2024年04月14日

【オピニオン】広島平和公園との姉妹協定 真珠湾 まさに戦争記念館 戦争づくしの地ならし=山根岩男(広島支部)

DSC_4962.JPG
                   潜水艦博物館
 昨年6月29日市民や市議会に何の説明もなく広島平和記念公園とハワイ真珠湾の「パールハーバー米国立公園」の姉妹公園協定が結ばれた。平和公園の象徴「原爆ドーム」の世界遺産登録に強く反対した米国がなぜ、広島に姉妹公園協定申し入れをしてきたのか――。

 私を含め5人のメンバー広島県被団協(佐久間邦事長)平和公園ガイド団有志は1月20日から24日、「パールハーバー米国立公園」を訪れた。
 百聞は一見に如かず。米国ハワイ州の同公園所在地は米国インド太平洋軍のパールハーバー・ヒッカム統合基地で、各施設はまさに「戦争記念館」だった。旅行会社の案内にも「軍事施設の一部」とあった。「入館」にあたっては、兵士のチェックを受けた。荷物の持ち込みは原則禁止(財布やスマホは透明な小袋に入れる)。ビジター・センターに入ると地面には世界地図が描かれ、音声ガイドは、「米国の命運は真珠湾にかかっている」と戦争に備える軍事態勢の重要性を強調していた。

 アリゾナ記念館は旧日本軍の真珠湾攻撃で海底に沈んだままの戦艦アリゾナの真上に、ちょうど十字の形になるように海面に浮かび、東京湾で戦争終結の調印をした戦艦ミズーリ号と向き合っていた。米国にとっての太平洋戦争の「始まり」と「終わり」を示しているかのようだ。

 太平洋潜水艦博物館には疎開学童が乗った「対馬丸」を撃沈した潜水艦ボーフィン号を係留され、艦橋には沈めた数が「日の丸」で描かれていた。館内には冷戦時代から現在、そして未来への核兵器・核ミサイル開発の歴史展示。目についたのは「WAR」の文字だ。「原爆の子の像」のモデルになった佐々木貞子さんの「折り鶴」もあったが、広島・長崎への原爆投下も放射線被害のの記述もなかった。 
 日ごろ核兵器のない世界をめざし広島平和公園で修学旅行生などに「ノーモア・ヒロシマ」「核兵器廃絶で平和を」と訴えている私たちガイドは、広島とパールハーバーの違いを痛感した。

 両公園の姉妹協定は、米政府が5月のG7サミットを機に強く広島市に締結を求めてきたものだ。広島市はサミット前に平和学習の教材から『はだしのゲン』と「第五福竜丸事件」を削除した。G7広島サミット開催を前に平和学習の教材から削除した。公園の姉妹協定締結後は、「未来志向の和解」を強調し、2024年度から若者・被爆者の「交流」を始めようとしている。
 広島市。教材改訂によって、米国による原爆投下の責任を棚上げにしたばかりか、広島市長は過去12年間にわたり、職員研修で「教育勅語」を引用してきた事実も明らかになった。

 この一連の動きは米国の原爆投下責任を免罪にして日米軍事同盟を強化し、現実に日米一体の戦争態勢づくりを進めるための地ならしにほかならない。広島市長による過去12年にわたる「教育勅語」の職員研修への引用と併せて市民への説明が求められる。

 JCJ広島支部は市民討論会を3月31日に開き、この姉妹公演協定を問う。討論は、教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま、核兵器廃絶をめざすヒロシマの会(HANWA)とともに行い、後日、内容を詳報する。
     JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年3月25日号

posted by JCJ at 02:00 | TrackBack(0) | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月11日

【支部リポート】広島 松井市長に中止要請 「教育勅語」引用の講話=井上俊逸

 広島支部は2月16日、教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま(教科書ネット・ひろしま)と連名で、広島市の松井一実市長に対し、新規採用職員や新任課長の研修で長年続けている「教育勅語」を引用した講話の中止を要請するとともに、教育勅語を評価する市長の見解をただす質問書を提出した。

 この問題が新聞報道で明るみに出た昨年12月、支部はいち早く松井市長に抗議し、教育勅語の不使用を求める声明を発表、市長に届けた。その後、教科書ネットをはじめ、さまざまな市民団体や被爆者団体、広島弁護士会などのほか、多くの市民個人からも同様の抗議や使用中止を求める意見が市には寄せられた。
 しかし、市長は今年1月の記者会見でも「私の考え方とかけ離れた議論になっている。どういったものかをちゃんと知ったうえで対処するという大切さを職員に分かってもらうために使っている」と抗議に反発。「教育勅語の英訳を読むと民主主義のすばらしいことが書かれている」などと言い、今後も研修で教育勅語の引用を続ける意向を示した。

 このため支部は、教科書ネットが開示請求をして入手した2020年度から23年度までの新任課長研修での市長講話の録画で、教育勅語を引用した部分の発言を同ネットとともに検証。浮かび上がった疑問点などを踏まえ、改めて松井市長に「教育勅語は戦後、国会において排除、失効確認が決議され廃止となっている。また、その文言は現憲法の理念・原則とは相容れないもので、憲法尊重擁護義務を負う公務員たる市長が公務員の研修に用いることは明らかに誤りである」と指摘し、研修での教育勅語引用をやめるよう申し入れた。

 併せて次の3点を質問し、文書による回答を求めた。
@引用した教育勅語のどこが民主主義なのか、具体的に説明をA教育勅語全文の結論となる言葉は「天壌無窮のわが帝位の繁栄を守り維持せよ」、つまり天皇のために命を捧げよと命じるものであり、部分的な引用では職員に誤った認識を与えるのでは?B教育勅語は英文が先にあり、それを日本文に、さらに漢文に訳したとする理解は事実誤認ではないか。

 これに対して2月29日付であった回答は、ほとんどまともに答えないばかりか、市長名ではなく研修センター長名の回答になっていた。支部と教科書ネットは抗議と再質問を行い、引き続きこの問題に取り組んでいくことにしている。
   JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年3月25日号

posted by JCJ at 01:00 | TrackBack(0) | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年03月19日

【支部リポート】香川 豊島のその後を聴く 太陽光発電で敗訴=今岡重夫

 香川支部は1月20日、瀬戸内海の豊島で環境を守るために活動してきた石井亨さんを迎えて月例会を開きました。
 香川県土庄町の豊島は、1960年代から島の西部地域で始まった産廃問題に苦しんできましたが、住民の長年にわたる反対運動で2000年に公害調停が成立。投棄された90万d強の廃棄物処理作業は17年に完了しました。
パネル設置後.JPG

 しかし、処理作業のめどがつくのと前後して、今度は島の東側の唐櫃(からと)地区で太陽光発電事業の計画が浮上。住民たちは21年に完成した太陽光発電施設の撤去を求めて裁判を続けてきましたが、昨年暮、高松地裁は住民の訴えを退けました。
 豊島自治会連合会資料をもとに経過を説明した石井さんは、「現行制度の矛盾に門前払いされ、勉強にはなったが、地域共同体の限界を思い知らされた」と話しました。

 石井さんによると、新たな闘いの発端は2015年、小豆島のホテルが共有林の隣接地に、電力買い取り保障の認可を受け、発電所を計画したこと。用地造成を巡る産廃不法投棄で住民に刑事告発され業者の有罪が確定。県も業者を自然公園法違反で指導した。

 しかし、業者はその後用地を転売。住民は電気事業法による構造基準などに基づいて追及したが、業者が建設を強行したため訴訟に踏み切ることになったという。
 裁判は当初の争点だった「違法建設」から、「発電収入」の権利の「費用均衡」だけで判断され、住民側の敗訴に。発電所完成と転売が繰り返されたことが棄却の理由とされました。

 住民と自治会は「現時点でも違法」だと確認していますが、「転売で責任が問えない」という制度の矛盾を痛感しており、今はこの事例を報告としてまとめ、経産省に提出すべく作業に取り組んでいるという。 
    JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年2月25日号
posted by JCJ at 01:00 | TrackBack(0) | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年02月22日

【JCJ広島支部】呉基地強靭化の危険 岸田大軍拡問う集い=井上 俊逸

 JCJ広島支部は、岸田政権が「安保三文書」を閣議決定して丸1年となった昨年12月16日に「2023不戦のつどい」を広島市内で開いた。「岸田『大軍拡』を問う〜海上自衛隊呉基地『強靭化』の実態〜」をテーマに、呉地区平和委員会事務局長の森芳郎さんの講演などがあり、オンライン視聴を含め60人が参加した。

 森さんの講演に先立ち、支部幹事の難波健治さんが「安保三文書が意味するもの」と題して問題提起。これは「日米安保体制をまさに臨戦態勢に持っていくための指針」であり、具体的には@日本が「戦争する国になった」と国内外に宣言するA自衛隊を本格的に「戦力化」し、実態として戦争できる軍隊に仕立てるB私たち国民に対して日本はもう「平和国家」ではない、「戦争国家」に変わったということを認知させる―という三つの狙いがあると指摘した。

軍事増強が具現化
 続いて登壇した森さんは、安保三文書によって推し進められる敵基地攻撃能力の保有や軍備増強の動きが、海自呉基地にはどう具現化してきているかを解き明かした。
 それによると、呉基地には最新鋭ステルス戦闘機「F35B」の発着も可能にする空母化≠ノ向けた改修工事が進む護衛艦「かが」をはじめ、大型輸送艦、潜水艦、音響測定艦など48隻が配備されている。保有艦船数では現状も海自最大の基地だが、ここへ新たに「海上輸送群」司令部が置かれることになった。軍事要塞化の進む南西諸島などに戦車や弾薬を運ぶための部隊を、海自だけでなく陸自、空自からも要員を出して100人規模で創設する。その司令部を呉に置き25年3月に発足する予定だ。

防災対策を名目に
 一方で、敵基地を攻撃すると当然反撃される、核兵器が使われることも想定し、それに耐えうるよう全国約300の自衛隊基地や防衛省関係施設を強靭化する計画が進行しており、呉地方総監部も対象施設に入っている。23年度予算で「防災対策」を名目に20億円が計上されており、太平洋戦争末期、当時の海軍司令部が米軍の空爆に備えて造った地下壕が再整備・活用されるのではないか。

 また、敵基地攻撃には欠かせない長射程ミサイルを保管するための大型弾薬庫を35年までに全国で約130棟設置する計画もあり、呉湾内にある大麗女島がその一つ。戦時中は海軍の弾薬庫が置かれていた島で、現在も海自の弾薬庫になっているが、ここを改修してトマホークなどを保管できるようにしようと、23年度から2年かけて調査するための2億円の予算が付いた。既に測量等の調査を請け負う業者も決まり、具体化に向けて動き出しているという。

市長講和にも抗議
 最後に、折から発覚した広島市の松井一実市長が就任翌年の2012年以降、毎年の新入職員研修で戦前の「教育勅語」を引用して講話していた問題を取り上げ、松井市長に対して「断固抗議し今後の絶対不使用を求める」声明を参加者一同で採択した。
    JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年1月25日号 
posted by JCJ at 02:00 | TrackBack(0) | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年10月21日

【JCJ広島支部】小山美砂さんのJCJ賞を共に喜び語らう集い=10月29日(日)午後3時〜

 小山美沙さんは 元毎日新聞記者で、現在はフリージャーナリストとして広島で活動しています。このたび小山美砂さんの著した『「黒い雨」訴訟』(集英社新書)が、日本ジャーナリスト会議(JCJ)が選定する2023年度のJCJ賞に輝きました。
 受賞作は、被爆者運動全体の歴史と「黒い雨をめぐる被爆者運動の俯瞰図だ」と高い評価を受けました。若い一人の女性記者が高齢の黒い雨被爆者を訪ね歩き、生の声を聞き取るなどして実相をつかみ取るにはどれほどの労苦があったか、その努力が実った今回の受賞に惜しみない拍手を送ります。
 この機会に、彼女がどんな理由でこうした取材を始め、なぜこの本を書こうと思ったか、そして黒い雨被爆者と訴訟から何を学んだのか…などジャーナリストとしてのこれまで、これからを語ってもらおうと受賞記念講演会を企画しました。併せて、取材を通じて心を通わせてきた黒い雨訴訟原告団や支援者、弁護団、それに彼女を知る記者仲間らにも集まってもらい受賞を祝う会を催すことにしました。みなさんの参加を心より呼びかけます。                        
小山.PNG

日時:10月29日(日) 午後3時〜6時
会場:カンファレンス21広島(中区幟町14−11ウイング八丁堀ビル4階広電「銀山町」電停前)3時〜受付
受賞記念講演:小山美砂 3時15分〜
  私を育ててくれた「黒い雨訴訟」ーー新聞社を辞めて、広島に帰ってきた理由
パーティー:4時20分〜 同じ場所
参加費:講演会とパーティー4500円 講演会だけ参加1000円
申し込み:お名前、住所、電話番号を明記のうえ、メール nrh39508@nifty.com あるいは 090-9416-4055 FAX082-284-9710(井上) 締め切り10月25日(水)

小山美砂さんプロフィール:1994年、大阪市生まれ。2017年、毎日新聞に入社し、希望した広島支局へ配属。被爆者や原発関連訴訟の取材に取り組んだ。
 2019年以降、広島への原爆投下後に降った「黒い雨」を浴びた被害者への取材に取り組み、100人近くの証言を聞き取った。2022年7月、「黒い雨被爆者」が切り捨てられてきた戦後を記録した初のノンフィクション『「黒い雨」訴訟』(集英社新書)を刊行。
 大阪社会部を経て、2023年からフリー。広島を拠点に原爆被害者の取材を続けながら、雑誌やWebメディアにて幅広いジャンルの記事を執筆。趣味は焚き火と料理とお酒。広島市在住。

  日本ジャーナリスト会議(JCJ)広島支部 広島市中区十日市町1−5−5坪池ビル2F
posted by JCJ at 01:00 | TrackBack(0) | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年08月11日

【広島とパールハーバー姉妹協定】被爆者ら懸念の声 2つの公園を同列に扱うとは=難波健治(広島支部)

1面、ヨコ広島平和記念公園.png
        平和記念公園は原爆の無差別殺戮の犠牲者追悼の象徴だ

G7広島サミットが閉幕して40日後の6月29日、広島市の平和記念公園と米ハワイ州のパールハーバー国立記念公園との間で、「姉妹公園協定」なるものが締結された。広島市で5月にあったサミットを機に米側から打診があり、同市が応諾の意思を公に表明したのが、調印予定日1週間前の22日のことだった。

この姉妹公園協定について松井一実市長は「かつて敵味方に分かれていた日米両国の市民にとって友好の懸け橋になる」と、その意義を強調している。しかし、あまりにも唐突な「合意」に戸惑った市民は少なくなかった。

広島県被爆者団体協議会(佐久間邦彦理事長)、県労連など10団体でつくる「G7広島サミットを考えるヒロシマ市民の会」は「協定締結をいったん保留し、全市的な議論」を始めるよう市に求めた。その後も別の団体や市民が街頭宣伝、声明を発表するなどして反対の声を上げ続けている。
地元紙中国新聞は、松井市長会見後の25日、広島大学平和センター長である川野徳幸教授の見解を掲載した。

同教授は「旧日本軍による真珠湾攻撃と米軍の広島への原爆投下が、同一線上で語られることの違和感」を述べたうえで、「真珠湾が戦争の始まりでその帰結がヒロシマだとすれば、原爆を落とされたのは『因果応報』で『正しかった』とされかねない」との危惧を表明した。
元広島市長の平岡敬氏も翌日の紙面で「(パールハーバー)国立記念公園の主要施設は軍艦の名前で、死者を戦争の英雄として顕彰する面がある。原爆投下は戦争終結のため必要で正当な行為、という歴史観と地続きだ」として、二つの公園を同列に置くことを痛烈に批判している。
日本近現代史に詳しい歴史学者、高嶋伸欣琉球大名誉教授の指摘も紹介しておきたい。

高嶋さんは、これまでに真珠湾にあるこの国立公園を2度訪問した。公園内には、アリゾナ戦勝記念館をはじめ、いくつかの戦勝記念の施設がある。その一つ、岸壁に係留された潜水艦ボーフィン号の艦橋側面には、同艦が沈めた日本艦船の数が「日の丸」の数で誇示されている。しかも、その撃沈船の中に、沖縄からの学童疎開船「対馬丸」が含まれていることを、展示場職員が高嶋さんに語ったというのだ。

公園は海軍基地内にある。立ち入るには荷物制限も受ける。出入り自由な広島平和記念公園とはさまざまな点で異なる佇まいだといえる。
いま広島では、市教委が平和教材を改訂し、「はだしのゲン」や第五福竜丸の記述を削除するとともに、「原爆を落とした米国人を恨むな」という指導を露骨に進めようとしている。
このたびの姉妹公園協定の締結はその延長上にある。被爆地の市長としてあるまじき行動というほかはない。
1面、タテ_2023.07.05     写真@ボーフィン号 (002).jpg

戦果を誇るようにボーフィン号の艦橋側面に描かれた「日の丸」群=高嶋伸欣さん撮影
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年7月25日号
posted by JCJ at 01:00 | TrackBack(0) | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月27日

【G7広島サミット】「抑止力」肯定 広島は「貸し舞台」に=井上俊逸(広島支部)

  反核はおろか、反戦の声すら届かず―。5月19日から21日までの3日間、世界最初の原爆被爆地・広島で開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)は、核兵器の廃絶を願い世界の平和を希求する被爆者をはじめとする幾多の人々に失望と怒りを残して閉幕した。NATO諸国と日本がウクライナとともに対ロシアで結束を強め、「力には力を」と「核抑止論」の正当性をアピール。戒厳令下を想起させる異様な光景の中で繰り広げられた政治ショー≠フ「貸し舞台」に、ヒロシマは使われてしまったのか。報道のありようとも併せ、厳しく問い直されなければならない。
                        □
 G7広島サミット最終日となった5月21日、岸田文雄首相は原爆慰霊碑と原爆ドームを背に記者会見。前夜発表した首脳声明と前々夜に発表した「核軍縮に関する広島ビジョン」を踏まえ、「被爆地を訪れ被爆者の声を聞き、被爆の実相や平和を願う人々の想いに直接触れたG7首脳が、このような声明を発出することに歴史的な意義を感じる」と成果を強調した。

被爆者の怒り

 しかし、誇らしげに画面に映る首相とは対照的に憤りを隠さなかったのは、カナダから広島市に帰郷していた被爆者のサーロー節子さん。首相会見終了後、原爆ドーム近くの施設にC7(C@D@ⅼ7=G7首脳に政策提言などを行う市民社会の組織)が設けた会場で会見し、「大変な失敗だった。首脳の声明からは体温や脈拍を感じなかった」と断じた。
 初日にG7首脳はそろって原爆資料館を見学したが、その場面はメディアにも非公開で、首脳らがどんな表情を見せたのか、うかがい知ることはできなかった。一人の被爆者と対話をしたが、どんなやりとりがあったかもいまだに詳細は明らかにされていない。各国首脳がそれぞれ芳名録に書き残した言葉を全否定はしないが、サーローさんの「本当に我々の体験を理解してくれたのか、反応が聞きたかった」というのは誰しもの思いだろう。この一事を取ってもメディアの取材姿勢には疑問符が付く。

 その声明とビジョンに核兵器廃絶の言葉はなく、核兵器禁止条約もまったく触れられていなかった―。「核なき世界」をライフワークと標榜する岸田首相の地元、広島で開くサミットだから、核兵器廃絶に前向きなメッセージが発出されよう。そんな市民の淡い期待さえ結果的には裏切られたのだが、その思いを伝えようとサミット開幕前から、広島ではいくつかの市民団体などがさまざまな取り組みを展開してきた。
 その一つが、5月17日にあった「核廃絶を求めるG7サミット直前広島イベント」。TBS報道特集特任キャスターの金平茂紀さんが提唱し、日本ジャーナリスト会議(JCJ)広島支部や教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしまなどが後押しする形で「どんな声が今、広島から世界に届けられるべきなのでしょう」をテーマにシンポジウムを開いた。
 会場は超満員となり、そこにパネリストとして登場した元広島市長の平岡敬さんは「戦争反対、核抑止力否定が一貫した広島の立場。この地から戦争や核兵器を肯定するような宣言が出たら、今後は広島の声が世界で信用されなくなる」と憂慮。うなずいた金平さんは、その後に発表された声明とビジョンを読み「平岡さんが言った通りで、広島はヒロシマでなくなってしまう」と顔を一段と険しくしていた。

  このほか、C7の活動を広島で担ってきたメンバーが軸になって主催した「みんなの市民サミット2023」(4月14〜16日)では、「どうやってつくったの 核兵器廃絶提言」と題した分科会があり、核兵器廃絶を成し遂げるには何が必要か、一般市民も多数参加し意見を交わし合った。予期した通り思わしい成果のなかった広島サミットだったが、世代を超えて幅広い人たちが繋がり、声を上げたことの意義は小さくないだろう。

歓迎報道盛ん

  地元メディアでは、こうした取り組みを含め事前からサミット関連報道が盛んになっていたが、本番を迎えるとテレビはキー局も加わって「特番」を組み逐一生中継、新聞も全国紙、地元紙入り乱れて大々的な報道が展開された。特に焦点となった核兵器廃絶をめぐる議論、その結果として出された首脳声明と広島ビジョンについて、NHKをはじめ放送各局は総じて批判よりも評価するものが多く、新聞では従前からの報道姿勢の延長なのか、社によって論調が分かれた。紙幅の関係もあり、個々の記事についての論評はしないが、全体として現実的見地からの核抑止論是認に傾斜していた感が拭えない。

 そうした中、当然ながら質量とも他を圧倒したのは地元紙の中国新聞。歓迎や期待が目立った事前の紙面づくりへの苦言は多々あるが、会期中とその前後の報道は多くの読者の共感を呼んだと思える。とりわけ21日付一面に掲載された「『広島ビジョン』と言えるのか」と題した金崎由美記者(ヒロシマ平和メディアセンター長)の署名記事は、ビジョンについて「肝心の中身は自分たちの核保有・核依存を堅持したに等しく、被爆地広島にとって受け入れがたい」と言明しており、強く印象に残った。
 この後、ウクライナのゼレンスキー大統領が電撃参加してからはメディアの関心もゼレンスキー氏の動向に移り、サミットの主題もG7各国がウクライナ支援を強化する方向へ動いたことへの編集委員の署名記事も目を引いた。「『ゼレンスキー旋風』のサミットでいいのか」と疑念を呈し、「戦争当事国の一方への軍事協力や支援拡大を決めることが広島サミットの意義だろうか」と問いかけた。その通り、ゼレンスキー旋風にあおられ「岸田劇場」への喝采で「反核・平和」を願うヒロシマの声がかき消されたとすれば、メディアの責任はあまりにも重い。
 メディアの役割を問いたいことは他にもある。華やかな表舞台の演出の幕裏で何が行われたのか。それも見過ごすわけにはいかない。

「有事」実験か

 極めて重大なのは市民生活を圧迫してまで厳重な警備態勢が敷かれたことだ。期間中最大2万人を超える警察官が全国から広島に動員され、各国首脳らの滞在先や訪問先での立ち入り制限、移動に伴う大規模な交通規制などが行われた。特に「入域規制」というのが主会場となったプリンスホテルのある広島市南区元宇品地区のほか、世界遺産・厳島神社のある廿日市市の宮島でも実施された。島の住民と必要な業務で出入りする人には「識別証」を交付し出入りを認めるが、それ以外の観光客ら島外から来る人は入島できない措置が取られたのだ。
  この入島制限に疑問を抱いた行政法学者の田村和之広島大名誉教授が「何ら法的根拠はないはずだ」と指摘したのを受け、JCJ広島のメンバー2人が廿日市市に公開質問状を出した。回答はあったが納得できなかったため、外務省を含む関係各方面に問い合わせたところ、いずれも「法的根拠はありません。規制はあくまでお願いです」との返答。そこで規制が始まった18日午後、メンバーらは田村さんとともに宮島に渡るフェリー乗り場に出向き、外務省職員とやりとりした結果、識別証なし、本人確認もなし、手荷物チェックを受けただけで島内に入ることができたという。

  この顛末は何を物語るのだろうか。廿日市市や広島市が、国の意向を忖度して自主的にここまでやるとは考えにくい。識別証の発行元は外務省というのだから、政府からの指示≠ェあったとみるのは当然だ。この機(G7サミット開催)を捉え、政府が「有事」に備えた国民統制の実験を試みたという見立てはうがちすぎだろうか。「過剰警備に市民困惑」といった報道にとどめるのではなく、こうした視点からの取材こそジャーナリズムには求められるのではないか。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年6月25日号
posted by JCJ at 02:00 | TrackBack(0) | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月24日

【支部リポート】香川 高松空襲の体験 語り継ぐ メーデーでは新聞の危機訴える=はねだ鉱造

5面 支部リポート   写真.JPG

ことしも7月4日が近づいてきました。高松空襲の日です。JCJ香川支部も参加する「8・15戦争体験を語りつぐつどい」が計画した「第33回明日に伝える高松空襲」のメイン企画として、「あのとき、7歳のぼくが見たもの…池田実さんに聞く空襲体験…」を聞きます。空襲パネルを設置した高松市の中新町交差点地下道に、夕方6時に集合し、最初の爆弾が落とされたといわれる瓦町小公園を通ってコトデン瓦町駅ビル8階で体験談を聞き、今もつづく戦争に反対する運動の現在を確かめ合うことにしています。

 これに先立つ5月1日には第94回香川県メーデー集会にJCJ香川支部が来賓として招かれました。壇上からお祝いの発言をさせてもらいました。県内のメディア,とりわけ地方紙が自民党国会議員一家の支配下にあり、県民の信頼どころかという事情もあり、「深まる新聞の危機」を訴えJCJ活動の大切さを訴えました。
 8・15は、世界から戦火をなくすためになにができるのか。話し合い、行動する機会をふやす契機となる行動をおこしましょう。
   JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年6月25日号
posted by JCJ at 01:00 | TrackBack(0) | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月14日

【支部リポート】広島 核兵器へ一歩も サミット祭り≠ノさせない=井上俊逸

 広島支部は、原爆被爆地広島での開催(5月19〜21日)となった先進7カ国首脳会議(G7サミット)が、被爆者をはじめ多くの市民が願う核兵器廃絶の道へと向かうのではなく、逆に「核抑止力」を肯定、助長する場になるとの強い懸念を抱く支部内外の人たちと議論を重ね、浮かび上がった問題に対する意見の発信やヒロシマの声をG7首脳らに届けるための活動を展開してきた。
G7広島サミットが正式決定されて以降、支部では毎月の幹事会などを通じて、ロシアとウクライナの戦争が長期化し、核兵器の使用も現実の脅威になる中、広島選出の岸田文雄首相が議長となって開かれるG7サミットをどう見るか、「歓迎」が際立つ地元メディアの報道にも疑問の目を向けながら論議を続けた。

  結果、日本以外はすべてNATO加盟国というG7のサミットが対ロシアで結束力を強めるばかりか、力対力の論理、すなわち核抑止論の正当性を世界にアピールするための「貸座敷」にヒロシマが利用されてはならないという問題意識を共有。今年に入ってから支部としてできる具体的な取り組みに踏み出した。

  主には二つあり、第一は、広島サミットのG7首脳共同声明に核廃絶の方向へ一歩でも進む文言を盛り込むよう促すために、G7各国の政府関係者はもとより、世界から広島に集まってくる市民運動グループやメディア関係者らに対し、核被害(被爆)の実相をリアルに知るのに役立つ機会や資料、情報の提供。
 そこで思いついたのが地元紙、中国新聞の労働組合が被爆50周年の1995年に「もし被爆直後の惨状を伝える新聞が翌日発行されていたなら」と想定し、作成した「ヒロシマ新聞」と、60周年の2005年に新聞労連が作成した英語版の「ひろしま・ながさき平和新聞」。同労組と労連に協力を求めて無償提供を受け、「みんなの市民サミット2023」(4月16・17日)と「世界の核被害者は問う G7首脳へ」(5月13日)の二つの集会で参加者に配布した。

 第二が、同じように「広島サミットを単なる政治ショー、あえて言えばお祭り≠ノしてはならない」と考えるTBS報道特集特任キャスターの金平茂紀さんらが企画した「核廃絶を求めるG7サミット直前広島イベント」(5月17日)に支部として後援団体に名を連ね、この集いの準備・運営に参画。200人規模の参加実現に寄与したことだ。 
   JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年5月25日号
posted by JCJ at 03:00 | TrackBack(0) | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年06月23日

【オピニオン】被爆地から「9条守れ」広島「総がかり実行委」憲法集会=井上俊逸

 広島市では5月3日、JCJ広島支部のメンバーも加わる「戦争させない・9条壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会」が主催する「2022ヒロシマ憲法集会」などがあった。
 この集会は「市民がつくる新しい社会」をテーマとし、市民連合@新潟共同代表で新潟国際情報大教授の佐々木寛さんが記念講演。主会場の広島弁護士会館には約260人が集まったほか、県内5カ所をオンラインで結び、ウクライナ危機に乗じて「核共有」や敵基地攻撃能力の保有」が唱えられる中、被爆地ヒロシマから「戦争する国づくりを許さない、憲法9条守れ」の声を大きくするとともに、広範な市民参加型で県知事選や国政選挙を戦い、野党共闘候補の勝利を続けている新潟の取り組みに学び、9条の命運を決する天王山と言われる7月の参院選に臨む決意を固め合った。
  また、原爆ドーム前では「5・3憲法を活かそう女たちの会」が「憲法を守り生かす社会に」と書かれた横断幕を掲げ、通りがかった人に「9条をどうすべきか」を問うシールアンケートに取り組んだ。
  一方、自民党の地元支部もこの日、市内で憲法研修会を開催。約180人が参加し、支部長でもある党総裁の岸田文雄首相から寄せられたビデオメッセージが紹介され、改憲に向けて機運の盛り上げを図った。
 これらの集会について地元紙の中国新聞は「改憲派、護憲派がそれぞれの主張を繰り広げた」と並列的に報じ、他紙の地域版や地元の民放各局、NHKもほぼ同様だった。その中で、3日付の中国新聞の社説は「緊急事態条項の新設を突破口に、憲法改正への道を開く構えを与党自民党が本格化させている」ことを取り上げ、「権力が暴走した戦前のような社会に逆戻りする恐れがあり、看過できない」と論じていた。
  井上俊逸(広島支部)
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年5月25日号
posted by JCJ at 01:00 | TrackBack(0) | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月12日

【支部リポート】広島 金権政治で意見交換 支配の構図の潤滑油は=難波健治

 2019年の参院選をめぐる大規模買収事件で、河井克行元法相=実刑確定=や妻の案里元参院議員=有罪確定=から現金を受け取り、検察審査会が「起訴相当」と議決した広島県議ら被買収議員35人への東京地検特捜部の再捜査の結論が近々にも発表されようとしている。県議、市議ら7人が相次いで辞職する中、欠員に伴う補欠選挙も始まろうとしている。
 この事態を受けてJCJ広島支部は、「広島の金権政治」をテーマにオンラインによる放談会を3月2日に開いた。会員や市民ら19人が参加し、約90分間にわたり意見を交換した。
 冒頭に支部から、このたびの事件であまり問題化されていないともいえる事柄4点を、「話題提供」として紹介した。
 長年にわたり県政界に「ドン」として君臨した元県議会議長らのグループが家宅捜査や聴取を繰り返し受けながらも摘発を逃れた▼19年の広島選挙区選挙では、自民党2人目の公認候補で落選した溝手顕正陣営も、地方議員にカネを振り込んだり振り込もうとしたりした▼05年の広島県知事選後、当時の知事後援会事務局長が政治資金収支報告書虚偽記載で逮捕された事件では、自民党は4年に1度の知事選でも県議らにカネを配ってきたことが明るみになった▼1979年に表面化した県庁ぐるみのカラ出張事件では、億単位の不正経理によって生み出されたカネが、知事の選挙資金として上納された疑いがある、という4点。

 意見交換では、広島における公職選挙で自民党は、小学区単位につくった社会福祉協議会なるものを通して民生委員ら福祉関係者を巻き込んだ「支配の仕組み」をつくりあげている▼この構図の中でゆがんだ政治資金が組織を活性化する「潤滑油」のように使われていないか、などの情報提供や指摘もあった。
 広島で市民は河井事件の先に、政治や選挙に関するどんな目標を掲げて活動すべきだろうか、という点も議論された。
 オンラインによる放談会は今回、支部として初の試み。今後、さまざまな地域の課題をテーマに選び、「その問題の専門家」を招いた「オンライン記者会見」をやってみようか、と話し合っている。
 難波健治
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年3月25日号


posted by JCJ at 01:00 | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月25日

被爆76年 どう引き継ぐ長崎 「市民の歴史」愚直に綴れ 二番手に悩み、資料館も=橋場紀子

IMG_8653.jpeg


  首相の1分遅刻が注目された平和祈念式典から1か月後の9月9日、長崎市の平和公園では恒例の「反核9の日」の座り込みが行われた。原水禁の共同議長で被爆者の川野浩一さんはマイクを握り、平和祈念式典後の菅義偉首相とのやりとりに触れた。「広島の原爆資料館には総理をはじめ、閣僚もあわせこれまでに50数名が訪れている。では、長崎の資料館には何人が来たのかー」。

首相の訪問なし
  原爆投下の翌年の「慰霊祭」以降、8月9日の「平和式典」に現職の首相が参列したのは1976年が初めてで、広島から5年遅れた。長崎原爆資料館によると、96年の開館からこれまで現職の首相が同館を訪問・視察したことはない(前身の国際文化会館には84年に中曽根康弘首相(当時)が来訪。現資料館には延べ4人の閣僚が訪れている)。「海外では『広島・長崎に来て、原爆被害の実態を見てほしい』と訴えながら、総理はなぜ、誰一人として長崎には来ないのか」、川野さんは語気を強める。

相次いで鬼籍に
 今年、地元メディアは盛んに被爆者団体の活動継続への不安を書きたてた。被爆者援護と核兵器廃絶運動、そして被爆体験の継承をけん引してきたいわゆる「被爆地の顔」となる被爆者がここ数年、相次いで鬼籍に入った。あわせて、長崎被災協の場合、コロナ禍で修学旅行生や観光客がぱったりと止み、事務所1階に入った土産物屋が撤退。テナント収入を見込んでいた活動資金に大打撃を与えた。また、県被爆者手帳友愛会は、前会長の後任選びが難航した経緯を持つ。
 「怒りの広島」「祈りの長崎」と長く言われ、長崎は都市の規模が大きな広島の「次」、後塵を拝するイメージがつきまとう。オバマ米大統領は長崎には来ず、ローマ教皇は広島にも寄る。常に二番手であるものの、人数が少ないからこその平和活動の「まとまり」(田上市長が「チーム長崎」と評した)は長崎の強みであった。しかし、被爆者団体だけでなく、被爆二世や労働組合までも高齢化し、平和活動を支えられなくなりつつある。
 被爆二世で、平和活動支援センターの平野伸人所長は長崎の現状について、「基礎体力がなくなっている」と憂う。平野さんの活動は幅広く、在外被爆者や中国人強制連行被害者、被爆体験者の救済・支援に加え、高校生平和大使など若い世代のサポート役も担う。8月9日を前に、メディア取材が最も集中する一人だ。しかし、ここ数年、様相が変わってきたと平野さんは感じている。

本質ぼけている
 「『被爆』という言葉がつかなければメディアは興味も示さない。全国で報道されるが、広島・長崎はこうでなければいけない、と凝り固まってしまっている」と指摘する。分かりやすく共感を呼びやすいストーリーが描けたとしても、内外の戦争被害者を追い続けたり、読者・視聴者に多様な視点を提供したりはできず、「問題の本質がぼけているのではないか」(平野さん)と手厳しい。
 もはや、被爆者、戦争体験者の声が聴ける本当に最後の時代だ。原爆被害だけでなく、いったい先の戦争は何だったのか、「市民の歴史」を愚直に綴れ、「取り残された者は本当にいないのか」と長崎は問われている。被爆者と共に在る残り少ない「8月9日」だったのに、政権末期を象徴したとはいえ全国からは「首相の1分遅刻」で描かれてしまう−その溝もまた、長崎の課題である。
 橋場紀子
 JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年9月25日号
posted by JCJ at 01:00 | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月11日

【被爆から76年・広島】核禁条約に首相触れず 姿勢象徴する読み飛ばし=難波健治

  核兵器禁止条約が発効して初めて迎えた「原爆の日」の6日、広島市の平和記念式典に出席した菅義偉首相は、式典あいさつで核禁条約には一言も触れず、その後開かれた記者会見で「条約には署名しない」と明言した。また、市民ら国際社会が強く求める第1回締約国会議へのオブザーバー参加さえ消極的な姿勢を示し続けた。
 広島平和記念公園で行われた式典は今年もコロナ対策で一般席は設けず、被爆者や遺族、国内外の政府・政党代表や大使ら約750人が参列した。
 その式典で菅首相は、事前に用意した原稿の一部を読み飛ばした。その部分には、「核兵器のない世界の実現に向けて力を尽くします」という自らの決意と、「わが国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり」という政府の立場の根幹部分があった。
 平和記念式典は、原爆の犠牲にあった多くの人々を弔い、世界から核兵器をなくすことを誓う特別の場である。読み飛ばした結果、意味が通らない形になったが、首相はそのまま読み続けた。まさに、菅政治を象徴する場面となった。
 首相はあいさつの冒頭でも、「広島市」を「ヒロマシ」、「原爆」を「ゲンパツ」などと読み違えて言い直した。
 また広島市と被爆者団体はこの日、原爆投下時刻の8時15分に東京五輪の選手村などで黙とうの呼びかけをするよう国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長や組織委員会に求めていたが、IOCは応じなかった。
難波健治(広島支部)
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年8月25日号

posted by JCJ at 00:00 | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月23日

「平和」と銘打った広島市条例に疑問と批判 賛否両論「式典を厳粛に」被爆者団体などは「言論の自由侵害する」=宮崎園子

広島.jpeg

《平和》と銘打った条例が、広島市議会(写真上)で成立した。米軍の原爆投下から76年、「平和都市」広島市民の代表である市議会が初めて議会発案で制定した「平和推進基本条例」。しかし、内容や成立過程において、被爆者団体や平和団体、専門家らの意見は蔑ろにされた。「平和」がスローガン化した被爆76年の広島。3月末までは全国紙記者として記者席で、4月以降は一市民として傍聴席で市議会の審議を見てきた筆者に条例は象徴的に見える。宮崎園子(広島支部)

「憲法という言葉がなく基軸が見えない」「今この時に条例を制定する意味は」
 6月定例会最終日の6月25日、2日前に上程された条例案について、野党会派の2議員が反対討論した。だが、その後議論はなく、条例案はわずか30分で賛成多数で原案通り可決。この日までの流れには紆余曲折があった。
 市議会は当初、被爆75年を意識し、2020年度内の成立を目指してきた。各会派代表でつくる政策立案検討会議は2年間の議論を経て今年1月に素案を公開。約1カ月間市民意見を募り、600近い市民・団体から1千項目超の意見が寄せられた。
 平和団体などが問題視したのは主に3点。条例での平和の定義が、核兵器廃絶や武力紛争に限定されていて狭小である(第2条)▽平和の定義を核兵器廃絶に事実上限定しているのに、「核兵器禁止条約」への言及がない▽市民の役割を、「市が推進する平和施策に協力する」と、義務づける条項がある(第5条)––ことだった。「核禁条約発効の年に、広島の条例として世界に出すのが恥ずかしい」。NPO法人理事の渡部久仁子さんは言う。
 意見が最も寄せられ、賛否が真二つに割れたのは、8月6日の平和記念式典を厳粛の中で行うとした第6条2項だった。これには伏線がある。

 拡声器の是非

 式典中、原爆ドーム周辺では、政府の核政策に抗議するデモ団体が、拡声機でシュプレヒコールをあげながら行進し、機動隊が警備にあたる光景が繰り広げられてきた。こうした中、市は、条例規制を視野に、式典中の拡声機使用について市民アンケートを実施。これに対し、被爆者団体や弁護士会が「条例による規制は言論の自由の妨げにつながる」と批判した。
 デモ団体の拡声器使用には、被爆者団体や平和団体の中にも否定的な意見は根強い。「式典の時ぐらい静かにして」との声は、普段取材する中で多く聞く。だが、そんな人々からも反対の声が上がったのは、核兵器廃絶に消極的な日本政府と、核兵器を「絶対悪」とする被爆地・広島との間の温度差がゆえだ。「静かに祈るだけでは平和はこない」「批判できないならまるで戦時中だ」
 式典での内閣総理大臣は、国連で採択された核禁条約に触れない形式的あいさつを繰り返してきた。政府は、条約を批准しないどころか、核兵器先制不使用方針を示した米政府に抗議するなど、核抑止力に依存し続ける。
 式典のあり方を問題視するデモ団体側と市側は、音量調整などの協議を重ねてきたが、協議は膠着。そんな中浮上したのが、今回の平和推進基本条例案だった。
当然、式典の「厳粛」規定に注目が集まった。
 「厳粛」規定を支持する市民団体「静かな8月6日を願う広島市民の会」は、SNSを使って市民意見の提出を呼びかけた。石川勝也代表は、「8月6日は静かに手を合わせて祈りを捧げる日。政治的主張をする場ではない」。

 「歴史的な愚策」

 一方、長く被爆者援護に取り組んできた田村和之・広島大名誉教授(行政法)は、「平和都市の自己否定というべき歴史的な愚策」と痛烈に批判する。「基本条例なのに第6条だけは具体的な施策を定めていて異様だ」
 意見の精査に時間がかかり、年度内成立を断念。3カ月で計9回、寄せられた意見を条文ごとに検討した。だが、議員9人の全員一致でのみ意見を採用するとした結果、意見の多くは反映されなかった。その後、核禁条約については発効の事実のみが前文で挿入され、平和団体が問題視した市民の協力義務規定(第5条)は削除された。だが、狭小な平和の定義や、式典「厳粛」規定は残った。
 条例を作ること自体が目的化し、条例の先にどういう市民社会づくりめざすのか、広島から訴える平和とはどういうものなのか、市民を巻き込んだ深い議論がないまま出来上がった条例。被爆者なき後、広島の街は、何を背骨として生きていくのだろうか。そのことがいま、改めて問われている。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年7月25日号
posted by JCJ at 01:00 | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月25日

【支部リポート】香川 お寺で小僧生活送った会員が自分史 赤旗記者36年を振り返る=刎田鉱造

                         
DSCN7929 (2).JPG

 販売チラシには、「『赤旗』記者になった京都のお寺の小僧さん」とあるように、京都・花園の臨済宗総本山妙心寺の塔頭寺院で4年間、小僧生活を送った著者が、楚田という自分の名前のことを手始めに、香川へ引っ越して8年を期して、自分史のエッセンスをまとめたもの。京都の学生運動や立命館大学梅原猛ゼミ、「赤旗」記者としての36年をふり返りつつ、八鹿高校事件と但馬の日々、京都府庁の「憲法」垂れ幕が降ろされた瞬間、田中角栄と早坂茂三氏のことなど歴史の目撃者として見たことを記録。家族新聞のこと、京都の『無言宣伝』の本に寄せた「一人でもやる、一人からはじめる」、そして「オレの八十をみてろ!」などが第一部です。
 「ぴーすぼーと漂流記」と船内家族「イルカ家」や2015年NPT再検討会議への要請行動ーNY・ボストンへの旅や、中国、韓国への旅の報告など反核・平和・友好・地球一周の旅のリポートが第二部です。
  寄せられた感想には、「自分の人生の折々と重ね合わせて読んだ。自分史を出したいと思った」「『赤旗』が注目されているとき、こんな記者もいたんだという意味で、タイムリーだったのでは」「元気をもらった。われわれもまた志高く生きたいと感じた」などなど。

 楚田さんは「読んでもらって、たよりやメールをもらう中で、旧交を温め、コロナ禍の大変な日々をお互いに意気高く過ごしていこうと気持ちを通わせることができたのは、なによりの収穫であり、うれしいことでした」。
 なお、本の表紙には、香川町浅野に伝わる農民の祭り「ひょうげ祭り」の装束をした写真と、元国連軍縮担当上級代表のドウアルテ氏に2010年段ボールの署名の山とともに一緒に写した写真をみせた時の一コマを使っているのも、工夫の一つです。
刎田鉱造
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年4月25日号
posted by JCJ at 02:00 | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月30日

【支部リポート】 香川 それぞれの「8・15」 次世代にどう語り継ぐか=刎田鉱造

                                                   DSCN8108 香川.JPG
 香川支部は2020.8.15、午後2時から4時まで高松で8月集会を持ちました。9人が参加、それぞれの「8・15の思い」を語りました。ヒロシマ被爆手記朗読の会にかかわるYさん。「今年は若い人に引き継いで、新しい活動をする。会の歩みと未来へ語り継ぐための宝の動画を作ります」と。   「語り継ぐがキーワード」と高松空襲の語り部に取り組むSさん。「動員されてきた労働組合の青年にわが町の近代史を知りましょう、と話した。私の仕事は伝えるための資料つくりを急ぐこと」。 午前中、野党の街頭宣伝に参加してきたTさん。「いまの政治のテーマをもっと深めなくちゃあ。若い人であれ、年配者であれ分かったつもりになっていないか」。1939年生まれ、年配のHさん。「このさき10年は生きていられないと思うから、いま私の8.15を若い人に伝えたいがどうしたら……」。
 1945年、国民学校1年生だったIさん。「15日の記憶ない。7月4日の高松空襲、その日予讃線は動いていた。そういう周辺のことをもっと記録していくことが大事だ。いまから私に何ができるか。戦前世代でも戦後世代でもないことにこだわり続ける」。
同じ8・15、9歳だった私。「午後、川へ泳ぎに行く途中、白衣に戦闘帽の兵隊から『戦争は終わった』と聞かされた.玉音放送は覚えがない.先生のいうことがコロッと変わっていた9月の学校。そのままいまも地続きの8月15日」。大学で若い人と学んでいる元民放局員。「最近の子どもたちは感性豊かだ.。きちんと分かってくれるが、じゃあ自分が何かするべきだとはならない。私たちの世代が過去を懐かしく語り継ぐだけではだめで地域や子どもたちにアクションかけよう」。 
 教員組合で頑張る小学校教員。「若い先生たち、平和の旅にいって、ここを学んでほしい、こう思ってほしいから、あなたの感性で見てきてといえるまで15年かかった」とまた「この夏コロナで走る世間のありさまを見て、恐ろしかった」とも。午前中、10月31日(日)に開く「平和ケンポーがだいじ20周年フェス」の相談会に行ってきたYさん。「野外でのオープンなイベントだけれど、そんな場所で人がよってくれるかな心配」といいながらでも「景気悪くなったら戦争という戦前起こったことがまたくるの?ちょっとそれどうよ」と。平和の日々の影でうごめくものを止める「いまが正念場」というみんなの思いがひとつに……。
刎田鉱造
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年9月25日号

posted by JCJ at 01:00 | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月24日

改憲に言及しなかった長崎平和宣言 「政権批判するな」と圧力? トーンダウン 首相への忖度か=関口達夫

            W5面 平和祈念式典全景.jpg
  被爆75年の今年、長崎市の平和祈念式典=写真=で田上富久長崎市長が読みあげた平和宣言は、日本政府に対して核兵器禁止条約の署名・批准だけでなく日本国憲法の平和の理念の堅持を求めており、広島の平和宣言より高く評価されたかも知れない。
 しかし、原爆、平和問題を永年取材し、平和宣言の変遷を知る者からすれば、今年の宣言は、安倍首相への忖度を感じざるを得ないものだった。それは平和宣言が2014年、安倍首相の集団的自衛権の行使容認は「戦争をしないという平和の原点が揺らぐ」として、国民の不安の声 に耳を傾けるよう訴えてきたからだ。
  宣言は15年も、同じ理由から安保法制について安倍政権に慎重審議を求めた。だが、翌16年からは「日本国憲法の平和の理念を堅持するよう求める」と、抽象的な表現へのトーンダウンが始まった。
 長崎の平和宣言は、被爆者や学識者、若者らで構成される平和宣言起草委員会の意見を参考にして作成される。
             W5面 平和宣言を読む田上富久長崎市長.jpg
抽象化進む宣言
 16年の起草委員会では憲法9条を改正しようとする動きに警鐘を鳴らすよう求める意見が相次いだ。しかし、田上市長は、憲法改正に言及せず、憲法の平和の理念を堅持せよという表現に留めた。なぜ平和宣言は変質したのか。それは安倍首相とパイプがある長崎県選出の自民党国会議員が、田上市長に平和宣言で政府批判をしないよう”圧力“をかけたからといわれている。
 コロナ禍に乗じて安倍首相や自民党から、憲法に緊急事態条項の新設を求める声が上がった今年は、被爆者らから平和宣言起草委員会で、緊急事態条項の新設や9条に自衛隊を明記する憲法改正案に反対するよう求める意見が出されたが、宣言には全く反映されなかった。
  このことは、戦争と原爆で甚大な被害を受けた被爆地としては看過できない問題だ。何故なら憲法9条に自衛隊を明記すると、自衛隊が海外でアメリカなどと一緒に正々堂々と戦争をすることが可能になり、その結果日本が戦争に巻き込まれ、場合によっては再び核攻撃を受ける危険性さえ生じるからだ。
危うい現実伝えて
 だが、平和宣言が憲法改正の動きに言及しなかったことを報道したマスコミは皆無だった。それは、記者たちが若く、憲法改正や敵基地攻撃論議など日本を戦争する国にしようとする動きに関心が薄いからではないか。原爆は、戦争の過程で投下された。だから記者たちには、核問題だけでなく戦争につながる動きにも関心を向けて欲しい。
 そうすれば日本が、安保法制や憲法改正によってアメリカの戦争を支援する体制を整えつつあることがわかる。その上で平和宣言が憲法改正に言及しなかったことを報じれば被爆地の市長を取り込んで戦争へと突き進む日本の危うい現実を伝えることができる。
関口達夫(元長崎放送記者)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年8月25日号


posted by JCJ at 01:00 | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月21日

【支部リポート】 香川 懸念つづくゲーム条例 陳情2件 提訴の動きも=刎田鉱造

                ネットゲーム.jpg
 「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」が4月1日から施行されています。条例には家庭に「子どものゲームは一日60分」をルールにして守ることを保護者の責務と明記されています。県議会審議中から子どもの権利を侵害している、家庭に自己責任を押しつけている、など懸念の声や行動が続いています。
 条例施行後開かれた香川県議会6月定例会(7月13日閉会)ではネット・ゲーム依存症対策条例の「制定過程の問題点の洗い出し」を求める陳情2件が出されましたが、不採択となりました。
 香川県弁護士会(徳田陽一会長)は会長声明を発表(5月25日)して「条例の廃止、特に本条例18条2項については即時削除」を求めました=写真=。声明はゲーム時間の目安を決めた18条は憲法が保障する自己決定権を侵害する恐れがある、さらに遊ぶ権利を定めた子ども権利条約の趣旨に反する、などと訴えています。
 また、高松市内の高校生、渉(わたる)さん=17、名字非公表=は県を相手に違憲訴訟を起こすことにしています。撤回を求める訴訟費用をクラウドファウンディングで募集、すでに目標額を集めて秋口には条例撤回を求める提訴を進める模様です。
 もう一つ大きな問題になっているのが制定前に県議会が実施したパブリックコメントです。寄せられた2686件の意見のうち8割ほどが賛成意見ですが、なんと同じ文面が多数あり、同じパソコンからの発信が多いなどおかしなことだらけ。京都市の市民団体「パブリックコメント普及協会」が検証を求める意見書を提出しています。
 疑問渦巻くパブコメですが「行政が私的なことに介入すべきでない」という反対意見が400件あったことは注目してよいと思います。
 県議会では共産党の秋山時貞県議が市民の声をよく聞いた論戦を展開しました。採決は賛成22(自民党県政会、公明党、無所属)反対10(日本共産党、自民党議員会)。棄権(退席)8(リベラル香川)でした。
 同様のゲーム条例を計画していた秋田県大館市では香川の動向を注目して作業をストップするなど影響は広がっています。
刎田鉱造
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年7月25日号

posted by JCJ at 01:00 | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月12日

山陽新聞不当配転 加計隠し報道を批判 3人の労組が勝利 報復人事はね返す=藤井正人

          ■山陽新聞.jpg
  山陽新聞社では、私たちの組合と社との間で、ことし2月まで5年余に及ぶ長い争議が続いた。「私たちの」と記したのは、社が半世紀以上前に山陽新聞労組を分裂させてつくった第二組合があるからだ。いまや、私たちが3人なのに対して、第二組合は300人もの圧倒的多数になっている。
 印刷一筋の人を
 争議で争った事件は複数あるが、そのうちの一つが社による正副委員長の出向拒否事件だ。印刷工場直営化を求める山陽労組の運動方針を理由に、社は、2018年春稼働の新印刷工場に、高校卒業以来40年印刷一筋で働いてきた正副委員長2人を出向させず、異職種配転した。
 一方、新印刷工場の別会社化を容認する第二組合の印刷部員は、希望者全員を新工場に出向させた。山陽労組は、この差別人事を不当労働行為として、同年4月、岡山県労働委員会に救済を申し立てた。
 新聞労連や地域の仲間の支援を受け、多彩な戦術を駆使して闘った。その中でも、大きな転機となったのは、19年2月に元文部科学省事務次官の前川喜平氏を招いて開いた市民集会だった。「これでいいの? 山陽新聞」と銘打った集会は、定員300人の会場に400人もの市民が詰めかけた。
 不当配転人事をめぐる労使争議なのに、なぜ前川氏を招いた集会が企画されたのか、不思議に思われるかもしれない。それは、山陽新聞が加計問題をめぐって、加計隠しとも言える報道をしていたこと、山陽労組がそれを厳しく批判していたことによる。
 社説で書かない
 加計学園は、岡山市に本部を置く。そして、加計学園の運営に、山陽新聞会長が学園理事としてかかわっていた。だから、山陽新聞は@加計問題をできるだけ1面を避けて中面で目立たないよう小さく扱うA共同通信配信記事は、本記を使用するにとどめ、解説やサイドを使っての多角的な報道をしないB社説で取り上げないC見出しは「加計」の文字を使わず「獣医学部新設問題」と言い換える――という報道を展開した。
 団体交渉などで再三、このような報道では、安倍首相が国政を私物化している加計問題の本質を読者に伝えられないと批判する山陽労組が社は、疎ましかった。そして、わずか3人の山陽労組が、サイレント・マジョリティーである第二組合に影響力を広げるのを嫌った。
 新印刷工場をめぐる問題では、社は、社の方針に反して、あくまで直営化要求を下ろさない山陽労組に対して、正副委員長を不利益に取り扱うことで、第二組合への戒めにしたかったのだ。不当配転人事と、紙面をめぐる問題は、異論を許さないという点で同根だった。だから、前川氏を招いた集会が大きな意味を持ったのである。
 会長は利益相反
 前川氏は、山陽新聞会長が加計学園理事を務めていることを利益相反だとして厳しく批判した。さらに、紙面について沈黙する第二組合に「職能団体として、自分たちの立場、仕事、自由であるべき活動を守ることも労働組合の重要な役割だ」と指摘、奮起を促した。
 争議は、岡山県労委が19年11月、「山陽労組の組合員であるが故の、いわゆる見せしめ人事を行ったものと認められる」と、明確に不当労働行為を認定、組合の完全勝利に終わった。しかし、読者の負託に応える紙面づくりは宿題として残されている。
藤井正人(岡山支部)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年5月25日号

posted by JCJ at 11:12 | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月05日

【支部リポート】 香川 気になる事態が二つ 水道広域化とネット制限条例=はねだ鉱造

       DSCN6367.JPG
 コロナの恐ろしさが日々身に迫ってくる4月。ほかのことは影が薄くなってしまいがちだが、香川で普通に考えるとおかしいなといえることが二つ始まった。
 その一。水道の広域化。全県の水道を一つの広域水道企業団にして2年、この4月から市町村ごとの事務所を5ブロックにまとめ、料金支払い方も統一した。集金業務は高松、中讃ブロックなどでヴェオリア・ジャパンという世界トップクラスの水を商売にしている会社に委託されている。水道が金儲け仕事になってしまう心配が大きい。
 こういう不穏な事情は、ほとんどの県民に知らされていない。事業団は「お客さんの声はちゃんと聞きます」などと涼しい顔だ。そこで住民側は「いのちの水を守る会香川」(写真)を3月20日に発足させ、企業団との窓口をつくった。先行きは簡単でなかろうがヨーロッパで破綻した水道民営化を簡単に許すわけにはいくまい。
 その二。こちらも全国に先駆けて県議会で成立した「ネット・ゲーム依存症対策条例」が4月1日にスタートした。保護者にスマホやゲームを使う時の家庭内ルール、18才未満は平日60分、休日90分とするなどまことにお節介な県条例だ。いかがなものかと思うのだが「ネットやゲーム依存症対策に向けた県や学校、医療関係者、家庭などの役割をバランスよく目配りできた優れた条例だ」(尾木直樹氏、四国新聞)という見解もある。
 議論が拙速だとして共産党2人、自民党議員会8人が反対、リベラル香川7人が退席するなか、自民党県政会19人、公明党2人、無所属1人の賛成で可決した。
 この問題をめぐっては、パブリックコメントが集められたが最近その原本が開示された。多数を占めた賛成意見に「全く同じ文章が」が何パターンもあったと伝えられる(瀬戸内海放送)などおかしなことがまた明らかになった。
 コロナの陰に捨て置いてよい問題ではない。さてどう攻めようか。
  はねだ鉱造
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年4月25日号

posted by JCJ at 15:24 | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする