2025年09月24日

【被爆・戦後80年】8・6ヒロシマドキュメント=広島支部8・6取材班

広島8・6ドキュメント画像1.jpg
           原爆ドーム前でアピールするJCJメンバーたち
 広島「平和記念式典」は8月6日、平和公園の各入場口に通じる道路で警察が厳戒態勢を敷き、市が昨年に続き「公園全域入場規制」を強行する中で行われた。JCJ広島支部は今年も「8・6取材班」を編成。式典当日の「会場」内外を取材した。平和公園に持ち物検査を受けて入場し、核兵器廃絶などを訴えるボードを掲げる初めてのアピールにも取り組んだ。

 午前7時30分、支部メンバーと市民計10人は、歩道を占拠する集団や大音量が響く原爆ドーム周辺の集会をよそに、警察官や警備員が多数配置された平和公園北側の原爆ドーム前と式典会場がある南側の原爆資料館前入場ゲートに並んだ。原爆資料館周辺は今年、首相らVIPの入場経路や会場近くの緑地まで完全に規制されていた。
     
 原爆ドーム前入場ゲートのテント内ではペットボトル飲料を「その場で一口飲むよう」求められ、ザックなど「荷物を置いて開くよう」指示された。JCJメンバーの一人がここで「NO WAR 核抑止×」と書かれた紙を取り出した。
 警備員が市職員を呼び、職員3人がマニュアルらしきファイルを見ながら「公園内で主張を掲げると衝突が起きる可能性がある。持ち込みを控えてほしい」と警告。メンバーが「平和を願う主張をなぜ掲げてはいけないのか」と質すと、職員は「持ち込み自体は問題ない。掲げた場合は職員や警察官がお声がけすることも…」と軟化した。
広島8・6ドキュメント画像3.jpg
           警察車両や消防団車両も並ぶ平和公園
 他の参加者は荷物を開けただけで中身の確認もなく通過できた。全員が青いリストバンドを着用させられ入場が許可された。
午前8時15分、私たちは原爆投下時刻に合わせ、黙って静かにボードや紙を掲げた。周囲でも同様の行動をとる市民の姿が見られたが、警察からの注意はなかった。
 原爆ドーム前では2人の女性が、「子どもたちの命を奪うことは戦争犯罪GAZA」と日英で書かれた横断幕を掲げた。「昨年は公園外で掲げたが、今年は持ち込んでも何も言われなかった」と話した。近くでは、原爆の日を想起させるダイインに取り組む子どもたちの姿もあった。
また、JCJメンバーは式典会場近くの大型モニター前でも「日本政府は核兵器禁止条約を批准せよ」「核兵器をなくそう」と書かれた紙を掲げたが、注意はなかった。
広島8・6ドキュメント画像2.jpg
            原爆ドーム前でダイインする子供たち
 原爆ドーム前で午前9時開始を目指して準備を進めていた「世界各国の平和を祈る集会」は、ずっと8時15分開始だったが、昨年、入場規制されて9時開始に変更したという。
 広島市はホームページに「平和公園(式典会場)において午前5時〜9時までの禁止事項」として、「危険物、大きな音を発するもの、プラカード・ビラ・のぼり・横断幕など式典運営に支障を来す物の持ち込み」、「ゼッケン・タスキ・ヘルメット・鉢巻等の着用」を明記している。
 一方、広島大名誉教授の田村和之氏は「持ち物検査自体が違法」として公園に入らなかった。「平和公園は都市公園で、誰でも自由に入れるはずだ」と、市公園条例を根拠に「(公園の)施設管理権」を持ち出した松井一実市長の「公園全域入場規制」を批判した。

 もともと原爆ドーム周辺は、式典に合わせ市民が平和や核廃絶を思い思いに訴える場であり、規制などなかった。だが、「市民の表現活動への過度の規制であり憲法違反」という広島弁護士会はじめ多くの市民の声を無視して、松井市政はドーム前周辺での中核派などによる「衝突事案」を理由に入場規制を強行した。

 取材班は「アピールボード持ち込み」ができた理由を市に質した。中村伸司市民活動推進課長は「規制の運用基準は変えていない」「職員が、申し出者は『式典運営の支障をきたす言動はしない』『説得は参列者の混雑を招く』と判断し、『お声がけの注意』で入場許可したと推察する」とした。
 だが田村氏は「それは市民の選別、区別だ。平和公園を“聖域”化し、市が管理できる行事しか認めないことを固定化する方針がうかがえる」と重ねて懸念を指摘した。
 世界では核兵器使用の危険が高まる。被爆地広島市政が核廃絶を願う市民の行動を抑制するのはおかしくなかろうか。  
     JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年8月25日号
posted by JCJ at 02:00 | TrackBack(0) | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック