アルジェの文盲の入植者家庭で誕生
このイタリアの名匠ジャンニ・アメリオ監督による、仏=伊=アルジェリアの
合作映画は、ノーベル文学賞の受賞者で、サルトルとともに、20世紀実存主義
文学の巨星と評価されている、フランスのアルベール・カミュの、最後の小説
「最初の人間」の映画化である。
カミュは、フランスの植民地だったアルジェリアのアルジェで、1913年に生ま
れた。父親は、2歳のときに、第一次世界大戦に参加して戦死し、母、叔父(母
の弟)、祖母に育てられたが、そもそも一家は、フランスからの入植者で、全員
が文盲という貧しい環境で、まともな教育はほどこされず、幼少のころから、
働かされ続けた。そんなカミュを、才能ある人物と見込んで、奨学金制度を紹介
し、上級学校へ進めるよう助力したのは、小学校のルイ=ジェルマン先生で、
この映画でも、少年時代のカミュが描かれる部分で、少年カミュに、人間の尊厳
についての、立派な創作詩を発表させるベルナール先生として登場する。著名
な作家となって、アルジェに戻ってきた作家コルムリ(=カミュ)と、老いたベ
ルナール先生(=ルイ=ジェルマン 先生)が再会して、感謝と賞賛の互いの気
持を交歓し合うシ−ンは感動的である。
こう書けばわかるように、この映画の原作小説は、まさにカミュの自伝的な小
説であり、47歳の若さで交通事故死したカミュの、その事故現場から 発見され
た、未完の遺作なのである。
1957年著名な作家はアルジェに戻る
従って映画は、カミュの伝記映画という形をとる。そして映画は、「異邦人」
「ペスト」「反抗的人間」などの作品で有名になり、40代半ばになっ たカミュ
が、1957年の夏に、著名な作家として、アルジェに帰ってくるところから始ま
る。その年の秋にカミュは、ノーベル文学賞を受賞している から、ちょうど油
が乗り切ったころの、カミュが描かれるわけである。勿論、フィクションがたて
まえのこの映画では、カミュは実名では登場せず、主 人公の作家名は、ジャッ
ク・コルムリということになっている。
作家コルムリは、アルジェ行きの前に、ブルターニュにある仏軍墓地を訪ね、
墓碑銘から、父が、弱冠25歳で、第一次世界大戦の犠牲になったこと を確認す
る。既に自分は、父の年齢を大きく超えて、生きていることに感慨を持つ。
アルジェに着いたジャックは、数日後、老いて、貧しい住まいも変わらぬ、働
き者の母に会う。母は依然として文盲で、フランス人とアラブ人(アル ジェリ
ア原住民)の双方から蔑まれる状況に変化はなかったが、その状況に平然として
いる母にも変化はなく、「お前の書くものは読めず、しているこ ともよく分か
らないが、有名になってくれたことは誇りに思う」と語る母を、ジャックは、複
雑な気持ちで受け入れる。
大学の討論会でリベラルを表明
し大混乱
1957年と言えば、アラブ諸国の一つとして、フランスからの独立を目指す、ア
ラブ人の民族解放戦線が、アルジェリアで結成され(54年)、7 年半に渡って闘
われた、アルジェリア戦争が渦中にあったころ(独立の完全達成は1962年3月)
で、街のそこここに、仏軍が、民族戦線のテロを警 戒して、歩哨に立っている
という緊迫感が漂っていた。
アルジェ空港に降り立った作家コルムリは、母親に会うよりも前に、ファンの
リベラル派の学生たちに取り囲まれ、時あたかもアルジェ大学(コルム リ=カ
ミュの出身大学)で行われる、アルジェリア戦争についての討論会に、誘われ
る。学生の運転する車で、大学に向かう車中、最近のコルムリの発 言「モノを
書く者は、決して死者の高みには至らない」について、学生から賞賛される。曖
昧な意味不明の発言ととる人もいたが、多くは、革命や独立 のために、死を厭
わない行為は、モノ書きには到底到達できない崇高な行為である−という意味
の、謙虚な発言と受け取られていたのである。案の定、 討論会でコルムリは、
「このアルジェリアには、二つの人々が住んでいる。『流血だけが歴史を前進さ
せる』という俗論があるが,作家の義務とは、歴 史を作る側ではなく、歴史を
生きる側に身を置くことです。信じます。アラブ人とフランス人が、共存できる
可能性を」と、踏みこんだ発言をした。政 治的発言を避けてきたコルムリが、
リベラル派のフランス人に与した、民族共存を初めて唱えたことで、会場は大混
乱となった。
討論避け、アルジェリア戦争に懊悩
それは、学生も三派に分かれていたからである。リベラル派のほか、アルジェ
リアはフランスだという保守派、ここはアラブ人の国、フランス人は出 て行け
という過激派。コルムリがリベラル派であることを明らかにしたことによって、
リベラル派の学生は大拍手、保守派の学生は、「帰れ!コルム リ!アルジェリ
アに裏切り者は必要ない!」と怒声を浴びせ、さらに「フランス人は帰れ」と
口々に叫ぶ、過激派のアラブ人学生が乱入してくるという 大騒動だった。コル
ムリは、演壇から逃れるように立ち去るが、その苦渋に満ちた表情は、20世紀の
巨星といわれる文学者でも、たちどころに解決で きる手段を持ち合わせないこ
とを、訴えていた。コルムリ(=カミュ)は、アルジェリア生まれ、アルジェリ
ア育ちの文化人だけに、その苦悩の重さ は、通常の文化人以上に重かったと想
像される描写を映画はしている。
平等学ぶ少年、アラブ少年との対立克服
映画はこのあと、先に書いた母らとの再会のシーンがあって、幼少のころの思
い出に移る。文盲の親族に囲まれた貧困家庭で、叔父と一緒に、新聞工 場でひ
たすら働いていた少年時代のジャック・コルムリ、働かなければ、激しい祖母の
折檻が待っていたこと、唯一の息抜きは、サッカー倶楽部で、 サッカーに興じ
ることだった。しかしそこでも、サッカー少年の仲間に、アラブ人の少年ハムッ
ドがいて、フランス人への対抗意識から、常に喧嘩を 吹っかけられた。しかし
ジャック少年は、貧しい者にも、人間として生きる権利があり、平等こそが、社
会の規範でなければならないことを教える、ベ ルナール先生に出会ったこと
で、自らの貧困も、貧困が生む、ハムットの暴力も、次々に克服し、上級学校へ
と、進んだのだった。思い出のシーンに続 いて描かれるのは、老いたベルナー
ル先生との、感激の再会シーンである。
テロで逮捕のアラブ青年の救出失敗
そんな中で、事件は起きる。街の雑踏の真ん中で、爆弾は爆発した。駆けつけ
る救急車や警察の車。喧騒を掻き分け掻き分け、爆発現場に近づくコル ムリ。
そして多数の市民が犠牲になった、凄惨な現場を目撃する。
やがて何人かのアラブ人が、爆弾テロの犯人として逮捕されるが、それから間
もなくしてコルムリは、自分と年恰好が同じの、一人のアラブ人の訪問 を受け
る。その人こそ、少年時代によく喧嘩をした、ハムッドだった。ハムッドは、既
に成人した息子を持つ、一人のアラブ人の父親になっていて、爆 弾テロ事件に
かかわって逮捕された犯人の一人に、その息子がいるのだと言う。普段そんなこ
とにかかわらない息子だから、誤認逮捕に間違いないとい い、著名な作家と
なったコルムリには、フランスの政界や法曹界に知人もいようから、収監されて
いる息子を、何とか助けてやってほしいと言うのだっ た。少年のころに争った
記憶については、全てを謝るから、頼みを聞いてほしいと、ハムッドは必死に
なって哀願した。
コルムリは、何とかフランス側の司法組織に手を回し、ハムッドの息子を救出
しようと考え、本人打診のために拘置所に行く。しかし出てきた息子 は、「私
は誤認逮捕などではない。自分だけが助かりたいとも思わない。アルジェリアの
独立のために、死をも厭わない。父親に言っておいてほしい。 姑息な救出など
考えるなと。」と言って、コレムリとの面会を、打ち切ってしまう。それから彼
が、フランス側の裁判の結果として、絞首刑にされたと 伝えられるまでに、そ
れほど時間はかからなかった。
権益守る極右仏人も出現、カミュ動く
私は、本文を書くまでに、カミュの原作「最初の人間」に目を通すことは出来
なかった。だから、未完の本書が、映画に描かれている部分の、どこま でが書
かれていて、どこからが、脚本監督のジャンニ・アメリオの創作であるのかを、
判断することは出来ない。ただ原作には、故郷がアルジェリアの カミュには、
人種的にはフランス人であっても、フランスが、ある種異国であるという側面
が、つきまとっている記述が多いといわれている。
また、カミュの研究家の記述によると、カミュは当初楽天家で、アルジェリア
戦争が始まって暫くは、テロにも仏軍の武力弾圧にも反対し、フランス 人とア
ラブ人の真の代表を決める公明な選挙をすれば、全て解決するという見解を示
し、アルジェリアの独立という視点はなかったという。それが最終 的には、900
万人のアラブ人の民族解放が、100万人のフランス人の追放を必要とするところ
まで、煮詰まっていくとは、カミュの想像を超えてい たのだと、記述されてい
る。
そして、コルムリが故郷アルジェリアを訪れた、この映画の時点1957年には、
アルジェリアはフランス人のものと主張し、植民地化を推進してき た入植者の
権益を、固定化しようとして、保守派の中に、極右の暴力主義者までが、一定の
力を持ち始めていたのだが、そういう事態の招来も、カミュ にとっては、想定
外だったという。
紛争を止めるべくしたラジオ放送
さて映画は、最終段階を迎える。仲が悪かったとはいえ、幼友達のアラブ人の
息子を、救うことが出来なかったコルムリは、事故嫌悪に陥り、同じ大 地に生
まれたアラブ人とフランス人が、敵対し続けることに懊悩し、当時最大の通信メ
ディアだったラジオを通し、フランスとアルジェリアの国民に、 信頼されてい
る知識人として、大々的な「呼びかけ」を行う決心をした。コルムリの、そのラ
ジオ演説のシーンによって、映画は締めくくられるのだ が、決してこお部分
は、アメリオ監督の創作ではなく、カミュ自身がラジオ演説をした記録があると
いう。
ラジオを通じてアルジェリアとフランスに響いた声は、「平等に同じ権利が受
けられる国を、民主的な「法」を作ることによって、実現しよう。それ を、分
裂せず、団結することによって、実現していこう。私はテロには反対だ。無差別
の爆発が、いつかは自らの愛する者にも襲いかかるだろう。そん なことになら
ない正義の実現を、私は信じている。アラブ人に告ぐ。私はフランス人だが、君
たちを守る。ただ、差別は人種間だけの問題ではない。私 の母のように、文盲
であるために差別されつづけたフランス人もいる。アラブ人の諸君が、フランス
人というだけで、私の母と敵対するのなら、君たち を守らない」と言うもので
あった。
実際のカミュ氏もそうだったらしいが、作家コルムリもアルジェリアへの帰国
とともに、リベラル派に与する意思を明確にしたのだが、最後には、こ のラジ
オ放送のように自らの母の問題に回帰した。母ら親族への差別に耐え、貧困の中
に育ち、それをバネとして飛躍したコルムリには、植民地-での 苦しみをバネと
して、独立を目指すアルジェリア戦争を推進したアラブ人たちの行動と、軌を一
にするものを感じたのであろう。
今日的視点のアルジェリア戦争映画
この締めくくりに使われたラジオ放送は、未完の原作にもあるものかどうか
は、先にも述べたように、原作に当たっていない私には分からない。しか し、
監督脚本のジャンニ・アメリオの、創作であろうとなかろうと、カミュの実際行
動に基づくものであることも、先に述べた。そして、カミュ自ら が、「最初の
人間」と、原稿に冠した題名は、当初選挙をすれば全て解決と単純に考えていた
自分を訂正し、暴力の停止と、平等な政治的立法の実現 を、公衆に向かって提
案するまでになった自らの変化を、象徴する題名なのであろう。アルジェリア戦
争以後も、民族の対立を原因とする戦争やテロ は、半世紀以上たって今もなお
続いており、カミュが自ら名づけた「最初の人間」は、今も必要性に迫られた概
念で、今日も生きる、ネーミングなので ある。
『宣告』『小さな旅人』『家の鍵』など、80年代から、地味ながらも、優れた
社会派作品を、作り続けているジャンニ・アメリオ監督は、もう既に イタリア
の名匠の一人だが、同じくイタリアの、故ジッロ・ポンテコルボ監督が作った
『アルジェの戦い』(66、ヴェネチア映画祭金獅子賞、こちら は戦争そのもの
をドキュメンタリー・タッチで再現)とともに、カミュの内面と行動を描くこと
で、アルジェリア戦争をより根源的な差別の面から捉え た映画といえ、アメリ
オ監督は、また一つの社会派作品の傑作を、ものにしたと言える。
(上映時間1時間45分)
写真提供:(C)Claudio Iannone
◆東 京 神保町 岩波ホール 上映中
◆大 阪 梅田ガーデンシネマ 12月29日〜上映
◆名古屋 栄 名演小劇場 1月5日〜上映
◆福 岡 天神 KBCシネマ 1月中公開予定
◆静 岡 静岡シネ・ギャラリー 2月2日〜上映
◆那 覇 桜坂劇場 2月2日〜上映
◆松 本 CINEMAセレクト 2月17日(日)
のみ上映
◆伊 勢 進富座 2月23日〜上映
◆京 都 烏丸 京都シネマ 2月中公開予定
◆神 戸 新開地 神戸アートビレッジセンター
2月中公開予定
◆広 島 タカノ橋 広島サロンシネマ 2月中公
開予定
◆浜 松 シネマイーラ 3月30日〜上映
◆札 幌 大通 シアターキノ 3月中公開予定
◆仙 台 フォーラム仙台 3月中公開予定
◆山 形 フォーラム山形 3月中公開予定
◆金 沢 香林坊 シネモンド 3月中公開予定
◆佐 賀 シアターシエマ 3月中公開予定
◆近日公開劇場
フォーラム盛岡、フォーラム福島、シネマ尾道、岡山シネマクレール丸の内
大分シネマ5、熊本Denkikan
配給社 ザジフィルムズ03−3490−4148
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