本書は「いじめ自殺事件」を扱った924頁に及ぶ大巨編である。事件は1994年11月27日、愛知県西尾市立東部中学校2年生の上之郷清人くんが、自宅の柿の木にロープをかけて命を絶ったことから始まる。
ルポライターの著者は、彼の遺書の内容や末尾に記された<see you again>に奇妙な違和感を覚え、その真相を探るべく謎解きの踏査行を始めた。
取材を進めるにつれ、凄惨ないじめの実態が浮かび上がってくる。死の恐怖にさらされた暴行。100万円を超える恐喝。隠蔽する学校・口を閉ざす教師たち。いじめにかかわった生徒は加害者と被害者が複雑に入り組み、数十人にのぼる。
その後も遺族や関係者と親交を重ね、断続的な取材は30年に及ぶ。得た成果を全て書こうとしたとき、関係者の不都合な事実や子細なプライバシーに踏み込まざるを得ないことに気づく。著者は事実と真実の記録レポートは諦め、限りなくノンフィクションに近いフィクションとして仕上げる道を選ぶ。そして完成したのが本書である。
フィクションと謳うが、いやまさにドキュメントそのものだ。事件の展開と深層に迫る筆致の迫力はすさまじい。ページターナーのごとく、一気に読み進めることができる。
「いじめ自殺事件」を巡っては、私には貴重な経験と思いがある。今から40年ほど前、1986年2月、東京都中野区立中野富士見中学校2年の男子生徒が、祖母のいる岩手県盛岡へ逃避する途中、盛岡駅ビルの公衆便所で首吊り自殺した。私の息子も通う中学校の1年先輩だった。
その背景には悲惨な「いじめ」が隠されていた。いじめグループは、彼を対象に「葬式ごっこ」をたくらみ、本人宛の色紙を作り担任教師ら4人が加担し、弔辞めいた寄せ書きを添えていた。俗に「葬式ごっこ事件」とも言われた。
私たち親、とりわけ父親たちは、仕事にかまけ子供や学校、地域の活動には無関心。「葬式ごっこ事件」が起きて、この無関心への反省から奮起し、「おやじの会」を作り、生徒との交流や学校行事への協力、地域での見守りなど、約6年間にわたり活動を続けてきた。
私も事務局の一員として参加してきた。その時に気づかされた「いじめの構造」の複雑さが蘇える。今も「いじめ」は、姿かたちを変えて学校に企業に社会に潜在し、悲劇を生みだしているに違いない。
読み終えた今、あらためて本書のカバー写真を見る。夕焼けを映した写真の撮影者は、自殺した清人くんの兄・上之郷伸人とある。著者の深い思いを感じ取り、胸に熱いものが走った。(講談社4500円)
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