2026年05月23日

【普天間基地】返還合意から30年 踏みにじられ続けた民意 「別の長い滑走路」要求 基地の恒久使用・戦場化=米倉外昭(JCJ沖縄)

8面用・沖縄戦の激戦地遺構嘉数高台から見た普天間飛行場=JCJ資料.png
    米軍普天間飛行場は沖縄戦の激震地遺構、嘉数高台から一望できる(JCJ資料画像)
 米軍普天間飛行場の返還を日米で合意してから4月12日で30年となった。沖縄の民意は県外移設を求め続けてきたが、日本政府は名護市辺野古への移設(新基地建設)を「唯一の解決策」と主張し続け、強引に工事を進めている。
30年はあまりに長い。沖縄にとっては残酷な歳月だった。選挙や県民投票、県民大会で、県ぐるみで意思表示を重ねても、それを丸ごと無視され踏みにじられることが繰り返されてきたのだから。
今年2月、米国防総省が、辺野古新基地が完成しても「別の長い滑走路を日本政府が選定するまで普天間を返還することはない」という見解を2025年9月に示していたことが明らかになった。
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        地元紙「琉球新報」「沖縄タイムス」の4月12日付特集紙面
8項目合意

 これは、2017年4月に米連邦議会の政府監査院(GAO)が、短い滑走路は米軍の能力低下を招きかねず、より長い滑走路を日本に選定させる必要があると勧告していたことを受けたものだ。
さらにさかのぼる2013年に、嘉手納基地より南の基地返還に関する統合計画の中で、普天間返還の条件として日米で合意された8項目の一つに、その趣旨が盛り込まれていた。
17年6月には、参院外交防衛委員会で当時の稲田朋美防衛相が「米側との条件が整わなければ返還されないことになる」と答弁した際も大きな問題になった。

齟齬は明らか

 今回の報道を受け、小泉進次郎防衛相は「特定公共施設利用法など必要な法的枠組みは既に整っている」とし、高市早苗首相も「日米間に全く齟齬はない」とした。しかし、米海兵隊太平洋基地司令官は「改めて選定する必要がある」という認識を示しており、日米間の齟齬(そご)は明らかだ。
しかし日本政府は、米政府に確認することも、丁寧に説明することもしない。政府の説明では、新基地が完成して引き渡すのは36年である。総事業費はいまだに9300億円としているが、26年中に執行率は90%を超える。沖縄県は2兆5500億円に達すると試算している。
政府は、ごまかして先送りしておいて、いよいよというときには強引に押し切るという魂胆が見えている。今回の長い滑走路問題で、改めてそう痛感させられた。

普天間返還問題は、1995年の米兵3人による少女暴行事件が契機だった。県民の怒りに直面した米クリントン政権は、海兵隊を沖縄から撤退させることもやむなしと考えた。それを止めたのは日本政府だった。

狙いは永久基地化

 30年前に橋本龍太郎首相と共に普天間返還を発表した当時の米駐日大使だったモンデール氏は、2004年や15年のインタビューで「われわれは沖縄だとは言っていない」「彼ら(日本側)はわれわれが沖縄を追い出されることを望んでいなかった」と証言している。誰が沖縄に基地を押しつけているのかは明白だ。

 沖縄県民多数の真意ははっきりしている。市街地のど真ん中にある危険な普天間飛行場は即時閉鎖し、返還されるべきである。県内に新たな基地を造ることは沖縄を永久的に軍事利用しようとすることに他ならない。基地は沖縄経済にとって最大の阻害要因である。
だが、日本と米国による差別と抑圧と懐柔の歴史の中で、沖縄の政治・行政・経済・自治は歪められ、県民は分断させられてきた。「沖縄が再び戦場にされようとしている」という危機感が高まっている今、すべてのメディアは傍観をやめ、沖縄の基地負担の解消の要求と、危険な日米一体の軍事化への反対を明確にするべきである。

       【普天間飛行場返還を巡る年表】
▷1995年9月 3人の米兵による少女への性暴力事件
▷     10月21日 県民総決起大会に8万5千人
▷1996年4月12日 橋本首相とモンデール駐日米国大使が普天間飛行場の5−7年以内の全面返還を発表
▷     12月2日 日米特別行動委員会(SACO)最終報告で沖縄本島東海岸沖に海上施設を建設すると盛り込まれる
▷1997年12月 名護市民投票で反対が過半数
▷1998年2月 大田昌秀知事が政府の海上ヘリポート案に反対表明
▷2004年8月 普天間飛行場に隣接する沖縄国際大学に大型ヘリが墜落・炎上
▷    11月 名護市辺野古沖のボーリング調査開始
▷2006年5月日米安全保障協議委員会(2プラス2)で辺野古沿岸へのV字型滑走路建設を最終合意
▷2009年9月 移設先を「最低でも県外」とする民主党の鳩山政権発足
▷2010年5月 鳩山首相が県外移設断念を仲井真弘多知事に伝達
▷2013年1月 県内全41市町村、市町村議会議長らがオスプレイの配備撤回と普天間飛行場の閉鎖・撤去、県内移設断念を求める建白書を安倍晋三首相に渡す
▷    4月 嘉手納より南の米軍施設を返還する統合計画を日米間で合意(普天間返還条件8項目も)。
▷   11月 沖縄県選出の自民党国会議員5人が辺野古移設を容認会見
▷2013年12月 仲井真知事が埋め立て承認を表明
▷2014年11月 沖縄県知事選で辺野古移設阻止を掲げた翁長雄志氏が初当選
▷2015年5月 新基地断念を求める県民大会に3万5千人
▷2015年10月 翁長知事が埋め立て承認を取り消す。法廷闘争に
▷2017年2月 沖縄防衛局がキャンプシュワブ沿岸で埋め立て本体工事に着手
▷2019年2月 県民投票で埋め立て反対が7割
▷2020年4月 沖縄防衛局が大浦湾側の軟弱地盤の改良工事に伴う変更承認申請を提出(2021年、県知事が不承認処分)
▷2023年12月 政府が史上初の代執行を実施
▷2024年1月 軟弱地盤が広がる大浦湾側の埋め立てに着手
      JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2026年4月25日号 
posted by JCJ at 01:00 | TrackBack(0) | 九州・沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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