死者・行方不明者1万8420人、関連死3800人余の東日本大震災・原発事故から15年。災害列島日本でも屈指の大災害は、人災の側面も強く教訓も多い。決して風化させてはならない。
北九州支部は発生直後から継続的に現地に赴き、復興状況やメディアの報道などを確認し伝えてきた。今年も3月10日から3日間、岩手県宮古市や田老町を中心に取材した。
想定を超した大津波はあの日、田老町の高さ10・65b、総延長2・4`の巨大防潮堤をほぼ破壊。住民4434人のうち181人が亡くなり、リアス式海岸の豊かな漁場で潤う町は壊滅した。
3月11日午後2時46分、地元の子どもたちやお年寄りら住民100人余りが集まり、高さ14・7bとさらに巨大化した防潮堤の上で、あの日、あの時を思い起こし、防災行政無線のサイレンが鳴り響く中、海に向かって1分間、山に向かって1分間、手を合わせ黙とうした。
賑やかだったころの町や亡くなった人たちの無念さを胸に、涙を流して祈る住民もいた。
田老第一小の子どもたちは、住民有志でつくるNPO法人「津波太郎(略称NPO田老)」と協力し、「にぎやかな田老」「幸あれ」「負けない」「復興」などと書かれた凧を揚げて、「大災害を記憶し自分たちで伝えていく」などと決意を語った=写真=。
同小学校では、昭和と平成の大津波を田老町で経験し「語り部」として津波の恐ろしさを語り継いできた故田畑ヨシさんの紙芝居の読み聞かせが行われ、田畑さんが昭和三陸大津波の経験を描いた「つなみ」を長女、高橋恵美子さんが話した。子どもたちは真剣な表情で聞き入り、食い入るように見つめていた。
田老町では昨年、市災害資料伝承館がオープンしたほか、大津波で大破した「たろう観光ホテル」、津波前の田老町の様子が分かる模型が設置されたガイド拠点「たろう潮里ステーション」など「学ぶ防災」が充実してきた。
北九州支部は2018年にJCJ全国交流集会を主催。熊本地震(16年)後の熊本県南阿蘇村や阿蘇市などへの現地視察には50人が参加した。今後も、災害への取り組みを続ける。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2026年3月25日号
2026年04月16日
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