がガザに生きる人たちの本音を丹念に捉えた「渾身のレポート」だ。本作を観れば、多くのメディアが伝える「イスラエル対ハマス」「イスラエル対パレスチナ」の二項対立で単純化して捉えることがいかに不十分な情勢認識か気付かされ、再度「過去の原点」に立ち返る大切さが理解できよう。
第1部「ある家族の25年」(120分)は故郷を追われガザ最大の難民キャンプ「ジャバリア」に暮らすエルアクラ家の生活に密着、第2部「民衆とハマス」(85分)はガザ攻撃で住民がどんな状況にあるのかを、ネットで土井監督に報告してくる現地のジャーナリストMらの命がけの“生の声”を伝える、合計205分の大作だ。
一つの家族を25年も追い続けた土井監督は「等身大・固有名詞の人間の姿・日常生活」をきちんと描くことで、「現地の人々が私たちと“同じ人間”であることを伝える」狙いだと説明。単に「死者4万人超」という数字で分かったつもりになるのではなく、「私たち同じ人間の一人ひとりの死の痛み、悲しさの4万倍超なのだ」という認識に変わり、遠いガザの事態を日本の私たちに引き寄せられると確信していると、込めた思いを語る。
第2部で紹介される知り合いのジャーナリストMの現地報告は、昨年10月下旬以降、今もずっと続いているという。「Mが伝えてきた“生の声”を受け取った私には、それをきちんと世界に向けて伝える責務がある」と話す土井監督は7月に岩波ブックレットで同名の著作も出版している。26日から東京・K’cinemaほか全国順次公開。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年10月25日号
2024年10月02日
【映画の鏡】末期がんの父親を在宅で介護『あなたのおみとり』訪問医療に支えられる家族の姿=伊東 良平
Eiga no Mura
末期がんで家での最期を希望した父親を、映画監督の息子が看取りから旅立ちまでを丹念に記録したドキュメンタリーである。
超高齢社会の日本で介護は大きな問題であり、特に動けない状態になった場合には家族にいろいろな負担が生じてくるが、現実に直面しないとどのような状況になるのか想像がつかない。
この映画は撮影者が家族であることから、自然体でありのままの姿を見ることが出来る。
母親は自分一人で介護を行うつもりであったようだが、精神的にも肉体的にも参って訪問医療や在宅介護を活用して自宅で看取ることになる。画面には診療医や訪問看護師、介護ヘルパーなど医療と介護に関わっている方たちの様子が映し出される。
こうした人たちのおかげで在宅での介護が成り立っていることがわかる。母親がヘルパーや看護師たちと関わることになって、表情も豊かになりゆとりが生じるのも感じとれる。父親は最期に近づくにつれて衰弱して痩せていくが、カメラは命の終わりを丁寧に追っていく。
亡くなった後の納棺や斎場の様子も捉えて、葬儀は海での散骨へとなるが、海洋葬のシーンはあまり見ることがないので興味深い。この作品は改めて自分や家族の看取り方についても考えるきっかけになりそうだ。看取りの方法はもちろん人それぞれなので、自分なりの「あなたのおみとり」を見つける必要がある。自宅での看取りを考えている人にとっては大変参考になる作品である。
ポレポレ東中野にて上映中ほか全国順次公開
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年9月25日号
末期がんで家での最期を希望した父親を、映画監督の息子が看取りから旅立ちまでを丹念に記録したドキュメンタリーである。
超高齢社会の日本で介護は大きな問題であり、特に動けない状態になった場合には家族にいろいろな負担が生じてくるが、現実に直面しないとどのような状況になるのか想像がつかない。
この映画は撮影者が家族であることから、自然体でありのままの姿を見ることが出来る。
母親は自分一人で介護を行うつもりであったようだが、精神的にも肉体的にも参って訪問医療や在宅介護を活用して自宅で看取ることになる。画面には診療医や訪問看護師、介護ヘルパーなど医療と介護に関わっている方たちの様子が映し出される。
こうした人たちのおかげで在宅での介護が成り立っていることがわかる。母親がヘルパーや看護師たちと関わることになって、表情も豊かになりゆとりが生じるのも感じとれる。父親は最期に近づくにつれて衰弱して痩せていくが、カメラは命の終わりを丁寧に追っていく。
亡くなった後の納棺や斎場の様子も捉えて、葬儀は海での散骨へとなるが、海洋葬のシーンはあまり見ることがないので興味深い。この作品は改めて自分や家族の看取り方についても考えるきっかけになりそうだ。看取りの方法はもちろん人それぞれなので、自分なりの「あなたのおみとり」を見つける必要がある。自宅での看取りを考えている人にとっては大変参考になる作品である。
ポレポレ東中野にて上映中ほか全国順次公開
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年9月25日号
2024年09月07日
【映画の鏡】豊かな未来を築く知恵を示す『山里は持続可能な世界だった』効率重視の現代の価値観を問う=鈴木 賀津彦
映画「山里は持続可能な世界だった」製作委員会
高度経済成長以前の農山村の暮らしから現代に生きる私たちが学ぶべきことを提示してくれる。タイトルが「世界だった」と過去形になっているが、決して当時を懐かしむのではなく、これからの社会の構築に必要な価値観を描き出そうと、伝統的林業、炭焼きや養蚕、原木椎茸栽培や鍛冶屋など、かつての生業を受け継いでいる人々を取材し、効率重視の現代的価値観に抗う新たなライフスタイルを模索する。
原村政樹監督は「かつての山里の暮らしを記録した白黒写真をできるだけ多く紹介して、当時の暮らしと生業を克明に伝える」工夫をしている。青少年時代を山里の村で過ごした70代から90代の人たちに写真を見てもらいながら話を聞いてみると、「貧しく厳しい時代だったが張り合いがあった」「子どもや若者が大勢いて家族を超え皆が助け合いながら暮らしていた」など、生き生きと話し始める。スクリーンに紹介される当時の写真に写った人々の表情は、子どもも大人も誰もが明るい。笑顔が輝いてみんなが幸せそうだ。
「持続可能な世界を実現するための知恵が沢山あった」山里の暮らし。題名からしてSDGs(持続可能な開発目標)の作品だと位置付けられそうだが、登場する人たちの言葉からは、そんな軽々しい言い方ではなく、もっと奥深い問い掛けが発せられている。映画のコピーに「かつて村人たちは自然を壊さずに暮らしていた!」とある。そう、山里は人間だけのためにあるのではなく、山の恵みに感謝しながら必要な分だけいただくのだ。
9月6日から東京・ヒューマントラストシネマ有楽町で公開。各地で自主上映も。
高度経済成長以前の農山村の暮らしから現代に生きる私たちが学ぶべきことを提示してくれる。タイトルが「世界だった」と過去形になっているが、決して当時を懐かしむのではなく、これからの社会の構築に必要な価値観を描き出そうと、伝統的林業、炭焼きや養蚕、原木椎茸栽培や鍛冶屋など、かつての生業を受け継いでいる人々を取材し、効率重視の現代的価値観に抗う新たなライフスタイルを模索する。
原村政樹監督は「かつての山里の暮らしを記録した白黒写真をできるだけ多く紹介して、当時の暮らしと生業を克明に伝える」工夫をしている。青少年時代を山里の村で過ごした70代から90代の人たちに写真を見てもらいながら話を聞いてみると、「貧しく厳しい時代だったが張り合いがあった」「子どもや若者が大勢いて家族を超え皆が助け合いながら暮らしていた」など、生き生きと話し始める。スクリーンに紹介される当時の写真に写った人々の表情は、子どもも大人も誰もが明るい。笑顔が輝いてみんなが幸せそうだ。
「持続可能な世界を実現するための知恵が沢山あった」山里の暮らし。題名からしてSDGs(持続可能な開発目標)の作品だと位置付けられそうだが、登場する人たちの言葉からは、そんな軽々しい言い方ではなく、もっと奥深い問い掛けが発せられている。映画のコピーに「かつて村人たちは自然を壊さずに暮らしていた!」とある。そう、山里は人間だけのためにあるのではなく、山の恵みに感謝しながら必要な分だけいただくのだ。
9月6日から東京・ヒューマントラストシネマ有楽町で公開。各地で自主上映も。
2024年08月08日
【映画の鏡】今なぜ、自然への畏敬なのか『うんこと死体の復権』価値観覆し、命の循環の輪を=鈴木賀津彦
2024「うんこと死体の復権」製作委員会
森の中での「野ぐそ」が、こんなにも素晴らしい価値を持った行為なのかと驚かされる。今やウオシュレットのない便器で用を足すことができなくなってしまった自分には「不可能だなぁ」と諦めながらも、蚊に刺されないためには何かしているのだろうかと心配しながら、楽しそうな「野ぐそ」にチャレンジしてみたくなってしまう不思議な作品だ。
排泄物という価値観を覆し、無数の生き物たちが命をつなぎ、循環の輪をつないでいる「うんこ」の役割を理解させてくれる。関係性が断ち切られてしまった自然を「つなぎなおす」ために、現代社会はうんこ本来の価値を取り戻す必要があることに気付かされる。
「グレートジャーニー」で知られる探検家で医師の関野吉晴が初めて監督、出会った3人の賢人の活動を追っていく。自ら「糞土師」と名乗り、野ぐそをすることに頑なにこだわり、半世紀に渡る野ぐそ人生を送っている写真家の伊沢正名。うんこから生き物と自然のリンクを考察する生態学者の高槻成紀。そして、死体喰いの生き物たちを執拗に観察する絵本作家の舘野鴻。うんこ同様、無きモノにされがちな死体を見つめると、そこには世の中の常識を覆す「持続可能な未来」のヒントが示されている。
タイトルの通りうんこと死体が主役に復権するこの映画を観て、まだ「肥溜め」が近所にあった時代を思い起こした。江戸時代以降も土に戻していたのに、不潔なもの、廃棄物として扱う現代社会って、つい最近なのだ。早急に復権を!と叫びたい。8月3日から全国順次公開。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年7月25日号
森の中での「野ぐそ」が、こんなにも素晴らしい価値を持った行為なのかと驚かされる。今やウオシュレットのない便器で用を足すことができなくなってしまった自分には「不可能だなぁ」と諦めながらも、蚊に刺されないためには何かしているのだろうかと心配しながら、楽しそうな「野ぐそ」にチャレンジしてみたくなってしまう不思議な作品だ。
排泄物という価値観を覆し、無数の生き物たちが命をつなぎ、循環の輪をつないでいる「うんこ」の役割を理解させてくれる。関係性が断ち切られてしまった自然を「つなぎなおす」ために、現代社会はうんこ本来の価値を取り戻す必要があることに気付かされる。
「グレートジャーニー」で知られる探検家で医師の関野吉晴が初めて監督、出会った3人の賢人の活動を追っていく。自ら「糞土師」と名乗り、野ぐそをすることに頑なにこだわり、半世紀に渡る野ぐそ人生を送っている写真家の伊沢正名。うんこから生き物と自然のリンクを考察する生態学者の高槻成紀。そして、死体喰いの生き物たちを執拗に観察する絵本作家の舘野鴻。うんこ同様、無きモノにされがちな死体を見つめると、そこには世の中の常識を覆す「持続可能な未来」のヒントが示されている。
タイトルの通りうんこと死体が主役に復権するこの映画を観て、まだ「肥溜め」が近所にあった時代を思い起こした。江戸時代以降も土に戻していたのに、不潔なもの、廃棄物として扱う現代社会って、つい最近なのだ。早急に復権を!と叫びたい。8月3日から全国順次公開。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年7月25日号
2024年07月04日
【映画の鏡】都知事選で首都圏の上映℃ゥ粛 関心高まる選挙期間中こそ上映を『#つぶやき市長と議会のオキテ【劇場版】』=鈴木賀津彦
上映後の舞台トークで
東京都知事選の投開票は7月7日。広島県安芸高田市長から転じて出馬した石丸伸二候補にどれほど票が集まるのか、注目している。
4月の本欄では、広島ホームテレビが市長の石丸氏と議会の対立の様子などを密着取材したドキュメンタリー番組がアーカイブ配信900万回以上の反響があり、映画になった『#つぶやき市長と議会のオキテ【劇場版】』を話題作として紹介した。「地方政治の実態に密着して取材すると、こんなにも面白いドキュメンタリー番組のできることを広島のローカルTV局が示してくれた」と記したのだ。
なので、石丸市長が都知事選に突然出馬表明した直後の“上映自粛”の対応にはガッカリだった。映画の公式ホームページで5月17日、選挙に影響することを懸念して上映予定を変更、25日から予定通りに公開するものの「東京都での公開を月内でいったん終了」し、首都圏では6月から「選挙後まで行わないことを決定」したと発表した。
6月29日からだった横浜シネマリンでの上映予定も7月20日からに変更、結局、知事選前に首都圏で上映されたのは都内2館で7日間だけだった。
この判断を批判するつもりはないが、「本作は石丸伸二市長を応援したり、批判したりするために制作したものではなく、地方政治のあり方」を描いたと説明しているのだから、選挙期間中を含め予定通りに上映した方が良かったのではなかろうか。関心が高まる選挙期間中にこそ政治を身近に考える絶好のネタを提示してくれているのだから。
首都圏以外では予定通り6月から上映しており劇場に足を運んでほしい。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年6月25日号
2024年06月09日
【映画の鏡】福島で多発する「こころの病」『生きて、生きて、生きろ。』ラストに込めた希望のメッセージ=鈴木 賀津彦
日本電波ニュース社
ああっ、このラストを伝えたいがために島田陽磨監督は映画をつくったんだ!と、エンドロールの後の最後のシーンを見て心が揺さぶられ叫びたくなった。希望の映画なのだ。
真正面過ぎる言葉のタイトル、「震災と原発事故から13年、福島で、こころの病が多発していた。喪失と絶望の中で生きる人々と ともに生きる医療従事者たちの記録」というチラシの説明に、重いテーマの作品なんだろうと構えて見たのだが、ラストに感動し、これぞ「生きて、生きて、生きろ。」なのだ熱くなった。
「奇妙な不眠」などの症状で時間を経てから発症する遅発性PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの患者と向き合う精神科医の蟻塚亮二さんは、福島県相馬市のメンタルクリニックなごみの院長として2013年から診察を続けている。それまでは沖縄で沖縄戦を経験した人たちに症状が出る遅発性PTSDを診ていたが、福島でも今後、同じケースが増えていくのではと考えたのだ。
カメラは蟻塚さんの診察の現場や、連携して心のケアを続けるNPOこころのケアセンターの看護師、米倉一磨さんの自宅訪問などの活動に密着する。その密着カメラは、現在も月に1度診察に行く沖縄での蟻塚さんも捉え、沖縄と福島の抱える問題が同じであると気付かせてくれる。
さらに福島になぜ原発が誘致されたのかを掘り起こし、当時の米国の原子力政策に日本政府が追随するなどの歴史を解説する。カメラが捉えた「こころの被害」がなぜ起きているのか、歴史的な原因にまで迫っているドキュメンタリーだ。5月25日からポレポレ東中野など全国順次公開。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年5月25日号
ああっ、このラストを伝えたいがために島田陽磨監督は映画をつくったんだ!と、エンドロールの後の最後のシーンを見て心が揺さぶられ叫びたくなった。希望の映画なのだ。
真正面過ぎる言葉のタイトル、「震災と原発事故から13年、福島で、こころの病が多発していた。喪失と絶望の中で生きる人々と ともに生きる医療従事者たちの記録」というチラシの説明に、重いテーマの作品なんだろうと構えて見たのだが、ラストに感動し、これぞ「生きて、生きて、生きろ。」なのだ熱くなった。
「奇妙な不眠」などの症状で時間を経てから発症する遅発性PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの患者と向き合う精神科医の蟻塚亮二さんは、福島県相馬市のメンタルクリニックなごみの院長として2013年から診察を続けている。それまでは沖縄で沖縄戦を経験した人たちに症状が出る遅発性PTSDを診ていたが、福島でも今後、同じケースが増えていくのではと考えたのだ。
カメラは蟻塚さんの診察の現場や、連携して心のケアを続けるNPOこころのケアセンターの看護師、米倉一磨さんの自宅訪問などの活動に密着する。その密着カメラは、現在も月に1度診察に行く沖縄での蟻塚さんも捉え、沖縄と福島の抱える問題が同じであると気付かせてくれる。
さらに福島になぜ原発が誘致されたのかを掘り起こし、当時の米国の原子力政策に日本政府が追随するなどの歴史を解説する。カメラが捉えた「こころの被害」がなぜ起きているのか、歴史的な原因にまで迫っているドキュメンタリーだ。5月25日からポレポレ東中野など全国順次公開。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年5月25日号
2024年05月05日
【映画の鏡】地方ローカル局が「グローバル」に番組配信『#つぶやき市長と議会のオキテ(劇場版)』地方政治の現実を丹念に記録=鈴木賀津彦
広島ホームテレビ
地方政治の実態に密着して取材すると、こんなにも面白いドキュメンタリー番組ができることを広島のローカルTV局が示してくれた。
広島県安芸高田市の石丸伸二市長といえば、X(旧ツイッター)で30万近いフォロワーがあり、今や全国的な有名人だ。
河井克行・案里夫妻による大規模買収事件で市長らが辞職し、2020年8月に行われた選挙で初当選した37歳の石丸市長。政治経験ゼロの元銀行員が初議会では「議員の居眠り」をXでつぶやいたことに、議会側が猛反発。その後も新しい政策を次々と打ち出す市長に、議員たちは「従来の手順」を踏まない市長提案を否決し続け、対立は深まるばかり。そのドタバタぶりを市長が日々のXで「つぶやく」ので、いわゆる根回しを拒否し政治を見える化している姿として全国から共感が集まる。
地元ローカル局の広島ホームテレビが密着取材して制作した30分番組が21年11月にテレビ朝日系列の「テレメンタリー」で放送されると、安芸高田市だけのローカルではなく、どこの地域でも抱えている問題として大きな反響があった。22年3月には50分版を放送、その後のアーカイブ配信の再生回数は900万回以上を記録したという。
そんな全国の反響に押され今回の「劇場版」も誕生したが、日本や世界の動きをローカルからの視点で発信することが、こうした形でできるのだと典型的に示してくれた。身近なローカルから全国的な課題をどう発信するのか、今後ますますローカル局の重要な役割として高まるだろう。5月25日から東京・ポレポレ東中野など全国順次公開。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年4月25日号
地方政治の実態に密着して取材すると、こんなにも面白いドキュメンタリー番組ができることを広島のローカルTV局が示してくれた。
広島県安芸高田市の石丸伸二市長といえば、X(旧ツイッター)で30万近いフォロワーがあり、今や全国的な有名人だ。
河井克行・案里夫妻による大規模買収事件で市長らが辞職し、2020年8月に行われた選挙で初当選した37歳の石丸市長。政治経験ゼロの元銀行員が初議会では「議員の居眠り」をXでつぶやいたことに、議会側が猛反発。その後も新しい政策を次々と打ち出す市長に、議員たちは「従来の手順」を踏まない市長提案を否決し続け、対立は深まるばかり。そのドタバタぶりを市長が日々のXで「つぶやく」ので、いわゆる根回しを拒否し政治を見える化している姿として全国から共感が集まる。
地元ローカル局の広島ホームテレビが密着取材して制作した30分番組が21年11月にテレビ朝日系列の「テレメンタリー」で放送されると、安芸高田市だけのローカルではなく、どこの地域でも抱えている問題として大きな反響があった。22年3月には50分版を放送、その後のアーカイブ配信の再生回数は900万回以上を記録したという。
そんな全国の反響に押され今回の「劇場版」も誕生したが、日本や世界の動きをローカルからの視点で発信することが、こうした形でできるのだと典型的に示してくれた。身近なローカルから全国的な課題をどう発信するのか、今後ますますローカル局の重要な役割として高まるだろう。5月25日から東京・ポレポレ東中野など全国順次公開。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年4月25日号
2024年04月06日
【映画の鏡】「飯塚事件」が問う司法の姿『正義の行方』当事者たちが語る真実と正義=鈴木賀津彦
NHK
インタビューで本音を引き出すには取材される側とする側の信頼関係がなければ実現しない。1992年に福岡県飯塚市で2人の小学1年女児が殺害された「飯塚事件」をめぐり、事件に関わった当事者たちの本音がガチでぶつかり合う展開は、ドキュメンタリーなのにまるでドラマを観ているような感覚になる。
捜査に当たった元警察官、再審を目指す弁護士、地元紙の西日本新聞の記者ら立場を異にする当事者たちが、対立する「真実」と「正義」を語り、3者がぶつかり合う姿をそのまま提示しているのだ。それぞれの本音を引き出した木寺一孝監督の取材力のすごさが映像から際立ち、感服した。
映画のキャチコピーには<これは私たちの「羅生門」>とある。羅生門?と疑問を持ったが、監督の説明に納得した。<ヒントは芥川龍之介の原作に題材を採った黒澤明の『羅生門』にある。登場人物の目線によって事件の見え方が変わり、観客がまさに「藪の中」に迷い込む演出は、海外では「羅生門スタイル」と呼ばれ、手法の一つとして定着している。><弁護士・元警察官・新聞記者の3者の「正義」をフェアに聞き取り、それぞれの考えを『羅生門』のように並べていこうと考えた>という。なるほど今求められているのは「何が真実なのか」を観る側が自分で考えることなのだ。
死刑執行された元死刑囚の妻による第2次再審請求で、福岡地裁の判断が4月以降に出るという。再審が始まることになれば死刑執行事件で初となり、この国の司法の在り方が大きく揺らぐ。公開は4月27日から。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年3月25日号
インタビューで本音を引き出すには取材される側とする側の信頼関係がなければ実現しない。1992年に福岡県飯塚市で2人の小学1年女児が殺害された「飯塚事件」をめぐり、事件に関わった当事者たちの本音がガチでぶつかり合う展開は、ドキュメンタリーなのにまるでドラマを観ているような感覚になる。
捜査に当たった元警察官、再審を目指す弁護士、地元紙の西日本新聞の記者ら立場を異にする当事者たちが、対立する「真実」と「正義」を語り、3者がぶつかり合う姿をそのまま提示しているのだ。それぞれの本音を引き出した木寺一孝監督の取材力のすごさが映像から際立ち、感服した。
映画のキャチコピーには<これは私たちの「羅生門」>とある。羅生門?と疑問を持ったが、監督の説明に納得した。<ヒントは芥川龍之介の原作に題材を採った黒澤明の『羅生門』にある。登場人物の目線によって事件の見え方が変わり、観客がまさに「藪の中」に迷い込む演出は、海外では「羅生門スタイル」と呼ばれ、手法の一つとして定着している。><弁護士・元警察官・新聞記者の3者の「正義」をフェアに聞き取り、それぞれの考えを『羅生門』のように並べていこうと考えた>という。なるほど今求められているのは「何が真実なのか」を観る側が自分で考えることなのだ。
死刑執行された元死刑囚の妻による第2次再審請求で、福岡地裁の判断が4月以降に出るという。再審が始まることになれば死刑執行事件で初となり、この国の司法の在り方が大きく揺らぐ。公開は4月27日から。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年3月25日号
2024年03月11日
【映画の鏡】ふるさとを返せ、悲痛な叫び記録『津島―福島は語る・第二章―』「なかったこと」にされてたまるか=鈴木 賀津彦
MASAYA NODA
記録されないものは記憶に残らないと言われる。そんなことを許してはならないのだ。福島第⼀原発の事故で「帰還困難区域」となり故郷を奪われた浪江町津島の住民たちへのインタビュー取材、土井敏邦監督の執念がスクリーンからあふれ出してくる映像は圧巻だ。
『フクシマは終わったこと、なかったことにされてたまるか!』。土井監督は「映画の中で涙ながらに語る証⾔者たちの声の後ろに、そんな悲痛な叫び声を私は聞いてしまうのである」と語っている。
裁判記録「ふるさとを返せ 津島原発訴訟 原告意⾒陳述集」に記された住⺠たちの⾔葉に衝撃を受けた⼟井監督は、「この声を映像で記録したい」と2021年春から避難先など原告 らの元を訪ね歩き、10 カ⽉にわたるインタビューを敢⾏。総勢 18 人が思いを淡々と、だが力強く語る映像を約3時間の記録として編集し、歴史に残したのだ。
「『津島』は⼈⼝約 1400 ⼈の問題に終わらない。多数派の幸福、安全、快適さのために少数派を犠牲にする在り⽅への、津島住⺠の異議申し⽴てであり抵抗だともいえる。『津島の存在と闘い』は⼩さな⼀地域の問題ではなく、⽇本と世界に通底する普遍的なテーマを私たちに問いかけている」と土井監督は強調する。
そう、故郷を離れ 10 年以上を経た今も帰れない住民が淡々と語る「叫び声」は、観ている私たち自身が当事者意識を持って受け止め津島の人たちと「対話」している気持ちにさせる不思議な力を感じた。3 ⽉ 2 ⽇から Kʼs cinema ほか全国で順次公開。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年2月25日号
記録されないものは記憶に残らないと言われる。そんなことを許してはならないのだ。福島第⼀原発の事故で「帰還困難区域」となり故郷を奪われた浪江町津島の住民たちへのインタビュー取材、土井敏邦監督の執念がスクリーンからあふれ出してくる映像は圧巻だ。
『フクシマは終わったこと、なかったことにされてたまるか!』。土井監督は「映画の中で涙ながらに語る証⾔者たちの声の後ろに、そんな悲痛な叫び声を私は聞いてしまうのである」と語っている。
裁判記録「ふるさとを返せ 津島原発訴訟 原告意⾒陳述集」に記された住⺠たちの⾔葉に衝撃を受けた⼟井監督は、「この声を映像で記録したい」と2021年春から避難先など原告 らの元を訪ね歩き、10 カ⽉にわたるインタビューを敢⾏。総勢 18 人が思いを淡々と、だが力強く語る映像を約3時間の記録として編集し、歴史に残したのだ。
「『津島』は⼈⼝約 1400 ⼈の問題に終わらない。多数派の幸福、安全、快適さのために少数派を犠牲にする在り⽅への、津島住⺠の異議申し⽴てであり抵抗だともいえる。『津島の存在と闘い』は⼩さな⼀地域の問題ではなく、⽇本と世界に通底する普遍的なテーマを私たちに問いかけている」と土井監督は強調する。
そう、故郷を離れ 10 年以上を経た今も帰れない住民が淡々と語る「叫び声」は、観ている私たち自身が当事者意識を持って受け止め津島の人たちと「対話」している気持ちにさせる不思議な力を感じた。3 ⽉ 2 ⽇から Kʼs cinema ほか全国で順次公開。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年2月25日号
2024年02月21日
【映画の鏡】『福田村事件』などを上映「第13回江古田映画祭」「3・11福島を忘れない」テーマに=鈴木 賀津彦
「福田村事件」プロジェクト2023
東京・練馬区の江古田の街で2013年から「3・11福島を忘れない」をテーマに始まった『江古田映画祭』が、今年も2月24日から3月11日までの2週間余、武蔵大学と近くのギャラリー古藤(ふるとう)を会場に開かれる。
第13回の今年は、武蔵大学1号館で2月24日に『福田村事件』の上映と製作者によるトークイベント、3月2日には土井敏邦監督の『パレスチナからフクシマへ』と『ガザ〜オスロ合意から30年の歩み』(初上映)の上映と監督トークがある。
ギャラリー古藤では2月25日に『飯館村 べこやの母ちゃん―それぞれの選択』(古居みずえ監督)の上映から始まり、『「生きる」大川小学校津波裁判を闘った人たち』(寺田和弘監督)やアニメ『ふながたの海』(いくまさ鉄平監督)、米アリゾナ州での核実験後の地元民の被ばくを追った『サイレントフォールアウト』(伊東英朗監督)、相馬高校放送局制作の『福島の高校生が処理水問題を考える』など、地域の市民を中心に集まった実行委員会が準備した作品が次々に上映される。
東電福島第一原発の事故や津波の被害から13年、「福島を忘れない」から始まった映画祭は、市民による文化拠点づくりとして広がってきた。
商業映画館では上映機会の少ない社会的テーマの映画を、江古田地区で連続的に上映することで地域の活性化につなげているのが特徴だ。石川県・能登で地震被害が起きた今、この映画祭を続けてきた意義を確認し、能登復興支援の取り組みにも繋げる意味でもぜひ多くの人に参加を呼び掛けたい。
詳しい上映予定や参加費などは映画祭ホームページで。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年1月25日号
2024年01月15日
【映画の鏡】選挙とは何か、当事者からの発信『映画○月○日、区長になる女。』政治を変える市民の実像=鈴木賀津彦
c映画○月○日、区長になる女。
いま政治や選挙に関わっている人は全員がこの映画を観るといい。本来、政治や選挙に関わるのは市民すべてなので、広く見てほしいのだが、まずは与党も野党も関係なく「政治関係者」は必見だと強調しておきたい。
わずか187票差で3期12年の現職を破って無党派の女性候補が当選した2022年6月の杉並区長選は、市民選挙が政治を変えたことに注目が集まった。その後も今春の統一地方選で市民派の首長や議員が各地で多く誕生するなど、深刻な政治不信を変える新しい潮流が広がっている。今、有権者の意識がどう変化しどんな選挙をすればいいのか、この映画を観れば分かるからだ。そして政治を変える展望を提示、希望を示してくれている。
杉並区の住民たちが岸本聡子を候補者として擁立。カメラは岸本に密着し、選挙活動の会議の様子や岸本と応援者が議論する姿など、裏側を遠慮なく捉えていく。撮影するのは監督のペヤンヌマキ。杉並区在住の劇作家・演出家の彼女は、長年住むアパートが道路拡張計画により立ち退きの危機にあることを知り、止める方法を自身で調べ動き始めたのがきっかけで選挙に関わった。
そして投票率を上げるため、YouTubeで選挙期間中に密着した映像を発信して、岸本の魅力や活動を伝えたのだ。その映像を編集して本作はできたのだが、なんともその密着ぶりが「当事者メディア」の視点なので素直に受け止められる。監督が「自分ごと」としていて好感できた。今も岸本区長の密着撮影を続けているそうで、「区長になった女」の次回作も期待したくなった。ポレポレ東中野で1月2日から公開。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年12月25日号
いま政治や選挙に関わっている人は全員がこの映画を観るといい。本来、政治や選挙に関わるのは市民すべてなので、広く見てほしいのだが、まずは与党も野党も関係なく「政治関係者」は必見だと強調しておきたい。
わずか187票差で3期12年の現職を破って無党派の女性候補が当選した2022年6月の杉並区長選は、市民選挙が政治を変えたことに注目が集まった。その後も今春の統一地方選で市民派の首長や議員が各地で多く誕生するなど、深刻な政治不信を変える新しい潮流が広がっている。今、有権者の意識がどう変化しどんな選挙をすればいいのか、この映画を観れば分かるからだ。そして政治を変える展望を提示、希望を示してくれている。
杉並区の住民たちが岸本聡子を候補者として擁立。カメラは岸本に密着し、選挙活動の会議の様子や岸本と応援者が議論する姿など、裏側を遠慮なく捉えていく。撮影するのは監督のペヤンヌマキ。杉並区在住の劇作家・演出家の彼女は、長年住むアパートが道路拡張計画により立ち退きの危機にあることを知り、止める方法を自身で調べ動き始めたのがきっかけで選挙に関わった。
そして投票率を上げるため、YouTubeで選挙期間中に密着した映像を発信して、岸本の魅力や活動を伝えたのだ。その映像を編集して本作はできたのだが、なんともその密着ぶりが「当事者メディア」の視点なので素直に受け止められる。監督が「自分ごと」としていて好感できた。今も岸本区長の密着撮影を続けているそうで、「区長になった女」の次回作も期待したくなった。ポレポレ東中野で1月2日から公開。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年12月25日号
2023年12月11日
【映画の鏡】全ての候補者を平等に取材『NO 選挙・NO LIFE』フリーランスライターの真骨頂=鈴木賀津彦
(C)ネツゲン
「テレビ、新聞では決してやらない候補者全員取材の流儀―」。選挙取材歴25年のフリーランスライター、畠山理仁さん(50)の取材ぶりを追い、なぜ彼が寝る時間も削ってまで全員取材にこだわった選挙報道に人生をかけるのかを解き明かそうと密着取材している。
「選挙ほど面白いものはない」と全候補者の取材に駆け回る畠山さんの仕事(と言っても採算を度外視した取り組みなのだ)に、どんな意味があるのかを今こそ知ってほしい、前田亜記監督のそんな思いが映画の展開からビンビン伝わってきて共感した。
もう4年前になるが、2019年12月の「JCJジャーナリスト講座」で、畠山さんに講師をお願いした。テーマは「フリーランスの『オモテとウラ』――醍醐味と難しさ」。
案内はこうだ。<国政や首長選挙などでは、政党や大きな団体が支援する有力候補以外にも候補者が出る。いわゆる『泡沫候補』で、この候補の政策・主張などは、メディアは無視する。有力候補と同じ額の供託金を支払っているのに不平等な扱いを受けている。フリーランスライター畠山理仁さんは泡沫を無頼系独立候補≠ニして約20年間取材。それをまとめた『黙殺 報じられない無頼系独立候補≠スちの戦い」(集英社)は2017年第15回開高健ノンフィクション賞を受賞した。フリーランスは、これと思ったテーマをふかぼり取材≠ナきる半面、生活の安定を望めない。「オモテとウラ」を畠山さんが話す>
この時は、まだモヤモヤしていたのだが、この映画を観てすっきりと「これからの選挙報道はこうあるべきだ」と確信できた。公開中。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年11月25日号
「テレビ、新聞では決してやらない候補者全員取材の流儀―」。選挙取材歴25年のフリーランスライター、畠山理仁さん(50)の取材ぶりを追い、なぜ彼が寝る時間も削ってまで全員取材にこだわった選挙報道に人生をかけるのかを解き明かそうと密着取材している。
「選挙ほど面白いものはない」と全候補者の取材に駆け回る畠山さんの仕事(と言っても採算を度外視した取り組みなのだ)に、どんな意味があるのかを今こそ知ってほしい、前田亜記監督のそんな思いが映画の展開からビンビン伝わってきて共感した。
もう4年前になるが、2019年12月の「JCJジャーナリスト講座」で、畠山さんに講師をお願いした。テーマは「フリーランスの『オモテとウラ』――醍醐味と難しさ」。
案内はこうだ。<国政や首長選挙などでは、政党や大きな団体が支援する有力候補以外にも候補者が出る。いわゆる『泡沫候補』で、この候補の政策・主張などは、メディアは無視する。有力候補と同じ額の供託金を支払っているのに不平等な扱いを受けている。フリーランスライター畠山理仁さんは泡沫を無頼系独立候補≠ニして約20年間取材。それをまとめた『黙殺 報じられない無頼系独立候補≠スちの戦い」(集英社)は2017年第15回開高健ノンフィクション賞を受賞した。フリーランスは、これと思ったテーマをふかぼり取材≠ナきる半面、生活の安定を望めない。「オモテとウラ」を畠山さんが話す>
この時は、まだモヤモヤしていたのだが、この映画を観てすっきりと「これからの選挙報道はこうあるべきだ」と確信できた。公開中。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年11月25日号
2023年11月09日
【映画の鏡】真のジャーナリズムを示す『燃えあがる女性記者たち』未来の可能性開く報道の原点=鈴木 賀津彦
Black Ticket Films
ジャニーズ問題などで日本のマスメディアの在り方が問われている今、メディアに関わる全ての人々にとって「必見」のドキュメンタリー映画だ。報道は「何のために」「誰のために」あるべきなのか、リアルに示してくれる。
主人公はインド北部のウッタル・プラデーシュ州にある小さな新聞社「カバル・ラハリア」(ニュースの波という意味)の記者たち。
同社は2002年にダリト(カースト最下層の「不可触民」と呼ばれてきた人々)の女性たちによって週刊の新聞として創刊。その後2016年にはSNSやYouTubeで発信をするデジタルメディアとして新しい挑戦を始める。社員全員が女性、彼女たちはスマートフォンを片手に貧困やカースト、ジェンダーの差別や偏見と闘いながら、地域の生活に密着した草の根の取材を続けている。
スマホを武器に社会を変えられる。ダリトの女性たちが、底辺の声を伝えるのにテクノロジーとインターネットを使いこなしてデジタルメディアを拡充していく姿は、インドだけの話ではなく、私たち日本の課題として共感の輪を広げている。
映画の公開に合わせて、広島では11月4日に「燃えあがる女性記者と本音トークin広島〜わたしたちが欲しいメデ私たちでたちでたしたちでつくる〜」と題して、前新聞労連委員長の吉永磨美さんや中国新聞の金崎由美さんら女性ジャーナリストのトークイベント(主催=ジェンダーを考える広島県有志×ハチドリ舎)も開催される。オンライン視聴もできるので遠方からの参加も可能だ。こんな形で議論の輪が広がりそうだ。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年10月25日号
ジャニーズ問題などで日本のマスメディアの在り方が問われている今、メディアに関わる全ての人々にとって「必見」のドキュメンタリー映画だ。報道は「何のために」「誰のために」あるべきなのか、リアルに示してくれる。
主人公はインド北部のウッタル・プラデーシュ州にある小さな新聞社「カバル・ラハリア」(ニュースの波という意味)の記者たち。
同社は2002年にダリト(カースト最下層の「不可触民」と呼ばれてきた人々)の女性たちによって週刊の新聞として創刊。その後2016年にはSNSやYouTubeで発信をするデジタルメディアとして新しい挑戦を始める。社員全員が女性、彼女たちはスマートフォンを片手に貧困やカースト、ジェンダーの差別や偏見と闘いながら、地域の生活に密着した草の根の取材を続けている。
スマホを武器に社会を変えられる。ダリトの女性たちが、底辺の声を伝えるのにテクノロジーとインターネットを使いこなしてデジタルメディアを拡充していく姿は、インドだけの話ではなく、私たち日本の課題として共感の輪を広げている。
映画の公開に合わせて、広島では11月4日に「燃えあがる女性記者と本音トークin広島〜わたしたちが欲しいメデ私たちでたちでたしたちでつくる〜」と題して、前新聞労連委員長の吉永磨美さんや中国新聞の金崎由美さんら女性ジャーナリストのトークイベント(主催=ジェンダーを考える広島県有志×ハチドリ舎)も開催される。オンライン視聴もできるので遠方からの参加も可能だ。こんな形で議論の輪が広がりそうだ。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年10月25日号
2023年09月30日
【映画の鏡】これが日本の現実だ『国葬の日』リベラルに欠けた視点を提示=鈴木賀津彦
「国葬の日」制作委員会
これが日本の現実だと分かりやすく提示していることに、とても共感した。賛否が分かれ「世論が二分」された中で国葬が執り行われたと伝えるマスメディアの評価に、現実との乖離を感じていた私にとって、大島新(あらた)監督が捉えた全国各地の人々の本音は、とてもリアルに受け止めることができた。
2022年9月27日、安倍晋三元首相の国葬が行われた日の日本の姿を、全国10都市でカメラをまわし、人々のリアルな思いを取材している。ドキュメンタリーというと何か制作者の主張が声高に盛り込まれているイメージを抱く向きもあるが、この作品は国葬という日の現実を誇張なく記録した映画なので、観た人の多くがモヤモヤ感を持つかもしれない。
それが制作の狙いなのだろう。大島監督は「初めて完成版を見た時、私は本当に困惑した」と語り、そして「この困惑を、映画を観た人と分かち合いたい」と、様々な受け止め方、意見のぶつかり合いに期待を込める。
大島監督には、国葬に反対する「リベラル勢力」の現状認識に欠けている視点への危機感があるのだろう。よく議論される例に置き換えると、「投票率が上がれば」「もっと若者が投票に行けば」変革が起きると期待がよく述べられる。しかし現状のままでは、投票率が上がれば上がるほど、若者が投票へ行けば行くほど、現政権与党がますます大勝するのが現実かもしれない。あるべき論にしがみつかずに、現実をリアルに捉えること、その重要性を浮かび上がらせてくれた作品だ。
この現実から、絶望するのか、希望を見出すのかも、観た人に任される。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年9月25日号
これが日本の現実だと分かりやすく提示していることに、とても共感した。賛否が分かれ「世論が二分」された中で国葬が執り行われたと伝えるマスメディアの評価に、現実との乖離を感じていた私にとって、大島新(あらた)監督が捉えた全国各地の人々の本音は、とてもリアルに受け止めることができた。
2022年9月27日、安倍晋三元首相の国葬が行われた日の日本の姿を、全国10都市でカメラをまわし、人々のリアルな思いを取材している。ドキュメンタリーというと何か制作者の主張が声高に盛り込まれているイメージを抱く向きもあるが、この作品は国葬という日の現実を誇張なく記録した映画なので、観た人の多くがモヤモヤ感を持つかもしれない。
それが制作の狙いなのだろう。大島監督は「初めて完成版を見た時、私は本当に困惑した」と語り、そして「この困惑を、映画を観た人と分かち合いたい」と、様々な受け止め方、意見のぶつかり合いに期待を込める。
大島監督には、国葬に反対する「リベラル勢力」の現状認識に欠けている視点への危機感があるのだろう。よく議論される例に置き換えると、「投票率が上がれば」「もっと若者が投票に行けば」変革が起きると期待がよく述べられる。しかし現状のままでは、投票率が上がれば上がるほど、若者が投票へ行けば行くほど、現政権与党がますます大勝するのが現実かもしれない。あるべき論にしがみつかずに、現実をリアルに捉えること、その重要性を浮かび上がらせてくれた作品だ。
この現実から、絶望するのか、希望を見出すのかも、観た人に任される。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年9月25日号
2023年09月10日
【映画の鏡】次世代の文化として捉え直す『絶唱浪曲ストーリー』密着映像からほとばしる現代的魅力=鈴木賀津彦
Passo Passo+Atiqa Kawakami
浪曲を聴いたことのない若い世代も、この映画で初めて浪曲に出会うと、新鮮な「現代的魅力」を感じて、とりこになるのではないだろうか。映画を起爆剤に新たな浪曲ファンが増え、新しいブームが巻き起こってほしいと期待し、妄想が膨らんでくる。
私が観に行った8月5日の横浜シネマリンでの上映初日、川上アチカ監督の舞台挨拶もあり、客席は満席に近い入りだが、観客は浪曲をよく知る年配者が多かった。さて、大勢の若者にもっと見てもらうにはどうすればいいだろう、そんなことを考えてしまった。
次世代に見てほしいと思った理由は、浪曲の「現代的な魅力」が分かりやすく盛り込まれているからだ。もちろん迫力のある口演のシーンも魅力的なのだが、浪曲界の日常の人と人との関係、日常の生活が見事にとらえられているのだ。
「伝説の芸豪・港家小柳に惚れ込み弟子入りした港家小そめが、晴れて名披露目興業の日を迎えるまでの物語」を追ったドキュメンタリーだが、小柳師匠に弟子入りした思いを小そめが語る場面で、こんな言葉をつぶやく。
「今ちょっと住みにくくて、今現在が。綺麗すぎるっていうか。きちんとし過ぎてるっていうか。息苦しいっていうか。だから余計、そういう昔ながらの人を見ると良いなって思うのかもしれない」。そう、今の社会が失ってしまったものが、浪曲に生きる人たちの日常には脈々と生きている。
川上監督が同様に小柳の魅力に引き込まれたのも、同じ思い。日常生活に密着した映像からほとばしるメッセージを、次の世代に受け止めてもらいたい。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年8月25日号
浪曲を聴いたことのない若い世代も、この映画で初めて浪曲に出会うと、新鮮な「現代的魅力」を感じて、とりこになるのではないだろうか。映画を起爆剤に新たな浪曲ファンが増え、新しいブームが巻き起こってほしいと期待し、妄想が膨らんでくる。
私が観に行った8月5日の横浜シネマリンでの上映初日、川上アチカ監督の舞台挨拶もあり、客席は満席に近い入りだが、観客は浪曲をよく知る年配者が多かった。さて、大勢の若者にもっと見てもらうにはどうすればいいだろう、そんなことを考えてしまった。
次世代に見てほしいと思った理由は、浪曲の「現代的な魅力」が分かりやすく盛り込まれているからだ。もちろん迫力のある口演のシーンも魅力的なのだが、浪曲界の日常の人と人との関係、日常の生活が見事にとらえられているのだ。
「伝説の芸豪・港家小柳に惚れ込み弟子入りした港家小そめが、晴れて名披露目興業の日を迎えるまでの物語」を追ったドキュメンタリーだが、小柳師匠に弟子入りした思いを小そめが語る場面で、こんな言葉をつぶやく。
「今ちょっと住みにくくて、今現在が。綺麗すぎるっていうか。きちんとし過ぎてるっていうか。息苦しいっていうか。だから余計、そういう昔ながらの人を見ると良いなって思うのかもしれない」。そう、今の社会が失ってしまったものが、浪曲に生きる人たちの日常には脈々と生きている。
川上監督が同様に小柳の魅力に引き込まれたのも、同じ思い。日常生活に密着した映像からほとばしるメッセージを、次の世代に受け止めてもらいたい。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年8月25日号
2023年08月17日
【映画の鏡】50歳の誕生日に全4作品の上映会 『奈緒ちゃん』シリーズ 第5弾を製作中 来春公開へ=鈴木賀津彦
7月14日、横浜市泉区に住む西村奈緒さんが50歳の誕生日を元気に迎えた。奈緒さんは重度のてんかんと知的障害があり、幼児期には医師から「長くは生きられない」と言われ、育ってきた。
叔父の伊勢真一監督(74)は、奈緒さんの成長と家族との日常生活を記録に残したいと、8歳の時から撮り続け、成人式までの映像をドキュメンタリー映画にした『奈緒ちゃん』(1995公開)など4作を製作してきた。
2002年には奈緒さんの母、西村信子さん(80)が中心になって設立した地域作業所にスポットを当てた2作目の『ぴぐれっと』を、06年には『ありがとう―「奈緒ちゃん」自立への25年―』を公開。相模原市内の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で多数の入所者が殺害された事件の翌年の17年には、伊勢監督が事件に対峙するメッセージとして、4作目となる『やさしくなあに〜奈緒ちゃんと家族の35年〜』を公開した。
「ヒューマンドキュメンタリー」と呼ばれる分野で多くの作品を手掛けてきた伊勢監督にとっても「映画生活50年」の節目でもある。新たに『奈緒ちゃん』シリーズ第5弾として『大好き〜奈緒ちゃんとお母さんの50年〜』を来年の春の公開に向けて製作中だ。「50年間に及ぶ『いのち』の記憶をまとめようと思った」という。
奈緒さんの地元の泉区民文化センターで、誕生日に合わせ全4作品の特集上映会が開かれた。上映の幕間には監督らの舞台トークも行われ、夕方のトークには奈緒さんも登壇、会場が一体になって祝福した。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年7月25日号
2023年07月04日
【映画の鏡】ウクライナ戦争の源流『世界が引き裂かれる時』観客の想像力に委ねた戦闘描写=伊東良平
ウクライナの戦場の映画であるが、今行われているウクライナ戦争ではない。2014年にドネツクとルハンシクの東部2州で親ロシア派が離脱宣言を行い、ウクライナ政府と内戦状態になる。
クリミア併合とともに今回のロシア侵攻に繋がった源流だ。14年そのドネツク州のロシアとの国境近い村がこの物語の舞台である。妊娠中の妻と夫が暮らす家が親ロシア勢力の誤爆によって大きな穴が開いてしまう。分離派の優勢な地区で反ロシア派との対立は激しさを増していき、新しい命の誕生を待つ夫婦の生活はその中で巻き込まれて破局へと向かう。
この映画は内容から映画会社からの協力を断られ、スタッフなどがお金を出し合って撮影を開始、撮影は2020年からドネツクと地形が似ている南部のオデッサ地方で行われた。メディア特にテレビではウクライナ報道が盛んに行われているがそのほとんどは作戦や戦略であったり、どこを制圧してどう攻勢をかけるかなどが中心で、そこで戦っている人間がどういう状態か、どれだけ犠牲になっているかはあまり伝えられない。そこにいるのはまぎれもない生身の人間であり、そうした人たちがいて戦いがあるのだ。
戦争がどれだけ多くの普通の市民に大きな影響を与えて犠牲を強いるか。この映画はそのことを教えてくれる。ウクライナの女性監督エル・ゴルバチはあえて戦闘シーンを描かずに、起こっている暴力的な行為を観客の想像力に委ねた。そのことが戦闘に翻弄される人間の姿をクローズアップさせている。
侵攻直前の22年1月に第38回サンダンス映画祭の監督賞を受賞。シアター・イメージフォーラムほかで全国順次公開 。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年6月25日号