2025年10月01日

【被爆・戦後80年】広島・長崎平和式典=難波 健治(広島支部)・編集部

  広島、長崎は今年も米国の原爆投下から80回目の「原爆の日」を迎えた。6日営まれた広島の平和記念式典(原爆死没者慰霊式・平和祈念式)には被爆者や遺族のほか、過去最多となる120カ国・地域の大使らが参列し原爆犠牲者を追悼。松井一実広島市長は平和宣言で、ロシアのウクライナ侵攻や混迷する中東情勢に世界中で軍備増強が加速し、核兵器保有肯定論が強まる現実に懸念を表明。「核廃絶を市民社会の総意に」と訴え、政府に来年の核兵器禁止条約第1回再検討会議へのオブザーバー参加を要請した。また、9日営まれた長崎の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典には被爆者や遺族のほか、94カ国・地域とEU(欧州連合)の代表らが参列して原爆犠牲者を追悼。鈴木史朗長崎市長は長崎平和宣言で、激化する世界各地の紛争で「核戦争」の危機が差し迫っている。「武力には武力の争いを今すぐやめて」と求め、「長崎を最後の被爆地にするため、核兵器廃絶と世界の恒久平和実現に力を尽くす」と決意表明。各国の指導者に対話と交流による連帯と「核廃絶実現の具体的道筋を示せ」と迫った。一方、石破首相は、広島、長崎の式典で非核三原則の堅持を表明したが、核兵器禁止条約には言及しなかった。

            怒りの広島どこに‥‥
核兵器廃絶を願う被爆地広島は、被爆80年の原爆の日を「逆流」の中で迎えた。

入場規制今年も
 
 広島市は平和式典当日、平和公園全域にわたる入場規制を今年も強行した。私たちは、式典会場は公園南半分のごく一部のエリア。それを、原爆ドーム前を含む公園全域を封鎖して挙行するのはおかしいと撤回を求めてきた。広島弁護士会も昨年、会長声明で「規制は人権侵害。憲法違反にほかならない」と厳しく断じた。
私たちは、市民の中には原爆犠牲者を弔う式典の前後くらい、公園内を静粛に保つべきだ、という意見があることは知っている。だが、式典を名分とした平和公園の規制は、戦争する国づくりの動きと連動している。それは、原爆投下時刻(8時15分)に核廃絶の願いを発信し続けてきた市民の表現や言論の自由を損なうのだ。

政府の裏の顔

 地元紙中国新聞は 日米両政府の定例協議の場で「核使用」が議論され、自衛隊が米軍に、有事の際は中国に「核の脅し」で対抗するよう再三求めていたとの共同通信配信記事を7月27、28日の両日、1面トップで連日報じた。唯一の戦争被爆国を自認し、ことあるごとに「核兵器の廃絶」を口にしてきた日本政府の「裏の顔」が明らかになった。
 トランプ米大統領は6月、米軍のイラン核施設攻撃後のイスラエルとイランの停戦合意を受け、「攻撃が戦争を終結させた。広島、長崎と同じだ」と発言。広島・長崎への原爆投下を謝罪するどころか、正当化した。

「核保有」議員急増
 
 一方、日本では、今回の参院選で「核武装が最も安上がり」と主張した東京選挙区の当選議員が所属する参政党が大きく伸びた。
毎日新聞は、参院選の全候補者を対象に行ったアンケートを基に、当選者125人の「核保有」への意識を分析した。その結果、「日本は核保有すべき」と主張する議員が8人を数えた。8人の内訳は、6人が参政党、自民党と日本保守党が各1人だった。同紙によると、「核保有すべき」と回答者した当選者は、近年の国政選挙ではゼロか1人。今回の参院選は急増した。

8月6日の公園で

 だが、今年の8月6日、平和公園内では、規制に抗い、逆流を押し戻す可能性をはらんだ市民らの平和を願う行動が会場のあちこちで繰り広げられていた。
私たちが平和公園で目の当たりにしたのは、ガザの即時停戦を求め、核戦争の危機を回避するには核兵器をゼロにするしかないと、真剣に戦争反対を訴える市民たちの姿だった。

市民の行動黙認

 今年の平和公園では、私たちの想定を超える様々な動きが起きていた。手荷物検査では「持ち込み禁止」とされていたプラカードや幟、横断幕などが、事実上黙認されていた。
「核兵器廃絶」「核禁条約に日本は参加せよ」などと書いたボードを掲げた園内でのアピール行動も咎められなかった。
松井一実広島市長が式典で平和宣言を読み上げ、石破茂首相のあいさつなど、式典行事が式次第の通り、粛々と続く傍らでは、公園のあちこちで多くの市民たちが平和を願い、核廃絶を訴える呼びかけやアピールを様々に展開し続けていた。
1面・IMG_2846・広島PA広島市民のアピール.JPG

夕方の独自集会

 式典後の夕方、原爆ドーム前には約150人の市民が集まり、午後5時に緊急市民集会「私たちの知らないところで勝手に核戦争の準備を進めるな!」が始まった=写真上=。対岸の元安川の石積みの川岸壁には「FREE GAZA!NO MORE GENOCIDE」の20bを超す巨大な横断幕も登場=写真下=。市民のパワーと平和への思いの強さを実感した。
3IMG_2845・広島P@フリーガザ川岸の横断幕.JPG


             祈りの長崎は攻めた
 一方、長崎の鈴木史朗市長は「長崎を最後の被爆地とするため核兵器廃絶と世界の恒久平和実 現に力を尽くす」と力強く表明。「祈りから攻め」へと転じた。
 平和宣言で、紛争当事国には即時停戦を呼びかけ、核戦争突入への危機感を強く訴えた。式典参加の各国代表を前に、具体的な名指しは避けながらも「武力には武力」は今すぐやめて下さいと呼びかけ、「このままでは核戦争に突き進んでしまう。人類存亡の危機が、地球で暮らす私たち一人ひとりに差し迫っているのです」とも訴えた。
鈴木市長は6月、米軍イラン核施設攻撃に強い衝撃を受けたという。
       JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年8月25日号
posted by JCJ at 02:00 | TrackBack(0) | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック