「3・11東日本大震災」発生から15年たった。
3月11日、12日の各紙朝刊社説は、この問題を2日とも1本もので取り上げた。読売だけは11日朝刊に2本立ての1本で書いただけだ。
これら2日間の各紙の主張に「現政府が推進する原発回帰」について、どう考えるのか、ほとんど触れておらず、「及び腰」とも思われても仕方がないだろう。
そんな中で朝日は12日付で「東電の事故から15年 脱原発の土壌 再エネをさらに」との見出しで、「再生エネルギー活用で脱原発」を訴えていたのが目についた。しかし、これは、同紙が2011年7月に掲載した社説特集「原発ゼロ社会」で訴えた主張をなぞる形で持ち出したものだという。
それでも、現在、政府が推進する「原発回帰」の方針に対する批判としての力を持っている。この中で「安全保障の砦(とりで)である原子力規制委員会の変質ぶりも気になる。60年超運転では政府の方針に沿って性急に制度を変えた」と、政府一体となった「原発推進」にあることを強調している。
しかし、他紙は西日本が12日「遠い復興から学ぶものは」との見出しで、結論として「多くの人々から古里を奪った原発事故から、私たちはいくつもの教訓を得た。原発の安全性は確かか。国の政策に問題はないか。絶えず関心を持ち続けよう」と読者に下駄を預けているのはいただけない。
原発事故がなければ、帰還困難にもならなかっただろうし、古里を失うこともなかった。それは、能登半島地震被害を東日本大震災と比べ、能登半島の現状をみても明らかだ。能登半島は建物の再建や町の復興が問題で「帰還困難」にはなっていない。
一方、福島原発は廃炉までの道筋さえ、政府、東電とも二転三転させている。原発事故が起きたら、これほど人間の手に負えない原発に、なぜこうもこだわるのか。「原発ゼロ」にしたら核兵器に転用できるプルトニウムがなくなることを政府が懸念しているのではないか。この問題は、報道しないので詳細を国民は知らない。
「原発回帰」は「戦争への道」につながっていることを国民は意識すべきだし、新聞は、この問題について、もっと情報を知らせてほしい。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2026年3月25日号
2026年04月02日
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