年明けから、米国によるベネズエラ侵攻と大統領拉致、米国とイスラエルによるイラン攻撃と最高指導者ハメネイ氏殺害が、相次いだ。米国はわずか2か月の間に、気に入らない2つの主権国家を暴力で踏みにじったことになる。
「人間の道徳と国際法のあらゆる規範を冷笑的に踏みにじる形でハメネイ氏が殺害された」という指摘には深く頷(うなず)かされる。しかし発言者を知り、のけぞった。ロシアのプーチン大統領の言葉だ。厳冬に発電所を狙う残酷なロシアのウクライナ侵略は、すでに4年を超えている。
山極寿一氏は『「サル化」する人間社会』で、サル(ニホンザルなど)の社会は純然たる序列社会で、他を負かして自分は勝とうとする「勝ち好み」の社会だとする。一方、ゴリラは仲間の中に序列を作らず、喧嘩しても勝ち負けをつけずに和解する平等で平和的な社会。人の現代社会はどちらも備えているが、「私が見る限り、人間社会は加速的にサル社会化している」と書いた。
フランスのマクロン大統領までが「今後半世紀は核兵器の時代だ」と核増強政策に転じる。
地球上を「力による支配」が跋扈(ばっこ)している。
「優位なサルは肩の毛を逆立て、のしのしと威張って歩く」という山極氏の観察に、なるほど、と大国の為政者の歩く姿がダブる。劣位のサルは、ただへつらうのだという。
力を象徴する原子力空母に乗艦しトランプ氏の脇でぴょんぴょん飛び跳ねた高市首相は、米国などのイラン攻撃には「法的評価を差し控える」と口ごもる。日米首脳会談でも、イランだけを非難して「ドナルド」の意を迎えた。ドラムが趣味だそうだが、口の悪い人は、「ドラムよりトランペット(トランプ・ペット)がお得意では」。
なぜこのような世界が現出してしまったのだろうか。
各国の国内面から考えよう。元『世界』編集長の岡本厚氏は、高市イメージをめぐって人気投票のように行われた2月総選挙の底流のポピュリズムに、興味深い分析を加えた。「世界的なポピュリズム政治を生み出したのは、30年以上にわたってつくられた分断と格差である」とし、民主主義の基盤である安定した中間層を増やす必要性を指摘した(「マスコミ・文化 九条の会 所沢」会報209号別刷)。
国際面で注目されるのは、スペインのサンチェス政権の毅然とした姿勢だ。米国などのイラン攻撃に反対し、同国内の米軍基地について「国連憲章と矛盾する目的での使用を認めない」と表明した。
任期や寿命でポスト・トランプ、ポスト・プーチンの時代は必ず来るが、世界を帝国主義に逆回転させようとする「力の支配」「恐怖の支配」を、できるだけ早く「法の支配」「理性の支配」に戻すには、やはり正気の「人間」たちが声を挙げ、闘うほかない。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2026年3月25日号
2026年04月03日
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