日本学術会議を特殊法人化し、政府の管理の下に置こうとする法律が、6月11日に成立した。反対運動は、力及ばなかったが新しい結集の形を示して広がった。日本の「平和と民主主義」をめぐる一つの象徴的な攻防となった。
軍事研究の「壁」崩す
2020年秋、菅内閣は唐突に学術会議会員候補6名の任命を拒否した。これは安倍内閣の時から画策されていたことが、後に情報公開裁判で分かった。拒否の理由を聞かれても菅首相は「総合的・俯瞰的に判断」という答弁を繰り返すだけだった。
多くの学会や団体が抗議の声を挙げたが、政府・自民党はこれに応えず、逆に日本学術会議自体の組織改変(法人化)を持ち出した。典型的な問題のすり替えで、アンフェアなやり方である。
学術会議は、戦前の科学が軍国主義に従属したことへの反省に基づき、1949年に発足。50年に「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」との声明、67年には「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を発し、2017年にも「上記2つの声明を継承する」と宣言した。
防衛研究を推し進めたい保守派にとって、学術会議という「壁」を崩すことは宿願だった。今度の法案を内閣府で立案した笹川武氏は24年4月のインタビューでこう語っている。「政府と学術会議、ひいてはアカデミー全体が連携して同じ方向で進んでいきたいと考えています。連携して日本を強くしていこうよと」
新法案の目的が、日本の「強国化」だという本音が露呈した。
政権御用機関化狙う
学術会議改変は、民主主義の点でも大きな問題だった。現代国家が三権分立だけでなく、各種の独立機関をビルトインしているのは成熟した民主主義の知恵である。権力は暴走しがちだからだ。
しかし安倍政権下で、独立的な公的機関が次々に政権の御用機関に変えられてきた。日本銀行、NHK経営委員、内閣法制局。検察は賭麻雀のチョンボで失敗したが、学術会議改変もそうした流れの一環とも言えた。
つまり、学術会議への攻撃は、狭い学界の問題ではなく、戦後日本の「平和」と「民主主義」をめぐる一つの象徴的な攻防だった。
広がる運動 尻上がり
有志の学者たちが細々と始めた反対運動は、やがてジャーナリスト、市民らにも広がる。個人的な話になるが、私も佐藤学・東大名誉教授らと共に21年、「学問と表現の自由を守る会」という組織を立ち上げた。任命拒否に危機感を持つ学者やジャーナリスト、映画人ら128人が呼び掛け人となった。学問の自由が侵される時には言論・表現の自由も奪われる。力を合わせてここで食い止めよう、というのが結成の趣旨だった。
今回の法案の具体的な姿が見えてくるに従い、危機感は高まった。学術会議を特殊法人に変えて、首相が任命する監事が学術会議の業務を監査し、首相は事務所に立ち入り検査もできる。首相が任命する評価委員会のほか、運営助言委員会や選定助言委員会を設置。会員らが職務上知った秘密を漏らせば1年以下の拘禁刑、などの条項が並び、学術会議の独立性を失わせることは明白だった。
学者たちで作る「大学フォーラム」などは25年2月、学術会議の特殊法人化反対のオンライン署名を開始した。そこに「軍学共同反対連絡会」「学術会議会員の任命拒否理由の情報公開を求める弁護団」や私たちの会など、計16団体が結集した。連日ML(メーリングリスト)上で情報や意見を交換し、皆で次の行動を決めて行った。その結果、3回の院内集会、国会前での座り込みや「人間の鎖」が15回実現。6月10日にはJCJ有志を含む約400人が国会前に集まった。署名は尻上がりに増えて、7万筆を超えた。
16団体は、いつからか「日本学術会議『特殊法人化』法案に反対する学者・市民の会」という名になった。連携して梶田隆章氏ら学術会議元会長らは法案反対の記者会見を重ね、弁護士会など各団体の反対声明も、延べ約280に上った。
連帯の姿 敗北感なし
メディアの報道には濃淡があった。朝日新聞は20年10月から25年6月までの間、学術会議関係の社説を少なくとも23回掲載。今年3月8日の一本社説の見出しは、「学術会議の法案 学問の自由を脅かし 禍根を残す」だった。
運動の評価は立場により様々だろう。早くから16団体の集まりに参加した一人は、「数少ないメンバーが臨機応変に役割を分担し、お互いにリスペクトしながら、協業的分業で多くの成果を生み出した。それぞれの経験と現場を持つ人が『廃案』という一つの目標に向かう姿は、見たことのない景色だった。敗北感はない」と書いた。これからの一つの運動の形として、私の胸にも落ちる感想だった。
梅雨空き「人間の鎖」
日本学術会議法人化法案が参議院内閣委員会で可決された6月10日、朝からの雨にも関わらず、議員会館前には採決強行に反対する市民や研究者ら400人超が集結。「人間の鎖」を作り、「学問の自由を殺すな」とプラカードを掲げ抗議の声を上げた。
集会では、国会審議で政府側が任命拒否の理由を記した文書の開示や、会員有志との対話を拒絶するなど、学術会議側の意見を無視して審議を強行している状況が報告された。法案は政府による学術への不当な介入を強め、独立性を揺るがすものだと批判が相次いだ。
マイクを握った学者や教職員、弁護士らは「法案は、戦争協力への反省から生まれた学術会議の理念と、平和と人類の福祉に貢献する決意を破壊するものだ」と強調。学問の自由が脅かされれば、真実を追求する教育も歪められ、子どもたちの未来が危うくなると指摘。「政府に都合の悪い研究を封じ、軍事研究へ道を開くものだ」と強い危機感を表明した。
歩道に流れる委員会音声で、委員長が討論の終結を宣し、採決に向かった瞬間、参加者から怒りのどよめきが上がり、梅雨空を揺るがせた。集会は本会議での廃案を求めるとともに、「たとえ可決されても終わりではない。監視と抵抗を続ける新たな闘いの始まりだ」と決意を新たにした。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年6月25日号
この記事へのトラックバック


