2022年03月24日

【おすすめ本】中部 博『プカプカ 西岡恭三伝 』―シンガーソングライターの生涯を綿密な取材で描く評伝の傑作=鈴木耕(編集者)

 評者の私も出版社勤めのころは、誘われれば時折カラオケにもいった。少ない持ち歌のひとつに『プカプカ』があった。「〜俺のあん娘(こ)はたばこが好きで いつもプカプカプカ〜」という歌だ。だから当然、それを 歌っていた西岡恭蔵の名は知っていた。2度ほどライブを見たこともある。でも彼の人生などは知らなかった。本書は、その西岡恭蔵の評伝である。

 他人の人生に分け入るという仕事は、書き手の側にも、大変な負担を強いる。自分の人生に重ね合わせて没入するのか、まったくの他人として冷静に対象を解剖するのか。そのあわいの中で格闘する。読者の視点と重ならなければ遠ざけられる。評伝はノンフィクションとしては、極めて難しい分野だ。本書はそれを見事に成功させた。
 無用な思い入れを排し細部まで取材し尽くし、西岡恭蔵という人物の全体像を、その生い立ちから早逝までを立体的に再生した。曲作りの苦悩は当然、名曲『プカプカ』 の誕生秘話やその実在のモデルとの邂逅まで、筆は及ぶ。西岡に関する驚くほど多くの文献を漁り、知人たちを訪ね歩き、話を聞く。そこから恭蔵の人物像が立ち上がる。

 だが本書の白眉は、実は、愛妻KUROとの出会いから別れ、そして自死へと至る過程なのだ。本当に愛おしくなるようなKUROの描写と恭蔵の献身的な愛情。また共作者としてのKUROの役割。真実の人生の同伴者でもあったKUROの死は、だから胸に迫る。
 鬱という病を抱えながら、最後まで妻の病気と伴走する恭蔵の姿を、著者は静かに描写する。私は久しぶりに涙しつつ読んだ。過剰な思い入れを排した著者の見事な語り口は評伝の傑作である。(小学館1800円)
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posted by JCJ at 01:00 | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする