2014年09月02日

集団的自衛権が第一次世界大戦拡大=伊藤力司

 今年は第一次世界大戦が勃発して100周年に当たる。主戦場だった欧州ではさまざまな記念行事が催され、第3の世界大戦を引き起こさないための教訓を学ぶ試みが続けられている。教訓のひとつは「集団的自衛権」が戦争拡大の原因だったという点である。
 第一次大戦の口火は、欧州の大帝国だったオーストリア・ハンガリー(以下オーストリア)の皇太子夫妻が、1914年6月28日ボスニアの州都サラエボで暗殺された事件で切られた。当時のバルカン半島はオーストリアとイスラム大帝国のオスマン・トルコに分割支配されていたが、スラブ系のセルビアがトルコから独立したばかりだった。

 バルカン諸国独立の背景には、何度もトルコと戦って南下を試みたスラブ民族のロシアがいた。ロシアはフランスと同盟条約を結び、英国とも協商関係(同盟より少し緩い関係)にあった。一方のオーストリアはドイツ、トルコと同盟関係にあった。
 皇太子夫妻を暗殺されたオーストリアは暗殺犯の黒幕にセルビアがいたと断定、1カ月後の7月28日にセルビアに宣戦布告した。セルビアの後ろ盾だったロシアは7月30日に動員令を発布、オーストリアを背後から突く構えを示した。これに対しオーストリアの同盟国ドイツは8月2日にロシアに、同3日にロシアの同盟国フランスに宣戦を布告した。
 英国もドイツ軍が中立国ベルギーを通ってフランスに侵攻したため、同4日対独宣戦を布告。1914年8月、あっという間に欧州全域が戦火に包まれた。1918年11月11日の休戦協定成立までに軍民の死者1628万人という悲劇を生み、翌年成立したベルサイユ和平条約でドイツに天文学的賠償を課したことがヒトラーのナチスを生む遠因となった。
 20世紀初頭、欧州を中心にこのような同盟関係=集団的自衛権の網の目が張られていた。これは平時には抑止効果があったものの、いったん戦火が開かれると同盟関係が世界大戦を導く。集団的自衛権を行使すべく憲法解釈まで変えた安倍政権は、米国がかかえる同盟関係がはらむ危険を果たして認識しているのだろうか。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2014年8月25日号


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