2023年01月23日

【22読書回顧】―私のいちおし  沖縄問題を固定化するもの、その正体に迫る 黒島美奈子(沖縄タイムス論説副委員長)

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 在日米軍基地が集中し、事件・事故など基地問題の解決は遅々として進まない。沖縄の子どもの3人に1人は相対的貧困で、その割合は全国に比べ多い。
 沖縄が日本に復帰して50年がたっても変わらぬ二つの景色。その理由のすべては「本土優先―沖縄劣後」の構造から発生する「自由の不平等」にあった―。

 安里長従さんと志賀信夫さんの共著「なぜ基地と貧困は沖縄に集中するのか?」(堀之内出版)は、琉球処分から現代まで沖縄を取り巻く事象が、なぜ、どのように発生し、どんな影響を沖縄に与えたのかを紐解く一冊である。
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 著者2人の出会いが面白い。安里さんは石垣市出身で那覇市在住の司法書士。志賀さんは宮崎県出身で県立広島大学の准教授。2人を結びつけたのは貧困問題だった。
 司法書士として多重債務問題の解決に取り組んできた安里さんは、貧困問題にもまなざしを向けるようになる。そこで出合ったのが志賀さんの提唱する「貧困理論」だ。

 「沖縄の深刻な貧困問題は、基地問題を避けては説明ができないのではないか」と考えていた安里さんは、貧困の背景に社会的排除があるとする理論の中に、沖縄の基地問題と貧困問題を一体的に解決する道筋を見いだしていく。
 貧困理論が沖縄の基地問題の構造を明らかにするという視点は、志賀さんにとっては新たな挑戦であったようだ。
 沖縄振興、沖縄ヘイト、沖縄論など、沖縄の基地問題や貧困問題を巡って派生するさまざまな事象についても解説。どんな構造の下で、何を目的に生まれてきたのか、さまざまな理論を用いて丁寧にほどいていく。
 復帰50年の節目の年はもうすぐ終わる。ポスト復帰の時代、次の50年ではきっと違う景色を見たい。「沖縄問題」の解決を阻む正体を知り、挑むため読むべき一冊である。
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2023年01月22日

【今週の風考計】1.22─流星群の襲来と「アルテミス計画」への不安

今年は流星群の当たり年
旧友からの年賀状に「会いたいね!」の1行があった。これに勇を得て、3年ぶりに旧友と会い酒を酌み交わし歓談した。
 その余韻を胸に帰宅の道すがら夜空を仰ぐと、ウサギの跳ねる月が輝き、「冬の大三角」や「オリオン座」が光っている。今年の日本の空は、流星群が襲来する当たり年だそうだ。
さっそく三大流星群の一つ「しぶんぎ(四分儀)座」流星群が、新年早々4日の明け方、襲来したという。気づいたのが遅く悔やまれる。
 4月には「こと座」流星群(4/23)を始め、「みずがめ座」(5/6)、「ペルセウス座」(8/13)、「りゅう座」(10/9)、「オリオン座」(10/22)、「しし座」(11/18)、「ふたご座」(12/14)、「こぐま座」(12/23)の流星群が次々に襲来する。星座図を繰りながら、それぞれの位置を確かめるのに四苦八苦。

つづく太陽系外惑星の発見
先日、41光年先の宇宙空間に、地球とほぼ同じ大きさの惑星があるのを、「ジェイムズ・ウェッブ」宇宙望遠鏡を使って確認したとの報告が発表された。
 この太陽系外惑星は、南天の「はちぶんぎ(八分儀)座」の方向にあり、「LHS 475 b」と名付けられている。その直径は地球の99%、表面温度は地球より250℃も高いそうだ。さらに地球でいえば太陽に当たる赤色矮星「LHS 475」を、約2日の周期で公転していることが確認された。
また分光観測を行うと惑星の大気にどんな物質が存在するか分かるが、もしCO₂と雲の成分が検出されれば、金星に似た惑星の可能性もあるという。
これまでに多くの太陽系外惑星が見つかっている。昨年6月には、「ふたご座」の方向32.6光年先にある恒星を公転する2つの太陽系外惑星も発見された。この惑星は、1つは地球の1.2倍、もう1つは1.5倍の大きさで、岩石惑星(スーパーアース)とみられる。表面温度は、1つは435℃、もう1つは284℃と推定されている。

「アルテミス計画」に漂う不安
宇宙の探査や研究は年ごとに加速し、国際的な共同プロジェクトが進む。人類を再び月に送る国際宇宙探査「アルテミス計画」も、その一つだ。米国をリーダーにして本格的に動きだした。
「アルテミス計画」に参加・協力する日本も、民間の宇宙ベンチャー企業「ispace」(アイスペース)が、昨年12月11日に月面探査プログラム「HAKUTO-R」<ミッション1>に基づく月着陸船(ランダー)を打ち上げた。民間では初めての月面着陸を目指し、いま宇宙を順調に航行している。
 来年4月末ごろには月面へ着陸するよう準備し、成功すれば民間機としては世界初の月面着陸となる。<ミッション3>段階になれば着陸や輸送の精度を高めて、「アルテミス計画」の火星探査にも協力するという。
しかし、この計画も13日に日米両政府が交わした宇宙分野に関する協力協定を見ると、急速に進むロシアや中国の宇宙開発に対抗し、宇宙空間での覇権を握るための軍事利用に転嫁する懸念は大きい。平和利用に専念できるのか、依然として不安は消えていない。(2023/1/22)
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2023年01月21日

【22読書回顧】―私のいちおし 風間直樹(『週刊東洋経済』編集長)妻の介護と精神医療の現実を報告

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 この数年間、日本の精神医療の抱える現実の取材を重ね、現場では長期入院や身体拘束など人権上の問題が山積している実態をリポートしてきた(本年3月『ルポ・収容所列島』として上梓)。このテーマを患者家族の立場から描き出した一書が、永田豊隆『妻はサバイバー』(朝日新聞出版)だ。
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 本書は精神疾患を抱えた妻の介護と新聞記者の仕事を両立させてきた、実に20年にわたる日々がつづられている。患者を閉じ込め、薬でおとなしくさせて終わりという精神医療のお寒い現状、その一方で地域で支える医療や福祉の資源があまりに乏しいゆえに強制入院に頼らざるを得ない家族の厳しい現実があることを、客観的に描いた貴重なリポートだ。
 朝日新聞記者として生活保護や国保滞納問題などで当事者の立場に深く寄り添い、かつ鋭い問題提起を重ねる筆者の記事の数々を畏敬の念をもってみていたが、こうした環境下での仕事だったとは思いもしなかった。

 終わらぬ疫病に侵略戦争、そしてテロ…。生と死を考えさせられる事の多い陰鬱な現下で手に取った一冊が、山本文緒『無人島のふたり』(新潮社)。直木賞作家の筆者が突然すい臓がんと診断され、その時すでにステージは4b。抗がん剤治療はせずに緩和ケアに進むことを決めたとの記載から始まり、亡くなる直前までほぼ毎日書き続けられた日記だ。
 闘病の苦しさを描きつつも時にユーモアを交え、最後の日々を書き連ねる筆者の姿勢に、自らの人生をしっかりと生き抜く覚悟を教えられた。

 最後は専門の経済分野から一冊、高橋篤史『亀裂 創業家の悲劇』(講談社)を挙げたい。企業・経済取材は多くの場合、合理的な判断や方針によって生じる事柄が対象となる。例外的にそれとまったく異なるのが、同書で扱った創業一族による骨肉の争いだ。
 経済事件を扱うノンフィクションにおいて、当代随一の書き手である筆者が、世間を騒がせたお家騒動を緻密に調べ上げ、結果、人間の持つ「業」を描き切った一作だ。

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2023年01月20日

【オピニオン】有識者会議に読売、現役幹部と日経顧問 問われるメディアの姿勢 専守防衛➡軍事国家に大転換=編集部

 防衛費GNP2%、「敵基地攻撃能力」整備、軍需産業育成…、立て続きにニュースが流れ、軍事増額・強化路線が本格始動している。

メディア取り込み

 この「流れ」のスタートとなった首相の諮問機関「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の顔ぶれは、マスコミ3、金融2、技術系学者2、それに右翼の論客、元駐米大使という構成だ。初めから「防衛力増強」を目指し、メディアを巻き込み、世論操作を狙っていたことが露骨に見て取れる。
 メディアから参加したのは、朝日新聞の元主筆で「アジア・パシフィック・イニシアティブ」の代表・船橋洋一氏のほか読売新聞グループ本社代表取締役社長・山口寿一氏、日本経済新聞顧問で日本経済研究センター代表理事・会長の喜多恒雄氏。船橋氏は退職してからも発言している言論人だが、他の二人は現役の役員だ。
 政府の審議会や諮問機関に専門の新聞記者がその知識や識見を買われ参加することには、古くからの議論がある。
 「専門性を発揮して政府に働きかけるのも責任だ」などと言われる一方で、審議会などへの参加は、その結論がいかにも社会的に公正で妥当だ、だと見せかけるための道具にしかされていない、という意見が根強くあるからだ。

内実に問題あり

 政府機関については「国語審議会でも参加すべきではない」という主張もある。まして国論を2分3分する防衛問題では一層問題だ。しかもこの有識者会議の議論については発言要旨は発表されたが個人名は伏せられている。
 そもそもこの「会議」は、防衛力を単に軍備でみるだけでなく、総合的な経済・社会体制の中に位置づけ、「総合的な防衛体制の強化と経済財政の在り方」を検討するとうたっている。しかし、その内実は防衛力についての憲法上の位置や、外交による紛争解決の準備についての議論等は一切抜きの会合でしかない。

言いっぱなし会議

 はじめから憲法論抜き、財政論抜き、外交論も抜き,という組織で、その成り立ちも実は何の「権威づけ」もないままという代物だ。
 有識者会議は9月30日、10月20日、11月9日の3回討議、11月21日には報告書がまとめられた。 報告書は、日本周辺が「厳しい安全保障環境」にある、ということを口実に、@相手国のミサイル発射拠点などをたたく「反撃能力」(敵基地攻撃能力)の保有A軍事力強化の財源として「国民負担」の必要性B5年以内に防衛力を抜本的に強化する―との方向性を打ち出した。さらに、米国の核戦力を含めた「拡大抑止」や、自衛隊基地の共同使用など日米の「共同対処能力」の強化をうたっている。
  今回の提言では、このために縦割りをなくはした総合的の防衛体制の強化が必要だとして、@研究開発A港湾などの公共インフラBサイバー安全保障―について、連携強化を主張している。


問題をそらす

 この状況にメディアの社説は、読売、産経などを除いた各紙が「倍増ありき再考求める」(東京30日)、「規模ありき理解得られぬ」(神戸2日)「専守防衛の空洞化は許せぬ」(朝日2日)、「専守防衛の形骸化憂う」(東京3日)、「専守防衛の形骸化を招く」(毎日3日)など、岸田政権が唐突に打ち出してきた軍拡推進政策に対して、一応は批判的な主張を展開した。
  しかしそのメディアも政府・自民党側が「増税か」「国債か」と財源問題に焦点をそらし、軍拡そのものの目的や危険性について棚上げしようとしている状況に対しては、見て見ぬふりで無抵抗だ。
 軍需産業育成から、サイバー攻撃まで網羅するという公然化した「軍事国家づくり」は専守防衛はおろか、戦後の日本が積み重ねてきた憲法に基づく非戦「平和主義」を根底から打ち捨てることに他ならない。日本のジャーナリズムはこれでいのだろうか。
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年12月25日号
 
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2023年01月19日

【緊急お知らせ】Peatixの受付一時停止と、オンライン講演会の今後の対応について

 JCJオンライン講演会「タリバン政権の現状と故中村哲氏のレガシー〜アフガン取材報告」に申し込みいただき、ありがとうございます。
 開催日の1月21日が迫ってまいりましたが、日本ジャーナリスト会議(JCJ)事務局で本講座を担当する者の事情で、急きょPeatixでの参加申し込みが不可能な事態になりました。
オンライン講演会は参加費を取らずに無料で開催することにし、参加者にご迷惑をおかけしますが、予定通りの21日の日程で無料開催しますので、ご理解ください。
 既に手続きいただいた参加費については、返金させていただきます。「チケット代」の返金はPeatixから行います。
 返金手続き等を含め、今回の対応に問い合わせなどがありましたら、JCJ運営委員の鈴木宛にメールsuzukikatsuhiko514 @gmail.comでご連絡ください。




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【JCJ北海道】国民欺いた安倍政権 北海道新聞JCJ賞「消えた四島返還」で講演会 「領土交渉の総括と検証を」=山田寿彦

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 JCJ北海道支部は11月17日、北海道新聞の長期連載「消えた『四島返還』安倍政権 日ロ交渉2800日を追う」(21年9月刊)のJCJ賞受賞を記念する講演会を札幌市で開いた。北方領土交渉で「四島返還」から「歯舞・色丹の2島返還」へと従来方針を密かに大転換しながら、「失敗」に終わった説明責任を果たさずに国民を欺き続けた安倍政権の対ロ外交を検証し、日ロ関係の今後を展望した。
  中心執筆者の一人、小林宏彰記者(元モスクワ支局長、現報道センターデジタル委員)(=写真=)を講師に招き、市民約40人が聴講した。同書を加筆・再編成した長期連載は今年度の新聞協会賞も受賞している。
 ロシアのプーチン大統領と27回の首脳会談を重ね、「北方領土問題に必ず終止符を打つ」と大見えを切っていた安倍晋三元首相。外務省を蚊帳の外に置き、官邸主導で進められた日ロ交渉の舞台裏では「歯舞・色丹の2島返還+α(国後・択捉での共同経済活動)による決着」という日本側のカードが秘密裏に切られていた。

 大転換の舞台は「日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉加速」で両首脳が合意した18年11月14日のシンガポール会談。会談後、政府高官は「四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するというわが国の一貫した立場に変更はない」と説明。全国紙は「2島先行軸に」(朝日)など、政権は「四島返還」を堅持しているとの見方で世論をミスリードした。
 「大転換」のキーワードは「国後・択捉の断念」。事前取材でその感触を得ていた道新は翌日朝刊で「国後と択捉 扱いに懸念」と打ち、翌々日朝刊で「2島+共同経済活動軸」「国後、択捉断念も」と踏み込んだ。

 政府が建前として言い続けた「四島の帰属の確認」とは「四島すべてが日本に帰属するとは限らない」という巧妙なレトリックが隠されていたが、大半のメディアがだまされた中にあって、道新は地元紙ならではの取材力で真実に肉薄した。
 小林記者は失敗の原因として、@森政権以降の交渉の空白A内政(求心力維持)重視の外交Bプーチン盲信と歯舞・色丹だけなら返すだろうという楽観論C欧米と中国+ロシアが対抗する構図が強まった国際情勢の読み誤り――と分析する。

 「日本側が対ロ関係を2国間の問題として考えていたのに対し、ロシア側は中国・米国など世界地図の中で日本との関係の位置付けを考えていた」と振り返った。両国の大きな認識のずれを自覚しない官邸サイドは「領土問題は動く」という期待感をメディアに対ししきりにあおった。
 日ロの平和条約締結交渉は一向に進展しないまま20年8月、安倍氏は首相退陣を突然表明した。安倍氏の口から対ロ関係の「大転換」に関する公式の説明はなかった。
 退陣後の21年12月17日、安倍氏は道新の単独インタビューに応じ、「100点を狙って零点では意味がない」との倫理で「大転換」を初めて認めた。

 ロシアのウクライナ侵攻により、日本は対ロ制裁を発動。ロシアは日本を「敵国」「非友好国」とみなし、「安倍政権が積み上げたすべてが根本から崩れた」(小林記者)現状にある。
 「多くのメディアが腫れ物に触るように、失敗に終わった日ロ交渉を安倍氏の遺業に盛り込むことをタブー視するような雰囲気が漂う中、膨大な政治的エネルギーを注いだ安倍政権の対ロ外交とは何だったのか、その記憶が消えてしまうのは国営期の損失」(小林記者)。安倍氏の突然の死は期せずして検証作業の意義を益々高めている。

 「安倍氏の死去によりプーチンと本当のところで何を話したのかを知る人がいなくなった。安倍政権で何があったのかを踏まえてロシアとの対話を続けないと、いつの日か領土交渉再開の機会が来たとき、(空白を経て対ロ交渉を始めた)安倍政権と同じ過ちを犯すのではないか」。小林記者は対話の継続と安倍政権の総括・検証の必要性を強調した。
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年12月25日号
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2023年01月17日

【オピニオン】院内緊急集会 マイナンバーカード 取得の義務化は違法 健康保険証と一体化に反対 医療情報の漏洩心配=小石勝朗(ライター)

 河野太郎デジタル相が10月に突然打ち出した「24年秋の健康保険証廃止」に反対する動きが活発になっている。政府は国民のほぼ全員が持つ保険証をマイナンバーカードと一体化し、カードを半強制的に取得させようと目論む。強引な進め方への批判とともに、医療情報の取り扱いへの危機感が募る。
 「そもそもカードの取得を強制することは法律違反」「法治国家としてあり得ない暴挙だ」
 11月17日と21日に国会議員会館で開かれた反対集会には怒りの声が渦巻いた。開業医らが加入する全国保険医団体連合会や日本弁護士連合会(日弁連)などが主催した。

 マイナンバー法は「申請に基づきカードを発行する」と定める。「強制」や「義務」ではないと政府も国会で明言してきた。健康保険料を払っている人が保険診療を受けるのは当然の権利。任意であるカードを取得していないという理由だけで受診に不利益が生じれば、人命にもかかわる重大な人権侵害だ。
 6月に閣議決定された骨太方針も、保険証を廃止する場合でも「申請があれば保険証は交付される」と明記している。
 さすがに岸田文雄首相も河野発言のわずか11日後に、カードを持たない人が保険診療を受けられるよう「新たな制度を用意する」と国会で答弁した。集会では「新制度をつくるくらいなら今の保険証を存続させれば良いだけの話で予算の無駄遣いだ」と非難された。
 「政府はマイナンバーカードを取らせようと脅しをかけている」との見立てにも共感が集まった。カード取得などへの最大2万円分のポイント付与に1兆8千億円もの予算を組んだのに、取得率は5割強。来年3月までに全国民所持との目標達成は不可能だからだ。

 その意味でマスコミが河野発言を「事実上のカード取得義務化」と報じたのは政府の思うつぼだった。義務化は違法で法改定のハードルも相当高いと分かっているからこそ、政府は「カードを取らないと保険診療が受けられなくなる」というムードを広げようとしているのだから。

 保険証を発行する保険者は集会で、マイナンバーカードには健保の連絡先が記されていないので届け出・申請に漏れや遅れが起きることを不安視した。子どもが修学旅行に保険証としてカードを持参するようになれば紛失が心配される、といった問題点も指摘した。
 保険証廃止に先立ち、医療機関と薬局に対してマイナンバーカードを保険証として使う「オンライン資格確認」のための設備設置が来年4月に義務化される。だが、すでに導入した診療所では患者の利用がほとんどない、との報告もあった。

 むしろ懸念されるのは医療情報の漏洩だ。院内の電子カルテとつながる新システムは診療時間中、外部と回線で接続するので、サイバー攻撃に遭う危険が高まるのだ。機器管理の負担も重く、廃業を考えている高齢の開業医もいるそうだ。
 実は6月の骨太方針には「全国医療情報プラットホームの創設」が盛り込まれている。電子カルテ、電子処方箋などの医療情報を収集して一元管理し、民間もデータを利活用できるようにする構想だ。その基盤にされるのが今回の保険資格確認システムである。危うい企みが仕込まれている。
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年12月25日号
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2023年01月16日

【おすすめ本】川井 龍介『数奇な航海 私は第五福龍丸』―死の灰を浴びて捨てられ 復活したある船の物語=嶋沢 裕志(ジャーナリスト)

 「原水爆の被害者はわたしを最後にしてほしい」。夢の島公園(東京・江東)の第五福竜丸展示館の一画に、核兵器への怒りを訴えた久保山愛吉さん(享年40)の言葉を刻んだ石碑が立っている。
 1954年3月、静岡県焼津市が母港のマグロ漁船「第五福龍丸」は、ビキニ環礁での操業中にアメリカの核実験の灰を浴び、23人の船員が被曝。無線長だった久保山さんは同年9月、被ばくで亡くなった。
 ロシアのウクライナ侵攻、北朝鮮による相次ぐ弾道ミサイル発射などを背景に、米国の核の傘を前提にした「核抑止論」が勢いづき、軍拡のきな臭さが漂う。68年前、反核運動のうねりを起こした第五福龍丸事件の教訓を忘れていないか。そんな問題意識を立て、船を擬人化し、数奇な運命を描いたのが本書だ。
 前身は47年に和歌山で建造されたカツオ漁船。マグロ漁船に改造後、53年に焼津市の船主に譲渡され「第五福龍丸」となり、5回目の遠洋航海で水爆実験に遭遇する。
 疫病神扱いされた船は、文部省が引き取って東京水産大学(現・東京海洋大学)の練習船「はやぶさ丸」となった。67年に廃船が決まるとエンジンは業者に取り外され、船体は夢の島に捨てられた。
 一度は歴史から消えた船が修復・保存され、76年に都立の展示館が誕生。後にエンジンも回収、展示された経緯が、元船員や関係者の肉声と共に綴られる。戦前、戦中、戦後を繋ぐ船と人のドラマを、漁業史、造船史の視点を踏まえて描いた点もユニークだ。
筆者は元毎日新聞記者。静岡支局時代にビキニデー30周年企画を手掛けて以来、取材を重ねた。(旬報社1600円)
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2023年01月15日

【今週の風考計】1.15─南西諸島ミサイル基地化が呼び込む戦争の危機

泣いている馬毛島
鹿児島県・馬毛島に米軍と自衛隊の基地を建設する工事が、住民の反対を無視して12日から始まった。
 硫黄島(東京・小笠原諸島)で行っていた米軍ジェット戦闘機の離着陸訓練(FCLP)を、わざわざ東シナ海に近い馬毛島に移し、岩国基地との連携をよくするためだったが、ここにきて南西諸島の軍備強化にあわせ、本格的な基地建設へとエスカレートしたのだ。
馬毛島は鹿児島県種子島の西北12キロに位置し、マゲシカが生息する自然豊かな無人島。そこに滑走路や駐機施設、火薬庫などを整備し、訓練に最低限必要な施設を先行して工期4年で完成させる。あわせて自衛隊の陸・海・空を統合した基地を設置し、米軍とともに共同活用するという。

南西諸島のミサイル基地化
日米両政府は、日本列島を縦断し沖縄・与那国島まで南西諸島を数珠つなぎにし、各地に長射程のミサイルを配備し、両国が共同協力して対中国を想定した「敵基地攻撃能力」の強化に懸命となっている。
 12日に交わされた「2プラス2」の合意文書に端的に表れている。米国は沖縄に駐留する海兵隊約1万人を改編し、南・東シナ海へ進出を強める中国をけん制し、対艦ミサイルなど即応性のある「海兵沿岸連隊(MLR)」へと発展させ、南西諸島の防衛に充てるという。
日本政府も沖縄の防衛・警備を担当する陸上自衛隊第15旅団を師団に格上げし、ミサイル部隊の配備や弾薬の備蓄を増強する。また離島防衛専門部隊「水陸機動団」を創設し、離島奪還を想定した日米合同訓練も沖縄で強めている。
 さらに自衛隊駐屯地を与那国島や宮古島に作り、今年は石垣島にも開設する。徳之島など自衛隊施設のない島でも部隊展開を図り、さらには離島の民間空港を国管理に移し軍事利用を狙う動きすら出ている。

「台湾有事」へ机上演習
つい最近、米国のシンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)は、中国が3年後の2026年に台湾へ侵攻すると想定し、米軍の動きについてシュミレーションした結果を公表した。
 その報告書によると、「在日米軍基地を使わなければ、台湾防衛に向けた米軍の戦闘機・攻撃機は出撃できず、日本は最重要な<要>であり、自衛隊の参戦が不可欠」と指摘した。
米中両軍が台湾に進攻すれば、当然、在日米軍や自衛隊の基地は中国軍によるミサイル攻撃にさらされ、多大な被害と死傷者が生じる。
 米軍では2隻の空母が撃沈され、168〜372機の航空機、7〜20隻の艦船を失うという。日本の自衛隊は122機の航空機、26隻の艦船が中国側の攻撃で失われ、米軍・台湾軍合わせて約3200人・1日140人ほどが戦死すると試算している。

いま必要な外交努力
日本が攻撃されていなくとも、米国が台湾に侵攻し中国と戦争を始めれば、米国は日本に「集団的自衛権の行使」を求めるから、否が応でも「米国の戦争」に巻き込まれてしまう。挙句に中国からの「報復攻撃」を受け、「自分の国は自分で守る」どころか、「米国の戦争」で自国に多大な犠牲者が出るのは目に見えている。
いま必要なのは、中国や北朝鮮の脅威をいたずらに煽り、軍備増強・敵基地攻撃能力を声高に叫ぶのでなく、外交努力を尽くして意思疎通を図り、緊張緩和を促進し地域の安定を図るのが「憲法9条」を持つ日本の役割ではないか。
日中国交回復50年を経過した現在、改めて日本は中国に首脳会談を呼び掛け、東アジアの平和と安定を図るべきだ。また北朝鮮に対しても、2002年9月17日、小泉首相と金正日総書記が会談し、国交正常化交渉の再開で一致した「日朝平壌宣言」に立ち戻り、戦争回避に向け金正恩総書記に会談を申し入れるべきではないか。
 これを一笑に付す前に、どれだけ外交努力が重ねられたのか、顧みるべきだ。(2023/1/15)
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2023年01月14日

【シンポジウム】NHKはどうあるべきか 報道姿勢に不信高まる 鈴木氏 対立点伝えず印象操作 上西氏 経営委は政権の隠れ蓑 前川氏 「コモン」であるべきだ 金平氏=諸川 麻衣

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  12月1日、都内でシンポジウム「公共放送NHKはどうあるべきか〜市民による次期NHK会長候補・前川喜平さんと考えるメディアの今と未来〜」(=写真=)が開かれた。元文部科学事務次官の前川喜平氏を次期NHK会長候補に推す「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」が主催したもので、パネリストは前川氏、ジャーナリスト・早稲田大学客員教授の金平茂紀氏、法政大学教授・国会パブリックビューイング代表の上西充子氏。元NHK放送文化研究所主任研究員で次世代メディア研究所代表の鈴木祐司氏が報告者として加わり、武蔵大学教授・元NHKプロデューサーの永田浩三氏の司会で約3時間にわたってNHKの現状と将来を論じあった。

 第一部「NHKのニュースがおかしい」では、鈴木氏がゴールデンタイム(G帯)の総個人視聴率などのデータから、2021年下半期以降G帯でNHK離れが進んでいることを示した。その要因として同氏は、官邸が「ニュースジャック」を狙って首相の記者会見をG帯に設定したこと、学術会議問題報道や聖火リレーの音声カットなどでNHKの報道姿勢への不信が高まったことなどを挙げた。上西氏はそれを受けて、NHKの国会報道は主語がすべて政府側で、野党の質問・追及や対立点を伝えず、キーワードを隠し、「報じないことで印象操作をしている」と具体例を挙げて批判した。金平氏は、ウクライナで戦地から実態を伝えたBBCとすぐに退避したNHKとを比較。前者には現場を見てきた者を信じる姿勢があり、それがデモクラシーにつながると述べ、NHKは「国営放送」ではなく社会的共通資本=コモンズであるべきだと主張した。

 第二部「NHKの組織と制度のどこに問題があるのか」では、鈴木氏が「@国会による予算承認 A経営委員会が会長を任命 B首相が経営委員を任命」という放送法の規定が政権党に弱い構造を生んでいるとし、10年単位の受信許可料を設定し、さらに政府から独立した委員会が運営を審議するBBCとの違いを指摘した。前川氏は、経営委は合議制によって政権の直接関与を退ける仕組みのはずだが、現実には官邸の「任命権」乱用によって政権の隠れ蓑化している、経営委員の選出に何らかの新しいルールが必要だと提起した。上西氏は、NHKの報道内容への批判から進んで、その背景にある組織・人事の問題に市民の関心を向けてゆくことが大切だと述べた。

 第三部は「公共放送・公共メディアはいかにあるべきか」。鈴木氏は、今後は「放送」ではなくネット・メディアの時代になるが、NHKは(この点でもBBCと対照的に)自らビジョンを示さず、現行制度への代案がないと指摘、今後NHKに求められるものとして、重要な情報がやりとりされる「コミュニティ・メディア」、オンデマンド、ピンポイント、「自分ごと」を挙げた。前川氏は、NHKは生涯学習の場として博物館・図書館・公民館と同じ役割を持つ、特に「さまざまな意見の人が集う場」として公民館的機能が大切だと述べた。金平氏は、金儲けを度外視してでも出さなければならない番組がある、資本の論理で効率化を進めると取材する人材がいなくなると、地方紙がなくなって地域が衰退してきたアメリカの例を引いて強調した。

 その後の質疑も通して、この機会に会長選考過程を可視化させ、NHK問題への関心を広める必要がある、市民サイドの「影のNHK会長」の下で改革ビジョンを提起し続けてゆくことも意義がある、との意見が出された。放送からネットへの移行は世界どこでも海図のない手探りの探求だが、政府への隷属、資本の論理への屈服には未来がないことは、このシンポジウムで明瞭になったと言える。
 推薦運動は続く
 前川氏の推薦運動は、ネット署名と紙署名合わせて11月30日までに44019筆が集まり、NHK経営委に提出されたが、ネット署名は次期会長が決定するまでさらに続けられることになった。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年12月25日号
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2023年01月13日

【出版界の動き】電子ツールを活用した出版文化への期待が広がる=出版部会

●22年11月の出版物販売金額915億円(前年比4.2%減)、書籍508億円(同6.3%減)、雑誌406億円(同1.5%減)。月刊誌345億円(同0.3%増)、週刊誌61億円(同10.5%減)。返品率は書籍34.7%、雑誌40.4%、月刊誌39.3%、週刊誌46.1%。

●22年1年間の出版物(紙製)販売金額は1兆1,300億円(前年比6%減)となる見込み。書籍は落ち込みが大きく、雑誌は前年比10%減。コロナ特需は完全に終息。電子出版はコミック4533億円、書籍447億円、雑誌86億円で総計5066億円。

●出版科学研究所が発行する「出版月報」が来春に季刊化。月次データについてはPDF版で「出版指標マンスリーレポート」として、定期購読者には配信する。従来の第三種郵便による配送より情報鮮度は高まる。

●出版社直営のサイトで書籍の読み放題サービスを有料会員に提供。「有斐閣Online」、佼成出版社「ちえうみ」やGakkenやオーム社などの事例がある。講談社「メフィスト」は定期刊行の電子版を止め、定額会員制の読書クラブを展開、紙版が年4回届く試みを開始。新潮社「yom yom」も定期刊行の電子版を止め、全作品無料のウェブマガジンへ移行。

●出版DX基盤「MDAM」の共同利用─集英社・小学館・講談社による「雑誌コンテンツを使った新サービス創出」を目指す戦略的業務提携が、大日本印刷の支援を受けて進む。集英社が開発した出版DX基盤「MDAM」を版元の壁を越え、広く採用されたのが理由。

●「週刊文春」の掲載記事を、発売前日の12時に前倒しして電子版へ配信。双方の価値を相乗的に高める施策が効果を上げている。とりわけ政治スキャンダルに関する記事は、永田町の関心を呼び政界への激震にもつながる。

●埋もれていた名著の再発見と復刻の進展─国立国会図書館が「個人向けデジタル化資料送信サービス」を開始し、絶版本や埋もれた名著へのアクセスが容易になった。そのため昨年半年で約3万3000人、約35万回の閲覧、利用は飛躍的に高まっている。
 なお年末には「国立国会図書館デジタルコレクション」がリニューアル、全文検索可能なデジタル化資料が大幅に増加、閲覧画面の改善、保護期間満了資料を対象とした画像検索機能の追加、シングルサインオン対応、検索画面のモバイル対応など、大幅な機能改善がなされている。年明け1月18日には印刷機能も追加される。

●小林昌樹『調べる技術─国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』(皓星社)が好評。著者は国立国会図書館の元職員、レファレンス業務などに従事。12月23日に3刷、1月10日に4刷。

●滋賀県長浜市に120年の歴史がある小さな私立図書館がある。「江北(こほく)図書館」が、野間出版文化賞特別賞を受賞。受賞理由は「個人が設立して100年以上ものあいだ地域住民が運営を続けてきた、他に類を見ない私立図書館」。館内閲覧は無料、館外貸し出し、近隣の小学校への「巡回図書」も開始。
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2023年01月12日

【JCJオンライン講演会】1月21日(土)午後2時から4時 タリバン政権の現状と故中村哲氏のレガシーアフガン取材報告 講師:ジャーナリスト・高世 仁さん

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 アフガニスタンは米軍が撤退するなか2021年8月にイスラム主義組織タリバンが権力を奪取。「イスラム法の下、女性の権利を尊重する」の約束を反故にし、女性の教育・就労などの権利を制限する措置をとっている。
 国際社会は経済制裁を科し、干ばつも相まって未曽有の危機がアフガンを襲う。国連機関は、この冬、アフガン国民の半数が深刻な食糧難に陥ると警鐘を鳴らしている。
 そんなアフガンで明るい材料は、3年前に凶弾に倒れた医師の中村哲さん(享年73)の遺志が現地の人々に受け継がれ、水利事業をもとに農村振興をはかる「緑の大地計画」が継続・発展していることだ。
 22年11月に現地取材をしたジャーナリストの高世仁さんが今のアフガンを報告。タリバン政権に対する日本の向き合いかたを提言する。
【講師の略歴】
高世 仁(たかせ・ひとし) ジャーナリスト。日本電波ニュース社特派員として東南アジアに10年駐在、報道部長を経て1998年退職し、テレビ番組制作会社「ジン・ネット」を設立。会社代表として報道・ドキュメンタリー番組をプロデュース、自らも取材にあたる。2020年2月以降はフリーランスとして活動している。著作に『拉致―北朝鮮の国家犯罪』(講談社)、『チェルノブイリの今―フクシマへの教訓』(DVD出版、旬報社)など。
★参加費:500円 https://houkoku.peatix.com/を通じてお支払いください。

【なおJCJ会員は参加費無料。onlinejcj20@gmail.com に別途メールで申し込んでください。この機会にJCJ会員になることを希望する方も同アドレスにご連絡をください。JCJはジャーナリズムに関心のある市民の方々も会員になることができます。詳細はホームページをご覧ください】

主催:日本ジャーナリスト会議(JCJ) 電話03・6272・9781(月水金の午後1時から6時まで)
    メール office@jcj.gr.jp    ホームページhttps://jcj.gr.jp/
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2023年01月10日

【おすすめ本】増田 剛『ヒトラーに傾倒した男 A級戦犯・大島浩の告白』―国を誤った道に導く失敗を犯す 贖罪の気持ちは希薄だった=南雲 智 (東京都立大学名誉教授)

 第二次世界大戦戦中、駐ドイツ大使を二度にわたって務め、日独伊三国同盟の立案者であり、締結の立役者だった大島浩は、日本の敗戦後、「平和に対する罪」を犯したA級戦犯として逮捕された。
極東国際軍事裁判で終身刑の判決を受け、巣鴨拘置所で服役していたとき、彼は「獄中デ獨逸ノ領袖坐罪スト聴ク」と題する漢詩を書いた。彼の盟友だったナチス・ドイツの外相リッベントロップが国際軍事裁判で裁かれ、処刑されたことを知らされた際に「冤枉」「殉難」という文字を使い、無実の罪で犠牲となったと嘆き悲しんでいたのである。

大島はこの詩にみずからの当時の境涯を重ね、彼の心象風景を投影させていたに違いない。1955年12月仮釈放されて以降、終生、隠棲生活を送り、公の場に出ることはなく、講演や執筆依頼も断り続けた。しかし彼の脳裏を去来し続けたのは、独裁者ヒトラーとの親交であり、ドイツ大使として活躍していたみずからのいちばん華やかな時代だったはずである。なぜなら本書が刊行されるきっかけになった12時間に及ぶ駐ドイツ大使時代の日々を語った音声を残しているからである。 

 この音声記録はけっして公開するなと記録者に厳命しながら、大島はなぜ証言音声記録を残したのか。それは<大島浩>という人間の存在証明を残すことにほかならなかった。国を誤った方向に導くという失敗を犯した人間とみずからを認めながら、しかし、応接間にヒトラーと対面している写真を飾り、終生、ヒトラーに傾倒していた大島にはナチスドイツは輝き続け、失敗感は抱いても贖罪意識は希薄だったのである。
(論創社2000円)

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