●旧正月の風もなく雲一つない晴天の日、“巣ごもり”で鈍った体を動かそうと、寺にでも行ってみようかと思い立った。今年は36年に一度の「五黄の寅」年。前に友人から勧められていた、「寅」とゆかりのある多聞院毘沙門堂を訪れることにした。
多聞院は、埼玉県所沢市の北部・中富町にある。西武新宿線「航空公園駅」東口からバスが出ているのだが、それが発車したばかり。次は2時間後、あきらめてタクシーに乗る。近いと思いきや、25分もかかった。
●多聞院の入り口には、【武田信玄公 守本尊 毘沙門天】の幟旗が並ぶ。武田信玄が戦陣に臨むときは、いつも兜の中に、この毘沙門天像を納めていたと伝わる。武田信玄が亡くなった後、川越藩主の柳沢吉保の手に渡り、元禄9年(1696年)に近隣の鎮守寺として創建した多聞院の毘沙門堂に、安置されるようになったという。
●12年に1度の「寅年」には、本尊の毘沙門天が開帳される。コロナ禍とはいえ、新年からお参りに訪れる人が例年以上に多いのは、このせいでもある。
●毘沙門堂に向かって歩くと、すぐ一対の石像に出会う。なんと狛犬ではなく虎の石像だ。これは毘沙門天の御使いが虎であることに由来するというが、左の石像は首が長く、どうもチーターのように見えてならない。その台座にも、「張り子の虎」がびっしり置かれている。
●武田菱の入った白い幔幕の下がる前で参拝すると、例の「張り子の虎」が、ずらり置かれている。身に降りかかる災いを、いわば「身代わり寅」に託して奉納すれば避けられるからだ。
この「身代わり寅」、小さくてかわいい。大きさは鶏卵ぐらい。首に結ばれた赤い組み紐を垂らして、階段や手すり、外廊下など所かまわず、どこでも置かれている。
●境内を巡ると、笠をかぶった5体とホッカムリした1体の地蔵が、すべて赤い「よだれかけ」を着けて立つ。その前に野菜やサツマイモ、米俵が並ぶ。これも石造り。
他にも「カワラケ投げ」や土俵に乗せられた「力石」などに出会い面食らう。さらに苔むした石の上で、力こぶ漲らせた力士が胡坐をかいて踏ん張っている。その石像には、「鬼の悟り」の銘版が置かれている。
●見上げれば黄色い花の咲くロウバイの枝という枝に、白いおみくじの紙が無数に結ばれ垂れ下がっている。さらに今は咲いていないが、500本を超えるクマガイソウ(熊谷草)やボタン300本が、4月半ばから5月に入って、それぞれ順番に見ごろを迎えるという。
●そういえば行きのタクシーの運転手が、多聞院に着くまでクマガイソウの話をしていたのを思い出す。葉は緑色のプリーツスカートをラッパ状に広げた形で、その葉の中心部から一本の茎を伸ばし、その先に白地に紫の斑点を散らばした袋状の花房が、下むきに垂れるようにして咲くそうだ。高さは約40cmという。
和名の由来は、膨らんだ袋状の花房を、源平<一ノ谷の戦い>で平敦盛を討った熊谷次郎直実が、矢を防ぐために背負った母衣(ほろ)に見立てたものといわれる。自生地が減少し、絶滅危惧種に指定されている。帰宅した後のにわか勉強を披露した次第。(2022/2/13)
※交通アクセス:西武新宿線「航空公園駅」東口から「ところバス」北路線(富岡循環コース)左まわりの11:55発に乗車、「多聞院通り西」に下車12:29着。東方向に約500メートル、多聞院まで徒歩約7分。帰りはバスの便が少ないので、「多聞院通り西」14:05便に乗車、「航空公園駅」14:45着。


