上海西郊・朱家角鎮の倶楽部茶館に始まり、永昌鎮の南に至る地域の36軒。中国の文人墨客や庶民に愛された茶館は憩いの場であり、情報交換や商談の場でもあった。
亭主は客の大きな茶碗に安物の熱い茶を注いで歩く。朝四時に開店すると席はすぐに埋まり、十時頃に客は出てゆく。麵包を頼む者もいるが、多くは茶をすするだけ。そうした庶民の姿を写真は生き生きと捉える。
「人を撮るのが好き」という彼のスナップは、カメラの存在を人々に気づかせない。だが隅々にまで届く視線が完璧な構図を掴み取る。
本書の編集者をして、「一ミリのトリミングも許さない写真」と驚嘆させたほどだ。こうしたフレーミングと素早いシャッターはアンリ・カルティエ・ブレッソンのそれを想起させる。
1967年に始まった毛沢東の「文化大革命」 は中国各地に深い傷を残した。宣伝句が今も壁に残る。当時、北京放送は ウェンファー・ダア・グ ーミン(文化大革命)と 叫び続けていたものだ。
作家・老舎に「茶館」 という名作がある。清朝の激動期、茶館を懸命に守る主人を描く。だが老舎は文革の迫害で入水死した。苦難をくぐり抜け三百年続いた茶館群は、改革開放の21世紀前後には消える。
1993年から撮ってきた英伸三の写真に、添えられるエッセイは中国語が堪能な愛子夫人のもの。本書は日本と中国にとり貴重な歴史遺産ともなりえよう。(東京印書 館7200円)
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