2026年02月02日

【パグウォッシュ会議】世界大会が広島宣言 人間性を心にとどめているか 9条に言及 対話を強調=金崎由美(中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター長)

  核兵器廃絶を目指す科学者たちの国際組織「パグウォッシュ会議」の世界大会が11月1〜5日、広島市内であった。39カ国・地域の科学者や医師、人文・社会科学の研究者と元政府高官ら約190人が被爆地に集い、「対立の激化、外交の弱体化、核兵器使用を抑制してきた規範の崩壊」に警鐘を鳴らすとともに「対立を超えた対話」を求める「広島宣言」を最終日に採択した。

 パグウォッシュ会議は、米ソに核軍縮交渉などへの貢献が評価され1995年にノーベル平和賞を受けた。今大会では日本被団協、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)、の受賞計4団体の代表がそろい、核兵器廃絶への緊急的な取り組みを訴えた。

 中東からの参加が目立ち、特にパレスチナ自治区ガザの惨状への怒りが色濃く表れた。イラク・フセイン政権下で核開発協力に反対し、アブグレイブ刑務所で10年余の投獄に耐えた核化学者アルシャハリスタニ氏が会長に就任したこともあるのだろう。
 5日間の公式、非公式討論を経ての広島宣言は、核抑止依存で真の平和を築くことはできないと強調。「広島と長崎への原爆投下は…未来に続く人類の良心と道徳の破壊を象徴する」と訴えた。憲法9条を「良心の不滅の灯台」としたのは、パグウォッシュ会議の鈴木達治郎執行委員長ら日本側関係者の一致した思いである。

 一方、議論の的となった非人道状況の明記や加害国の名指しはなかった。原爆資料館の見学や被爆者との出会いを通じて参加者が何を得たのかも記してほしかった。
 とはいえ、「対立を超えた対話」への努力は正当に評価すべきだ。イスラエルのオルメルト元首相とパレスチナ自治政府のアルキドワ元外相、ウクライナ元外相とロシアからの研究者がそれぞれ壇上で席を並べた。パレスチナ人参加者がオルメルト氏を糾弾する場面でも、発言が遮られることはなかった。開幕前日、中国新聞の取材にアルシャハリスタニ会長は、イスラエルによるジェノサイドとオルメルト氏の大会参加に抗議する市民団体からの質問状に自ら言及し「真摯に受け止めている」と語っていた。

 パグウォッシュ会議設立の精神は、55年のラッセル・アインシュタイン宣言にある「人間性を心にとどめよ、そして他のすべてを忘れよ」だ。被爆地で非戦・非核を誓った参加者の行動を願うだけでなく、私たちもあらゆる非人道的な状況について人間性を心にとどめているかを自問する機会としたい。 
       JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年12月25日号 
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2025年12月08日

【JCJ広島 2025不戦のつどい】今、目の前で進む対中国戦争の現実・・・石井 暁さん(共同通信社編集委員・立命館大学客員教授)が12月13日(土)午後1時30分から4時30分講演

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●スクープ「台湾有事で核シナリオ」
この夏、驚愕の事実が明らかになった。日米両政府が有事を想定した机上演習を複数回実施。米軍が核兵器を使用するシナリオを議論していた。昨年、自衛隊と米軍が実施した「台湾有事」想定の机上演習では、中国に対し「核の脅し」をかけるよう自衛隊が再三求め、米側は最終的に同意したというのだ(7月27、28日付中国新聞)。
記事を書いた共同通信の石井暁編集委員が広島にやってきます。
今回、石井記者には、日米一体の軍事作戦の内実を明らかにしながら、その事実を国民に知らせるための記者活動をどう展開してきたのかなどを語ってもらいます。岩国や呉で起きていることなど、会場からの質問にも応じていただく予定です。ぜひ、ご参加ください。
■会場
 広島弁護士会館3階ホール(広島市中区上八丁堀2–73)
■資料代
 500円(学生・障がい者無料)

■基調講演
 石井暁(いしい・ぎょう)氏(共同通信社編集委員・立命館大学客員教授)

1961年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。1985年共同通信社入社。1994年から防衛庁、防衛省を30年以上担当。
著書に『自衛隊の闇組織―秘密情報部隊「別班」の正体』(講談社現代新書)=TBS日曜劇場「VIVANT」参考文献、『防衛省追及』(地平社)、月刊誌『世界』(岩波書店)への寄稿など多数。「モーニングショー」(テレビ朝日)、「報道1930」(BS-TBS)、「サンデーモーニング」(TBS)などに出演。映画「シン・ゴジラ」に取材協力。辺野古密約報道等で「むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞大賞」「メディア・アンビシャス大賞」「ジャーナリズムZ賞」を受賞。

■配信について
 ライブ配信はありません。
 録画配信希望者は下記アドレスまでご連絡ください。 → 2021hirokenpou@gmail.com
■主催
 日本ジャーナリスト会議(JCJ)広島支部(中区十日市町1–5‑5 坪池ビル2F TEL:90–4650-1208 難波)
■協賛
 広島憲法会議、広島県文化団体連絡会議、広島県労働者学習協議会、広島マスコミ九条の会、中国新聞労働組合、中国放送労働組合
■主催:日本ジャーナリスト会議広島支部
https://jcj.gr.jp/tag/広島/ 日本ジャーナリスト会議 広島
https://note.com/jcj_hiroshima/ 広島ジャーナリスト通信
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2025年10月22日

【支部リポート】広島 戦争に抗う力 今こそ 12月に「不戦のつどい」=難波 健治 

 私たちは毎年、「9月2日」をめどに、「不戦のつどい」を開いてきた。今では、「戦争のために、ペンとカメラ、マイクを握らない」との誓いを、市民とともに確認し合う恒例行事となっている。
 9月2日は、1945年、東京湾に停泊した米戦艦ミズーリ号の甲板上で、大日本帝国が連合国との間でアジア太平洋戦争の降伏文書に調印した日だ。日本では、その半月前の8月15日、天皇の玉音放送によって日本は「終戦」を迎えたとする見方が一般的だが、大日本帝国の無条件降伏とポツダム宣言の受諾は、この9月2日の調印をもって正式に確定したのだ。

 支部が作成した略年表によると、最初の「つどい」は67年の支部結成の3年後、70年の8月15日に「不戦の夕べ」として催された。この「夕べ」は84年まで15回続いた。だが、活動の停滞で85年から4年間休止を余儀なくされた後、89年に再開した。
 翌、90年の第17回からは開催日を「9月2日」とし、名称も「不戦のつどい」にあらためた。以後、再び回を重ね昨年、第51回目の開催を数えることができた。

 今年、52回目の「不戦のつどい」は開催日を大きくずらし、「12月8日」前後の開催に向けて準備を進めている。この夏、被爆80年の「8・6」の関連で、さまざまな取り組みが続き、変更した。
12月8日は1941年、太平洋戦争が勃発した日である。日本軍がマレー作戦と真珠湾攻撃を開始し、すでに進行中の日中戦争に続き、日本は連合国との全面戦争に突入した。

 残された資料をみると、これまでの「つどい」は(「夕べ」の時代を含め)在広の文化人や活動家のみならず、中央や県外からも著名なジャーナリストや識者らを招き、その時々の情勢を見極めながら「いまジャーナリズムにはどのような報道が求められているのか」を模索し続けてきた。

 こうした営みが、実際の報道活動にどこまで活かされてきたのか。この半世紀の大半を報道現場で過ごした当事者としては赤面するしかないが、私たちは今、こうした活動の積み重ねを「今こそ、どう戦争に抗う力にしていくのか」が問われる局面に立っている。
 今年の「つどい」の内容は決まり次第、全国のみなさんにお知らせする。昨年の「被爆地で何が起きているのか」には、全国からオンラインで参加いただいた。今年も私たちは、そうした取り組みを目指す。 
      JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年9月25日号
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2025年10月01日

【被爆・戦後80年】広島・長崎平和式典=難波 健治(広島支部)・編集部

  広島、長崎は今年も米国の原爆投下から80回目の「原爆の日」を迎えた。6日営まれた広島の平和記念式典(原爆死没者慰霊式・平和祈念式)には被爆者や遺族のほか、過去最多となる120カ国・地域の大使らが参列し原爆犠牲者を追悼。松井一実広島市長は平和宣言で、ロシアのウクライナ侵攻や混迷する中東情勢に世界中で軍備増強が加速し、核兵器保有肯定論が強まる現実に懸念を表明。「核廃絶を市民社会の総意に」と訴え、政府に来年の核兵器禁止条約第1回再検討会議へのオブザーバー参加を要請した。また、9日営まれた長崎の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典には被爆者や遺族のほか、94カ国・地域とEU(欧州連合)の代表らが参列して原爆犠牲者を追悼。鈴木史朗長崎市長は長崎平和宣言で、激化する世界各地の紛争で「核戦争」の危機が差し迫っている。「武力には武力の争いを今すぐやめて」と求め、「長崎を最後の被爆地にするため、核兵器廃絶と世界の恒久平和実現に力を尽くす」と決意表明。各国の指導者に対話と交流による連帯と「核廃絶実現の具体的道筋を示せ」と迫った。一方、石破首相は、広島、長崎の式典で非核三原則の堅持を表明したが、核兵器禁止条約には言及しなかった。

            怒りの広島どこに‥‥
核兵器廃絶を願う被爆地広島は、被爆80年の原爆の日を「逆流」の中で迎えた。

入場規制今年も
 
 広島市は平和式典当日、平和公園全域にわたる入場規制を今年も強行した。私たちは、式典会場は公園南半分のごく一部のエリア。それを、原爆ドーム前を含む公園全域を封鎖して挙行するのはおかしいと撤回を求めてきた。広島弁護士会も昨年、会長声明で「規制は人権侵害。憲法違反にほかならない」と厳しく断じた。
私たちは、市民の中には原爆犠牲者を弔う式典の前後くらい、公園内を静粛に保つべきだ、という意見があることは知っている。だが、式典を名分とした平和公園の規制は、戦争する国づくりの動きと連動している。それは、原爆投下時刻(8時15分)に核廃絶の願いを発信し続けてきた市民の表現や言論の自由を損なうのだ。

政府の裏の顔

 地元紙中国新聞は 日米両政府の定例協議の場で「核使用」が議論され、自衛隊が米軍に、有事の際は中国に「核の脅し」で対抗するよう再三求めていたとの共同通信配信記事を7月27、28日の両日、1面トップで連日報じた。唯一の戦争被爆国を自認し、ことあるごとに「核兵器の廃絶」を口にしてきた日本政府の「裏の顔」が明らかになった。
 トランプ米大統領は6月、米軍のイラン核施設攻撃後のイスラエルとイランの停戦合意を受け、「攻撃が戦争を終結させた。広島、長崎と同じだ」と発言。広島・長崎への原爆投下を謝罪するどころか、正当化した。

「核保有」議員急増
 
 一方、日本では、今回の参院選で「核武装が最も安上がり」と主張した東京選挙区の当選議員が所属する参政党が大きく伸びた。
毎日新聞は、参院選の全候補者を対象に行ったアンケートを基に、当選者125人の「核保有」への意識を分析した。その結果、「日本は核保有すべき」と主張する議員が8人を数えた。8人の内訳は、6人が参政党、自民党と日本保守党が各1人だった。同紙によると、「核保有すべき」と回答者した当選者は、近年の国政選挙ではゼロか1人。今回の参院選は急増した。

8月6日の公園で

 だが、今年の8月6日、平和公園内では、規制に抗い、逆流を押し戻す可能性をはらんだ市民らの平和を願う行動が会場のあちこちで繰り広げられていた。
私たちが平和公園で目の当たりにしたのは、ガザの即時停戦を求め、核戦争の危機を回避するには核兵器をゼロにするしかないと、真剣に戦争反対を訴える市民たちの姿だった。

市民の行動黙認

 今年の平和公園では、私たちの想定を超える様々な動きが起きていた。手荷物検査では「持ち込み禁止」とされていたプラカードや幟、横断幕などが、事実上黙認されていた。
「核兵器廃絶」「核禁条約に日本は参加せよ」などと書いたボードを掲げた園内でのアピール行動も咎められなかった。
松井一実広島市長が式典で平和宣言を読み上げ、石破茂首相のあいさつなど、式典行事が式次第の通り、粛々と続く傍らでは、公園のあちこちで多くの市民たちが平和を願い、核廃絶を訴える呼びかけやアピールを様々に展開し続けていた。
1面・IMG_2846・広島PA広島市民のアピール.JPG

夕方の独自集会

 式典後の夕方、原爆ドーム前には約150人の市民が集まり、午後5時に緊急市民集会「私たちの知らないところで勝手に核戦争の準備を進めるな!」が始まった=写真上=。対岸の元安川の石積みの川岸壁には「FREE GAZA!NO MORE GENOCIDE」の20bを超す巨大な横断幕も登場=写真下=。市民のパワーと平和への思いの強さを実感した。
3IMG_2845・広島P@フリーガザ川岸の横断幕.JPG


             祈りの長崎は攻めた
 一方、長崎の鈴木史朗市長は「長崎を最後の被爆地とするため核兵器廃絶と世界の恒久平和実 現に力を尽くす」と力強く表明。「祈りから攻め」へと転じた。
 平和宣言で、紛争当事国には即時停戦を呼びかけ、核戦争突入への危機感を強く訴えた。式典参加の各国代表を前に、具体的な名指しは避けながらも「武力には武力」は今すぐやめて下さいと呼びかけ、「このままでは核戦争に突き進んでしまう。人類存亡の危機が、地球で暮らす私たち一人ひとりに差し迫っているのです」とも訴えた。
鈴木市長は6月、米軍イラン核施設攻撃に強い衝撃を受けたという。
       JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年8月25日号
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2025年09月29日

【被爆・戦後80年】ヒロシマが再び「軍都」に? 高校生交え議論 7・5トークセッション=井上 俊逸(広島支部)

 「ヒロシマが再び『軍都』になるの?」――被爆と戦後80年の節目≠迎えた広島のありようを問うトークセッション「高校生たちと共に考える私たちの未来」が7月5日開かれ、約230人が議論に耳を傾けた。主催は地元と日本パグウオッシュ会議、日本ペンクラブ。別会場の「新聞や原爆の絵展示」などには高校生が協力した。

 セッションの第一部は金平茂紀氏(ジャーナリスト・日本ペンクラブ言論表現委員長)、半田滋氏(防衛ジャーナリスト)、鈴木達治郎氏(パグウオッシュ会議執行委員長・長崎大客員教授)、新田秀樹氏(ピースリンク広島・呉・岩国世話人)、平岡敬氏(元広島市長)が意見を交わし合った。
 金平氏は議論の冒頭、「トランプ大統領は『広島、長崎への原爆投下が戦争を終結させた』と6月22日のイラン核施設攻撃を正当化した」。だが、「広島市長の反応は鈍かった」と問題提起。半田氏は「広島、長崎への原爆投下の必要などなかった。米の原爆投下はソ連に脅威を見せつけ優位に立つため」。平岡氏も「人体実験の意味も」と、投下の不当を指摘した。

 新田氏は「大量破壊や虐殺の正当化は許されない。松井一実・広島市長の態度や行政の対応にも憤りを禁じ得ない」。鈴木氏は「イスラエルと米のイラン爆撃は国連憲章違反。問題は日本政府の二重基準対応。イスラエルには『極めて遺憾』(外務大臣談話)、米には『イランの核兵器保有阻止の決意と承知している』とした」と語気を強めた。

 呉市の日鉄跡地を巡る防衛省の海自基地「多機能複合防衛拠点」化計画の議論で、半田氏は「戦時の最初の攻撃対象は出撃拠点基地。これが世界の常識だ。基地で抑止力が高まるなどありえない」と説き、新田氏も「原爆投下や大空襲は基地や軍需工場で繁栄した広島の歴史の中であった。巨大化した呉基地は戦争に不可欠な存在になる」と危機感を露わにした。

 続く第二部「いま、ヒロシマで起きていること」は、小山美砂氏(ジャーナリスト・元毎日新聞記者)、岸直人氏(教科書ネット)、難波健治氏(JCJ)、久野成章氏(8・6ヒロシマ平和へのつどい実行委)と平岡氏、崇徳高校新聞部員3人も加わり語り合った。

 岸氏らは、@広島市平和学習教材からの「はだしのゲン」、「第五福竜丸」の記述削除A平和公園と米パールハーバーとの姉妹公園協定締結B同公園の「8・6入場規制」など、多くの問題を過去の経緯も含め説明した。
 岸氏は「教育が核廃絶から核抑止へ、米の原爆投下責任や戦争の原因を考えない方向へと変わった。日米双方が過去を不問にし、核兵器とその使用を『広島市民が認めた』形にするのが狙い」と指摘。難波氏は「平和公園入場規制は市民の思いや表現の制限と介入だ。平和へのメッセージ発信を市長の『平和宣言』だけにするのか」と問うた。

 平岡氏は「広島市政変質の転機はオバマ大統領来広とG7サミット」。広島は「米の『原爆投下は正しかった』を絶対に認めてはいけない」。「広島の役割は『不当で間違った行為』と指摘し続けることだ」と強調した。
小山氏は「核廃絶、反戦・平和の訴えに加え、権利の制限、逆行する流れに抗うことが真の平和づくりにつながるのでは」と締めくくった。
       JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年8月25日号
 
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2025年09月24日

【被爆・戦後80年】8・6ヒロシマドキュメント=広島支部8・6取材班

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           原爆ドーム前でアピールするJCJメンバーたち
 広島「平和記念式典」は8月6日、平和公園の各入場口に通じる道路で警察が厳戒態勢を敷き、市が昨年に続き「公園全域入場規制」を強行する中で行われた。JCJ広島支部は今年も「8・6取材班」を編成。式典当日の「会場」内外を取材した。平和公園に持ち物検査を受けて入場し、核兵器廃絶などを訴えるボードを掲げる初めてのアピールにも取り組んだ。

 午前7時30分、支部メンバーと市民計10人は、歩道を占拠する集団や大音量が響く原爆ドーム周辺の集会をよそに、警察官や警備員が多数配置された平和公園北側の原爆ドーム前と式典会場がある南側の原爆資料館前入場ゲートに並んだ。原爆資料館周辺は今年、首相らVIPの入場経路や会場近くの緑地まで完全に規制されていた。
     
 原爆ドーム前入場ゲートのテント内ではペットボトル飲料を「その場で一口飲むよう」求められ、ザックなど「荷物を置いて開くよう」指示された。JCJメンバーの一人がここで「NO WAR 核抑止×」と書かれた紙を取り出した。
 警備員が市職員を呼び、職員3人がマニュアルらしきファイルを見ながら「公園内で主張を掲げると衝突が起きる可能性がある。持ち込みを控えてほしい」と警告。メンバーが「平和を願う主張をなぜ掲げてはいけないのか」と質すと、職員は「持ち込み自体は問題ない。掲げた場合は職員や警察官がお声がけすることも…」と軟化した。
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           警察車両や消防団車両も並ぶ平和公園
 他の参加者は荷物を開けただけで中身の確認もなく通過できた。全員が青いリストバンドを着用させられ入場が許可された。
午前8時15分、私たちは原爆投下時刻に合わせ、黙って静かにボードや紙を掲げた。周囲でも同様の行動をとる市民の姿が見られたが、警察からの注意はなかった。
 原爆ドーム前では2人の女性が、「子どもたちの命を奪うことは戦争犯罪GAZA」と日英で書かれた横断幕を掲げた。「昨年は公園外で掲げたが、今年は持ち込んでも何も言われなかった」と話した。近くでは、原爆の日を想起させるダイインに取り組む子どもたちの姿もあった。
また、JCJメンバーは式典会場近くの大型モニター前でも「日本政府は核兵器禁止条約を批准せよ」「核兵器をなくそう」と書かれた紙を掲げたが、注意はなかった。
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            原爆ドーム前でダイインする子供たち
 原爆ドーム前で午前9時開始を目指して準備を進めていた「世界各国の平和を祈る集会」は、ずっと8時15分開始だったが、昨年、入場規制されて9時開始に変更したという。
 広島市はホームページに「平和公園(式典会場)において午前5時〜9時までの禁止事項」として、「危険物、大きな音を発するもの、プラカード・ビラ・のぼり・横断幕など式典運営に支障を来す物の持ち込み」、「ゼッケン・タスキ・ヘルメット・鉢巻等の着用」を明記している。
 一方、広島大名誉教授の田村和之氏は「持ち物検査自体が違法」として公園に入らなかった。「平和公園は都市公園で、誰でも自由に入れるはずだ」と、市公園条例を根拠に「(公園の)施設管理権」を持ち出した松井一実市長の「公園全域入場規制」を批判した。

 もともと原爆ドーム周辺は、式典に合わせ市民が平和や核廃絶を思い思いに訴える場であり、規制などなかった。だが、「市民の表現活動への過度の規制であり憲法違反」という広島弁護士会はじめ多くの市民の声を無視して、松井市政はドーム前周辺での中核派などによる「衝突事案」を理由に入場規制を強行した。

 取材班は「アピールボード持ち込み」ができた理由を市に質した。中村伸司市民活動推進課長は「規制の運用基準は変えていない」「職員が、申し出者は『式典運営の支障をきたす言動はしない』『説得は参列者の混雑を招く』と判断し、『お声がけの注意』で入場許可したと推察する」とした。
 だが田村氏は「それは市民の選別、区別だ。平和公園を“聖域”化し、市が管理できる行事しか認めないことを固定化する方針がうかがえる」と重ねて懸念を指摘した。
 世界では核兵器使用の危険が高まる。被爆地広島市政が核廃絶を願う市民の行動を抑制するのはおかしくなかろうか。  
     JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年8月25日号
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2025年08月24日

【オピニオン】被爆80年の「今」とあるべき姿 「ヒロシマの思想」かたちあるものに=難波健治(広島支部)

 被爆80年を迎えた被爆地ヒロシマの「いま」と、そのあるべき姿とは?「平和記念式典」を前に、改めて平岡敬・元広島市長(1991〜99年)の問題提起をもとに考えてみたい。

 15年前の2010年、元広島市長・平岡敬さんへのインタビューで構成した「平岡敬とヒロシマの思想」が、広島在住のウエブジャーナリスト哲野イサクさんのサイト『哲野イサクの地方見聞録』に掲載された。
 市長在任中に被爆50年の節目を迎えた平岡さんは、著書『希望のヒロシマ』(岩波新書1996年)で、「『被爆50周年』は、広島にさまざまな問題を突きつけた」。「最も大きな問題は、この五十年間、世界の核状況は悪化の一途をたどったということである」と指摘。

 広島は、被爆後、原爆被害の悲惨な実相、核戦争は人類の破滅につながることを訴え続けてきた。それにもかかわらず、核兵器の開発は進み、核保有国も増え続けた。
「広島の願いはなぜ届かなかったのかということを、方法論を含めて真剣に検討しなければならない」。
「広島はどのような平和思想を構築してきたのか」。「原爆犠牲者の無念の思いを私たちは本当に受け止めてきたのか」と問いかけ、私たちに、「出発点に返って考えてみる」ことを投げかけた。

 これは、当時現職の広島市長だった先輩ジャーナリストの30年前の問いかけだ。だが、この問題提起は核兵器禁止条約の成立・発効の一方、当時よりむしろ深刻な核戦争の危機が私たちの目の前に立ち現れている被爆80年の現在にそのまま当てはまる。

 被爆80年のいま、この危機を乗り越え、一歩でも核兵器廃絶に近づくために、私たちは、どのような「思想」を身につける必要があるのか。
ウェブサイトの15章にも及ぶインタビュー構成「平岡敬とヒロシマの思想」で、平岡さんは次のように問いかける(要約・文責は筆者)。

◇核兵器を廃絶したら平和がくるわけではない。この認識をヒロシマはどれだけ持っているか。ヒロシマは、核兵器をなくせばすべてが解決するがごとく、言い続けてきた。しかし、核兵器廃絶は、平和への一過程にすぎない。廃絶した先にどんな社会を考えるのか。それを含めて示して初めてヒロシマの思想だ。
◇被爆者についてマスコミが虚像をつくった。被爆者を聖域化してしまった。被爆者が言うことは正しい、そんな批判を許さない雰囲気がヒロシマにある。しかし、被爆者だって間違ったことを言う。間違った運動もする。聖域化から、(健全な)思想と運動は生まれない。
◇ヒロシマは無念の死を遂げた死者の悔しい思いを受け止めなくてはいけない。生者の論理で語り、運動を進めていないか。アメリカは「原爆投下は正しかった」と言っている。「間違っていた」と言わせる。日本も戦争犯罪をやった。きちんと謝る。第一歩は謝ることだ。広島・長崎への原爆投下が正しかったら、核兵器をどこで使っても、ヒロシマは文句を言えない。
◇8月6日に広島市長が発する「平和宣言」で、アメリカはけしからんと言ったことはまだない。一方、戦後の空気の中で育ってきた人たちは、日米安保体制はあたりまえだと思っている。だから岩国も、沖縄も目に入らない。核兵器廃絶と在日米軍基地は表裏一体。ここに目をむけたとき、問題の本質が見えてくる。
    ◇
 平岡さんの問題提起はまだまだ続く。
97歳の今も、あちこちから招かれ発言を続けている。私たちは、先輩ジャーナリストの平岡さんの視点を受け継ぎ、「ヒロシマの思想」をかたちあるものにしなければならない。
         JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年7月25日号
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2025年07月14日

【JJC広島】8・6式典 「平和公園」規制の愚 市民の表現活動を規制するな 「平和宣言」に市民の意思反映を=難波 健治

 戦争の暗雲が世界を覆い始めた。その雲の背後には核兵器の姿が見え隠れする。これが戦後80年の現実である。「被爆復興80年」を掲げた被爆地・広島も例外ではない。被爆地の行政が、率先して戦争への道づくりを先導し、「平和都市」の内実を掘り崩す。この間、広島で続いた「平和」の変質は目と耳を疑うばかりだ。それに抗い、修正して「平和」に繋がる軌道に立ち戻るにはどうするか。その力の源をどこに求めれば良いのだろうか。

市民を締め出す
 5月23日、広島市は今年8月6日の平和記念式典の開催要項を発表。今年も、昨年から始めた当日の「平和公園入場規制」実施を打ち出した。
 式典開催の前後4時間にわたる公園の全面封鎖、禁止行為の排除・チェックを名目とした手荷物検査など、規制がもたらす孕む問題点を改めて、新たな視点から指摘する。
 広島「平和宣言」は、米軍が原爆を投下した8月6日8時15分、その瞬間に、被爆地広島のシンボル「平和公園」から世界に向けて発信される。
 9か国語に翻訳され、世界の大きな注目と関心を呼ぶ「平和宣言」の発信は広島市長が担う。しかし、それは誰のものなのか。現状は、広島市長の職にある一政治家の個人的な「宣言」と化してはいないか。私たちは懸念している。


長崎市は開放的
 私たちは広島「平和宣言」は市民の意思の発信であり、市長はその公的発信者と考える。もちろん市長は選挙で選ばれた市民の代表だ。その市長が公的な式典で発する宣言は「広島市民の『平和宣言』だ」との見方は承知している。だとすればなおのこと、「平和宣言」には、広島市民の意思が可能な限り反映されることが求められる。
 だが、毎年「平和宣言に関する懇談会」が設置され、座長である市長が7人から意見を聴取するとなっているが、7人の選任過程も懇談会も非公開。どんな意見が出たか、誰がどんな意見を述べたかも不明、そこで出た意見が宣言に反映されたのかどうかも知らされない。あまりにも閉鎖的だ。

 それは、長崎市の宣言づくりと比べれば、よりはっきりする。
長崎の「平和宣言」は、15人からなる「宣言文起草委員会」での公開討論を経て起草される。
 会議は取材陣に公開されるだけでなく一般市民にも公開され、議論のポイントもそのつど報道される。「宣言文」にどんな意見がどのように取り入れられたのかが市民にわかるのだ。
 広島、長崎2つの平和宣言のレベルは、推して知るべしだろう。


行政はおかしい
 唐突に始まった入場規制の結果、昨年は原爆ドーム前広場で8時15分きっかりに、米国の原爆投下に抗議し、核兵器の廃絶を求める市民の「ダイ・イン」行動が公園から締め出された
昨年、原爆ドーム付近で8時15分に、核兵器禁止条約への日本政府の参加を求め、ウクライナとガザでの戦闘・住民虐殺を一刻も早く停止することを求める市民の集いを開こうとしたJCJ広島支部メンバーの「表現の自由を守るヒロシマの会」も公園の使用を不許可とされた。今年も公園使用を申請したが、市の「平和式典の概要発表」と同じ日付で、使用不許可の通知が届いた。

 平和記念式典の実施エリアは、平和公園内のごく一部だ。市が公園全域を独占使用する理由は、どこにも見当たらない。これでは市が市に使用許可を申請し、それを許可することで、市民の自由な意思表示を封殺する茶番ではないか。市民の表現活動が制限されているのだ。
そもそも平和公園は、市民の誰もが自由に出入りし、憩うための「都市公園」だ。さらに「国際平和文化都市」の象徴として国内外から多くの人が訪れる。

 爆心地にある公園は園内に原爆犠牲者を悼む多くの碑、平和を祈念する塔などが立ち並ぶ。世界遺産の原爆ドームはそのシンボルで、「8時15分」に、世界にヒロシマの声を発するには最もふさわしい場所だ。
 式典会場から遠く川を隔て、式典運営に何の影響も与えないこの場所での、市民の表現活動をなぜ認めないのか。
 広島で起きているのは紛れもない表現・言論・集会の自由などの人権抑圧だ。私たちには、この80年のヒロシマの歩みを振り返り、その原点ともいうべき思想をつかみ直して今に生かし、立ち向かうことが必要なのではなかろうか。

       JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年6月25日号
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2025年01月11日

【能登半島地震】1年たっても遅れる復旧・復興 被災住民の思いと齟齬が=須藤 春夫

4面能登報告顔写真(須藤春夫).jpg

 今年元日の能登半島地震から間もなく約1年となる。マスメディア各社が地震半年後に実施した被災住民へのアンケートでは、7割を超える人が「能登に帰りたい、今後も能登で暮らし続けたい」という強い思いを示している。だが、9月には被災地を集中豪雨が襲い、復旧への足かせが重なった。24年12月6日現在、輪島市、珠洲市の1次避難所には40人、金沢市内の旅館・ホテルの2次避難所には24人と、未だに帰れない人たちが取り残されている。

 県や市町は「創造的復興」を掲げるが、被災家屋の公費解体・修理、損壊した道路、港湾施設、耕作地など、復興の前提となる復旧が遅れている。
 再建に見切りをつけ故郷を離れる被災住民が増えており、24年11月現在、輪島市、珠洲市など奥能登4市町の人口は、地震が起きた元日と比べて7・5%、約4千人も減少した。とくに子育て世代は、新たな教育環境や生業を求めて移転を余儀なくされている。まずは住まいと生業、医療と社会福祉施策の整備が急がれる。

 行政の「創造的復興」プランは「能登の将来」を目指したものとはいえ、被災住民の思いと齟齬をきたしている。インフラ整備は「集約化」が前提であり、市街地中心部に住宅団地を造り被災集落を集団移転させる計画だ。生活の利便性は得られても、元の集落の人間関係や祭りなどが維持できず、暮らしを支えるコミュニティが崩壊してしまう。「暮らし続ける」条件が失われるのは、20年前の中越地震で集団移転した、小千谷市十二平集落の事例からも明らかだ。

 一方、輪島市金蔵(かな・くら)集落はほぼ全世帯が現地の自主避難所に留まり、自分たちの手で田畑の復旧に取り組み、集落の再建を自主的に図る話し合いをもち、復興に必要な事項を行政に要請する動きをしている。金蔵は震災前から「村おこし」に熱心に取り組み、住民参加によるコミュニティの維持にこだわってきた。他県への視察から地の利を活かす食文化の提供を創り上げ、過疎化を食い止める道筋が見えていた。この経験が災害に遭遇した際の地域の耐性をもたらし、復興の希望を支えている。

 メディアの復興に向けた報道は、被災した輪島塗や珠洲焼きの工房復活、店舗の再開、祭りの復活などを伝える表層的なものが目立つ。金蔵の事例が示す可視化しにくいコミュニティ維持への努力を発掘し、行政の復興施策に反映させる役割こそ大事だ。大災害を機に過疎地の地域住民を棄民化しかねない復興政策に歯止めをかけるためだ。
    JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年12月25日号
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2025年01月07日

【支部リポート】香川 福田村事件の公演 「しゃべってはならぬ」讃岐弁=今岡重夫

                
新さぬき弁殺人事件チラシ.jpg

 高松市の劇団「マグダレーナ」が10月27日に高松市内で福田村事件をテーマにした作品の3作目『』新さぬき弁殺人事件(福田村事件)』(作・演出大西恵)を上演した。

 前回06年の『祭り囃子が聞こえたら』は「仲間9人が自警団に殺された、あの事件さえなければ」、15人は行商を終えて讃岐に戻るはずだったと悲しむ。
 そして、今回は事件の後、生き残った6人にスポットを当てた。「この事件は決してしゃべってはならない」とチラシは皮肉に訴える。
 映画「福田村事件」公開の20年前に、第1回公演(01年)で「事件」を知った中越恵美は俳優50年のキャリアで、「差別される者は殺されていいのか」「この無念を伝えるために、生きて、讃岐に帰る」と天空をにらんだ。映画「福田村事件」では方言サポートで応援した。

 公演会場のロビーには劇団40周年の足跡を示すポスターが並んでいた。大西恵が新聞コラムの「さぬき弁がハングルに間違われて、殺された」を見つけて、演劇根性の灯がついた。
「関東大震災」から101年、ことしも関東各地で朝鮮人虐殺犠牲者の追悼式典が行われた。昨年は映画化されて香川県内でも公開されたが、「知らなかった」という声があった。
 公演は「福田村事件」をもっと知り、偏見、人権、差別に対して「はて?」(朝ドラ「虎に翼」)と深掘りすることを求めている。マグダレーナは菊池寛作の朝鮮人虐殺問題に触れる「震災余震」を2023年に公演している。

 阪神大震災後、神戸市内の民家から出たとされる「東都大震災過眼録」(絵巻物・国立歴史民俗博物館蔵)を描いた日本画家の萱原白洞は香川県綾川町の出身である。そして、この作品が1938年、3日間だけ高松市内で公開された記録がある。反響はわかっていない。
 そして、03年、真相解明に取り組んだ人たちの手で、千葉県の旧福田村、利根川のほとりの寺の境内に、「関東大震災福田村事件犠牲者追悼慰霊碑」が建てられた。碑面の裏には「幽魂の墓」とあるが、流言蜚語を信じた自警団に殺された経緯やその責任は書かれていない。碑面にはまだ余白があり、「未完の碑だ」ともいわれている。
      JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年12月25日号





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2024年11月13日

【JCJ広島のつどい】被爆地のあり方問い直す なぜ2発目投下? 実験的・政治的意図 高瀬毅氏講演 世界の核被害者に目を向け次世代へ=井上俊逸

 JCJ広島支部は9月15日、「2024不戦のつどい」を広島市中区の広島弁護士会館で開いた。今年で48回目を迎えたつどいのテーマとしたのは、8・6広島、8・9長崎の原子爆弾投下から79年になる「被爆地で何が起きているのか」。ジャーナリスト・ノンフィクション作家の高瀬毅さんの基調講演と長崎、広島からそれぞれの「平和行政」をめぐる問題点などの報告があり、オンライン参加を含めて約100人が耳を傾けた。

 開会冒頭、挨拶した支部の沢田正代表幹事は「再び戦争のためにペン、カメラ、マイクを取らないというJCJの誓いが改めて必要になっている。先の戦争で原爆という究極の惨禍を知る広島、長崎で今、何が起きているのか。この79年間、核兵器をなくすために続けてきた歩みを途絶えさせず、そして、世界から戦争を根絶するために私たちに何ができるかを考える場にしよう」と呼びかけた。

 続いて高瀬さんが「ヒロシマ・ナガサキを問いなおす〜被爆100年に向けて〜」と題して講演。「来年は被爆80年になるが、1年後では被爆地のありようにあまり変化はないだろう。もう少し遠くを見て、時間もかけて考え、被爆の伝え方、語り方、そして被爆地自体のあり方も変えていかないといけないのではないか」と、タイトルに込めた思いから切り出した。

 次に、長崎出身の被爆2世である自身は年を取るにつれ、長崎は広島と並ぶ被爆地でありながら同列ではないということを実感していると明かし、広島と長崎の違いに言及。原爆の投下は1発目が広島で、長崎は2発目。常に長崎は広島の後ろや陰にあって、広島に準ずる立ち位置で扱われてきた。時に「ナガサキ」は「ヒロシマ」に含まれて表現されることすらあり、元長崎大教授の高橋眞司さんが長崎を「劣等被爆都市」と呼んだことを「そう言われても仕方ない」と述懐した。

 そのうえで、2発目の原爆が長崎に落とされた意味を深く考えてみる必要があると指摘。広島への投下でその年末までに約14万人が亡くなった。原爆の威力は1発でもすさまじいのに、なぜ2発落とす必要があったのか。実験的と政治的という二つの意味があったのだろう。広島はウラニウム爆弾で、つくるまでは大変だが爆発させるのは簡単だったから、何の実験もなくぶっつけ本番で落とした。一方、長崎のはプルトニウム爆弾で、比較的簡単につくれる。爆発させるのは難しいが、破壊力はもっとすごい。加えて量産化しやすいのが最大のメリット。実戦で使用できることが確かめられれば、これで世界を牛耳れる。戦後の覇権を手にし、台頭してくるソ連を牽制することもできる。そのための実験が長崎への投下だったのではないか、と論じた。

 そんな広島も長崎も、今や被爆者はどんどん少なくなっている。被爆100年には誰もいないかもしれない。このままでは「ヒロシマ・ナガサキ」のメッセージ力は確実に弱まり、核の絶対否定という理念は損なわれてしまう。被爆者の人たちが直接語れなくなった時に我々はその思いをどう受け継ぎ、伝えていくか。自分たちの被害性だけを強調していてよいのか。世界のさまざまな核被害者に目を向けよう。さらには先の戦争でアジアの人たちに対する加害のことも考えないといけない。加害という言葉に抵抗があるなら、アジアの戦争被害者と日本のあらゆる戦争被害者という視点でとらえ直し、連帯できないか。何より大事なのは被爆地をもっと世界へ開き、繋げていくことだろうと、高瀬さんは結んだ。
          JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年10月25日号
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2024年09月25日

【79年原爆忌】ドキュメント8・6ヒロシマ=JCJ広島支部取材班

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              撮影:田中 伸武 
 8・6広島の慰霊と平和祈念式は、例年通り公園の南半分中央部の原爆死没者慰霊碑前が会場だった。だが、今年は慰霊式典の前後4時間にわたって、平和公園全域で入園規制が敷かれ、なぜか鉄柵で封鎖された入り口もあって、「園内に入ることさえままならなかった」と訴える人たちもいた。手荷物検査実施ゲート=写真=が設けられた6カ所の公園入口には「再入園」の6時半検査開始を待つ長い列が周辺にでき、思いがけない「公園封鎖」の実態に直面して戸惑う被爆者と付き添いの家族連れや、式典の朝の公園の空気に触れようと内外から訪れた人たちの姿があった。

市民に戸惑いと混乱

 広島市北部の家から息子夫婦と一緒に公園を訪れた91歳の女性被爆者は、市が設けた「専用」出入り口と通路で原爆慰霊碑参拝をすませた後、息子に「毎年手を合わせる供養塔に行きたい」とせがんだ。
 だが、園内は「専用通路」を外れて自由に歩くことはできないうえ、時間も朝5時半になっていた。市職員には「6時半まで待てば、手荷物検査を受けて再入園し、供養塔にも行けますよ」と言われたが、「1時間も先では…」とあきらめた。

 入園規制の余波は式典会場、それも市が「先着順」「定員に達した時点で入場不可」とする被爆者・遺族席(約1600席)でも起きていたことを地元紙中国新聞が式典翌々日の8日付紙面で報じた。記事は「参列席の一角に空席」の見出しで「原爆慰霊碑前に用意した約7千席のうち、西側の被爆者・遺族席が少なくとも約500席空いていた」「一方で着席できずに立ち見する人も」いたと記し、「以前は会場に自由に入れたのに随分変わった」と嘆く、埼玉から5年ぶりの参列に来た祖父と叔父が被爆者という76歳男性の声を伝えた。
「入園規制に問題」とは書いていないが、読者は気付いたに違いない。

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              撮影:沢田 正
場所奪われたダイイン

 一方、新たに規制対象となった公園北東端の原爆ドーム周辺広場には、規制に反対するデモ隊が前夜から座り込み、警官・市職員と対峙した。
 未明から集会が始まり、「岸田首相・米・イスラエル参加の『戦争式典』を許さない」の連呼や演説が始まってにらみ合いに。
 午前5時、市職員が「滞留は市公園条例違反」と退去を呼びかけ。交代した警官も「無届集会は県公安条例違反」「公園管理業務への威力業務妨害だ」と警告を繰り返すなどし、「攻防」は、式典の原爆投下時刻8時15分の黙とうが終了し、デモ隊が行進に出発するまで続いた=写真=。
 だが、このあおりを受け1981年から40年以上も原爆ドーム前広場で原爆投下時刻に「ダイイン」をしてきた市民たちは場所を奪われた。メンバーはやむを得ず、電車通りを挟んで原爆ドームの反対側にある遊歩道に場所を移し、戦争反対と平和の実現を誓って地に横たわるダイインを約50人で敢行して「反戦平和」を訴えた。また、日本山妙法寺の僧侶約30人も、同じように場所を移し、うちわ太鼓をたたいて読経しながら「核兵器のない世界の実現」を祈った。

規制の目的何のため

 今回、原爆ドーム周辺の「攻防」で、市と警察は退去命令の法的根拠として市公園条例と県公安条例違反、威力業務妨害罪の3つを挙げた。しかし5月7日の全面的な入園規制の発表以来、市の市民活動推進課は一貫して「法的根拠はない」「市民の方々へのお願いにすぎない」と問い合わせに繰り返してきた。
 行政法が専門の田村和之広島大学名誉教授は「公園全域を式典会場と『みなす』という、ありえないことを前提にして打ち出した規制はどこから見ても使用実態がない。このような規制こそ、都市公園法・市公園条例違反だ。フェイク(嘘)まで弄して公園の自由利用を制限しようとした目的は何なのかが問題だ」と指摘する。
 「法的根拠もなく市民にお願いしているだけ」の広島平和記念公園8・6全面規制が、来年はどうなるのか。ヒロシマを取り巻く世界の状況と日本政府の動向を見たとき、規制強化は必至だ。私たちは今年「ヒロシマとナガサキで何が起きたのか」を9月の「不戦の集い」で取り上げ、広島、長崎両被爆地を結ぶ大きな議論を深めることで、この流れに抗う市民の輪を全国に呼びかけたい。
       JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年8月25日号
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2024年09月24日

【79年目原爆忌】被爆地広島を変える動き=難波健治

 8月6日、79回目の原爆の日を迎えた広島の平和記念式典は、平和記念公園の入園規制を市が打ち出し、異様な雰囲気のもとで営まれた。
 式典に大きな混乱はなかったが、公園全域への入園規制で、園内各所にある原爆犠牲者碑への平和を求める市民の参拝や自由な行動は阻まれ、会場内の式典参列用の被爆者・遺族席では、規制で移動を妨げられた結果、500席を超える空席ができるなど、信じがたい光景が生じた。

 このところ、被爆地広島では、「広島をヒロシマでなくす」動きが続く。今年の8・6で露わになった「平和公園の変貌」は、「これ以上、被爆者をつくるな」「そのためにも世界から核兵器をなくせ」――そんな被爆地の願いをねじまげ、核兵器の「役割」を認める広島に変質させる動きだ。
 その震源地はどこにあるのか。8・6前後の岸田政権の動きから見えてくるものがある。
 被爆の日を控えた7月28日、日米両政府は東京都内で外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)を開いた。
この席で米側は、在日米軍を再編し、基地の管理権しか持たない横田基地の在日米軍司令部に在日米軍の作戦指揮権を与え「統合軍司令部」を新設すると表明。日本側は、陸海空3自衛隊を一元指揮する「統合作戦司令部」を24年度末までに立ち上げると応じた。

 まさに、日米が「一つの軍」となり「敵基地攻撃」態勢構築に乗り出すとの宣言だ。この日は日本側の求めで、米国の「核の傘」を日本の防衛に適用する「拡大抑止」具体化への日米閣僚初会合も開かれた。
 6日の平和記念式典のあいさつで、岸田文雄首相は4回も、「核兵器のない世界の実現」を繰り返した。そのために「国際社会を主導していく」と断言した。だが、核兵器廃絶を訴える日本が、核兵器使用が前提の「拡大抑止」を求めるのは、事実上の「核保有国」宣言に他ならない。
「米国の差し出す『核の傘』をありがたがっていて、核廃絶の議論を主導できるのか」「被爆者7団体が連名で首相に提出した要望書は怒りに満ちていた」と、式典翌日の7日付社説で中国新聞は指摘した。一方、岸田首相は同日、自民党憲法改正実現本部の全体会合でこう述べた。
「憲政史上初の国民投票にかけるなら、緊急事態条項と合わせ、自衛隊の明記も含めて国民の判断をいただくことが必要と考えている」「8月末を目指して議論を加速させていただきたい」

 8・6をはさんだこの動きの中に、日本政府の本音がはっきり表れている。自らの体験をもとに核兵器廃絶を求め続ける「被爆地を変えてしまいたい」のは彼らなのだ。
 昨年5月に開かれたG7広島サミットをきっかけに突然、真珠湾と広島平和記念公園との「姉妹公園協定」が結ばれたのも、この流れと符合する。いよいよ来るところまで来たな、と思う。

「NO NUKES」「NO WAR」を叫ぶヒロシマを、原爆を投下した米国とは仲良くする広島に変えてしまいたいのだ。
「核兵器のない世界」をいつまで言い続けても構わない。しかし、日米が進める「戦争準備」に真っ向から反対する広島は許さない。そんな日米両政府の姿を直視することなしに、被爆都市広島の今後のありようを考えることはできないのではなかろうか。
      JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年8月25日号 
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2024年09月16日

【寄稿】長崎を通して広島を見つめることによって浮かび上がる現実 平和式典は何のためか=宮崎 園子(広島支部幹事)

 「劣等被爆都市」。この夏、わたしはこんなフレーズを知った。社会学者の高橋眞司・元長崎大教授が2004年の著書『続・長崎にあって哲学する』で、長崎のことを表現したものだ。「被爆地長崎はいつも広島の陰に立ってきた」「世界の注目と脚光を浴びるのはいつも広島」と。だが、高橋氏が20年前に指摘したように、長崎は広島の陰になってきたのか。ときどき長崎も訪れながら広島で取材を続けてきたわたしはこの数年、もう一つの被爆地・長崎市の姿を見るにつけ、「平和都市」広島市の平和行政に対して疑問を抱いてきた。

 広島と長崎の違いを感じ始めたのは、2017年夏だった。122カ国の賛成によって国連で核兵器禁止条約が採択された翌月の原爆の日、広島の平和宣言は、外務省界隈の常套句「橋渡し」に引っ張られた宣言しかできなかった。だが、長崎は違った。「核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません」と日本政府の姿勢を鋭く批判した上で、唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指せと、明確に求めたのだ。その後安倍晋三首相(当時)と被爆者団体の面会の際には、こんな言葉が被爆者から飛び出した。「あなたはどこの国の総理ですか」

 「怒りの広島、祈りの長崎」と言われてきたが、果たしてそうなのか――。思えばこの頃から、わたしは首を捻り続けている。国がどうであれ、被爆地には被爆地の考え・主張があるという信念は、少なくともこの数年、むしろ長崎市からしか見出せない。そしてその思いは今年、確信に変わった。それはパレスチナへの攻撃を続けるイスラエルを、平和式典に招待するか否かで、広島・長崎の態度が鮮明に分かれたからだ。
 広島市は、例年通り招待した一方で、長崎市は招待を見送った。理由は政治的なものではなく式典の平穏のためだとしたが、公式的な説明はさておき、この判断の前段階として、外務省との協議を経て、広島・長崎ともに2022年以降ロシアを不招待としてきたことが布石となっていることは想像に難くない。

 広島市の説明はこうだ。ロシアを呼ぶと、式典で自分たちの主張をほかの国に押しつける可能性があるが、イスラエルを招待してもその心配はない――。この説明とともに、広島市は前代未聞の強硬手段を打ち出した。式典を安心安全に挙行するため、式典会場のみならず平和記念公園全体に式典の前後4時間規制をかけ、さらにはゼッケンやプラカードなどの持ち込みを禁止したのだ。

 ちなみに、日本政府が国家承認していないパレスチナについては、長崎市が駐日代表を2014年以降招き続けている一方で、広島は招いていない。米英仏らG7諸国は、イスラエルを招かないなら我々も行かない、と長崎市に圧力をかけたが、長崎市長はそれでも方針を変えなかった。結果、各国は長崎の式典をボイコットした。異例の展開によって、誰もが考えざるを得なくなった。被爆地は、なんのために、原爆の日に平和式典を開くのだろうか、と。

 2016年、オバマ米大統領(当時)は広島を訪問したが、長崎は立ち寄らなかった。2023年、広島でG7サミットが開催されたが、首脳らはやはり長崎に足を伸ばさなかった。「優越被爆都市」広島は、それらの政治イベントによって何かを得たか。原爆投下国のオバマ氏が原爆投下を「死の灰が降ってきた」と他人事のように語ることを許し、G7各国が核抑止論を堂々と主張することを許しただけではないか。被爆地の叫びを封じてでも、核兵器を手放すつもりがない、大量虐殺を辞めるつもりもない政治家たちを招き入れたことで、平和式典の意味を歪めてしまった。それが、核兵器保有国に追随するばかりの日本政府と一体化し、国家主義にとらわれてしまっている広島の哀れな姿だ。
    JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年8月25日号


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2024年08月26日

【JCJ広島支部】2024不戦のつどい 8・6被爆地で何が起きているのか8・9‥‥9月15日(日)午後1時30分から4時30分 ジャーナリスト・高瀬 毅さん講演 ハイブリット開催  

■開催趣旨:
 原爆投下から79年目。広島市の平和公園は、警察による厳重警備のなかで平和記念式典が営まれました。長崎市では、イスラエルの代表を式典に招待しなかったことに抗議して、米英などG7諸国が大使級の代表を送らない事態になりました。核戦争の危機が現実化しているなかでヒロシマ、ナガサキの運動を妨げようとする動きが露骨になってきたと感じます。
 いま何が起きているのか。ジャーナリズムに何が求められているのかーー市民とともに考えます。
多数ご来場ください。オンライン視聴もできます。
           
高瀬.jpg
 
■プログラム:
 ◎基調講演
  「ヒロシマ・ナガサキ」を問い直す〜被爆100年に向けて〜
    高瀬 毅さん(ジャーナリスト、ノンフィクション作家)
 ◎市民討論

■講演者プロフィール:高瀬 毅 (たかせ つよし) 
 1955年長崎市生まれ。被爆二世。ノンフィクション作家。ニッポン放送に入社、記者、ディレクター。82年ラジオ・ドキュメンタリー「通り魔の恐怖」で日本民間放送連盟賞最優秀賞。放送文化基金賞奨励賞。89年よりフリー。『ナガサキ消えたもう一つの「原爆ドーム」』(2009年平凡社・のちに文春文庫)で平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞。『ブラボー隠されたビキニ水爆実験の真実』『東京コンフィデンシャル』など著書多数。ピース・ボート講師として7回乗船。マーシャル諸島、タヒチ諸島の核実験被曝者取材。戦争加害問題で南京取材。
 YouTubeニュース解説チャンネル「デモクラシータイムス」で政治学者、白井聡氏と対論する「白井聡のニッポンの正体」が河出書房新社で書籍シリーズ化され、2023年、24年版(共著)を刊行。

■主催:日本ジャーナリスト会議(JCJ)広島支部

■会 場:広島弁護士会館 3階 大会議室(広島市中区上八丁堀2–73 ※広島城の東側)

■開催方式:9月15日(日)13:30〜16:30(会場リアルとzoomでのオンラインのハイブリッド開催。オンラインでの参加者には記録動画の配信有り)

■参加申し込み:会場参加、オンライン参加共に資料代 500円。(会場参加:学生・障がい者は無料)
https://jcj0915.peatix.com

■主催:日本ジャーナリスト会議広島支部(お問い合わせ先:090‑9060-1809(藤元))
https://jcj-hiroshima.jimdo.com/ 日本ジャーナリスト会議広島ホームページ
https://note.com/jcj_hiroshima/ 広島ジャーナリスト通信

■協賛:広島憲法会議、広島県文化団体連絡会議、広島県労働者学習協議会、広島マスコミ九条の会
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2024年07月28日

【JCJ広島支部】学習交流会 日鉄呉跡地の軍事拠点問題を考える会参加者発言2=編集部

8面談話C●伊波かおアップ.JPG

保革を超えた運動 伊波 洋正さん
 昨年12月に突如持ち上がった、うるま市石川のゴルフ場跡地に自衛隊の訓練場を設置する計画は今年4月、木原防衛相が計画断念を表明するに至った。「市民の会」の運動によってそれを勝ち取った要因は、第1に地元自治会がいち早く反対を表明し最後までその姿勢を貫き通したこと、その背景には1959年の地元小学校近くに米軍機が墜落し、17人が死亡した悲惨な事故の記憶がある。第2は、それを全市の自治会を中心として地域全体の反対運動へと広げていったこと。第3には、自衛隊の動きの是非ではなく住環境を脅かす問題として、保革を超えた運動となり県民多数の共感を得たことだ。また、議会や行政への働きかけを精力的に行い防衛省への圧力を強めたことに加え、マスコミが問題を丁寧に拾い上げ全県に発信してくれたことも大きい。岸田政権が大軍拡に突き進む中で、このうるま市の闘いが現状を変えるターニングポイントになればと願っている。
           
8面談話D●又吉かおアップ.JPG

世論で政治動く 又吉 朝香さん
 記者5年目で今、うるま市の担当をしている。「陸自、うるまに訓練場」の一報があって以降、どんな思いで、どんな報道をしてきたかを話したい。木原防衛相の撤回表明に至る4カ月弱の間、活動家だけでなく幅広く一般市民の声を紙面に反映させることを心がけ取材してきたが、中でもとても印象に残ったのが、2月に防衛省が開いた住民説明会で質問に立った高校1年の女子生徒。静かな住環境が脅かされるのではないか、小学生が登校するのに使う小道を自衛隊車両が通行して安全なのかと、中学時代の「公民」の教科書を持ち込んで「憲法に反するのではないか」と問い詰めた。その勇気と問題意識の高さ、事態を「自分事」として捉えていることに感心した。当初は賛否を明らかにしていなかった市長や自民党県連などが反対に転じたのも、選挙を控え世論を気にしたから、つまり自分事として考えたからではないか。この取材を通じて「市民の声で政治は動かせるんだ」と実感した。
       JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年6月25日号
 
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2024年07月27日

【JCJ広島支部】学習交流会 日鉄呉跡地の軍事拠点化問題を考える会参加者発言1=編集部

                
8面談話@●森かおアップ.JPG
     
軍部復活させぬ 森 芳郎さん
 昨年9月末に閉鎖された日鉄呉跡地約130fを防衛省が一括購入して「多機能な複合防衛拠点」をつくろうとしている。呉市議会や経済界には「停滞感のある呉には明るいニュース」とする声も多い。日鉄は「社の方針に合致する」と防衛省の意向を評価し、県・市との三者協議にも不参加を表明している。
だが、戦中の呉を思い起こし不安を訴える声も少なくない。4月7日発足の「日鉄呉跡地問題を考える会」は、市民の危惧を受け「子どもたちの将来のためにどのような跡地活用が最善なのか」を市長に問う署名に取り組んでいる。
このまま計画が進めば、海上自衛隊呉基地は南西諸島に戦車や弾薬を運ぶ「海上輸送群」の新設に加え、大規模な兵站も備えた軍事拠点となってしまう。
 呉には、旧軍港市転換法によって平和産業港湾都市として復興してきた歴史がある。呉を戦前のような軍都に戻させないために全力を挙げる。

                 
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進む日米一体化 久米 慶典さん
 岩国基地には現在、常駐の米海兵隊航空部隊のほか、米海軍の空母艦載機と米空軍が一時的に展開。海上自衛隊も配備され、米軍の統合基地化が進んでいる。「本土の嘉手納化」だ。
米軍約120機、自衛隊約35機の常駐は嘉手納を上回り極東最大級。米軍の新しい世界戦略、とりわけ対中国、ロシアのさまざまな重要任務を持つ出撃拠点となっている。その中で、呉に新たな「防衛複合施設」をつくる目的は何か。
 広島湾一帯には岩国基地の他、呉の海自基地や広弾薬庫、秋月弾薬庫、川上弾薬庫、陸自第13旅団があり、日米の軍事施設集積地帯化が進む。
 岩国基地と呉基地の距離は直線で約30`。岩国の海自掃海ヘリは呉の掃海艇とセットで運用される。日鉄跡地の新施設はその強化と日米共同作戦体制が進む中で地域全体の出撃拠点化を図るのが目的。呉の「防衛複合施設」化は、広い意味で米軍岩国基地の機能強化に他ならない。

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市の姿勢を問う 湯浅 正恵さん
 今、「平和」という言葉を「安全保障」に言い換えて戦争する国へと転換しようとしている。戦争するには、国民が「国家のためなら命の一つや二つ失ってもしようがない」「我が身を守るためなら他者の命を奪っても仕方がない」と思える大きな価値観の転換が必要だ。イスラエルのガザ侵攻はまさにそれで、自分たちの国を守るのはパレスチナ人の人権よりずっと大切だという考え方に基づくものだ。ジェノサイドは許されず、黙っていてはいけない。その思いで私たちは昨年10月13日から毎夕、原爆ドーム前に立って声を上げている。ところが、「国際文化平和都市」を名乗る広島市はイスラエルに抗議しないばかりか8・6式典には招待するという。いくつかの疑問点を挙げ公開質問状として出したが、市は「外交は国の専権事項」として独自の判断は避け、2万5千筆の署名も添えて求めたのに式典への招待を取り止めようとはしない。軍拡に走る国に追随していく広島市であってよいのか。
         JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年6月25日号
     

 
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2024年07月26日

【被爆79年】広島市が公表の報道資料概要と広島大学名誉教授(行政法)・田村和之さんの話=JCJ広島支部

 8月6日、式典(午前8時〜同50分)開始3時間前の午前5時から、開始後の9時までの4時間、公園利用者の入場を規制する。午前5時になると、公園内にいる人たちに、公園の外に出るよう要請する。午前6時30分になると、式典参列者の入場を開始する。参列者は会場入り口(6カ所)で、手荷物検査を受けて園内に入り、参列者席入り口(1か所)で金属探知検査を受ける。参列者席のうち、先着順である被爆者・遺族席(約1600席)と一般席(約1200席)は定員に達した時点で入場不可とする。

 この間、式典会場の中央にある原爆慰霊碑への参拝を希望する者については、午前5時から7時までの2時間、専用出入り口と専用通路を使って手荷物検査と金属探知検査なしに参拝ができるようにする。
 以上のような入場規制をしたうえで、公園内においては、午前5時から9時までの間、次のような行為を禁止する。

 危険物、大きな音を発するもの(マイク・拡声機・楽器類等)、プラカード・ビラ・のぼり・横断幕等、式典の運営に支障を来すと判断されるものの持ち込み▼ゼッケン・タスキ・ヘルメット・鉢巻等の着用▼小型無人機(ドローン等)の飛行▼ものを投げる、大きな声を発する、立ち入り不可エリアに無断で侵入するなど、式典の妨げとなると判断される行為▼他の公園利用者の通行その他の公園の利用に支障を来すと判断される行為(例示された具体例は省略)◆公園の利用者間の調整を図るために市職員等が実施する警備に支障を来すと判断される行為(具体例は省略)

               専制行政 猛省を
 広島市の平和記念公園は、都市公園法上の都市公園で、地方自治法244条にいう公の施設だ。広島市は平和記念公園設置条例を制定していないので、同公園の管理は「広島市公園条例」の定めにより行われる。広島市公園条例6条は、公園の損壊などにより利用が危険である場合、公園工事のためやむを得ない場合その他管理上必要がある場合、「公園の利用を禁止し、または制限することができる」と定める。8・6規制がこの場合にあたらないことは言うまでもない。今年の平和記念公園の入園規制は公園条例に背くものであり、問題である。

 法的根拠がなくても、都市公園の入園を制限できるのか。答えは「ノー」である。誰でもいつでも自由に利用できる都市公園の「使用の自由」を制限する場合は、法的根拠に基づかなければならない。広島市がやろうとしていることは、専制行政(支配)ともいうべきもので、猛省を求めたい。
     JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年6月25日号


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2024年07月05日

【JCJ広島リポート】「もはや戦争前夜」出撃態勢の機能強化 日鉄呉跡地を軍事拠点にするな 広島支部が学習交流会=井上俊逸

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 「日鉄呉跡地 止めよう軍事拠点計画 〜呉・岩国・沖縄・広島を結び考える〜」と題した学習・交流会が5月25日、広島市内で開かれた。JCJ広島支部が2024年度総会の後、一般市民にも公開して開催。オンライン視聴を含め約50人が参加し、加速する「戦争する国」への流れをどう食い止めるか、報道のあり方とも併せて議論した。

 初めに、司会進行役を務めた筆者がこの会を企画した趣旨を説明。「ここまで来たのか、戦争準備は!もはや『新たな戦前』どころか『戦争前夜』の様相だ。呉では閉鎖された日本製鉄の土地を防衛省が買い上げ、軍事拠点に使おうとしている。『軍都復活』の動きが公然化してきた。片や、米軍岩国基地では日本の自衛隊と一体となって軍事作戦を展開する態勢が着々と整えられている。これらが『軍事要塞化』と表現される沖縄・南西諸島の自衛隊基地の新設・装備増強とどう繋がっているのか」と問題提起し、「再び戦争のためにペンをとらない」を合言葉に活動しているJCJとしては、こうした状況をメディアはどう報道すべきかといことも含めて、みなさんと一緒に考えてみたいと呼びかけた。

 引き続き、「日鉄呉跡地問題を考える会」の森芳郎さんをトップに、岩国の「瀬戸内海の静かな海を守る住民ネットワーク」の久米慶典さん、沖縄からオンラインでうるま市の「自衛隊訓練場設置計画の断念を求める市民の会」の伊波洋正さんと沖縄タイムス記者の又吉朝香さん、「広島パレスチナともしび連帯共同体」の湯浅正恵さんの順で、それぞれ報告があった。

 この後、参加者からの質問や意見を交えて議論を深め、最後に久米さんの「呉の問題は岩国の問題であり、もちろん沖縄を含めて日本全体の問題でもある」という認識を共有して締めくくった。
         JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年6月25日号
 


 
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2024年04月14日

【オピニオン】広島平和公園との姉妹協定 真珠湾 まさに戦争記念館 戦争づくしの地ならし=山根岩男(広島支部)

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                   潜水艦博物館
 昨年6月29日市民や市議会に何の説明もなく広島平和記念公園とハワイ真珠湾の「パールハーバー米国立公園」の姉妹公園協定が結ばれた。平和公園の象徴「原爆ドーム」の世界遺産登録に強く反対した米国がなぜ、広島に姉妹公園協定申し入れをしてきたのか――。

 私を含め5人のメンバー広島県被団協(佐久間邦事長)平和公園ガイド団有志は1月20日から24日、「パールハーバー米国立公園」を訪れた。
 百聞は一見に如かず。米国ハワイ州の同公園所在地は米国インド太平洋軍のパールハーバー・ヒッカム統合基地で、各施設はまさに「戦争記念館」だった。旅行会社の案内にも「軍事施設の一部」とあった。「入館」にあたっては、兵士のチェックを受けた。荷物の持ち込みは原則禁止(財布やスマホは透明な小袋に入れる)。ビジター・センターに入ると地面には世界地図が描かれ、音声ガイドは、「米国の命運は真珠湾にかかっている」と戦争に備える軍事態勢の重要性を強調していた。

 アリゾナ記念館は旧日本軍の真珠湾攻撃で海底に沈んだままの戦艦アリゾナの真上に、ちょうど十字の形になるように海面に浮かび、東京湾で戦争終結の調印をした戦艦ミズーリ号と向き合っていた。米国にとっての太平洋戦争の「始まり」と「終わり」を示しているかのようだ。

 太平洋潜水艦博物館には疎開学童が乗った「対馬丸」を撃沈した潜水艦ボーフィン号を係留され、艦橋には沈めた数が「日の丸」で描かれていた。館内には冷戦時代から現在、そして未来への核兵器・核ミサイル開発の歴史展示。目についたのは「WAR」の文字だ。「原爆の子の像」のモデルになった佐々木貞子さんの「折り鶴」もあったが、広島・長崎への原爆投下も放射線被害のの記述もなかった。 
 日ごろ核兵器のない世界をめざし広島平和公園で修学旅行生などに「ノーモア・ヒロシマ」「核兵器廃絶で平和を」と訴えている私たちガイドは、広島とパールハーバーの違いを痛感した。

 両公園の姉妹協定は、米政府が5月のG7サミットを機に強く広島市に締結を求めてきたものだ。広島市はサミット前に平和学習の教材から『はだしのゲン』と「第五福竜丸事件」を削除した。G7広島サミット開催を前に平和学習の教材から削除した。公園の姉妹協定締結後は、「未来志向の和解」を強調し、2024年度から若者・被爆者の「交流」を始めようとしている。
 広島市。教材改訂によって、米国による原爆投下の責任を棚上げにしたばかりか、広島市長は過去12年間にわたり、職員研修で「教育勅語」を引用してきた事実も明らかになった。

 この一連の動きは米国の原爆投下責任を免罪にして日米軍事同盟を強化し、現実に日米一体の戦争態勢づくりを進めるための地ならしにほかならない。広島市長による過去12年にわたる「教育勅語」の職員研修への引用と併せて市民への説明が求められる。

 JCJ広島支部は市民討論会を3月31日に開き、この姉妹公演協定を問う。討論は、教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま、核兵器廃絶をめざすヒロシマの会(HANWA)とともに行い、後日、内容を詳報する。
     JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年3月25日号

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