2025年08月24日

【オピニオン】被爆80年の「今」とあるべき姿 「ヒロシマの思想」かたちあるものに=難波健治(広島支部)

 被爆80年を迎えた被爆地ヒロシマの「いま」と、そのあるべき姿とは?「平和記念式典」を前に、改めて平岡敬・元広島市長(1991〜99年)の問題提起をもとに考えてみたい。

 15年前の2010年、元広島市長・平岡敬さんへのインタビューで構成した「平岡敬とヒロシマの思想」が、広島在住のウエブジャーナリスト哲野イサクさんのサイト『哲野イサクの地方見聞録』に掲載された。
 市長在任中に被爆50年の節目を迎えた平岡さんは、著書『希望のヒロシマ』(岩波新書1996年)で、「『被爆50周年』は、広島にさまざまな問題を突きつけた」。「最も大きな問題は、この五十年間、世界の核状況は悪化の一途をたどったということである」と指摘。

 広島は、被爆後、原爆被害の悲惨な実相、核戦争は人類の破滅につながることを訴え続けてきた。それにもかかわらず、核兵器の開発は進み、核保有国も増え続けた。
「広島の願いはなぜ届かなかったのかということを、方法論を含めて真剣に検討しなければならない」。
「広島はどのような平和思想を構築してきたのか」。「原爆犠牲者の無念の思いを私たちは本当に受け止めてきたのか」と問いかけ、私たちに、「出発点に返って考えてみる」ことを投げかけた。

 これは、当時現職の広島市長だった先輩ジャーナリストの30年前の問いかけだ。だが、この問題提起は核兵器禁止条約の成立・発効の一方、当時よりむしろ深刻な核戦争の危機が私たちの目の前に立ち現れている被爆80年の現在にそのまま当てはまる。

 被爆80年のいま、この危機を乗り越え、一歩でも核兵器廃絶に近づくために、私たちは、どのような「思想」を身につける必要があるのか。
ウェブサイトの15章にも及ぶインタビュー構成「平岡敬とヒロシマの思想」で、平岡さんは次のように問いかける(要約・文責は筆者)。

◇核兵器を廃絶したら平和がくるわけではない。この認識をヒロシマはどれだけ持っているか。ヒロシマは、核兵器をなくせばすべてが解決するがごとく、言い続けてきた。しかし、核兵器廃絶は、平和への一過程にすぎない。廃絶した先にどんな社会を考えるのか。それを含めて示して初めてヒロシマの思想だ。
◇被爆者についてマスコミが虚像をつくった。被爆者を聖域化してしまった。被爆者が言うことは正しい、そんな批判を許さない雰囲気がヒロシマにある。しかし、被爆者だって間違ったことを言う。間違った運動もする。聖域化から、(健全な)思想と運動は生まれない。
◇ヒロシマは無念の死を遂げた死者の悔しい思いを受け止めなくてはいけない。生者の論理で語り、運動を進めていないか。アメリカは「原爆投下は正しかった」と言っている。「間違っていた」と言わせる。日本も戦争犯罪をやった。きちんと謝る。第一歩は謝ることだ。広島・長崎への原爆投下が正しかったら、核兵器をどこで使っても、ヒロシマは文句を言えない。
◇8月6日に広島市長が発する「平和宣言」で、アメリカはけしからんと言ったことはまだない。一方、戦後の空気の中で育ってきた人たちは、日米安保体制はあたりまえだと思っている。だから岩国も、沖縄も目に入らない。核兵器廃絶と在日米軍基地は表裏一体。ここに目をむけたとき、問題の本質が見えてくる。
    ◇
 平岡さんの問題提起はまだまだ続く。
97歳の今も、あちこちから招かれ発言を続けている。私たちは、先輩ジャーナリストの平岡さんの視点を受け継ぎ、「ヒロシマの思想」をかたちあるものにしなければならない。
         JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年7月25日号
posted by JCJ at 03:00 | TrackBack(0) | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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